人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞

2011年8月4日 木曜日 その二

ここ数日簡易スキャンスナップで、昔の銀塩時代で、プリンされたその一部をスキャニングして
ブログにアップしていたのだが、なんだか疲れてしまった、、、。
何かが違うような気がしてならないので、、、、。

スキャニングの性能とかその結果とかではなく、何か自分の撮ったものが、
今の時代にあっていないようにすら思い始めたのだ、、、、、。

 そんなわけで、せっかく始めた<簡易スキャニング>も少しおやすみ。
その最期は、パリではなく秋のヴァンダンジュ後のブルゴーニュの二枚を。


ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_317592.jpg
(葡萄の収穫が終わったが、そのすぐあとから葡萄畑の手入れもまた始められる、、、、
霧の中で仕事の励む彼らの手を合わせながらシャッターをきった)


ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_3184185.jpg
(遠くに見えるのは、クロ・ドゥ・ブジョウの城)

 エールフランス&メリディアンチェーンを辞めて、身も心も自由になれるはずだったのに、
身内の会社の洋酒部のお手伝いをすることになってしまったのが八十年代後半だった。
日本ではようやく、まじめなインポーターが<本当のフランスワイン>を輸入し始めていた。
(ワインと言えば、あだ赤玉ポートワインとかの時代だったのだ、、、、)

八十年代初めに、ボージョレヌーヴォーの第二次ブームを自らつくりあげた私は、
(輸入というだけの理由ではなく、その文化も紹介したく、
世界中の観光関係があつまるJATA国際観光会議でのホスピタリティースイートという形で紹介して、
役2000人のかたがたにシャトー・ドゥ・ピゼーとフランスのチーズなどをふるまった。
このことは後々日本のワイン業界で多くの影響をあたえることになったという)

 国営航空会社から自由の身になった八十年代後半から、初めてランスやイタリアの貴族階級との
お付き合いがはじまり、ワインの造り手を訪ねることを始めていた。
この頃はまだまだあの田崎ソムリエも今のように世にでていなかったし、ソムリエさんは玉石混淆だった。
(ま、、、いまでもそうだし、ソムリエと名の付く人がふえすぎて、
意識だけあがって、まわりの人はへきへきしていると聞いているが、、、)

 身内の会社は優秀なスタッフに恵まれて、このころからフランスの銘造り手の
エクスクリューシブ(独占販売)の権利を次々にとっていった。
(しかしフランス語をあやつれるスタッフはいなかったが)
日本のSとかAとかSとかの大手インポーターは、利益のみを追求して、
ほどほどのワインを一挙に日本にいれはじめていた。

ワインの文化を教えてくれたSさん父もそういう風潮には良い顔をしなかった。
“ワインを輸入するには、その文化の背景も人の心も一緒に日本に入れなければいけないね、、、”と
つねづね言っていたので、私もそれと同じくしたいと思っていた。

 八十年代後半にはかなりのクラスの造り手をあつかうようになっていた。
そして九十年代初めから、ご縁ができた造り手を一人一人訪ね歩くようになっていた。
冬の雪をかぶった葡萄畑を一緒に歩いて、また一年にほんの二日ほど葡萄の花をつける時期に、
そしてヴァンダンジュの時期に、、、と、訪ねることで交友が深まっていった。

そんななかで、自然をたっとびながら農薬を使わずに葡萄を育て、
まじめな醸造法でワインを造る造り手を選んで、
日本への輸入をするようになっていった。
 (一方では、日本文化の夕べをニース市で開くことに成功して、
茶道、華道、舞踊、陶芸、押し絵羽子板などで、
フランス人を魅了したものだった)

 そして九十年代前半1992年には、女性では日本では数少ないブルゴーニュのワインの騎士の
シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞して、クロ・ドゥ・ブジョウの十一月の祭典
トゥロワ・グルリューズ>という三日間の催しに招かれていた。

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_16294566.jpg

 このあと九十年代後半から数年をかけて、エールフランスの機内誌<BON VOYAGE>の取材チームに
同行させていただくことになり、フランスの二十のデパルトマン(県)を撮り歩いたななかに、
このブルゴーニュ地方もはいっていた。

ブルゴーニュの年間行事のなかでも重要な十一月第三日曜をはさむ栄光の三日間=トロワ・グロリューズ=の
クロ・ドゥ・ブジョウーの表彰ディナーや、オスピス・ドゥ・ボーヌの慈善オークション経験者は、
その時点ではあまりなく、きしくも私の経験を書くことになり、編集長のたっての希望で、
私自身の受賞の折りの写真も小さく載せることになった。

 シュヴァリエ受章の新聞や雑誌の取材をお断りしてきたが、その時点で知られることになり、
今こうして、十数年後に、その時代に遡っててウェブ時代のブログに残しておけることになるとは、、、、、
人生っておもしろい!

<ブルゴーニュワイン街道=黄金丘陵コートドールを行く>
ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_5185539.jpg


http://keico.exblog.jp/12129258/

2011年2月16日 水曜日 晴
http://keico.exblog.jp/6032654/

AIR FRANCE機内誌に「新フランスワインの旅」

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_2531719.jpg  





(1998年夏号のエールフランスの機内誌<ボンヴォワヤージュ>79号、


表紙写真は専任のプロカメラマン青山進さん)


 ____
ここからの取材と記事と写真は、私、、、、。
ラングドック地方、アルザス地方に続いて<新フランスワイン紀行>三回目のワインのページの取材だった。
_________________________________

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_149456.jpg

______________________________________

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_1504884.jpg

_____________________________________

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_1512174.jpg

______________________________________

ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_1514940.jpg

______________________________________

(栄光の三日間の部分の拡大)
=============================================
ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_1591133.png


=============================================
四ページの最期のページには、私の写真が密かに載せられた。
ワインの騎士の称号をいただいた時には、日経を始め取材の申し出があったのだが、私はかたくにお断りしていた。
目立つのが怖かったし、この称号は私一人にいただいたものではなく、それまで私にワイン文化の薫陶を与えてくださった
多くの方やスタッフのおかげと思っていたからだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 2004年からブルゴーニュのシャトー・ドゥ・ピゼーのことについては、このブログで何度も書いているので、ブログ内検索をしたら何十も出てきてしまった。
そのいくつかを、、、、
http://keico.exblog.jp/4689152
ボージョレに 杯を重ねて いくとしぞ

http://keico.exblog.jp/4850994/
人生の秋は友の輪 ワインの香

http://keico.exblog.jp/6431947
ボージョレは 友情も実り 豊饒の

http://keico.exblog.jp/9087905
光陰矢のごとし、シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォーと共に

http://keico.exblog.jp/11563577
書き終えし手紙の束や秋深し


〜〜〜〜〜〜〜〜〜

http://keico.exblog.jp/13118819/
台風の余波は思わぬ事態となり>>昔の写真の整理を


ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>で<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞_a0031363_21252852.gif
Commented at 2011-08-05 05:40
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hologon158 at 2011-08-05 16:28
ワインの騎士の称号は、フランスの古き良き文化の精髄の理解者として認められたということなのでしょう。
並大抵のことでは認められないはず。
pretty-bacchusさんのような方がフランスと日本の文化の架け橋になることで、
日本文化に対する理解と敬意が生まれます。
これからも、日本人と日本文化のためにご尽力をお願いします。

Commented by pretty-bacchus at 2011-08-05 18:33
鍵コメントのNさん。二度もですか、、、すばらしいですね。
ご出発のまえにあげた杯は、ことによったらその頃既に<世界一のボージョレニーヴォーは、シャトー・ドゥ・ピゼー>といわれたいた新酒だったと思います。
あのホテルはお客様でしたから、、、、。

Commented by pretty-bacchus at 2011-08-05 18:35
ホロゴンさん、またまた嬉しいコメントをありがとうございます。
いまではかなり人数が増えたワインの騎士で、それぞれの理由があるようですが。
<フランスと日本の文化の架け橋>ということを忘れずに緊張を持ち続けたいと思っています。

Commented by Hologon158 at 2011-08-06 00:25
書き落としました。
「何か自分の撮ったものが、今の時代にあっていないようにすら思い始めた」
そうお書きになっていますが、私はいつも逆に感じています。
今の時代にあった写真なんか撮りたくない。
すべて外観で勝負する時代に合わせたくない。
旅の写真はとても大切な魂の記録です。
異文化と対決し、異文化を享受する、緊張と興奮と歓喜に満たされた、
いわば気合いの入った精神状態を写真という形に昇華させた1日1日を思い出させるのですから。
pretty-bacchusさんの旅の写真は、いつもカメラのこちら側で躍動する眼と精神を感じさせてくれます。
そんな体験の一瞬一瞬にお付き合いできるのは、私を含めて、このブログにおいでの皆さんの喜び。
ちょっと勢いが激しすぎたかもしれません。
スキャン性能などお気にされないでいいのではありませんか?
一枚一枚からちゃんと伝わってきますから。
膨大なストックのはず。
Ohne hast,Ohne rast の気持ちでお願いします。
名前
URL
削除用パスワード
by pretty-bacchus | 2011-08-04 23:59 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(5)