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今年最後のシャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォー樽の会は雪国で
2017年11月29日 水曜日 晴れ 妙高へ

 北陸新幹線で東京から上越妙高へ。
東京駅で信じれないことが起こって出発が遅れた。

 東京駅のタクシー降車場は、止まりっぱなしの自家用車で一杯で中に入れず、、、、。
表の道路でおりることになってしまった。

 緑の窓口でかなり並んで、グリーン指定席と乗車券をクレジットカードで購入した。
いつものように窓口でジパングで切符を購入、東京から妙高高原の往復。
帰りは伸びても良いように四日以内の最終便をとっている。いつもそうしている。

少し早く家を出たのでゆっくりした気持ちで切符売り場にいた。
いつもとまったく同じパターンなのだが、今日は切符売り場には外国語を話す東南アジア系の客が十数人で
アーもないコーでもないと変な英語で五つのカウンターの係が困り顔だった。

すぐに出る列車にはぎりぎりなので、一時間後の列車にした。
“東京から上越妙高の往復です。こちらが出発用と、指定席と乗車券を二枚重ねて、
“帰りはこちらですから、袋にいれて、とカウンターにある小さな切符用の袋に入れてくれた。
親切な美しい女性だった。

 次の列車には充分な時間はある。
この東京駅は、地下に降りないと珈琲一杯飲めない。大丸で買い物をする時間もないだろうと、
早めだが中央改札を入った。
コンコースの途中のおにぎりやさんでお茶とおにぎりを買って、すこしゆっくりできた。

 左側の二十一番の階段を数段登って、北陸新幹線の乗り場の改札へ。
中に入ると待合室があるというので改札に二枚を重ねて入れた。
ガシャッと前の小さなゲートが閉まってしまってしまった。もう一度トライ、同じにダメだった。

係員は別の人にかかりっぱなしだし一人しかいないよう。
“あの〜〜〜すみません、、、、”と、言っても、こちらを見てもくれない。
別の人も、あの、、、と寄ってきている。
それでも前の人のが終わると、先に声をかけた私のことをみてくれた。
“ゲートが閉まってしまうのですが、、、、”
“これじゃ入れませんよ。どこにいくのだすか?”
“切符通りで上越妙高までです。北陸新幹線ですよね。とわたし。
(上越新幹線というのもあるのだから、これだけでもすでにややこしい)
“乗車券は越後湯沢までですよ”
“え〜〜?”
さきほど八重洲口の一眼大きな緑の窓口で購入した旨を伝えて、領収書をみせた。
“おかしいですね〜〜〜”
“ここはJR東日本ですから、切符をかったのはJR東海ですから、何もできませんよ。もどって買い換えて下さい”
“え〜〜〜? それって、両社はうまくいっていないのは読んだことがありますが、今切符を買って入った私は
どうしたらよいのですか?”

今日は暑いし、コートも着ていて荷物ももっているので、頭から汗がだらだら流れている。
“どうしてもこれに乗らないとならないのです。なんとかしていただけませんか? もうすでに
一列車遅れているのです。九十四歳が待っているのです、、、なんとか乗せて下さい” 深く頭を下げた。

 少し考えていた彼は、“ついてきて下さい。少し歩いて一番近い切符売り場へ。
と、ちょうど別の男性がやってきて彼に説明してくれた。
偶然にJR東海の人のようで、普通なら一度外へでて、購入した売り場で交換なのだそうだが、
困り果てて汗だくなオバンをみてか、時間が無理かと思ったかはわからないが、二人で何か相談して、
“ここを動かないで待って下さい。購入したクレジットカードを貸してくください。

カードを預けるのをためらったが、だんだん時間もなくなるし、彼らにまかせるしかないだろう、、、、
ここは日本なのだから、と判断。
十数分で新しい切符が発行されて持ってきてくれたが、今度は出発までに時間が迫っていた。
“ついてきてください。普通の改札は通りませんから、着いたら係員に切符をわたして下さい”
“はい、ありがとうございます”

若い男性だから歩くのが速い。
ふうふう言いながら、二十一番線のホームの端から歩き始めた。
グリーンは一番先の十一号車扉だからはるかかなたで見えない。それでも係員が誘導してくれているので、
各扉前に並んでいる人達も少し道を空けてくれながら、ようやく十一番についたのは、発車二分前。
“よかったですね、、、” “よかった〜〜” と同時に声にだしていた。
“ありがとうございました、、、”と頭をさげながら、思わず涙がでてしまった。

ともかく乗り込んで、席についたら、まだホームにいて下さった。
本当にありがとうございました。お名前を聞くのも忘れてしまったが、
これは日本だからできたことなのだろう、、、と、窓口の女性のミスなのに、責める気持ちも薄れていった。

 車内は満席で、あまりの息切れと汗に、お隣の中年男性が
“大丈夫ですか?” 
“はい、ありがとうございます。すみません、、、数分したら汗も引くでしょう。
お見苦しくて申し訳ありません、、、、”
足下にガラガラバックを収納。肩からかけたカメラバックをその上に、PCが入ったトートバックも足下へ。
いつものことだが一人旅の時は、自分の両手でマネージできる数しか持って歩かない。(当たり前ですね!)

 ようやく落ち着いたのは上野もすぎて大宮あたりからだった。
気がつくと今日はなんと空がきれいなのだろう。

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 少し落ち着いたのでiPadでメールをチェック。
昨日午後に発生した日本郵便の問題が気になっていた。
家を出て数時間のあいだにすでにトナミの部長さんがオッフィスにわざわざいらしてくださったようで
ありがたい、感謝!

それにしても今回の日本郵便の対応の悪さはひどすぎる。
14日着の<生もの扱いの新酒>が27日になってもある方の処に着いておらず、
局に照会しても伝票の照合にも応じないのだそう。
そのあいだに局は自分のほうでいろいろ調べたようで、誤配の可能性があるレストランを勝手に訪ねて、
勝手に取り戻そうとしていたのだ。(過ちを求めずに隠そうとしているのは明らか。)

連れ合いにまかせると正論でぶつかってしまうから事が大きくなってしまう。
(郵便局にはお世話になっているから穏便にクレームをしたいのだ)
私が帰京するまで待って欲しいと言ってきたのだが、すでに麹町郵便局を訪ねて局長にあい、
話がつかずその本局の市ヶ谷局にまで話が及んでいるかんじ。
こうなっては後は彼らにまかせることにしよう、、、。

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 車窓の景色は数十分ですでに<旅の空>!
空が飛び雲が流れて、、、、建物が走る、、、、。
いいいな旅って! 二泊三日を半分仕事とはいえ、少しゆっくりしましょうね。と自分に言い聞かせる。

 膝さきのバックからカメラをだしてカシャカシャ、、、。
まもなく浅間山がみえてきて、軽井沢あたりの家並みを走って、一時間少しで長野!
なんと今では1時間46分であの妙高高原駅についてしまうのだ。

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 京都から金沢経由で着いた、今夜のお客様のお姐さんたちを迎えに来ていた宿のバスが
待っていてくれた。良かった!
冬の雪国は暮れるのが早い。明るい内についたのに、赤倉の宿に着く頃には日はとっぷり暮れていた。

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(バスの車窓から途中の雪を)


 S山荘にまず全員おじゃまし、マロングラッセとお紅茶をいただき、それから対めんの旅荘おかやまさんへ
チェックイン。
ここの溫泉はとてもよいのだが、順義のお手伝いをしなければならないから、
ゆっくり入っている時間はないだろう、と諦めた。

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 今夜はS氏主催のシャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォーの樽を開けての五穀豊穣のお祝いの会。
ご近所の方やいつもお世話になっている先生方が上越市からもお招きをうけている。
住み慣れた京都を離れて、最晩年を若い頃に過ごされたこの山荘で送ることになさったのは今世紀の初めで、
以来十七年毎年こうして晩秋の会をオーガナイズなさっていらっしゃるのは弱い九十四歳になられる御仁。

フランスイタリアドイツなどからマイセン、リモージュをはじめ、美しい品を戦後の日本に紹介なさった方。
美術会にも茶の世界にも精通していらっしゃるので、千家の宗匠も、ふくみ先生も時にはいらしゃって一時を
すごされている。
この赤倉の妙高高原に西欧文化とともに京文化も導入することに成功している感じ。

私は1970年代初めのエーフランスのパリの駐在員時代に初めてお目にかかってから、
いろいろ教えていただいているので、かれこれ四十七年になる。
厳しい方だが、それはそれはお優しい方なのだが、普通のおつき合いではそれが解らない方も多いに違いない。

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(乾杯〜〜〜!)

 今夜のお客様は十数人であとは岡山さんのお身内の方とかも参加なさって六時半に会は始まった。
岡山さんは、赤倉が村の時代の村長さんもなさっていてこのあたりの重鎮の方。
彼の開会の弁から始まって、乾杯はT教授、そして私がすこしばかり今年のモルゴンの気候とワインの
出来具合などを短く説明。
お料理は土地のもの、ご到来の京都からのお品といろいろ。
宿のお嫁ちゃんのカニ牡蠣グラタンやローストビーフも美味!

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(ヤスヒロさんはパリから帰ったばかりで、まだ少しお疲れ気味)

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(樽はやはり一味違うね、、、と御大。
御大はイイオカオをなさっていますね〜〜〜! とても九十四歳とは思えませんね)

#IMAGE|a0031363_04071139.jpg|201712/02/63/|mid|922|615#]
(最後にきれいどころが全員は言って記念写真!)


 御大は中心にお座りになり満足そう!
こうして真夜中まで和気藹々となんとも素晴らしい五時間がすぎていったのです。

来年は造り手のパスカルデュフェートルを日本にお呼びしたいですね、、、と来年への夢が繋がりました。
お元気でいらしてくださいね、我らが御大!



by pretty-bacchus | 2017-11-29 23:59 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)

カメラの動画からyoutubeへアップ、さらにブログへがようやくできました?
2017年11月25日 土曜日 晴れ

 出来た。ようやく出来た。
フジフィルムX-T20の動画で撮った数分をなんとか私のYouTubeのPrettyBacchusに
アップしようと、時間があると研究していたが、ようやく出来た。

 iMovieのプロジェクトにアップしてから少し編集してからと思ったが、
それをしなくても、デスクトップにおいた動画のm4vから直接アップロードが可能であった。

 まずは、最初の試写のトランプ米大統領の会談場所の赤阪迎賓館
http://keico.exblog.jp/237965481/
トランプ米大統領の会談場所の赤阪迎賓館の周りを歩いてみました
2017年11月6日 月曜日 晴れ

https://youtu.be/A8LZrs9Usr02017年11月7日 土曜日 晴れのち曇り
トランプ大統領来日の迎賓館の前



 これがうまくいくと、翌日の十一月七日の水谷八重子さんの
水谷八重子<愛の賛歌>
<37年前 日比谷中が停電した この11月7日 祈りをこめて 愛の讃歌 心の底から歌います>
の一部も可能になる。

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(八重子さんのお許しをいただいています)
by pretty-bacchus | 2017-11-25 23:57 | ♠Photo,Mac写真/カメラ/マック | Trackback | Comments(0)

横綱白鵬さんとプーリア州の羊のチーズのブッラータ
2017年11月24日 金曜日 晴れ

 一昨日の、右腕をあげての待ったが認められずに負けてしまって、
三十秒の不動の姿でたちつくした白鵬関。
最高位の横綱故にいろいろ批判をされてしまっているが、今日の宝富士との取り組みは
またまた話題になるだろう、、、、。

 立ち合いから一気に押し込んで突き押しと思いきや、宝富士にひらりと左に回り込まれ
かわされて土俵際ぎりぎりに後ろ向き、つんのめって背後を取られかけたが、
ここからが速かった。
すごい速さですぐさまヒラリと向き直って立て直しを図って組むが、またまたぐらり、、、。
再び泳がされて押し込まれたが見事に持ち直して、白鵬がひらりひらりとはたき込みで
逆転し宝富士を下したのだ。

持ち前の足腰で残して窮地を脱したのだ。
手に汗を握りながら、あれれ、、、と一声二声を発する間もなく勝負は終わった。
横綱も苦笑いを浮かべていたが、、、、。

「いるはずの人がいなくなった」とさすがの横綱白鵬も驚いていたよう。
そのあとのインタビューもよかった。
「立ち合いで決まったと思ったけどね。土俵際は何があるかわからない」
「二回目は余裕をもって残せた。俊敏に体が動いている。攻めるだけが横綱じゃない。守ることもね。
相撲感と度胸感があったね」と胸を張った。守り抜いても横綱なのだ!

三横綱が休場の九州場所を今回も<一人横綱>で頑張っている白鵬関。
それを別な手段で引きずり下ろそうという日本人親方がいるというから困ったことだ。
現在の相撲界をささえているモンゴル源流の力士=チカラビトを温かく見守っていきたいものだ。

 そんな話をしながらいただいたのは、昨日Mさんからいただいたウオッシュチーズのいろいろ。
モッツアレーラはいただいたことがあるが、ブッラータは初めて。
イタリア南部のプッリャ州アンドリアとその周辺での名産となっている羊のチーズだそう。
DOPではないが、プッリャ州では手作りを重んじアルティザン・チーズとして確立されていて、
イタリア国内では「PAT(Prodotto agroalimentare tradizionale、伝統農業食品)」に
指定されているのですって。

トマトとハーブと脇にお塩で美味。
今夜はまだまだガメイのワインでしたが、一クラス上にシャトー・ドゥ・ピゼイですから
バッチリのマリアージュでした。
ありがとうございました。

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(エキストラヴァージンオイルをたっぷりとかけて、、、、)

 プーリア州 といえば、あのアルベロベッロの町やバーリがある州。
車の中からただ一枚撮れたあの羊さん達のお乳からつくられたチーズなのだ、、、と思うと
度の思い出が甦ってきて、、、、ウ・レ・シ・イ!

ブログにも何度も書いているので、アルベロベーロで、右サイドバーの検索をかけてみた。
ありましたね、、、沢山。

ブログっていいですね!
遠い日の旅の記録の写真をブログに載せて、いつの日か記憶をたどってそのブログで、
旅の素敵な思い出にしたれるのですから!

http://keico.exblog.jp/237977344/
2017年11月10日 金曜日 晴れ
エンジェルのカーテン揺れて昔の旅を想いだし、、
(2003年の年賀状につかった世界遺産のアルベロベーロ。
羊もその旅で走る車から撮ったたった一枚のスナップ写真。)

http://keico.exblog.jp/23697981/
2017年3月4日 土曜日 晴れ
クラシックCDジャケットに使っていただいた写真の思い出
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カラブリアの草原の羊(イタリア)
(イタリアの三角お屋根のアルベロベーロに滞在して、翌日チロマリーナからカラブリア州に
入ったあたりでの、草を食む羊、、、車の窓からのたった一枚のスナップだった)

http://keico.exblog.jp/21951315/
2015年12月18日 金曜日 晴れ
久しぶりに<デザイン工房 プレジールドゥヴィーヴル>のオープンで年賀状を
(アルベロベーロに滞在して、チロマリーナからカラブリアに入ったあたりでの、
草を食む羊、、、車の窓からのスナップ)

http://keico.exblog.jp/3145686/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに


a0031363_16205747.jpgもう一つは、このたった一枚のスマップを細田さんは、CDの中見開きに使ってくださったのだ!


http://keico.exblog.jp/20675808/
2015年1月6日 火曜日 曇りのち雨
十二年前の未年の年賀状、そして次の未年は?

http://keico.exblog.jp/16983306/
2012年12月13日 木曜日 晴れ
旅で撮った世界遺産の写真で年賀状の記録

http://keico.exblog.jp/12508218/
2011年5月1日 日曜日 曇り後雨、風強し
<聴きたくてグリーク&シベリウス>のCDカヴァーの写真

http://keico.exblog.jp/10682101/
2010年5月24日 月曜日 雨
思い出の千代紙遊び五月雨 >>五月雨千代紙遊びの思い出や

http://keico.exblog.jp/10584167/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに
(イタリアの世界遺産、アルベロベーロの坂道と途中で会った羊さん=未年だったので、平成十五年)
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a0031363_23301247.jpg(カルスト台地の羊飼い、ピレネーオリエンタルの写真展の折りに、2006年に1998の旅を)

http://keico.exblog.jp/8789602/
2009年8月9日 日曜日 
せつなくて、、、ふさぎこんでしまった日曜日
(母の写真とセルフの写真が、、、)

http://keico.exblog.jp/8565033/
2009年7月4日 土曜日 曇り
週末は Memoire de Voyage

http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

http://keico.exblog.jp/3145686/
2006.02.05
夕陽うけ エンジェルの笛 春を呼べ

by pretty-bacchus | 2017-11-24 23:58 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(0)

シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォー樽割りの東京で最後の会
2017年11月21日 火曜日 晴れ Nの会

 寒空に東京で最後のボージョレヌーヴォーの樽割りの会。
例年のように半藏門のフレンチレストランアルゴで四十人の男性だけの会。

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 オーナー深尾さんのご厚意で冷製と温製のあとにデザートが続き、いずれも
ガメイの新酒にあうお料理。

 アルゴの皆さんもすっかり慣れてくださり、ありがたいことです。
事務局の私たちは、ライブラリーの片隅で試食をしながら堪能。
二時間半の会のあとには15リットル(20本分のボトル)と数本のボトルが空になりました。

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(マネージャーの山根さんが樽から移した最後のキャラフを!)


 今年はすでに六個の樽割りに出席してしまいました。
老体に鞭打ちとはこんなことをいうのでしょうか、、、。
そろそろ引退を考えねばならないでしょうね、、、。

 〜〜〜
今夜のお料理は
Froid
 新潟産天然鰤のスモーク 高農園の野菜のピクルス
 ノルウェーサーモントラウトの低温コンフィ
  いわい鶏と八幡平ポークのガランティーヌ
 コールドビーフとクレソンのトルティーヤラップ
 小海老の生春巻き スウィートリソース
 スモークカマンベールとフルーツガーリックのピューレ
 コブサラダ
Chaud
  帆立貝のポワレ 高農園の野菜たち
  真鯛のソテー 里芋と高農園のカリフラワーのロースト
 Lisaトマトのソース
小海老と茸のアメリケーヌソース
国産豚バラ肉のコンフィと白いんげんの煮込み
牛フィレ肉のグリル 高農園の彩人参 赤ワインソース
豪州産仔羊のロースト カービングサービス
ペンネペスカトーレ

パン

Desert
パティシエ特製デザート

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by pretty-bacchus | 2017-11-22 23:59 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)

黄葉の借景に赤い林檎とシャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォー
2017年11月19日 日曜日 晴れ

 寒い朝だった。
空気がきれいで鶏たちの声が聞こえていた。
昨日と今日をゆっくりしたら、だいぶ元気になってきた。
たまった新聞なども読み、あとはソファーに座ってMac三昧。
一週間あけてしまったブログも遡ってほとんど終わった。

 右前方の借景の木々が黄色みはじめ、陽が当たると一刻一刻と景色が変わって葉が動いているよう、、、。
エンジェルのカーテンが笛を吹き、シャガールの鳩が歌っているよう、、、

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 夕方には遠くのビルに夕陽のハレーションが輝き始めて、遠い街に旅をしているような感じ、、、、。

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 令子さんから今年もまたご丹精のリンゴをお送りいただいた。
ことしは新しい<果樹園かねよ>のパンフレット<かねよの春夏秋冬>も入れていただいて、
その四ページをジックリ拝見!
化学肥料や除草剤を一切使わない<草生・有機栽培>で無袋でつくるのは、
どんなにか大変なことかといつも思っている。

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 (はるか、ゴールデンデリシャスの自然交配種、特大はふじの枝変わりの天星、
 ひらべったい大きいのはフジX世界一美丘、という説明も入れて下さって、、、)

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(りんごの魅力や美味しい食べ方も、、、、)

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 りんごや桃の果物をつくる苦労は、葡萄をつくる苦労に通じるものがあり、
その上シャトー・ドゥ・ピゼイのパスカルデュフェートルの情熱と仕事ぶりに共鳴なさって下さる令子さんは、
もう何十年も前からのシャトー・ドゥ・ピゼイのファン。

毎年リンゴの収穫祭に果樹園の皆さんと杯をあげてくださっている。
今年もメールをいただいた。写真も添えて、、、、
ピゼイのヌーボー頂戴致しました。 まさに 美しい味。
今日の🍎収穫祭をピゼイのヌーボーと共にお祝いさせていただきました。
御礼に🍎と 出来立てホヤホヤのパンフレットを同封してお送り致しました。
ご笑納いただければ幸いです


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こういう交流ってほんとうに嬉しいな!
レイコサンありがとうございました。

 静かな午後がやがていき、夜のとばりがおり始めた、、、今日も一日終わってしまった。
簡単な食事のあとに、デザートは令子さんの赤いリンゴ フジ。
いただきもののダロワイヨーのオレンジピールとともに。
味覚の秋、万歳〜〜〜!

 新酒を贈り物でお送りした方々からお手紙やメールが届いて嬉しい。
一番先のお礼の留守番電話はサイスさんで、ありがとう〜〜!
“〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜”彼らしい言葉に感激!

ずいぶんごぶさたしていますが、近々うかがいたいですね。



by pretty-bacchus | 2017-11-19 23:58 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(0)

今週最後のボージョレヌーヴォーの樽はN先生のオフィスで
2017年11月17日 金曜日 晴れ 病院 N先生

 今週最後の樽割りは麹町のN先生のオフィス。
昨年は二十数年で会議室は一杯になったので、今年は十数人になさったよう。
最近は皆さん酒焼酎党が多いようで、一年に一度のボージョレヌーヴォーの樽での
お招きには喜んでいらしてくださるようだ。

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(ドアの前でH先生)

 六時半きっかりに樽のコルクを縦にしてあけ始める。
そこに蛇口をセットしてそっと横にして、空気抜けの大きなコルクをそっと抜く。
フランスの空気に日本の空気が入って、これでやっと蛇口からワインがでるというわけ。

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 皆さんが興味深く見守る中で、慣れた手つきで進めていく連れ合いはなんだか嬉しそう〜〜〜!

 厳しい気候だった今年の葡萄の出来具合などをお話しして、造り手のパスカルデュフェートルの最初の
試飲の感想などもお話しして、、、、。

パープルのカラフルな色の深みは極限まで濃く、
果実の花束はとても熟しています。
ブラックプラムやフランボワーズのオードヴィのよう。

微妙に組みあわさた沢山のスパイスの上に、アロマが
さらに重なり芳香の絵をふっくらと描いています。
白胡椒、クローブ、シナモンや甘い柑橘類のコンフィのよう。
さらにブルーベリーとカシスが重なりあい
黒い果実の海に沈み込むようです。
仕上りはとても新鮮で息をのみます。


 小一時間で私たちは失礼して次へ。
秀さんのお店は今年二十二年周を迎える。
ずっとこの日をシャトー・ドゥ・ピゼイの樽をあけてお客様に振る舞っている。
カウンターにもお部屋にもお祝いのお花が届いて、、、、お嬢様からは楚々とした
可愛いお花が毎年届けられているのがなんとも素敵!


 今年初めからの病も克服した復帰した秀さん。
どうぞこれからもずっとずっとガンバッテくださいね。

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(じゅんさんはいつもおだやかで、、、、)

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(包丁を買っていただきました)


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by pretty-bacchus | 2017-11-17 23:58 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)

ボージョレヌーヴォー解禁の夜は、ご近所の若い方々を縁台にお招きして
2017年11月16日 木曜日 曇り

 私たちの年代では、ワインやチョコレートの嗜好品を一般にいただけるようになったのは
中学生や高校生頃からだろうか。
それでも我が家では船会社の叔父がいろいろ運んでくれて、チョコレートのきれいな包み紙を
コレクションしたりした記憶がある。
酒のお客様が多かった中で、時には叔父からのワインがあったりすると、そっと口にしていた頃が
なつかしい〜〜〜。

 ワインとの関係が深くなったのは、大学を終えてエールフランス国営航空会社に入社した
1960年代中頃からであり、その後パリに駐在員としてでてからの1970年代初めからだったろう。

 四年間の駐在を終えて帰国したことにはすっかりワイン党になっていた。
連れ合いが某商社から独立して起業してからは、そのメインはスポーツやファッション用品だったが、
フランスとイタリアからの食やワインも扱ってもらうようになっていった。
その頃は、コンフィチュールやママレードや、本物のバターすら日本に入るのはすくないころで、
ワインの輸入をするには、初回は二週間も暑い税関廊下に置かれて、通関が終わった頃には
すっかり劣化していたりした。

 フランスのそれもブルゴーニュからのワインも少なく、扱う商社でも数社だけだった。
そんなときに幾つかな銘醸ワインの一つとしてシャトー・ドゥ・ピゼイを紹介されたのだが、
それはモルゴンとボージョレブランとボージョレヌーヴォーだけだった。

日本ではようやくボージョレヌーヴォーが少し知られ始めてはいた。
どうしようかと思ったが、休暇を数日いただき、すぐにパリ経由リヨンまで飛んでモルゴンの造り手を訪ねた。
(良いお話しがあったら、すぐに飛んでお話しを聞きなさいというのは、元吹田貿易オーナーの
吹田安雄さんのアドヴァイスだった)

 その土地の葡萄造りにたいする情熱、自然や人にたいする謙虚な思い、そしてその年に育った葡萄で
自然の発酵醸造のマセラシオン ナテュラーレでワインを創り上げるパスカルデュフェートルの人柄に
すっかい共感して、シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォーにかかわるようになっていった。
(そしてやがて第二次ボージョレヌーヴォーブームと立役者となっていったのだ)

 その翌年の十一月(1982年)に、ボージョレヌーヴォーの大きな樽をいくつも入れて、フランスからの
チーズやお菓子もいっしょに輸入して、日本で行われたJATA(観光国際会議)でお披露目をしたのだった。
私はちょうどエールフランスから出向してホテルメリディアンチェーンの日本代表としての仕事を
任された時だった。(その年に奇しくもJALホテルチェーンが誕生していた)

その年の会議は盛大で、昼間は催し物場と会議室での観光関係会議、夜は開催のホテルを中心に、
各国の航空会社やホテルチェーンやトラヴェルエージェントが大小のレセプションを行うことになっていた。
四年間のフランス滞在とその後のいくつもの経験で、これでは普通のかたちでは各国からの多くの人々を
惹きつけることは無理だろうと考えた。

 当時のホテルレップの栗原寛さんやインターコンティネンタル代表の若狭さんなどにアドヴァイスをいただき
そのホテルの一番大きいプレジデンシャルスイートと隣のコネクティングルームを借り切った。
部屋のベットはすべて取り払ってもらって、中心には大きな机の上に15リットル(ボトルにして20本)の
シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォーを二つと美しいワイングラス、四方に丸テーブルを配し、
そこにフランスからの珍しいチーズやジャンボンドゥパリ(ハム)や食品を配した。
まだチーズも今のように種類がなかったころで、カマンベール オ カルヴァドスはもちろん、
大きな丸いブリとかブリア サヴァランなどは日本には入ってなかったかもしれない。
(本間るみ子さんが後につくられたフェルミエさんももちろんまだ出来ていない)

このホスピタリティースイートのおもてなしは大成功を収めて、シンデレラタイムをすぎても賑わいが引かずに
二日で2000人のお客様にお楽しみいただくことになったのだった。
今でもその頃の事を覚えていて下さる方がいらして時に話題になると聞いたことがある。

その後<ホテルメリディアンチェーンwithフレンチタッチ>として私の六年の任期のあいだに
<エールランスで飛びメリディアンチェーンのホテルに泊まる>というツアーが沢山組まれたのだ。
その間にもチェーンは大きくなっていき、アジア、アメリカ、中近東と世界中に六十のホテルを有するまでに
成長し、そのオープニングの度に私は世界中を旅することになった。
しかし多忙をきわめて一日も休みを取れずに毎日真夜中まで。新青山ビル十五階の光は煌々とついていて、
ビルの管理のオジサンが心配して一時間おきに見回りにきてくれたものだ。

 その後、絵に描かれたように体を壊して退社。
大きな手術のあとに数ヶ月をゆっくり休んだが、その後は身内の会社でまたぼちぼち動き始めたのだった。 

 70年後半から90年代後半までには八十ものワイナリーにかかわるようになり、造り手を招いてのワイン会を
たくさん主催してフランス&イタリアワインや食の普及に奔走した。
なんともすさまじい四半世紀であったが、フランスの社交界にも招かれたりして、ワイン界だけでなく
美術界とかにも生まれた新しい人間関係に囲まれて、当時の日本女性としては珍しい体験をたくさん
させていただき、それはそれは楽しい人生の数十年であった。

 十年前にすっかり引退して、最晩年の静かな生活と思っているのだが、時として会に
ひっぱりだされることがあり、ま、それはそれで良いと思っている昨今。

 なつかしい思い出をたどっていたら、今年はなにかしたくなった。
そうだ、いつもお世話になっているご近所の方々を、ボージョレヌーヴォーの樽を割る会にお招きしたいなと
思いたったのは、ほんの数日前。


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数日前に突然、蕎麦ビストロの中嶋さんにお願いしてお蕎麦屋さんの一段上った縁台をお借りすることにした。
いつもは喫煙の方がでてきてぷかぷかタバコを吸うクスノキの下のほんの八畳ほどのスペース。
万が一の雨にそなえてアマゾンでパラソル&台を購入、机はAさんにお願いしたが、
パラソルとの調整がわからず断念。

いつもお世話になっているイタリアンのシェフ&スタッフ、焼き鳥屋さん、ドコモのお兄さん達。
大通りを渡った眼鏡やさんのヤマナカさん達、お隣の佐川のスタッフの方々、酒屋鈴伝さんにも声をかけた。
中ではKちゃんとAさんとT先生のお席。お隣は十人の団体さんで、解禁の日でお客様は満席のお店なので、
時間は六時半から十時半までとした。
(ほんとうはシンデレラタイムまでとしたかったのだがご近所からクレームがあると迷惑をかけてしまうので)

 メールアドレスが解っている方々にはメールで連絡、急遽イラストレーターで案内状を創って
昨日の午後に桑って歩いた。

 最高のボージョレヌーヴォーと言われているシャトーの樽ということで、皆さん興味をもってくださり、
七時を過ぎるころからだんだん賑やかになった。
中からはお野菜やソーセージやチーズ&ブレッドと、フォークを使わなくてもいただけるものを出して下さり、、、、なんと予定の十時半まで賑わったのでした!

こういうフランクな会の経験があまりない若者達が楽しそうに和気あいあいって、なんていいんだろう、、、と
息子や孫の世代の若者達とフランスの話をしたりして時は過ぎていきました。

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(ソムリエの資格をもっているKちゃんが活躍してくれて、、、、)

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(途中から、鈴伝さんにいらした女性のお客さんが湯吞みをもって現れた〜〜〜!)
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(CLOSEDの看板がでてしまいました)

 最後は、ヴァレットの岡田シェフが特製ピッザをもって現れて下さり、、、、でももうその頃には私は
いさかかダウン、、、、年をとったものです!

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 “一緒に今年の五穀豊穣をおいわいしましょうね〜〜〜”
 こんなふうにして若い方々にワイン文化の一端が伝わっていくってとても嬉しい!
酒の神、自然界の神さまありがとうございます

 (このくらいの会ならあまり費用をかけずにできるし、来年もしたいですね〜〜〜!)
(それまでもつかな?)



by pretty-bacchus | 2017-11-16 23:58 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(2)

八十六歳のダンディーな男性との銀座の宵は<芸>をしのびて
2017年11月15日 水曜日 晴れ 久しぶりの銀座

 きれいな朝は嬉しい、、、、。
借景の緑もだいぶすくなくなってきた、、、、。

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 今夜真夜中はボージョレヌーヴォーの解禁日前で樽割りの日。
シャトー・ドゥ・ピゼイの15リットルの樽づめボージョレヌーヴォーは日本へは限定二十個だけ入ってくる。
樽から一杯ずつ蛇口から注ぐには、樽を開けるときにちょっとしたテクニックが必要で、
今夜は連れ合いと私が銀座方面担当?

 みちば御大の銀座六丁目の<懐石みちば>では、明日はお客様に振る舞われるようで、
今夜のうちに樽の支度をしておかねばならない。
開店まぎわのお店のバーカウンターで十数分で、は〜いお終い。最初の杯の試飲は女将とソムリエさんに。

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 すっかり暮れた銀座通りは華やかな彩りをましていて、七丁目までの数分を銀ブラ気分!
一本北の通りに入って銀座七丁目のクラブえんへ。ここでTさんと久しぶりにお目にかかることになっていた。
電話をすると軽やかに階段をおりてらして、とても八十六歳とはみえないお元気さ!
いつもながらのダンディーさ!
十数年ほどのおつきあいなのだが、浅草の三社祭や本物の吉原芸者の芸を売っても身は売らぬの
<みなこお姐さん>の最晩年の<芸>と太鼓持ちの<芸>などを鑑賞させていただいたことがある。
ブログに書いていたので、すぐに出てきましたね。(ブログのWeb日記って素晴らしい〜〜〜!)


 御大はこのお店に贈り物で樽をプレゼントしていらして、その樽の開栓を今夜に。
ここのママさんは前にお目にかかっているが、アルピニストで日本の山はすべて単独行。
最近はマッキンレーにいどんできたという方で、とてもステキな五十台の女性。

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(暗がりのバーカウンターではボケボケになってしまいました)
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 明日からすぐにサービスできるようにして解禁前なので試飲だけ。
あとはサンドウィッチなどをいただいて小一時間歓談。
なつかしいお話しに華が咲いて、、、、すてきな男性と一緒ってほんとうに素晴らしいですね!

 銀座の夜はふけていき、、、、それでも十時をすぎるとタクシーが中に入れないようで、
銀座のシンデレラタイムは十時なのだそうです。
送っていただいてありがとうございました。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<みなこお姐さん>の最晩年は、

http://keico.exblog.jp/10730598/
2010年5月31日 月曜日 晴れ
芸一筋九十年を生き抜いた最後の現役芸者みな子お姐さんが亡くなった。
(ブログより)最初にお目にかかったのは、一昨年だった。豊吉さんのお招きで、浅草三社祭と浅草見番での
「くみ踊り」の
ご招待いただいた時だった。
観客席で、粋にお着物を召されて、きちんと正座している後ろ姿は、それはそれはきまっていた!
会が終わってスナップをとらせていただいて少しお話しをさせていただいた。

http://keico.exblog.jp/7123842
2008年5月18日 日曜日 晴れ
浅草神社の浅草三社祭と浅草見番での「くみ踊り」

 一度お姐さんの芸を皆さんに見ていただきましょう、、、と豊吉さんがおっしゃってくださって、
実現したのは、翌年になっていた。
みな子お姐さんの「華より花」の出版お祝いということで、八重子さん、岡本さん、
連れ合いも一緒にお招きを受けた。

keico.exblog.jp/8616496
2009年7月10日 金曜日 曇り
みな子お姐さんの「華より花」の出版お祝い=前章

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 “今日は水谷先生のお祝いと、みなこさんのお祝いで、鶴亀をやらさせていだきます。
庭の砂ハ金銀の〜、、、、珠を連ねて敷妙の〜、、、、、五百重の錦や瑠璃の枢。シャコのゆき桁瑠璃の橋。
池の汀の鶴亀は、蓬莱山も与処ならず〜〜〜君の恵ハ、、、、ありがたや〜、、、、、、(中略)
めでたけれ〜〜〜〜!よう〜〜〜!

(二鼓は二三松さん、この日は、カメラの動画でほとんど最後まで記録が残っているが、まだ整理をしていない)

 お客さんのお酌をしながら、一緒に日本酒(菊政がお好きだった)を美味しそうにあがる。
少しお酒が入った方が良い声がでるとおっしゃりながら、、、、。
そのお三味線とお歌は見事だった。
背筋をピンと伸ばした凜とした姿は、私たちを圧倒し、そして心から楽しませてくださったのだ。
最初の一曲は、お祝いの「鶴亀」で、89歳とは思えぬ色つやと色気!
こういう日本女性が、今の時代に生きて現役でお仕事をなさっていることは奇跡に違いないと思った。

 <一族は秋田や北海道で豪農であり、長女であった彼女は、大正のはじめに7歳で両親と一緒に東京に
でたが、それはだまされていて一家は苦労。11歳で芸者見習いとして奉公に出るが、父親は、
花魁と芸者が違うのだと言うことを何人にも確認してのことだったという。
“お転婆であったから、、、、”とからりと語るみなこ姐さんだが、辛くないはずはない!
寝る間も惜しんで芸の道にはげみ、12歳のときにはお座敷に出るようになり、
16歳で下の者に教えるまでに上達して一人前の芸者になってしまった
そして1945年3月の東京大空襲で九死に一生を得て、廃墟と化した吉原で再起を図ったのだ。> 
(私のブログより)

 次にお目にかかったのは、浅草の釜飯やさんで、ラフな感じの洋服で、幇間(ほうかん)の櫻川七好さん、
鼓の二三松さんもご一緒だった。
この時、みなこおねえさんは、大腸のポリーブの簡単が手術を受けた後で、少し痩せられていたが、
浅草のことなど、をいろいろお話しなさりながら、やはりお酒を飲んでらした。
ご自宅のお風呂は入りにくいので、近くの銭湯にいくのだが、都からは月4枚の券しかでないなどとも、、、

http://keico.exblog.jp/9262462
2009年11月16日、月曜日 曇り
浅草の釜飯やさん、浅草寺、そして、、、

 「吉原の芸者は器量が良くて売るんじゃない、芸で売るのだ。
「芸は打っても体はうらぬ」花魁と芸者の区別が付かない所はたくさんあったが、吉原はきっちり分かれていて、
厳然たるしきたりがあったのだという。
それを厳と貫いて、江戸から受け継いだ日本の芸を、大正初期から学び、今に伝えて
現役で芸の師匠をして女芸道をかっ歩していたのだ。
(本物の芸者は、吉原芸者で、赤坂でも新橋でも、神楽坂でもないといってらした。)
芸一筋に生き、戦中、戦後から現在に至る吉原の栄枯盛衰を“最後の吉原芸者”として見つめてきた姿が、
ご著書『華より花』にはいっぱい詰まっている。

「今が一番幸せ」が口癖だった。
人を楽しませて、ご自分もシアワセと、それが生き甲斐だったのだろう。

 最後にお目にかかったのは、今年の二月だった。
「桜なべ中江別館 金村」で、それはそれは楽しく桜鍋をご一緒させていただいた。
吉原の大門近くに最後まで残ったお茶屋&料亭「金村」は、昨年人の手に渡ったが、
見事に甦っていた。

http://keico.exblog.jp/10015808
2010年2月19日 金曜日 晴れ
 春の宵は新装なった「金村」で桜鍋

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(みな子おねえさんと、鼓の二三松さんと豊??さんで記念写真。
豊??さんの今日のネクタイは、桜色のエルメスで、馬の柄!
馬肉の桜なべ屋さんのお食事にあわせていらっしゃるとは、なんともお洒落ですね〜〜〜)

a0031363_1492238.jpg (89才とはどうしても思えぬお元気さと姿勢!)


 6月になったら、この「金村」さんをお借りして、桜鍋をいただき、みな子お姐さん、二三松さん、
七好さんの江戸の芸を10人ほどで鑑賞しましょうと、豊吉さんはお考えになっていらしたのだ。

 芸一筋90年 <華の生涯>を生き抜いた最後の現役芸者みな子お姐さんは
逝ってしまった。
その最晩年に、日本の女性のすさまじい美しさと生き様に接することができ、その芸の深さを鑑賞できたことに
深く感謝している。
五回という少ない回数だったが、凝縮した時であり、いろいろ学んだことでもあった。

心よりご冥福をお祈りしよう。
合掌。

http://keico.exblog.jp/7594199/2008年10月21日 火曜日 晴れ
神田淡路町界隈と浅草吉原の最期のお茶屋さん

http://keico.exblog.jp/7123842/
2008年5月18日 日曜日の三社祭のブログ

http://keico.exblog.jp/7125108/
2008年5月18日 日曜日の三社祭の続き

昨日の浅草神社の浅草三社祭のくみ踊りのの写真のつづき
続き、、


by pretty-bacchus | 2017-11-15 23:58 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)

眼科ローヴィジョンケアーのあとは、ふくさんの十周年特別メニューで
2017年11月14日 火曜日 曇りのち雨 (遡って)

 ボージョレヌーヴォーが無事に通関が終わり配送業務管理も終了して一息ついた。
午後には、火曜日につづいてT医大の眼科へ。
今日は、検診ではなくてローヴィジョンという相談室に特別に予約をいれていただいた。

 今年になって段差とかが見にくく、つまずいたりしているし、この数ヶ月左目がどんどん悪くなって、
眼鏡を何度も交換していても、新聞の小さい字は読みにくい。
専用の眼鏡もニコンとかホヤのレンズでつくってもらったのだが、拡大鏡が欲しい感じ、、、、。
十数年前の手術のときに、I先生が言われた “いずれ失明かも、との一言が思い出されて少しノイローゼかな?

 このまま最悪になる前にもっと見えなくなったときの事を考えておきたくなった。
眼鏡を親身になって相談にのってくれるアサクラ眼鏡の山中さんに相談したら、月に一度ローヴィジョンの
相談室に三宅琢先生という方がいらして、いろいろ相談にのってくださるというので予約をいれていただいた。

 先生は産業医であり、またアップルの顧問もなさっていて、iPad Proを使われて目が不自由な方の
アドヴァイスもなさっているとのこと。
午後の待合室も相変わらず混んでいた。

#IMAGE|a0031363_15422924.jpg|201711/19/63/|mid|862|486#]

 私がiPad Pro10.5を使っているのがわかり、それなら話が早いですね、、、と、設定を見てくださった。
スワイプしたり、文字を大きくしたり、音声入力などはすでに使っているが、初めてのことも
いくつか教えていただいた。
その一つは、下の丸ボタンを三度押すことで、画面が反転すること。
白地の画面に黒い文字が、黒地の画面に白い文字になり、レティーナディスプレイの反射が少なくなって
目にはとても良いようだ。

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(でも写真なども反転してしまって、これではダメですね)
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 もう一つはヴォイスオーヴァーというアップルがもつ本来の機能で、記事を声をだして呼んでくれるものだ。
フランス語もためしてみたが、かろうじて読んでいた。
その設定も、シリちゃんに、“ヴォイスオーヴァー オン”と言えば、その機能がすぐに使える。
終わりたいときは、“ヴォイスオーヴァー オフ”でよい。
これは、暗いところで雑誌などを読みたいときに重宝するかもしれない。

 もうひとつ、無料のアプリを教えてくださった。
<明るく大きく>という無料アプリで、本屋や壁のカレンダーなども明るく大きく見せてくれる。
まだ使いこなしていないが、拡大鏡として使えそうだし、少し研究してみたい。
お二方に感謝です!


 忙中閑ありで、久しぶりにふくさんへ。
今年で十周年になるということで、お祝いの花々に囲まれたカウンターで、十周年特別メニューをいただいた。
“美味しい〜〜〜おいしい、、、”と食べている連れ合いをみるのはとても嬉しい、、、。

 明日からまたいそがしくなりそうで、つかの間の癒しの団らんに感謝!

(先付 渡り蟹 銀杏 茶碗蒸し)

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(八寸 自家製唐墨
    河豚皮煮凍り 牡蠣有馬山椒煮 焼胡麻豆腐)

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(十周年特別メニュー)

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(御椀 鰤と蕪の霙仕立て 粟麩・菊菜)

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(御造 虎河豚たたき)

 ここで、てっさにはやはりひれ酒でしょう! と辛口の日本酒とヒレ二枚。
灯をつけて酒を飛ばしては、作法通り?

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(揚物 虎河豚唐揚げ)

(煮物 海老芋 まこも筍 赤蒟蒻 菊菜餡)

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(強肴 赤牛サーロインステーキ 白菜マリネ)
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(食事 山梨武川の新米土鍋ご飯 赤出汁
              に変えての今年最後の松茸ご飯で)

(甘味 紅玉と胡桃のクレームブリュレも美味でした)

 ありがとうございました。
次の二十周年まで気を引き締めておきばりやす〜〜〜!



by pretty-bacchus | 2017-11-14 23:58 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)

2017年のシャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレ・ヌーヴォーは フレッシュで輝かしく朗らかで絹のようにしなやかで豊潤
2017年11月13日 月曜日 晴れ

Château de PIZAY Beaujolais Nouveau 2017, Millésime de Chaleureux !
〜 2017年のシャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレ・ヌーヴォーは
フレッシュで輝かしく朗らかで絹のようにしなやかで豊潤 〜〜

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 シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォーが着いた。
羽田に着くエールフランスでのはずが成田空港についてしまって、通関書類がすべて羽田にあるため
真夜中に陸路搬送で通関作業にとちょっとばたばたしてしまったようだ。

 シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレ・ヌーヴォーを日本にご紹介して三十六年がたった。
もうとっくに次の世代に移っているはずなのに、こうしてお手伝いを出来ているのは、なにか赤い糸で
結ばれて
いるのだろうと思うことが多い。
ちょうど十年前に一線を退くことを考えて知りあいの会社にお願いしたのだが、結局<仕事>とはならない
ことがわかって、次の年からまたワタシがお手伝いすることになった。

 広いボージョレ地方の中で特に選ばれた十のクリュの中でも最高の立地で最も土壌に恵まれた
モルゴンにある。
シャトー・ドゥ・ピゼイの畑は、東南を向いていて、太陽が理想的にあたる。
110エーカーの葡萄畑では樹齢は四十五~六十五年の葡萄の樹が栽培されている。
豊かな土壌、有機栽培での優しい葡萄栽培、恵まれた光と風、自然と太陽に恵まれている。
理想的な土壌、自然界の営み、最良の天候などに潜んでいる絶妙の組み合わせを生かして
素晴らしい2017年ヴィンテージのボージョレ・ヌーヴォーとなったようだ。

 今年は予想外の悪天候によって強く記憶される年となったよう。
葡萄の樹は三月には早くも目覚めはじめ、葡萄の花の開花は晩熟で五月始め頃だった。
開花は理想的な条件のもとで順調に進み三〜四日で全て花ひらいた。
しかし春に襲われた雹のあとも予想外の悪天候によって、夏の初めには激しい雹の嵐があり、
その後は夏の乾燥が広がった。
これは早熟の年であった2015年につづくレコード。
暑く乾燥した天候は夏の間ずっとつづき、葡萄はすばらしいバランスを保ち葡萄畑の衛生状態も大変良く、
葡萄はすくすくと成長しいっせいに熟しはじめて上質な葡萄となった。
病気の広がりはまったく見られない年で、ぶどうは水不足のために「喉がカラカラ」の状態だったが、
衛生状態には何の問題もなかった。
収穫の直前に雨が降り、これが救世主となったようだ。

ガメイ種の葡萄はその果実味とアロマのポテンシャルを存分に発揮することができた。
気候、土壌などの諸状況は濃縮したボージョレ2017を造るためのバランスを保ってくれて
七月八月に暑い乾燥した好天気に恵まれて、早くも八月中頃には葡萄は理想的な完熟となった。

ボージョレ地方では、約三〜四週間にわたり二万人近くの<収穫人>と<葡萄運搬人>が
この地方のガメイ種の葡萄畑の狭い畝を賑わせて、収穫はすべて手摘みで行われる。

シャトー・ドゥ・ピゼイでは、八月二十三日から葡萄の収穫を始め、九月十三日まで続いた。
大切に育てられたガメイ酒の葡萄は完熟を待ち、手積みされて醸造所に運ばれる。
収穫された葡萄は凝縮しており、とてもよい品質で、酸とのバランスもよいものでした。

普通は房などをとってから発酵タンクに入れられるのですが、ヌーヴォーを造るときは
そのまま投げ入れられます。密閉された発酵槽のなかで葡萄の重みでやがて一番下の方葡萄の実が潰れ、
果汁が出て醗酵がはじまる。

充満した自然の炭酸ガスにより細胞膜が破壊されるまで四~五日、年によっては十日程かかり
その後果実は破砕して果汁のみ発酵され、静かなる熟成の時を経て葡萄酒となる。
この方法は、伝統的に自然を重んじてのマセラシオン・ボジョレー(マセラシオン・ナテュラーレ)と
呼ばれている。
(一般的に大手が行っているマセラシオン・カルボニック<炭酸ガス充填法>では、炭酸ガスを人為的に
密閉タンクの中に充填して、てっとり早く二〜三日で醗酵しますので香も味わいも違ってしまいます)

 十月末に瓶詰めされ、十一月初めには空輸で日本に送られる。
シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレ・ヌーヴォーは、ボージョレ地方全体の0.5パーセントほどの稀少で、
昔は領主様だけが味わった珠玉の新酒でした。
日本へは限定の5パーセントの数百ケースが空輸されてくる。

 その輸入広報にかかわってから三十六年がたった。感無量だ!
葡萄酒とその文化の魅力にとりつかれて半世紀、プレジール・ドゥ・ヴィーヴル<生きる歓び>をもっとうに、
ワインの仕事に携わって四十数年が経った。

 (ボージョレなどはワインではないとうそぶく人達がいる。
たしかにペトリュスとかラルールとかのワインとは違う。
一年にこの時期にだけ味わうことができるガメイ種の香りと味は、その年の五穀豊穣を祝ってのお祝い酒、
自然の恵みに感謝の杯の酒と思っている)

 ワインの輪が更なる芳醇な人の輪を醸しだし、私たちの人生を心豊かな晩年に導いてくれている。
造り手パスカルデュフェートルのの信頼関係と、日本の友人達の温かい励ましに支えられて
今日まで続けてこられたのだ。 
天・地・人に感謝の晩秋。心をこめて乾杯したい!
Château de PIZAY Beaujolais Nouveau 2017, Millésime de Chaleureux !
〜 2017年のシャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレ・ヌーヴォーは
フレッシュで輝かしく朗らかで絹のようにしなやかで豊潤 〜〜

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(午後にいっとき空が暗くなって夕陽前の太陽が木々を暗くした)

by pretty-bacchus | 2017-11-13 23:59 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)