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<さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか> 佐藤春夫、谷崎潤一郎と松子夫人

2021年10月3日 日曜日 晴れ 真夏日

昨日の秋刀魚をいただいて秋刀魚の歌を思い出しています。

サンマといえば、やはり毎年口ずさむのは佐藤春夫の秋刀魚の歌」!
そして父とよく話したことを思い出すのです。

<さんま、さんま、さんま 苦いか 塩つぱいか>
あはれ秋風よ こころあらば伝へてよ
――男ありて 今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて 思ひにふける と。

さんま、さんま そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみてなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。


あはれ秋風よ汝こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒を。
いかに秋風よ いとせめて
証せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。
あはれ秋風よ 情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝へてよ

――男ありて 今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて 涙をながす と。
さんま、さんま さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ げにそは問はまほしくをかし。

(すし秀さんにて)
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(宮わきさんにて)
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なんとも意味深なサンマの詩を作った佐藤春夫が、
谷崎潤一郎と配偶者を交換した「細君譲渡事件」が起こったのは、
たしか暑い夏だったと、父が話していた何十年も前の夏の夜を思い出します。


谷崎潤一郎はその千代夫人とも離婚して、再婚したがまた離婚し、
妻として長い間暮らしたのは、あの熱烈な恋文を何百通も書いた、
やはり他人の妻であった松子さんだったのです。

松子さんは『細雪』の幸子のモデルであり随筆家でもありました。
そのほっそりとした美しい松子夫人の最晩年にフジサワ邸で私は何度かお目にかかっています。
もう四十年以上も前のこと。
銀ラメが入った紫色の細い縞の羽織を<高檜堂>で、松子夫人とお揃いにあつらえていただいたのでした。
羽織裏には日本画作家が描いた華やかな歌舞伎模様の裂がつかわれた華やかな羽織!

その羽織を着て、故中村勘三郎さんの若き頃の勘九郎さん時代に、
藤沢武夫さんと好子夫人に築地の名料亭にお招きを受けたことがありまっした。
漆の人間国宝(重要無形文化財保持者)の山崎覚太郎氏もご一緒でした。

エールフランス航空のパリの駐在員から帰ったばかりの若い私が、
再び日本の文化に導かれ、母や叔母のお茶のお稽古に再び通い始め、
その後京都の久田宗也宗匠のもとに通うようになったのでした。
(この頃から志村ふくみさんの染めと織りに魅了され始めていたのでした)

 ぶり返した猛暑と昨日のサンマの塩焼きで、昔むかしの思い出が甦ってきています。
脳っていったいどうなっているのでしょう、、、。
なつかしいあの頃を思いだしているのです。
日曜日の静かに夜に、、、

〜〜〜〜
父のサロンにはいつも沢山の酒飲みが集まっていました。
後に学者になった人、日本一のチタン研究者になった叔父の加藤哲男、
東大に進んだ浅井聰明、視聴になった長谷川さん、医者の川瀬さん、などなど。

戦後まだ日本中は豊かではなく、発展途上の頃でした。
贅沢な食べ物も飲み物もまだ十分でなかったあの時代に
毎晩のように、彼らはやってきて飲んで食べて、、、。
“デカルトカントショーペンジャウエル、とか文学論、哲学論などを
口角泡を飛ばして論じていたのですから。
酒がなくなると、酒屋まで買いに生かされたものでした。
(その酒代に母の着物が質屋さんにあずけられたこともあったのです)


 佐藤春夫と谷崎潤一郎とが配偶者を交換した「細君譲渡事件」と同じように、
父達の時代は、文学者たちと女性の話は事実が沢山あったようです。
(今のように当たり前になってはいなかったのでしょう、、、)

東北帝国大学の物理学者の石原純と歌人の原阿佐緒とのこともその一つだったようで、
この<あけみの唄>の歌は、歌人の原阿佐緒が作詞し、
古賀政男が作曲・編曲し、関種子が歌ったもので、当時の文学青年達は熱狂したのでしょう。

 この時代には祖母の石動丸の歌も、時代がかわってきていたでしょう。
でも<戦友>は歌っていたような、、、そして<春はヴェニスの恋の夢、、、>。

立春に母が唱うのは、昭和初期の<あけみの唄>
2015年2月4日 水曜日 晴れ 立春

端午の節句は母の百歳の誕生日でした
2020年5月5日 火曜日 晴れのち曇り





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by pretty-bacchus | 2021-10-03 23:58 | ○Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)