カテゴリ:○Person父母,師友人,人生の宝物( 344 )

東から西から写真オタクが五人集まると? こうなります!
2019年2月6日 水曜日 晴れ

 シアトルから一時帰国の<スコットさんと写真オタク>が集まった。
いつものお仲間の、のんたんさんタマラさんが新潟から上京、
そして今回はイズミさんが加わられての五人となった。
シアトルの旅にご一緒できなかった新潟組みとは、
すでに砂払いをイタリアンでしていたのだが、
スコットさんが加わるのはご帰国なさってから初めて!

a0031363_02360011.jpg

 六時に新宿のお寿司やさんで集合して白木のカウンターで三十六種類の旬の味を満喫。
今夜のワインはオリヴェイラルセストルの樹齢五十五年のヴィエイユヴィーニュと
1998年の特級レクロ Les Clos!

a0031363_23453438.jpg
(スコットさんのご到着!)

a0031363_02350363.jpg
(ケンチャンは箱根の出身でネタ箱には箱根細工が!
ヒカリモノの右には桜マスが!})

a0031363_01353036.jpg
(旬のノレソレと蛸)二種類の生姜と若布も。

a0031363_02341102.jpg
(のんたんさんが撮る)

a0031363_01353993.jpg
(スコットさんが撮り忘れるとイズミさんがライカヘルプ?)

a0031363_01355142.jpg
(今夜のワインはオリヴェイラルセストルの樹齢五十五年のヴィエイユヴィーニュと
1998年の特級レクロ!Les Clos!


a0031363_01353993.jpg

 赤坂の高田さんの処に移動して、シンデレラタイムまでなんと六時間の会となった。
それにしてもその間全員終始カメラは握りっぱなし!
全員カメラを手から離さずだったのですから、
ほんとうに、、、まったくどうなっているのでしょう。
(お店の方にはちゃんとおことわりしてあります)
東から西から写真オタクが集まると? こうなるのですね!

a0031363_00020470.jpg

 スコットさんとイズミさんのバックには数台のライカが入っているようでライカ談義で
楽しそう〜〜〜〜!
新潟組みはソニーなど。そして私はフジX-T2.
それぞれフェイスブックとかにアップしたお写真に、
私はすっかり劣等感をもってしまいました。
彼らの写真はすばらしいですね〜〜〜! 
私はといえば高ISOでスナップをカシャカシャなのですから。

 フェルミエさんのチーズはサンジョベーゼ&メルローの味わい深いグランセレクションで。
そしてスコットさんのバースデイヴィンテージ1942年の
フランシスダローズのバーアルマニャック、

a0031363_01342841.jpg
(スコットさんのバースデイヴィンテージ1942年のフランシスダローズの
バーアルマニャック!)

a0031363_00510243.jpg
(すこしづつ杯があがっていきます〜〜)

a0031363_01432831.jpg

a0031363_00540181.jpg
(う〜〜〜!)
(1942年のフランシスダローズのバーアルマニャックの芳香りを楽しみ、
ぐっと飲みほすまで撮り手とは絶妙なやりとりが、、、、)
(三十数年前に初めて造り手のフランシスダローズFrancis Darrozeを訪ねた時の
エピソードも少しお話しさせていただいて、、、、、、)

のんたんさんは新しいハイランドモルトウィスキーを楽しまれたのでした。
今夜の高田さんのお勧めは、HighlandのシングルモルトスコッチGlenfarclasの21年もの。
白州二郎がよく飲んでいたのだそう!

 そのすばらしさは、まず
<のんたんのデジタルな風景>で
https://nontan91.exblog.jp/30090647/
6時間飲みっぱなし!? 
 
 会の最後を閉めたのは、哀愁と郷愁にあふれたScottさんのハーモニカ演奏。

a0031363_01350483.jpg

Facebookでスコットさんの演奏された曲を是非とも吹いて欲しいと全員でリクエスト。
というか半ば強引的にお願いして吹いていただいた感じ。
(スコットさんは、去年のご家族とのクリスマスの会に、お嬢様から贈られたハーモニカを
演奏なさって、ご自分の<Scott Tsumuraの2018.12.27日のフェイスブック>
でご披露なさっていらしたのです。

そのハーモニカの演奏をご披露なさったのでした。
more>>>に、そのスコットさんのフェイスブックのお言葉を載せておきましょう。

(ノンタンさんは、さすが素晴らしい写真をお撮りになりますね!

a0031363_00024342.jpg
(のんたんさんさんは少し録画であとは愛機で撮られていました)
a0031363_02411205.jpg
https://nontan91.exblog.jp/30090647/
6時間飲みっぱなし!? 
 目の前で生演奏はほんとうに素晴らしかったデスね〜〜!
Scottさん、ありがとうございました!!

そしてノンタンさんた撮った高田さんは
a0031363_00402079.jpg

 皆さんが激写するなか、私はiPadで動画にトライしたのでした。
最後まで入っていましたが、どうしたらこのブログにアップ出来るかは
まだわかっていないのです。
しばらくつかっていない私のYou Tubeに一度アップしたら、
それをブログには移行できるのですが、、、。

a0031363_02363664.jpg


 “いや~、目の前で生演奏は素晴らしかった!あの哀愁と郷愁にあふれたメロディーは
Scottさんでなければ演奏することができません、
と、のんたんさんも絶賛していますし、
スコットさんのお許しもいただいていますので、数日中にこのブログに記録しましょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜




More>>>スコットさんのフェイスブックのお言葉
by pretty-bacchus | 2019-02-10 23:57 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

体調が悪いままに、Mac上に残された前世紀の思い出に浸っています
2019年2月8日 金曜日 曇り 寒くなった

 如月も一週間がたった。
なんと早いことか!

<終活>が中途半端なままに、立春をすぎて嬉しいことがいろいろあった。
パリの友人からの電話は三十数年来の友情をふつふつと更に熱いものにしてくれた。
シアトルの友とのふた時からは新しい希望をいただき、
彼を囲む日本の友人の心の深さをかいまみた。
そして東京の我が妹分の深い友情と、そのさりげなくも行動力の
ある若さあふれた思いやりに頭を垂れた。

 雪にもまけず母は元気にしてくれている。
近くに弟がいてくれることが、母にも私にもどんなにか<希望>になっていてくれることか。
感謝!

 ちょっとした症状があり午後までずっと横になって過ごしてしまった。
心のアップアンドダウンに体がついていかなくなったのだろうか?
食欲もあまりなくて、はんぺんとおうどんの軽い夕食。老人食だな!

 Macに向かって昔の旅の写真をひもときながら、借景の枯れ木をみながら時をすごした、、、。
明日も寒いのだろうか、、、、、、、。


 エッフェル塔は、パリのどこにいても障害物がない限り、どこからでも望めるから、
何十年のあいだにはずいぶんと撮っている。
一番最初は1966年6月のパリで、その時の一枚で絵はがきを創って、
ずいぶんながいあいだ使っていた。

アレキサンダー三世橋から撮ったエッフェル塔だった。
アレキサンダー三世橋、最初はこの形だったのだ。
今は金色に塗られてしまっている。

a0031363_23512640.jpg

 そして
 2000年まであと801日の夕陽のエッフェル塔!
(二十一世紀を前にエッフェル塔にはカウントダウンの光が入った頃)
<J-801 AVANT l'AN 2000>
とあるから1997年9月のこと、トロカデロ広場から撮ったもの

a0031363_15593871.jpg
https://keico.exblog.jp/238474640/
エッフェル塔も今回のパリでは数回だけ、
エッフェル塔の思い出いろいろ
2018年4月18日 水曜日 雨


 エッフェル塔の名は、塔の設計及び建設者であるギュスターヴ・エッフェルに由来する。
1887年1月28日に起工式が行われ、1889年3月30日には竣工したとされる。

それを遡る100年前の1789年、パリ市民がバスティーユ監獄を襲撃占領し、
多くの政治犯を解放したこの日がフランス革命の始りで、
日本で「パリ祭」と呼ばれているのは、ルネ・クレール監督の映画
"Le Quatorze Juillet"(7月14日)の二度目の邦訳名が『巴里祭』だったことに因むのだが、
やはり平和な時代には革命記念日よりパリ祭があっているような気がする。

そのバスチーユの百年後1889年に、記念として建てたれたのがエッフェル塔。
フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造される
コンペティションが開かれギュスターヴ・エッフェルほか二者の案が採用になった。

 1789年のフランス革命二百年、エッフェル塔の百年記念の
その二つのお祝いが華やかに行われて有名人が巴里に招待されていた1989年7月。
例年のように、フランス空軍が誇る機種がパリの上空を飛ぶ7月15日。
パリ祭と言われるこの日は、私の誕生日と重なり、しばし生の喜びに浸ったりしていた。

 二百年祭の1989年には華やかな催しが沢山行われて、招かれていた長嶋茂雄さんにも
偶然帰りに機内でお目にかかり、旧交をふかめたことであった(佐倉一高の大先輩なのです)。

 エッフェル塔には著作権があって、2005年2月2日に改めてパリ市が著作権を取得したという。
夜の写真を商用につかうのはいろいろ面倒が手続きがいるらしいが、
個人の撮影は許されているという。

 このブログ内を、<エッフェル塔>と検索したら、もう何十もでてきてビックリ。
自分が撮っている写真で、少し思い出に酔うことにいたしましょうか、、、。

https://keico.exblog.jp/5913256/
2007.07.25 火曜日 
オーシャンブルーの朝顔は八つ、、、

(2000年の初期のデジカメFUJI FinePix4700Zで)
a0031363_0193887.jpg
(2000年の12月からダイアモンド照明がされ二十一世紀への
カウントダウンがはじまったエッフェル塔)
(夕闇のトロカデロからシャイヨー宮、アンバリッドなどがのぞまれる)
 (200万画素でも、こうしてなつかし記憶と思い出になる。
一瞬の写真が長い間の記録になり、のこされていく、、、、、やっぱり写真は素晴らしい!

https://keico.exblog.jp/6901620/
2008年3月15日 土曜日 晴
春の一日は暮れて(2000年のダイアモンドエッフェル塔)

https://keico.exblog.jp/7770652/
2008.12.21
>遡っての巴里の記録 七日目 12月21日続き〜アレキサンダー三世橋から

a0031363_171823.jpg
(毎時5分だけダイヤモンドイリュミネーションのエッフェル塔の年齢は?)

https://keico.exblog.jp/7766829/
2008年12月26日 金曜日 晴
ご心配をいただき申し訳ありませんでした。

https://keico.exblog.jp/9435668/
2009年12月14日 月曜日 曇り後晴れ
エッフェル塔は御年120才

https://keico.exblog.jp/12936763/
2011年6月21日 火曜日 晴れたり曇った
巴里の夢回転木馬ごとごとと

https://keico.exblog.jp/13205154/
2011年8月4日 木曜日 その一
簡易スキャンで95年のエッフェル塔の二重虹
2011年8月4日 木曜日 その一






a0031363_120781.jpg




a0031363_914151.jpg















a0031363_1035716.jpg










a0031363_1331981.jpg




a0031363_11931.jpg



このブログをみて、沢山の方々とのご縁をいまさらのように思いだし感謝しています。


a0031363_2349502.jpg <翼をあれが巴里の灯か!>









































(ボルドーからパリへのプライヴェートジェットで向かう折りの一枚)
(その時の機はフォッカーセブンだったとおもう。その操縦席から前方を撮った写真)
(友人のプライヴェートジェットの操縦室から写したたった一枚の記念の写真からカードを創った)



by pretty-bacchus | 2019-02-08 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

シアトルから一時帰国の<スコットさんと写真オタク>の夕餉
2019年2月7日 木曜日 晴れ

 昨日のスコットさんを囲む写真オタクの会はすばらしい六時間だった。
(ブログにまとめるのは時間がかかりそう、、、、)

 そのすばらしさは、まず
<のんたんのデジタルな風景>で.
(ノンタンさんは、さすが素晴らしい写真をお撮りになりますね!
その撮影現場はいずれアップしましょうかね、、、、)
a0031363_00024342.jpg
https://nontan91.exblog.jp/30090647/
6時間飲みっぱなし!? 

 いつものお仲間の、のんたんさん、タマラさんが新潟から上京、
そして今回は泉さんが加わられての五人となった。
 白木のカウンターでの36種類のお寿司のあとは高田さんのお店へ移動。

a0031363_23450121.jpg

a0031363_23452307.jpg


フェルミエさんのチーズはサンジョベーゼ&メルローの味わい深いグランセレクション。
そしてスコットさんのバースデイヴィンテージ1942年のフランシスダローズの
バーアルマニャック、
のんたんさんは新しいモルトウィスキーを楽しまれた。
HighlandのシングルモルトスコッチGlenfarclasの21年もの。


a0031363_23455467.jpg
 それにしても全員終始カメラは握りっぱなし!
(お店にはちゃんとお話ししてあります!)

a0031363_00020470.jpg

会の最後を閉めたのは、哀愁と郷愁にあふれたScottさんのハーモニカ演奏。
Facebookでスコットさんの演奏された曲を是非とも吹いて欲しいと全員でリクエスト。
というか半ば強引的にお願いして吹いていただいた感じ。
目の前で生演奏は素晴らしかった!
Scottさん、ありがとうございました!!
(お許しをいただきましたので、久しぶりにPrettyBacchusのYouTubeに
アップしましょうかね、、、、)

a0031363_00022013.jpg
皆さん、ほんとうにありがとうございました。

〜〜〜〜〜
 一変して今日は夕方からKさんと新しいお店へ。
その帰りはまったく新しい二時間の経験で、私はアップ&ダウン。
この高低差にわたしはたえられるだろうか?
人生とはすさまじいものだ!
 
 午後十時半に疲れ切ってタクシーで帰宅。
外の気温はまだ十四度とタクシーの運転手さんは驚いていた。

 それでも明日はまた寒くなるのだという。



by pretty-bacchus | 2019-02-07 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

睦月最後の小雪舞う夜は銀座の宴でした
2019年1月31日 木曜日 曇りのち雨 真夜中に霙から雪に

 困った、、、、本当に困った。
またまた<なんだか何をしても楽しくない病>にかかっているみたい。
忙しすぎるのかもしれないし、考え事が多すぎるのかもしれない。
そして何よりも若い頃のようにいろいろこなすことができなくなっている自分に
腹が立っているからなのだろう。

 おしゃれをする気にいっこうにならなくなったのはもう十数年前だが、
それがまたまた加速している。
顔の手入れは昔から得意でないし、指先だけはきれいにして薄いピンクのマニュキュアを
楽しんでいたのが、それもここ数年ご無沙汰!

 そのうえ、ハイヒールをはかなくなったし、
スカートでスーツということはもうまったくしなくなってしまった。
いわんやお着物で観劇やお出かけなんてこともまったくしなくなった。

いつもラフに黒や茶色のパンツルックで、
ちょっとお洒落な何十年も前の巴里のカーディガンをはおるくらい、、、、。
いきつけになっているレストランや高田さんの処もホテルのシックなバーも、
なんとなくジャケットをはおるくらい。

 美容院でフィガロとか家庭画報や婦人画報といった月刊誌をたまに見たりしても
なんだか一向に楽しくない。
このうらぶれた心はどうすればいいのだろう、、、。 嗚呼!


 三が月ぶりにT氏のお招きで銀座のクラブEへ。とっても嬉しい〜〜〜!
少しだけお洒落をして新しい口紅をぬって、、、、
雨がふってきた道を銀座八丁目へ向かった。
銀座ってなんだかなんとなくうきうきする、、、不思議だな!

このクラブはあまり大きくないが、そのオーナーママのSさんは
銀座ではながく、なんとも素敵な女性!
そしてアルピニストであり、毎月のように単独行もなさりヒマラヤ登頂の経験もある方。

お料理がとてもお上手で、今夜もつぎつぎにお料理がつづき、
牡蠣フライ、カラスミにパスタも。最後はスペアーリブでお見事! 
ワインはシャトードゥピゼーのロゼドゥソワレと、
赤はシャトードゥティルガンのグランミレジム!

 今夜の前半はTさまの貸し切りでゆっくりといただき、
そしてそれ以上にいろいろの話しに花がさいたのでした。

 御年八十八歳の御大とはずいぶん昔から親しくさせていただいている。
江戸っ子を絵に描いたような素敵なお方! ある中堅の会社のオーナー会長さん。
日本橋に生まれて会社は神田にある。
神田あたりの古の事や三社祭、浅草吉原最後の本当の芸者みなこお姐さんの芸を
見せてくださった方で、私の江戸学?のお師匠様!
今では江戸の文化を今に引き継いでいる神田あたりの事を
詳しく知る方もだんだんに少なくなっていくのだろう。

https://keico.exblog.jp/238837271/
<江戸学>の師匠と久しぶりにお目にかかれて幸せでした
2018年10月30日 火曜日 晴れ

 ずいぶんいろいろと<粋>なお座敷にもおともさせていただいている。
浅草に残る江戸文化の名残のくみ踊りや太鼓持ちの七好さんの舞台は
十年ほど前の三社祭の時に。
みなこお姐さんのお三味線や二三松さんの二弦の鼓(継承する最後の方のよう)は
浅草の料亭さんで。そして小料理やさんなどなど。

吉原に生きた<芸を売っても身は売らぬの<みなこお姐さん>の最晩年の
<芸>のお座敷も素晴らしいものだった。
当時のデジカメのニコンで撮った動画をこのブログにアップしたことがあったが、
浅草の観光協会から記録として残したいとご連絡をいただいたこともあった。

 iPadをくりながら、ご一緒に昔の思い出をひもといた素敵な一夜でした。
ありがたい数時間をすごさせていただき十時前においとま。
雨がミゾレになって、、、最後は小雪がふってきました。
(銀座では十時以降は数カ所のタクシー乗り場まで歩かないと
タクシーもハイヤーもダメなのだそうです)

 今夜は写真を撮らなかったので、前回の十月のスナップを。

a0031363_02372855.jpg

(ブログいろいろは後で再掲載しておきましょう)
ブログにいろいろ書いていたので、すぐに出てきましたね。
(ブログのWeb日記って素晴らしい〜〜〜!)

https://keico.exblog.jp/17543456/

久しぶりに銀座でお食事&銀ぶら

2013年3月29日 金曜日 曇り後雨


https://keico.exblog.jp/238001242/

八十六歳のダンディーな男性との銀座の宵は<芸>をしのびて

2017年11月15日 水曜日 晴れ 久しぶりの銀座

<みなこお姐さん>の最晩年は、


https://keico.exblog.jp/9262462/

浅草の釜飯やさん、浅草寺、そして、、、

2009年11月16日、月曜日 曇り


http://keico.exblog.jp/10015808/

2010年2月19日 金曜日 

晴れ春の宵は新装なった「金村」で桜鍋


http://keico.exblog.jp/10730598/
2010年5月31日 月曜日 晴れ
芸一筋九十年を生き抜いた最後の現役芸者みな子お姐さんが亡くなった。
(ブログより)最初にお目にかかったのは、一昨年だった。
トヨヨシさんのお招きで、浅草三社祭と浅草見番での
「くみ踊り」のご招待いただいた時だった。
観客席で、粋にお着物を召されて、きちんと正座している後ろ姿は、
それはそれはきまっていた!
会が終わってスナップをとらせていただいて少しお話しをさせていただいた。

http://keico.exblog.jp/7123842
2008年5月18日 日曜日 晴れ
浅草神社の浅草三社祭と浅草見番での「くみ踊り」

 一度お姐さんの芸を皆さんに見ていただきましょう、、、と。
実現したのは、翌年になっていた。
みな子お姐さんの「華より花」の出版お祝いということで、
八重子さん、岡本さん、連れ合いも一緒にお招きを受けた。

http://keico.exblog.jp/8488357/

2009年6月23日 火曜日 晴れ 暑い一日

浅草吉原に残る最期のお茶屋&料亭「金村」を再訪


みな子お姐さんの「華より花」の出版お祝い=前章
a0031363_102487.jpg

a0031363_1031799.jpg
 “今日は水谷先生のお祝いと、みなこさんのお祝いで、鶴亀をやらさせていだきます。
庭の砂ハ金銀の〜、、、、珠を連ねて敷妙の〜、、、、、五百重の錦や瑠璃の枢。
シャコのゆき桁瑠璃の橋。
池の汀の鶴亀は、蓬莱山も与処ならず〜〜〜君の恵ハ、、、、
ありがたや〜、、、、、、(中略)

めでたけれ〜〜〜〜!よう〜〜〜!

二鼓は二三松さん、水谷八重子さんも聴き入っている!

(この日はニコンDカメラの動画でほとんど最後まで記録が
残っているが、まだ整理をしていない)

 お客さんのお酌をしながら、一緒に日本酒(菊政がお好きだった)を
美味しそうにあがる。
少しお酒が入った方が良い声がでるとおっしゃりながら、、、、。
そのお三味線とお歌は見事だった。

背筋をピンと伸ばした凜とした姿は、私たちを圧倒し、
そして心から楽しませてくださったのだ。
最初の一曲は、お祝いの「鶴亀」で、89歳とは思えぬ色つやと色気!
こういう日本女性が、今の時代に生きて
現役でお仕事をなさっていることは奇跡に違いないと思った。

 次にお目にかかったのは、浅草の釜飯やさんで、
ラフな感じの洋服で、幇間(ほうかん)の櫻川七好さん、
鼓の二三松さんもご一緒だった。

http://keico.exblog.jp/9262462
2009年11月16日、月曜日 曇り
浅草の釜飯やさん、浅草寺、そして、、、

 「吉原の芸者は器量が良くて売るんじゃない、芸で売るのだ。
「芸は打っても体はうらぬ」花魁と芸者の区別が付かない所はたくさんあったが、
吉原はきっちり分かれていて、厳然たるしきたりがあったのだという。

それを厳と貫いて、江戸から受け継いだ日本の芸を、大正初期から学び、
今に伝えて、現役で芸の師匠をして女芸道をかっ歩していたのだ。
(本物の芸者は吉原芸者で、赤坂でも新橋でも、神楽坂でもないといってらした)
芸一筋に生き、戦中、戦後から現在に至る吉原の栄枯盛衰を
“最後の吉原芸者”として見つめてきた姿が、
ご著書『華より花』にはいっぱい詰まっている。

「今が一番幸せ」が口癖だった。
人を楽しませて、ご自分もシアワセと、それが生き甲斐だったのだろう。

 最後にお目にかかったのは二月だった。
「桜なべ中江別館 金村」で、それはそれは楽しく桜鍋をご一緒させていただいた。
吉原の大門近くに最後まで残ったお茶屋&料亭「金村」は、
昨年人の手に渡ったが、見事に甦っていた。

http://keico.exblog.jp/10015808
2010年2月19日 金曜日 晴れ
 春の宵は新装なった「金村」で桜鍋

a0031363_1484644.jpg
(みな子おねえさんと、鼓の二三松さんと豊さんで記念写真。
トヨヨシさんの今日のネクタイは、桜色のエルメスで、馬の柄!
馬肉の桜なべ屋さんのお食事にあわせていらっしゃるとは、なんともお洒落ですね〜〜〜)

a0031363_1492238.jpg
 6月になったら、この「金村」さんをお借りして、桜鍋をいただき、みな子お姐さん、
二三松さん、七好さんの江戸の芸を10人ほどで鑑賞しましょうと、
豊吉さんはお考えになっていらしたのだ。

 芸一筋九十年 <華の生涯>を生き抜いた最後の現役芸者みな子お姐さんは
逝ってしまった。
その最晩年に、日本の女性のすさまじい美しさと生き様に接することができ、
その芸の深さを鑑賞できたことに深く感謝している。
五回という少ない回数だったが、凝縮した時であり、
いろいろ学んだことでもあった。
心よりご冥福をお祈りしよう。
合掌。

http://keico.exblog.jp/7594199/
2008年10月21日 火曜日 晴れ
神田淡路町界隈と浅草吉原の最期のお茶屋さん

http://keico.exblog.jp/7123842/
2008年5月18日 日曜日の三社祭のブログ

http://keico.exblog.jp/7125108/
2008年5月18日 日曜日の三社祭の続き

昨日の浅草神社の浅草三社祭のくみ踊りのの写真のつづき
続き、、

http://keico.exblog.jp/8488357/

2009年6月23日 火曜日 晴れ 暑い一日


浅草吉原に残る最期のお茶屋&料亭「金村」を再訪幇間の七好さん、
鼓の二三松幇間(ほうかん)七好さんは、たますけ師匠のお弟子で、
日本に四名しかいない職業で全員浅草花街に属しているのだという。
いわゆるたいこ持ちといわれ、お座敷の雰囲気を盛り上げる
ヨイショする芸風の道化役的仕事なのだ。



by pretty-bacchus | 2019-01-31 23:59 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

子供の頃の同級生っていいですね〜〜〜!
2019年1月30日 水曜日 晴れ

 同級生っていいですね〜〜〜!
連れ合いの小学校の時の同級生Fさんと地元のホテルのカフェで一時をすごした。

 連れ合いは答辞も送辞もしたそうで、Fさんはその時のことをよく覚えているという。
もう六十年以上前のことなのに、、、、、。

 いいですね〜〜〜! 同級生って!

a0031363_02091445.jpg



by pretty-bacchus | 2019-01-30 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

眼科のあとに通った新宿御苑側道は霊気にあふれていました
2019年1月24日 木曜日 晴れ 眼科へ

 朝一で眼科へ。
今日は網膜検査と白内障手術後の検査で、二人の先生に順番に診ていただく日。

 ともかくここの眼科は混んでいて待ち時間も含めていつも三時間以上かかってしまう。
今日は可も無く不可もなくで午後二時に終わってぐったりしてタクシーへ。
運転手さんがとっても優しい方で少し話をしていたら、
途中オンザウェイで新宿御苑の側道をとおってくれることになった。

 五丁目を右折すると御苑の柵がみえて左折、
窓をあけたら、さ〜〜と冷気と霊気が流れ込んだ感じ。
運転席も空けて一緒に深呼吸。イイ運転手さんに感謝!
まだ梅には早いが木々はもう春の感じ。

a0031363_23490181.jpg

a0031363_04401085.jpg

車窓からスナップをたのしんで、四丁目の信号でおろしていただき、
七日に転倒事故でご迷惑をおかけしたお店へ。
当日のお詫びのご連絡はなんどかしてあるが、お訪ねしたのはあれから初めて。

あらためてうかがうと、本当に大変だったようだ。
食事の後うとうとしていた連れ合いは、(ワタシがお手洗いに行っている間に)
椅子に座ったままで、あくびをするように両手をあげてそのまま後ろに倒れたらしい。
目の前でおこったので店主もとても驚いたよう。
後ろの壁に頭をぶつけなかったのが不思議な感じだという。
その前おかれてえいた籠にぶつかったのがよかったのかもしれない、、、と。
外傷だけですんだのもそのためかもしれない、、、、。

https://keico.exblog.jp/238993251/
松が明けた日にまた大きな事件がおこりました。
2019年1月7日 月曜日 晴れ 七草

 その後のことはブログに書いてフェイスブックにもアップしたが、
そのあとにコメントとかメールでいただいた事にあらためて驚いている。
転倒事故で多くの方が命を落としているのだ。

Yさんの親しいお友達は、
<ご主人様は取り敢えず入院するような事態にならず何よりでした。
本当に歳をとると考えられないようなことで転倒して骨折や重大な事態になります。
知人二人はカーテンを閉めようとしてよろけて骨折、
畳の縁に躓いたり、お布団に躓いたりで骨折、
母も高齢になってから銀行のロビーが雪で濡れていて
滑って骨折しまいました>

Iさんは、食事をすませて帰ろうと椅子から立ち上がった途端に
角っこだったため右足を踏み外してし、あっ!!と思った時は、
目から火花が出るほどの強さで、右の頭と
体側、右肩を壁に打ち付けられたしまったとのこと。

Sさんは石段のあるお店で足を滑らせた。
Tさんは去年横断歩道の金具で滑って車道へなげださらて目の前に車が、
Rさんはお風呂場で、Cさんはタクシーを降りるときにつまずいて捻挫。

https://keico.exblog.jp/239060337/
転倒事故がなんと多いことでしょう! 友人達も母もわたしも
2019年1月11日 金曜日 晴れ 寒い一日 東京では雪の予報

Nさんはもっと深刻で言葉をうしなってしまった。
<もう一昨年になりますが、本当に仲良くさせていただいた友人が
レストランの大理石の階段で転倒されお亡くなりになりました。
それは、金曜日の出来事でしたが、火曜日はフレンチで食事を共にし
木曜日もお会いして色々お話ししたあくる日の出来事でした。
歳は私よりもずっと上の方でしたが本当にお元気で病気知らず。
ただその金曜日は、会食で階上の友人から声をかけられ上を見て挨拶した瞬間に転倒、
頭を強打され、ドクターヘリで救急搬送されましたが
その日のうちに帰らぬ方となりました。
ワインがお好きでやはりワインの輸入も手がけたことのある方でした。
本当に今もいつものメンバーで会食するとその方のことを思い出します>

 そして九死に一生を得たOさんは、
バイクの事故で脳外科に四ヶ月入院し、凄まじい手術で何度も脳を開けられたとのこと。
その後リハビリセンターで三ヶ月のあと世の中に復帰した。
最初は手も動かずだったのに、センターの先生が一つづつ根気強くほぐしてくださり、
その後人の喜ぶ仕事がしたいと心機一転。

退院してしばらくしてからフレンチ&イタリアンのシェフになる修行をしたのだそうで、
今では若い人達向けのコースをとても廉価でだしていて、
60席以上有るのにほとんど毎日満席!
リハビリセンターの先生も時々いらしてくださるよう、、、。

決してきどらずに、その上彼のお料理は優しさにあふれている!
世の中に復帰して活躍している彼といろいろ話している連れ合いはとっても嬉しそう。
“ボクが事故にあわなければ今はここにいないでしょうし、
パパにもママにもあっていないでしょうね、、、”
孫ほども年が違うから、パパ、ママって言われていて、
連れ合いもなんだかとっても嬉しそう!
ありがたいことです。

a0031363_05234603.jpg
(十代最後のころに事故にあって今は二十代後半。
傷がまだ残っているから、いかに大変だったことでしょう!)



by pretty-bacchus | 2019-01-24 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

後輩のお招きで駒形のフレンチへ、そして浅草寺さんへ
2019年1月23日 水曜日 晴れ 浅草へ 

 Sご夫妻にお昼の食事にお招きされていた。
先だってご一緒したときにお話しを聞いていた<レストラン Nabeno-Ism ナベノリズム>
浅草駒形隅田川ほとりに、タイユバン・ロブションでながいあいだ
エグゼクティブシェフの渡辺さんが二年前にオープン。
アルゴのマネージャーだったYさんがいらしたので、早くに行ってみようとおもっていながら
まだいかれてなかった。

 銀座線に久しぶりにのった。
足下があぶないからタクシーにしようと思ったがちょっと遠いので、
二人で腕をくんで歩けばだいじょうぶね、、、と。
優先席があいていてゆったり座って、赤坂見附で乗り換えて三十五分で浅草駅についた。
もう〜〜びっくり! すっかり変わっていて、奥には御神輿が鎮座?
ホームは浴衣を着た外国語を話す女の子で一杯。

 人波をかき分けて地上にでたら、隅田川の向こうに朝日のあの黄色い物体の向こうに
634メートルのスカイツリーが眼前に。


a0031363_02073225.jpg


ここから歩いて7分というので、交番をさがしたらなんだか時代がかった建物のポリスオフィス。
もうここは外国人歓迎の街なのかしら?

 結局タクシーに乗って数分でジャストアットゥヌーンに待ち合わせのレストランに着いた。
Sさんが玄関先で待っていて下さった。

ガラス張りの四階のカラフルなビル。エントランスの奥にはきれいなガラス張りの厨房、
急な螺旋階段を上って二階へあがったら、眼前は隅田川とスカイツリー!
素晴らしい景観にうわ〜〜〜! 二階には四卓で、三階もあるようだ。

a0031363_02080510.jpg

 お昼の特別コースが始まった。
和と洋をとりまぜての味とお皿がつづくと聞いていたので、なんとも楽しみ。
お料理も器もすばらしく、そしてご夫妻とのお話に華が咲く。
Sさんは連れ合いの<後輩>で、奥様もとてもお優しい素敵なかたで、
親しくさせていただいている。
新宿御苑の内閣桜の会もたびたびご一緒で、
食事会も年も何度もですてきな時をすごさせていただいている。

a0031363_02074466.jpg

<先輩><後輩>は<同級生>とのおつき合いが多い連れ合いだが、
こうして家族ぐるみのおつき合いの方は少ない。
“彼はボクがいなくなってもちゃんとおつきあいくださる後輩だね、、、、”って、
連れ合いはとっても嬉しそう!


a0031363_02081051.jpg
(食事が終わってテラスへ出て記念撮影!)

a0031363_02081803.jpg

a0031363_02082597.jpg


a0031363_02083001.jpg

感謝の数時間をすごして、私たちは浅草寺さんへお詣りに向かったのです。
 駒形の<どぜう鍋屋>さんの前でタクシーを拾って、伝法院通りで下車して中道から本堂前へ。

a0031363_02084592.jpg
(オジサン達が楽しそう〜〜〜〜〜下町なのですね!)


宝蔵門をくぐって、龍の口から水で身を清め、お線香の煙で頭も清めて本堂へ。
ここもすごい人で前までなかなか進めない〜〜〜〜。


a0031363_02085138.jpg


a0031363_02083567.jpg
(頭の傷に煙をいただいていますね、、、)


隅の方でお詣りをすませて、めずらしく御神籤をひいた。
連れ合いは<吉>、なんとワタシは<凶>。その内容もいやなことが書かれていてクシュン。
でも最後に助ける友人有りと書かれてなぜかほっとして、、、、。
でも浅草寺のおみくじは凶が出ることで有名で日本一なのだそう。
凶を引いたら幸運!?なんですって!

 仲見世をもどって、途中でおかきと人形焼きをおみやげにしようと思っていたが、
あまりに混んでいたので、後口にむかって国際通りへでたら、目の前に<今半>さんが。
お腹はいっぱいなのでおみやげを買うだけにしました。

 携帯歩数計をみたら、なんと二千歩以上をあるいていたようで、
さすがに少し疲れてタクシーで帰宅でした。

 後輩に感謝の一日でした。
ありがとうございました。

https://keico.exblog.jp/238872866/
銀座の<懐食みちば>で久しぶりの会食でした
2018年11月21日 水曜日 晴れ 

数年前の<桜を見る会>では、桜好きな奥様とご一緒に
一葉桜、開山桜、普賢桜、うこん桜、フクロクジュ、
八重桜といろいろ楽しむことができた。

http://keico.exblog.jp/19729912/

2014年4月28日 月曜日 晴れ その一

新宿御苑の八重桜=一葉、開山、普賢桜、うこん桜、フクロクジュ 



(満開の八重桜のもとでSさん夫人)

2014年4月12日 土曜日 快晴 「桜を見る会」

散りゆく桜に充実した一週間を終えて、、、

今日の新宿御苑での「桜を見る会」で今年の桜逍遙も終わりを告げた。


http://keico.exblog.jp/19673413

2014年4月12日 土曜日 快晴 「桜を見る会」

散りゆく桜に充実した一週間を終えて、、、


http://keico.exblog.jp/19701299

2014年4月12日 土曜日 快晴 

桜を見る会 その二


https://keico.exblog.jp/23822072/

新宿御苑での<桜を見る会>に行ってきました✿ฺ´☆`✿ฺ

2017年4月15日 土曜日 晴れ 桜の会 ✿ฺ´☆`✿ฺ


十一年前の小泉首相最後の桜の会には京都から友人もきていたのでした。

http://keico.exblog.jp/3490767/

散りてこそ心華やぐ桜ばな ✿ฺ´☆`✿ฺ

2006.04.16 




by pretty-bacchus | 2019-01-23 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(2)

友との再会は、ヒロ川島さんのトランペットで癒されて、、、
2019年1月22日 火曜日 晴れたり曇ったり

 <先輩><後輩>は<同級生>よりもなぜか嬉しいものなのかもしれない。
連れ合いは高校も大学も<先輩><後輩><同級生>のおつきあいは広くて
とても楽しそうな人生。

ワタシはと言えば、高校生のときの友人で交流が続いているのはほんの二〜三かな?
大学の時の友人も同窓会を何度か欠席するとだんだん少なくなってしまっている。
 その後に親しくなった方が何人かいらっしゃるから、ときどき食事にいっしょして語り、
時には静かに杯を傾ける。ワタシはそれが同性も異性も多い!
そして一年に何度か一時帰国するパリに住む友人!
あとは連れ合いの友人としたしくさせていただいている。

 今夜は上智の外国語学部の後輩のMさんと半年ぶりくらいにお目にかかった。
去年から大好きになっているヒトミさんの花梨のバーにお連れした。
高田さんの処が大好きだが、何年前に新しいお店になってからピアノがなくなったのが
とても残念に思っていたので、去年に高田さんがご紹介くださったのだ。
樹齢七百年の花梨のカウンターが十数席と、あとは椅子席が十数席で、
窓からは銀座から大手町までの光が美しい。

 先月も三十年ぶりに安藤博文さんとお会いしたあのバー!

a0031363_03434212.jpg

https://keico.exblog.jp/238943042/
三十数年ぶりの再会に白のアマリリスとピンクのチューリップが笑って
2018年12月24日 月曜日 晴れのち曇り

a0031363_03252919.jpg
(三十数年ぶりに安藤博文さんとお目にかかった日にヒロ川島さんと安藤さん)

 お仕事のあとで、私たちも軽く食事をすませてからご一緒した。
つもる話題がいろいろあって、とっても楽しいふた時をすごした。
今夜のライブはヒロ川島さん。昨年からなんどかセッションを聴かせていただいて
すっかりファンになってしまっている。

ヒロ 川島さんは日本を代表するトランペット奏者&ボーカリストであり、
音楽・映像プロデューサーでも活躍なさっている。
ユニット「ラブ・ノーツ」のリーダー。
そしてなによりとっても素敵な方!

 今夜は帰りにMさんもご紹介できて嬉しい!
そして特別サイン入りのCDをいただいてしまいました。
ありがとうございました。

a0031363_04053139.jpg

 お送りしますという後輩を残して、シンデレラタイムに私たちは
十六夜月の銀座の街に消えたのです。
またすぐにでもお会いしたいなって思える方です!

>>>あの後ひとみさんのお薦めのウイスキーを何杯かいただき、
素敵な音楽と景色に癒されながら、幸せな気分で帰路につきました。<<<
とメールをいただいてワタシも幸せ!

a0031363_02071895.jpg
(銀座の十六夜は鱗雲と、、、、)

a0031363_02071118.jpg

a0031363_02072274.jpg
(三十分後の四谷にもまだ緩んだうろこ雲が残っていました)


by pretty-bacchus | 2019-01-22 23:59 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

梅原猛先生の思い出は<アルスシムラ>開校式&入学式とレセプションで
平成31年1月15日(火)  曇りのち晴れ (遡って
   2019年1月15日 火曜日

梅原猛さんが亡くなられた。 享年九十三歳。
心よりご冥福をお祈りいたします。

独特の古代史論、文学・歴史・宗教論。スーパー歌舞伎(ヤマトタケルなど)、
スーパー狂言、スーパー能も手がけられた。
 多くのご著書があり、父の本箱にも何冊もあった。
私が初めて知ったのは父の本箱にあった『哲学する心』『隠された十字架 法隆寺論』など。
今世紀になって、は最澄と空海、親鸞も書いていらした。
でも完読したのはなかったかもしれない。無念!

十数年前の日本経済新聞の<私の履歴書>は読んでいて、
最初の日に肝臓癌のお話しを書いていらしたのを覚えている。
今日の日経には、瀬戸内寂聴さんが
梅原猛さんを悼む 純粋無垢なロマンチスト>を書かれていて、
その笑顔と出会いから長いおつきあいの歳月のなかの素敵なエピソードを
いろいろご披露なさっていた。
<梅原さんは京都にとっては宝もののような存在になり、文化面では最高の権威者になっていた>


 私は何度か会でお目にかからせていただいたことがある。
わたしから言葉をかけられる立場ではないので、
いつも周りの方とのお話しをうかがっていただけだったが、
一度、あのお優しい眼差しでじっと見られたことがあった。
わたしは緊張して会釈だけしかできなかった。

 最後にお目にかかったのは六年前の志村ふくみ先生のの会でのことであった。

https://keico.exblog.jp/17654086/
志村ふくみの<アルスシムラ>開校式&入学式とレセプション
2013年4月16日 火曜日 晴れ

http://keico.exblog.jp/17620941/
2013年4月15日 月曜日              
志村ふくみ・洋子の染織の世界 <アルスシムラ>
から続く、、、

 <アルスシムラ>の開校式でのこと。
テレビ、雑誌&新聞社のカメラがまわり先生方と来賓の皆さんのご入場が始まった。
梅原猛さん、瀬戸内寂聴さん、細見美術館長の細見さん、JT生命誌研究館館長、ご来賓の方々、、。
ふくみ先生に続いて梅原先生が会場にお入りになられた。

a0031363_22463013.jpg

 第一期生の生徒は本科十三名、予科二組二十四名の三十七人の式で、
そうそうたる来賓の方がいらしていた。 
 次々にご挨拶をなさり、梅原先生もすまされて着席。

そしてご来賓のご挨拶の終わり頃に、途中でなんと梅原先生が感激して立ち上がられ、
再度お話されたのです。
京都には三人の老怪物がいると言われています。
西には瀬戸内寂聴、東には梅原猛、真ん中に千玄室と言われているが、
その真ん中にもう一人美しい怪物がいるのです。
それが志村ふくみです。頑張って楽しい学校を作って下さい”と!

a0031363_2375715.jpg


 なつかしい思い出ですので、その日のブログを再掲載しておきましょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さかのぼって、2016年4月16日の
志村ふくみの<アルスシムラ>開校式&入学式とレセプション
そして同時オープンしたGALLERY FUKUMSHIMURA

http://keico.exblog.jp/17620941/
2013年4月15日 月曜日     
志村ふくみ・洋子の染織の世界 <アルスシムラ>
から続く、、、

 アルスシムラARS SHIMURA 開校式に出席した。
私が染めて 私が織って 私が着る……>の記念すべき日。
今後入学式は数限りなく行われるだろうが、開校式と一緒の入学式は今日のこの日しかない。

入学式のご案内には<入学式は自由参加といたしますが、
当日は皆様とアルスシムラにとって記念すべき
一日となることを願い準備をすすめております。
まだ出欠を迷われている方もぜひご参加ください>とあった。

 前日に京都に入って、熟睡できないままに早くに起きてしまった。
京都は黄砂で山々が見えない朝。この時期には多いのだそうだ。
この砂がかぶってしまった草木を先生方はどんなにかご心配になってらっしゃるだろうか。

 午後一番で岡崎の神宮道に向かった。
岡崎の平安神宮の赤い鳥居が見える道の瀟洒な建物の一階に、
学びの館<アルスシムラ>と<GALLERY FUKUMSHIMURA>がオープンした。

a0031363_22422516.jpg

a0031363_22425855.jpg


 アルスシムラの源流は、ふくみ先生のの母上の小野豊にまでさかのぼる。
柳宗悦の民藝運動、黒田辰秋・青田五良の上賀茂民藝協団、富本憲吉らと親交を結び、
自ら理想的な教育を実践する場として「昭和学園」を設立なさったのだ。母上からの影響で染織の道に
入ったふくみ先生は、紬織を「工芸」から「芸術」へと昇華させ独自の美の世界を創造なさり、
その技術と魂はいま洋子さんや直弟子に引き継がれて<アルスシムラ>として実を結んだ。

<自然の不思議さに驚き、真理を追究しようとする姿勢は芸術家の特質です。
アルスとは、もともとラテン語で「技術」「芸術」を表わします。授業では、染めたり織ったりの
手仕事を通して物に触れ、物の命に近づく、驚きと憧れの体験を大事にしていきます。
心が躍動する色彩体験は、芸術家としての魂を育てる最高教育です。
学びの場は日本文化の中心地・京都にあります。そこでの染織体験を通して自然に目覚め、
ひとりでも多くの方が自らの創造性を育てていかれることを願っています>
(入学案内から)

 お祝いの花々が一杯のギャラリーは、織機がおかれ糸が置かれ、
そして<しむらの色のルーツ>が語られる展示になっていた。
テレビ、雑誌&新聞社のカメラがまわり先生方と来賓の皆さんのご入場が始まった。
ふくみ先生、梅原猛さん、瀬戸内寂聴さん、ご来賓の方々、、。

a0031363_22454757.jpg

a0031363_22463013.jpg

a0031363_22471622.jpg (明日から使う織機の手前に新入生の待ち席があった)

 会場への先生方のご入場が終わってすぐに生徒達の入場となった。
大きな拍手に迎えられて一人づつ着席。わたしは最後にそっとつづいた。
細見美術館の学芸員の吉川さんの司会で開校式&入学式は始まった。

ふくみ先生のたおやかな声でのご挨拶から、
“一粒の種がまかれました。アルスシムラが誕生いたしました。
若い方から人生の経験豊かな方までの生徒さんに心を込めて、、、。

両親の途方もない夢であった学校の設立は夢の中にありました。
染め織るだけでなく、深い世界があり、自然には無尽蔵の豊かさがあります。
それを皆さんと一緒に探求してみたい。
危機に迫った日本の今に「日本の深い文化と美しい伝統、滅びつつあるものを何とかして伝えたい。
若い心に伝えたい、、、”と、落ち着きと麗しい若いお声でお話なされた。

a0031363_22483320.jpg

次は、哲学者の梅原猛さん(九十一歳になられるのだ)
この年齢でこういう学校を始められるのは凄い!
と絶賛なさった。
(カメラのシャッターの音で良く聞こえない〜〜)

a0031363_22492040.jpg

 次に天台宗の瀬戸内寂聴さん。
“志村先生、入学者の皆様、おめでとうございます。入学生の皆さんはなんと幸せな方でしょう、、、。
志村先生は着物織物だけでなく随筆家としては日本で一番。そしてなによりも品がいい”
学校をすることのむずかしさをお話になり、お釈迦様のことを話されながら、
伝えることの重要さとすばらしさをお話になり、
“先生がお元気なうちに、皆さんはすばらしい魂と技術を身につけてください”と。

a0031363_2253487.jpg (シャッター音はオフにしてあるが、一番後の席から拝聴しながらシャッターを押すのはむずかしい)

JT生命誌研究館館長の中村桂子さんのご祝辞。
来賓のご紹介のあと、アルスシムラを支えるスタッフのご紹介。

a0031363_22562754.jpg

a0031363_22565813.jpg (細見美術館の細見館長)

a0031363_22574910.jpg版画家の柄澤齊氏。

a0031363_22583964.jpg思惟塾塾長小柳昌司氏(ふくみ先生のお孫さん)

a0031363_22592310.jpg四人の本科・予科講師のご紹介。

a0031363_230465.jpg


 そして入学生代表の挨拶。
今回の第一期生は本科十三名、予科二組二十四名。
“命への深い敬意、自然への深い思い、天の恵みを織り上げる大切な技術を伝えられる、
密度の濃い時間をすごしたい”
(なんだか涙がとめどもなく溢れてとまらない、、、)

a0031363_234259.jpg

 ふくみ先生の近著<伝書>(求龍堂)をもう一人の生徒代表に贈呈式。
激励の大きな拍手が続く、、、。

a0031363_2362054.jpg

 最後は洋子さんのご挨拶。
ギャラリーで27日まで展示されているシムラのルーツのこと、不思議なご縁、、、。
夢と理想と希望を持って学校設立を決意した一年八ヶ月の準備の間に起こった様々なことなど。
挫折と失望に陥らぬようにと大変だった時期に、陰で支えてくれたのは、
講師の方々と都機工房の直弟子達だったのだ。

“今日はアルスシムラのことをいろいろお話ししようと思っていましたが、
もう頭は真っ白。空っぽになりました、、、それでいいのだと。
空っぽの器に一緒にいろいろシムラアルツの魂を創っていきたい。
皆様ありがとう。 工房の皆さんありがとう”(拍手!)

#IMAGE|a0031363_237886.jpg|201304/20/63/|left|684|454#]

 なんと梅原先生が感激で立ち上がられ、また話されたのだ。
“京都には三人の老怪物がいると言われています。西には瀬戸内寂聴、東には梅原猛、
真ん中に千玄室と言われているが、その真ん中にもう一人美しい怪物がいるのです。
それが志村ふくみです。頑張って楽しい学校を作って下さい”と。

a0031363_2375715.jpg

 先生方と生徒達の記念写真が撮られて、式は終了。

a0031363_2314789.jpg

a0031363_23134223.jpg


 三時からは、こじんまりとだがパッショネートなレセプションが始まった。
シャンパンで乾杯!
ドイツ文学者でゲーテ研究家の高橋義人先生のご祝辞をいただき、
来賓の先生方も最後までお残りになって和気あいあいと美味しいワイン&お食事。
なんとも感動的な開校式&入学式でした。

http://www.shimuranoiro.com/ars/

a0031363_23204099.jpg (レセプションのお祝いは高橋義人先生)

a0031363_23215565.jpg
(梅原先生)

a0031363_2322247.jpg

a0031363_23224569.jpg (お祝い会の〆は洋子さんが)


 数ある著名人からのお花の贈り物の中に吉永小百合さんからの見事な鉢があった。
吉永さんも演じた、日本に古くから伝わる美しくも哀しい鶴の民話「鶴の恩返し」のおつうは、
その心を織物でのこしたが、現代版おつう<志村ふくみ>は、その魂と、
苦しみの中から自然界から命をいただきながら生み出されたその染めと織りを、
さらにニュートンからゲーテの色彩論、シュタイナーの思想を学んで得た心境は、
<色彩は光の行為である。行為である受苦である>のだと。

 三十歳をすぎて始めた織りの道は、黒田辰秋氏推薦で出品した日本伝統工芸で入選し、
その道を選び芸術家として成功されたが、それまでには女一人で始めた道であり、
閉鎖的な京都の織物の世界では認められずにどんなにかご苦労があったことだろう。

初めての著書「一色一生」から数多くの名著をお書きになっているふくみ先生のの最近の著書
「伝書 しむらのいろ」には、その<色>と日本文化の伝承だけでなく、
今までのご苦労のほどが、それぞれの章でほんの数行づつであるが書かれている。
   〜〜〜

 明治の時代に日傘をさしてお馬車で麹町の女学院に通ったお嬢様なのに厳しかったわたしの祖母、
<洋>の叔母と<和>の母から学んだ日本の女としての教育と、西洋的なことの教えを受けた
父と叔父からも学ぶことが出来なかった<ふくみ流>の魂と技のほんの一部でも、
明日から始まるその<しむら塾>でじっくりと学べたらどんなに嬉しいことか、、、。
 
<私が染めて 私が織って 私が着る……>の記念すべき日。
<魂の教育>の始まりの日。
ふくみ先生が染め織った着物を羽織ることに歓びを感じていた自分が、
今度は自分で染めて織ってみるのだ。

嬉しい青天の霹靂ともいえるだろう。
人生って面白い。
まさに<生きる歓び>だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 27日まで開催中のプレオープン展「シムラのルーツ」は、ふくみ先生の染めと織りの源流を、
第一章から第八章までの形で展開されていて、
それは、江戸から明治大正昭和へと日本人の<知と技>
<心と魂>の伝承の歴史そのもののようだ。

a0031363_23302882.jpg
(ギャラーフクミシムラの入り口左には織機が置かれている。その壁際には、色糸が、、、
そこから第一章が始まる)
(クリックすると写真が大きくなって文字が読めるようになります)

a0031363_23352775.jpg

a0031363_23493171.jpg (Foveonで)

第一章<小野家と志村家>

a0031363_2341974.jpg

a0031363_23414672.jpg (トリミングして小野家から志村家の家系が、、、)

第二章<民芸運動とその人たちいとの出会い>から、
(青田五郎、平塚らいてうの人たちとの歴史も)
a0031363_235855100.jpg<指スヤ都 見シヤ茲ヲ>


(都機の原点となっている)

a0031363_2348245.jpg (人間国宝の富本 憲吉さんの器、河井寛次郎さんの花入れなど、六十年前のもの)

a0031363_084996.jpgふくみ先生の母上の時代の、柳宗悦
「工藝の道」


a0031363_0134351.jpg(黒田辰秋さんの黒柿紙刀)

a0031363_0152339.jpg

第三章<昭和学園の設立>

a0031363_0155476.jpg(若くして亡くなった夭折の画家 
長兄の小野元衛さんの絵が掛けられていた)

第四章<近江での暮らし>
<メレル・ヴォーリスとの出会い>
a0031363_021123.jpg

a0031363_253897.jpg
<キリスト教との出会い>
伝道者としてのヴォーリスとガラリア丸の湖畔伝導

a0031363_0231216.jpg


 ギャラリーフクミシムラは十坪くらいの広さだろうか。
中心には、先生作の風呂先や袱紗が飾られている。
右奥には、初めての日本伝統工芸展(1957年)で入賞した作品の<方形文綴れ帯>が
さりげなく置かれている)

a0031363_1215268.jpg

a0031363_1234369.jpg

a0031363_122472.jpg<方形文綴れ帯>

第五章 <京都へ>

a0031363_1302889.jpg

a0031363_1243668.jpg

第六章 <ヨーロッパ哲学との出会い>
「都機工房」名前の由来

ゲーテやシュタイナーの思想と出会い、「都機工房」を設立後は、
日本伝統の着物という枠を超えて、「色」という普遍的な美を目指すようになった。

a0031363_1333787.jpg(ゲーテの色彩論について)

a0031363_1371766.jpgしむらのいろ 色の色彩環

a0031363_1375338.jpg(色の色彩環の下には、草木や根から染められた色糸が、、、)
(右から、たまねぎ、くちなし、刈安、紅花、蘇芳、紫根、藍)

a0031363_142443.jpg

a0031363_1343933.jpg (コーナーにはご著書が)

第七章 <ビザンチン文化とイスラム文化>
a0031363_1593265.jpg

第八章 <日本の色彩と言葉>

a0031363_226428.jpg (梅原猛さん、寂聴さんとの写真が飾られている。表には両先生が、、)





(写真はクリックすると大ききくなって文字が読めます)








by pretty-bacchus | 2019-01-17 23:59 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(4)

九十六歳おめでとうございます!
2019年1月14日 月曜日 晴れ

 吹田御大のお誕生日。九十六歳になられる。
妙高におじゃまするはずだったが今回の連れ合いの事故で東京にとどまることになったので、
<祝ファックス>とお好きな赤ワインのマグナムをお送りした。

 三年前は雪深い日におじゃましている。

https://keico.exblog.jp/22190007/
2016年1月14日 木曜日 晴れ 妙高高原まで
九十三歳の御大の誕生会は雪がふる高原で

a0031363_2317593.jpg
(お部屋の窓から)
a0031363_23112411.jpg

 知己をいただいて五十数年になり、いまだに毎週お声を聞いている。
厳しくもお優しい殿!
そういえば去年途中までブログを書いて、まだアップしていないのがある。

 あとで整理をしておきましょう。

http://keico.exblog.jp/8920246/<br>
2009年9月4日 金曜日 晴れ後曇り、夜半に少し小雨
大正生まれの男性二人に魅了されて


by pretty-bacchus | 2019-01-14 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)