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ロダンの<ラ カテドラル La Cathedrale>が夕日に映えて
2015年1月22日 木曜日 雨

 母はいつも言っている、
“スケジュール表は脳内手帳にありますから、、、と。
その母が最近は、“待ってくださいね、、、と、手帳をみるようになった。
数え年九十五歳だからやむを得ないことだろう。

 私も、手帳も使わないiCalも使わなくなってからもう何年になるだろう。
スケジュールが少なくなったこともあるが、なんとなく母をみならってみようと思ってのことだった。
でもそうはいかないようで、最近は机の前に自作の一年間カレンダーを下げて、そこに○を付けたり
△マークとかをしていたのだが、印はあるのにそれが何の予定かわからないことが起こった。

今年は珍しく数ヶ月後の予定もあるので、久しぶりにPC上にカレンダーを置くことにした。
MacのiCalは、iCloud上ではいつもレインボーが回りっぱなしなので、
結局グーグルのカレンダーを使うことにした。
グーグルのここのところの進化はすごくて、すべては必要と感じなかったのでそのままにしていたら、
まあ〜、なんといろいろ機能ができたのでしょう。

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まだまだある。

よく使っているのは、検索とグーグルマップで、Gmailは緊急の時だけだったが、
これに今日からカレンダーが加わることになる。

 時々臨時に使っているGmailも記録をたどったら2005年からのがかなり残っていた。
これも整理してきれいにした。
本体のアップルのmailの方も2005年からの記録が残っているが、mobilemeの時の世界中で1%しかない
騒動に巻き込まれ、そのうえiCloudだってうまくいっていない。
でも残してあることでとても便利に以前の記録にたどれたりできるからこのままにしておこう。
(スポットライトで検索してすぐにでてくるのもありがたい)
全てのメール記録をいつ削除するかを決めるのはまだ先で良いだろう、、、、。

 それにしてもそれらを使いこなす新しいMacが欲しいな〜〜〜。
2011年後半のMacBookプロのOSはスノーレパードのままでおいてある。
そうでないと、以前の記録がみられないものが多いのだ。
2013後半のはマウンテンライオン。
そろそろ新OSのヨセミテにしたほうが良いのかもしれないが、まだまだ迷いのまま、、、。
来月にはレティーナディスプレイの新MacBookエアーがでるという噂なので、それからでも遅くないだろう。

 氷雨の夜はご到来物の宮崎の鳥と、最後になった下仁田葱。
週に二度は肝臓を休めるようにいわれているので、ワインはじっとガマンの子。

 このMacの整理を少しして、2011年と2013年の旅のデータを完全に外付けハードディスクに移動。
簡易現像をしていないのがまだまだ沢山あるような、、、。
2011年12月のパリのロダン美術館から、まだブログに未発表のものを、、、。

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(ロダンの<ラ カテドラル La Cathedrale>が夕日に映えて。なぜ聖堂となずけたのだろうか!)
(反対側から、、、、)  
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よく見ると両方とも右手。誰かと誰かが手を合わせようとしているのだろうか、、、。

http://keico.exblog.jp/14202063
2011年12月18日 日曜日 晴れ その五
今日の巴里 18 December 2011 Paris~ロダン美術館

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http://keico.exblog.jp/14644374/
平成24年2月9日(木)  晴れ
ロダン美術館 <考える人>十態 & ゴッホ「タンギー爺さん」
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 このパリ、ロダン美術館所蔵にはロダンのコレクションも数多くある。
フィンセント・ファン・ゴッホ油彩のLe père Tanguyタンギー爺さんもそのひとつ。 
二階の一部屋に輝いている。
1887年夏頃に描かれたとされるこの作品はオーギュスト・ロダンのコレクションとなりここにある。
背景には浮世絵が描かれていて、ジャポニスムが最も良く表れた作品とされている。

ウィキペディアによると背景に描かれている浮世絵は文京区千駄木にある店「いせ辰」の版画が
基になっているという。
• 歌川国貞=三代目歌川豊国 「三世岩井粂三郎の三浦屋高尾」
• 歌川広重 「五十三次名所図会 四十五 石薬師 義経さくら範頼の祠」
• 歌川広重 「富士三十六景 さがみ川」

http://keico.exblog.jp/i38/
2011年12月の雨のパリ


 追記を数枚: (このミュゼにはすてきなカップルが多かった)

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by pretty-bacchus | 2015-01-22 23:58 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(6)

シテ島のノートルダム大聖堂のステンドグラスに願いを込めて
2014年12月22日 月曜日 晴れ

 朝の目覚めが気持ちよかった。
六日目でようやく時差がとれてきたようだ。
帰京してすぐにしなければならないことが山積していたが、それもどうやら一段落した。
友人の明日のレセプションに使うサンテグジュペリ伯爵のお手紙の翻訳もようやく終わって一安心。

 気がつくともうあと十日も残っていないのだ。
いろいろのことがあった一年だった。
そしてなんと時のたつのは早いことか!

 体が動くのはあと何千日あるのだろうか、、、と思っているうちに、
それはますます短くなっているというのに、切羽詰まって諸々を運べないでいる自分が歯がゆくてならない。

 パリで撮った写真はSDカードから二つのハードディスクに保存しで、カードはフリーにしたのだが、
どうやら一つのハードディスクの調子が思わしくない。
ぼちぼちと現像をしていきたいと思っているのに、、、。

 十四日のノートルダム寺院の内部をすこし。
久しぶりのノートルダム大聖堂だったが、その素晴らしさに息をのむばかり!
きっと何十日かかったって見終わらないだろう、、、。

(まずは正面の祭壇から、、、)
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(正面の十字架が!)

(薔薇窓を遠方から)
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(天上に輝く星を撮りたかったのに色がおかしくなってしまいました。クリックして大きくするとわずかに見えますが、、、)

(つづきはノートルダムその二で)

http://keico.exblog.jp/20528141/
2014年12月14日(日) 霧の朝、巴里六日目
ノートルダム大聖堂とリルケ、Xマスイリュミネーション
 
〜〜〜〜〜〜〜〜 写真をクリックすると大きくなります 〜〜〜〜〜〜〜
(天井の星もよくみえます)


 外からは、カテゴリ2004/2006/2008/2010年の旅にいろいろありますが、、、。

http://keico.exblog.jp/2473268/
2004.10.30
聖堂は朝の光で輝けり
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http://keico.exblog.jp/6050464/
2006/10/
ノートルダム尖塔
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by pretty-bacchus | 2014-12-22 23:58 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(8)

雨のパリ、アパルトマンからの眺めをふりかえって
2014年12月19日 金曜日 晴れa0031363_21252852.gif

 今回の旅は、写真のほとんどが部屋からのエッフェル塔とサクレクールとか、車窓からの雨のパリだけ。
やむおえずとはいえ良く歩いた。でも左かエッフェルと、アンヴァリッド、凱旋門、そしえ一番右には
モンパルナスタワーがそびえてパリの北の半分がみわたせてしまうので、とても楽しめた。

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(遠くにコンコルド広場の観覧車と、その奥に凱旋門、そして遠くにサクレクールが!)

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(お部屋ではもっぱらNikon D7100にTamron16-300mm DiII VC PZD Macroのセットで)

 十日から6000/2700/8700/4700/4600/700/3000歩と雨にふかれて歩いた。
タクシーを途中でおろされたり、弟の霊に連れられて彷徨したりと、ぎりぎりの状態で歩いたようだが、
なんとか目的地についた。
Fujifilm X-T1はいつも首から下げていたが、疲れ切るとシャッターを押す力がなくなっていた。

 日本に帰ってほっとしたらその疲れがでたようで、用事だけをなんとかこなして、あとは家でだらんとゆっくり。
旅の写真の整理はぼちぼちだが、昨日入っていたFUJIFILM X-T1の
バージョンへの更新が気になって、ダウンロードを試みたがどうもうまくいかない。
今回のバージョンアップでは、相原さんが書いていらした、
1. 最高速度1/32000秒の電子シャッター機能追加
2. 電子シャッター時のシャッター音、シャッター音量設定
3. 独自のカラーモード「クラシッククローム」を追加
など全部で二十六もの項目が改善されているようで楽しみだ。

 出発前に購入した
<FUJINON XF18-135mmF3.5-5.6 R LM OIS WR>
は雨のパリで一日だけ役に立ったが、どうもオートフォーカスの動きが気に入らずに、
結局<FUJINON XF10-24mmF4 R OIS>が常用になりそうな感じ。

 雪国の豪雪が心配な東京の夜、、、。



by pretty-bacchus | 2014-12-19 23:59 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(6)

パリから帰ってまだ一日なのに、なんだかずっと昔のことのよう
2014年12月18日 木曜日 寒い朝 

 今年初めての<冬日>だという。都心でも零度を下り寒い!
北国では雪がひどく屋根まで埋まっているお家もあるし、宅急便が停滞しているという。
新潟の友人もあまりの雪に驚いているようだし、、、。

 今回の旅は毎日雨だったこともあるし、いろいろハプニングがおきて写真はあまり撮れなかった。
雨で足下が悪くなるのが怖かったが、それよりも友人達から入ってくるパリの治安の悪さのニュースの方
が怖ろしかった。
iPhoneは街で使っているとまずひったくられる、メトロの中では駅に止まったあたりで
あっというまに盗られて、犯人は外に出て扉がしまってしまう。
昇りのエスカレーターを降りるあたりで前の人がつまづいてもたつくと後ろの人がもちろんもたつく。
その間にポケットから財布が盗まれる。
注意をして肩からかけていたバックの後ろの紐がナイフで切られてバックごと持ち去られた。
追いかける自身が無い人は本当に困ったことになる。

 それならばとタクシーブルーのタクシーを呼んで出かけたのだが、遠回りをして倍もとられてしまう。
パリに長い間すんでる人も、いろいろ方法を考えているようで、そこまでしないとパリには
住みにくいのだという。

 それでも観光客は毎日のように着くし、何十年も住んでいる日本人は沢山いる。
ちゃんと仕事をしてセキュリティーソーシャルに入って保険を納め、
滞在許可を十年ごとに取り直して日本人達。
ほんの数年をお国の税金でパリを楽しむ外交官や、大手商社の駐在員とは違って、
異国のパリで一生懸命に生きているってとても大変だろうが、すてきなことだ。

高齢者になっていき、さて骨を埋めるのは日本にしようか、それともこのままフランスにいようかと
考えるときに、今のフランスはありがたいという。
フランスでは、高校までは全部の費用が国持ちで更に三人になると毎月国家から十万円が支給されるのだそう。
病院も専門病院がいろいろあり、糖尿病と癌はその治療の全てを国が持ってくれるので、
日本に帰らずにそのままフランスで仕事を続ける人が多くなっているようだ。

異国人でも、仕事をした国で安心して老後を迎えられることはほっとすることだろう。
日本では、医療問題、少子化問題が参考になる話なのに、お国も厚生省もみむきもしないのが現状だ。
 
 結局、今パリのグランパレでしている<北斎展>にも、その他の美術館にも行かれず、
マルシェでの買い物も楽しまずに、何もおみやげも買えずの旅だった。
途中でアパルトマンの鍵の調子も悪くなったので、近くのカフェにプティデジュネをとりにもいかれずに、
日本からもってきたカステラとお番茶で朝ご飯!

 写真を少し整理しようと思ったが、帰国してからは以前にもましてばたばた、、、。
ひとつづつかたづけていかねばならない。

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(望遠を一杯にすると向こうがわのアパルトマンのお部屋が見える!?)

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(遠方にはサクレクールも見えている)

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(そして最後の日にやっと青空がでた)

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(モンテーニュ通りのクリスチャンディオールのイリュミネーション)

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 そしてシャンゼリゼも歩けませんでしたが、、、、、、

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(これはアパルトマンの壁に掛かっていた大きな写真です)

  〜〜〜〜〜〜〜
十二月十二日の(日本文化会館のコンフェレンスルームにおいての
「色を紡ぐ - しむらの着物」展のブログは写真がまだでアップ出来ていない)




by pretty-bacchus | 2014-12-18 23:59 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(8)

無事に寒波襲来の日本に帰りました
2014年12月17日 水曜日 晴れ

 着陸三十分前にアナウンスがあり強い風で揺れとのこと。
追い風だったのだろうか、予定より小一時間早く到着してしまった。

何ももっていないのに、税関はいつも気になるが、スムーズに通って、Aさんが迎えにきてくれていて
日本に一週間に起きたことをうかがいながらあっというまに自宅に到着。

 なんとかスーツケースの整理をすませてしまったが、なんだかどっと疲れが出てバタンキュウ〜〜〜でした。

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(国会議事堂の前を通過。選挙も終わってなんだか白々しい感じの議事堂、脇の道の黄葉がまだ残っていて、
このあたりは温かいのかしら?)

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     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
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(巴里では美しい若い女性によくあった、、、ついレンズをむけたくなる。パッサージュ ショワズールに新しくオープンしたカフェにて 10 Dec.2014 Paris)

   〜〜〜〜〜
by pretty-bacchus | 2014-12-17 23:59 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(4)

青空の巴里をさようなら〜〜JALの空の見えない苦しい機内へ
2014年12月16日 火曜日 晴れ 巴里六日目 出発の日a0031363_21252852.gif

 午前一時、エッフェル塔がちかちかし始めた。
あれ〜〜でもオレンジの鉄枠がみえず、ダイアモンドイリュミネーションだけがみえる。
やがてこのままぱっと消えてしまって、どうやらこれが最後の輝きだったようだ。

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 あまり寝ないのにぐっすり休んだ感じで寝覚めた。
東側にある寝室のボレ(防音防光の蛇腹)を開けた。
うふぁ〜〜青空だ〜〜!
太陽が見える。

最後の日になって晴れた。それもきれいな澄んだ空気の冬の朝。
リビングのほうの広い窓をいっぱいに開けて深呼吸!

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(シャイヨーキュウに日が当たり始めた)

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(午後になって遠くのサクレクールがはっきりしてきた、、、)

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 午後三時、巴里よアールヴォアール!

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(SIGMA DP1 Merrillで)


 十一時にジルさんがお願いしているものを届けてくださった。
お昼までに荷造りを終えて、初めてのご近所の散歩に出かけた。
モットピケの信号を左に折れるとサンシャルル通り。
エミールゾラ通りをこしてまっすぐ行くと教会につきあたる。
このあたりはパリのアパルトマンがあったコンバンションのブシコに近いので時々あるいたことがある。
古くからあるパリの街が上手に近代化していて、中流階級がすむカルティエで比較的治安が良いという処。
なつかしい感じが体中にみなぎり、青空と白い雲とお話ししながらウィンドーショッピング。
(あら中華料理のテイクアウトのお店ができている)

 なにしろ今のパリはますます治安が悪くなっていて、スリやかっぱらいが横行しているという。
今回も何度か怖い思いをしたし、タクシーも遠回りをする人が多かった。

 三時に育代さんと育子さんがいらしてくださり少しお話しし、育子さんに送られて三時半に出発。
空港への道は混んでいて一時間以上かかってしまった。
チェックインはスムーズにすんだのに、パスポートコントロールは、大勢の人が列をなしているのに係が少なく、
なんと一時間もかかってしまった。

JL046便は定刻を少し遅れて午後七時十分に離陸。
ボーイング777-300ERという初めて乗る機材。乗ってみて驚いた。細かい仕切りがあり、蜂の巣のようだ。
いや飛行機の中に墓石がぞろりと並んでいるようだ。

JAL SKY SUITEの9Hが今日の座席。
窓側がとれなかったので、右から二番目の席。
座ってみてさらに驚いた。どこからも外の窓からの景色が見えないのだ。
え〜〜?
右の人との間にスライド上下の板があり、それを少し下げてもらったら、窓側の席の人は三つの窓を一人占め。
左をみるとまったく同じ事のようで、真ん中三席の席にいたっては右も左も外はみえない。

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 飛行機の旅の楽しさって、機内から見える青い空、白い雲、朝焼けは夕陽はもちろん、地上の遙かかなたに
光る海や川だったり、地図帳でみるのと同じ形の半島だったりする。
時には富士山が見えたり、別の飛行機が遠くをすれ違ったり、、、、。
それがまったく遮断されてしまっているのだ。
なんだか息苦しい、この細かいパーティションはまるで空の墓場のようだ!

 夕食がすんで、まもなく機内灯は消えた。
この機の椅子はとても良く出来ていて、足台をのばしても自動的に背もたれが後ろにずれてしまうのではなく、
それぞれがうまく作動する。
きっとこういう所は新しい機種がまさっているのだろう。
ほとんど横になるフラットシート仕立てだが、ほどほどにして休んだ。
うとうととして目が覚めた。苦しい〜〜。回りは静か、、、でも
左隣の女性が飲みモノを頼んだので、私も安心してお茶を頼んだ。

少し落ち着いて窓を探したが、どこにも窓はみあたらない。
キャビンアテンダントが通ったので窓はどこのあるのですか?と問うてみた。
“あちらに、、、。
“ここにしゃがんでみていただけますか、、、”と、私の目線までおりてもらった。
“ほんとうですね、どこにも見えませんね、、、”
クレイムではないが一つの意見としてレポートを頼んだが、なんと
この閉塞感=他の人の視線を感じない席=を好きな人も沢山いるのだという。
でも私は次の旅は窓側がとれなかったら絶対にぜったいにこの機種には乗らないだろう、、、と思った。

 巴里では昔の知りあいは皆無で、何もかも変わってしまっていた。
でも空の旅の楽しさは変わらないで欲しいというのは、わたしは昔の女なのかもしれない、、、。
 
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追記;こんなふうに地上を見ながらの空の旅が好き!

http://keico.exblog.jp/12714463/
2011年5月31日 火曜日 曇り後 晴れ
五月雨や想うは宇宙青い空


by pretty-bacchus | 2014-12-16 23:58 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(4)

巴里の最後の晩は旅友と和食の<修>さんへ
2014年12月15日 月曜日 曇り時々雨 巴里七日目a0031363_21252852.gif
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 五時五十分に電話がなった。
弟のお通夜と告別式が終わって叔父と連れ合いを送って駅へ向かう下の弟の車の中だった。
懸案事項を亡くなる前にかたづけていたようで、静かに息を引き取った弟は、
母や子供達、友人やご近所の方々皆に送られて黄泉の国をしばらく彷徨いながら天国に召されるだろう。
二時間を不思議な時空を彼と彷徨った巴里で、私は昨日ノートルダム大聖堂でローソクを灯しお祈りした。

http://keico.exblog.jp/20528141/
2014年12月14日(日) 霧の朝、巴里六日目
ノートルダム大聖堂とリルケ、Xマスイリュミネーション
 
 着いて初めての雨模様でない巴里の朝。
ガラス戸を開けて入り口もあけてパリの風を部屋の中に通して深呼吸。
“巴里の街さん〜〜〜あと一日ですね〜〜”

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 朝のテレビでは、相変わらずデモの話題のフランス。
東の空が明るくなり晴れると思ったのに、まもなくまた雨が降り始めた。
それならば出かけずにゆっくりと写真の整理をしましょう、、、と
エッフェル塔、サクレクール寺院、アンヴァリッド、そして白くたなびく煙突の煙をながめながら、
Macに向かっている。

 夜は、昨日お世話になった<旅の友>いくこさんをお誘いして、鵜飼修さんKUSHIAGEのお店へ。
巴里に来る度にいっている好きなお店。
サン・ミッシェル広場の雑踏から歩くこと一分。大通りから小道を一本入った処、
ゆるやかな曲線の石畳に沿って堅牢な石造りの建物が続く中世のパリの名残を残すその一角に、
「レストランShu(シュウ)」はある。木製アーチの扉の上に日本語の「修」。

http://restaurant-shu.com
http://keico.exblog.jp/7768163/
以前のブログから
 誰もが背をかがめて入ることしかできない扉を下りる。
半地下に位置する「修」の店内の佇まいを見渡して、この扉を生かして正解だと思った。
隠れ家的な雰囲気のこの店に、この小さな扉はぴったりマッチしていた。潜り戸を一段下がる感じて降りると、
また横に引く透き通ったガラス戸があり、黒い漆喰の天上と柱を見事に生かした店の造りで、奥に串焼きにカウンターが数席で、
あとは五〜六テーブルで二十席くらい、奥の席が十席くらいか。

 夜の串揚げのコースは、38/48/68ユーロの三つだけで、お造り、串焼きで48のコースを選んだ。
お造り、時のモノ、小さなお寿司につづいて、ホタテや、椎茸や、フォアグラや、肉や野菜が、
一品ずつあがって持ってきてくれる。そして美味しい。
最期は稲庭うどんかお茶漬けを選べるので、稲庭にして、そのあとお願いして白いご飯に梅干し!
(いや〜日本人ですね!)

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(お品書きをみながらメニューで乾杯し、、)

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(オードブルは、、、)

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(お造りは鯛とホタテと、、、これが美味!)

a0031363_19454889.jpg(オーナーシェフの修ちゃん!)

a0031363_19461275.jpg(箸休めは手まり寿司)

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(串焼きは小さいが十数本続く、、、、。
最後は蟹の手で、これは日本から取り寄せているという懲りよう)

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(今回のパリの最後の夜のワインは、シャンパン、白、赤。
それもブルゴーニュのショレイ・レ・ボーヌの名城でした)


 お送りいただいて、格子戸をくぐり抜けて、、、、雨があがった巴里の街に出た。
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(右手前の扉をくぐり抜けて一段降りた処がお店。木組みの趣のある内装だ)

http://keico.exblog.jp/14159455/
2011年12月11日 日曜日 雨 その二
今日の巴里 09 December 2011 Parisの続〜串揚げの<修>さん

 森本育子さんは、旅行会社で海外旅行の添乗員のあと、パリとワインを憧憬して二十年前から
パリにすんでいらっしゃる。
もともとワイン好きだったが、仕事でワイナリー巡りをしていたときにビオワインの美味しさに目覚め、
アルザス地方のビオの造り手を四年かかって、アルザスの四季と103から選び抜いた
33のワイナリーの取材をして本をだしたばかり。

『アルザスワイン街道 お気に入りの蔵をめぐる旅』鳥影社
フランスの魅力は、なんといっても豊かな地方のバリエーションに尽きる。
地方を訪れずにフランスを語ることはできない。
とりわけ「アルザスワイン街道」を抜きにして!
「アルザスを知らないなんてもったいない!」

というわけだったよう。

<第一章 Savoir 知る>のアルザス地方の説明から始まって、
<第二章 Découvrir 見出す>で、ワインの説明と試飲の作法、
<第三章 Partir 旅立つ>では ストラスブールから始まるワインの旅へ、
そしてオー・ケーニグスブール城も忘れていない。
<第四章 Déguster 味わう>では、
 ワイナリー紹介やワイン用語の解説
<第五章 Savourer 楽しむ>では、旅に役立つホテルリストやレストラン、
そしてアルザスの名産と料理やメニューの読み方
<第六章  Information 旅の手引き>ではなんとTGVや電車の予約法から情報の仕入れ先までをも
説明してくれている。

 写真もレイアウトもご自分でなさったそうだが、この出版不況の時代に出してくれるところを探すのも
大変だったよう、、、。
そしてなにより嬉しいのは、訪れたワイナリーやお店に出来た本を届けてちゃんとご挨拶をし、
日本ではインポーターさんの皆さんとお披露目の会を開いたというのだ。
お見事! 昨今では雑誌やテレビの取材のクルーがあつかましく取材をして、そのあと何の報告もせずに
尻切れトンボの方々が多いというのに、たった一人で自分でパリとアルザスを運転して何年もかかって
一冊の本にしてそのけじめもつけられた。

 お話しをいろいろうかがう内に、私の脳内には1990年代後半に何度か訪れたアルザスの映像が蘇り始めた。
ドイツフランスの二つの国をいったりきたりの戦争体験をもつ地方に点在するお伽の国のような可愛い村々を!
フランス北西部ぶどう畑はヴォージュ山脈の東斜面に、幅1~5km、南北には約110kmにわたって
広がっていて、この山脈のおかげで、ぶどう畑は特殊なミクロクリマ(微気候)に恵まれている。

前世紀後半の数年を、フランス中をまわって新しい切り口で取材をつづけた、
菊池さん、青山さん率いるエールフランスの機内誌<ボンボワヤージュ>は、
過去の美しい思い出になってしまっているが、こうして世代を受け継いで更に新しい切り口で、
フランスをビオワインを日本に紹介してくれる人が出てきているのがとても嬉しい。

http://keico.exblog.jp/12917228/
2011年6月18日 土曜日 雨  << 私のアルザスはクリック,s.v.p
<アルザス ワイン街道はメルヘンの世界>


 素敵なご主人さまとのあいだには十八歳と十五歳の男がいるお母さん。
今夜のおかずには肉じゃがを用意してから出かけてらしたという。
今回アパルトマンをご紹介くださった育代さんや、育子さんのような世代の女性達が、
異国のパリで一生懸命に生きているってなんとすてきなことだろう。

(フランスでは、高校までは全部の費用が国持ちで、更に三人になると毎月国家から
十万円が支給されるのだそう。
異国に住む日本人にとっては老後が心配だろうが、糖尿病と癌はその治療の全てを国が
持ってくれる
ことがわかって、日本に帰らずにそのままフランスで仕事を続ける人が多くなっているようだ。
異国人でも、仕事をした国で安心して老後を迎えられることはほっとすることだろう。
日本の医療問題、少子化問題が参考になる話なのに、お国も厚生省もみむきもしないのが現状だ)


 弟がいなくなってしまってぽっかりあいた心の中に、新しいパリでの希望をいただいて
美酒に酔った巴里の最期の一夜でもあった。

 雨があがった夜のサンミッシェルからタクシーで帰宅?
一緒にあがっていただいたので、鍵もスムーズに開いて安心して最後の巴里の夜をすごすことができた。

 エッフェル塔は最後の定時のダイアモンドイリュミネーションで旅人を楽しませてくれている、、、、。

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(右の方にはモンパルナスタワーが輝いている)

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(正面にはアンヴァリッドや凱旋門からでる青い光、そしてエッフェル塔!)

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 (定時にはダイアモンドがキラキラと光り始める、、、)

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by pretty-bacchus | 2014-12-15 23:58 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(1)

ノートルダム大聖堂とリルケ、Xマスイリュミネーション
2014年12月14日(日) 霧の朝、巴里六日目 a0031363_21252852.gif

 早くに目が覚めてしまった。
日本ではそろそろお通夜の時間だろう。
八時を過ぎた頃から近くの教会の鐘が鳴り始めた。
テレビではパリのいくつかの教会の御ミサの中継が始まった。
母と弟と連れ合いに電話。
弟の葬儀を思い、パリの空からそれぞれに気持ちを託した。

http://keico.exblog.jp/20517282
2014年12月12日 金曜日 パリ 雨の暗い朝 その一
雨の暗い巴里の朝に弟の訃報をうけました。
             
 今朝もう一つの訃報が入った。
柳澤保雄氏が亡くなられた。
出発前に持ってくる予定の本の氏の<ヨーロッパ美術を読む旅>もあったがおいてきてしまっていた。
柳澤保雄氏は朝日新聞事業株式会社代表取締役社長を長いことなさって、今の朝日サンツアーズの
旅シリーズの元を築いた方。
<美の旅>も<たのしい仲間>も彼と間辺さん、亡くなった奥氏、国松さんなどのスタッフの賜だろう。
その旅を創りはじめた1980年代の初めにご一緒させていただいたことが何度もある。
独特の感性とオーラを持った方で、私のエールフランス&メリディアンチェーンの時代には
最後まで応援してくださった。
心よりご冥福をお祈りします。

http://keico.exblog.jp/653487
2004.07.14
シリア、ヨルダン、レバノンへの旧約聖書への旅

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(右がゼノビア女王を偲んでのパルミラの夕景に立つ陰が柳澤社長)

http://keico.exblog.jp/2253878/
1995年2月
1995ルーヴルを語る~1999までの日記の一部

http://keico.exblog.jp/5971643/
2007.08.08
Condolence  内田勝久さんが亡くなった。

http://keico.exblog.jp/12342785/
2011年3月29日 火曜日 晴 その一
生かされん命なれかし春霞>>朝霞

http://keico.exblog.jp/16969800/
2012年12月11日 火曜日 晴れ
浅草で<楽しい仲間の旅>の忘年会

http://keico.exblog.jp/19861610/
2014年6月1日 日曜日 晴れ
1995年のパリ、英国、北欧、ヴェローナ、ヴェネツィア、ボルドー

(柳澤関係で追記)
http://keico.exblog.jp/11684667/
ロマンスカー車窓周りて雪の富士
2010年12月8日 水曜日 晴 寒し

 雨の巴里の朝に、ふくみ先生の<晩禱 - リルケを読む>を再読している。
先生が一昨年に書き上げられ上梓されたリルケ関係の内の一冊。
先生がずっと持ち歩いていて、ついについに読み込んでいく過程が切々と語られている。
ほんとうに行き詰まるような精神に裏うちされ、読者をひきこまずにはおかない文脈がつづく。

私の宝物
http://keico.exblog.jp/8334271/
2009年5月30日 土曜日 雨
志村ふくみ先生 限定版「白夜に紡ぐ」



後半の<孤独と絶望からの再生=マルテの手記>の最初の章が、<巴里行き止まりの露地>。
>>9月11日トウリエ街にて
人々は生きるためにこの都会集まってくるらしい。 しかし、僕はむしろ、ここでは皆が死んでいくとしか思えないのだ。
僕は今外を歩いてきた。中略
子供は眠っていた。大きく口をあけてヨードホルムいやいためた馬鈴薯や精神的な不安などの 匂いを平気で呼吸していた。
僕は感心してじっと見ていた。ーーーー 生きることが大切だ。
とにかく、生きることが何より大切だ。<<(大山定一訳)


 リルケがブレーメン近郊のヴォルプスヴェーデに妻子を置いて 「ロダン論」執筆のためという名目で
パリに出て来たのは 1902年リルケは27歳のときだった。
いくつかの詩や戯曲を書いてすこし出始めたばかりだが パリでは全く無名の孤独な青年にすぎなかった。
その彼が最初に部屋を借りたのはトゥリエ街十一番地であったのだ。
ノートルダム教会でローソクに灯を灯し弟の冥福を祈った後は、トウリエ街に行ってみようと決めた。

 どうやら雨があがったようだ。
まずはサンルイ島に車を止めて、ノートルダム大聖堂まで歩いた。
日曜日で人の波だったが、数分で中に入ることができた。
マリア様に手を合わせて、主祭壇に向かって着席してしばしお祈り。
弟の八尾莞爾のことを、子供の頃の思い出がつきない、、、。
こんな風にノートルダム寺院でお祈りしたのは初めてかもしれない。

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〔太陽が雲間から時々顔をだす、、、)

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(橋を渡ってシテ島へ)
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(ノートルダムの北側は閉まったまま)
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(正面のタンパン)
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 (サンルイ島までは、反対側の中庭を通って歩いた。なんとこの橋も鍵で一杯だった)
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 トゥリエ街はパリ左岸の リュクサンブール公園とパンテオンのちょうど間に右に五棟左に五棟の
数十メートルのある小さな通りだった。
(写真を撮ってふくみ先生に送りたい。)
普通のパリのアパルトマンの入り口。 ドアの前の石段はすこしすり減っている。
ライナー・マリア・リルケはこの建物の一番安い最上階に住んでいたという。
毎日必死に階段を上った降りたりして、ひとりパリの孤独を味わっただろうか。
前のカフェでは、孤独を楽しんでいるような中年が一人ぼつねんとしていた。
この通りには日本人が定宿にしていた安ホテルがあり、このリルケの住まいの隣だったそうで、
留学中の黒田清輝や明治の日本に活躍した芸術家や文化人(与謝野晶子も?)が若き時代を
この場所ですごしたという。

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(リュートゥーリエ)

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(この扉の最上階の屋根裏部屋?)

折しも巴里は狂乱の時代といわれた1910~20年。
ことによったらレオナール・フジタ藤田 嗣治も遭遇していたかもしれない。
この時代はレオナール・フジタの名声の陰に隠れて、多くの日本人画家が巴里に住みながらも
焦燥していたともいわれ、ある画家の夫人は九十歳までお元気で、往事の巴里の生き証人だったが
昨年に亡くなられたこと。
そのレオナール・フジタ藤田嗣治の生涯を描いた映画がJO主演で今撮られているそうで
友人が少しかかわっている、来年が楽しみだ。

 ボードレールの『パリの憂鬱』とリルケの『マルテの手記』に及ばず、パリには二つの顔があるといわれる。
一つは明るく陽気で自由青春謳歌の<生>のパリ、もう一つは陰鬱な「死都」としての巴里。

 その巴里で、暗い雨ばかりの厳冬の巴里で弟の訃報に接し、また柳澤さんのことを知り、
人の命を考えてしまう。
そして、それを越えて生きることを真剣に考えなければならないのだと、
ノートルダム大聖堂で祈りながら思っていた。
残された命は何千日、ことによったら巴里はそろそろ遠い国になり、
日本でしなければいけないことに専念しなければいけないのかもしれない。

 マドレーヌ寺院の周りを一回りして、サントノーレのイリュミネーションを車窓からカシャカシャ、
コンコルドからシャンゼリゼ通りに向かっていただいた。
今年のクリスマスイルミネーションはなんだか寂しく、LEDの限界なのだろうか。

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(色が変わって、、、とてもきれい!)
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(フォーブールサントノレ通りを横切って、、、)

a0031363_1010588.jpg(マキシムドゥパリを通って、コンコルド広場へ)

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 彼女は旅案内のお仕事もしてらっしゃるのでいろいろ詳しい。
巴里の最近のホテルは普通のホテルも値段が上がって高いのに、高級ホテルがどんどんオープンしている。
クリヨンがリノヴェーションに入り閉まっているが、ジョルジュサンクのフーケッツの後にオープンしたのが、
シャングリラとペニンシュラ。ザ・ペニンシュラパリ - Parisは凱旋門に近いアベニュークレベール19番地に
数ヶ月前にオープンしたばかりで、六年を費やして造られたそのデザイン、ラグジュアリーさ、
快適さにおいてパリの最高級ホテルになっているのだそう。

それならばとクレベール通りにはいっていただいてペニンシュラを横に見て、
突き当たりの広場の角のカフェでお茶。
ここはあまり観光客はこず、現地のクラスの人が多いようで、男性女性がとてもシック!
お茶のつもりが軽くサラダをとったのだが、その大きさにビックリ!
サンテミリオンの赤ワインで乾杯して、いろいろ話し込んでしまった。
今夜も鍵があけにくいかもと心配していたが、鍵が得意な彼女が送ってくださって一安心。

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 無事に帰宅。真夜中に借景のエッフェル塔は雲間にゆれて、ふわ〜と飛びついてしまいそう。
そういえば亡くなった弟は子供の頃、大雪の日に、がらがらと何枚もの板戸を開けて戸袋にしまう作業の途中で、
雪の美しさにその雪の上に躍り出てしまったことがあったのだ。

 巴里の最期から二日目の夜は静かに暮れてゆきました。

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(モットピケイのメトロの屋根。タクシー乗り場もみえている)

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by pretty-bacchus | 2014-12-14 23:58 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(2)

「色を紡ぐ-しむらの着物」展in Paris ワークショップ
2014年12月13日 土曜日 雨 一日雨a0031363_21252852.gif

 (日本文化会館のコンフェレンスルームにおいての昨日の
「色を紡ぐ - しむらの着物」展のブログは写真がまだでアップ出来ていない) 

 今日はふくみ先生の染めのワークショップが三時からあったのだが、小さなお部屋での人数制限と
消防法とかの為に参加することが出来なかった。
たまねぎ、茜、くちなしなどきれいに染まったとのこと。
(席をとっていただいていたと後からうかがったがトゥロタール!)

 夕方にもう一度ゆっくりと展示のお作品を見て回った。
今回の展示のデザイナーさんに脱帽!

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(ふくみ先生のご著書の<伝書>のなかから選ばれたお言葉が新しい作品として右側に掛けられて、
対面には、その翻訳のようが形でフランス語で大きく展開されている。)

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(フランス語は左から、LA VIE、LES COULEURS, LES PLANTES,  LES ANIMAUX, LES MENERAUX, LA NATURE)
 (染められた糸は奥に、、、)
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(この関係の写真も日本に帰ってからゆっくりと整理してここの追加しましょう)

追記:「色を紡ぐ - しむらの着物」展
http://keico.exblog.jp/20517282/
2014年12月12日 金曜日 パリ 雨の暗い朝 その一 巴里四日目
雨の暗い巴里の朝に弟の訃報をうけました。

 七時からは、先生と日本からいらしていた十四人の方とご一緒のディナー!
エッフェル塔が見えるおそらく三百六十度見渡せるレストランで会食。
(LES OMBRES、LE RESTAURANT DU MUSÉE DU QUAI BRANLY)
今後のご予定などもうかがうことができて、ますますのご活躍を心よりお祈りした。

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(雨の中をわたしはしばらく歩いて会場へ、、、)

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(ふくみ先生と郡山美術館館長の佐治さん)

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(アパルトマンからの真夜中の巴里の街の灯)
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以下、会館のホームページから
http://www.mcjp.fr/「色を紡ぐ/「色を紡ぐ
本展は、植物染料による独自の芸術的織物と文筆作品でも知られる染織作家、紬(つむぎ)織りの人間国宝である
志村ふくみと、その薫陶を受け、藍染めに新たな世界を探る志村洋子の作品約40点を紹介します。

会場では、染織表現の実践と東西の色彩研究の過程で著わされた本から抜粋した文章と思索の言葉を
作品鑑賞への導入として掲示します。
また、染色の素材となる植物や染められた糸、染織の工程を説明したパネルの展示により、
自然界の命を映しだす創作の過程を紹介します。

志村ふくみは1924年、滋賀県近江八幡市に生まれました。柳宗悦の「民藝運動」の思想に触れ、
1955年に染織の道を志し、日本の農家の女性たちが普段着の着物として織ってきた「紬(つむぎ)」を対象に、
自ら草木から染め出した多彩な色糸を独自の感性によって織り込み、紬織り着物に新しい美の世界を構築しました。
その特筆すべき感性と優れた染織技術により、1990年に紬織りの重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、
90歳になる今も、自然とその色の無限の多様性に魅了され、その思いを作品の中に表現し続けています。

パリ日本文化会館における本展が、志村ふくみと実の娘である志村洋子のフランスでは
初めての展覧会となります。二人の作家にとって、染織は単なる芸術活動ではなく、
何よりも自然と私たち人間との共生のための思索であり探求であるのです。

日本人の美意識の中で色彩感覚は大切で、江戸時代に流行した「四十八茶百鼠」という表現にも表れています。
そして、志村ふくみの創作においても、この日本独自の色彩文化が継承され、色の選択に細心の注意が
払われています。京都の緑に囲まれた工房周辺の丘で、紫根、茜、蘇芳、くちなし、玉ねぎなど、
多種多様の植物から染料を用意します。

志村ふくみは、紬織り着物に洗練された抒情性を与え、芸術にまで発展させました。
紬は、長い間、農婦が織る庶民の普段着との布でしかなく、古くから伝わる縞や絣など平凡でありふれた文様に
限られていたため、友禅染のような芸術性を備えたものにはならないと思われていました。

染織の道に進み、母親のもとで学び始めて3年で、第5回日本伝統工芸展に紬織着物を出品し
奨励賞を受賞します。独創性と色彩のハーモニーからなる美的感性によって、紬織を変革しました。
日本の古典的色彩論の研究に始まり、1980年代にはゲーテとルドルフ・シュタイナーの色彩論の研究へと至り、
洋の東西を問わず色彩論を究め「かつて一色に十年と思っていたが、この頃は一色一生と思っている。」
と語っています。

志村ふくみにとって、染織はひとつの哲学であり、「色には色ではない宇宙の神秘がある」と述べています。
それは、私たちが目にする色彩はそのままの色素としては抽出できないからです。
植物による染色をとおして、自然の内包する無限の世界を垣間見て、生命の神秘、
自然の中における人間の位置ついての理解に至ります。
1990年に洋子と共に創設した工房で、月齢を示す暦に基づき四季の移り変わりを見つめながら
創作を続けています。

ノーベル賞作家、川端康成は1970年にある図録の中で、志村ふくみについて『優雅で微妙な配色にも、
自然にたいする謙虚で素直な心が通っている。』と述べています。


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 ふくみ先生関係のブログはいろいろあるがアルスシムラ関係では、、、

http://keico.exblog.jp/17654086/
2013年4月16日 火曜日 晴れ
志村ふくみの<アルスシムラ>開校式&入学式とレセプション
27日まで開催中のプレオープン展「シムラのルーツ」は、ふくみ先生の染めと織りの源流を、
第一章から第八章までの形で展開されていて、それは、江戸から明治大正昭和へと日本人の<知と技>
<心と魂>の伝承の歴史そのもののようだ。


http://keico.exblog.jp/17463363/
2013年3月15日 金曜日 晴れ 京都にて
「細見美術館特別展 志村ふくみ・志村洋子 作品展 しむらの色 KYOTO」その一

http://keico.exblog.jp/17488692/
2013年3月19日 火曜日 曇
「細見美術館特別展 志村ふくみ・志村洋子 作品展 しむらの色 KYOTO」その二
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http://keico.exblog.jp/17620941/
平成25年4月15日(月) 晴れ 2013年4月15日 月
志村ふくみ・洋子の染織の世界 <アルスシムラ>
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http://keico.exblog.jp/17660953/
2013年4月17日 水曜日 曇のち晴れ
志村ふくみの<アルスシムラ>第一日目の授業
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http://keico.exblog.jp/17700781/
志村ふくみの<アルスシムラ>2013年4月24日 水曜日 雨
志村ふくみの<アルスシムラ>第二日目の授業
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http://keico.exblog.jp/17706131/
2013年4月25日 木曜日 晴れ
<アルスシムラの本科必須の美術の実習講義>
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http://keico.exblog.jp/17768413/
2013年5月8日 水曜日 晴れ
志村ふくみの<アルスシムラ>第三回目の授業
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http://keico.exblog.jp/17811628/
2013年5月15日 水曜日 晴れ 京都
さかのぼって、志村ふくみの<アルスシムラ>第四回目の授業
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http://keico.exblog.jp/17850420/
2013年5月22日 水曜日 晴れ 真夏日か?
志村ふくみの<アルスシムラ>第五回目の授業。
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http://keico.exblog.jp/17869799
2013年5月29日 水曜日 雨 京都にて
NHKのプロフェッショナル <いのちの色で、糸を染める 染織家・志村ふくみ >
〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/17915687
2013年6月5日 水曜日 晴れ
<アルスシムラ>第七回目、京都通いも慣れてきましたが、、、
〜〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/17949306
2013年6月12日 水曜日 京都にて 雨の予報が快晴
<アルスシムラ第八回目の授業の日>の京都は猛暑日
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/17985541
2013年6月19日 水曜日 京都は雨
<アルスシムラ第九回目>本織りがはじまりました

http://keico.exblog.jp/18015715
2013年6月26日 水曜日 雨
<アルスシムラ>第十回目の授業で織りの様子がわかってきました
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/18015715
2013年6月26日 水曜日 雨
<アルスシムラ>第十回目の授業で織りの様子がわかってきました
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/18046676/
2013年7月3日 水曜日 京都にて雨
<アルスシムラ>の十一回目の織りの様子
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http://keico.exblog.jp/18047007
2013年7月4日 木曜日 京都は今日も一日雨
アルスシムラの補習で織りを進める
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http://keico.exblog.jp/18078487
2013年7月10日 水曜日 晴れ 猛暑日
猛暑の京都でダウン、アルスシムラは午後からに
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http://keico.exblog.jp/18080076
2013年7月11日 木曜日 晴れ 猛暑
アルスシムラの補習で織りは大分慣れてきました
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http://keico.exblog.jp/18130202
2013年7月17日 水曜日 晴れ その一
<アルスシムラ>十三週目になりました
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http://keico.exblog.jp/18207427/
2013年7月24日 水曜日 晴れたり曇ったり
<アルスシムラ十四週目>織りの最後となりました

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http://keico.exblog.jp/18337879
2013年7月31日 水曜日 雨のち曇り
<アルスシムラ十五週目>最後は嵯峨の都機工房で卒業式

http://keico.exblog.jp/18831918/
2013年10月20日 日曜日 雨のち曇
アルスシムラの予科第一期生<水桜会>の第一回同窓会



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by pretty-bacchus | 2014-12-13 23:58 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(8)

グルメの殿堂ペトロシアンの試食にお招きをうけました。
2014年12月11日 木曜日 曇り             巴里三日目a0031363_21252852.gif

 ペトロシアンの試食にお招きをうけました。
たった一人のための豪華な<試食の昼>
指定されたお店は七区の本店ではなく、新しく十七区にオープンしたばかりのお店。
出発前にS氏からのご依頼で、以前のようにクリスマスギフトを日本へ送りたいが、
新しいアイテムのリサーチ?
数週間前からメールがいったりきたりでさっぱりらちがあかなかったG氏とは旧知のかたで、
すぐに昔のシンパシーを取り戻した感じ。

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ペトロシアン(Petrossian)は、アンヴァリッド近くに百年前から店を構える老舗で、
グルマンやグルメを自認する人々の間では、ここを知らないことは許されないだろうというお店。
美食の世界三代珍味のキャビア、フォアグラの専門店。カスピ海で腹を空けられた
チョウザメから取り出された黒い真珠を味わうことができる。

新しいお店は七区のようにロシアの亡命貴族の廃頽を目の当たりにする優雅なスラヴ調の内装ので
なかペトロシアンというお店だった。
キャビアのカテゴリーはワイントン条約で2008年頃からアイテムが激変して、いまや新しい別世界の感じ。

ソモン・フュメももちろんキャビアもフォションよりも更にワンランク高級とされ、造り手との契約には
三年もかけて厳しい検査があるという。
この界隈の人たちを顧客とみこんで、当日料理されたプレタマンジェの皿がいろいろならんでいる。

 日本ように考えられた、キャビアの試食は、ベルーガ、オシェットラ、サシャットラ、
Caviar Alverta® Imperial。今はセブルーガはほとんどとれないという。
上級のカヴィアの色は決して黒ではなく輝く濃いグレ−。
ブリーニにそっと載せて口に運ぶと味わうまえに微香が鼻腔をくすぐる。
ソーモンもスモークの仕方が違う物をいろいろ味わいつくすことができた。

 ~~~その他の写真は帰国して整理してからアップします〜〜〜

 夕方からは友人のご子息の結婚式に出られなかったので、ささやかなお祝いをさせていただいた。
昔の友人の衣川さんの息子さんがカウンターにたつお店で、パリのお寿司をたのしんで乾杯!
送っていただく車窓からささやかなパリのXマスツリーを激写して自己満足。

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(ヴァンドーム広場のホテルリッツのクリスマスツリー)
 〜〜〜〜〜〜
 新しいお部屋からの眺めは素晴らしい!
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(アンバリッドにも灯が灯り、、、遠くにサクレクールが見えている)

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(pm5:00 エッフェル塔に灯火が輝き始める)
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(向い側のアパルトマンにも火が灯され始める、、、)

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(右方向に凱旋門が見えました!)

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by pretty-bacchus | 2014-12-13 23:28 | ♧Journey海外2014PAR巴里 | Trackback | Comments(0)