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<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年初夏のシャトゥーとマルメゾン

2015年1月26日 月曜日 晴れ 三月の気温とか (どういうわけかこの記事の最後十数行が消えてしまっています。
またエクスログがおかしいのです!)

 去年の<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>の整理の中に、
<19989521ルノアールのシャトゥー>一本と<19989521マルメゾン>というポジが三本あった。

セーヌ河沿いのシャトゥーもリュエイユ=マルメゾン (Rueil-Malmaison)も、
イル・ド・フランス地域圏のオー=ド=セーヌ県の都市。

 オーベルニュ地方の山塊を水源に発するLa Seineセーヌ河は、二本に分かれたり一本になったりして
蛇行を繰り返し、変化に富んだ岸辺の風景はパリジャン達ばかりでなく世界中から観光客を呼んでいる。
 
 ラ・グルヌイエールにあるイル・ド・シャトゥー(シャトゥー島)は、パリの西十キロの処で
セーヌ川に面し、セーヌ川を挟んでそのコミューンの東は、リュエイユ=マルメゾンと向かい合っている。
アルフォンス・フルネーズ氏が経営したレストラン<メゾン・フルネーズ>のテラスを舞台に、
印象派の画家達がこぞってこの岸辺で絵を描いていた。
とくに十九世紀後半にはピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoirが描いた作品は、
フィリップス・コレクションにある<舟遊びの人々の昼食>など三十作にもなるという。

 ここは、単に舟遊びの場だっただけでなく、十九世紀には、鉄道の開通でパリからアクセスし易くなった
こともあり、文化的社交場となり、モーパッサンの短編には何度かここが登場しているのだという。
二十世紀初めには営業しなくなり長い間荒れたままになっていたが、シャトゥ市が買い取り改修されて、
1990年には文化遺産として新しい形の <メゾンフルネーズ>が誕生した。

 私が訪ずれたのは1998年の初夏。いつも運転手兼ボディーガードをしてくれる(本人はケイコの
アシスタントと喜んでくれていた)ジェラールが時間をとってくれて出かけることができたのだろう。

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(セーヌ川を渡って右へあと0.3Kmで<メゾンフルネーズ>とある)

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(雨上がりの緑がきれいだった)

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(改装されて今もルノアール達が集まって描いたいた館が残っていた)

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(土手で少年が遊んでいた)

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(この二階のテラスがルノアールの絵に入っているモノもあるという)

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(このあたりを舞台に描いた絵の一枚がパネルで飾られていた)

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(時代からいうとアールヌーヴォーの影響をうけているのだろう、、、)

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(奥まで歩いて反対側から、、、、)
 (21 May 1998 シャトゥー, France)<

 いつも車窓からの写真が多いのに、こうしてゆっくりと車からおりて写真を撮りながら散策をするという
心の余裕も時間もあったのだろう。嬉しいことだ。

 数メートルのぼって街道にもどるってセーヌ川を渡る、
マルメゾンは、ナポレオン・ボナパルトの妻ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネの館だった。
緑豊かなこの街並みの一角に今は博物館としてその面影が残っている。
植物の種類も多く、何百種もの薔薇を見に訪れる人々が多い。

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(遠くに見えるのはマルメゾンの館なのだろうか、、、)

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(マルメゾンの街は古い壁が残る緑豊か他美しいただずまいだった)

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(館が見えてきた、、、、花々が至る処に配されている。ジョセフィーヌに時代から此処は動植物の館でもあっという)

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(ジェラールが待ってくれている、、、、私はカシャカシャで遅れていたのだろう、、、)

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(白いマロニエかしら、、、? 地には白いデージーかしら   ?)

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(ナポレオン・ボナパルトの像が置かれていた)
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(館の鏡に写ったセルフポートレートがあった。

(肩から掛けたカメラバックは膝上に、構えているカメラはコンタックスSTだろうか。
レンズはこの日の写真をみてみるとカールツワイスのディスタゴン21mm、いや35~135ヴァリオゾナーだろうか。
十七年も前なのに、いまでも着ているソニアリキエルのニットを着ているし、時計も今のもの。
写真っておもしろい〜〜こんなふうに記録にもなるのだ)

(21 May 1998 Malmaison, France)

  〜〜 写真をクリックすると大きくなります 〜〜

 エールフランスの機内誌<BON VOYAGE> ボンヴォワヤージュを一新すべく菊池さんが
編集長になられたのは1990年代初めであった。
エールフランスのパリ本社の広報女性部長のもとに話はすすめられ、フランスの二十二の地域圏の歴史、
伝統、文化、食とワインを紹介するという大きな企画だった。

二十四年にわたる仕事をきっぱりとやめて、その後十年近く自由に(しかしもがきながらも)
人生の旅を謳歌していた頃。
当初から巻末のワインや食品のスカイブティックのページのお手伝いをさせていただいていたが、
取材・文・写真・ページ編集のトータルをさせていただきはじめたのは、機内誌の77号
<<新フランスワイン紀行第一回>>、
<☆77号1997冬号ラングドックの号<ラングドックルーシオンが今熱い!>>から
だった。
フォトエッセイストKeiko Katagiri としてフランスワインなどを書かせていただきはじめたのだ。

http://keico.exblog.jp/12578864/
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>

そしてP30から34までは<<新フランスワイン紀行第一回>>、
<☆77号1997冬号ラングドックの号<ラングドックルーシオンが今熱い!>>
 <★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年初夏のシャトゥーとマルメゾン_a0031363_2572626.gif

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<<新フランスワイン紀行第一回>>は、
文・写真で記事の取材&執筆と写真を四ページ。
タイトルは<ラングドックルーシオンが今熱い!>
ちょうどこの頃から、フランスのラングドック地方のワインが話題になり始めた頃だから、
この記事は貴重であったようで、何年もたってから有名なソムリエさんからとてもほめられたんものだ。

 菊池さんと、専任カメラマン青山さんも加えた取材班のスケジュールはすさまじかったし、
重い何台ものカメラ&レンズやフィルムだって一人で持ち運びあつかわなければならなかったが、
愉しくてしょうがなかった。

 フランスの多くの地方を回り、二十世紀最後には、イル=ド=フランス地域圏とパリで
終わりをむかえるという企画だった。
それが会社の方針で(というかその頃は航空会社の再編とかが行われて社長が何人か変わっていた)
突然日本語の機内誌が廃止になってしまったのだ。
今思うとほんとうに残念なことであった。

 イル=ド=フランス地域圏(Île-de-France)とは、フランスの首都パリを中心とした地域圏。
http://ja.wikipedia.org/wiki/イル=ド=フランス地域圏

 パリから日帰りで往復できる美しい歴史的な街がたくさんある。
ヴェルサイユ、世界遺産フォンテーヌブロー宮殿のフォンテーヌブロー 、
バルビゾン派絵画の発祥の地のバルビゾン、サン=ジェルマン=アン=レー、中世の街が残るプロヴァン。
ゴッホが最晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズ Auvers-sur-Oise 。
マルヌ川上流のモー Meaux 、ポントワーズ、モーリス・ラヴェルの晩年の家がのこる
モンフォール=ラモーリー、
建築家ル・コルビュジエの代表作サヴォア邸のあるポワシー。
(そしてゴシック建築のノートルダム大聖堂シャルトル大聖堂があるシャルトル は、サントル地域圏)。

 1970年代のパリの駐在員時代からこのイル=ド=フランスの街々は何度も訪れていた。
お休みには小一時間も車で走ってフォンテンブローの森にいったりしていたものだった。
写真も沢山撮っていたはずなのに、そのあたりはネガで撮ってプリントを愉しんでいたのだろうから、
棚の奥の奥で鎮座まして一生出てはこないだろう。


 <★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年初夏のシャトゥーとマルメゾン_a0031363_020670.jpg
(グーグルアースから)

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Commented by nanahan at 2015-01-29 09:54
ウワーッと圧倒されます。凄い迫力で対象に迫っているのがよくわかります。若さもありますねぁ~

しかし、今の機材のデジタルではこの迫力は到底出ませんね。この若さとエネルギーに脱帽します。
Commented by pretty-bacchus at 2015-01-29 12:51
nanahan さん、ありがとうございます。
<若さとエネルギー>でしょうね。そしてこの愛機コンタックスのおかげと思っています。
このあたりの整理をしていて、デジタルでこの同じ道を歩いてみたいと思いました。
そんなときがくるかなあ〜〜?

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by pretty-bacchus | 2015-01-26 23:58 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(2)