三菱一号館美術館でジャン・シメオン・シャルダン展を観る
2012年12月27日 木曜日 晴れ

 今年は美術展にあまり行かれなかった。
ぜひ観たかったボストン美術館展での<曽我蕭白の雲龍図><光琳の松島>も機会を逸してしまった。
後悔しきりで年末を迎えている。

 そんなおりMさんへの暮れのご挨拶の帰りに、赤煉瓦の東京駅を通ってくれて、
そのあと中通りの三菱一号館美術館の前を通っていた。
“シャルダン展もみずに今年も終わってしまうのかな、、、”とわたし。
アオヤマさんが言った。
“招待状があるのですが明日から東京にいないので、これからいきましょうか”
“もう四時半だし、、、無理でしょう、今日は、、、”
すぐにネットで調べると木曜日と金曜日は八時まで。

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(午後一で十四夜の月が皇居吹上御所の森の木のあいだから昇ってきた、、、)

a0031363_17253393.jpg (東京駅の赤煉瓦が見えてきた、、、)

a0031363_17263456.jpg (動く車から、、)

a0031363_17271118.jpg (日没前4時10分の皇居前、、、遠くに二重橋が見えている)


 そんなわけでもう一つ用事をすませ、再び丸の内へ。
薄暮のころの三菱一号館美術館は美しかった。

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 ジャン・シメオン・シャルダンは、フランスを代表する静物・風俗画の巨匠。
それなのに日本での今まで大きな展覧会は無く、わたしはルーヴル美術館で何点か観ているだけで、
あとは学生の頃の世界美術全集での鑑賞だけだった。
今回のシャルダンの個展が、わが国で初めての充実した<シャルダン展>で、ルーヴル美術館
名誉総裁・館長ピエール・ローザンベールの監修による厳選した38作品が展示されていた。
海外の美術館と個人、国内の美術館から借用で、これまで断片的しか紹介されなかった
この画家の38点で構成される我が国初のシャルダン展。(26作品が日本初公開)

 時代がある美術館の建物の二階三階の小さないくつもの部屋に時代をおって展示され、
シャルダンをトータルに観ることができた。

a0031363_17372829.jpg (階段はまるでシャルダンの時代のような、、、)

a0031363_1814279.jpg (この階段を二回降りなければならないのは少しきつい、、)

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a0031363_17383153.jpg (部屋を変わるときに中庭の様子が見られる、、、)



構成は
-初期静物画
-台所・家事の用具
-風俗画
-静物画への回帰
-没後の忘却と再評価

 静物画を主に描いた時期と風俗画を中心に描いた時期に大分されるのだそうだが、
晩年にはパステル画が数点残されているという。
ルーヴル美術館で観たことがあるのは、
初期の《肉のある料理》 、風俗画に移った四十代の《食前の祈り》、再び静物画へと戻った頃の
《銀のゴブレットとりんご》が記憶にのこっているだけ。

 苦しかった時代から飛躍の年となった1740年にシャルダンが国王ルイ15世に謁見を許され
献呈したのが《食前の祈り》で、ロシアの女帝エカチェリーナ二世が愛蔵した作品と、
シャルダンが亡くなるまで手元に残した作品が出品されの二点が隣に展示されてその違いを鑑賞できた。

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《肉のある料理》と《肉のない料理》、《すももの籠》と《桃の籠とぶどう》などの
二点で一対の作品の展示も興味深く、ボストン美術館《食事の支度》とカルカッソンヌ美術館の
《配膳室のテーブル》は長い間に離れ離れになってしまった作品が何十年ぶりに同時鑑賞できるのだそう。
シャルダンが描いた唯一の花の絵《カーネーションの花瓶》はじめ、個人所蔵のため非公開の
《木いちごの籠》が最後の部屋を輝かせていた。

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ジャン・シメオン・シャルダン
 《木いちごの籠》
1760年頃 油彩 38×46cm
  個人蔵


 一度は忘れられたシャルダンは、十九世紀になって相次ぐ展覧会と競売を機に評価が高まり、
ミレー、マネ、セザンヌ、マティスなどの多くの画家がシャルダンの影響を受けたのだそう。
風俗画の内の何点かがフェルメールの部屋の光の感じがあったのだが、あとで説明を読むと、
(フェルメールの再評価に大きな役割を果たしました批評家のトレ=ビュルガーが、
同時に19世紀の半ばにシャルダン再評価の先鞭を付けました)とある。
プルーストの『失われた時を求めて』の中には幾度かシャルダンについて書いていて、
《赤えい》や《食卓》から着想を得た描写を残しているという)

 シャルダンが生まれたのは1699年でフェルメール没後四半世紀後、ということは江戸時代初期の
元禄時代の頃で、絵画では尾形光琳が活躍した頃だと思うとなんだか不思議な気がしてならなかった。

 年末に心豊かに静かな絵画を鑑賞できた一時間あまりは至福の時であった。
入館の時には灯っていなかった中通りのイリュミネーションがしっとりとした
年の瀬を華やかに彩っていた。

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http://www.mimt.jp/chardin/point/index.html
シャルダン展

ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/
ジャン・シメオン・シャルダン
(Jean-Baptiste Siméon Chardin, 1699年11月2日 - 1779年12月6日)

 数枚の絵はがきと大好きなクリアーフォルダーを購入した。
《すももの鉢と水差し》 1728-30年頃 油彩、 44.25×56.20cm
ワシントン、フィリップス・コレクション蔵

《食前の祈り》 1740年頃 油彩、 49.5×41cm パリ、ルーヴル美術館蔵

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〜〜〜〜
追記;
最後の暗い部屋にたった一点あったルドンのパステル画の花は素晴らしかった。



by pretty-bacchus | 2012-12-27 23:59 | ♠Art&美術,詩歌,展覧会,お稽古 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 郁子 at 2012-12-31 00:13 x
今年も明日大晦日を残すのみになりました。私自身今年は安穏に・・・というわけには参りませんでしたが、一応無事に越年出来そうなので、これぞ大いなるみ恵みと感謝しております。
一年を振り返ってみますと、家を離れない限り、pbブログを訪問しない日はなかったと、このブログにどれだけ慰みを受け、また貴重な情報を得させて頂いた事かと、感懐にふけってしまいます。
ここのところ続いていたパリの素晴らしい数々のフォト、ベランダ越しの季節や東京散歩フォトなど、ほんとに毎日楽しみました。
そして今日のシャルダン展のような美術便りは、特に貴重で嬉しいページです。新年3日か4日に私も行ってみたいと思ってしまいました。
pbブログファンは今に始まったわけではなく、知己を得て以来の事ですが、年末ともなると、改めて思いが深くなるのです。
新年もお元気で私達を楽しませて下さいますよう、ご健康とご活躍をお祈りいたしております。

オアシスと思ふブログや年惜しむ   郁子
Commented by pretty-bacchus at 2012-12-31 18:05
郁子さま
いよいよあと数時間になりました。
郁子さんは二つの大きな海外への旅をなさいましたね。
文化芸術を求めて旅をなさる郁子さんはすばらしいといつも思っていました。

またたびたび貴重なコメントと句をいただき本当にありがとうございました。
どんなにか励まされていることでしょう!
どうお来る年も見守って下さり、たくさんのコメントを書いてくださいませね。

どうぞ良いお年をお迎えください。


これから写真を少し追加します。
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