カテゴリ:◎OldPhoto昔の写真>各年の記録( 6 )

夏至の日に<巴里の夏至>と<北欧ノールキャップの沈まぬ太陽>を思いだしています
2019年6月22日 土曜日 夏至  曇り
 令和元年六月二十二日

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(在りし日の夏至の日に、ノートルダムの向こうに夕陽は沈みゆく、、、)


 夏至 summer solstice、二十四節気の十番目。
どうして夏至はあるんだろう?
どうして冬至よりも何時間もお昼の時間が長いんだろう? 
子供の頃はそんな質問をいつもいつもして両親を困らせたようだ。

太陽の恵みをうけて月の満ち干を楽しんで日日を暮らし、そして気がついたらあら今日はまた夏至!
なんて日が長いんでしょう!
一年中で一番昼が長い時期で七時過ぎても外が明るいのってなんだかとても楽しい。

今日の日の出は04時25分で日の入りは19時01分。
あとは一日一日、日の出が少しづつ遅くなるが、日の入りは19時01分のまま半月ほどつづく、、、、。
紫色の花しょうぶや蒼い紫陽花など雨のよくあう花が咲くこの季節は大好き。

特に巴里の六月はすばらしい。a0031363_21252852.gif
青空が多くなって、花ばなが咲きそろう頃。
お天気がよいとパリジャンはこの夏至を楽しんで夕方の散歩にでかけるし、
たしかフェットドゥミュージックなどの催しがおこなわれるのもこの頃。
昔々、、、、エールフランスの機内誌<BON VOYAGE>の取材でキクチさんやアオヤマさんと
巴里の夏至を楽しんだのが懐かしい。

そういえば、もう何十年も前の巴里で、空を見ながら人々がぞろぞろとセーヌ川河畔を歩いている光景に
でくわしたことがあったし、
 夏至の日に日本からの御神輿軍団がセーヌ川を走る船で楽しそうにしていたことを思いだした。

去年の夏至の日のブログにいろいろ整理していたのでまた再録しておきましょう。

http://keico.exblog.jp/20004907/
2014年7月15日 火曜日 曇り
誕生日に巴里セーヌ河畔の桜のコンタクトプリントを愉しんで

そして沈まぬ太陽を見に、北欧ノールキャップまで出かけたことがありました。
http://keico.exblog.jp/19923614/
2014年6月21日 土曜日 曇り
夏至の東京と北欧ノールキャップの沈まぬ太陽

https://keico.exblog.jp/238620325/
夏至に昔のセーヌ河畔と北欧ノールキャップの沈まぬ太陽を思い出して
2018年6月22日 金曜日 曇りのち晴れ


http://keico.exblog.jp/19829855/
2014年5月24日 土曜日 晴れ
1996年6月の巴里セーヌ河畔の三人

パリではセーヌ河畔を歩くのが好き。タクシーを途中で降りたり、戻ってもらったりすることもある。
 ぽつねんと川を見つめて本を読んでいるいる人の後ろに恋人達が座った。(カシャッ)
少し時がたち、、、戻りの道では、二人は抱き合っていた。
パリってこういう処なんだ〜〜て、二十年近く前の私はきっと驚いたに違いない。

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(Paris le 18 juin 1996,Une promenade dans la Seine)
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(パリでは、鳩たちも負けてはいません!)
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(Paris juin 1998 トロカデロ広場の鳩のチュチュ)


http://keico.exblog.jp/19851497/
2014年5月30日 金曜日 晴れ
1998年6月の巴里 セーヌ河畔とコンコルド広場のコンコルド

http://keico.exblog.jp/19927300/
2014年6月22日 日曜日 雨のち曇り少し太陽が その一
1996年6月21日 夏至の日のパリ、セーヌ河畔


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(21 June 1996, Le soleil couchant dans la Seine au solstice de l'été )

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(セーヌ河畔はすごい人だった)

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(ノートルダムの向こうに夕陽は沈みゆく、、、)

http://keico.exblog.jp/20004907/
2014年7月15日 火曜日 曇り
誕生日に巴里セーヌ河畔の桜のコンタクトプリントを愉しんで


そして沈まぬ太陽を見に、北欧ノールキャップまで出かけたことがありました。
http://keico.exblog.jp/19923614/
2014年6月21日 土曜日 曇り
夏至の東京と北欧ノールキャップの沈まぬ太陽
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(04July 1995 ノールキャップで沈まぬ太陽を拝す)

https://keico.exblog.jp/19976209/
2014年7月6日 日曜日 曇り
前世紀最後のシャネルのファッションショー巴里

〜〜〜〜〜〜〜

そしてチカコさんのフェイスブックでは<INDEEP JP>のニュースが
<地球の気候が本格的なカオスに : インドでは連日の50℃超の猛暑で多数が死亡。
アメリカでは夏の大雪。オーストラリアでは氷点下の猛寒波。南極では-86℃を記録。
そして日本には梅雨が来ない>



by pretty-bacchus | 2019-06-22 23:58 | ◎OldPhoto昔の写真>各年の記録 | Trackback | Comments(2)

平成から令和への時に、昭和から平成への人生を振り返っています。
2019年5月02日 木曜日 晴れ
令和元年五月二日

 きれいな朝!
すっかり新緑になった借景のシデの木には朝から鳥たちがやってきている。
鳴き声からするときっとオナガのつがいだろう。

 ミズエさんから昨日スズランの可愛い花束が着きました。
ありがとうございました
そう五月一日は<すすらん祭り>なのですね。
昔々のパリのことなどを思いだしています。


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(この蒼いグラスは二十年ほど前の朝日新聞事業部サンツアーズの柳澤さんの中東への旅で
ダマスカスのレストランでいただいたものです)


パリに住んでいたのは1970年代の初めの四年弱。当時はパリはまだ憧れの都でした。
日本からパリの駐在員として送られたのですが、
慣れない海外生活やパワハラなどにあってそれはそれは大変でした。

エールフランスのオフィスがあったシャンゼリゼのあたりにも、
スズランを載せた小さな車がでてスズランを売っていました。
そのシャンゼリゼでは、昨日はメーデーのデモがあり、今年は黄色いジレーの集団が
暴れたそうです。 時代は変わってしまいました!


 ゴールデンウィークの前半が過ぎました。
F先生の書類ができたので、あとは自由に過ごしたい。
まずはMac内の写真と古い写真の整理かな?
和室のかたづけはまたまたあとになりそう、、、困ったことだが。

 ブログを書き始めて十五年が過ぎた。
最初の考え通り、もうすっかり私のWeb日記になっている感じ。
その日にあったこと思ったことなどをその日に撮った写真とともに、また昔の回想などを綴っているが、
さて、これは私がいなくなった時にはどうなってしまうのかとふと思うことがある。

 十五年のあいだには多くのSNSが出来て今や百花繚乱。
フェイスブック、ツウィッター、インスタグラム etc.
友人たちのリクエストでそれぞれレジスターをしていますが、結局彼らの掲載をみるだけだった。
それがフェイスブックのアルゴリズムはよくわからないままに、
このところフェイスブックにいろいろ投稿してしまっている。

一日のブログを書き終って公開すると、すぐに<投稿した記事をシェアーする、
Facebookに<投稿>とブルーで聞いてくるので、ついついクリックしてしまう。
一度フェイスブックに投稿すると、それをキャンセルはできないようであわててしまったりしている。

 ブログからのシェアーとは別に、直接に<投稿>というのがあるので、
先だってから三回も昔々の若い頃の写真をトウコウしてしまった。

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その写真を使ってプロフィールの写真をかえたりしたら、
海外の人からおもしろいメッセージがきたりして、またまたあわててしまっている。
それでもブログは使わず見ずの友人達との交流は、フェイスブックがとても適していることがわかったので、これからもぼちぼちと利用することにしよう。

 平成から令和へのあいまにフェイスブックにアップした写真はいずれも何十年もまえのもの。
まず昭和四十年代最初の頃のエールフランス航空に入社したばかりのころに羽田で撮られた写真。
当時のあこがれられたクリスチャン・ディオールの紺の制服をきている。
なつかしい〜〜〜!


 次は平成四年1992年11月のブルゴーニュのクロ・ドゥ・ブジョウで
シュヴァリエ・ドゥ・タートヴァン(利酒騎士団)の称号がフランスにて授与された儀式の折りの写真。
1992年11月第三日曜日だった。

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♥ブルゴーニュのシュヴァリエ・ドゥ・タートヴァン(利酒騎士団)の称号が
フランスにて授与される(1992年)


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(舞踏畑の向こうにクロ・ドゥ・ブジョウがみえます)


その五年前にすでにエールフランス航空をやめていたので、
その後からは自由に世界中にはばたいていたのだ。

http://keico.exblog.jp/14182547/
2011年12月16日 金曜日
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>
2011年8月4日 木曜日 その二

 <Confrérie des Chevalier du Tastvin 利き酒騎士団の会>は、
ブルゴーニュのクロ・ドゥ・ヴージョ城で十一月第三土曜日に行われる。
ワインに貢献した人々や愛好家や著名人で結成されているこの会は前世紀に結成されていて、
この三日間にボーヌのオスピス・ドゥ・ボーヌの慈善オークションで行われるワインオークションも含めて
ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>といわれている。

 その年は世界中で十人ほどの方が受賞をうけた。
ブルゴーニュの騎士達が奏でるラッパの高らかなファンファーレで壇上にあがり、
タートヴァンが下がったオレンジのリボンを首からかけられて賞状をいただく。
右→左→右肩と葡萄の樹の根でできた杖でたかかれて、ある言葉が唱えられる。
新しいシュヴァリエの誕生の一瞬だ。

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(葡萄の樹の根でできた杖で肩を軽くたかかれて、、、)

葡萄の創造主ノアの名の下に、主神バッカスの名の下に、造り手の守護神サン・ヴァンサンの名の下に
汝にシュヴァリエ・ドゥ・タートヴァン(利き酒騎士)の称号を授与する>
Je vous nomme CHEVALIER DU TASTEVIN. 〜〜ファンファーレ!〜〜〜

そしてその後に歴史ある<カイエドール 黄金のノート>に自分の名前を書いてサインをする。
(この写真はそのノートに書き込んでいるところを造り手さんが撮ってくださったのだ)

このセレモニーの後につづく、晩餐会も素晴らしい。
 (あれから二十五年がたち、今では多くの日本人が騎士の仲間になっている)


 エールフランス&メリディアンチェーンを辞めて、身も心も自由になれるはずだったのに、
身内の会社の洋酒部のお手伝いをすることになってしまったのが八十年代後半だった。
日本ではようやく、まじめなインポーターが<本当のフランスワイン>を輸入し始めていた。
(ワインと言えば、あだ赤玉ポートワインとかの時代だったのだ、、、、)

八十年代初めに、エールフランス内でメリディアンチェーンの代表としてボージョレヌーヴォーの
第二次ブームを自らつくりあげた私は、(輸入というだけではなく、その文化も紹介したく、
世界中の観光関係があつまるJATA国際観光会議でのホスピタリティースイートという形で紹介して、
役2000人のかたがたにシャトー・ドゥ・ピゼーとフランスのチーズなどをふるまった。
(このことは後々日本のワイン業界で多くの影響をあたえることになったという)

 国営航空会社から自由の身になった八十年代後半から、
初めてフランスやイタリアのアートや音楽と新しい友人や貴族階級との
お付きあいがはじまり、ワインの造り手を訪ねることを始めていた。
この頃はまだまだあの田崎ソムリエも今のように世にでていなかったし、ソムリエさんは玉石混淆だった。
(ま、、、いまでもそうだし、ソムリエと名の付く人がふえすぎて、
意識だけあがって、まわりの人はへきへきしていると聞いているが、、、)

 身内の会社の洋酒部は優秀なスタッフに恵まれて、このころからフランスの銘造り手の
エクスクリューシブ(独占販売)の権利を次々に手にしていった。
(しかし英語&フランス語をあやつれるスタッフはいなかったから、そのつど私が一緒していた)
日本のSとかAとかSとかの大手インポーターも、新しい利益を追求して、
ほどほどのワインを一挙に日本にいれはじめていた。

ワインの文化を教えてくれたSさん父もそういう風潮には良い顔をしなかった。
“ワインを輸入するには、その文化の背景も人の心も一緒に日本に入れなければいけないね、、、”と
つねづね言ってらしたので、私もそれと同じくしたいと思っていた。
そんななか定温管理のリーファーコンテナでワインを最初に入れ始めたのも私たちだった。

 八十年代後半にはかなりのクラスの造り手をあつかうようになっていた。
そして九十年代初めから、ご縁ができた造り手を一人一人訪ね歩くようになっていた。
冬の雪をかぶった葡萄畑を一緒に歩いて、また一年にほんの二日ほど葡萄の花をつける時期に、
そしてヴァンダンジュの時期に、、、と、訪ねることで交友が深まっていった。

そんななかで、自然をたっとびながら農薬を使わずに葡萄を育て、
まじめな醸造法でワインを造る造り手を選んで、
日本への輸入をつぎつぎとするようになっていった。
 (一方では、母の力をかりて、日本文化の夕べをニース市で開くことに成功して、
茶道、華道、舞踊、陶芸、押し絵羽子板などで、
フランス人を魅了したものだった)

 そして九十年代前半1992年には、女性では日本では数少ないブルゴーニュのワインの騎士の
<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞して、クロ・ドゥ・ブジョウの十一月の祭典
<トゥロワ・グルリューズ>という三日間の催しに招かれたのだった。

2011年12月16日 金曜日
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ
<<<(ブルゴーニュのシュバリエの写真はここをクリック)

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>
2011年8月4日 木曜日 その二

そしてもう一つは、二十一世紀になっていただいた
ボルドー、サンテミリオンの、Jurade de Saint-Emilionの授与。
同じ年に田崎さんがいただいたので、一緒にあのサンテミリオンの坂での儀式を歩けるかと
思っていたのだが、年老いた母が病気になって、渡仏はかなわなかった。


このあと九十年代後半から数年をかけて、エールフランスの機内誌<BON VOYAGE>の取材チームに
同行させていただくことになり、フランスの二十のデパルトマン(県)を撮り歩いたななかに、
このブルゴーニュ地方もはいっていた。

ブルゴーニュの年間行事のなかでも重要な十一月第三日曜をはさむ栄光の三日間=トロワ・グロリューズ=の
クロ・ドゥ・ブジョウーの表彰ディナーや、オスピス・ドゥ・ボーヌの慈善オークション経験者は、
その時点ではあまりなく、きしくも私の経験を書くことになり、編集長のたっての希望で、
私自身の受賞の折りの写真も小さく載せることになった。
(これはまたフォトエッセイストKeiko Katagiriの誕生でもあった!)

 <日本女性がシュヴァリエ受章>の新聞や雑誌の取材をお断りしてきたが、
その時点で知られることになり、今こうして、二十数年後に、その時代に遡っててウェブ時代のブログに
(そしてフェイスブックに)残しておけることになるとは、、、、、
人生っておもしろい!

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<エールフランスの機内誌<BON VOYAGE>
 <ブルゴーニュワイン街道=黄金丘陵コートドールを行く>
=============================================
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=============================================
四ページの最期のページには、私の写真が密かに載せられた。


そして、その五年後の
平成九年1997年4月、年ボルドーのシャトーランシュバージュでの授与式で
Commanderie du Bontemps de Medoc et des Graves de Bordeuax 
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドー称号をいただいたのだ。
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仕事のあとの数日をパリで少し過ごしていたときに、東京から連絡が入った。
ボルドーの市長さんのアランジュペ氏と友人の女性助役から東京の事務所に電話があって、
至急ボルドーの助役さんに連絡するようにと。

数日後のコマンダリー・ボン・タンの受賞儀式に参加するようにというお誘いだった。
アメリカの現代アートのアーティストと私が、ワインの騎士の称号の
Commanderie du Bontemps de Medoc et des Graves de Bordeuax 
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・
ドゥ・ボルドーの称号を授与されることになったというのだ。
青天の霹靂とは悪きことばかりをいうのではないかもしれないと思ったものです。


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 そして、翌日パリからボルドーに飛び、
シャトーランシュバージュにての荘厳が儀式のなかにいた。
ミシェール・カーズ氏のシャトー・ランシュ・バージュは、現代アートの噴水があり、
庭園ではすでにレセプションが始まっていた。

http://keico.exblog.jp/20835025/
2015年1月31日 土曜日 晴れ  
1998年6月コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式 
★OldPhoto銀塩写真のデータ化
上のブログから
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(中庭ではすでにウェルカムが行われていた。
このシャトーのオーナーのミシェールカーズ氏と女性はボルドー市の助役のMs.B.)

http://keico.exblog.jp/20798889/
2015年1月23日 金曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年4月のボルドー,サンテミリオン

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(09 June 1998 Bordeaux , Chateau Lynch-bages,
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式)

 荘厳な笛の音と共に始まる授賞式には、
重いワインの騎士のガウンを羽織るので、にわかあつらえの(シャネル)の
黒のロングワンピースの小さい日本人は、その中にすっぽりと収まってしまった。
壇上で、つがれたワインのコメントをしなければいけなかったのだが、
それも型通りで、日本女性としては二人目の(その当時で)
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・
ドゥ・ボルドーの女性のワインの騎士が誕生したのだった。

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 壇上ではジャンヌダルクにあこがれた遠い昔を思い出していた。
その時私は、“パパありがとう! と目をつぶって頭をたれていた。
父が亡くなってからあまり時が経っていなかったから、、、。


http://keico.exblog.jp/14182547/
2011年12月16日 金曜日
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ


 だがそのあとに大きな事件が起こって、さらに今世紀にかけてガラガラと全てを失うことになろうとは
神のみぞ知る!

2019年4月29日 月曜日 昭和の日 晴れたり曇ったり
 平成三十一年年四月二十九日
あと二十四時間で新しい元号がやってくる、その夜半に<平成>を振り返って


 昭和から平成への自分史のほんの一コマ。
もっともっと記録しておきたいが、ネガ&ポジで撮られた写真をデータ化するのは
少しづつしかできないから、終わらずにこの世を去ることになるだろう。
なんだか少し残念な気もしてしまうが、、、。



by pretty-bacchus | 2019-05-02 23:59 | ◎OldPhoto昔の写真>各年の記録 | Trackback | Comments(0)

<ノートルダム大聖堂>の火災から七十二時間以上たってもまだ呆然としています
2019年4月19日 金曜日 曇り
平成三十一年年四月十九日


 三日間ブログをアップしていない。

2019年4月16日 平成三十一年年四月十六日、午前二時からの
<ノートルダム大聖堂>の火災。
もう七十二時間以上がたっているのにまだブログをまだ書けていないままに、
Web上に火事の動画のいろいろを探して、
ただただただ呆然として見入っている。

 一方で今世紀になって撮ったノートルダム大聖堂のいろいろ
(それも対岸の歴史建造物の友人アパルトマンの
三階から撮った)、誰も撮ることが出来ないであろうアングルからの自分の写真に魅入っています。

 ブログにいずれ記録するまえに、
その何枚かをフェイスブックにも残したくなり、
さきほど一足先にかいてきました。

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 2019年4月19日 かわたれ時に
最初の写真は
http://keico.exblog.jp/2473268
2004.10.30
聖堂は朝の光で輝けり

次は2005年
朝日が輝き始めた時間に、南面のノートルダム聖堂

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そして
下からもテラスからも絶対に撮れないノートルダム聖堂の
南側のガーゴイルも。

https://keico.exblog.jp/12314847/
2011年3月23日 水曜日 曇り
(この日のブログで初公開のノートルダム寺院の
西側屋上のガーゴイル、
これも火災からは残ったようです)
今回の火災で消火の水が口から流れでている映像をみて衝撃!

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https://keico.exblog.jp/2418575/
2005.10.22

薔薇窓のガラスは一部を除いて焼けてしまったようです。

この尖塔が燃えて倒れた動画は何度見ても震えてしまいます。

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そして、2014年の冬のパリでの<志村ふくみパリ個展>で
訪れていたパリで、
弟の訃報に接し、ノートルダム大聖堂を訪れて祈りを捧げた
あの日の思い出!

http://keico.exblog.jp/20570868/
2014年12月22日 月曜日 晴れ
シテ島のノートルダム大聖堂のステンドグラスに願いを込めて


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この正面の十字架が火事のあと残っていたのです!
なんという奇蹟でしょう!

まだまだ何十もあります。

YouTubeにアップした鐘楼の鐘の音も!
081220pm700NotreDame a Paris:pm700

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
このあとはまた明日にでも、、、、

https://keico.exblog.jp/13550517/
病いえて想うはいつもパリの秋 (2005年の秋)
2011年9月10日 土曜日 晴
Oct.2005 Paris 空が青いのに、暗いセーヌを見つめる少女

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https://keico.exblog.jp/20607238/
サンルイ島からシテ島のノートルダム大聖堂までの
冬日のセーヌ川
2014年12月29日 月曜日 晴れ

~~~~~~
https://keico.exblog.jp/11783936/
「パリ歴史地図」を楽しみながらメリークリスマス!
2010年12月25日 土曜日 晴

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by pretty-bacchus | 2019-04-19 05:55 | ◎OldPhoto昔の写真>各年の記録 | Trackback | Comments(4)

Mac内の<セルフポートレート>フォルダー内に懐かしい写真が
2018年1月7日 日曜日 晴れ 七草がゆ

 とっても良いお天気。
ゆっくりしながら、Macのデータの整理を続けていたら、<セルフ>というフォルダー内に
懐かしい昔の自撮りの写真が沢山あった。
写真を撮るのが趣味だから、ほとんど<撮られる>ことがなかったが、それでも折にふれて
記念に撮っておきたいなと思う時にはシャッターをおしていたようだ。

 一番古いのは二十年もまえのボルドーやマルメゾンにて。
当時パリでの車をお願いしていたジェラールさんの車でパリ近郊を走ってもらったときに
マルメゾンのナポレオンの像の隣で撮った記憶が甦ってきた。
1998年5月 マルメゾンにて

http://keico.exblog.jp/20810781/
2015年1月25日 日曜日 晴れ
週末も<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>マルメゾン
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         (21 May 1998 Malmaison, France)
(肩から掛けたカメラバックは膝上に、構えているカメラはコンタックスSTだろうか。
レンズはこの日の写真をみてみるとカールツワイスのディスタゴン21mm、
いや35~135ヴァリオゾナーだろうか。
二十年も前なのに、いまでも着ているソニアリキエルのニットカーディガンを着ているし、
時計も今のもの。写真っておもしろい〜〜こんなふうに記録になるのですね!)

http://keico.exblog.jp/20816855/
2015年1月26日 月曜日 晴れ 三月の気温とか
<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年初夏のシャトゥーとマルメゾン

マルメゾンは、ナポレオン・ボナパルトの妻ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネの館だった。
緑豊かなこの街並みの一角に今は博物館としてその面影が残っている。
植物の種類も多く、何百種もの薔薇を見に訪れる人々が多い。
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(ナポレオン・ボナパルトの像が置かれていた)
http://keico.exblog.jp/8984550/
2009年9月17日 木曜日 晴れ
イル・ド・フランスの写真を探して徹夜

 さらに、
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   ((1998年6月 ボルドーにて。胸にはこの会の特製シャネルの白い椿のコサージュが!)
(ボルドーオペラては、ベルバカントのお仲間と一緒に新装なったボルドーオペラの
ギャラパーティーにお招きを受けた時に数日滞在したホテルの化粧室の中で自分を撮っている!

その夜のギャラの写真は、彼らにカメラを渡して撮ってもらった1997年のワンショット。
ボルドーオペラハウスの改装イノギュレーションで椿姫が演じられ、その後のギャラのパーティーには
元首相のアランジュ氏ペはじめパリの社交界が移動したと報じられ、真夜中まで会が続いたのだ。
私のとなりのフィリピーヌロッチルドも一昨年亡くなってしまった。
マルセリーヌガンスはお元気でスイスの城にお住まいなのだろう。

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 二十三年務めたエールフランス航空をやめてからの西暦2000年まえの(前世紀の)十数年が、
人生で一番自由に羽ばたいていたような気がする。
フランスの上流階級の世界の中でフランス文化に触れ、彼らの良いところもイヤなとことも
いろいろ学んだ時期。
日本人女性としては信じられないような珍しい楽しいおもしろい経験を沢山させていただいた。

それが突然、2001年に眼をわずらい大きな手術のあと、飛行機に数年のれなくなってしまい、
突然それらの世界とは遠のいて閉まった。
人生ってほんとうに面白い!

http://keico.exblog.jp/23836116/
2017年4月21日 金曜日 曇りときどき晴れ 眼の手術
左目の小さな手術は二十四発のレーザー治療でした。

 その後の青天の霹靂の紆余曲折の天と地は、またまだドラマティックで、
ほんとうにどうなっているのだろう。

 少し落ち着いていられたお正月には、どうやら昔のことを思い出してしまう時期なのかもしれませんね。

 今世紀の初め頃には、
2003年パリの美容院にてというのがあった。
パリのアパルトマンは2000年には引き払ったので、その後は、ケ・ドゥ・モンテベロの
友人のアパルトマンに時々お世話になっていて、その近くの美容院に初めていったときのスナップ。

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http://keico.exblog.jp/11547090/
2010年11月9日 火曜日 曇り、風強し
モンタンの枯れ葉の巴里に君想い>>モンタンの枯葉の巴里や君想う

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2011年9月13日 火曜日 晴
黄葉のパリは五穀豊穣のパリでもある

 2004年4月 郡山のホテルの部屋の窓から、あたらら山を入れてと思ったのだがうまくいっていなかった。

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 2005年風呂場にて、2005年フラッシュなどなど
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2010年に志村ふくみ<アルスシムラ>の染めと織りの学校に京都に毎週通ったころにホテルで撮ったもの。

#IMAGE|a0031363_01015948.jpg|201801/10/63/|mid|779|903#]http://keico.exblog.jp/23450209/
2016年12月5日 月曜日 晴
ネット時代に、自分のウェブ日記を顧みたりして

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2013年4月16日 火曜日 晴れ
志村ふくみの<アルスシムラ>開校式&入学式とレセプション


 最後は、フレンチレストランアルゴでの会の途中で、お手洗いのガラスに向かって、、、。
2011年11月 アルゴにて
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 こうして記録に残っているのって、なんとなく楽しいな。
日に日に年老いることを感じているここ数年なので、その過程の自分自身の一コマをみらるって
悪くないですね、、、、、。
お正月なのd、ついつい自分の昔の写真を沢山アップしてしまいましたが、数日で
非公開にいましょう。


by pretty-bacchus | 2018-01-07 23:58 | ◎OldPhoto昔の写真>各年の記録 | Trackback | Comments(0)

A Happy St. Valentine's day! セントヴァレンタインデーのカードは手創りで
2015年2月14日 土曜日 晴れ セントヴァレンタインデー

 十五世紀頃より急速に恋愛の聖人と記念日へと変貌したといわれるウァレンティヌス信仰。
ヴァレンタインデーは、主に西方教会の広がる地域において伝えられていったのだそう。

 義理チョコは好きではないが、感謝の気持ちをお伝えしたい方には、
毎年小さなチョコとワインをお渡ししたりしている。
ベルギーのマノンの生チョコと、扇形の板チョコは大好きで、アーティストのオーナーさんとも
食事をご一緒っさせていただいたことがあったが、なんと今年でお店を閉めることになったのだそう。
後継者がいないとのことのようで、なんとも残念! そしてなんと悲しいことだろう、、、!

 カードは手創りで数年前からは、フランスのSaint-Valentin 村から届いたヴァレンタインカードの消印と
手持ちの本からレイモンペイネの愛のイラストを使ってカードを創っていた。
A4に色紙を使って三つ折りにしたりしていたが、今年は何十年も前に創ったパリのポストカードの裏を
使ってみた。

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自分の写真でいくつもポストカードを作って、その大半は何年も前に友人達にもらってもらったが、まだわずかに残っている。
そろそろ数枚を残して使ってみたくなった、、、。
さて来年はどのカードを使おうかしら、、、!

 フランスのロワール河近くにはサンヴァランタンという村があり、St.Valentin村は、
パリから南に200kmにあるこの小さな村。
2月14日には村中がハートでうずまってしまうのだそう。
近くは通ったことがあるが、また行ったことはない。
ここにもいつか行ってみたいな、、、。

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2013年2月12日 火曜日 曇 
ヴァレンタインデーのカード創りとチョコレート

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2012年2月14日 火曜日 氷雨 去年の手製ヴァレンタインデーカード
A Happy St.Valentine's day!

2012年の三つ折りのカードの外側
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(変形三つ折りにして、追ったままだとレイモンペイネの言葉が読める、、、)

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 (一折りめくるとペイネの絵と英語の詩が、、裏は消印とフランスの村の場所を、、、)

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2011年2月14日 月曜日 曇り 寒い
A Happy Saint Valentine's day ! 

more>>>2010/2009/2008の手創りヴァレンタインカード

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A Happy Saint Valentine's day ! 2010年2月14日


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A Happy St. Valentine's day! 2009年2月14日 土曜日 

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 St. Valentine's dayにカードをお送りします。 2008年2月13 

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〜〜〜〜〜〜〜
 去年のヴァレンタインデイは東京は雪だったのですね。
2014年2月14日 金曜日 雪
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東京の今年二度目の大雪は春の雪

日の出 06時29分  : 日の入 17時21分
  月の出 01時52分  : 月の入 12時23分


by pretty-bacchus | 2015-02-14 23:58 | ◎OldPhoto昔の写真>各年の記録 | Trackback | Comments(4)

昔の着物の写真をスキャンして百恵ちゃんとの思い出にふけって
2014年10月22日 水曜日 雨

 昔々ポラロイドで撮った写真が数枚出てきて、友人がきれいにスキャンしてCDに落としてくれた。
孝子と百恵ちゃん&友和さんと一緒に、孝子の従兄弟の築地の料亭さんで夕食をしたときの写真。
このころは無地の着物にカラフルな染め帯や名古屋帯を締めて、
有職組紐道明の無地の帯締めをいろいろ楽しんだ頃。

 友和さん百恵ちゃんとは何度かワイン&食事をご一緒させていただいたが、どういうわけか、
いつも私は酔いしれてしまっていた。どうしてなのだろう〜〜〜?

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(ほんとうに素敵なカップルですね!)

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(縮緬地に袖先と裾のあたりに模様を描いてもらったと思う)

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(1980年代だろう、、、山口百恵ちゃんと三浦友和さんとともに)


http://keico.exblog.jp/2090577/
2005.07.12
山口百恵ちゃんとの思い出
昭和歌謡史を語る上でどうしてもはずすことのできない、不世出の"菩薩"。それは山口百恵さん。

 もう一枚は、おそらく1980年代初めだろうか?
六本木の芋あらい坂にあった<六本木 福鮨>の二階の一室で撮ったものだろう。
この着物は志村ふくみさんの初期の一枚で、今はみずえさんの手になりジレーとジャケットになっている。
帯は縮緬に三十六歌仙の江戸がるたを描いてもらったものだ。

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(別のポラロイドの写真もみえる)

塩瀬の風神雷神と同じ頃に創ったものだろう。
http://keico.exblog.jp/7807933/
2009年1月15日 土曜日 晴
ピンぼけで凍れる月もにこにこと

http://keico.exblog.jp/12116067/
2011年2月14日 月曜日 曇り 寒い
A Happy Saint Valentine's day ! 

http://keico.exblog.jp/12113105/
平成23年2月13日(日) 曇り
凍つる夜入院案内読み返し

http://keico.exblog.jp/15275112/
2012年5月9日 水曜日 曇りのち雨
あじさいの赤の思い出は、'80年代にさかのぼって

http://keico.exblog.jp/14162322/
2011年12月12日 月曜日 その一  雨のち曇りのち晴れそして、、
☆回想のわが巴里の街1973~1980 =旅と滞在ホテル

http://keico.exblog.jp/20280819/
2014年10月10日 金曜日 晴れ
少しだけ衣更えの真似事をして、、、

 <六本木 福鮨>はカウンターは十一席、二階もおそらくそのくらいで、ネタも最高、
オーナーのジョージさんこと福沢錠爾さんがお客さんの心をつかんでいたウルトラ寿司やさんだった。
(今は別の場所に移り、ジョージさんも若くしてもうずっと前に彼岸に旅立ってしまって、
昔の面影はないという)

一流企業の社長さんや音楽家や芸術家が多かったそのお店で、名もない若かったわたし達に
ほんとうの寿司道を教えてくれたのはジョージさんだった。
時には地下で<まかない>を食べさせてくれたりもしたものだった。

 <★OldPhoto銀塩写真のデータ化>もまだ終わっていないのに、いろいろ整理の途中で出てきた写真の
一部を友人にデータ化してもらったので、恥ずかしながら記念にブログにアップしておきましょう。

http://keico.exblog.jp/3717874
2006.06.10 土曜日
満月の月無き夜も月を愛で、藤沢さんと西田さん

http://keico.exblog.jp/6838984/
2008年2月26日 火曜日 晴れ
北風も友と語らいほっかりと(西田さんと福沢錠爾さんのことなど)

http://keico.exblog.jp/19969430/
2014年7月4日 金曜日 曇ったり、、、少しふったり
旅だってしまった友をしのんで、コンコルド広場の噴水と

http://keico.exblog.jp/19949581/
2014年6月26日 木曜日 曇り
1997年の今月今日6月26日の私の巴里=パリのカフェの歴史


  〜〜
着物の写真をあと数枚、、、、。

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 (ここへこしてくる前の神宮前のマンションだから1970年代後半、 三十代後半かしら?
服部の華やかな帯と正装の時の帯揚げと帯締めをしているので、何かの会の時だろうか、、、?
お初釜にしては華やかすぎるので、、、、。
このマンションでは室内で三百鉢以上のセントポーリアを育っていて、室内園芸の雑誌などに
記事を書いたりしていた。
パリの駐在から帰って、次のホテルメリディアンチェーンの代表に任ぜられる前に頃、、、)


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(1986年9月とある。九月なので沙袷の着物をきている。
某首相のレセプションのときだったと思う)

 若い頃のそれも着物の写真をブログ上に残しておきたいとは歳をとった証拠?、それとも
先が短いのかしら?

(風神雷神を着物に描いてもらったのプリントが出てきたので、スキャンしてまた
記録で残しておこう)

追加:
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エールフランスの日本支社二十五周年パーティーで、私は自分でデザインした着物を着ての出席だった。
(ハンドバックは着物ように特製のエルメスのクロコ)

http://keico.exblog.jp/16827814/
2012年11月18日 日曜日 晴れ
1977年頃の思い出



by pretty-bacchus | 2014-10-22 23:58 | ◎OldPhoto昔の写真>各年の記録 | Trackback | Comments(10)