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☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして
2011年12月19日 月曜日 雨あめ、、、雨 その三☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_21252852.gif
 1990年には、ジャクリーヌと同じアパルトマンの7階が我が家だった。
東京からの巴里行きも一番多かった十年だったろう。
会社を辞めて自由に羽ばたくことができはじめたのだった。

 そして1990年から2000年の十年間は一番記事を書いた頃だった。
JJTBの雑誌で酒とアートの記事を書いたのが1990年。
http://keico.exblog.jp/11997177/
酒 の 楽 し み  〜 アール・ヌーヴォーの酒器 〜 

追加〜〜〜〜〜〜
・鎌倉書房 乾杯 91年夏号 No.14 (編集協力の形で)
・宝石のワインたち③
こだわりのバ・アルマニャック「フランシスダローズ」。
  三ツ星レストランを制覇した理由は何か。その秘密に迫る。

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 その後、日経ムックで、幻のイタリアワインの造り手エドアルド・ヴァレンティーニ取材で
フォト・エッセイストとしてデビュー。
「ワインのことは大地に聴け」= '96年
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(日経ムック<イタリアグルメ&ロマン紀行>より)
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アブルッツオを二度訪ねての後だった。
インタビューをしながらメモを取り、その間にシャッターをおしての一枚。
(この写真は、昨年オランダのワインの雑誌に採用された)

http://keico.exblog.jp/9544448
ゆく年くる年 さようなら ありがとう! 2009年12月31日 

 このムックでは、イタリアの他の造り手や、ファッション貴族のコーディネーターもした。
これが引き金となり、その後のエールフランスの機内誌のへの発展していった。

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73号1996冬号オーヴェルニュと中央山塊で
(バーアルマニャックのフランシスダローズのことを少し書いた)
スカイブティックで、シャンパーニュのローノワとアレキサンドルボネを紹介。

☆ 74号1997春号プロヴァンスと光の画家達
☆ 75号1997夏号モナコ
☆ 76号1997秋号ポルトガル
ここまでは、スカイブティックのワインの選択やらと中の写真を少し担当。
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 77号からは<<新フランスワイン紀行>>として、
フォトエッセイストKeiko Katagiri としてフランスワインと文化をかかせていただいた。
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 1997年春にラングドック&ルーションの一週間のルポルタージュ、ここには青山さんが同行せずに、
フランス人のカメラマンだった。
編集長は私の写真をとても気に入ってくださり、
77号1997冬号ラングドックの号は、ワインのページだけでなく、
タイトルページ二面見開きと中の記事全部の写真の半分ほども私の写真が使われた。

☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_1395321.jpg (A4変形の見開きの右ページ)

☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_1422212.jpg (見開きの左ページ)


 <<新フランスワイン紀行第一回>>、文・写真で記事の執筆と写真を四ページ。
タイトルは<ラングドックルーシオンが今熱い!>

http://keico.exblog.jp/12578864/
011年5月14日 土曜日 <ラングドックルーシオンが今熱い!>
77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>
   <<< (Please click here)
ちょうどこの頃から、フランスのラングドック地方のワインが話題になり始めた頃だから、
この記事は貴重であったようで、何年もたってから有名なソムリエさんからとてもほめられたんものだ。

 78号1998春号ノルマンディー
 <<<新フランスワイン紀行第二回>>は
<アルザス ワイン街道はメルヘンの世界>
> 記事の執筆と写真
スカイブティック (全部)
http://keico.exblog.jp/12917228/
<アルザス ワイン街道はメルヘンの世界>>  <<< (Please click here)

 79号1998夏号アウモール海岸北ブルターニュ
 <<<新フランスワイン紀行第三回 < ブルゴーニュわいん街道黄金丘陵を行く 〜コート・ドール〜>>
記事の執筆と写真
スカイブティック (全部)
(後日、そのページを書いて、ここにリンクを張って記録としよう)>>>

http://keico.exblog.jp/6032654/
2007.08.22 表紙と内容など
AIR FRANCE機内誌に「新フランスワインの旅」

http://keico.exblog.jp/13208454/
2011年8月4日 木曜日 新フランスワイン紀行第三回の機内誌をスキャンして    <<< (Please click here)
ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>

☆80号1998秋号ペリゴールの五月
タイトルページ二面と中の全部の写真
 <<<新フランスワイン紀行第四回>> < フォアグラとトリュフの国のワイナリー
 〜ドルドーニュとロットの流域〜>
>
記事の執筆と写真
スカイブティック (全部)
http://keico.exblog.jp/12577186/
エールフランスBV80号1998秋号ペリゴールの五月   <<< (Please click here)

http://keico.exblog.jp/12571963/2011年5月13日 金曜日 曇り ペリゴールの一部
<新フランスワイン紀行第四回>> < フォアグラとトリュフの国のワイナリー
 〜ドルドーニュとロットの流域〜>

通りすがりのスナップ<<ペリグーの飲んべえ達>

81号1998冬号ルーシヨン 

☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_1555410.jpg
(表紙の写真も私だったの! 強行軍で歩きつづめの日に歩きながらのスナップだったが、
他の人は撮っていなかったので、、、)

タイトルページ二面と中の全部
 <<<新フランスワイン紀行第五回> < ルーシヨン 南仏ピレネー山地の母堂畑 コートヴェルメイユを行く >>
記事の執筆と写真、スカイブティック (全部)<<<まだアップしていない。

http://keico.exblog.jp/13249952/
2011年8月9日 火曜日 晴 に関連
コリウールのあの青い海がなつかしい〜〜〜

そして
 82号1999春号シャンパーニュ・アルデンヌ地方
 <<<新フランスワイン紀行第六回>> < 煌めきのシャンパーニュ ヴァンダンジュの秋を行く >
記事の執筆と写真、シャンパーニュを北から南まで有名どころほとんどを訪ねてそのレポート、
新しいローノワとアレキサンドルボネを紹介。
スカイブティック (全部)

http://keico.exblog.jp/11307720/2010年9月19日 日曜日 晴れ <煌めきのシャンパーニュ>   <<< (Please click here)
<煌めきのシャンパーニュ> ヴァンダンジュの秋を行く

☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_274022.jpg
(その一部のページ)


83号1999夏号フランスの庭 ロワール渓谷
 <<<新フランスワイン紀行第七回>> <ロワール渓谷のワイン フランスの庭園を行く>
記事の執筆と写真
(後日、そのページを書いて、ここにリンクを張って記録としよう)

 その後の写真も記事も用意したが、会社の体制が変わって、菊池編集長もお辞めになり、
しばらくの間は機内誌も出なかった。
フランスの二十の地方を全部ルポルタージュする予定だったが、途中で終わってしまってとても残念だった。

 カメラは銀塩の最後を飾った、CONTAX ST or RX or AXとCONTAX G1/G2+CarlZeiss Hologonだった。
たったワンカットだけ、この旅のすぐ前に発売になったFUJIFILM TX-1で撮ったパノラマの写真があった。


 思えば充実した時期だった。二十世紀最後の数年だった。
すでに私は五十代だったのだ。
別の仕事もあったのに、取材前の準備と、現地での取材と写真撮り、帰国後の整理と編集に日夜励んだ。
 その後
☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_23572.jpg 
西編、東編として東京出版から発売されて、また日仏会館での写真展として発展していった。


 それと平行するように、朝日新聞授業部の旅の雑誌<旅なかま>内に隔月で二ページいただき、
ワインと美術の事をかかせていただいたりもして、これも数年続いた。
タイトル「プレジール・ドゥ・ヴィーブル・楽しいワインの旅」

 その他に身内の会社の広報誌<Places de Vin>の季刊誌も作っていたから、
その海外取材と編集にも多くの時間を費やした。
それは大変だったがとても楽しいことであり、充実した十年だった。

周囲の理解があったからこそ、友人達といっしょだったからこそ、そして海外で迎えてくださった
多くの友と造り手の情熱を感じたからこそ出来た事でもあったのだ。
エールフランスをやめてからも又、エールフランスという狭まられたものでなく、(フランスのタクシーの運ちゃんから、
貴族社会まで)大きな世界の体験として、一人の日本人として、ここから生まれた新しい人間関係が、その後の私の人生に彩りを添えてくれている。


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http://keico.exblog.jp/12129258/
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過去のフォトエッセイストとしての記録

http://keico.exblog.jp/i12
カテゴリ:Records過去の記事,書いた雑誌 ( 25 )

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☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_17938.jpgそして今日の巴里、
19 December 2011 Paris


☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_10501653.jpg
(19 December 2011 Paris pm11:08, Opera)

☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして_a0031363_1053521.jpg
最後のパリの一枚も雨のパリの夜、、、、、、)

by pretty-bacchus | 2011-12-19 23:23 | ♪Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(2)
Commented by bernardbuffet at 2011-12-20 23:41
>それは大変だったがとても楽しいことであり、充実した十年だった。
「大変だった」「楽しいことだった」「充実した」・・・・
色々な側面がありますが、やはり「楽しい」が一番大切ですね!
Commented by pretty-bacchus at 2011-12-22 04:31
bernardbuffetさん、そうですね、、、何があっても人生を楽しんでいきたと思っているのです、、、。

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