ダン・ブラウンの「天使と悪魔」をタクシーで二時間で回る
2010年7月20日 火曜日 晴れ 暑い! 猛暑日だった。

 旅かばんの整理も終わり、写真の分類もほとんど終わった。
全ての現像はずっと先になるだろう、、、あるいはこのままになってしまうかもしれないな、、、。
お仲間だった皆さんに写真をお送りするのに、ヴィッラ・ヴィーニャマッジで撮った写真を使って
年間カレンダーを創った。
簡単なお礼状を書いてお送りすることにした。
(この時期にしないと、きっとずっと出来ないで、後々悔やむことになるのはわかっている、、)

 皆さん人生の達人で尊敬できる方々なので、最年少だった私もちゃんとしておきたいから、、、。
それぞれ山あり谷あり、そして戦争経験という辛い思い出」があるに違いないのに、
ツアーの間中、
皆さんとても大人で、不愉快な事は何もおこらずに、時には阿吽の呼吸でお互いをかばいあっていらした。
主婦の方もいらしたが、キャリアウーマンだった方、許嫁が戦争に行ったまま今だに消息がわからない方、
ヴォランティアのお仕事を長いあいだしてらした方、ピアノの先生、お花の先生もいらした。
大きな食品会社のトップだった方と奥様もいらして、、、旅のベテランばかりだった。
<人生の旅>をじっくりと歩まれた方は、<人生の一時の旅>も謳歌なさるのがお上手なのだろう。
そして何が起こっても、ツアコンさんを信じている姿には頭が下がった。

 私の旅のブログも中途半端なままになっていてちょっと反省、、、
あと半日、いや最後のローマの二時間のことを途中まで書いてそのままになっているので、
中途半端のままでも記録としてアップしておこう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
平成22年7月06日(火曜) ローマの最後の日の続き
(これは後で、この日付にファイルしよう)

 結局、カード使用停止の手続きを中途半端なまま予定通りの行動をすることにした。
16時に車を頼んであった。
空港へ行く前に2時間だけ、ローマ市内を回ってもらう事にしてあった。
昨夜フロントのコンシエルジュに相談したら、まさに名コンシエルジュで、
数本の電話のあと手配をしてくれた。(こういうところは大きなホテルの良さだろう!)

<Angels & Demons Tour in Rome>という3時間ツアーがあるとのことだったが、と聞いたのだが、
先月で終わってしまっているとのこと。
ダン・ブラウンの「天使と悪魔」の場所を全部見ておきたいといったら、夜遅いのにすぐに電話機をもった。
誰かへの最初の電話で、その場所がどこかをきいて、彼はさらさらとメモった。
〜〜〜
- Basilica di Santa Maria del Popolo (聖マリアデルポポロ教会
- Piazza San Pietro (サンピエトロ広場
- Chiesa di Santa Maria della Vittoria (聖マリアデッラヴィットリア教会
- Pantheon (パンテオン
- Piazza Navona (ナヴォーナ広場
- Castel Sant'Angelo (サンタンジェロ城
- il Passetto(イル パセット
〜〜〜

“Grazie; grazie mille, Lui lo sa bene ありがとうございます。彼はよく知ってますね〜〜!”
感謝するときは、あやふやでも知っているわずかなイタリア語のヴォキャブラリーを駆使する、、、
“sono コンシエルジュ!”(私はコンシエルジュですよ)
まいった〜〜! どうもありがとう!
そして二本目の電話で、数カ所のこの場所を伝えたのはホテル契約の運転手だったのだろう。

 この「天使と悪魔」はミリオンセラーの「ダ・ヴィンチコード」の前に書かれた作品。
『天使と悪魔』の映画化は後で、2009年公開のアメリカ映画で、原作通りローマ中を駆け回る
おもしろい作品だった。
ヴァチカンを舞台に繰り広げられるストーリーだが、バチカンの怒りを買ってローマ市内の教会での撮影を
禁止されてしまったといういわくつき。
最終的にはナポリのカゼルタの宮殿をバチカン宮殿に見立てて撮影して、映画公開にあたって
ローマ教皇のお怒りはますますひどくなっているという。
新書判の表紙はオルヴィエートのドゥオーモにある最後の審判のフレスコ画(ルカ・シニョレッリ)

主人公のロバート・ラングドン役は、前作に引き続きトム・ハンクスが演じて、
ヒロインのヴィットリア・ヴェトラ役はイスラエル人女優のアイェレット・ゾラーが抜擢された。
というわけで、その場所を一回りしたいと思っていたのだ。

 翌日16時にやってきたのは、あまりさえない、英語をほとんどわからない中年のイタリア人だった、、、
が、どうしようもない。
バゲッジを後に積んで、最後はフミチーノ空港までいってもらうことにした。
私でも持ち上がるバゲッジを彼はよろよろと、やっと積んだ、、、、、、

 16:10 ホテル発。
“まず、コロセウムにいってください、それから、
サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会→パンテオン→サンタンジェロ城→ナヴォーナ広場→
ポポロ広場と教会→"イルPassetto"といったのだが、
コロセウムも聞いてないし、全部は回れないとそっけない、、、、

不親切な運転手さんになんとか頼んで回ってもらったのは、

- 聖マリアデッラヴィットリア教会 のあと、
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a0031363_6315254.jpg  - パンテオン、

小説の出発点として出てくるパンテオン教会、教会として転用されたため破壊を免れ原形をとどめた
ローマ最古の神殿として有名、観光客で一杯だった。




次にあの
- ナヴォーナ広場
 小説の中でもっとも重要なマーカーとなるナボナ広場の「四大河の噴水」は、
ベルニーニの傑作で誉れ高い彫刻。
何度かきているこの広場も、この小説以来見方が違ってきている見たい、、、
噴水の中央にそびえ立つエジプトのオベリスクは小説通りですがその上に鎮座する鳩は?

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- サンタンジェロ城は、走る車の中からカシャカシャ、、、

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 (プッチーニのオペラ<トスカ>の最後の場面で、トスカが身を投げたのが、
このサンタンジェロ城)

- "イルPassetto"も外から撮って、
最後に
- サンピエトロ広場 で、 聖マリアデルポポロ教会にはいかれなかった。

 30度をこしたといわれる真夏の太陽が燦々どころかがんがんと頭上に輝いているこのオーバルの広場は
聖人に見下ろされている。
(http://keico.exblog.jp/10946009/
2010年7月7日 水曜日 曇りの一部より、帰国して、旅を振り返って、、、、)

大きな太い柱で太陽をさけて、ようやくヴァチカンの門前へ。

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ここでも危険物チェックとボディーチェックをうけて境内へ。
(肌を多く出している日とは入場禁止!)

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 ローマ教皇庁の伝統的衣装のスイス傭兵が見守る礼拝堂を越えて、サン・ピエトロ大聖堂に入った。
(歩きながらのスナップが一枚あったな、、、後でアップ)


 サン・ピエトロ大聖堂 Basilica di San Pietro in Vaticano
<高さ約120m、幅約156m、長さ211の大聖堂>で、
まさに今始まったカーディナルタルチジオベルトーネの50周年のごミサを経験するとこができたのです!

 天井から燦々と注ぐ光に、彫刻が踊っているような感じ、、、!
荘厳な賛美歌が歌われる中を枢機卿がお出まし初めて、説教が始まる頃まで、、、、
ほんの十数分を私は時々スナップを撮りながらも、椅子に座り込んでしまっていた。

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 常にいろいろな事を頭の中で考えていた今回の旅の最後に、こうして祈りの場所に辿り着いた偶然は、
きっと必然であったのだろう。

 晴天に恵まれて、人々に恵まれて、太古からの自然の山や海に抱かれ、
イタリア2000年の歴史の場所に立ち、発展していく課程のローマ教会キリスト教の形として残って
修復なったロマネスクの聖堂とフレスコ画を堪能して、そして食とワインを楽しんでの10日間の旅。
まさにアモーレ・カンターレ・マンジャーレの気持ちで回った今回のイタリアの旅。
でも反面どこかでいつも、これからの事を考えていたのだが、その最後にこうして、荘厳なごミサに遭遇できて、
感謝の祈りをすることが出来たのはなんともありがたいことであり、
一つのけじめを考えさせられたと思っている。
少しできすぎているかもしれないが、ある大きな<ありがたい何か>が降りてきたような気がするのだ。

真摯にそれを受け止めて今後の人生をまた歩み始めよう。

~~~
帰国して、ヴァチカンのネットをみてこのごミサの事を見つけた。
CARDINALE TARCISIO BERTONE

http://www.zammerumaskil.com/catechesi/documenti-catechesi/il-cardinale-tarcisio-bertone-omelia-per-il-cinquantesimo-della-sua-ordinazione.html

http://translate.googleusercontent.com/translate_c?hl=en&langpair=it%7Cja&u=http://www.zammerumaskil.com/catechesi/documenti-catechesi/il-cardinale-tarcisio-bertone-omelia-per-il-cinquantesimo-della-sua-ordinazione.html&rurl=translate.google.com&twu=1&client=tmpg&usg=ALkJrhgi-1GcKFVxjU7OFErlUuONhH_3nA
〜〜〜〜〜〜〜

以下は、
http://keico.exblog.jp/10946009/
2010年7月7日 水曜日 曇りの一部より
帰国して、旅を振り返って、、、、

 ローマの最後に訪れたのは、サンピエトロ大聖堂。
夕陽を浴びて暑い中を聖堂に歩いた。
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(2010.07.06.pm5:05 ノーファインダーで聖人像と太陽を)


 中ではオルガンが奏でられていた。
5時から始まった御ミサだった。
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いただいた葉書大の60数ページの冊子には数枚の写真と賛美歌の楽譜があった。
CARDINALE TARCISIO BERTONE枢機卿の IN OCCASINE DEL 50TH ANNIVERSARIO
とあった。
(小冊子の表紙の絵は受胎告知なのだろうか?)


 奇しくもこの御ミサにあい、思わず椅子に座り込んで頭を垂れて手を合わせた。
この荘厳な雰囲気は、カードを盗まれての地獄から、心の天国への切り替えのようだった。
深い思いで神に感謝して、、、、。
(詳しくは後から書いておきたい)

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(高さ約120m、最大幅約156m、長さ211.5m)

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 (5:30)

 枢機卿達がおごそかに中に入り始めたが、後ろ髪を引かれる思いで外に出た。
永遠の都ローマの魅力は尽きず、またゆっくり訪れたい。

More>>>サン・ピエトロ大聖堂

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




サンタンジェロ城(聖天使城)の名前は、590年にローマでペストが流行した際、
時の教皇グレゴリウス1世が城の上に剣を鞘に収める大天使ミカエルの姿を見てペストの終焉を予感した、
という故事に由来するそうです。

プッチーニのあのオペラ<トスカ>の最後の場面で、トスカが身を投げたのが、
このサンタンジェロ城なのですが、友人のHPよると
<空砲による見せ掛けの処刑が終わり、トスカはカヴァラドッシに駆け寄ります。
 しかし、処刑はスカルピアの密命により実弾で行われ、カヴァラドッシはすでに死んでいました。
 あまりのことに気も狂わんばかりのトスカ。
そこへスカルピア殺害の犯人であるトスカを追って密偵スポレッタや警官達が迫ってきます。
 そしてトスカは「スカルピア、神様の御前で!」との言葉を残し、屋上から身を投げるのです。
 昔の解説書には「トスカは屋上からテヴェレ川へと身を投げた」と書かれていたものですが、
現場に来てみればとても無理。トスカが飛び降りたのはカッサ(受付)の前でしょう。>

http://www.youtube.com/watch?v=Q1fqVEgXlNg

http://www.youtube.com/watch?v=PUvPm0xKdv0&feature=related
by pretty-bacchus | 2010-07-20 23:59 | ☆Daily life日々の事など | Trackback(3) | Comments(8)
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Commented by 四谷おやじ at 2010-07-22 12:43 x
rome is not built in a day.もう40年も昔ですが、大感激したことを昨日のように思い出します。凄い町ですね。又行きたいですね。
Commented by 郁子 at 2010-07-22 12:50 x
映画「天使と悪魔」ゆかりの最後のローマ巡り、とても興深く拝見。映画は見ないでしまいましたが、BSに掛かることがあったら見てみます。
永遠の都ローマの魅力は尽きず、敬子さんのこのコースはすべてありありと思い浮かべることが出来ます。
今年3月に、ヴィットリア教会では「聖テレージアの法悦」と30分程一緒にいました。ポポロ教会は3月は行けなかったけど、かつて二度訪れ、カラヴァッジョの2作品と対面しました。
何時も市がたっているナヴォーナ広場の近辺は教会が沢山ありますが、S・M・デッラ・パーチェ教会は観光客には見過ごされている処。ラファエロのフレスコ画が見たくて、数年前一人で訪れましたが、静かでゆっくりとした時を過ごせる、言わば穴場的お勧めの教会です。
敬子さんのこれらのフォトはどれも懐かしく素敵ですが、一番の気に入りは両側に笠松?を配したサンタンジェロのフォトです。我が心のローマを有難う!
Commented by bernardbuffet at 2010-07-22 23:00
サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会!
Berniniの聖テレジアの法悦。
バロックはあまり好きになれないのですが、Berniniだけは別です。
Navona広場にもBerniniがありますね。Romaは町の中に彫刻があって素晴らしいですね。
Commented by pretty-bacchus at 2010-07-23 16:20
四谷おやじさん、ローマは一日にてならずですね。
40年前にいらしているなんて、素晴らしいですね。

Commented by pretty-bacchus at 2010-07-24 12:28
郁子さん、さすがにお詳しいですね!
「聖テレージアの法悦」がみたかったのですが、無理でした。
ポポロ教会は、その昔にあのカラヴァッジョを鑑賞したのですが、良く覚えていないのです。
次回は、もう少しゆっくりとローマを散策したいです。

Commented by pretty-bacchus at 2010-07-24 12:30
bernardbuffetさん、お暑うございます。
ローマは、歴史そのものですね、、、
bernardbuffetさんもお好きなのですね。

次回はもっとゆっくりしたいものです、、、。
Commented by suba28 at 2013-07-22 12:03
 題: 「使徒」とは?・・から、始まる話。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 「使徒」とは?(「マルコによる福音書」3・7~19)で、
 「イエスが任命し、名付けた」と書かれている。
 また、「派遣して宣教させた」と書かれている様に
 「使い(宣教)に行く徒」の意味だけなのだ。
 そこを、後のキリスト教会が、もったいぶって威厳を付けた
り、格付けしたりと、格好良くした。
 「使いっぱしり」と言っては可哀想だが、そこまで言わなく
ても、その様なものだけだったのだ。
 キリスト教会は、何でもかんでも「権威、権威」の権威の
亡者だった。
 また、(「マタイによる福音書」1・37)で、
 イエスが、「みんなで行って・・宣教しよう」と書いている
様に、「イエスの、救世主との意味合いは、全くない」。
 この福音書の記述は、「イエスは、唯一のメシア(救世主)
キリスト」という主張はしていない。
 この主張は皆無、まったくない。
 生前のイエスを記しているのに(詳しくは、以下のブログに)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
URL: http://moppo28.blog.so-net.ne.jp
Commented by nanasinohituji at 2013-10-20 00:22 x
 キリスト教国と言われるアメリカでは、
 インテリ層のほとんどが、キリスト教を棄てているという。
 親戚や近隣の手前、教会に通うというが、
 今では、テレビでの教会が流行って、
 そのキリスト教会へ通う人も少なくなっていると。
 そして、キリスト教会が作ってきた社会のつながりも崩壊してきていると。

 キリスト教は時代が見放している。そして
 キリスト教を棄てる、棄教は「もっとも大きな愛の行為」。
 キリスト教は、民衆・世界の皆様を欺(あざむ)く歴史だった。
 人々を殺戮して来た歴史だった。
 この様なキリスト教を棄てる行為は、
 世界の人々に「もっとも大きな愛の行為をした事になる」。

(参考)インテリ:インテリゲンチア【(ロシア)intelligentsiya】の略、《19世紀の帝政ロシアにおいて、自由主義的な知識人の一群をさした語》知識・教養を持ち、知的労働に携わる社会層。知識階級。知識階層。インテリゲンチャ。インテリ。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
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