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酒 の 楽 し み  〜 アール・ヌーヴォーの酒器 〜
2011年1月25日 火曜日 晴れたりうす曇り  (この日のオリジナルのタイトルは
<温燗の旨し横目に白ワイン >> 燗酒やちらと横目に白ワイン>であった)

 寿司には熱燗、、、いやとんでもない、、、ぬる燗ですよね、、、、。
お寿司やのカウンターで日本酒を飲み人の多くは、“熱燗”といっている。
でも私はいつも白ワイン。白身のお刺身や貝類にはやっぱり白ワインだな、、、、。

 父はぬる燗が好きだった、それも特級酒はいけないといっていた。
お客様が多かったから、経済的なこともあったのだろう、、、。
戦後かなりたっても物資が充分でないころにも、いつもお客様であふれていた父のサロンでは
いつも若い先生や作家希望の男性やお医者さんたちが集まって酒を飲み交わしデカルト、カント、
ショーペンハウエル、西田幾多郎、漱石、横光、フランス文学などに口角泡を飛ばしていた。  
酒代に母の着物が一枚二枚と減っていくのを、彼らは知ってか知らずか、、、

 叔父や浅井そうめいさんや斉藤さん、後日市長になられたKさん、時には健二叔父さんたちと一緒に、
作家や詩人の方もよく父のところに遊びにいらしていた!
戦後まだあまり物資が充分でなかったであろう時代なのに、皆が集まると祖母と母は
酒と美味しいものを振る舞っていた。
おいしいお刺身やすき焼きが珍しい時代に、それをあてにしていらしていた方もあったと、
何十年も後に聞かされた、、、、。
(この陰に母の着物が一枚一枚減っていったのも、何年も後に大きな柳行李が二つ送り返されてき時に、
初めてその事情を私は知ったのだったが、、)。
彼らは夜中まで文学や政治、はてまた世界の事柄をよく話していたことを覚えている。
皆んなが巣立って、偉くなっても、彼らは実家に帰ると必ず父母を訪ねてくれたものだ。

 その昔(1992年)に、編集者の友人が独立しての初めての仕事に、
JTBから当時はやりだしていたムックをだすコーディネートをしたことがあった。
彼女の独立初仕事で「ウィスキーとブランディーの本」というムックを世に出した時で、
フランスのアルマニャックメーカーや造り手をご紹介したが、
“酒の楽しみはまた美と文化、そして友・・などと、うそぶいていた私を、
彼女は、おだてにのせハシヤスメの頁を任された。
そして数ページの写真と記事を提供した。
父が亡くなったすぐ後であり、父の酒の思い出などを書かせていただいたのだが、
その時の原稿が記録の中から出てきた。

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酒 の 楽 し み  〜 アール・ヌーヴォーの酒器 〜  

 物心ついた頃から酒はごくちかくにあった。
”酒は友と、人生を、愛を語り、ほどほどに酔いしれるがよい。”と言いながら、
父はいつも老若男女に囲まれ、ほどほどどころか、常に大酒を飲んでいた。戦後何もないときにも、
家にはいつも文学青年達が集まり酒をくみかわし、やれデカルトだカントだと酔いしれていた。 
母の着物が一枚一枚少なくなり、それは酒と肴にかわっていったことは、そのずいぶん後でわかったことである。
 ある日(小学生の終り頃であろうか)、時代が少し落ち着いた頃に、町のある質屋さんから
大きな行李が二つ届けられた。酒に化けていた母の着物が質屋の主人の好意でそっくりそのまま返ってきた。
(その内の一枚は今も大事に私のたんすのなかにある。) 

 はるかに昔の記憶が、その時の感激が、今年の春の父の死をきっかけに突然に蘇った。
その頃家に集まっていた青年達は、学者に医者にそして政治家にと活躍し、
もうそろそろ定年をむかえる頃であろう。

 父譲りの私にとって、酒は友と語りあいながら酔いしれるまで楽しみ飲むのがあたりまえになっていた。
酒は日本酒であり、時にはワインでありウイスキーであり又コニャックであった。

 縁あって二十代後半にフランスに四年ほど住んだ。当然のことのようにワインにのめりこみ、
気がつくと夕食にはいつもワインがあった。 ここでもまた友は何時も欠かせぬ存在であった。
ある時はシェフと、またあるときはソムリエさんと明け方まで杯をかたむけ語りあったものであった。

 半白も近くなり、少し人生に疲れを、寂しさを感じはじめた頃に、私の最大の酒の楽しみは、
一人静かに杯をかたむけることに変わった。
酒はアルマニャック、それも我が愛する純な”フランシス ダローズ”。
音楽は好きな曲をBGM程度で良い。ジャンルの違う本を2〜3冊。
右手に大ぶりのブランデーグラス。左膝わきのソファーの肩に本。
そして脇机のドームのタンブラーにはミネラルウオーター。
部屋中にひろがる香気と深く沈んだ黄金色の輝きは一日の疲れを静かに癒してくれる。

 ある時、長い年月を静かに眠っていたアルマニャックにはそれ相応のグラスをあわせたくなった。
パリ在住の頃からぼちぼちと集めだしたガレ、ドームのアール・ヌーヴォーのグラスは
まさにうってつけであった。          
 一九世期末のわずか十数年の間にヨーロッパに花開いたアール ヌーヴォーは、
その名の通り新しい芸術の波であり、フランスでは、エミール・ガレとドーム兄弟等に代表される
一つの装飾芸術様式である。 
1846年にナンシーに生まれたガレは、ロレーヌ地方の自然界の中に、草花や昆虫に、海の小動物たちに、
生の美しさとはかなさを見いだし、それを幻想的な姿でガラスに家具に陶器に写しあらわした。 
彼の作品はまた、当時ヨーロッパの人々を魅了していた日本美術の影響を強く受け、
深いもののあわれと輪廻感にあふれていると言われている。 

 ひとり哀しく杯をかたむける時には、まさにそれは気持ちと一体となり、
不思議な心の落ち着きと透明な時間を与えてくれる。
若いときには思いもよらなかった人生の幸せなひとときである。
そして今、友との最大の楽しみは”茶事”である。
幸いにも酒と美は父と共にあり、茶の湯の世界は母と共にあった。茶事は厳粛なものである。
一汁一菜で酒をいただくは、濃茶をおいしくいただくため。余韻を残して静かに去る。
が、しかし、ひとたびワガママムスメが加わると、それはいつも酒を楽しむ茶事と化す。
宴も終りにはワインがブランデーが供され世のふけるのも忘れ杯をかたむけ語りあう。
まさにひとりよがりの幸せな贅沢である。

 ありがたいご縁で寄せていただける、かのあこがれ尊敬する京の宗匠の、歴史とともにいきた
詫びた茶室でのお茶事のあとに、何百年も守られてきた茶器茶碗を肌に感じ、
いつの日かアール・ヌーヴォーの酒器で、”フランシス・ダローズ”心ゆくまで
味わってみたいものである。
日本と西洋とでそれぞれ時をへたその器たちは、どんな響きをかなでてくれるであろうか。
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 この時期、久田宗匠のご自宅でのお茶時はまさにその感をていした。
京都の四人の文人に東京からは私一人の特別なお茶のお稽古だった。
千鳥の杯は日本酒だが、お茶事が終わって二階のお部屋では、洋酒でヨーロッパの話しなどにも華が咲いた。
しかしまもなく日本中は不況の波に巻き込まれていった。
これらの酒器ももちろんもう私の手元にはない。
なによりも宗匠は昨年の秋に彼岸に旅立ってしまった。
時は非情にも止まることはなく、年はあっけなく過ぎてゆく、、、、。
またまた昔の思い出に浸ってしまった。

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この雑誌を友人達に送ったときのカードも出てきた。
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 物心ついたころから酒と美はごく近くにあり、それが私の半生をきめたように思われます。
友との酒の楽しみと、美しきを愛でる心を教えられた父も今は亡く、
明け方まで語りあった友も一人二人と去り、
咽喉をうるおしてくれた美酒は心の記憶にだけ残り、いまや肝臓を肥らせているだけ・・・
 そして集まった美しき物達も多くは私の元を離れ、いずれ次の世代に受け継がれていくさだめ・・・
たまらない虚しさにおそわれている今日このごろです。
 そして結局一人でまた美酒をあおっている始末・・・!?
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と、これは20年前にこの雑誌を友人達に送ったときの送り状の一文。

(カテゴリに、<Records過去の記事、書いた雑誌など>を付け加えて、記録としたい。)

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more>>>>>ブログ内で父のことなど、、



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父の命日に 2005-02-08 23:58  酒 の 楽 し み  〜 アール・ヌーヴォーの酒器 〜_a0031363_21252852.gif
by pretty-bacchus | 2011-01-25 23:59 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback(1) | Comments(2)
Tracked from www.youtube... at 2014-11-13 09:45
タイトル : www.youtube.Com
温燗の旨し横目に白ワイン >> 燗酒やちらと横目に白ワイン : 生きる歓び Plaisir de Vivre。人生はつらし、されど愉しく美しく... more
Commented by 郁子 at 2011-01-27 13:10 x
敬子さんのアールヌーボー、ただごとではないですね。やっぱり前世はフランスの姫君?
その後半の記事とタイトル句のギャップが面白い。ただ白ワインにやはりフランスが生きていますが。
さて、少し俳句の勉強。下戸の私も燗酒は温め=人肌がよい、というのは聞き知っていますが、季語に温燗がないのは残念。夏の「冷酒」に対して冬の「熱燗」(燗酒)が俳句の世界なんですね。
このままですと、川柳とも言えないけれど、俳句としてもどうかな?と言うわけで考えてみました。
原句ですと「燗酒は温めが美味しい」と、「ほんとは白ワインが飲みたい」の二つの事を詠んでいて、これも言い過ぎの句になっているのです。
詠みたい真意は後者にあると思われるので、お燗の程度は読者に任せて、主題はすっきりと一本にして詠むといい。添削句ですと、燗酒もいいが、白ワインにやっぱり心惹かれるなぁと、作者の気持が言い過ぎずに読み取れるのでは?

燗酒やちらと横目に白ワイン
Commented by pretty-bacchus at 2011-01-27 18:28
郁子さん、前世はフランスに生きていたようですね〜〜〜!
前世がいくつもあったような気がしています?

酒のことを書いていたら、その事を書いた原稿にいきついたので、載せてしまいました。
句は、実は<熱燗を横目にちらり白ワイン>としたのですが、熱燗という季語があるならぬる燗もありかなと思って、その旨さもいいたかったりと、いつものように欲張りなことでした。

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