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母と昔々のお盆の迎え火送り火の事などを思い出して、、、
2018年8月12日 日曜日 晴れたり曇ったり

 朝は静かだった。
お盆休みが始まって東京は車が少なくなって、青空になるはずが曇りで残念。

 母と小半時ほど亡くなった方々を偲んで話しをした。
今年は母の孫の新盆だから、いつもの年よりいろいろと行事があるとのこと。
明日は霊をお迎えにいくのだろう。
子供の頃にお婆ちゃんに手を引かれてお詣りした薬王寺さんのことを思い出している。

 あの頃は迎え火の日は、迎え火をたくのではなく、薄暮の頃になると、
灯火が灯らない提灯をもってお寺まで歩いて行く。
何十段かの石段をあがって、すぐ右にある小さなお社にお線香をたいてお詣り、
さらに数段上がって奥の方の一角にある加藤家の墓地へ。
すでにきれいにお掃除が行き届いていて、そこで灯火をたく。

その灯火から火をいただいて、提灯にうつす。
その灯がきえないように、歩いて家まで帰る。
玄関先に用意された小皿があったような気がする。
奥の間の仏壇のロウソクに、提灯の灯火を移すして、さらにそれから
お線香の火を付ける。そしてお祈り。

 数日霊魂は生まれた家で過ごすことになる。
送り火の日は、提灯に移された灯火が消えないように気をつけてお寺まで歩く。
その灯は、墓地の前でお線香に移されてお祈りをする。小皿のご馳走がそなえられる。
帰りの提灯は空だ。
家の前には手水鉢が用意されていて、手をすすいでから家に上がる。

そんな事をお盆にはしていましたね、、、、と母に話すと、
“もう五十年以上も前のことなのに、良く覚えていますね、、、、と
母は祖母のことを思い出して声が濡れたようだった。
母は九十八歳。少し物忘れが多くなったとなげいていたが、それは歳相応ですよ、、、となぐさめて。

新しいプリンターの設置やら設定で疲れてしまっていて、今日も写真を撮る元気がでない、
なさけない娘です。

そして 今夕はJAL123便の御巣鷹山事故から三十三年。
深い思いを込めて手をあわせて、、、、。




by pretty-bacchus | 2018-08-12 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

七十三度目の原爆忌、ジョエル・ロブションさん、フランス人との交流歴など
2018年8月6日 月曜日 曇り また台風が発生

 あまりの暑さに暗いうちに眼がさめてしまった。
五日連続の熱帯夜だったそう。

 「広島原爆の日」は七十三度目の原爆忌。
平和記念式典では、八時十五分に「平和の鐘」の音が鳴り響き、一分間の黙とう。
わたしも一緒に祈りを込めた。
この時間、他のテレビ局ではどこも平和記念式典の放映はなかったという。

一方、ローマでは毎年イタリア人が<広島・長崎原爆忌>祈りの式典を
パンテオン広場でしてくれているそうで感激。
それでもあまり日本では知られていないので、日本人の参加はほとんどないという。

フェイスブックのニュース・メディアのウェブサイトの<grape>で報告されていたので、
キャプチャーしました。

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 夜にはジョエル・ロブションさん逝去のニュースが走った。
スイスでガンの治療中だったといわれていたが、、、。
先月に、獺祭の酒造さんとのコラボでパリに新しいスタイルのレストランを開いたと
いうニュースを見たばかりだった、、、。
ご冥福を心よりお祈りいたします。

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 ロブションさんのお料理を最初にいただいたのは、1980年代なかばのパリ。
「コンコルド・ラファエットホテル」「オテル ニッコー・ド・パリレ・セレブリテ」の総料理長のあとに独立して、
パリ16区リューロンシャンという通りに、1981年にはレストラン「ジャマン」
を開き、翌年にミシュラン1つ星、その翌年にミシュラン2つ星。
1984年にミシュラン3つ星を史上最短で獲得した、すぐあとの頃だった。

 1990年代以降はフランス国外での活動が多くなり、日本のフレンチ業界に与えた影響も大きく、
「フレンチの神様」「フレンチの皇帝」と称されるようになっていった。

 日本では、ロブションさんが恵比寿ガーデンプレイスに「ガストロノミー ジョエル・ロブションと
シャトーレストラン「タイユバン・ロブションをオープンの頃に
一度だけ行ったことがあるだけになってしまった。

〜〜〜〜〜〜〜

 ジャマンには、私たちは最初は二人で、そのあとはマルセリーヌガンスご夫妻と、
そしてそのあとにできた女性クラブ<ベルバカント>のただ一人の日本人として、
定例ディナーに参加させていただいた。

https://keico.exblog.jp/13799497/
☆回想のわが巴里の街~フランス人との交流歴
2011年12月18日 日曜日 

(ワイン&食&文化の二十人ほどの限定倶楽部の ただ一人の日本女性に選ばれた頃だった。この定例会は、
ジャマンの後はリュートロワイヨンのギーサバイのレストランに移った)

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(1996年のボルドーオペラ劇場での<椿姫>のギャラ。
アランジュペ首相や政財界そうそうの方が集まったギャラの後の
レセプションにて、元大統領アランジュペとフィリピーヌとマルセリーヌ。左はクリスチャン。
シャネルの白椿を全員が。ワタシは<椿姫>にちなんで椿模様の辻が花をあつらえての出席でした)

   指  揮:マウリツィオ・ベニーニ、ヴィオレッタ・ヴァレリー:レオンティーナ・ヴァドゥヴァ。
  この日の演奏は後日NHKで放映されている)


 この時代は、わたしはボルドーにもブルゴーニュにも年に何度も通っていた。
ブルゴーニュのシュヴァリエ・ドゥ・タートヴァン(利酒騎士団)の称号を授与されたのは1992年。
ボルドーのコマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドー
Commanderie du Bontemps de Medoc et des Graves de Bordeuax称号を授与されたのはその数年後。

https://keico.exblog.jp/14182547/
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ
2011年12月16日 金曜日

http://keico.exblog.jp/19888552/
2014年6月10日 火曜日 曇り その二
1995年10月のボルドーのシャトーでの思い出写真

蒼々たる方々がパリから招かれていて、十数名の丸いテーブル二つを囲んでの和気あいあい、、、。
ライブラリーの一隅には川端康成の本もあって、、、、。


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(シャトー・ムートン・ロートシルトのプライベートスペ
ースの階段で。
二十三年まえになるのですね! 嗚呼!
ワインと食と芸術文化の女性の会<ベルバカント>の女性全員で記念写真でした。
それぞれが仕事をもっていてインターナショナルに活躍しているのが入会の条件でした) 

翌日はお隣のシャトー・ラフィット・ロートシルトにて試飲をさせていただき、
その後シャトー・ラツールのオーナーのピノ−ご夫妻のお招きでお庭でレセプション。


#IMAGE|a0031363_32501.jpg|201406/11/63/|right|784|527#]
(シャトー・ラフィット・ロートシルトにて、この日はわたしはヴェルサーチのパンツスーツでした)


フェルメール特別展の作品とベルバカントのお仲間の写真は下のブログで
https://keico.exblog.jp/20130708/
マウリッツハイス王立美術館での“一九九六年四月ハーグ”のフェルメール特別展
2014年8月22日 金曜日 晴れ

〜〜〜〜〜〜〜
more>>このあたりのことは、このブログ内に何十回もいろいろ書いているので、
記録としてあとでリファーしておきましょう。
 
マルセリーヌガンスとベルバカント思い出は
https://keico.exblog.jp/238696195/



Moremore>>このあたりのことは、このブログ内に何十回もいろいろ書いているので、 記録としてあとでリファーしておきましょう。
by pretty-bacchus | 2018-08-06 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

平成最後の隅田川花火大会に、半世紀前のプティトリアノンを偲んで
2018年7月29日 日曜日 曇りのち晴れ

 台風一過とはこういうものなのでしょうか?
薄紅色が空に残るころ、一日延びた隅田川花火大会がはじまりました。
平成最後ということで、久し振りにテレビにかじりついて観戦?
見事な花火が続きました。
途中で母とお話し、、、一緒に見たかったですね。ママ!

 その前の<世界遺産>の番組では、ヴェルサイユ宮殿のプティトリアノンが!
ハプスブルク家のマリアテレジアの意で若くしてフランスに嫁いだマリーアントワネットが、
三十八年の短い生涯を終えたのはコンコルド広場のギロチン台。

ベットインも出産もすべてが公開されていた当時の宮廷生活を避けて、
わずかな時をすごすことができたのはプティトリアノンでした。
宮殿とはみえず楚々としていた記憶があったですが、中はなんとも豪華でビックリ!
蒔絵の漆器の宝石箱は日本からか中国か?

そして手綱であがってくる隠れ壁がなんとももの哀しくありました。
その時拾った松ぼっくりは私の宝物!
今でも玄関にそっとおいてあります。
遠い遠い半世紀も前の思い出です。

 良い日曜日となりました。

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(プティトリアノンで1966年でしょうか? 初めて訪れたフランスでの旅でした。
半世紀にもなるのですね! 嗚呼!)

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(その時の写真を数年前にはらさんがおくってくださいました。
真ん中はマドレーヌ寺院の花屋さん。
下はローマのコロッセオですね。)

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(エールフランス航空入社の年に、クリスチャンディオールのユニフォームを着て、当時の羽田空港ですね)

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(上司のはらさんと!
お元気でいらっしゃるのでしょうね!)







by pretty-bacchus | 2018-07-29 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

祇園祭の後祭りの日に、久田宗匠、志村ふくみ先生との京都の思い出に酔っています
2018年7月24日 火曜日 晴れ 猛暑の一日


 祇園祭の後祭り。
あまりの暑さに残念ながら花傘巡行は中止となったようだが、
八坂神社での奉納舞踊は無事に執り行われたよう。

 京都の商家の方のご奉仕は大変なもので、Hさんは
ご年配なのに、毎年八坂さんへのご奉仕が続き、祇園祭りの間は、御神輿について町中を廻られる。
こうした方々のおかげて、何百年も続く行事がきれることなく今に伝えられているのですね。

 炎暑の京都での今年の様子が吉田でこちゃんのフェースブックで見ることができました。
でこちゃんは
先斗町のお茶屋さんのご主人で祇園町にも<ここ家さん>がある。
近年は
日本商工会議所青年部 役員もなさってご活躍。
最初に会ったのは、友人の祇園のクラブで仕事をしはじめた彼が十代のころで、もう四半世紀以上前になりますね。
彼のフェイスブックで紹介されていたことを、このブログでご紹介しましょう。

<7月24日(金)、大暑・桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)の候。
京都市内、桐の花も陽の光を避けてしまうような猛暑の一日となりました。
こちら先斗町「歌舞伎踊/清元・津山の月」の一幕。
炎天下の中、芸妓さん、観覧のお客さま、皆さまお疲れ様でした!!

出演された芸妓さん、楽屋での一幕など奉納舞踊のお写真は、
先斗町鴨川をどり公式Instagramをチェックしてくださいね!!
http://www.instagram.com/ponto_kamogawa_dance/

 そんな祇園祭の頃には何度も京都にいったものです。
久田宗匠のお稽古にも毎年通い、志村ふくみさんの<アルスシムラ>の第一期生としても通ったものでした。

 祇園祭の宵山が誕生日近くなので、宵宵山と言って、友人達が祝ってくれたものでした。
若かったのですね。

 なつかしい思い出に酔って炎暑をすごしています。

https://keico.exblog.jp/23007958/
西洋朝来のヘブンリーブルーはどんどん伸びていきます
2016年7月17日 日曜日 曇り

2012年7月17日 火曜日 山鉾巡行 梅雨明け そして猛暑日

https://keico.exblog.jp/15793791/
猛暑日 に早朝から山鉾巡行の見学で知恵熱 
2012年7月17日 火曜日 山鉾巡行 梅雨明け そして猛暑日
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少し遅れてam9:30に行の最初は、結界を切られて後、長刀鉾から始まった。四条通り東洞院道のお旅所にて)
 いや〜〜もう完全にまいっている。
体がではなく、心身ともに心底驚いている。
平安時代869年から千百有余年続くこの厄除けの祭りがかくも長きにわたり受け継がれてきた伝統の担い手と
宗教的&社会的背景に、そして町衆の心意気に!

 子供の頃から知恵熱はよくだしたという。
この歳になって、猛暑日と三十二の山鉾巡行見学で知恵熱がでようとは!

https://keico.exblog.jp/18080076/
アルスシムラの補習で織りは大分慣れてきました
2013年7月11日 木曜日 晴れ 猛暑
祇園祭の山鉾巡行の日に
http://keico.exblog.jp/18136286/
2013年7月17日 水曜日 晴れ その二
祇園祭の山鉾巡行をホテルの窓から愉しむ

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(見送りの絨毯は、トロイの王子と妻子の別れを描いた十六世紀のベルギーの毛綴れというが、
これだろうか?<br>
江戸時代初期に輸入されたて国の重要無形文化財に指定されているのだそうが、<br>
雨がふったらどうするのだろうと心配になってしまう。)

https://keico.exblog.jp/18207427/
<アルスシムラ十四週目>織りの最後となりました
(上のブログから)
a0031363_20314969.jpg  (今日の織りはじめは、、、、)

a0031363_20323581.jpg  (am10:42  最後の織りは、、、、)

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a0031363_2045526.jpg (Aさんが織りあがりご披露。ふくみ先生もその出来ばえに感心。

2013年7月24日 水曜日 晴れたり曇ったり




























https://keico.exblog.jp/20001633/
<キャトルズ ジュイエ>=七月十四日、巴里祭の夜に思い出にふけって
2014年7月14日 月曜日 晴れ

https://keico.exblog.jp/19861610/
1995年のパリ、英国、北欧、ヴェローナ、ヴェネツィア、ボルドー
2014年6月1日 日曜日 晴れ

~~~~~~
そして久田宗匠との思い出は沢山あります。

四人だけの特別のお稽古では、
普通のお稽古では出来ない心落ち着いたシンパシーの茶道をお教えいただいたような気がします。
その久田宗也宗匠も若宗匠も彼岸に立ちだってしまわれた。
<年々歳々花相似 歳々年々人不同 
     年々歳々花相い似たり  歳々年々人同じからず>
 明日もまた雨なのだろうか、、、涙雨なのだろうか!<br>
(初公開の写真を数枚、、、

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(19920127久田宗匠お初釜 半床庵の特別クラスは四人、東京からは私一人。

当時は年に何度も海外出張だったが、月に一度のお稽古がとても楽しみで京都行きの
スケジュールの調整をしていた、、、)

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(19920626久田宗匠と パリから着の翌日には京都入りしたこともたびたびあった。
お稽古まえに、宗匠はお玄関脇の小部屋でヨーロッパのことをいろいろお聞きになったり、
お箱書きをしてくださったりした)


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(久田宗匠と数人で京焼の西村徳泉さんの登り窯で土をこね、色絵付けをさせていただいた時の写真。
素焼きされた茶碗に私が絵を描いて、宗匠が文字を書いてくださった合作は私の宝物の一つ!
懐かしい思い出がどんどん甦ってくる)

#IMAGE|a0031363_1101992.jpg|201507/09/63/|mid|583|864#]<br>
(夜の祇園街でツーショット! これは絶対に公開できないでしょうね、、、)

http://keico.exblog.jp/11997177/<br>
2011年1月25日 火曜日 晴れたりうす曇り 
 燗酒やちらと横目に白ワイン

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 半床庵お初釜にて  

 〜〜〜ブログ内で思い出いろいろ、こうしてすぐに取り出すことが出来るってウェブ日記はなかなか〜〜〜

http://keico.exblog.jp/2949815/
2006.01.02</a><br>
元旦の宵を語らう我が母と<br>
 明日もまた雨なのだろうか、、、涙雨なのだろうか!

https://keico.exblog.jp/21427797/
雨が続き家内で前世紀の京都通いのことなどを思い出して
2015年7月8日 水曜日 曇りのち雨



by pretty-bacchus | 2018-07-24 23:59 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

若いイタリアンのシェフにバースデーイブをしていただきました!
2018年7月14日 土曜日 晴れ

 誕生日イヴを孫の歳のシェフに祝っていただきました。
新しいメニュー、手作りの果物のデザートにお祝いの花火、
そして清楚な色合いの花束!

遅い時間に貸し切りの感じでお祝いをしてくださったのです。
ありがとう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

 マックの調子悪く、詳しくは後ほど記録。


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by pretty-bacchus | 2018-07-14 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

心身共の<ぐたぐた疲労症候群>からようやく抜け出せそうだ。
2018年6月14日 木曜日 小雨のち曇り 紫陽花

 ようやく人間らしさが戻ってきたような気がする。
考えてみたら人生の節目節目でこんなことが何度もあったのかもしれない。


地元の高校でない男子系高校に進学したことも、難しい大学に挑戦したことも、
そして突然パリの駐在員に送られたこと。帰国後数年して
ホテルメリディアンチェーンの日本代表として仕事を引き受けたことも、、、さらに?

いつもいつもその時の自分の実力以上のことを求められたような気がする、
あるいは求めていたような気がする。
一生懸命なんとかがんばって、なんとか仕事をやり遂げて成果をあげて、
気がつくと、、、、その後には入院をしたり病気になったり、ぐずぐずしたり、、、
やっぱりその時々の自分自身の実力以上のことをしてきたに違いない、、、。

でも達成した時の喜びは素晴らしいものがあったのだから、
それはそれでよかったのだといつも思っていた。


人生の<高齢者>と呼ばれる歳になって、後は人生を振り返りつつ
どんなふうに最後のステージに行けば良いかということを
考えなければいけない歳になっての今度の挑戦だった。

三月のフランスでのシャトー・ドゥ・ピゼイでの滞在中に案がでて、
<できる!> そう思ったのだが、昔のスタッフがいなかった。
いたとしても結局自分自身でしなければいけない事の方が多いだろうから、
結果は同じだったかもしれないが、やはりかなり根を詰めることをしたのだった。

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プレスキットの翻訳、レイアウト、平行してご招待状の文面づくりとプリント、発送。
パスカルのサインもいれたり、専用ラベルも創ったり、、、。
そしてどんどんいただいた出席のお返事の整理、、、。
会場の設定案やお料理の相談が終わった頃にはすでに疲れを感じ始めていた。

そして、三十五年来初めて来日したパスカルは、飛行機で荷物がミッシングで、
着の身着のまま。予定を少し変えねばならなかった。

今回は試飲レセプションがメインの二泊三日の日本で、彼は
シャトー・ドゥ・ピゼイはボージョレヌーヴォーだけではない。
最高のシャルドネのボージョレブラン、ロゼ、レニエ、ブルーイ、
そして世界一といわれているモルゴンを、今回日本でご紹介したいという
ことなのだが、私は彼に初めての日本を満喫して欲しいと思ったのだった。

それには、、、と、空港からホテルまでの車で、歌舞伎座や銀座、皇居回りも、
迎賓館あたりも車で通ってもらって、初日の夜はお寿司と和牛と、
誕生年の1955年のバーアルマニャック・フランシスダローズも楽しんでもらった。

三日のレセプションは、事前ブリーフィングをしたので、
受付その他は社長と部長にまかせて、同時通訳は雇わなかったが、なんとか司会、進行、
通訳となんとか乗り切れたような気がする。

シャトー・ドゥ・ピゼイは、ボージョレヌーヴォーだけではない。
数少ないボージョレブラン、ロゼドゥソワレ、今年金賞をとったレニエ、
そしてブルーイ、それにモルゴンシバリットと素晴らしいワイン群が
あるということを皆さんに味わっていただけた!

お料理もサービスもとてもよかった。
今までのピゼイファンの何人にもの方にお話しいただいたし、令子さんは
フランス語でパスカルへのメッセージを話して下さった。
リンゴなどの果樹園のお仕事と、パスカルの葡萄造りの苦労と共通点と喜びを!

(最初から最後まで上がりっぱなしだったし、いろいろプライベートなことを
少し話しすぎたかもしれないが、、、、、、。)
皆様をお送りしたあとにはお腹がすいて、、、イタリアンへ。

翌日は浅草、スカイツリー、国技館あたりまでご案内して、
夜の別の八人のお客様の試飲ディナーは和食。
皆さんフランス語や英語が流暢な方だったので会は盛り上がって、そして赤坂の夜、、、。

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 Mr. Pascal Dufaitreは喜んで帰ってくれて、お招きした長年来のお客様が
コンフォタブルなひと時を過してくださって、それでよかったのに、
最後に九十八歳の母を紹介できなかったことを、
こんなに悔いているとは我ながら驚いている。
疲れきってしまっているのも、その他にもいくつもの反省点があったからだろう。

それでも休んでみて不思議な思いがわいている、、、
これでよかったんだって思っている今の自分がある。
あの時最後に母を紹介していたら、会の途中で最年長の方とご紹介した八十五歳の
松下さんのことが消えてしまうかもしれないではないか、、、。

松下さんはお客様、そして母は身内。
身内の事はそっとしておいてよかったのだと不思議に思えてきた。
休養って必要なんだ、、、、、と元気を取り戻して思っている。

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(松下さんが帰り間際に母と弟に気がついて下さって、、、、記念写真!
アオヤマさんありがとう!)


何日かぐずぐずしながら横になっていろんなことを考えて、、、、
そしてこんなふうな考えにいたったのって、不思議だ! 人間の心と脳って

 心身共の<ぐたぐた疲労症候群>からようやく抜け出せそうだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜
https://keico.exblog.jp/238575997/
2018年6月9日 土曜日 曇り
週末はぐったりして、シャトー・ドゥ・ピゼイのレセプションの写真の整理となりました

https://keico.exblog.jp/238570474/
2018年6月7日 木曜日 お天気の記憶なし
明後日病にかかってしまったようです

https://keico.exblog.jp/238566947/
2018年6月6日 水曜日 曇り
シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士総支配人のパスカル デュフェートルの試飲レセプション

https://keico.exblog.jp/238565133/
2018年6月5日 火曜日 曇りかな
パスカルデュフェートルは二泊三日で真夜中にパリへ発っていきました

https://keico.exblog.jp/238570424/
2018年6月4日 月曜日 晴れ すき焼き>浅草>ふくさん>赤坂
遡って四日のふくさんでのシャトー・ドゥ・ピゼーの試飲会と赤坂の夜の記録

https://keico.exblog.jp/238568734/
2018年6月2日 土曜日  曇り (遡って記録)
シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士&総支配人のパスカルデュフェートルが日本に着いた。

http://keico.exblog.jp/238528379/
2018年5月15日 火曜日 晴れ 暑い一日
六月のレセプションをお願いしているレストランアルゴにて昼食とミーティング

https://keico.exblog.jp/238492956/
2018年4月29日 日曜日 晴れ 真夏日
急にきまった六月初めのレセプションの準備に追われています

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by pretty-bacchus | 2018-06-14 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士総支配人のパスカル デュフェートルの試飲レセプション
2018年6月11日 月曜日 雨

 雨の日がありがたい。
横になったり起きたりでぐずぐずしているときは、
表に太陽がないのがなんだかほっとするのだろう、、、。
カーテンの隙間から太陽が燦々と照っていると、
横になっているのがなんだかいけないような気になってしまう、、、、。

 友人がレセプションの写真とビデオを四時に届けてくれると言うので、
三時半に目覚ましをかけてまた横になったのだが、間に合わなかった。

 当日の受け付け開始から解散までの三時間弱の動画をうとうとしながら見た。
やはり最初から最後まであがっていたようだ。
なんとか皆さんにお楽しみいただいたと思っていたが、ようやくの感じ。


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(能澤さんご夫妻)

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(福田さんご夫妻)

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(上尾からの渋谷先生)

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(伊達市からの金子さんとご子息)

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(流通にご尽力いただいているトナミの寺田さん。
坂本さんが欠席で残念!)

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(本日のメニュー)

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(シャトー・ドゥ・ピゼイのPascal Dufaitre)


大体の時間割をメモにしておいたのだが、
五つのワインの試飲と食事の間に三十五年のシャトー・ドゥ・ピゼイの思い出を
お客様に語っていただき、私もいろいろお話ししたいとおもっていたのだが、
まだまだご紹介したかった方は沢山いらしたような気がする、、、。

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(陽子さんと、、、)

ご招待状に<カジュアルモダンな感じで、なにか一つワインレッド又は
ロゼの小物をおつけいただけましたら嬉しいです>と書いたので、
皆さんなにかつけてくださっていた。
シャツの方、ネクタイやポケットチーフの方、
女性はお洋服の色やスカーフとかブローチとか、、、、。

ヨーコさんは、
<今回のご案内を頂いてからの準備期間もまた、とても楽しい時間でした。
ビーズを趣味にしている母にワインレッドのネックレスとピアス 作成を依頼し
ハンドバッグやお洋服を選び、前日にネイルサロンの予約をし、爪もワインレッドに>と。

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(渋谷先生と奥様)


 途中でいただいたスピーチで話題が突然に昔のことになったり、
シャトーへの旅の話しになったり、別の話題になって飛んでしまったようだ。

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(タカダさん、、、、! フランシスダローズの
バーアルマニャック・フランシスダローズ1904の思い出を語ってくださった)

それでもその話題から、エールフランスのパリの駐在員のことにもふれられたし、
辞めてからのアオヤマさんとのエールフランスの機内誌<ボンヴォワヤージュ>の
取材にいったこともお話しできた。

 イタリアの旅にご一緒させていただいた松下さんのお話しで
トスカーナのヴィッラヴィーニャマッジオの館への旅のことが出て、
思わぬ形でモナリザの里のワインとオリーヴオイルのこともお話しできた。
イルビアンコの加藤さんもご紹介できた。


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(この空のワイングラスが最後はすべて一杯になったのでした)

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 一番悔いているのは、皆さんのスピーチをパスカルに同時通訳できなかったこと。

そして最後に九十八歳の母を皆さんにご紹介できなかったこと、、、。
ごめんなさい、ママ!

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(ママと藤原さんと下の弟の悠二さんと!)

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(帰り間際に松下さんが母と話してくださったのです!
八十五歳と九十八歳の饗宴です!)

ありがとうございました!
まだまだ沢山あるので、少しづつ整理をしましょう、、、)

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https://keico.exblog.jp/238575997/
2018年6月9日 土曜日 曇り
週末はぐったりして、シャトー・ドゥ・ピゼイのレセプションの写真の整理となりました

https://keico.exblog.jp/238570474/
2018年6月7日 木曜日 お天気の記憶なし
明後日病にかかってしまったようです

https://keico.exblog.jp/238566947/
2018年6月6日 水曜日 曇り
シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士総支配人のパスカル デュフェートルの試飲レセプション

https://keico.exblog.jp/238565133/
2018年6月5日 火曜日 曇りかな
パスカルデュフェートルは二泊三日で真夜中にパリへ発っていきました

https://keico.exblog.jp/238570424/
2018年6月4日 月曜日 晴れ すき焼き>浅草>ふくさん>赤坂
遡って四日のふくさんでのシャトー・ドゥ・ピゼーの試飲会と赤坂の夜の記録

https://keico.exblog.jp/238568734/
2018年6月2日 土曜日  曇り (遡って記録)
シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士&総支配人のパスカルデュフェートルが日本に着いた。
http://keico.exblog.jp/238528379/

2018年5月15日 火曜日 晴れ 暑い一日
六月のレセプションをお願いしているレストランアルゴにて昼食とミーティング

https://keico.exblog.jp/238492956/
2018年4月29日 日曜日 晴れ 真夏日
急にきまった六月初めのレセプションの準備に追われています

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by pretty-bacchus | 2018-06-12 23:59 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

梅雨に入って甥が彼岸に旅だちました
2018年6月8日 金曜日 曇り 

 ばたばたしているまに梅雨に入ったようだ。
朝早くに下の弟からメールが入った。
三年半前のパリ滞在中になくなった上の弟の長男の正人君が急逝した。
悪性リンパ腫に肺炎を併発していたとのこと。

 母と弟は一昨日にお見舞いにいったが、その翌日だったよう。
母にとってはただ一人の男の子の孫だった。
まだ二十九歳だった。嗚呼!(神様ってなんて理不尽なのだろう)

子供の頃にあっただけであまり交流がなかったが、とてもイイコで頭の良い子だった。
男の子の場合は佳人薄命とはいわないのだろうか、、、、。

https://keico.exblog.jp/20648271/
2015年1月3日 土曜日 晴れ
お正月に子供の頃のことをいろいろ思い出されて、、、

 彼岸のお父さんにあいたかったのだろうか、、、、
ご冥福を心よりお祈りしたい、、、。

雨の暗い巴里の朝に弟の訃報をうけました)

https://keico.exblog.jp/20570868/
2014年12月22日 月曜日 晴れ
シテ島のノートルダム大聖堂のステンドグラスに願いを込めて

https://keico.exblog.jp/23663116/
2017年2月18日 土曜日 晴れたり曇ったり 雨水
がん研究会有明病院へお見舞い。ガン事情が変わってきました

〜〜〜〜〜〜
私の手元に残っている正人君の写真は二枚だけ、
ブログに載せていたので再掲載しておきましょう。
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左下が莞爾くんの長男の正人君でしょう。
祖母と下の弟ゆうちゃんと。
祖母は1978年10月になくなったので九十三歳の時。
この写真には1977年とあるから、私は大学を出て、エールフランスに入社して、
パリの駐在員を終わって帰国したあとだ。)

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ポラロイドが色あせて残っていた。母もなんと若くて素敵なことだろう〜〜〜! 五十代初めかしら?
父が肩に手を当てているのは母の同級生のお嬢さんでたしかエミ子ちゃん。
下の弟がきたなくなっても持っていてくれてかなり前に借りてスキャンしてみたもの。
彼の友人達、父母、祖母がいて、なんともなつかしくブログに載せてしまっていた。
たしか四畳半のお茶室だった。当時の家の模様もわかって、写真って凄いですね!)

 我が家は不思議な家だったかもしれない。
昭和二十年代中頃(1945年以降)から三十年代後半だったろうか、
戦後の日本中が大変な時期なのに、いつも家にはお客様がたえなかった。

本郷に住んでいた祖母と父母は、東京の最後の空襲で家を焼かれて、しばらく祖母の甥の
千葉三郎さんのお宅にお世話になった後は、母の実家に戻ってきたと聞いている。

きっともう六十歳をこえていたであろう祖母はどんな思いだったろうか。
母方の祖母は、日傘を差してお馬車に揺られて麹町の女学校に通った女性だったが、
その後苦労したが、やはり戦争で家をなくして頼ってきた遠い親戚達も家においたし、
穀物を盗みきたのが床屋のオヤジと知っていながら、
家族の為だろうからと言って捕らえなかったという。
素晴らしいDNAを持った二人の祖母は私にとっては苦しい時代でも素晴らしい家族であったのだ。

 その頃は食料品だって十分ではなかったろうし、お酒だってあまりなかったろうに、、、
いつも叔父の友人達や学校の先生とか町内の方があつまっては文学論などをかわしていた、、、
デカルトカントショーペンハウエル、、、それがどんな人かも知らずに、
私はその言葉だけがしばらく頭に残っていた。

試験勉強でうるさい〜〜と言うと、
“こんなことで勉強ができないなら学校など止めてしまえ、と言う父も、
お客様が帰ると“けいこ、お茶が入ったぞ、、、”と、声をかけてくれたものだった。

近くの祖父母の家の乾麺や、船会社にいた横浜の叔父からのきれいな紙に包まれた
チョコレートやバターがあったし、農家の方はお野菜とかを時にには持ってきてくれた。
お酒がないと母の着物が一枚一枚なくなっていったのは、ずっと後になって知ったことだ。
(町の質屋さんから大きな柳行李が二つ届いて中は母の着物だったのだ)




by pretty-bacchus | 2018-06-08 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(1)

遡って四日のふくさんでのシャトー・ドゥ・ピゼーの試飲会と赤坂の夜の記録
2018年6月4日 月曜日 晴れ すき焼き>浅草>ふくさん>赤坂
(昨日の本番のレセプションはまだ写真未整理でアップ出来ていないのに、
 遡って翌日四日の記録を)

 昨日のシャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士&総支配人のパスカルデュフェートルのレセプションで
一番心に残るのは、最後に九十八歳の母<八尾三保子>を皆さんに紹介できなかったことだ。
(いまだにお茶とお花の世界で活躍しているのですから、、、)
ママごめんなさい〜〜〜!

最後から最後まであがっていたようで、最初と最後の順序はメモに書いてあったのに、
すっぽりと抜けてしまったのでした。
早い新幹線の方をまずお送りして、そのあとスガワラさんとか他の方の祝電をご紹介して、
最後の前に社長にご挨拶してもらい、最後に母をと思っていたのに、時間がせまっていたこともあり、
ツレアイの言葉が終わったところでほっとしたのかもしれない。

三々五々にお帰りになる皆様をお送りして、あ〜〜!
母! と思ったときには、松下さんが母と話してくれていた。

 良かった〜〜〜!
松下さんも八十五歳で、まだまだ十三年ありますね、、、、と!

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そして綺麗な朝が明けました。
いつもまにか、借景のシデの枝が刈られてしまっていてビックリ!

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昨日いただいた令子さんからのお花は押し花にして、
ニコライバーグマンのフレッシュフラワーアレンジメントに水やりをして、、、。

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一夜明けて、今日の午前は少しゆっくりしてお昼にニューオータニの岡半さんへ。
岡半さんは海外からのお客様はいつもお連れする。
いつもは夜なのに、今日はお昼ごはん。


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シバタオーナーがお昼なのにいらしてくださり、ご無沙汰をお詫びして、、、、。
パスカルと握手をしながら、“ケイコさんとは三十年です、、、”と。
まけじとパスカルは“モワ トラントサンカン!” わたしは三十五年ですと胸を張る。
こういうのって何だか嬉しいな〜〜〜!


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(日本初めてのパルカルはなにもかも初めてで、お肉にもビックリ!)

すき焼きを満喫して、夜の会まで三時間あるので、
コンシエルジュで車を手配してもらって浅草往復。
浅草寺さんは私も久し振りなので、まず柄杓で手を洗い、お香でおつむをなでて、本殿へご挨拶!
彼はなにもかも初めてなのだから、びっくりしただろう。
参道の途中で奥様とお嬢様達にゆかたを購入。

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(背が高いパスカルがスカイツリーと並んで、、、、)

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 夜は<四谷ふく>さんで、和懐石とワインの会。
八人のお席はやはり五種類のワインのグラスが並び、
ボージョレフラン、ロゼドゥソワレ、レニエ、ブルーイ、モルゴン、最後はモルゴンシバリット。
こういうサーヴィスが可能なのは、ソムリエの経験もある板長ふくさんと
女将がいらっしゃるからなのだ。

今夜のために特別に考えられた和食に、皆さん舌鼓をうった。
Wさんはパリの日本大使館に三年いらしたし、Mさんは上智のフランス語科卒、
MさんTさんはアメリカに数年のドクター、Fさんも海外で活躍してらしたし、ツレアイは貿易会社と、
今夜は私がつたない通訳の必要もないので、私もしっかりとすべてのワインを試飲!

美味しい〜〜〜〜!
Wさんはレニエは初めてのようですっかりお気に入り。

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盛り上がってしまってかなり賑やかになったので、
別のテーブルのお客様にご迷惑になってもいけないので、急遽、車をよんでいただき赤坂へ移動。
もちろん高田さんの<バーB>
カウンターではなく、今夜はソファーの席で、、、。

香港経由でパリに帰る飛行機は、真夜中と聞いていたのに一時半だという。
タクシーで一時間もかからないのだから、十一時半にでれば十分。

皆さん、ほんとうに大人でしっかりとパスカルにおつきあい下さったのでした。さすがです!
途中から、赤坂芸者のさとみさんも加わってくださり、赤坂の夜は更けていったのです。


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(皆さんイイオカオをしてらっしゃいますね!
酔っていても乱れてはいないのです!)


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(高田さんも加わって記念写真!)


この後の三枚Hオフレコでしょうね〜〜〜!
(いつの日かアップ出来るように、こんな形で残しましょう、、、、)

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#IMAGE|a0031363_02410568.jpg|201806/09/63/|mid|862|575#]

#IMAGE|a0031363_02412396.jpg|201806/09/63/|mid|862|575#]


このオフレコの写真を送ったら、パスカルの返事は
La dernière soirée était une apothéose !!!!

それはそうでしょうね。
日本人だってなかなか経験できない赤坂の夜だったのですから!

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2018年6月6日 水曜日 曇り
シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士総支配人のパスカル デュフェートルの試飲レセプション

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2018年6月5日 火曜日 曇りかな
パスカルデュフェートルは二泊三日で真夜中にパリへ発っていきました

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2018年6月4日 月曜日 晴れ すき焼き>浅草>ふくさん>赤坂
遡って四日のふくさんでのシャトー・ドゥ・ピゼーの試飲会と赤坂の夜の記録

https://keico.exblog.jp/238568734/
2018年6月2日 土曜日  曇り (遡って記録)
シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士&総支配人のパスカルデュフェートルが日本に着いた。


六月のレセプションをお願いしているレストランアルゴにて昼食とミーティング
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2018年4月29日 日曜日 晴れ 真夏日
急にきまった六月初めのレセプションの準備に追われています

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東京の花街は、赤坂、新橋、神楽坂、浅草、向島、芳町の六カ所。
かって遊郭のあったのは新吉原、江戸時代には内藤新宿とかも。

今の赤坂は二十一人の芸子さんがいるそうで、中にはお茶の水大学をでて、
日本の芸を身につけたいと赤坂芸者さんになった方もいる。
さとみさんも某大学卒のようで、お話しがなかなか面白い。
八十六歳の小唄のおしょさんのお弟子さんのようで、一つ二つをご披露くださった。

パスカルはもうビックリにっこり。
日本男性だってそうだが、男達はこういう美形にはめっきり弱いのだが、
フランス人はもっとにっこりしてしまう。

私はもっぱら場の賑わし役とカメラウーマン?
iPadに入っていた、かっての浅草のみなこお姐さんの
「華より花」の出版お祝いの会で詠われた<鶴亀>のユーチューブをご披露したりしたのでした。
(パスカルデュフェートルの来日のお祝いと思ったのでした)

2009年の浅草での記録です。
ブログって素晴らしいです!
こうして九年もまえの日々が一瞬にいて回顧できるのですから、、、、。
(トヨヨシさんありがとうございました!)

(当時八十九歳の現役浅草芸者のみな子お姐さん。
二胡の鼓は、日本ではふみ末さんが最後の演奏者になってしまっていた。
このブログは、後の浅草の観光協会からの依頼でブログの貸し出し?をしたのでした)


090708みな子姐さん「鶴亀」を弾き謡う

“今日は水谷先生のお祝いとみなこさんのお祝いで、鶴亀をやらさせていだきます庭の砂ハ金銀の〜、、、
珠を連ねて敷妙の〜、、、、、五百重の錦や瑠璃の枢。シャコのゆき桁瑠璃の橋。
池の汀の鶴亀は、蓬莱山も与処ならず〜〜〜君の恵ハ、、、、ありがたや〜、、、、、、(中略)
めでたけれ〜〜〜〜!よう!”


(クリックすると小唄を聴くことができます)

https://keico.exblog.jp/8616496/
2009年7月10日 金曜日 曇り
みな子お姐さんの「華より花」の出版お祝い=前章


by pretty-bacchus | 2018-06-04 23:59 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(2)

シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士&総支配人のパスカルデュフェートルが日本に着いた。
2018年6月2日 土曜日  曇り (遡って記録)

 とうとうこの日がやってきた。
シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士&総支配人のパスカルデュフェートルが日本に着いた。

 三十五年の交友で初めての来日というのも珍しい。
何度も機会があったが、葡萄畑を守る彼はいつも多忙だった。

そしてわたしの三月のシャトーでの滞在の時に決まった今回の来日。
香港で行われていたヴィネックスポにフランスのデリゲーションの一員でやってきていて、
その後の北京、上海、天津での仕事を融通しての二泊三日の旅となったのだ。

 せっかくだから今までシャトー・ドゥ・ピゼーのボージョレヌーヴォーのお客様と、
関わって下さった方々をお招きしてのレセプションをしようということになった。

三十六年前の1982年のJATAコングレスの会場とホスピタリティースイートで、
シャトー・ドゥ・ピゼーのボージョレヌーヴォーとフランスのチーズ&食品を紹介して、
内外からの二千人のお客様をもてなした頃には、
フランスワインも食品も日本にはまだまだ珍しいものであった。

 素晴らしい香りと味に魅せられて、ツレアイの貿易会社で輸入をし始めてもらって三十五年がたつ。
その後ボージョレヌーヴォーは第二次ブーム、第三次ブームをへて、
往時は数十社のヌーヴォーが十一月の第三木曜日に日本中を湧かしたものだ。

今では粗製濫造の会社もあったりして、少し下火になっているようだが、醸造士&総支配人の彼が、
マセラシオンナテュラーレで造るその新酒は世界一といわれて、
<シャトー・ドゥ・ピゼーのボージョレヌーヴォー>は、
毎年多くのピゼーファンを魅了しているのだ。
数が多くないので、百貨店にもスーパーにもならばず、ネット販売もしておらず、
個人のお客様と何軒かの酒屋さんだけで、幻のヌーヴォーとも言われている。

 フランスから帰国して、会場を予約後、すぐに案内状を創り二客数十名の方にお送りした。
秋田から、新潟から、福島から、京丹後からと遠方も含めて沢山の方からお返事をいただいた。
会場は五十人なのでお断りしたかたもいらしたが、どうやらうまくおさまったようで一安心。

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 アオヤマさんが青空の高速を走ってくれて羽田空港へ出迎え
ところがキャリー一つで降り立ったパスカルさんは、なんとバッゲッジミッシングがあったよう。
着の身着のままで可愛そう、、、、。

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 ホテルにチェックイン。
そのあと夕刻には翌日と翌々日にお世話になる、
アルゴとふくさんにご挨拶。

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(ふくさん、地元の須賀神社の大祭でした)

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 夕食はお寿司と和牛。
その後はバーBで、バースデーヴィンテージの 
1955年のバーアルマニャック・フランシスダローズで乾杯!)

初日から真夜中になってしまいました。

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 米アップルが4日開催した世界開発者会議(WWDC)では、
ユーザーの日常をより快適にするかもしれない機能が少なくとも7つ発表されたというが、
いつものようにライブを見ることが出来なかったし、その後のフォローもできていない。

https://keico.exblog.jp/238566947/
2018年6月6日 水曜日 曇り
シャトー・ドゥ・ピゼーの醸造士総支配人のパスカル デュフェートルの試飲レセプション

https://keico.exblog.jp/238565133/
2018年6月5日 火曜日 曇りかな
パスカルデュフェートルは二泊三日で真夜中にパリへ発っていきました

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2018年5月15日 火曜日 晴れ 暑い一日
六月のレセプションをお願いしているレストランアルゴにて昼食とミーティング

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急にきまった六月初めのレセプションの準備に追われています

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by pretty-bacchus | 2018-06-02 23:59 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(2)