タグ:☆回想のわが巴里の街1990~2000 ( 109 ) タグの人気記事

黄色は希望の春の花色>透きとうった花瓶に巴里を想って
2017年1月17日 火曜日 晴れ 

 なんとも良いお天気だ。
寒さをいいことに家で少しかたずけものを、、、。

透きとおったガラスの花瓶は、その昔パリのノミの市で五十フランくらいで買った可愛いのとか、
どっしりと重いサンルイのクリスタルとかもいくつかあって花によっていろいろ楽しんでいる。

でも一番愛着があるのはなんてことはない巴里十五区の裏路地の小さなお店で求めて
ずっと巴里のアパルトマンで使っていたもの。

 そういえば、何年かまえに銀塩時代のパリの写真の一部をデジタル化したときに数枚混じっていたはず。
ごそごそとMacの中を探してみたらありましたね、、、、。

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2015年1月18日 日曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年の巴里十五区の初夏

 黄色いチューリップの後ろはミモザ!
黄色は春まちの頃の希望の色なのです。
アパルトマンの一階はお花やさんだったので、季節の花が十本一束のお買い得でいつも帰宅の時に
いただいたのでした。

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(1999年とあります)

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(時には黄色いバラも、、、)
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 パリではそろそろ黄色いミモザがニースから届く頃かしら?
エールフランスの佳き時代には、毎年ミモザがたくさんカーゴ便で送られてきて、
社員皆んなで楽しんだものでした。
青山ビルの中地下にあったケイフローリストさんにもさしあげたことがありましたね、、、、
なつかしい佳き時代です!!

 青い空が切れいた冬の午後でした。

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 〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 寒い寒い冬がようやく終わるころ、パリではまず黄色いレンギョが芽吹き始める。
「あ〜〜やっと春が来た! 道が凍らなくなるのだ、、、よかった〜〜〜、と思ったものだ。
パリの西南のポルト・ド・オルレアンからオートルートを南に20分ほどでオルリー国際空港に着く。
(そのころは未だ成田空港もシャルル・ド・ゴール空港も存在しなかった)

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2007.05.22火曜日 晴れ
想い飛ぶリラの花咲く巴里のころMemoires du Voyage-Paris


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2011年12月6日 火曜日 曇り  その一
☆回想のわが巴里の街1965~1973(今回二日目)

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2011年12月17日 土曜日 巴里のお花やさん
☆回想のわが巴里の街1990~2000〜巴里のお花やさん

a0031363_21502897.jpg (車で帰ってきたばかりで戸口であいました)

a0031363_21512577.jpg (お客様も交えてロンとサンドリンで記念写真を!)

a0031363_21524857.jpg (友人にお花を買って、今度はお嬢様も一緒に!)

a0031363_21541390.jpg (ミモザやムスカリや
チューリップ、もちろん季節のシクラメンも。
(大きなシクラメンが900円!)
昔も今も10本で200円くらいで、オランダ直輸入のこのお花屋さんは安いし新鮮、そして親切がお店です)


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2008年5月22日 木曜日 晴れ/a>
緑の手を持つジャポネーズ

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2011年12月17日 土曜日 
☆回想のわが巴里の街1990~2000 =十五区のアパルトマン
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris ~1990~2000
 
by pretty-bacchus | 2017-01-17 23:59 | ◐Nature空,海,夕陽,緑花,鳥蝶 | Trackback | Comments(2)

真夜中のネットサーフィンは雨のサンマルコ広場
2015年9月16日 火曜日 寝しなに

 寝しなにブログ友のネットサーフィン。
NKさんの雨のヴェニスが素敵!

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サンマルコ広場にて

 私の朝のサンマルコ広場を!

<アドリア海の女王>の街がまだ眠っている頃、、、
(椅子がまだ重ねられたままのカフェ、、、鳩も一羽だけ、、、、)
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 (Aug, 1995 Venezia 朝日がさっとさしはじめ、、、、鳩たちが目覚める頃、、、、
こんなに早く起きたことがあったのだろうか、、、)
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2014年8月15日 金曜日 晴れ ★OldPhoto銀塩写真のデータ化
十九年前の夏のヴェネツィアの黎明から真夜中まで

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2014年7月27日 日曜日 曇り後午後雷雨
1995年8月28日のヴェニスの朝、海と空と、、、幻か!

(杖をついた老人がゆっくりと広場を渡り海に向かって歩いていって、長い間海を見ていた、、、)
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(朝の海の色は清らかな蒼、、、、)
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2014年6月17日 火曜日 曇り
1995年08月24~29日 ヴェネツィアの朝の女達


http://keico.exblog.jp/i66/
Journey海外'95ヴェニス英国北欧 ( 31

 〜〜〜〜〜〜〜
おばあちゃんが良く口ずさんでいた
<ヴェニスの舟歌>を思い出して、、、

春はヴェニスの 宵の夢
    涙に夢も 泣きぬれて
     さざれの真珠と
      なぞろう うたかたの
        哀しき船出を 慕うらん
   (ヴ ェ ニ ス の 舟 歌 昭和初期に流行した歌だという)
お裁縫をしながら、“恋はヴェニスの宵の夢〜〜〜”と歌っていたおばあちゃんの声が
聞こえてくるようだ、、、、。

http://keico.exblog.jp/19691175/
2014年4月15日 火曜日 晴れ
春はヴェニスの宵の夢 涙に夢も泣きぬれて 

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2010年6月13日 日曜日 曇り
<はやぶさ>に夢ふくらませ梅雨を待ち>>><はやぶさ>に夢ふくらませビールかな



by pretty-bacchus | 2015-09-15 23:58 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(4)

ゼノビア女王のパルミラの遺跡群は破壊され、ハリド・アスアド氏も殺害
2015年8月20日 木曜日 雨

 雨の朝、けだるそうに名残のミンミンゼミが鳴いている。
夕方にはすでに聞こえるのは虫の声、、、。
秋なのです!

 パルミラが過激派組織に占拠されて早や三ヶ月。
時々流れるニュースでは、すでにら政府軍は撤退させてすべてが過激派組織支配下に置かれていうという。
パルミラには2000年前の古代ローマ時代の神殿や円形劇場の跡が残っていたが、
どうなってしまったのだろう。
シリアやイラクで文化財の破壊を繰り返していたが、パルミラでもすでに二世紀に作られた
貴重なライオンの像も壊されてしまったようだ。

 一昨日には世界的な考古学者殺害パルミラ博物館の元館長、ハリド・アスアド氏が殺害されたという。
八十二歳、アスアド氏は世界遺産に登録されているパルミラ遺跡の研究や保護に五十年年以上にわたって
携わっていて日本との交流もある方だが、一か月ほど前から拘束されていたということ。

イギリスを拠点にシリアの内戦の情報を集めている「シリア人権監視団」によると、
氏は18日、パルミラの広場に連れてこられ、市民の目の前で殺害されたということ。
そしてこの組織では、女性奴隷制度のような「奴隷制復活」して、奴隷市場まで設立して、
女性や子どもは「戦利品」として扱われ始めたというのだから、なんとも辛いニュースが続いている。

 遠い昔のこの地を旅した頃を思い出して手を合わせている。
        〜〜〜〜

 昨日のナナハンさんのミクシーでは、その様子が書かれていた、少し拝借させていただこう。

「パルミュラの悲劇が拡がらないよう」
シリアのパルミュラ遺跡はゼノビア女王の君臨した 隊商都市だった。遺跡の管理に長年心血を注いだ
ハリード・アサド博士がISに捕まって拷問にあい 「秘宝の在処」を問われ、頚を切られ、
遺体は
遺跡に晒された。 アサド一族のインテリの長だったハリード博士の冥福を祈り
つつ~~~。

    〜〜〜〜〜〜〜
(このブログを始めた2004年からすでに何度もパルミラについては書いていた)

http://keico.exblog.jp/21258934/
2015年5月22日 金曜日 晴れ
健康散歩は冷し中華で沈没となりました
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〔1993年の旅にて、パルミラの遺跡に沈む夕陽を)


http://keico.exblog.jp/21248538/
2015年5月18日 月曜日 曇り後雨
シリアの世界遺産都市パルミラが無事でありますように、、
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(右に立つ陰が柳澤社長)

http://keico.exblog.jp/18925185/
2013年11月6日 水曜日 曇り
世界遺産の旅の写真を年賀状に、、ゼノビア女王

(二十五億年ごろに地球は燃えつきて、あの太陽に飲み込まれるのだという、、、)
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 (1997年頃に撮影、、、<パルミラの遺跡には今も夕陽が毎日沈む。
ローマ帝国を敵にまわした3世紀に存在したパルミラ王国の「女王」ゼノビア女王。
シルクロードの中継地点であったパルミラ王国は、やがて四世紀にローマに滅ぼされたのです)
(家庭用のチープなスキャナーなので色がでませんね、、、)

http://keico.exblog.jp/18949959/
2013年11月9日 土曜日 雨のち晴れたり曇ったり
やがて燃えゆく地球からパルミラの夕陽を

http://keico.exblog.jp/12135645/
2011.02.17
シリア、ヨルダン、レバノンへの旧約聖書の旅

http://keico.exblog.jp/10584167/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに
a0031363_23262518.jpg  (パルミラの夕陽、丑年か未年かしら?)


http://keico.exblog.jp/20528141/
2014年12月14日(日) 霧の朝、巴里六日目 

ノートルダム大聖堂とリルケ、Xマスイリュミネーション

http://keico.exblog.jp/17104083/
2013年1月4日 金曜日 晴れ
いただいたお年賀状に返事を書いて

http://keico.exblog.jp/16983306/
2012年12月13日 木曜日 晴れ
旅で撮った世界遺産の写真で年賀状の記録

http://keico.exblog.jp/16032551/
2012年8月25日 土曜日 晴れ
シリアとルーマニアで亡くなった日本女性のご冥福を祈って

http://keico.exblog.jp/14948410/
2012年3月28日 水曜日 晴れ後曇り
都にも春がやってきました

http://keico.exblog.jp/14099744/
2011年11月29日 火曜日 晴れ
新しい核医学検査 ホネシンチグラフィー を受けました。

http://keico.exblog.jp/13224030/
2011年8月6日 土曜日 晴
1980年代後半からの旅の思い出いろいろ

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2011年12月17日 土曜日
☆回想のわが巴里の街1990~2000 =十五区のアパルトマン
 ☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris ~1990~2000

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2007.08.08
Condolence  内田勝久さんが亡くなった。

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2007.06.22 金曜日
夏至きたり 古の旅はるかなる 

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2006.02.23
旅の記録、幻のエピローグ

http://keico.exblog.jp/3220300/
2006.02.20
ブログ上での旅の記憶のはじまり

http://keico.exblog.jp/653487/
2004.07.14
シリア、ヨルダン、レバノンへの旧約聖書への旅

http://keico.exblog.jp/651204/
2004.07.13
追憶はゼノビア女王を偲ぶ旅
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 ローマ帝国を敵にまわしたゼノビア女王。シルクロードの中継地点であったパルミラ王国は、
やがて4世紀にローマに滅ぼされた。
そのパルミラの遺跡には今も夕陽が毎日沈む。

http://keico.exblog.jp/2253897/
2002.1.1 世界遺産の写真
記録から>世界遺産の写真があるもの。



by pretty-bacchus | 2015-08-20 23:59 | πWorld Heritage世界遺産 | Trackback | Comments(2)

煌めきのシャンパーニュの葡萄畑を思い出して
2015年6月8日 月曜日 曇り遅くに雨

 土手にくちなしの花が咲き始めた。
ほのかな香りが道行く人々をいやしているようだ。

 午後の光で真っ白な花が凛としてその最高の時を誇っているようだった。
先があるので、ほんの数カットを激写して通り過ぎた。

 家に帰ってカメラからSDカードを出して、Macへ差し込む前にチョット置きをしてしまったようで、
家内紛失。
新しい16ギガで、先月からのは入っていて、まだバックアップをしていないのだ。
どこかにする〜とすべり込んだに違いないのだが、さがしても探しても出てこない、、、、。
今年になって二回目のケアレスミス。

 よって今日撮った写真はなし。
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(十数年前のシャンパーニュ地方の同じ時期の葡萄畑と、下にはドンペリニヨンなどのシャンパンメーカーの
建物がみえている。)
★OldPhoto銀塩写真のデータ化 


これは2008年の日仏会館での写真展、"魅力あふれるフランスの地方を巡る" 〔その三〕の
案内状にも使ったもので、PCの中に残っていた。

http://keico.exblog.jp/6574186/
2007年12月17日 月曜日
"魅力あふれるフランスの地方を巡る" 〔その三〕

http://keico.exblog.jp/6605297/
2007年12月26日
2008年敬子の写真展案内状完成

カテゴリ:◉PhotoExpo写真展'08シャンパ の
http://keico.exblog.jp/11307720/
2010年9月19日 日曜日 晴れ 
<煌めきのシャンパーニュ> ヴァンダンジュの秋を行く

 日仏会館 Maison Franco-Japonaiseのホームページ
http://www.mfjtokyo.or.jp/
 日仏会館
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〜〜〜〜〜〜〜〜
 日仏会館では、このあともフランスの二十のデパルトマンの写真展をすることになっていたのだが、
途中で挫折してしまって残念だ。

写真展の一回目からの記録は、右サイドバーのカテゴリの下の方のそれぞれをクリックすることにより
記録として残してある。

◉PhotoExpo写真展東京奈良Jan
◉PhotoExpo展神戸2005ドルド−ニュ
◉PhotoExpo展東京'06ラングドックルシオン
◉PhotoExpo写真展'08シャンパーニュ


 この時のエールランスの機内誌<BON VOYAGE>に記載された
<煌めきのシャンパーニュ> ☆ヴァンダンジュの秋を行く☆

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 十数年も前に書いたものだから、データは少し古いかもしれないな、、、。
でも、あのシャンパーニュ・アルデンヌ地方を全部車で網羅して、
シャンパンメーカーはほとんど全て取材したのだ。
(もちろんどのメゾンでも最高のシャンパンを飲ませていただきながら、、、)

本文の二十数ページに旅の記事を編集長の菊池さんが書いて、私はその中の五ページのワイン&アートの
ページの担当だった。自分で取材をし、写真を撮って、書くという仕事の面白さ!

ああ、、、この頃は、コンタックスの重いカメラを三台も首からかけて、編集長とプロのカメラマンの後を
必死でついていきながら取材をして、帰国するとすぐに締め切りだから、徹夜で記事を書いていたのだ!
若くなければ出来ないことだ。
いやいや若い内にしておいてよかった!





by pretty-bacchus | 2015-06-08 23:59 | ♣Journey海外Sep98仏シャンパ | Trackback | Comments(0)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>2000年12月サクレクール寺院と2014年の遠景
2015年1月28日 水曜日 曇り

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2015年1月27日 火曜日 雨のち晴れ お見舞い
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>2000年12月巴里サクレクールサクレクールの女神に祈りを込めて

 昨日のブログの<巴里サクレクールサクレクール寺院>の帰りには、
往時のパリを賑わしたモンマルトルのムーランルージュがある。

 パリの真ん中あたりのモンパルナスは1920年代の狂乱の時代、エコール・ド・パリの時代の
芸術家たちの中心地としても知られている。
一方この北のモンマルトル Montmartre は十八区でパリで一番高い丘。エドガー・ドガ、
スタンダール、アレクサンドル・デュマ・フィス、フランソワ・トリュフォーなど有名人が眠る
モンマルトル墓地、サクレ・クール寺院、画家の卵立ちが絵を描いているテルトル広場、
そしてキャバレー「ムーラン・ルージュ」、などなど、、、。
ルノワールやデュフィ、ヴァラドン、モーリス・ユトリロなど、多の芸術家たちを魅了し、
その暮らしの場となった特別な地区。

 そういえば、あれは1980年代初めだったろうか?
エールフランスの営業は、パリでムーランルージュのナイトショーを観るという観光ツアーをつくって
大勢のお客様を日本から送るイヴェントのようなことをした年があった。
あの音楽でフレンチカンカンを踊る女性や手品にお客様達は楽しんでいらしたようだ。
(その頃にはシャンゼリゼにあったナイト・クラブ・リドのほうが豪華スペクタクルの劇場だった)

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 (December 2000, Basilique du Sacré-Cœur Paris, 二十一世紀をあと数日にむかえるパリにて)

 この日の帰りは、モンマルトルの階段を少し降りた処にある当時の芸術家たちの想いを今なお宿す感じの
田園風の館のミュゼ、モンマルトル美術館へ寄って、十五区のアパルトマンまで帰った。
途中のトロカデロで2000年のエッフェル塔を撮って、、、。

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(聖堂の脇のあたり、、、、)
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(テルトル広場へ向かう小さな通りを抜けて、、、、)

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(モンマルトル美術館の中庭)
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(受付の女性)

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丘をおりるとムーランルージュの通りがある。
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街並みを走り、、、、
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ヴァンドーム広場を通って、、、、
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クリスマスイルミネーションのシャンゼリゼ通りを車で横切り、、、
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可愛いお店に寄って、、、、、
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最後はやはり記念にエッフェル塔の2000年を!
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 そして昨年のパリのサクレクール寺院。
一週間毎日雨だったのに、出発の日になって空が晴れてきた。
セーヌ左岸にある友人のアパルトマンのベランダから、北のサクレクールの聖堂も見通せる。

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(16 Dec. 2014 am10:49 Paris 朝日がパリの街を右から左へと明るくしていく、、、)

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(16 Dec. 2014 am11:18 Paris 空一杯に青空と白い雲が、そして遠くにサクレクールが!)

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(16 Dec. 2014 am12:49 Paris 望遠側いっぱいにしてサクレクールを)

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(16 Dec. 2014 pm3:05 Paris さあ〜〜日本へ出発の時間に、パリの街はすっかり冬の青空の下、、、)



http://keico.exblog.jp/20738585/
2015年1月16日 金曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年の巴里サクレクール

http://keico.exblog.jp/20736205/
2015年1月15日 木曜日 雨
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年のブローニー

http://keico.exblog.jp/19842972/
2014年5月27日 火曜日 雨のち曇り晴れ
1997年10月18日(巴里モンマルトルの丘の上、テルトル広場で)夜のテルトル広場

http://keico.exblog.jp/13201187/
2011年8月3日 水曜日 雨
簡易スキャンで夜の巴里モンマルトルと凱旋門を

 (★OldPhoto銀塩写真のデータ化が進む、、、、。


by pretty-bacchus | 2015-01-28 23:59 | ♧Journey海外2000仏イタリア | Trackback(1) | Comments(4)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>2000年12月巴里サクレクール聖堂の女神に祈りを込めて
2015年1月27日 火曜日 雨のち晴れ お見舞い

 雨の朝。
借景のシデの木に雨がふる、、、、。白秋の歌をくちずさんでいる、、、、。

雨はふるふる城ヶ島の磯に
              利休鼠の雨がふる
雨は真珠か夜明けの霧か
               それともわたしの忍び泣き


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(去年からこのカメラの調子が悪いが、え〜〜〜この画角とは?)

 なにやら切ない冬の雨。
夕方に友人のお見舞いに表参道の病院にいった。
歳を重ねることの切なさ辛さを話しながら、、、、。
でも彼女は次の旅への夢をすててはいなかった、、、。
早くよくなってくださいね。

 彼女が好きなパリのモンマルトルの丘の上のサクレクール寺院に祈りを込めて、、、、、。

 (病院の角でパリに住む古い友人とばったりあった。昨日パリからついたということで
再会を約してわかれた)

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#IMAGE|a0031363_23175117.jpg|201501/29/63/|left|527|784#]

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〜〜〜写真をクリックすると冬の巴里の街とエッフェル塔がみえます〜〜〜

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(サクレクールから下る階段は何カ所かある、、、、、)

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(テルトル広場あたりをめぐる丘をこんなに可愛い汽車があったのだ。今もあるのだろうか?)

 (December 2000, Basilique du Sacré-Cœur Paris, 二十一世紀をあと数日にむかえるパリにて)

http://keico.exblog.jp/20738585/
2015年1月16日 金曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年の巴里サクレクール

http://keico.exblog.jp/20736205/
2015年1月15日 木曜日 雨
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年のブローニー


 (★OldPhoto銀塩写真のデータ化が進むにつれて、その日の思いにあった昔の写真が
沢山あってあっぷするのに時が必要がようだ、、、)


by pretty-bacchus | 2015-01-27 23:58 | ♧Journey海外2000仏イタリア | Trackback | Comments(2)

<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年初夏のシャトゥーとマルメゾン
2015年1月26日 月曜日 晴れ 三月の気温とかa0031363_21252852.gif
 (どういうわけかこの記事の最後十数行が消えてしまっています。
またエクスログがおかしいのです!)

 去年の<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>の整理の中に、
<19989521ルノアールのシャトゥー>一本と<19989521マルメゾン>というポジが三本あった。

セーヌ河沿いのシャトゥーもリュエイユ=マルメゾン (Rueil-Malmaison)も、
イル・ド・フランス地域圏のオー=ド=セーヌ県の都市。

 オーベルニュ地方の山塊を水源に発するLa Seineセーヌ河は、二本に分かれたり一本になったりして
蛇行を繰り返し、変化に富んだ岸辺の風景はパリジャン達ばかりでなく世界中から観光客を呼んでいる。
 
 ラ・グルヌイエールにあるイル・ド・シャトゥー(シャトゥー島)は、パリの西十キロの処で
セーヌ川に面し、セーヌ川を挟んでそのコミューンの東は、リュエイユ=マルメゾンと向かい合っている。
アルフォンス・フルネーズ氏が経営したレストラン<メゾン・フルネーズ>のテラスを舞台に、
印象派の画家達がこぞってこの岸辺で絵を描いていた。
とくに十九世紀後半にはピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoirが描いた作品は、
フィリップス・コレクションにある<舟遊びの人々の昼食>など三十作にもなるという。

 ここは、単に舟遊びの場だっただけでなく、十九世紀には、鉄道の開通でパリからアクセスし易くなった
こともあり、文化的社交場となり、モーパッサンの短編には何度かここが登場しているのだという。
二十世紀初めには営業しなくなり長い間荒れたままになっていたが、シャトゥ市が買い取り改修されて、
1990年には文化遺産として新しい形の <メゾンフルネーズ>が誕生した。

 私が訪ずれたのは1998年の初夏。いつも運転手兼ボディーガードをしてくれる(本人はケイコの
アシスタントと喜んでくれていた)ジェラールが時間をとってくれて出かけることができたのだろう。

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(セーヌ川を渡って右へあと0.3Kmで<メゾンフルネーズ>とある)

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(雨上がりの緑がきれいだった)

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(改装されて今もルノアール達が集まって描いたいた館が残っていた)

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(土手で少年が遊んでいた)

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(この二階のテラスがルノアールの絵に入っているモノもあるという)

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(このあたりを舞台に描いた絵の一枚がパネルで飾られていた)

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(時代からいうとアールヌーヴォーの影響をうけているのだろう、、、)

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(奥まで歩いて反対側から、、、、)
 (21 May 1998 シャトゥー, France)<

 いつも車窓からの写真が多いのに、こうしてゆっくりと車からおりて写真を撮りながら散策をするという
心の余裕も時間もあったのだろう。嬉しいことだ。

 数メートルのぼって街道にもどるってセーヌ川を渡る、
マルメゾンは、ナポレオン・ボナパルトの妻ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネの館だった。
緑豊かなこの街並みの一角に今は博物館としてその面影が残っている。
植物の種類も多く、何百種もの薔薇を見に訪れる人々が多い。

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(遠くに見えるのはマルメゾンの館なのだろうか、、、)

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(マルメゾンの街は古い壁が残る緑豊か他美しいただずまいだった)

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(館が見えてきた、、、、花々が至る処に配されている。ジョセフィーヌに時代から此処は動植物の館でもあっという)

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(ジェラールが待ってくれている、、、、私はカシャカシャで遅れていたのだろう、、、)

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(白いマロニエかしら、、、? 地には白いデージーかしら   ?)

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(ナポレオン・ボナパルトの像が置かれていた)
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(館の鏡に写ったセルフポートレートがあった。

(肩から掛けたカメラバックは膝上に、構えているカメラはコンタックスSTだろうか。レンズはこの日の写真をみてみるとカールツワイスのディスタゴン21mm、いや35~135ヴァリオゾナーだろうか。
十七年も前なのに、いまでも着ているソニアリキエルのニットを着ているし、時計も今のもの。写真っておもしろい〜〜こんなふうに記録にもなるのだ)

(21 May 1998 Malmaison, France)

  〜〜 写真をクリックすると大きくなります 〜〜

 エールフランスの機内誌<BON VOYAGE> ボンヴォワヤージュを一新すべく菊池さんが
編集長になられたのは1990年代初めであった。
エールフランスのパリ本社の広報女性部長のもとに話はすすめられ、フランスの二十二の地域圏の歴史、
伝統、文化、食とワインを紹介するという大きな企画だった。

二十四年にわたる仕事をきっぱりとやめて、その後十年近く自由に(しかしもがきながらも)
人生の旅を謳歌していた頃。
当初から巻末のワインや食品のスカイブティックのページのお手伝いをさせていただいていたが、
取材・文・写真・ページ編集のトータルをさせていただきはじめたのは、機内誌の77号
<<新フランスワイン紀行第一回>>、
<☆77号1997冬号ラングドックの号<ラングドックルーシオンが今熱い!>>から
だった。
フォトエッセイストKeiko Katagiri としてフランスワインなどを書かせていただきはじめたのだ。

http://keico.exblog.jp/12578864/
2011年5月14日 土曜日 晴れのち曇り、夜に小雨
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>

そしてP30から34までは<<新フランスワイン紀行第一回>>、
<☆77号1997冬号ラングドックの号<ラングドックルーシオンが今熱い!>>
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<<新フランスワイン紀行第一回>>は、
文・写真で記事の取材&執筆と写真を四ページ。
タイトルは<ラングドックルーシオンが今熱い!>
ちょうどこの頃から、フランスのラングドック地方のワインが話題になり始めた頃だから、
この記事は貴重であったようで、何年もたってから有名なソムリエさんからとてもほめられたんものだ。

 菊池さんと、専任カメラマン青山さんも加えた取材班のスケジュールはすさまじかったし、
重い何台ものカメラ&レンズやフィルムだって一人で持ち運びあつかわなければならなかったが、
愉しくてしょうがなかった。

 フランスの多くの地方を回り、二十世紀最後には、イル=ド=フランス地域圏とパリで
終わりをむかえるという企画だった。
それが会社の方針で(というかその頃は航空会社の再編とかが行われて社長が何人か変わっていた)
突然日本語の機内誌が廃止になってしまったのだ。
今思うとほんとうに残念なことであった。

 イル=ド=フランス地域圏(Île-de-France)とは、フランスの首都パリを中心とした地域圏。
http://ja.wikipedia.org/wiki/イル=ド=フランス地域圏
イル=ド=フランス地域圏

 パリから日帰りで往復できる美しい歴史的な街がたくさんある。
ヴェルサイユ、世界遺産フォンテーヌブロー宮殿のフォンテーヌブロー 、
バルビゾン派絵画の発祥の地のバルビゾン、サン=ジェルマン=アン=レー、中世の街が残るプロヴァン。
ゴッホが最晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズ Auvers-sur-Oise 。
マルヌ川上流のモー Meaux 、ポントワーズ、モーリス・ラヴェルの晩年の家がのこる
モンフォール=ラモーリー、
建築家ル・コルビュジエの代表作サヴォア邸のあるポワシー。
(そしてゴシック建築のノートルダム大聖堂シャルトル大聖堂があるシャルトル は、サントル地域圏)。

 1970年代のパリの駐在員時代からこのイル=ド=フランスの街々は何度も訪れていた。
お休みには小一時間も車で走ってフォンテンブローの森にいったりしていたものだった。
写真も沢山撮っていたはずなのに、そのあたりはネガで撮ってプリントを愉しんでいたのだろうから、
棚の奥の奥で鎮座まして一生出てはこないだろう。


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(グーグルアースから)


by pretty-bacchus | 2015-01-26 23:58 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(2)

週末も<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>マルメゾン
2015年1月25日 日曜日 晴れa0031363_21252852.gif

 1990年代の<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>をぼちぼちしながら、ゆっくりと過ごした週末。

 一昨日の1998年4月のサンテミリオンに続いて、その年の5月のパリ近郊のマルメゾンなどなど、、、。
いや〜〜おもしろくて止められない、、、。

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(借景の青空を愛でながら、、、、)

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(21 May 1998 Malmaison, France)
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by pretty-bacchus | 2015-01-25 23:59 | ♣JourneyAbroad海外98仏伊 | Trackback | Comments(5)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年4月のボルドー,サンテミリオン
2015年1月23日 金曜日 晴れ
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<銀塩時代のポジ&ネガのデジタル化、続き>

 1990年代は我が人生で一番旅をしただろう。
80年代後半に、古巣のエールフランスを退職し、大きな手術を乗り越えたあとの1980年代後半から
2001年までの十数年は、今振り返ってみても信じられないような旅が続いた。
1970年代初めの四年弱のパリの駐在員、1980年代からの六年間のホテルメリディアンチェーンの
日本代表などを務めたフランスの会社の社員としての制限やたががはずれて、
自由に自分自身の思いで旅を味わえるようになったからかもしれない。
それはアート関係やワイン関係、政財界もふくめて、日仏伊の大きな渦に巻き込まれたかのように、
地球儀がくるくる回っていった。
それは<旅>そのものであり、四十代から五十代半ばまでの十数年の<人生の旅>でもあったのだ。
信じられないような人間関係が生まれていき、おそらくそれまでの日本人女性では
あまり出来なかったようなめくるめく体験であったろう。

しかし<好事魔多し>とはよく言ったもので、九十年代初めには大きな事件に巻き込まれ、
さらに九十年代最後には<青天の霹靂>で、全てを失うことになったのだ、、、。
 
 だが、築かれた人の輪はこわれることはなく、 良き時代の思いでの記憶は脳裏とこの胸に
しっかりと残り、その時代の記録は写真としてしっかりと残っていたのだ。


 この時期と重なるように写真の世界も広がっていったようだ。
若い頃のニコンやペンタックス、オリンパスなどの後に私の元にやってきたのは、
コンタックス&カールツアイスの世界だった。
結果、RTSにつづくST/RX/AX with プラナー、ディスタゴンやヴァリオゾナーであり
G1/G2 with ホロゴン、ビオゴンの世界だった。
自分の写真はあまりないが、時にあると、いつも重そうなカメラを首から下げている。
途中でレンズを交換する時間などないから、画角の違うレンズをつけた三台のカメラを首からさげて、
ホロゴンは腰につけていた。

そしてそれは、日経ムックのイタリア版の取材を助け、1990年代半ばからのエールフランス機内誌
<BON VOYAGE>取材へと続き、フランスの全てのデパルトマン(県)を撮って回り記事を
書くことに繋がっていった。>>>それは、やがて日仏会館での2005年からの
「ドルドーニュ・ペリゴールへのいざない 〜魅力あふれるフランスの地方を めぐるno.1、
からの写真展へと繋がっていったのだ。
http://keico.exblog.jp/i20/
カテゴリの下の方に、

またエールフランス&メリディアン時代に一緒に新しい旅を創るお手伝いをさせていただいた
柳澤保雄氏ひきいる<朝日サンツアーズ>の広報誌にも十数回にわたり、
ワイン&アートの記事を書くことにもなっていった。
(その柳澤さんの昨年鬼籍に入られてしまった) <<<<<(moreにいろいろ追加)

http://keico.exblog.jp/i12/1/
2014年3月3日 月曜日 曇り後晴れ
昔の写真でフランス取材を想い出して、、、
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(左の方はブルゴーニュ政府観光局の代表の方で、彼の自宅の地下のカーブでの写真、私の右は菊池さん、
その右の女性はエールフランスのパリ本社の広報部長のアンドレミエルさんで、
取材では彼女がいろいろアレンジしてくれていた)(ぶら下げているカメラはCONTAX AXかな?)

 人生も晩年を迎えた2011年の大きな手術の前に、なんだか少し心配になり、
少しだけでも記録に残しておきたいと思い、少しずつ書きためたのは、今では右サイドバーのカテゴリ:
<★Records過去の記事書いた雑誌>のなかで三十ほどになっているが、まだまだ沢山ある。ありすぎる!

http://keico.exblog.jp/i12/3/

 去年CD化した数百本の中からの<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>はぼちぼち進んでいるが、
まだまだブログにアップ出来ない写真が一杯。おそらく一生かかっても終わらないだろう。

それにこの時間のかかる<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>の仕事は、
結局自己満足にしかすぎないのだと思いながら、こうして真夜中にデータ化して書いているのは、
なんともはがゆくもあるのだ。

神様の思し召しと、多くの方々の多くの友人達のおかげで、私は人生という旅を苦しみながらも愉しみ、
そして写真ライフを楽しむことができている。
いつも感謝の気持ちを捧げながら、こうしてMacに向かって写真の整理をしているのだ。

 とさて、今夜は1998年4月のボルドーのサンテミリオンの数こま。
ボルドーは記録をみると1990年代は毎年行っていたし、年に数回ということもあった。
そのいくつかはすでにブログに記録したが、この1998年4月ははじめてのような気がする。

サン=テミリオン地域は、ボルドー近郊の町サン=テミリオンを中心とする地域のユネスコ世界遺産
としての登録されていて、それはワインとワイン畑だけではなく、
「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の途上の街であり、教会などの歴史的建造物もあまたある。

(カテゴリをみると、1998年だけでも、この年は、JourneyAbroad海外'98仏伊、Journey海外Sep'98仏ロワール、Journey海外Sep98仏シャンパーと旅をしているのだ)
>>>追記へ:

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(30 April 1998 Saint-Emilion, ボルドーサンテミリオンにて)

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(ガロンヌ川河口にかかるこの橋は、エッフェル塔のアレクサンドル・ギュスターヴ・エッフェルによって造られた。

http://keico.exblog.jp/tags/☆回想のわが巴里の街1990~2000/

<朝日サンツアーズ><旅なかま>の最終回は2000年12月号だった。
<<<スキャンして記録に。
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・朝日新聞事業株式会社の月刊広報誌「旅なかま」に連載。
タイトル「プレジール・ドゥ・ヴィーブル・楽しいワインの旅」
・81号 (1)ワインは愉しとマナー
・83号 (2)ブルゴーニュ
・85号 (3)ブルゴーニュ
・87号 (4)アルザス
・89号 (5)アルザス
・91号 (6)シャンパーニュ
・93号 (7)シャンパーニュ
・95号 (8)シャンパーニュ
・99号 (9)
・101号 (10)ボルドー
・103号 (11)ボルドー
・105号 (12)ボルドー
・107号 (13)ボルドー


追記:
 そして、この1998年の六月にはボルドー市長代行の助役さんと
コマンダリー主催で、ボルドーのミシェールカーズ氏のシャトー・ランシュ・バージュで行われた受賞式で、
Commanderie du Bontemps de Medoc et des Graves de Bordeuax 
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの称号を
授与されている。
その時の写真は右サイドバーにアップしているガウンを着た一枚しかなかったのだが、
去年の★OldPhoto銀塩写真のデータ化の整理のなかに、カメラを渡してどなたかかに
撮っていただいたネガが一枚でてきたのだ。
明日にでもデータお越しをしておこう。

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(09 June 1998 Bordeaux , Chateau Lynch-bages,
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式)

http://keico.exblog.jp/14182547/
2011年12月16日 金曜日
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ

 九十年代前半1992年には、その当時でぇあ女性では日本では数少ないブルゴーニュのワインの騎士の
<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞して、クロ・ドゥ・ブジョウの十一月の祭典
<トゥロワ・グルリューズ>という三日間の催しに参加していたのだ。

http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

http://keico.exblog.jp/13671659/
2011年9月23日 金曜日 晴
1995年のボルドー シャトー・ムートン・ロッチルドの秋色
 
このあと十月には、シャトー・ムートン・ロッチルドとシャトー・ラツールでのレセプションにお招きされた。

http://keico.exblog.jp/19888552/
2014年6月10日 火曜日 曇り その二
1995年10月のボルドーのシャトーでの思い出写真

http://keico.exblog.jp/19976322/
1999年9月の写真
マルセリーヌガンスのジュネーヴのレセプションにて




More>>柳澤さんのことを書いたブログ
by pretty-bacchus | 2015-01-23 23:58 | ♣JourneyAbroad海外98仏伊 | Trackback | Comments(4)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年の巴里十五区の初夏
2015年1月18日 日曜日 晴れ

 ふっと、<ブログはもうやめてしまおうか、、、て思う症候群>に、またまた陥っていたかもしれない。
どうやらこれは私だけでなく、ながいあいだブログを続けている方が陥る現代病らしのだが、、、。

 そんなおりにメールをいただいた。
“ご機嫌如何?更新ありませんので、心配しています。
ありがたいことだ。

 さて今夜は1996年6月のパリ。ブローニーでのマロニエの頃の巴里。
アパルトマンのあった十五区のコンヴァンション通りのあたりとセーヌ川。
前回のパリで近くを通ってみた。
二十年前の古き懐かしきはパリの街は健在だった。
そのパリが今はテロの恐怖でいっぱいなのだ。 


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(オピタルブリコ前のお花屋さん、この病院は今では養老院になっているという)
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a0031363_695221.jpg(白のマロニエが咲いている)

a0031363_6104214.jpg(ここにもマロニエが、、、、)

a0031363_6121619.jpg(どこの教会だったのだろうか、、、、)

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a0031363_62099.jpg(ジャクリーヌと待ち合わせて、、、、)

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(セーヌ川を上から眺めたら、あら、、、、ら、これが巴里でしょう!)

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 そして、、、、


by pretty-bacchus | 2015-01-18 23:59 | ♣Journey海外Jun'96仏和蘭 | Trackback | Comments(8)