人生の、写真の達人のフクダさんから嬉しいお手紙をいただいた。
少し前に、わたしの昔の記録の一冊の「フランスの発見の旅・西編」をお送りしたのでした。
この東京書籍の本は、グーグルの検索で(
フランス発見の旅 西編 菊池丘/文 青山進/写真 片桐敬子/写真)
とでてくるが、表紙にはわたしの名前はない。
とうぜんのことで、私の担当は、機内誌<BON VOYAGE>のなかの四ページでの
<フランスワインの旅>が中心だったから。
でもこの本では、機内誌での取材の二十の地方圏の内の
フランスの十二の地方圏のルポルタージュの
総まとめであり、その四地方の項で私の写真が使われているのです。
(機内誌のルポルタージュが数年をへて本になった)



専任のカメラマンは青山進さんと、彼が行かれないときはフランス人だったが、
私はずっと一緒に取材に同行した。
幸いにこのルポルタージュで私はワイナリーと食と時には美術館が担当だったので、
あとは自由にいろいろ撮っていた。
コンタックスの重いカメラを首から二台、
手持ちで一台とフィルムを何十本も持って!
それが、ペリゴール、ドルドーニュ、ラングドック、ルーシオン、カタルーニャと、
青山さんが行かれなかった時の写真を、編集長がいたく気に入ってくださり、
見開きや中の多くに使われて、
さらにルーシオンにいたっては表紙を含む一冊全てが私の写真と、
ワインの枠は記事も書いてということになったのだ。
この当時、写真のプロの多くの方は、
エールフランスの機内誌を撮りたいと思われたようで、
アマチュアの私が(それも女がです!)機内誌の数年の数巻の中の写真と、
ルーシオンの時は表紙も含めて全てだったのだから、
当人はもとより誰もが驚き、
嫉妬されたりしたが、騒ぎ?!にならなかった。
二十世紀最後の数年のことである。
嬉しい青天の霹靂ともいえるだろう。
人生って面白い。まさに<生きる歓び>だ。
この時期の菊池丘編集長時代の機内誌が一番充実していたと
今でも言われているそうです。
(二十一世紀になって会社の方針が突然変わって
しばらくは機内誌無しとかの時代もあったという)
それらの少しを、このブログに残しておこうと思ったのは、
三年前の突然の乳癌宣言で急な手術の時だった。
過去のフォトエッセイストとしての記録
2011年2月16日 水曜日 晴
記録の一冊「フランスの発見の旅・西編」で昔の旅を想い出して
2014年10月12日 日曜日 曇り
右サイドバーのカテゴリの中に、
<☆Records過去の記事書いた雑誌>を作って、また、
銀塩時代のポジ&ネガの整理は、
<Photo,Mac写真/カメラ/マック>の中に、
折にふれ記録を残し始めたのだ。
Fさんは、昭和の時代を写真で活写なさりご活躍なさった方で、
その審美感は
日本の深い伝統や文化にも及んでらして希有な御仁。
その方にこうしてご丁寧にお手紙をいただくのはなんともありがたいことだ。
達筆な方でらっしゃるのに
今回はワープロでかかれてらっしゃるのも、なるほど!
この本の中でダントツの写真は113ページの
ペリゴールの見開きの写真と書いてらっしゃる。
<左から右に曲がって行く道を包むように川が流れて、
その先に大岩を削って家が建つのがよくわかります。
それにラスコーの洞窟ですが、
長年教科書で見ていたアングルと違って動物がの大きさが比較できます>

このロック・ガジェアック村の写真を撮ったときは、
その家並みを通って少し走ったあと、
このあたりで車を止めた。
あの岩山と村落、そしてドルドーニュの藍の深さと、
右の森からのぞいている舟を入れて、
さらに道路標識の下あたりに咲いていたレンゲの
小さな白い花をも一緒に撮りたいと欲張った一枚だった。
車を止めた場所の後ろに十数段の石段があり上ると、その上はぬかるみ。
全景を見渡せるし、そこには背の高い樹に白いオンベルの花がさいていた。
それを手前に入れて遠近感を出したいと
シャッターを押したのをはっきりと覚えている。
(これは編集の時点で一部トリミングされてしまたが、、、)
ルーシオンの項目では,225ページの左上のバージュの潟、229ページの三枚の撮り方を書いてくださっている。
<仏のカタルーニャの田舎を逍遙いたくなるショットばかりです>と。
http://keico.exblog.jp/9078326/
台風の日に、フランス最南端のオード県のバージュ・シージャン潟の思い出
バージュ村は人口750人の小さな村。バージュ・シージャン潟
Etang de Bages et Siegeanに面している。
フランス最南部のオード県(Aude)にあるこの村は、ナルボンヌ自然公園の中でも、
特に自然環境が保たれた風光明媚な村。
(ボルドーのシャトー・ランシュ・バージュ村ではない。)
オード県は、フランスのラングドック=ルシヨン地域圏の最南端の県。
11~13世紀頃、カトリック教徒の一派であるカタリ派が盛んで、
異端とみなされ弾圧のために派遣された
アルビジョワ十字軍によって滅ぼされた歴史をもつ。
ヨーロッパ大陸本土および周辺の島嶼からなる
フランスの22 の地域圏 (région) の一つの
ラングドック=ルシヨン地域圏の五つの県の一つがオード県で、
その中心はカルカソンヌで
中世の城壁跡が残っている。

〜〜〜〜〜〜〜〜
(写真展の時にはこうした説明を各写真の下に張った)

(バージュ・シージャン潟)

(沼を背にして細い石段を登った途中のレストランで食事をした。とても美味しかった)
232ページの黄色の電車の時は、電車から乗り出してスナップしていたらカーブで
落ちそうになってしまったりしたのでした、、、、懐かしいな〜〜。
233Pは、取材を終えての帰り道で、
時間がなくて全員走って下っていたのですが、
ふと眼に入ったオブジェをたった一枚撮ったのだが、
どういうわけか、これを編集長がすっかり気に入って
機内誌の表紙になったのでした。
(もっと良いのがあったとおもうのですが)

( 強行軍で歩きつづめの日に歩きながらのスナップだったが、
雑誌ではこの青が出なかった)
http://keico.exblog.jp/12578864/
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>
こうして、昭和生まれの女性が平成の世になった
二十世紀の若い頃に頑張って生きたて撮った記録を、
十数年を経てあたらためて新しい語らいの話題となって
友情を育んでいけるってなんと素敵なことだろう!
これらの風土も人々も変わってきてしまって、
この写真が銀塩で撮った二十世紀最後の記録に
なっているかもしれないが、
あのカルスト台地もドルドーニュの川も今も変わらずたゆたっているだろう。
この本の発行の数年後から、
恵比寿の日仏会館で、写真展が何度が行われている。
http://keico.exblog.jp/i24
http://keico.exblog.jp/i27
http://keico.exblog.jp/i30
発表せずに死蔵のままの写真も未だ沢山あるし、
それよりもフランスの二十二の地方圏で、
まだ訪れたことがない圏が少しある。
いつかは行ってみたいと思っているのだが、
このクルーで訪れることはかなわぬことに違いない。
そしてあの重いコンタックスのカメラ&レンズを三台も首から下げての強行軍は、
もう絶対に出来ないだろうと思うと感無量!
天候にもスタッフにも恵まれての二十世紀最後の撮影行でした。
菊池さん、アニー、青山さん、
そして各地方圏の観光協会の皆さん、ほんとうにありがとうございました。
そして福田さんへ。わたしが撮った写真にこうしておもわぬ賛辞をいただき、
脳裏に焼き付いている思い出を甦らせて下って
ほんとうにありがとうございました。
(サンルイのペーパーウェイトと)