夜のピクニックにでかけたような感じでした
2019年7月11日 木曜日 曇りのち小雨 (遡って)
 令和元年七月十一日

 昨日の夜はピクニックのようでした。

アマゾンフレッシュでお野菜がいろいろ着いたので、いつもより早く小一時間お台所。
おかずもできて、ちょうどご飯もたけて一休みしたころに、
タカダさんから“特製カレーができましたよ〜〜〜”とお電話をいただいた。
いかずばなりますまい!
私たちってやっぱり<>が好きなのでしょうね。

 夕飯用に用意したお野菜ずくしのお料理とご飯をタッパにいれて、
いつものエキストラバージンオリーブオイルもいれて赤坂まで。
つれあいは、“ピクニックにいくみたいだね〜〜!”って喜んでいる。

バーBは一組の上品なカップルが、すでにおいしそうにカクテルをあがっていた。
そしてすぐにまたステキな中年カップルがおつきになった。
こうしたオーセンティックバーにはすてきなお客さまが多いし、赤坂芸者さんたちも常連。

お客さまの次のオーダーは季節のスイカのソルティ・ドッグで、うわ〜〜〜!美味しそう。
でも私は強いお酒はドクターストップなのです。
写真だけでたのしみましょう〜〜!

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 何十年も行っていて高田さんのお料理上手も知っているのに、
最近のメニューはいただいていなかった。
それはスモークサーディンのサラダ
キャベツとトマトとタマネギをいっぱい下において、上にサーディンを載せてチーズをパラパラ。
エキストラバージンオリーブオイルをたっぷりと。もちろん黒こしょうも。

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これがおいしくて、ワインがどんどん進んでしまう。
今夜の白は数少ないシャトードゥピゼーのボージョレブラン!
このシャルドネはなんとも美味! 

 そのあとは特製のカレー、持参したごはんが固まってしまっていてちょっと残念。
でもこのカレーの美味しさはすばらしいですね〜〜〜!
お隣の女性はカレーがお好きのようで、少しお裾分け!


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 カウンターを楽しむ客のマナーってとても大切だし大変。
同じカウンターに座っている方とのやりとりはとても微妙。
それはカウンターバーでもお料理やさんお寿司やさんでも同じこと。

自分達だけにぎやかではいけないし、なかの店のご主人を独占してもいけない。
私たちは、お隣の方にはバーテンダーさんとか中の板長さんのご紹介がなければ、
こちらから声をかけることはしなようにしているのだが、
おうおうにして声をかけられることが多い。
“お酒がお強いですね〜〜! とか、“楽しみそうにお飲みになりますね〜〜! とか、、、、。
これでなんとなく話し始めることが多いかもしれない。

 今夜のお隣さんお二人はとてもステキな方々だった。
B社の東京本社の上役と地方支社からの出張の新人女性のようで、
その会社を少しだけ知っていたのでほろ酔い加減の私は自然に話しが弾みだしてしまったのでした。


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(ブログ掲載のお許しをいただいています)


そして1960年代中頃に続いた日本での飛行機事故や、
1970年代初めごろの巴里での飛行機事故の話しから始まって、
わたしが遭遇したいくつもの飛行機事故の話しもご披露してしまったのでした。


 昔々はよく飛行機事故があった。
エールフランス航空に入社したころの1960年代後半には、
羽田沖の事故、富士山上空での事故など日本での事故が続いた。
1966年の2月、3月に起こった連続航空機事故。

1966年2月にはボーイング727-100型機の全日空羽田沖墜落事故で133人全員が死亡し
単独機として当時世界最悪の事故となっていた。
そしてこの年この後にはボーイング707の航空機事故が相次いで発生していたのだ。

カナダ太平洋航空のダグラスDC-8が羽田空港の濃霧のなか着陸に失敗して大破炎上した
着陸失敗事故が起こったのは三月。
“着陸失敗、炎上だ”という声に事務所を飛び出してはるか向こうに火の柱をみたのを覚えている。
(その頃私は羽田のエールフランスの事務所で働き始めたばかりだった)

そしてその羽田空港から、私はこの年の初夏にボーイング707で南回りで、
三十六時間ほどかかって巴里への最初の旅に向かったのでした。

 最初に飛行機に乗ったのはもう半世紀以上まえのことになるのですね。
前世紀最後の2000年になったとき、パスポートの出入国のスタンプを数えてみたら
200以上あったから今はそれ以上。(キャビンアテンダントではありません!)

 それにしても本当にいろいろの飛行機事故に遭遇していて、
何度も大きな事故だったのに命拾いをしているのです。

1970年代初めには幾つもの航空機の事故が続いておきていた。
(その当時はパリでもアラブゲリラ関係の飛行機事故がよく起こっていた)
アラブゲリラがしかけた爆弾でパンナメリカン機がオルリー空港で破壊されたり、
インド航空がパリ郊外のエルムノンビルに墜落したり、
そしてその数年後にはミュンヘンオリンピックでもアラブゲリラの事件が起きている。

なかでも特に忘れられないのはアラブゲリラが爆弾をしかけた機にのっていて、
爆弾が不発に終わったパリローマ便に私は乗っていたあの事件。
爆弾が積みこまれていたが不発に終わったのだが、その後は大変だった。
この事件は、翌日のローマの新聞の一面を飾り大騒ぎになった。

そして、右エンジンが燃えて炎となって、アンカレッジ近くの軍用飛行場に不時着した事故、
1980年代には、テルアビブでは足が出ず緊急着陸&待避。

緊急着陸を繰り返して72時間ヴァンクーヴァーの空港に缶詰になった冬、、、
1990年代には大嵐でたった一機だけ香港カイタックに着いた機にものっていた。
などなどを彼らに話してしまったのでした。


(下のブログに詳しく書いています)

ゴールデンウィークに半世紀の間に遭遇した飛行機事故を想いだしています。
2019年5月04日 土曜日 曇り みどりの日、

2009年1月16日 金曜日
米旅客機がハドソン川に不時着水 乗客乗員155人無事に感涙

そして飛行機の歴史はボーイング707/727/747/
2013年1月16日 水曜日 曇のち晴れ
ボーイング787の事故と半世紀弱の旅の思い出(Boeing 787 Dreamliner)
(このブログには、半世紀前からの飛行機の歴史を書いている)

2009年11月1日 日曜日 曇りのブログへ
☆回想のわが巴里>凱旋門に励まされての遠いパリの日々

そして機材やルートの記録は、
 エールフランス航空の日本就航はエールフランスの
パリ>東京路線一番機が羽田空港に到着したのは
1952年11月26日という記録があり(私はまだ小学生だった)
機種はコンステレーションだったのかな?

ボーイング707が南回りで経由でパリへと飛んだのは1961年で、
東京 - 香港 - バンコク - カルカッタ - カラチ - クウェート - カイロ - ローマ - フランクフルト -
パリという南回りのエールフランス便だった。

その頃は飛行機は限られた人たちの旅への手段だったのだ。
(岸恵子さんがファーストクラスのなかでハンモックを楽しまれたということを
ご本人から聞いたことがある)

2011年12月4日 日曜日のブログへ
☆ Memoires du Voyage ~なつかしの羽田空港から巴里へ出発

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(郵便船の頃のプロペラ機から現代までの飛行の映像があって楽しい)


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1960年には、北回り便(北極圏飛行
ルート)に、ボーイング707ジェット機が就航。
所要時間はさらに短縮されて18時間になった。

その後大阪万博の年の1970年1月には、
東京-パリ間にモスクワ経由のシベリア線が開設されて、
所要時間14時間30分となった。
(この機に私は日本からパリの駐在員として派遣された)

 1972年4月には、ボーイング747が東京-パリ間に就航し、いよいよ大量輸送時代が始まり、
日本からのグループがパリを訪れるようになり始めたのだった。

東京-パリ間にノンストップ便就航したのは1986年。
所要時間12時間と短縮されて現在にいたっている。

2011年12月4日 日曜日のブログへ
☆ Memoires du Voyage ~なつかしの羽田空港から巴里へ出発

2009年1月16日 金曜日
Air France: la flotte d'hier et d'aujourd'hui [fr]<br>

 

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赤ワインはヴィッラヴィーニャマッジオのグランセレクションでした!

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 聞き上手なお二人とはお酒もすすみ、高田さんおすすめの新しいお酒もあって、
あっというまにシンデレラタイム!
お酒がつよくないツレアイには、極上のしぼりたて生オレンジジュースをつくってくださって、
それがまた美味!
私は新ロットのヴィッラヴィーニャマッジオのグランセレクションを
しっかりといただいたのでした。

 ステキなお二人は先にお帰りになり、私たちもまもなくおいとま。
ステキな夜となりました。
ありがとうございました。



# by pretty-bacchus | 2019-07-11 23:58 | ☆Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)

昨日やってきた朝顔が一つだけ花開きました
2019年7月10日 水曜日 曇り 最初の朝顔
 令和元年七月十日

 昨日やってきた朝顔は一つだけ蕾が大きくなっていた。
花開くのは明日かな〜〜〜って思っていたら、日の出時間をすぎたころから少しづつ開いてきた。
きれいなブルーだ!

 寝室でうとうとして眼が覚めるとリビングにきて朝顔観察!
ばかだな〜〜って思うも、これがなかなか楽しいものだ。


(午前5:14)
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(午前8:21)
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午後には少しづつ色が変わり始めて、、、、夕方にはブルーがピンク色を帯びてきた。
新しい品種の琉球朝顔 クリスタルブルーで、朝夕で花色が変わりということだがふむふむ、、、、。

花期も長く高さが60cmにもなり、
上手にそだてると10メートルにも高くなるという。
宿根の朝顔なので翌年は緑のカーテンにもなるというので楽しみ!

 小学校の時の朝顔日記をおもいだしながら母に報告。
歳をとると幼稚性が増していくのかしら?

 アマゾンフレッシュでお野菜がいろいろ着いたので、いつもより早く小一時間お台所。
一休みしたころに、タカダさんから“特製カレーができましたよ〜〜〜”とお電話をいただいた。
いかずばなりますまい!
私たちってやっぱり<人>が好きなのでしょうね。


 続きは明日に、、、、、。

(午後2:52)
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(午後4:07)
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(午後4:13)
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(午後5:40)
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~~~~~~~~~
今日の日の出日の入りは
 日の出 04時33分 : 日の入 19時00分





# by pretty-bacchus | 2019-07-10 23:58 | ☆Nature空,海,夕陽,緑花,鳥蝶 | Trackback | Comments(0)

梅雨寒の朝に朝顔の鉢がやってきました
2019年7月9日 火曜日 小雨のち曇り 
    令和元年七月九日

 昨日の京都祇園の火事には驚いた。
どうやら花見小路の五軒が全焼してしまったようだが、けが人がでなくて良かった!
花見小路には友人のお店があるので、フェイスブックのメッセンジャーで

お見舞いをのべたのだが、彼は十時間も消火活動関係でお仕事だったようで頭が下がる。
デコちゃんとしりあったのは、もう二十五年以上もまえで彼が十代最期の頃だった。
なつかしい当時をいろいろ思いだしている。

 昼前に朝顔の鉢がやってきた。
新しい品種の琉球朝顔 クリスタルブルーを最期の一鉢ということでクリックしてしまった鉢。
朝夕で花色が変わり、花期も長く高さが60cmにもなるという。

説明書を読んだら、上手にそだてると10メートルにも高くなるというし、
宿根の朝顔なので翌年は緑のカーテンにもなるというので楽しみ!

 さっそくにベランダの柵の一回り大きな鉢にいれて様子をみた。
朝夕には水やりが無理な気がするので、
ケロッグちゃんを鉢にさして水やりの調整を試みることにした。


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 夕方の道をいそいでRさんへ。
途中の土手の山梔子と木槿と猫じゃらしを楽しみながら土手の道を一回り!
少し運動になったでしょうか?


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(夜とは違う姿の山梔子が香っていた)


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(学校の土手にはねこじゃらしが!)


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(道を曲がると木槿の花が、、、、、)


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(木槿も一日花では儚い花、昨日とは違った一輪が凛として、、、}

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(この花葉なんでしょう、、、、?)


そして夜には、さらに山梔子は香りをましていました。

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# by pretty-bacchus | 2019-07-09 23:58 | ☆Nature空,海,夕陽,緑花,鳥蝶 | Trackback | Comments(0)

須賀敦子さんの没後に出版された著書をキノッピーで読むことにしました。
2019年7月8日 月曜日 曇り
 令和元年七月八日

 雨上がりの曇りの借景が白々とあけてきた。

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 人生の晩年に時間ができたら読みたい、そう思って買っておいた本がたくさんある。
もちろん買ったときに少しは読むのだが、なかなか読みきれなくなって、
またその次に違う本が出てきたりする。

そして父が残してくれた本もたくさんある。

https://keico.exblog.jp/3268612/
十数年前のブログから

   (せんだって、父の残した本の束がくずれて、整理をしていたら、
最後の頁のいつものサインの他に、
   「敬子へ」というのが何冊もあることを発見した。
   いつの日か私の手に渡ることを考えていたのだろうか、、、そ
れとも私に読んで欲しいと思ったのは、
   自分のサインの他に、こうして、敬子へと、、、、書いたのだろうか)

   十数年もたって見つけた父の文字に、、、、、。
   父と母の愛は深いのだ。
    
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さて、、、そろそろ読書三昧の生活に移ろうかと思っていた時に眼の病気をした。
大きな手術の後少し読書が辛くなった。
そうこうしてるうちに、もう片方の眼もなにかぎくしゃくとしてきてしまい、
今はメガネを三つも使っているような始末。
新聞は、少し離すとメガネなしで読めるのだが、すぐに疲れてしまう。

 そんな本たちの中にも須賀敦子さんの著書は愛読書。
良家の子女が戦争を経験して、聖心女子大卒業後フランスに留学したのは
まだ渡航の自由化がされていない頃の1951年、その後ローマの大学で学びミラノに移住。
環境の違った家族を持つ左翼系のイタリア人の夫と結婚するも(「コルシア書店の仲間たち」)
それほど長くない数年後にご主人がご逝去。

その間に多くの日本文学をイタリア語に訳している。
小さい頃からの愛読書谷崎潤一郎の「春琴抄」「蘆刈」、井上靖の「猟銃」「比良のシャクナゲ」
「闘牛」、庄野潤三の「夕べの雲」、川端康成の「山の音」など、
多くの日本文学を次々に素晴らしいイタリア後に翻訳し、
またアントニオ・タブッキという作家の「島とクジラと女をめぐる断章」を翻訳、
詩人のウンベルト・サバやギンズブルグ、はてまたミケランジェロの詩まで
言及していたというのだからすごい日本女性だ。

ローマとミラノに計12〜3年住んでいて、四十代に日本に帰り苦労して慶応大で文学博士号取得、
最後は上智大学の教授となり、慶応、東大で日本文学やイタリア文学を教えていらした。

ミラノ 霧の風景」でデビューしたのは61歳、そして上智の先生をなさっていた頃に、
突然ガンで夭逝してしまったのは69歳の時(1998年)だった。
デビュー作「ミラノ霧の風景」は、須賀さんがイタリア人の亡き夫
ジュゼッペ・リッカとともに、愛してやまなかった詩人ウンベルト・サバの軌跡をたどって
街を逍遙するという切ないセンチメンタル・ジャーニーの作品。

その間にいくつもの名著を残している。
「ヴェニチアの宿」「トリエステの坂道」「ユルスナールノの靴」
「コルシア書店の仲間達」その後の「時のかけらたち」「遠い朝の本たち」
「イタリアの詩人たち」「塩一トンの読書」とつぎつぎと読破したのは、もうずっと昔のこと。

没後に「須賀敦子全集」や書簡集が刊行され、その味わい深い文章は熱烈なファンをもつ。
その集大成の全集も、追悼の特別号も奥の本棚にかざったままで、
まだ読めていないのは、読むのが辛くなってしまっているからだろう。

 <須賀敦子さんの本はなぜか雨の時に読みたくなる、あるいは読んでいると雨の感じがする>
と書いていた人がいたが、なんだか今朝は雨の朝にとつぜんに須賀敦子さんの本が読みたくなった。

久しぶりに奥の部屋で、段ボールをいくつか掻き分けて本棚に行ってその全集を取ってみたみたが、
片手では持てないほどずしりと重く、
そっと開いてみたがやはりこれでは長く読むのが辛いだろう。

 そうだ! 今の時代なんだから、彼女の本も既にiPad Pro レティーナで
ウェブ上で読めるかもしれないと思い Kinoppyから検索してみた。
ありました、、、、ありました。

没後に出版された内の数冊がキノッピーでよめるうで、早速にクリックしてを購入。
「霧のむこうに住みたい」「なぜ古典を読むのか」「遠い朝の本たち」の三冊。

早速に読み始めたのは「霧のむこうに住みたい」。
心地よくすらすら読めてしまうのは、彼女の文学の特徴とのいわれているが、
この文章力は並々ならないものなのだ。
漢字で書くのをなるべく抑えて、すらすらとひらがなで書いていることが多い。
(若い頃に、谷崎潤一郎の「盲目物語を読んで、多くをひらがなで語っていく文体と文章力に
どんどん引き込まれて何度も読み返したのだそうだ)

 そのおおらかな文章に、わたしはとっても心がなごやかになってきて、
声に出して読み始めていた。
目だけではなく、耳にも心地よい調べに、いつのまにか時を忘れてしまい、
気がつくと白々とあけてきてしまった。

ウェブでiPadで少し拡大してもう読めるのはとてもありがたいが、
でもたった一つだけ残念なことがある。
それは本の紙の匂いがしないことと、時にはあとどのくらいかなぁと
パラパラパラっと本をめくる感触を楽しむことができないことだ。

それでも引き込まれてしまって気がついたら空が明るくなってくるまで読みふけってしまった。
 これからしばらくは夜明け前に読書三昧になりそうだ。


寒い朝に届いた訃報は兼高かおるが天に召されたことでした
2019年1月10日 木曜日 晴れ 零下の寒い朝

雨のパリはストライキで混雑、でもディナーは豪華にいただきました!
2014年12月10日 水曜日 風強し、、、雨

1997年の今月今日6月26日の私の巴里=パリのカフェの歴史
2014年6月26日 木曜日 曇りa0031363_21252852.gif
★ 銀塩時代の写真の<オペレーションデジタル化

イタリア文化会館で「文学の町、トリエステ」の講演にでかけました
2014年4月24日 木曜日 晴れ イタリア文化会館

アンニュイな朝
2007.05.01 火曜日 どんよりと曇り

祭日の 朝はみそ汁 祖母の味
2007.04.30 月曜日 晴れ きれいな朝

緑煌に雀と遊ぶ日曜日 (読書いろいろ)
2007.04.29 日曜日 晴れ



# by pretty-bacchus | 2019-07-08 23:58 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(0)

ベランダのお掃除と、クローゼットの整理でぐったりの日曜日
2019年7月7日 日曜日 雨のち曇り
  令和元年七月七日

七夕さまは曇りでした。
グーグルのイメージが可愛い日でした。

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 週末なので少しゆっくりできて昨日はベランダにでて鉢の整理。
入谷鬼子母神では今日から朝顔市なのだが車がないので断念。

以前に購入した<サカタネット>を検索してみたら、全部完売、
なんとそのグーグル検索では一ページめに私のブログがでてきて驚き〜〜〜!

満月の沈みゆく月の朝に朝顔を注文
2016年5月23日 月曜日 晴れ 真夏日の東京

入谷の朝顔市にはいかれませんでした。 七夕は十四夜月でした
2017年7月7日 金曜日 曇り ドコモ

(十年前の入谷鬼子母神の朝顔市は)
幼き日朝顔日記祖母と書き
2006年7月9日 日曜日 4:32 夜があけてきた。

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朝顔に心奪われそぞろ飯 (入谷鬼子母神の朝顔市)


 別のアマゾンネットで新しい品種の
琉球朝顔 クリスタルブルーを最期の一鉢ということでクリックしてしまいました。
朝夕で花色が変わり、花期も長く高さが60cmにもなるという。
宿根の朝顔なので翌年は緑のカーテンにもとあり、、、、楽しみだな!

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 午後から終活の一部で寝室脇のクローゼットのバックなどの整理。
いろいろのバックがでてきて、まあ驚きました。
Kさんアドヴァイスで1. とっておくもの, 2. 友人にあげるもの、3. メルカリで売るもの
4. 捨てるもの、に分けてそれぞれを大きな袋に入れる。
メルカリはしたことがないが、そろそろ始めてみましょうかね、、、。

疲れ果てて、夕飯の支度をするパワーがなく
遅くにルマーカさんへ。



# by pretty-bacchus | 2019-07-07 23:58 | ☆Daily life日々の事など | Trackback | Comments(0)

ヴァレットが五周年をむかえました。おめでとうございます!
2019年7月6日 土曜日 曇りのち雨 ヴァレット五周年
 令和元年七月六日


 朝までウィンブルドン選手権のテニスをみてしまった。
初戦でヴィーナス・ウィリアムスを破って快進撃を続ける十五歳のコリ・ガウフ。
今夜の相手はベテランの二十七歳のポロナ・ヘルツォグ。

相手のマッチポイントを二度しのぐ見事な巻き返しをみせて、ポロナ・ヘルツォグを
3-6、7-6、7-5で下して四回戦進出を果たした。
二セット目で2-5となってダメだと思ったが、それからの粘り強い攻防戦は
十五歳とは思えぬ素晴らしいしあいだった。
若さってすばらしいですね〜〜〜!

 週末には終活の一部で寝室脇の戸棚の整理。
いやはや、すぐに腰が痛くなって疲れてしまいました。
だらしがなくなったものです。


 いつもお世話になっているオカダシェフのお店が五周年をむかえた。
オープンしたころの頃がなつかしい〜〜〜。
初めてうかがったのは、夏なのにまだ冷房も入らずに汗をふきふきいただきました。

どうなることかと心配したが、今では毎日満席で
なかなか予約がむずかしいお店になってしまいましたね。
お料理もどんどん美味しくなっていっています。

最初はワインにあまり詳しくなかったシェフには毎回いろいろ持ち込ませていただいて特訓!
今では味も温度加減もしっかりとわかるようになりました!


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~~~~~~~~~~~~
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(オープン当時の内装)
(彼らが自分達でこつこつと内装すべてをしたのだそうです)


https://keico.exblog.jp/20029147/
和歌山からの鮮魚三種のカルパッチョとシャブリ
2014年7月22日 火曜日  晴れ 梅雨明け宣言あり

http://keico.exblog.jp/20029147
2014年7月22日 火曜日  晴れ 梅雨明け宣言あり
和歌山からの鮮魚三種のカルパッチョとシャブリ
2014
https://keico.exblog.jp/20136628/
晩夏の一夜は三種のカルパッチョに舌鼓をうって
2014年8月25日 月曜日 晴れ

https://keico.exblog.jp/21571682/
暑気払いは串本漁港からのカルパッチョとブルーノ・ジャコーザ エクストラ・ブリュット1992!
2015年8月21日 金曜日 雨のち曇り


この後は何度もなんどもブログに書いていますね。


暑気払いは串本015年8月21日 金曜日 雨のち曇り

# by pretty-bacchus | 2019-07-06 23:58 | ☆Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)