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日本生まれアメリカ発売の初代ワインちゃんロボットAIBO アイボ
2013年8月19日 月曜日

 なんとも暑い。暑いと言わないにしようと思っているのに言ってしまう。
午後の借景はだらんとした木々の緑で、音痴のオーシンツクツク、、、がいくつも鳴いていた。
今年は虫たちにも蜂たちにも異常な動きがでているようだ。

 お盆休みに少しMacのバックアップの整理もできた。
二月に買ったMacBookプロ13レティーナのHDは容量が260GB.
書類のメインは、Snow LeopardMacBookプロ15インチの中にあり、13インチにはその一部と、
旅先の記録を入れることにしたのだが、四ヶ月の京都の往復とアルスシムラの記録で
ほぼ一杯になってきた。
外付けのハードディスク四台に、いままでの写真の記録とそのバックアップをいれているが、
それも少しずつ一杯になってきている。

さて、どうしたら良いのだろう。
日々に入るメルマガではiCloudを推奨しているのだが、今の私にはこれ以上その恩恵を必要をしていないので、
これからのWEB時代をもう少し楽しむための環境を少し研究してみよう。

 外付けの整理をしていて、十二年前の最初のデジカメフジのFinePix/DSCの整理をしていたら、
珍しい写真が出てきた。
ソニーが1999年に発売した初代AIBO(ERS-110)が遊ぶ写真。
アイボはビーグル犬に似た外見で一世を風靡したのだ。
インターネットで発売したのは1999年6月1日だったが、開始から僅か20分で
(当時で25万円もしたのに)
日本向け3000台の受注を締め切る盛況ぶりでだった。
欲しい〜〜とつぶやいたら、なんと数週間後にアメリカから荷物が届いた。
友人がアメリカで発売されたのを買って送ってくれたのだ。

 なにしろ可愛くて、飼い主の声や手を叩いた音に反応して絨毯の上を歩き回り、
時々止まってキョロキョロしたり、専用のボールを見分けてじゃれたり足で蹴ったり追いかけたり、、、
もうほんとうに可愛いかった。
このワンチャンは、視覚・聴覚・触覚を持っていて、また頭などを触られるといろいろな行動をして
飼い主を楽しませてくれる。
周囲の環境や操作に反応をしながら成長していく設計だった。
(人の言葉は今のiPadの方がわかるが)

その後何世代目か造られたがソニーの新しい外人CEOになって中止された。
そのロボットのノウハウが今の歩く人型ロボットや介護ロボットに受け継がれているのだろうか。
いずれお世話になるのはそうさきのことではないだろう、、、。
日本の技術もまだまだ捨てはものではないのだ。

 今夜も又熱帯夜、、、というより午前二時に二八度というのはまいってしまう。
思い悩むことが多い熱暑の夜に、、、。


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(全高26.6cm,重量1.6kg)
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(新しい絨毯も足跡ですぐにぼこぼこしてになってしまう、、、、)


by pretty-bacchus | 2013-08-19 21:21 | ♠Photo,Mac写真/カメラ/マック | Trackback | Comments(4)

初代のデジカメFUJI FinePix4700Zで撮ったイタリアの旅
2012年6月5日 火曜日 曇り

 どんよりした空。
わたしも今朝の空のよう、、、。
今日も一日中外に出ずじまいで、ぼちぼちと写真の整理とネットサーフィン。

 新しい2TBの外付けHDに写真データを全部写し終わった。

http://keico.exblog.jp/15452337/
2012年5月27日 日曜日 晴れ
MobileMe からiCloud への移行はしないことにしたが、、

途中が抜けているのは、数年前にオリジナルを入れたLaCieの三台がうごかなくなっているからだが、
そのバックアップを取ったのがあったので、かなり救われている。

 デジカメを使い始めた2000年のデータはその一部を現像して、ときどき少しだけブログにアップしただけなので、
それ以外のをいじってみている。
それにしても旅の記録は数百万画素の初期デジカメで充分に楽しめると思うと、進化する高性能だが
重い超高級カメラは、私のような素人にはもはや必要ないのかもしれない。
 
 云われるまでもなく最近の私のブログは書くことも撮る写真も中途半端で、自分でも腹がたっている。
なんだか一つも二つもパワーが入らず何かが抜けてしまっている。
超軽い簡単カメラのP510の画像も決して気に入ってない、
せてもRAWで取れるともう少し違ってくるのかもしれないが、、、。

それといって今のこの手ではNEX-5Nですら重く感じてしまうからいやになってしまう。
いやな二乗三乗で滅入ってしまうのではワタシラシクナイとむち打つのだが、いやはや、、、。
友曰く“ケイコサンそれが歳をとると言うことですよ”だそうで、
加齢ということに、もっともっと慣れなければいけないのだろう。
禅寺に出て数日お世話になろうか、、、。

 2000年のイタリアフランスの旅の初期デジカメの記録を少しばかりアップしておこう。

a0031363_223964.jpg (2000.12.09 pm2:28 パリ>ミラノの便の搭乗口で、、、)

a0031363_275362.jpg (パリ>ミラノの機内から眼前のアルプスと眼下の海と島を、、、)

a0031363_282174.jpg (さて、この山はどこの山だろう、、、)

a0031363_2105713.jpg (機内食の写真にあのお皿セットが写っていました。
ジャン・ピカール・ル・ドゥー デザインのBERNARDAUD製のリモージュのプレート)

http://keico.exblog.jp/14317646/
2012年1月2日 月曜日 晴れ
お年賀状をありがとうございました。

http://keico.exblog.jp/14339545/
平成24年1月4日(水) 晴
前世紀のエールフランスの食器と天馬

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 (今、手元にあるのはキャビアセット)

  〜〜〜〜〜〜〜
a0031363_2123161.jpg (翌日は早速に、修復なったレオナルド・ダ・ヴィンチの<最後の晩餐>を観に、、、)

http://keico.exblog.jp/821688/
2004.08.07のブログ
ダ・ヴィンチの面白さに朝の蝉を聴く

http://keico.exblog.jp/821807/
2004.08.07
ダ・ヴィンチ・コード、昨日の続き。最後の晩餐

http://keico.exblog.jp/1468175/
2004.12.23
数日を 残す週末 賀状刷る

http://keico.exblog.jp/3210620/
2006.02.19
ダ・ヴィンチ・コード

http://keico.exblog.jp/3461792/
2006.04.09
断りて 春眠むさぼる 日曜日

http://keico.exblog.jp/6809346/
2008年2月18日 月曜日 晴れ 
マックとカメラとレンズの整理

http://keico.exblog.jp/10584167/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに

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(夜は、スカラ座のギャラへ、、たった二日しかないミラノなのに、春子さんのお陰で、
ダフ屋からオペラのティケットを手に入り、天井桟敷でシーズン開幕の初日ギャラ オペラを愉しんでいた)


 翌日は早出でミラノからヴェローナ経由、北の街へグアジーニというアーティストを訪ねて来るまで走った。
#IMAGE|a0031363_221815.jpg|200803/14/63/|left|567|425#]






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a0031363_2152935.jpg (帰りはすっかりくれてしまって、ヴェローナ泊)


 そして小一時間のヴェニスまで車を走らせて最後のバポレット(水上バス)に乗って、
リアルト橋の近くのレストランへ、、、)

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  (水上バスの中で、リアルト橋を撮ろうとしていたら、反対車線?に水上バスが通った。
前の席で新聞を読んでいた男性が顔をあげて、光にゆれた、、、。向こうにリアルト橋が写っている。
バスのガラスと光のイタズラで面白い一枚となった、、、)

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〜〜〜〜〜

http://keico.exblog.jp/11629623/
2010年11月27日 土曜日 
黄葉に、晩秋のパリなつかしみ

http://keico.exblog.jp/9362569/

ヴェニスで「冠水」のニュースに、8年前のヴェネチアを思い出して、、、
2009年12月3日 木曜日 雨

http://keico.exblog.jp/8565033/
2009年7月4日 土曜日 曇り

週末は Memoire de Voyage

http://keico.exblog.jp/6896303/
2000年12月10~18日イタリアフランスの旅
2000年12月10~18日イタリアフランスの旅の整理中の写真

http://keico.exblog.jp/5961405/
2007.08.05 日曜日 晴れ
暑ささけ 思い出写真と 日曜日 

http://keico.exblog.jp/5914771/
写真の整理で 旅の記憶を ひもといて


a0031363_314343.jpg (雨の中に落とされ忘れられたバゲッジはパリの空港?)



by pretty-bacchus | 2012-06-05 23:59 | ♧Journey海外2000仏イタリア | Trackback | Comments(12)

ナショナル ジオグラフィック& レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」
2012年3月2日 金曜日 雨のち曇り

 今月の<NATIONAL GEOGRAPHIC>「ナショナル ジオグラフィック日本版」の表紙は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」。
タイトルは<聖書の世界がみえる=使徒たちの旅路>
激しい迫害にさらされながら、使徒たちが命がけで行った宣教活動を追っている。
使徒の一人のパウロの宣教の旅によって、キリスト教が地中海全域に広まった様子が一目でわかる地図や、使徒たちを一覧で紹介したイラストが掲載されている。

私はかって十五年ほど前に、アカバから始まってヨルダン、レバノン、シリアまで、その道の一部を旅したことがあった。
そして、今はIさんは、イスラエルへの旧約聖書の道を歩く旅にでていらっしゃる。

a0031363_183116.pnghttp://nationalgeographic.jp/nng/index.shtml
NATIONAL GEOGRAPHIC三月号

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そして、あの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会内のフレスコ画の全体の写真が中に一枚あった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会_(ミラノ)

 あの懐かしい場面が甦ってきた。
そう、十二年前2000年の12月に私も訪ねて撮ったことのあるあの場面が!

http://keico.exblog.jp/2194742/
2000.12.11~の日記からブログに移したもの、、、

「最後の晩餐」は、1999年に大規模な修復作業が終わって、二十数年ぶりに公開されたばかりだった。
ミラノの駐在員だったハルコさんに予約をしてもらっていたので、待たずに入ることができたが、鑑賞時間は十五分。
カメラは持っては入って可だったので、首から二台を下げていた。
あの当時使っていたコンタックスG1/G2にホロゴンを付けた(ポジ)のと、当時出たばかりのフジのデジカメ一号のファインピックス4700Z。
一番後の壁と右壁に体を預けて手持ちで数枚を撮った。
このデジカメではボケボケだったが、CONTAX G1+ホロゴン16mで撮った写真はきれいに撮れていて、その後デジタル化して年賀状にした。
午年だったので、フィレンツエのウフィッチ美術館で見たことがある。レオナルド・ダ・ヴィンチの馬のデッサンを左にあしらった。

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http://keico.exblog.jp/5914771/
2007.07.25 火曜日 のブログへ
写真の整理で 旅の記憶を ひもといて

http://keico.exblog.jp/5961405/
2007.08.05 日曜日 のブログへ
暑ささけ 思い出写真と 日曜日

http://keico.exblog.jp/10584167/
2010年5月8日 土曜日のブログへ
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに

 ちょうど外ずけハードディスクの整理をしていたので、2000年の旅を探してみた。
初期のデジカメの記録はちゃんとあった。
NX2でその記録を少しさわってみた。
以前にはでてこなかった色が出てきた。
その上EXSIFデータが残っていて日にち時間もちゃんとわかる。
デジタル時代のありがたさなのだろう。

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(Chiesa di Santa Maria delle Grazie., Milano , December 2000)

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("The Last Supper" by Leonardo da Vinci、Chiesa di Santa Maria delle Grazie., Milano , December 2000)


 データはこの後、M指揮者とスカラ座広場で合流しての写真、そのあとのスカラ座での十二月のオペラギャラの天井桟敷からのスナップもあった。

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(Teatro alla Scala, Milano , December 2000)


 そして、翌日に巴里に飛んだ機内からとった<翼よあれがパリの灯だ>の着陸前の機内からのパリの灯火の写真も!
いつもこうして着陸前に撮っているのが習慣だったから、、、。

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(ミラノからパリへの機内にて, December 2000)


 その数日後の二十世紀最後の<私の巴里>で撮ったダイアモンド照明に光り輝くエッフェル塔も数カットあった。

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(La Tour Eiffel, 16 December 2000)

デジタルカメラの草分け時代に記録に残した<二十世紀最後の私の巴里>は、こうしていつも楽しむことができるのだ。
ありがとうマリアさま!

ナショジオと写真で遊んだ一日でした。

〜〜〜〜〜〜〜〜

1965年から2011年までのエッフェル塔スナップの歴史は
http://keico.exblog.jp/14176742
2011年12月16日 金曜日 雨 その二のブログへ
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

more>>おまけは機内からのアルプス

More>>>行きの機内からアルプスを
by pretty-bacchus | 2012-03-02 23:58 | ♠Art&美術,詩歌,展覧会,お稽古 | Trackback(1) | Comments(3)

台風の余波は思わぬ事態となり>>昔の写真の整理を
2011年7月21日 木曜日 曇り

 台風は大きな被害にはならずに去ってくれた。
ほっとしたところに一通のメールが着いた。

<入船の件ですが、このたびの台風の影響により入港予定日が
遅れがでております。入港予定日は7/22(金)でしたが7/24(日)となり、
今後の状況によっては更に遅れも予想されます。
入港日の遅れにより通関、配送のスケジュール等も変更になる場合がございます。
大変申し訳ございませんがご了承下さい。
又状況がわかり次第ご連絡させて頂きます。よろしくお願い致します>

 一瞬、宛先を間違えているのではないかと思ったが、やはりうちあてだった。
スタッフがうなっている。
“何十年も仕事をしていますが、台風で船が遅れたのははじめてです〜〜〜。
緊急通関をしてもお客様のご依頼の日にちにまにあわなくなるかもしれません〜〜〜”

 飛行機の遅れだったら、空港でまつことになるだろうが、船の場合は広い海の上で
どんなふうになっているのだろう? とふと疑問がわいてきた。
リファーで定温輸送だが、ワインは揺れに揺れているのだろうな、、、。
船の揺れは樽熟成がすすんで酒がおいしくなるというのは聞いたことがあるが、
あれはたしかマディラ酒のことだったのでは?
ポルトガルのマデラ産のワインを一旦アメリカに運んでからロンドンまで持ち帰ったら素晴らしく
熟成して美味しくなっていて値段は10倍にもなり、さらにインドを往復したマデラ酒は20倍の値段で
取引されたという話だった。
船の揺れはそんなに熟成とは関係があるのだろうか?

 そういえば、昔親しくしていたブルゴーニュの名造り手のMGさんは、
現地で試飲を繰り返して日本へのアイテムとヴィンテージを決めるときに、
必ず発送の時期と船の具合を考えて、時にはワタシが選んだヴィンテージとは違うのをすすめていた。
彼がそんなに船に詳しいとは思わなかったのだが、そこまで自分の造ったワインを
大切に思っていたのだろう、、、と。
今頃になって彼等のすごさがわかってきた。

 なんだか到着が楽しみになってきたが、今回は若いシャブリだからあまり関係はないかもしれないな、、、。

〜〜〜
 そうだ、あの時は初めてのデジカメでFUJI FinePix4700Zで写真を撮ったはずだ、、、、と、
PCの中をさがしてみたら、たった一枚ありましたね、、、、。
Exifデーでみてみたら、 2000.12.18 pm とありました。
Exifデータは時には忘れた記憶をも正確な日にちと共に甦らせてくれるのですね!
台風の余波は思わぬ事態となり昔の写真の整理で一枚のショットが甦りました。

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(シェ=酒の醸造蔵の中はとても冷えるのだ、、、右の手をポケットにいれているのは、
いつも一緒にいってくれたランブロワジーのピエール・ル・ムッラク氏。
こんなふうに必ず造り手を訪ねて試飲を繰り返して、時には真冬に葡萄畑を訪ねたりして
仕事をしていたものでした)

 そして、一枚前のショットは前日の2000.12.17 の真夜中のパリの光り輝くエッフェル塔の一枚でした。

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 写真って楽しい〜〜〜そしてデジカメ時代の写真って凄い!
写真の記録は記憶を甦らせ、時に希望の光を放つのだ!

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 そして、私はクリスマスをパリで送ってから帰国。
その年の暮れにはミレニアムの京都で俵屋さんにとまって、季節外れの<五山の送り火>を見物していたのでした。

 (FUJI FinePix4700Zの記録をブログに残したはずだ、、、今度は、ブログ内の検索で
<京都 五山の送り火>といれたらスポットライトですぐ二件がヒットしました。
Macで楽しい〜〜凄い。
(今日は新しいOSのLionが売り出されたのです)

http://keico.exblog.jp/11826395
2011年1月01日 土曜日 晴れ初茜想いはるけし京の膳

http://keico.exblog.jp/11819390/
去年今年ブログのご縁ふくらみて 2010年12月31日 金曜日 大晦日

十年前の京都の大晦日<行く年来る年のお正月>の、二十一世紀の幕開けを記念しの
大文字・五山の送り火、、、、、

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 (五山で炎が上がる、、、、、如意ヶ岳(大文字山)、「大文字」点火、

by pretty-bacchus | 2011-07-21 23:59 | ♠Photo,Mac写真/カメラ/マック | Trackback | Comments(4)

パリから羽田への便でお里帰り
平成23年1月3日(月) 晴

 初撮りは、部屋の中からの二カットだけの寂しい限りの写真ライフのはじまり。
朝から元気に飛び回っている枯れ木にあそぶ鳥をカシャッとするが動いていてなかなかうまくいかない、、。

 明日からの起動に向けて今日は一日リラックス、、、、。
本も少し読めて、やっぱり本っていいなって思いながら、、、途中でうとうと〜〜〜。
体も脳もお正月やすみなのですね^^^。

a0031363_2323212.jpg  (拡大すると、春の芽生えの蕾が見える!!)


 夜中に友人から電話で、パリからの羽田着の便で着いたとのこと、、、。
嬉しいわ、、、こうして日本に着いてすぐにお電話をいただくって、、、、。
(でも、お正月からさっそく予定以外の事がいろいろ出てきて、今年も忙しくなりそうだ。)
羽田からリムジンでも高円寺のご実家まで40分くらいでついてしまうというのだから、
やっぱり羽田便で便利になるのだろう。
でも真夜中に着くし、パリへの帰り便も午前1時なのだそうで、世の中はどんどん変わっていく。
良いことには便利なことには、すぐにトライするの彼女はほんとにえらいな、、、
一週間のご実家滞在でまたすぐにパリへ帰るというから、いよいよ東京〜パリも
近くなったものだ。

 横光利一の<旅愁>の頃は、ヨーロッパを旅行するには船で一月もかかっていたあのパリ。
萩原朔太郎の「旅上」の
「ふらんすへ行きたしと思へども
 ふらんすはあまりに遠し
 せめては新しき背広をきて
 きままなる旅にいでてみん」

フランスへは行きたくても容易には行かれなかった「ふらんす」は、
それはそれは遠かったのだろうと思うとため息が出てしまう。
詩篇が発表されたのは大正二年(1913年)というから、お婆ちゃんの若い頃の時代で、
フランスにもヴェニスにもあこがれながらそれもかなわず、嫁ぐことが女の道であったのというのだから、、
そしてその後のいくつもの戦争や震災を体験して子供を育ててきたのだから、
どんなにか大変だったと思うと、、、、。
なんだか新年からお婆ちゃん達のことを偲ばれてしまってしんみりとしてしまっている。
お裁縫をしながら、“恋はヴェニスの宵の夢〜〜〜”と歌っていた
おばあちゃんの声が聞こえてくるようだ、、、、。

春はヴェニスの 宵の夢
  涙に夢も 泣きぬれて
  さざれの真珠と
  なぞろう うたかたの
  哀しき船出を 慕うらん
(ヴ ェ ニ ス の 舟 歌 昭和初期に流行した歌だという)

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(10年前の2000年の4月のヴェニスの最終水上バスの中で、出たばかりのフジのデジカメで)
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a0031363_2353673.jpg  (ヴェネツィアのカナル・グランデに架かる4つの橋の一つのリアルト橋 Ponte di Rialto)
最終水上バウが通り過ぎていく、、、)



 時は移り、コンステレーションで三十数時間かかっていた五十年代のジェットセットは、
外交官と、岸恵子さんや松本弘子さんの時代、そして時がたち、1961年には
ボーイング707が南回りで経由でパリへと飛んだ。
東京 - 香港 - バンコク - カルカッタ - カラチ - クウェート - カイロ - ローマ - フランクフルト - パリと、
その南回りのエールフランス便で、私は1965年に初めてのパリの地を踏んだ。
そうそう、、、それを妬んである出版社の年上男性にいじわるをされたことがあったな、、、
パリってそれほど、行きたくても行かれないあこがれの都だったのだ。
そしてその後、ボーイング747が就航して70年代初めに、その地に四年も住むことになり、
それから何百回と訪れることになってしまうとは神のみぞ知ることであった。
(母も連れて何度もいっている)

http://keico.exblog.jp/9187764
その頃の若い私はクリックしてみて下さい
凱旋門に励まされての遠いパリの日々
2009年11月1日 日曜日 

それが今では、お正月休みに、ちょっとパリから一時帰国して、またすぐにとんぼ返りができる
<誰でもすぐ行かれる都>になってしまったのだ。

 コンコルドが就航した70年代後半にふと考えたことがある。
東京パリを7時間で飛べば、同じ時間にパリに着くのだから、時空の時を<無>と考えれば、
まったく同じ時間にパリに着き、その日からすごせるようになる、、、のだと。
でもまだその日は来ていない、さてさてその日はいつ来るのだろうか? 
はやぶさの時代だ、それはまもなくやってくるのだろう。

フランスのコンコルド機生産中止を画策したのは、ケネディー大統領だったという話を
ずっと前に聞いたことがあるが、人類の夢も時として政治と経済の渦に巻き込まれるのだろう。
明日からはまた世の中が動き出す、、、どうぞ心豊かな時代が再来してくれることを願うのみ、、、

 < 初乗りの機で舞い降りたパリの友
by pretty-bacchus | 2011-01-03 22:53 | ♧Journey海外2000仏イタリア | Trackback | Comments(8)

初茜想いは十年祝膳 >>初茜想いはるけし京の膳
2011年1月01日 土曜日 晴れ

 ほんとうにきれいなお元旦の朝焼けだった。
朝日があたって空気が変わり、南西のそらがあかね色に染まった。
ニュースでは初日の出と赤富士がみられて、いよいよ平成二十三年の始まりだ。
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 今年もまた母からのお餅と、三段のおせち料理で新しい年の最初の食事をすませた。
おとそ器や、お正月用塗り物は奥の奥にしまい込んであるので、いつものお皿と椀ですませてしまった。
でも祝い箸だけ新しくして、、、、


 いただいた年賀状の数々に、なつかしき昔々を思い出しながら、静かな元旦の一日をつつがなくすごした。
世界も日本もほぼ平穏を装いながら新らたな年を迎えたようで、まずまずの年の初めというべきか。
荒れ狂う海に船出前のせめてもの安らかな静けさなのだろう。

でも早や、西日本では大雪で車や列車の中に十時間以上も閉じ込められた家族が大勢いて、
年の初めから大変な思いをなさったことだろう。
今年も世界のあっちこっちで何が起こるのか、創造主の神はどんな企みを考えているのだろうか、、、。
さあ、何が起こっても漕ぐ手を休めずに荒波にのりだそうではないか。

 元旦の夜に、、、、、。

(初撮りはおせち料理)<<< 後でかな、、、

 今日の写真は、
http://keico.exblog.jp/11819390/
去年今年ブログのご縁ふくらみて 2010年12月31日 金曜日 大晦日

十年前の京都の大晦日<行く年来る年のお正月>の、二十一世紀の幕開けを記念しの
大文字・五山の送り火の続きで、お正月の俵屋さんの
<正月三が日 新春 寿ぎの節会祝膳>と、お宿の重厚なしつらえ。

創業300余年のこの老舗旅館は、京都で最も古い旅館の一つで、十一代主人 佐藤年さんの<美>が
いきづいている老舗。
お料理はもちろんのこと、月次の趣向、調度品なども素晴らしく、
江戸、明治には、公家や大名の常宿とされて、今では世界中から訪れる人がたえない名宿。

黒光りのするお玄関や廊下、そこここに置かれた小さな美術品、京都の数寄屋造りの職人さんに造られている
室内の清らかなしつらえや檜のお風呂、内庭をながめる祖とした図書室など、、、宿の原点がここにある。

 あの朝も京都の空にあかね色の雲が現れたのを思い出した。
あれから一度も訪れていない。なかなかいかれないお宿だが、
外国からのお客様がいらした時にはお連れしたい宿なのだ。
いつになったらまた訪れることができるだとうか、、、、新年からため息がでるとは、、、いやはや。

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(縁をあがると奥にお正月飾りが、、、)

a0031363_2215155.jpg ほんの狭い待合室もこの誂えで、こちらで御神酒をいただきました)

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a0031363_223838.jpg (お元旦の祝い膳)

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a0031363_224316.jpg(縁先には冬の紅葉、、、)


#IMAGE|a0031363_2251312.jpg|201101/02/63/|mid|639|444#]











(二日の夜は、S会長夫人とご子息、F先生もご一緒に、、、十年前の出デジカメで)

 <初茜想いは十年京の膳>

 そして今日は
 <初茜なにはともあれ屠蘇と餅> うっふふ、、、、
by pretty-bacchus | 2011-01-01 23:59 | ♢Journey inJapan国内旅の記録 | Trackback | Comments(22)

去年今年ブログのご縁ふくらみて
2010年12月31日 金曜日 大晦日

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 平成22年、2010年もあと数分。
今年も多くの方に、私のブログを訪れていただきました。
本当にありがとうございました。

いつもは、読者の方々に語りかける書き方ではなく、
自分本意な毎日の日記として、
日々の事を、日々感じたことを書いていますのに、
沢山の方に訪れていただいていて、
ほんとうにありがたく、いつも心より感謝しています。

 語りかける書き方ってとってもむずかしいのです。
どういう風に話しかけて良いかもとまどってしまうのです。
それよりも毎日のことをつれずれと書くことの方がたやすくて、、、
拙文、拙写にもかかわらず、読者の方が増えるにつけて、ありがたくも恐ろしくなっているのです。
(ブログをなさっている方にはおわかりいただけると思うのですが、、、)


 メールを始めたのが十五年前、ブログなるものがこの世に現れたのもこの十年の間で、
私のブログも七年目をむかえました。
今年も多くの方が訪れてくださって、ブログを通しての新しい人間関係が育っているこの時代の特徴に
おののいています。

何度か挫折しそうになりながらも、自分の記録としての毎日を書いておきたいと気持ちに加えて、
このブログをとおしての友情に歓びを感じ始めています。
多くの方々に支えられて続けてこられました。
本当にありがとうございました。

 時々チェックする世界の地図のgeovisiorジェオヴィジター。
訪ねたことがある国ではなく、新しい国に赤い印がついていて驚くことが多くなりました。
ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、アフリカ、中国、中近東、
ミャンマーあたりや香港、そしてアラスカの上のほうに赤があることもあり、
青い海に小さく浮かぶ島のこともある、、、、。
わからない言語のコメントもあって、IT時代の世界の狭さに背筋が寒くなることがしばしばでした、、。

 そんななかにもWEB環境はどんどん進み、さらなる新しいガジェットも種々現れています。
10年前にはなかったブログやYouTubeで、今年は揺れました。
警視庁の資料流失、尖閣諸島の衝突ビデオが流失し、そしてウィキリークスで、
またまた世界中が揺れつづけています。
この早い動きは、来年はまたどんなふうに変わってゆくのだろうって恐ろしくなります。
そんな中にも<はやぶさ生還>のニュースは、このコンピューター世界の希望の星でした。
暦の一年が、今までの何十年もの感ありで、さてさて来年はどんな新星が現れるのでしょうか!

どうぞ来る年も皆様に幸多かれとお祈りします。
そしてこの大きな宇宙の一粒の小さなプリティーバッカスを
皆様の大きなお力で見守って下さいませ!

〜〜〜〜

 ゆく年くる年 さようなら ありがとう!
アデュー、2ドゥー 00ミル 10ディス!
こうして何十回ゆく年にさようならといっただろうか!
今年も悲喜こもごもの多くの思い出を込めて、さようなら!

二十一世紀の十年が過ぎ去ってしまうのだ。
バブル期の80年代、そして失われた十年と言われた90年代、さらにこの2000年代は、
それを加速して日本は失速したままだった。

リーマンショックからの未曾有の不況は一時は立ち直ったかに見えたが、
結局世界恐慌といわれた時代よりも更に深い谷間に落ち込んでいる。
日本でも政治も経済も救われないところまでの奈落の底だ。

 あと数分を残す平成二十二年2010年。
アデュー! すぎゆくワタシの2010年.
沢山の悲喜こもごもの思い出を胸に秘めて、、、、、さようなら2010年。

ありがとう! 過ぎ去った日々、
ありがとう! 天の神様、
ありがとう! 地の神様
ありがとう! 地球よ、宇宙よ!
ありがとう! 小さな私を支えてくれた家族と友人の皆さん、そしてブログの友よ!
今年一年皆様からいただいた応援を心より感謝して、
うさぎ年の来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 2010年12月31日 午後23時58分。
<ゆく年くる年>で除夜の鐘を聞きながら、

心よりの感謝を込めて、、、、、
皆様の幸多き新しい年を祈って杯をあげます!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 十年前の記録はブログにはまだない。
新しいバックアップへ書き加えた十年前のデジカメ初めの写真の中に、
十年前の今月今夜の写真を記録しておきたい。

2000年(平成12年)は二十世紀最後の日であり、各国各地で様々が行事が行われた。
巴里のエッフェル塔は、カウントダウンの数字が何十日も前から光り輝いて、
やがて花火が上がる中に数字はダイアモンドダストのように消えていったという。

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(二十一世紀を前にエッフェル塔には
カウントダウンの光が入ったのはその数年前だった。翌年の年賀状にしました)


(二十一世紀寸前の自写のエッフェル塔)
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  (2000年の12下旬のパリ、ダイアモンドイリュミネーションが初めてエッフェル塔に灯った年でした。
カシャッとちゃんと記録をとっていましたね〜〜〜一期一会です!
二十世紀の後半に巴里に生き、その世紀の最後にこうして又パリでのこの一瞬は
死ぬまで、いや死んでも記憶に残るでしょう!
そして、その後はこのブログに残るのかしら????)

 そして日本にて私たちは二十世紀から二十一世紀への橋を渡たるこの日に、K先生、Yさんのお招きで、
京都の名宿の俵屋さんで<行く年来る年のお正月>をすごしていた。
折しも京都では、21世紀の幕開けを記念して、大文字・五山の送り火が全山点火したのだ。
「21世紀京都幕開け記念事業・京都21」の一環として、大文字五山保存連合会の協力であった。
お精霊さんと呼ばれる死者の霊をあの世へ送り届けるとされる、京の夏の夜空を焦がす伝統行事が、
なんと真冬の真夜中に行われたのだ。
関係者のお話しだと、長引く不況を追い払い二十一世紀に向けての平和を願う灯である気持ちが
あったのだという。

 お盆以外に送り火が灯されるのは、江戸時代依頼の記録では七例目で、
近年は昭和十年の、前年の室戸台風襲来で倒れた樹木を弔うため大文字点火だけだというから
平成では初めてのこと。
それもお盆以外に五山全てが灯されるのは、明治24(1891)年に、
ロシア皇太子入洛で全山点火依頼の歴史上は二度目のことであったのだというから、
私たちは歴史的な一夜に京の都にいたことになる。ありがたいことだ。

 案内されたビルの屋上を右往左往して、午後9時から大文字、妙法、船形、左大文字、鳥居形の順に
点火される灯火を、出たばかりのデジカメで、私は必死にカシャカシャとシャッターを押していた。
この2000年の大晦日の日は市内の大路、小路にも大行灯や蝋燭やかがり火が灯され「灯路祭」も行われた。

真夜中の除夜の鐘の前には、京都市役所前の広場で、その五山の“炎”と「鞍馬の火 祭り、
岩倉の火祭り、広河原の松上げ」の三箇所の“炎”が勢揃いという世にもまれなる行事が行われた。
あまりの人の多さに途中で引き上げた私たちを京都の粋人が宿でまってくださっとのが、
ついさっきのような木がしている。
十年一日、ディケードの2000年!
なつかしい十年前の思い出が蘇ってきた大晦日。

 行く年をありがとう〜〜〜〜〜!
ふるえる気持で、来る年を、この手のひらで受け止めよう〜〜!


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 (五山で炎が上がる、、、、、如意ヶ岳(大文字山)、「大文字」点火、

a0031363_23264029.jpg  (「松ヶ崎妙法」点火、、、、、、、、、「舟形万灯籠」点火、、、、)

a0031363_23271090.jpg(「左大文字」点火、、、、、、「鳥居形松明」点火、、、、、)


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(「鞍馬の火 祭り、岩倉の火祭り、広河原の松上げ」の三箇所の“炎”が勢揃い)

 〜〜〜〜この十年、この記録の写真が京都市の記録にもクーグルの検索にも現れないと友にいわれて、
あえての=歴史的!な一瞬を、ブログでのアップです)〜〜〜〜〜〜

(この代一次代の200万画素のデジカメで、ブログには十分なのかもしれません)
by pretty-bacchus | 2010-12-31 23:52 | ♥Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(10)

窓越しの吹雪音無しモノトーン >>窓越しの吹雪音無し宿ふたり
2010年12月20日 月曜日 晴

 クリスマスカードを創っていて思わぬ切り傷を手の甲に作ってしまった。
それも十字に、、、、まあ〜〜ジーザスクライスト!
普通より厚い紙で切ってしまった傷ってちくちく痛い〜〜〜〜。
このへんで休憩しなさいということでしょう、、、、はい。

 現像ソフトのテストで古い写真の整理を少しばかり、、、、。
新しいソフトを導入したときには、時には試行錯誤が必要なのだろう、、、、

 今夜は、Nさんからいただいた<龍の瞳>という珍しい日本一にお米をたいていただくことにしましょう。

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 (十年前の冬に会津で、、、)
by pretty-bacchus | 2010-12-20 23:59 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(31)

ヒマラヤの青い芥子の思い出
2010年6月21日 月曜日 晴れ

 日の出 04時25分  : 日の入 19時00分
  月の出 13時57分  : 月の入 00時08

 朝が早く、日没が7時より遅くなったのだ。
朝顔は17も咲いた。

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 郁子さんのコメントで、ヒマラヤの青いけしを、私も見ていることを思い出した。
母の80歳の誕生日の日だった。2000年5月5日。もう十年も前になるのだ。
もう十年も前のことになるのだな、、、、

淡路の「淡路花博2010 花みどりフェア」
<淡路夢舞台>を同じゅうしてオープンした淡路ウェスティンホテルにご招待を受けたときだった。
珍しく飛行機で大阪に入り、それからボートに乗って淡路の港に入った。
花博は始まったばかりで外の花はまだ満開になっていなかったが、ドーム内の
花々は見事だった。
いつもあまり見られない花とか、わすれなぐ忘れな草とか自然の花が自然が状態で会場一杯にあった。

a0031363_2041646.jpg (淡路に向かう海は荒れていた、、)

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 ヒマラヤの青いケシ<Meconopsis grandis Prain メコノプシス・グランディス>は、
大きな8cmくらいの花を咲かせていた。
花色も薄い紫から深い青までと様々に変化するようだが、薄紫の清楚だがしっかりし青い色だった。
この花は二坪位の一段高い場所にあって、ここだけ撮影禁止になっていた記憶があるが、
どういうわけか写真は残っていた。

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a0031363_207790.jpg (黄色いのはメコノプシス・パニクラータかもしれない。)

a0031363_2010051.jpg (ストレプトカルプス)

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a0031363_20132580.jpg (青い矢車草)

a0031363_20141495.jpg (青い芥子)

a0031363_20143321.jpg 

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#IMAGE|a0031363_2015459.jpg|201006/22/63/|mid|640|480#]

(外の庭園には珍しいバオバウの木もあった)

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 (母はまだ若かったな、、、)

 FUJI FinePix4700Zで、この時初めてデジカメを使ったのだが、二〇〇万画素のデジカメ初期の写真なのに
記録としては十分。今の一二〇〇万画素とかの時代が夢のようだ。

デジカメ時代になって撮ったままで眠っている写真はまだまだ沢山ある。
たまには整理をしなくてはいけませんね、、、、

http://keico.exblog.jp/8780778
2009年8月8日 土曜日 
セルフポートレートとカメラ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 日没時間を少し過ぎたころに木のむこうの空が赤く燃えてきた。
急いでカメラを構えた。

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(pm7:17)
by pretty-bacchus | 2010-06-21 23:58 | ◐Nature空,海,夕陽,緑花,鳥蝶 | Trackback | Comments(0)

ヴェニスで「冠水」のニュースに、8年前のヴェネチアを思い出して、、、
2009年12月3日 木曜日 雨a0031363_16434625.gif

 雨、あめ、、、あ〜め、、、ちょっと憂鬱で予定を変えてしまった。

ヴェネツィア、ヴェニスでは「冠水」アクアアルタなのだそうだ。
世界遺産のピアッツァサンマルコ広場が4メートルも水に埋まったら、回廊のある建物はどうなってしまうのだろう、、、
ドゥカーレ宮殿やサン・マルコ寺院だって例外ではないだろうから、、、、、
でも現地の人は陽気なのだそうで、、、それだけでもよしというわけだそうで、、、。

2日目のベネチア「冠水」、それでも陽気な人々
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2670004/4982283
2009年12月02日 12:38 発信地:ベネチア/イタリア

 ヴェニスは2001年が最後の訪れとなっているのかな?
いやその後一度いっているかもしれない、、、

この時はデジカメ事始めの頃、ファインピックスFUJI FinePix4700Zでパチパチ撮っていたものだ、、、、
(この位で十分なのであろう、、、)

日本から遅れて着いた岩崎君に、どうしてもヴェニスの街?を見せてあげたかった。
ヴェニスの空港から、ミラノ駐在員の春子さんの運転で、ヴェニスの駐車場へ。
ヴァポレット(水上バス)に乗って、リアルト橋まで直行。
軽く食事をしている内に、最終バスの時間になってしまって、結局水上タクシーで駐車場に戻った。
更に走って、ヴィニタリー会場近くのヴェローナのホテルに着いたときは真夜中を過ぎてしまっていた。
なつかしい想い出を、ヴェニスのニュースで思い出している、、、、。
もう8年も経っているのに、つい最近のようが気もしてしまう、、、想い出っておもしろい!

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a0031363_22401025.jpg  (営業部で最後まで活躍してくれた岩崎さんと、ミラノの駐在員でなくてはならない人だった春子さん。
二人とも元気にしているのだろうか、、、)


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(水上バスの中でカシャッと、、、向こうにリアルト橋が写っている。
バスのガラスと光のイタズラで面白い一枚となった、、、)

(200万画素で十分ですね、、、)
by pretty-bacchus | 2009-12-03 23:59 | ♧Journey海外2001仏イタリア | Trackback | Comments(7)