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宇田川悟さんの<「食文化からみたまちづくり」パリと神楽坂を比べながら>
2015年12月3日 木曜日 雨のち曇りa0031363_21252852.gif

  雨が上がった。よかった。
なんだか疲れていてよろよろしているが、土手の道の落ち葉を楽しみながら駅へ。
ラッシュアワー前のJRで飯田橋着。
クリスマスツリーがきらきらと輝いていた。

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 午後5時からPORTA神楽坂の第1会議室で行われた宇田川悟さんの講演会を聴いた。
<「食文化からみたまちづくり」パリと神楽坂を比べながら>
宇田川さんはもう二十年ほど前からのお知り合い。
二十年住んだパリからご帰国なさってからは神楽坂にお住みになり、お宅にもうかがったことがある。

「書斎の達人」「フレンチの達人たち」「最後の晩餐」「死ぬまえに食べておきたいものは?」など
多くの本を書いてらっしゃる。

http://satoruudagawa.blog.fc2.com
宇田川さんのブログ

 奥様葉子さんはとっても素敵な方で、ペンネーム吉村葉子で、
二十年間のパリ生活から得られた豊富な知識で、日仏の文化のちがいなどを書かれた多くの著作がある。
「」パリでみつけた」「お金をかけずに人生を楽しむ方法」「お金をかけずに食を楽しむフランス人」
「お金をかけても満足できない日本人」
ホームページのダイアリーはとても楽しい。
http://www.yokoyoshimura.com/diary/diary.html
葉子さんのホームページ
フランスの今回のサンドニでの事件も簡潔に説明なさっている。

http://keico.exblog.jp/6892809/
2008年3月12日 曇り
日仏150周年記念、日本のフランス料理150年

http://keico.exblog.jp/6901620/
2008年3月15日 土曜日 晴れ
春の一日は暮れて(2000年のダイアモンドエッフェル塔)

http://keico.exblog.jp/7720415/
2008年12月6日(土)晴れ 
スケジュール一杯の充実した週末の一日でした

 宇田川さんの講演会には何度かうかがったことがあるが今日は地元神楽坂のお話しでお客様は三十人ほど。
一時間半の予定が、主催者の意向で最後の三十分は懇親会ということで、宇田川さんはコンパクトな
内容一杯のお話しをしてくださったので、少し記録しておきたい。
(わたしが加えたいことも途中に入れて、、、)

<「食文化からみたまちづくり」パリと神楽坂を比べながら>
食文化から街づくり

フランスで日本人がきらわれるレストランでの三つは
1/皿のぐるぐるまわし
  数人で食事をして、皆で皿を回して食べる。
シェフは皿の上に一つのアートを描いている。
<<ぶぜつであるとシェフは感じる。
1/写真をパシャパシャ撮る
1/ワインのラベルをはがすのを頼む

また、食中毒については日本ほど過剰な騒ぎはしない。
個人の体調の差もあると考えるようだ。
美しい物は毒がある!
 
 仏の美意識は
明晰、簡潔、エレガンス
食は近世フランス王国ブルボン王朝の十七世紀〜十九世紀に、時の権力(ルイ王朝)と一体化して確率され、
美食文化の伝統化がなされた。

ガストロノミー=美食文化(方法論)
文化として認知されて>ジョワ・ドゥ・ヴィーヴルとなった。
文化としての料理の確率は十九世紀から百五十年かかって今はフランスの政治外交にも影響を及ぼしている。

階級社会のパラレル(横社会で自分達が守られている)

三つ星が町場におりてビストロとなり、カフェともなり、豊かな日常生活を切り取り彩り、
カフェ文化として発展した。
カフェの奥には隠微が世界が時にはあり、その<俗>の対局として<聖>の教会がある。

 しかしこの十年ほど前からフランスではカフェが少なくなってきて、半分の人はカフェに
入らなくなったのだという。

(オーヴェルニュからきた人たちのことは今回は話さなかったが、私のブログで言及したことがあった)

http://keico.exblog.jp/19949581/
2014年6月26日 木曜日 曇り
1997年の今月今日6月26日の私の巴里=パリのカフェの歴史
★ 銀塩時代の写真の<オペレーションデジタル化

1994年の巴里。
銀塩時代のコンタックスStとContax G1 with viogon24での写真をスキャンしてあったので。
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1994.oct. Paris Deux Magots, Contax ST (サン=ジェルマン=デ=プレのカフェ・レ・ドゥー・マゴ )


 神楽坂にはミシュランの☆が多い。
(このあとの彼のミシュラン論はいつもながら見事。あとでゆっくり書いておこう)

神楽坂は粋と伝統の多様な文化が生きている街。
泉鏡花、永井荷風、夏目漱石らも住んだことがあり、谷崎潤一郎の<陰影礼賛>が生きている花街。
薄明かりの中の美。
大通りと中の街並みのコントラスト。
今東京にある七つの花街とは一線を画しているという。
(芳町・新橋・赤坂・神楽坂・浅草、向島 とあとひとるはどこだろう?)

 パリの街は、円環状に発展した街。
セーヌ川を中心とした街で右岸と左岸にわかれ
パリ市の中心は、セーヌ川に二つある中州状の島、シテ島とサンルイ島で、ここがパリ発祥の地。
シテ島にはノートルダム寺院があり、パリが教会を中心に発展した街。
西にエッフェル塔、南にモンパルナスタワーがひときわ高くそびえる。ほぼ平坦なパリ市だが、
右岸にモンマルトルの丘が小高く盛り上がり、頂上にはサクレクール寺院が建っている。

http://keico.exblog.jp/20821302/
銀塩で撮った2000年のサクレクール寺院
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>2000年12月巴里サクレクール聖堂の女神に祈りを込めて
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 十九世紀半頃までのヨーロッパの都市では、通りに張り出した屋根からの排水が道の中央の排水溝に
流れ落ちるようになっていた。住民は日々出る生ゴミや汚物を通りに投げ捨てるため、
道の窪みや溝にはそれらがたまり、河川には汚物などが流れ込み、汚染されていた。
それらのパリの大改造をしたのが、ナポレオン三世の構想に沿って大規模な都市改造を企てた
セーヌ県知事のジョルジュ・オスマンだった。
その後1879年にはエッフェル塔が建ち、1973年にはモンパルナスタワーが建った。
(エッフェル塔を毛嫌いしたモーパッサンは、その塔がみえないエッフェル塔の二階のレストランで
いつも食事をしていたという有名な話も)

 パリの街は人間のために作られていて、その通りは5,500あるという。
その全ての通りには必ず歩道があり、美術館と公園があり、
それはヒューマニズムの具現化であり、人々の街である。

 レストランはそのほとんどが一階の路面店で(ツールダルジャンという例外もあるが)、
その多くは路地、横丁、裏通りにあり、ミシュランの星付きレストランもひっそりした場所にある。
食文化は社交で有り、神は美に宿る。
招かれる夕食会は異業種の人が多く、席次も意味があり、全ての話題にいかに入っていかれるかが
その人の器とみられてしまう。
ディナーは、食事を通してその文化性、人間性をも語ってしまい、それからの人間関係の発生する。

もっともっといろいろお話しなさりたいでしょうに、もっともっと巴里><神楽坂の比較文化論を
お聞きしたかったのに、時間はすぎてしまいました。
ありがとうございました。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

http://keico.exblog.jp/13216621/
2011年8月5日 金曜日 晴
シャンゼリゼ大通りの麦畑とパリの思い出

ミシュラン三つ星の中でもその頂点にたつ<ランブロワジー>は、プラス ドゥ ヴォージュにある。
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(2005年10月  Place de Vosge  夕闇のプラス ドゥ ヴォージュ)

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 (その広場の9番地にあるL'Ambroisie パリの三つ星のトップレストランのランブロワジーのエントランス
パリの街の多くの広場はとても暗い、、、、)

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(一歩入って、、、、)

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 (最初のサル、この手前角の丸テーブルがわたしの指定席!)

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 (実はこれは、、、、、???)

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 (そしてその晩の真夜中に友人の家からのノートルダム全景。

 〜〜〜〜
 講演を聞きながら私は自分のフランスでの諸々を思い出していた。
エールフランスのパリ駐在員として四年弱をすごした1970年代初め、そしてメリディアンチェーンの
日本代表として六十カ国を廻った1980年代の六年間。そして
<ラ・プリュ・フォル・ジャポネーズ! セ・ケイコ!>(もっともバカな日本の女性、それはケイコ!)
と多くの人に可愛がられての二十世紀後半の四半世紀だった。
食のシェフ達、ワインの造り手、そして一般人も貴族社会や美術界や政財界のフランス人とも交友を重ねて
とても恵まれていたのだと、今更ながらのように感謝の気持ちで一杯になった。

ワインと食にどっぷりとつかって、<ベルバカント>というワイン&食&文化のすごい倶楽部の
ただ一人の日本女性に選ばれた頃だった。ボルドーにもブルゴーニュにも年に何度も通っていた。
♥ブルゴーニュのシュヴァリエ・ドゥ・タートヴァン(利酒騎士団)の称号を授与されたり(1992年)、
ボルドーでCommanderie du Bontemps de Medoc et des Graves de Bordeuax コマンダリー・デュ・
ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの称号を授与されたのもこの時代だった。

http://keico.exblog.jp/20835025/
2015年1月31日 土曜日 晴れ  
1998年6月コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式 
★OldPhoto銀塩写真のデータ化

http://keico.exblog.jp/20798889/
2015年1月23日 金曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年4月のボルドー,サンテミリオン

(09 June 1998 Bordeaux , Chateau Lynch-bages,
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式)

http://keico.exblog.jp/14182547/
2011年12月16日 金曜日
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ

http://keico.exblog.jp/20835025/
2015年1月31日 土曜日 晴れ  
1998年6月コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式 
★OldPhoto銀塩写真のデータ化

http://keico.exblog.jp/21820973/
2015年11月6日 金曜日 晴れ
シャトー・クリネのヴァーティカルテイスティング&ディナーで昔を思い出して

http://keico.exblog.jp/19888552
2014年6月10日 火曜日 曇り その二
1995年10月のボルドーのシャトーでの思い出写真

 〜〜〜〜〜
 お誘いしたKさんと一緒に赤坂へ。
知らないお店で食事をすると、まずワインが高くて美味しくないことが多いので、勝手がきくお店で
ゆっくりとヴィッラヴィーニャマッジオのグランセレクションを
いただき、おつまみとゴルゴンゾーラのペンネをいただきながら、フランスの今昔などを話しながら、
夜はふけていきました。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

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(二十一世紀を前にエッフェル塔にはカウントダウンの光が入った)

ミレニアム2000年のカウントダウンの
1990年代最期の、夜のパリの大好きな一枚は、
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(好きな写真の一枚。1999年12月、西暦2000年まであと22日とエッフェル塔に灯がともる。
メリーゴーランドが回って人々を夢に誘っていた、、、。
(この時代のコンタックスツアイスレンズで、夜に手持ちで一瞬のこの写真を撮るのは至難の業だった)

 エッフェル塔にダイアモンドイリュミネーションが輝きだしたのは、
ミレミアム2000年を過ぎてからだった。
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そして、一枚前のショットは前日の2000.12.17 の真夜中のパリの光り輝くエッフェル塔の一枚でした。
  2000年の12月からダイアモンド照明がされ、二十一世紀へのカウントダウンがはじまった。
(夕闇のトロカデロからシャイヨー宮、アンバリッドなどがのぞまれる)
(最初のデジカメ200万画素でも、こうしてなつかし記憶と思い出になる。
一瞬の写真が長い間の記録になり、のこされていく、、、、、やっぱり写真は素晴らしい!

 写真って楽しい〜〜〜そしてデジカメ時代の写真って凄い!
写真の記録は記憶を甦らせ、時に希望の光を放つのだ!
 
a0031363_814599.jpg  (毎時5分〜10分だけダイヤモンドイリュミネーションのエッフェル塔の年齢は? )
(21 Dec,2008 Paris)

http://keico.exblog.jp/8948153/
2009年9月10日のブログ

http://keico.exblog.jp/9435668/
2009年12月14日 月曜日 曇り後晴れ
エッフェル塔は御年120才

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(December 2014 Paris)



by pretty-bacchus | 2015-12-03 23:59 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(2)

黄葉深くなり冷えてきた夜は牡蠣とクエで
2015年12月2日 水曜日 曇り

 借景のシデの木はますます葉を落とし、残った黄葉ははらはらと、、、、。
曇った夕方にも鳥たちの声は響き渡り、、、、ガラス越しに鳥たちと遊ぶ、、、。
あら、、、オナガがやってきたようだ。
先だっての植木やさんの時に巣がはらわれてしまったようだったが、また枝などを運んできたのかしら?

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(こっちを向いたらあっちを向いたり、、、、)
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 いままさにクエの季節がやってきた。
天然のクエは、プロの漁師でさえ月に何本も獲れないという“幻の魚”として珍重されているが、
今は紀州の方で養殖されるようになったようだ。

その美しい白身が奏でる上品な味わいは“フグよりも旨い”と言う人も!
今夜は二十二キロもある大きなクエだったとのこと。
節約してお刺身と小さなクエ鍋をいただいて、仕上げは野菜の白味噌で〆。
満足な一夜でした。

a0031363_18101234.jpg(まずは厚岸の牡蠣で、いただきま〜〜〜す!

ワインは少し冷やしたシャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォー)

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(薄造りははじき返すような味わい、お鍋は弾力のあるゼラチン質と淡白な白身のバランスが絶妙)

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 〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<クエづくし>は
http://keico.exblog.jp/17019862/
2012年12月19日 水曜日 その一 晴れ 寒い
クエづくしの夕食とシャトー・ドゥ・ピゼイのヌーヴォーを



by pretty-bacchus | 2015-12-02 23:59 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(2)

早や師走、黄葉のもとに曼珠沙華の葉が震えていました
2015年12月1日 火曜日 晴れ

 早や師走となってしまった。
怖い怖い、、、、あと三十日で新しい年がやってきてしまう。

 北陸新幹線での旅はやはり少し疲れたようで、少しお寝坊。
一泊なので下着だけであとは着の身着のままなのに、なんといってもカメラ二台と
Macと電源を持ち歩くというのが旅の疲労を倍増させているのかもしれない。
なんとか考えなければならないな、、、、。

 妙高での九十二歳の御仁、同い年の京都のふくみ先生。そして九十五歳の母三保子。
それぞれに凄いパワーを持って一日一日を送り、人生を創り上げているのに、
なんと私はだらしがないことだろう。

 刻々と変わる借景の初冬の日差しを愛でながら今後のことをいろいろ考えてしまっている、、、、。

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 街角の木も色好き始めて、、、、
あらその下の真っ暗な土手のうごめくものが、、、、
1S06400にしてそっとシャッターを押した。
きれいに揃った彼岸花の葉っぱでした。
こうして来年の秋まで寒さに震えているのでしょうか、、、、。
なんだかとても可愛そう、、、、。

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by pretty-bacchus | 2015-12-01 23:58 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(4)

北陸新幹線に乗って上越妙高にやってきました
2015年11月29日 日曜日  その一 北陸新幹線車内にて

 午前の予定だったが少し遅れてしまって、東京発13:56分に乗車できた。
初めての北陸新幹線の久しぶりの汽車に乗っての二人旅。
なんだかわくわくしますね、、、、。
飛行機もいいが、就航したばかりの新幹線というのも楽しさいっぱい。
“汽笛一声新橋を、、、、” 明治五年に東京>横浜間を発した汽車はどんなにか楽しかったことだろう。

 北陸新幹線は1997年に東京駅 - 長野駅間が「長野新幹線」として部分開業していて何度か乗ったことがある。
今年2015年3月14日に長野駅 - 金沢駅間が開業し、新型新幹線車両「E7系」で
東京駅 - 金沢駅間を最短2時間28分で結ぶのだ。すごい時代になってしまったものだ。

北陸新幹線スペシャルサイト
http://hokuriku-w7.com/about/
北陸新幹線スペシャルサイト
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 きれいな車両の十一号車。正面の十二号車がグランクラスという特別展望車両だが、
前の方の席はすでに満席のよう。

 遠くに見えている山はどこのだろう〜〜〜〜〜?
“今は山中 今は浜 今は鉄橋渡るぞと
思う間も無く トンネルの 闇を通って広野原、、、、、”

“汽車 汽車 ポッポ ポッポ
     シュッポ シュッポ シュッポッポ
          僕らをのせてシュッポ シュッポ シュッポッポ
               スピード スピード 窓の外
       畑も とぶ とぶ 家もとぶ
             走れ 走れ 走れ 鉄橋だ 鉄橋だ たのしいな

川田正子さんが歌っていた童謡がなつかしい、、、。

a0031363_0434652.jpg(クリックして画像を大きくすると所要時間などが見られます)

 東京>上野>大宮>高崎>のあと軽井沢の林をすぎて長野とあっというまに時が過ぎてしまった。
あと二十分ほどで上越妙高着、上越妙高着15:44予定。
ここで降りる乗客はあまりいなかったので、皆んな富山や金沢にいくのかしら〜〜〜?

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(到着一分前の車窓から、、、)

 今夜は妙高でのSさん主催の<シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォーの樽割の夕べ>に
ご招待いただいている。
九十二歳の御大にお会いできるのがなによりも楽しみ!

汽車 汽車 ポッポ ポッポ
     シュッポ シュッポ シュッポッポ
         汽笛をならし シュッポ シュッポ シュッポッポ
                 ゆかいだ ゆかいだ いいながめ
            野原だ 林だ ほら 山だ
                  走れ 走れ 走れトンネルだ トンネルだ うれしいな

 そして、、、、
新しい駅には、おかやま館のご主人様が車で出迎えてくださっていた。
“お久しぶりです〜〜〜”
親友の藤原さんのお友達で、町長さんもなさってらしたし今は全日本スキー連盟の理事をなさってらっしゃる。
宿までの小半時の車のなかでで、東川の山家さんとも電話でお話しなさったり、
トニーザイラーのお話しやらいろいろと現地着まえにすでに話題満載。

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(以前の長野からの在来線の妙高駅より、今度の新幹線からの方がカナリ遠い、、、。
岡山さんの車の車窓から、、、、霧にうごめく妙高の山並みが見え隠れしていた、、、)

 妙高の溫泉にゆっくり入って一休み。
さあ、これから宴会?です。

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(おかやま館は改築がすんで、きれいな洋室ができていた。
お部屋の前の教会は時をつげていた、、、、
数日前に降った雪が少し残っているが、今日は雨模様で道は滑らないようだ、、、、)



 
by pretty-bacchus | 2015-11-29 23:58 | ♢Journey inJapan国内旅の記録 | Trackback | Comments(0)

原節子さん、昭和の銀幕を彩ったスター大女優は人知れず静かに旅立っていた
2015年11月26日 木曜日 雨

  原節子さん。昭和の銀幕を彩ったスター大女優は人知れず静かに旅立っていた。
享年九十五歳。
小津安二郎、黒沢明など巨匠の作品群で日本映画の黄金時代をつくった女優さんだった。
笠智衆と原節子の「東京物語」は、大きくなってからみたが、
しみじみと家族というものを描いた作品だった。

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 二ヶ月ものあいだニュースが流れなかったのはなんとも寂しい。
半世紀前に、小津安二郎監督の没後に、四十二歳で突然表舞台から姿を消してしまったのだから、
今の時代の情報網にはもれたのだろうか。

しかし今日の新聞にはどれも、その死を悼み大きく扱って一面で紹介後、なかで詳しく書いていた。
<銀幕を彩った美貌>というその文言は、<銀幕>という言葉も今は死語になりかけているこの時代に、
彼女の美しさのようにきれいに紙上は輝いていて嬉しかった。

 <年々歳々花相似 歳々年々人不同>
年々歳々花相い似たり  歳々年々人同じからず

中学校の担任の萩原先生は教科書にないのに漢詩を教えてくださった。
覚えているのはここだけなのだが、今ではネットで簡単に復習できる時代になっている。

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劉廷芝の「白頭を悲しむ翁に代わる」
洛陽城東桃李花
飛來飛去落誰家
洛陽女兒惜顏色
行逢落花長歎息
今年花落顏色改
明年花開復誰在
已見松柏摧爲薪
更聞桑田變成海

古人無復洛城東
今人還對落花風
年年歳歳花相似
歳歳年年人不同
寄言全盛紅顏子
應憐半死白頭翁
此翁白頭眞可憐
伊昔紅顏美少年





by pretty-bacchus | 2015-11-26 23:58 | ♥Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(4)

志村ふくみ&洋子個展<あめつちの詩-しむらのいろを纏う> 
2015年11月22日 日曜日 晴れ

 昨年に続き浅草の「茶寮 一松」で、志村ふくみ&洋子さんの個展(展示販売会)が行われた。
<あめつちの詩 -しむらのいろを纏う> 
 二十数点の新作の着物と帯とのコラボレーションの個展。

 〜〜〜〜〜〜〜
(案内状より)
秋も深まってまいりました。この度、なつかしい浅草の「一松」で展示販売会を開催することになりました。
今回は着物の新作を始め帯とのご提案をさせていただきます。
皆さまのお越しを心よりお待ち申し上げます


 昭和初期の香りが残る茶寮一松の二階の松の間で作品は、
時間ぎりぎりまで織って創られたお作品が香り立っていました。
ふくみ先生の、紫根、紅花、刈安、藍、梔子などから織られたはんなりと華やかな<ひなぎく>、
刈安、藍、梅の匂い立つような<花更紗>、紫根、臭木の<紫勾欄>、
そして洋子さんの臭木、紫根の新しい息吹いっぱいの<私はぶどうの木>、
そして何本かの帯と、二十数点が所狭しと輝いていました。

 植物から命をいただき染め織る志村ふくみ先生のお作品とその精神に魅せられて四十年。
その果てにそのほんの一部の精神を学ぶべく、第一期予科に三ヶ月半を京都に通ってしまったのでした。

http://keico.exblog.jp/17654086
2013年4月16日 火曜日 晴れ
志村ふくみの<アルスシムラ>開校式&入学式とレセプション

http://keico.exblog.jp/18337879/
2013年7月31日 水曜日 雨のち曇り
<アルスシムラ十五週目>最後は嵯峨の都機工房で卒業式

http://keico.exblog.jp/21760800/
2015年10月17日 土曜日 晴れ その一
志村ふくみの<アルスシムラ総会>が晴天の清涼寺で

 先生がたの新しいお作品にもまして、文化勲章をいただき超多忙なふくみ先生は、
いつにかわるざるにこやかに優雅に凛としてお客様に接してらっしゃって、ただただ感嘆!
お客様のなかには書家の矢萩春恵さん、写真家の大石芳野さん、美術館館長さんのSさんなど、
長い間のふくみファンの方々が新しいお作品に魅せられていらした。

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(昭和の中頃の戦前からある会席の名門店は、その名の通り古いガラス戸の一松の模様が夜目に明るい、、、)

(門をくぐって池の端を渡って正面玄関へ。
二階に上がると眼前に<松の間>が。今夜はお二人のお作品が所狭しと展示されていた)
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(写真家の大石先生がふくみ先生のお作品でいらして、ふくみ&洋子のツーショットを撮り始めた。それをカシャッと、、、)

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(私もいれていただいて、、、、、すみません〜〜〜)

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(書家の矢萩先生も写真家の大石先生も、ふくみファンで、いつもいらしてらっしゃる)

 七時からはお隣のお部屋で会食。
洋子さんが、先だって皇居宮殿での文化勲章の親授式の模様などを話された。
その日のふくみ先生のお召し物は、ヨハネ黙示録にもでてくるニガヨモギで染められたご自作で、
宮中での儀式には色留め袖という昔からの風習をご自分が創り上げた染めと織りの芸術で通したのでした。

文化勲章、人現国宝、書家(矢萩さん)、写真家(大石さん)、宗教家、編集者、漫画家(萩尾さん)、
美術館館長などと蒼々たる方が二十四人の中で、普通の人はケイコサンだけというわけで、
でもおもしろかったです。
お隣にはふくみ先生の次女の潤子さんがいらしてくださり、ふたときがあっというまに過ぎていきました。

 不思議な大きなお力を醸しだすふくみ先生とその作品群は、壮大な自然界からいただいき
人の手によって創られた地球の源の命の泉の色と香りにあふれていました。

 京都国立近代美術館では、2016年2月2日から、
<文化勲章受章記念 志村ふくみ ―母衣(ぼろ)への回帰― >という展覧会が決まり、新しいお作品の構想に燃えていらしたふくみ先生!

体の芯に力があふれてくるような一日に感謝して、、、、。

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(求龍堂のふくみ先生御担当の三宅さんと撮る大石先生)

(三宅さんご担当の力作は、下のブログに少し書いています)
http://keico.exblog.jp/17660595/
2013年4月20日 土曜日 雨
志村ふくみ著 「伝書 しむらのいろ」を読みながら

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(今夜の料理長のお品書きは<秋惜む頃の御献立>)


#IMAGE|a0031363_039664.jpg|201511/25/63/|mid|1124|751#]スピーチの方

#IMAGE|a0031363_039664.jpg|201511/25/63/|mid|1124|751#](先生と、、、、)

 おいとまする前に記念写真!

#IMAGE|a0031363_0401276.jpg|201511/25/63/|mid|984|666#](郡山からかけつけられたIさんと先生と、、、、、)







(今日の大失敗は、フジのカメラをもっていかなかったこと。
使いこなしていないSony DSC-RX100M2でなんのか記録を残せましたが、それは
CarlZeiss Vario-SonnarT*,10.4- のおかげでしょう)


 〜〜〜〜〜〜
 昨年は二月に<志村ふくみ卒寿記念展(東京)― 京の『いろ』ごよみ>
http://keico.exblog.jp/19498883/
2014年2月21日 金曜日 晴れ
真央ちゃん&志村ふくみ卒寿記念展― 京の『いろ』ごよみ




by pretty-bacchus | 2015-11-22 23:58 | ♠Art&美術,詩歌,展覧会,お稽古 | Trackback | Comments(17)

国産小型ジェット機MRJの初飛行おめでとう
2015年11月11日 水曜日 晴れ
 
 大事をとって外にでるのはやめにした。
Kちゃんがつくってくれたチャーシューやミートソールやジェノヴェーゼは、オジサマに
駅までとりにいってもらって、、、。
ありがとう!

 国産の旅客機として半世紀ぶりに開発が進められている小型ジェット機MRJの初飛行が実現した。
思えば、プロペラ機の「YS-11」以来、半世紀ぶりとなる国産旅客機の初飛行なのだそう。

なんだか胸がわくわくする。
就航するのはいつなのだろう。
命あるうちに乗ることができるのだろうか、、、、。

https://www.facebook.com/jal.japan/

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by pretty-bacchus | 2015-11-11 23:58 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(4)

時は無情にもとどまることなく過ぎていく
2015年11月10日 火曜日 雨のち曇り

 少し風邪気味。
明後日から出かけなければいけないので、大事をとって午後遅くにクリニックへ。
ホームドクターになっているMクリニックの先生は、他の病院での結果などもPCに入れてくれて
フォローしてくださり、とてもありがたい。
昨日のこともお話しして相談にのっていただいたが、今の大学病院の上下関係はとても大変なようで、
さもありなん、、、、。

 髪をきれいにしておきたくて寒空にでかけた。
街にもクリスマスツリーが飾られ始めて華やかさの中に寂しさ一杯。
時は無情にもとどまることなく過ぎていく、、、。

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by pretty-bacchus | 2015-11-10 23:58 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(2)

病院の後は、六本木けやき坂のクリスマスイリュミネーションを楽しんで
2015年11月9日 月曜日 曇り後雨 病院

 暗い午後はじめに病院へ。
御所西の坂の落ち黄葉がきれいだった。

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(赤坂御所の西側の坂を昇って権田原への道は、枯れ葉が一杯。車窓から、、、)

 乳腺センター、外科・消化器センター、内科の予約をいただいていた。
血液検査、CT、超音波と検査が終わって、それぞれの先生方のお話をうかがった。
一階、二階、四階といったりきたりで、終わったのは四時半で薄暗くなっていた。

 六ヶ月に一度の検査も再発なし、九月に二泊三日で入院で切除した大腸のポリーブも
悪性でなかったので一安心。
全開の検査で外科消化器センターのY先生が、内視鏡検査のデータを画面でいろいろ見せてくださり
採取されて病理検査にだされたポリーブは悪性ではなかった、、、ホ〜〜!
でも、横行結腸のあたりに腸壁にへばりつくようにヒルのような細い長方形で30mm弱ある腺腫だそうで、
このままおくとガン化の可能性もあり、大きくなると内視鏡では採れなくなるというので、
九月に入院したのだった。

 でも血液検査で三人の先生が少しずつ違う判断をなされて、少しばから病院不信になった。
この病院は四年半前からおせわになっていて、それぞれの科の行き来がよく情報を共有してくださるのが
気に入っていたのだが、今年の二月にS先生がお辞めになった頃から病院の雰囲気が変わってきた感じ。
すべて専門の先生におまかせするのが私の主義なのだが、考えのさねばならないかもしれない。

http://keico.exblog.jp/21476515 
2015年7月21日 火曜日 晴れ 検査の日
極暑の一日は大腸内視鏡検査でした

http://keico.exblog.jp/21520677
2015年8月3日 月曜日 晴れ 病院
悪くならない前に入院決定、暑く長い一日でした

http://keico.exblog.jp/21633232
2015年9月9日 水曜日 雨 台風十八号 内視鏡手術
台風十八号が荒れ狂う日に大腸の内視鏡手術をうけました

 疲れ切っていたが、タクシーをやめて、やってきたチーバスで六本木ヒルズまで。
先週から灯ったイリュミネーションをみておきたかったのだ。
六本木けやき坂通りは400メートルにも及ぶ六本木ヒルズのメインストリート。
ホテルからテレ朝まで降りる坂道にはいろいろの草花が彩り、数十本のケヤキの樹が
東京の緑の新しい街並をつくってきた。
クリスマスの前にはLEDで単色の美しいクリスマスツリーになって東京の名所にもなっている。

 薄暮の最後の空の色、五時のチャイムの瞬間に灯った蒼いイリュミネーションに心が躍った。
それにしてもあとわずかで本当のクリスマスの日がやってきて、今年という年も終わってしまうのだと思うと
なんとも言えない気持ち。
どうしよう〜〜〜。

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(4:55 チーバスのバス停からルイヴィトンのショーウィンドウを)

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(信号を渡りながら、、、。まだイリュミネーションはついていない、、、、)

 午後五時のチャイムとともにいっせいにケヤキの木々に光が灯った。

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(遠くに東京タワーの灯が見えている)

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(今年は新しい照明ができて、このハートはスマフォで操作すると色がいろいろ変わるのだそう、、、、)

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by pretty-bacchus | 2015-11-09 23:59 | ★Hospital 病院、病い、お洒落 | Trackback | Comments(2)

朝の五時から翌朝の一時まで長い一日となりました
2015年10月17日 土曜日 晴れ その二

 体調不全だったが、ふくみ先生のパワーをいただいたようでかなり元気になったよう。
ホテルに帰り、
少し時間があったので、スパのマッサージをうけたあと半時ほど仮眠。

 夜は、Yさんのお招きで鴨川に面したイタリアン&バーで遅めの食事。
彼女とは今年初めてあったので話がはずみにはずんで、、、。
一緒にイタリアを旅してからもう二十年もたっていることに感慨を覚えている。

http://keico.exblog.jp/i66/
カテゴリ:Journey海外'95ヴェニス英国北欧

http://keico.exblog.jp/20034350/
2014年7月25日 金曜日 晴れ
ヴェネツィアへは空港からモーターボートで入りましょう!

http://keico.exblog.jp/19861610/
2014年6月1日 日曜日 晴れ
1995年のパリ、英国、北欧、ヴェローナ、ヴェネツィア、ボルドー

a0031363_19397.jpg(ヨシエさんのお部屋の前で、、、)

ヴェニスから小一時間ほどの小丘の歴史地区一角にあるホテル ヴィラ チプリアーニは、
二十数部屋の小柄なホテルでお料理もおいしく、私たちはヴェニスの帰りにはいつもここに寄っていて、
連れ合いはシェフとも親しくなってキッチンへの木戸ゴメン。
かってエリザベス女王もいらしたことがあるという名旅籠。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 まず二週間前の彼女のお誕生日に乾杯!
二人とも歳を重ねてとうとうこの歳になってしまって、、、、。
彼岸に旅だった友人達もちらほらで、<年々歳々花相似 歳々年々人不同>。
今日の志村ふくみ先生の世界の話も延々と、、、、。
彼女も何度も先生にお目にかかっているし、京都の方なのでいろいろと最近のお話しも
うかがうことができて愉しい一時。

 遅く始めた食事だったので、すぐに真夜中になってしまった。
カウンターのお隣にはお座敷を終えた祇園の芸子さん達が着いて賑やかな声が流れ始めた。
その後ろ姿の美しさに、思わず
“美しいですね〜〜! 後ろから一枚よろしいですか〜〜?”とカメラを向けたら、
“どうぞ、後ろでなく、前でどうぞ〜〜〜。一緒に撮りましょか〜〜〜”
身が軽くすぐにスリーショットとあいなりました。

a0031363_1146352.jpg(木屋町通りからこのエントランスを歩いての奥にお店はある)

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#IMAGE|a0031363_1145413.jpg|201510/22/63/|mid|1124|751#]

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 木屋町をずっとお池まで歩いて、もうくったくた。
朝の五時から翌朝の一時まで、、、、本当に長い一日となりました。

http://keico.exblog.jp/21760800/
2015年10月17日 土曜日 晴れ その一
志村ふくみの<アルスシムラ総会>が晴天の清涼寺で

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by pretty-bacchus | 2015-10-17 23:59 | ♢Journey inJapan国内旅の記録 | Trackback | Comments(4)