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黄色は希望の春の花色>透きとうった花瓶に巴里を想って
2017年1月17日 火曜日 晴れ 

 なんとも良いお天気だ。
寒さをいいことに家で少しかたずけものを、、、。

透きとおったガラスの花瓶は、その昔パリのノミの市で五十フランくらいで買った可愛いのとか、
どっしりと重いサンルイのクリスタルとかもいくつかあって花によっていろいろ楽しんでいる。

でも一番愛着があるのはなんてことはない巴里十五区の裏路地の小さなお店で求めて
ずっと巴里のアパルトマンで使っていたもの。

 そういえば、何年かまえに銀塩時代のパリの写真の一部をデジタル化したときに数枚混じっていたはず。
ごそごそとMacの中を探してみたらありましたね、、、、。

http://keico.exblog.jp/20770872/
2015年1月18日 日曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年の巴里十五区の初夏

 黄色いチューリップの後ろはミモザ!
黄色は春まちの頃の希望の色なのです。
アパルトマンの一階はお花やさんだったので、季節の花が十本一束のお買い得でいつも帰宅の時に
いただいたのでした。

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(1999年とあります)

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(時には黄色いバラも、、、)
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 パリではそろそろ黄色いミモザがニースから届く頃かしら?
エールフランスの佳き時代には、毎年ミモザがたくさんカーゴ便で送られてきて、
社員皆んなで楽しんだものでした。
青山ビルの中地下にあったケイフローリストさんにもさしあげたことがありましたね、、、、
なつかしい佳き時代です!!

 青い空が切れいた冬の午後でした。

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 〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 寒い寒い冬がようやく終わるころ、パリではまず黄色いレンギョが芽吹き始める。
「あ〜〜やっと春が来た! 道が凍らなくなるのだ、、、よかった〜〜〜、と思ったものだ。
パリの西南のポルト・ド・オルレアンからオートルートを南に20分ほどでオルリー国際空港に着く。
(そのころは未だ成田空港もシャルル・ド・ゴール空港も存在しなかった)

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2007.05.22火曜日 晴れ
想い飛ぶリラの花咲く巴里のころMemoires du Voyage-Paris


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2011年12月6日 火曜日 曇り  その一
☆回想のわが巴里の街1965~1973(今回二日目)

http://keico.exblog.jp/14192747/ 
2011年12月17日 土曜日 巴里のお花やさん
☆回想のわが巴里の街1990~2000〜巴里のお花やさん

a0031363_21502897.jpg (車で帰ってきたばかりで戸口であいました)

a0031363_21512577.jpg (お客様も交えてロンとサンドリンで記念写真を!)

a0031363_21524857.jpg (友人にお花を買って、今度はお嬢様も一緒に!)

a0031363_21541390.jpg (ミモザやムスカリや
チューリップ、もちろん季節のシクラメンも。
(大きなシクラメンが900円!)
昔も今も10本で200円くらいで、オランダ直輸入のこのお花屋さんは安いし新鮮、そして親切がお店です)


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2008年5月22日 木曜日 晴れ/a>
緑の手を持つジャポネーズ

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2011年12月17日 土曜日 
☆回想のわが巴里の街1990~2000 =十五区のアパルトマン
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris ~1990~2000
 
by pretty-bacchus | 2017-01-17 23:59 | ◐Nature空,海,夕陽,緑花,鳥蝶 | Trackback | Comments(2)

梅雨入りの一週間が過ぎていったが、、、
2015年6月12日 金曜日 雨のち曇り

 今週も早かった。
梅雨入りして一週間がたった。ハッキリしない天気が続いた。
高い気温と堪えがたい湿度の毎日だった。

こんな時は昔の写真の整理ですこしだけでもきをまぎらわせよう、、、、と、
またまた★OldPhoto銀塩写真のデータ化を少し。

 でも、このあたりで、また新しいポジを選んでデジタル化にだしておこうと思う。
あの紺碧のヴェネツィアの海と空がなつかしい、梅雨の一日に。

a0031363_16432155.pnga0031363_16434625.gifhttp://keico.exblog.jp/20045778/
2014年7月27日 日曜日 曇り後午後雷雨
1995年8月28日のヴェニスの朝、海と空と、、、幻か!

http://keico.exblog.jp/20100340/
2014年8月15日 金曜日 晴れ ★OldPhoto銀塩写真のデータ化
十九年前の夏のヴェネツィアの黎明から真夜中まで

<アドリア海の女王>の街がまだ眠っている頃、、、
(椅子がまだ重ねられたままのカフェ、、、鳩も一羽だけ、、、、)
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 (朝日がさっとさしはじめ、、、、鳩たちが目覚める頃、、、、
こんなに早く起きたことがあったのだろうか、、、)

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そしてだんだんと空は青くなっていき、一日が動き始めるのです。

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(29 Aug.1995 Venezia )

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http://keico.exblog.jp/19881741/
2014年6月8日 日曜日 雨のち曇り
1995年8月のヴェネツイアの鳩たち

http://keico.exblog.jp/19911122/
2014年6月17日 火曜日 曇り
1995年08月24~29日 ヴェネツィアの朝の女達

http://keico.exblog.jp/20034350/
2014年7月25日 金曜日 晴れ
ヴェネツィアへは空港からモーターボートで入りましょう!



by pretty-bacchus | 2015-06-12 23:59 | ♣Journey海外95伊英国北欧 | Trackback | Comments(7)

煌めきのシャンパーニュの葡萄畑を思い出して
2015年6月8日 月曜日 曇り遅くに雨

 土手にくちなしの花が咲き始めた。
ほのかな香りが道行く人々をいやしているようだ。

 午後の光で真っ白な花が凛としてその最高の時を誇っているようだった。
先があるので、ほんの数カットを激写して通り過ぎた。

 家に帰ってカメラからSDカードを出して、Macへ差し込む前にチョット置きをしてしまったようで、
家内紛失。
新しい16ギガで、先月からのは入っていて、まだバックアップをしていないのだ。
どこかにする〜とすべり込んだに違いないのだが、さがしても探しても出てこない、、、、。
今年になって二回目のケアレスミス。

 よって今日撮った写真はなし。
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(十数年前のシャンパーニュ地方の同じ時期の葡萄畑と、下にはドンペリニヨンなどのシャンパンメーカーの
建物がみえている。)
★OldPhoto銀塩写真のデータ化 


これは2008年の日仏会館での写真展、"魅力あふれるフランスの地方を巡る" 〔その三〕の
案内状にも使ったもので、PCの中に残っていた。

http://keico.exblog.jp/6574186/
2007年12月17日 月曜日
"魅力あふれるフランスの地方を巡る" 〔その三〕

http://keico.exblog.jp/6605297/
2007年12月26日
2008年敬子の写真展案内状完成

カテゴリ:◉PhotoExpo写真展'08シャンパ の
http://keico.exblog.jp/11307720/
2010年9月19日 日曜日 晴れ 
<煌めきのシャンパーニュ> ヴァンダンジュの秋を行く

 日仏会館 Maison Franco-Japonaiseのホームページ
http://www.mfjtokyo.or.jp/
 日仏会館
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〜〜〜〜〜〜〜〜
 日仏会館では、このあともフランスの二十のデパルトマンの写真展をすることになっていたのだが、
途中で挫折してしまって残念だ。

写真展の一回目からの記録は、右サイドバーのカテゴリの下の方のそれぞれをクリックすることにより
記録として残してある。

◉PhotoExpo写真展東京奈良Jan
◉PhotoExpo展神戸2005ドルド−ニュ
◉PhotoExpo展東京'06ラングドックルシオン
◉PhotoExpo写真展'08シャンパーニュ


 この時のエールランスの機内誌<BON VOYAGE>に記載された
<煌めきのシャンパーニュ> ☆ヴァンダンジュの秋を行く☆

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 十数年も前に書いたものだから、データは少し古いかもしれないな、、、。
でも、あのシャンパーニュ・アルデンヌ地方を全部車で網羅して、
シャンパンメーカーはほとんど全て取材したのだ。
(もちろんどのメゾンでも最高のシャンパンを飲ませていただきながら、、、)

本文の二十数ページに旅の記事を編集長の菊池さんが書いて、私はその中の五ページのワイン&アートの
ページの担当だった。自分で取材をし、写真を撮って、書くという仕事の面白さ!

ああ、、、この頃は、コンタックスの重いカメラを三台も首からかけて、編集長とプロのカメラマンの後を
必死でついていきながら取材をして、帰国するとすぐに締め切りだから、徹夜で記事を書いていたのだ!
若くなければ出来ないことだ。
いやいや若い内にしておいてよかった!





by pretty-bacchus | 2015-06-08 23:59 | ♣Journey海外Sep98仏シャンパ | Trackback | Comments(0)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1995年のノルウェー縦断の旅の最初の一本
2015年1月14日 水曜日 晴れa0031363_148465.png

 <OldPhoto銀塩写真のデータ化>もこのへんにしないと他のことが出来ない。
昨日の続きで、去年のCD化数百本のうち、ノルウェーの最初の一本の35mポジをアップして、しばらくはこの作業から離れよう。

http://keico.exblog.jp/tags/★OldPhoto銀塩写真のデータ化/
これで見られるのでしょうか

 1995年6月26日の最初のポジ一本だけでも全てが美しい。
のんたんさん、ナナハンさん、NKさん、郁子さんもおっしゃってくださっているように、
フィルム時代の映像は、デジタルとは一味違う。
プロヴィア、ヴェルヴィア、コダックを時には数十本持って出かけた旅がなつかしい。
その当時もアラブゲリラとかで、チェックドバッゲジのレントゲン検査も激しくなっていて
高感度のフィルムは手持ちだった。
それも時には一本ずつ箱を開けられたこともあって大変な時代だった。
そのうえ、重いコンタックスを三機首から下げていたのだから、
よくまあ体がもったものだと今更ながらに驚いてしまう。

 フィルム時代だから今のようにカシャカシャとシャッターをおさなかったのだろう。
ブラッケットしているのもあまりないのをみると、
きっとこの旅のフィルムの数が限られていたのかもしれない、、、、。
(そういえば、パリから英国へ、そしてすぐにオスローに飛んだのだから、パリのアパルトマンに
ストックしておいたフィルムを取りに戻る時間もなかったに違いない)

 それでは、1995年6月26日の一日の一部を、、、。
(別のカメラのはいずれまたにしよう)

 〜〜〜〜〜〜 染織家 志村ふくみ語録から 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 < 海や空の青さはとどめておくことの出来ない聖域のものなのでしょう。

 < 色は見えざるものの彼方から差してくる。

 < 光はみえるものの領域に入ったとき色になった。

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(朝もやの中に船はでていく、、、、)

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(船はいくつもの村々を通っていく、、、)

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(途中で下船しバスで山へ登る、、、、向こうに見えるのは別の海?)

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(ごうごうと流れる瀑布がいくつも現れる、、、、)

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(Ålesund
Scandic Hotelが見える)

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 (一日の終わりははかなく美しく暮れていった、、、)
     ~~
これは何時だろう、、、?<<<29 Jun1995 ヴァレスランド付近

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    〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/20688961/
2015年1月8日 木曜日 晴れ
のんたんさんに誘われて二十年前のノルウェーを

http://keico.exblog.jp/20704760/
2015年1月10日 土曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1995年のノルウェー縦断の旅

http://keico.exblog.jp/i66/
2014年6月21日 土曜日 曇り
夏至の東京と北欧ノールキャップの沈まぬ太陽

http://keico.exblog.jp/19861610/
2014年6月1日 日曜日 晴れ
1995年のパリ、英国、北欧、ヴェローナ、ヴェネツィア、ボルドー

http://keico.exblog.jp/19724312/
2014年4月26日 土曜日 晴れ
新緑の風をうけグリークを聴きながら、友よありがとう!

http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

http://keico.exblog.jp/8565033/
2009年7月4日 土曜日 曇り
週末は Memoire de Voyage

http://keico.exblog.jp/19946335/
2014年6月27日 金曜日 雨
★OldPhoto銀塩写真のデータ化は遅々としてすすまない

http://keico.exblog.jp/19901046/
2014年6月14日 土曜日 晴れ
銀塩写真のデータ化1994~2001年の一部を




by pretty-bacchus | 2015-01-14 23:59 | ♣Journey海外95伊英国北欧 | Trackback | Comments(6)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1995年のノルウェーとアルベロベッロそして巴里
2015年1月13日 火曜日 晴れ

 いや〜〜困ったことになってしまった。
数日前からまた始めてしまった去年の★<OldPhoto銀塩写真のデータ化>で、
CDにおとしてもらったポジ数百本。
1995年から2001年までの一部だが、フランス、イタリア、ノルウェー、英国、スイス、、、と
まだまだ終わらない。
 
 1995年6月26日の最初のポジ一本だけでも全てが美しくどれも記録にのこしておきたくなってしまう。
あの重いコンタックスを三機首から下げて一生懸命撮ったのだと思うとなおさらに自分の写真が
愛おしくなってくる。
フィルム時代だから今のようにカシャカシャとシャッターをおさなかったのだろう。
ブラッケットしているのもあまりないのをみると、きっとフィルムの数が限られていたのかもしれない、、、。
フィヨルドの海の碧さの美しさといったらなんということだろう!

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(朝もやの中に船はでていく、、、、)

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 (一日の終わりははかなく美しく暮れていった、、、)

(一本のポジの順番にこうしてみるのも面白い、、、、続きは明日にしよう、、、)

http://keico.exblog.jp/20704760/
2015年1月10日 土曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1995年のノルウェー縦断の旅

 そしてCD化の最後は2001年4月のパリとアルベロベッロ。
その他にブローニーも少しCD化しているが、まず35mから始めたのだが、なかなか終わらないのだ。
 
 まず今夜はアルベロベッロの数枚を。

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(13 April 2001 Alberobello, Italy)
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すでにブログにアップしたもの、、、

http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

http://keico.exblog.jp/8565033/
2009年7月4日 土曜日 曇り
週末はMemoire de Voyage

(このブログには<NKさんの旅の写真に動かされて9年も前のデータファイルをいじっていたら、
空の上からの写真が一枚出てきた>とある。


http://keico.exblog.jp/19946335/
2014年6月27日 金曜日 雨
★OldPhoto銀塩写真のデータ化は遅々としてすすまない

http://keico.exblog.jp/19901046/
2014年6月14日 土曜日 晴れ
銀塩写真のデータ化1994~2001年の一部を

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 でも〆はやっぱりパリの一枚! このイタリアの旅の帰りに寄ったのだろう。

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(20 April Paris)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ウィキペディアより
アルベロベッロは、イタリア共和国プッリャ州バーリ県にある、人口約1万1000人の基礎自治体。
「トゥルッロ」と呼ばれる伝統的な家屋が約1500軒あることで知られている。
白壁に円錐形の石積み屋根を載せたこの家屋は、16世紀から17世紀にかけて開拓のために集められた
農民によって造られたものである。

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by pretty-bacchus | 2015-01-13 23:58 | ♣Journey海外95伊英国北欧 | Trackback | Comments(6)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1995年のノルウェー縦断の旅
2015年1月10日 土曜日 晴れ

 寒さをよいことに外出をやめて、それだけならまだ救われるのに、時差のまま朝まで写真の整理をしてしまった。

http://keico.exblog.jp/tags/★OldPhoto銀塩写真のデータ化/

 のんたんさんのブログで触発されて、一昨日少しだけブログにアップしたが、
初夏の北欧の空気の美しさ、ノルウェーのフィヨルドの海の碧さ空の青さ、新緑の美しさに誘われて、
またまたぱらぱらと整理を始めてしまった。

http://keico.exblog.jp/20688961/
2015年1月8日 木曜日 晴れ
のんたんさんに誘われて二十年前のノルウェーを

 いや〜〜旅の記録は、こうして写真に残るとなんと楽しいものだろう〜〜。
一瞬にして何十年も前の<その地><その時>に私の心は飛んでいき心がときめけ始める。
脳内フェロモンが満開になってなんだか若返ってくるようだ。

 去年の★<OldPhoto銀塩写真のデータ化>で、CDにおとしてもらった数百本の整理はまだ
全部は終わっていない。イタリアとフランスはだいぶ終わったが、英国と三十数本ある1995年の
北欧もその一部。
ノルウェーを南のスタヴァンガーから沈まぬ太陽のノールキャップまでの十日間の縦断の旅、
そしてその前の英国グランドボーンと近郊のオペラ三昧ととブライイトンの数日のポジも残っている。

     〜〜〜〜〜〜〜
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(世界遺産の建物群から数分の処からトロッコのような感じのしてしまうロープウェイに数分乗ると,
フロイエン山と呼ばれるベルゲンでの人気スポットに着く! )

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(29 June 1995 Bergen、山からの景色はベルゲン市内を一望することができ標高320メートルの山頂から)

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(June 1995 Bergen, グリークの像が建つ可愛らしい音楽堂がある)

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2014年6月21日 土曜日 曇り
夏至の東京と北欧ノールキャップの沈まぬ太陽

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2014年6月1日 日曜日 晴れ
1995年のパリ、英国、北欧、ヴェローナ、ヴェネツィア、ボルドー

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2014年4月26日 土曜日 晴れ
新緑の風をうけグリークを聴きながら、友よありがとう!

 ノルウェーのソグネフィヨルドやその他のフィヨルドの陸沿いには自然咲く白い花が多かった。

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(25 June 1995 ノルウェーの丘ノ上にて)

http://keico.exblog.jp/19969251/
2014年7月3日 木曜日 曇りのち、、
★OldPhoto銀塩写真のデータ化=ノルウェーの海とカモメと丘の白い花


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(26 June 1995 Ålesund)

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(29 June 1995 フィヨルドの船上にて、そらの青、陸の緑が水に映えてなんとも美しい)

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(カモメと遊ぶ人、そして岡ノ上には滝が流れて、白い花々が咲いている、、、)
〜〜〜〜〜〜〜〜 写真をクリックすると大きくなります 〜〜〜〜〜〜〜

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(29 June 1995 フィヨルドの船上にて、ヴァレスランド付近)

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(30 June 1995 ベルゲン海ホニングスバーグ)

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(カラフルな港に着いて十数分あるくと木造の世界遺産ウルネスの教会に着く。
その後ろあたりで少女がかけてきた、、、、)

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(ここのも白い花が沢山さいていた。北欧には色の濃い花はないのだろうか、、、?)


(そして船を下り、飛行機でノールキャップに一番近い空港について、、、
この旅の最後のハイライトの沈まぬ太陽を拝したのだ)

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(04 July 1995 Nordkapp にて、しばらく中で体を温めて、、、)

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(だんだん暗くなっていくが、太陽は沈まないまま水平線ぎりぎりに漂っていた)
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            〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/7096176/
2008年5月10日 土曜日 雨雨あめ、、、、
http://keico.exblog.jp/7096176/
思い出を引き戻しつつ緑雨、モンゴルフィエ

http://keico.exblog.jp/12508218/
2011年5月1日 日曜日 曇り後雨、風強し
<聴きたくてグリーク&シベリウス>のCDカヴァーの写真


 1990年代はほんとうに良く旅をしたが、とくに1995年、この年はよく旅をした。
春のフランスのワイナリーへの取材、ベルバカントの英国のオペラの旅、六月下旬から七月の初めまでの
北欧縦断。一度帰国して、更に八月には再度フランスとイタリア、ヴェローナのアレーナでの
一週間のフランコゼッフェレリのオペラ三昧、その後友人を案内してのヴェネツィアからパリへ。
九月にはスイスでのマルセリーヌガンスの誕生会。
そのあと十月には、シャトー・ムートン・ロッチルドとシャトー・ラツールでのレセプションにお招きされた。

http://keico.exblog.jp/19888552/
2014年6月10日 火曜日 曇り その二
1995年10月のボルドーのシャトーでの思い出写真

 この間にもたしかエールフランス機内誌の取材にも加わったと思う。
二十四年務めたサラリーマン仕事生活に終止符をうち、二度の大きな手術を乗り越え、
身内が巻き込まれた大きな事件も解決したあとの八十年代後半から九十年後半までの十数年間は、
ほんとうによく旅をした。私はすでに五十代になっていた。

身内の会社の広報誌を編集するために、造り手を訪ねて写真を撮り記事を書いたことを皮切りに、
日経ムックや朝日の旅の広報誌、そしてエールフランスの機内誌BON VOYAGEに、
ワインと旅の記事を数年撮って書かせていただいた。
ほんとうに充実した十数年だったと、ほんとうに多くの方に感謝している。

(しかし、好事魔多し! またまた青天の霹靂がおころうとは、このとき誰が想像できただろうか?)

 CD化していないポジはまだきっと千本を越えるだろう。
命ある内には整理はできないだろうが、もし命ながえたらウェブの世界に残しておくのも良いかもしれない
と思っているのだが、、、。

 でもその前にまず家の中の物の整理をしなければならないのだ、、、、嗚呼!

 1995年のその他の旅の一部は、More>>>をクリック



More>>>1995年のその他の旅の一部
by pretty-bacchus | 2015-01-10 23:58 | ♣Journey海外95伊英国北欧 | Trackback | Comments(4)

のんたんさんに誘われて二十年前のノルウェーを
2015年1月8日 木曜日 晴れ

 日本中が冬の気圧配置に覆われているようで、ほんとうに寒い。
でも借景の庭のシデの木には少し
春の蕾がみえるようで望遠でカシャカシャ、、、、。

あら鳥がやってきてキョロキョロ、、、。

 寒さででかけるのをやめて横着病は治っていない。

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(冬の雀か鶯か?)

 
 のんたんさんが、この厳冬に訪れたノルウェーのベルゲンの写真をアップなさり始めた。
三千カットもあるようで、とても楽しみ。
nontan91.exblog.jp
http://nontan91.exblog.jp/23311800/
のんたんのデジタルな風景

初夏でもヒンヤリしていたベルゲンの真冬はどんなにか寒かったことだろう。
いろいろ見せていただくのが本当に待ち遠しい〜〜〜。

 そして私も思い出したように、二十年前のポジの<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>を少しばかり、、、。

ノルウェーは何度かいったことがあり、1995年には南のスタヴァガーから、
船とバスを駆使してフィヨルドを巡り、トゥロムソで世界遺産の木造建築のぬくもりに手を触れ、
飛行機で北までとんでノールキャップの沈まぬ太陽を拝した旅をしたことがあった。

 昨年の★OldPhoto銀塩写真のデータ化で十数本あった35mと645のポジの整理はまだ終わっていないが、
その一部はブログにアップして記録している。

http://keico.exblog.jp/tags/★OldPhoto銀塩写真のデータ化/

1995年6月のベルゲン。
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(19950625北欧ヴァレスランドあたりのフィヨルドを船上から)
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    続きはまた、、、、

             〜〜〜〜〜〜〜〜
(すでにアップしたブログの一部から、、、、)
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(Alesund)

a0031363_2345110.jpg(地図はのんたんさんのブログから拝借)

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(04July 1995 ノールキャップで沈まぬ太陽を拝す)

http://keico.exblog.jp/i66/
2014年6月21日 土曜日 曇り
夏至の東京と北欧ノールキャップの沈まぬ太陽

a0031363_0232219.jpg (30 June 1995 ベルゲンの街に宿泊)
(世界遺産になっている建物群)

http://keico.exblog.jp/19861610/
2014年6月1日 日曜日 晴れ
1995年のパリ、英国、北欧、ヴェローナ、ヴェネツィア、ボルドー

(04July 1995 ノールキャップで沈まぬ太陽を拝す)

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http://keico.exblog.jp/19724312/
2014年4月26日 土曜日 晴れ
新緑の風をうけグリークを聴きながら、友よありがとう!



〜〜〜〜〜〜〜〜 写真をクリックすると大きくなります 〜〜〜〜〜〜〜

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by pretty-bacchus | 2015-01-08 23:59 | ♣Journey海外95伊英国北欧 | Trackback | Comments(6)

四半世紀前の仕事ライフと十五年前の巴里を
2014年10月31日 金曜日

 神無月最後の日となってしまった。
先週にSTさんからメールをいただいて、ワインとお酒の輸出入についてアドヴァイスをして欲しいとの
ことだったが、ようやく出かけることができた。
細かい事務的なことや税務関係のことは私はまったく弱いので、
ながいこと貿易経験のある連れ合いと一緒に出かけた。

 青山一丁目の古い?新青山ビルの向こう側に十年ほど前に建った高層ビルの十二階。
ガードマン二人が立つ玄関のタッチパネルで、訪ねる部屋番号を押して中から確認されて広いロビーに入る。
ここまでは六本木ヒルズやお台場の友人友人の高層マンションと一緒。
ロビー右端にある受付嬢の脇を通ってエレヴェーターに乗った。あれ〜〜十二階が無い?
一度外に出て奥の方のもう一基に乗った12あり。押したがビクともしない。
え〜〜?
外に出てSTさんに電話をしたら、なんと受付嬢の脇にあるタッチパネルをもう一度押さないと
エレヴェーターが作動しないのだという。
このセキュリティ対策が売りでこの高層マンションが外国企業のVIPが多いのだという。

 これから貿易の仕事をしたいというT氏は三十七歳。
自己紹介のあと、彼の今までのお仕事と今後どんなことをしたいかをうかがった。
ご苦労をなさったあと、最近の十年ほどはお知り合いの会社で大きな実績をあげて、
子会社もつくり責任を果たせたので独立をしたいという。

なかなかの青年なのだが、なにかどこか違う、、、これがジェネレーションギャップというのだろうか? 
いやそれだけではない、、、。
フランスへいってまず美味しいワインを飲みたい、そして日本酒をフランスへ輸出したいということは
わかったが、、、。
STさんのお許しを得て、思ったことを話し始めたが、私はなんということか、
次々に立て板に水の如しでお説教じみたことを話し続けてしまったのだ。
“まず貴方は謙虚でない、、、”から始めて、、、、、、
最後は“今のままではまずフランスに行ってもすぐには無理ですね” とピシャリ!
嗚呼〜〜なんとしたことか、、、!息子がいたらこんなふうにいつもお説教をしていたのかもしれないなと。
でもきっとこの青年がどこか見どころがあると思ったのかもしれないのだが、、、わかってもらえないだろう、、、。

 一時間半ほどでお時間がないらしく先に帰られたので、STさんと三人でしばらく歓談。
STさんは五十代後半で、今の若い三十代の方々の思考と行動の善し悪しをいろいろ話してくださった。
彼等には彼等のルールがあるが、人間としての最低のルールは守って欲しいと思っているということだった。
わたし達が歳をとったのかもしれないが、なんだかどっと疲れてしまっておいとました。

 ポツリポツリと雨が降り始めて、隣の新青山ビルの東館に入った。
エールフランス&メリディアン時代に十五階のオフィスで十数年仕事をした思い出が甦った。
“真夜中によく迎えに来ましたね、、、”と連れ合い。
最後の六年間のホテルメリディアンチェーンの時代には何十カ国も回り、日本にいるときは、
真夜中までレポートを書き(まだPCで打てる時代ではなくタイプライターとテレックスの時代だった)。
ビルの警備のオジサンがいつもいつも心配をして一時間毎に見回りをしてくれたものだった。

 なつかしさのあまり一階の広場までいったが、植田いつ子さんのお店もケイフローリストも
どこもかも別のお店になっていた。
地下におりたら、昔よく行ったお蕎麦屋さんの<くろ麦>があったので入ってみた。
メニューは以前通りで、板わさとさつま揚げにお酒は剣菱のぬる燗、おそばは名物の三色蕎麦。
おもわず昔の事、、、といってももう四半世紀もたっていたのだが、、、をいろいろ思い出して
話し込んでしまった。

 戦後の日本で教育を受け、昭和の高度成長期に社会に出て、それぞれの道でそれなりの仕事で精進し、
バブルの波に乗ったわたし達は、平成の初めからの日本沈没にどっぷりと巻き込まれて
大きな人生を終えたような気がする。
そのほんの一部をぼちぼちとブログに書き始めているが、辛かった経験だけでは悲しいし、
自慢話になってしまってもいけないし、あくまでも謙虚に人間的にと思っているのだが、
年上の方とかお人によっては、そうは思わないのかもしれない、、、わたし達がさきほどの青年を
そう思ったように、、、。
そんな時はぐさりとお小言を下さる方はいらっしゃるだろうか、、、。

 雨の上がった青山通りを高齢者二人はとぼとぼと歩くのでした、、、。
カメラを持っていたのに一枚もシャッターを押さなかった十月最後の一日だったのでした。

 〜〜〜〜〜
(ブログ内で少し思い出を、、、、、)

 最初の旅はアブダビメリディアンのオープニングの準備の仕事。
一応、黒のパンツスーツと黒のアタッシュと仕事モードでいったのに、空港に迎えもあったのに、
税関で小一時間もまたされることになったのだった。
すでにあったヒルトンホテルやインターコン、シェラトンなどを視察したり、
当時中東で日本料理屋さんで成功していた方々にもお話しを聞いて、私は数日の間に、
マーケッティングをすませた。
帰りの機のなかで数十枚のレポートを書いて、帰国後すぐにパリの本社に送付。
その結果というか、幸か不幸か次のプロジェクトの為に、また私はクウェイトやアラブ首長国連邦、
シャルジャなどにも行くことになったのだ、、、、、、、、。

アブダビメリディアンのオープニングでは、商社や現地の会社の方をお迎えしての
レセプションもいくつかこなした。
当時の中山大使、JALの支店長の有賀さん、商社の知人などなど素敵な男性方に助けられて、
役目をこなすことができたのかもしれない。
翌日の現地の新聞にも大きく写真入りで報道された。

THE GULF NEWS 、1982年3月13日 土曜日のアブダビの新聞。
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 (王族、現地政財界、日本大使館商社関係等の何百人もの出席のこのレセプションでは、
わたしはなんと英語と日本語で長い挨拶をしたのだった。今考えると怖ろしいことだ!)


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(時は1980年代初め、普通でもあまり日本人がいかなかった中近東の仕事に、うら若き!細い
チャーミングな日本女性が、たった一人で空港におりたったのだから、それはそれは話題になった)

(天までも驚いたのか、翌日は砂漠に何十年ぶりの大雨が降った。外気は50度!
(右は外務省からの中山大使と左は日本航空の有賀支店長。私はこのレセプションの為に、
紺地に濃い渋朱色の切り替えの中に更紗模様を描いた着物をデザインして創った。
それにしてもなんと細かったか〜〜〜目をつぶってしまっていて残念、、、)
(この着物は後に巴里に住む友人のお嬢様にさし上げてた)


http://keico.exblog.jp/10694394/
2010年5月26日 水曜日 曇り後雨
中東への出張☆回想のわが巴里の街 1980~1990

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜詳しくは、これをクリックしてみてください。
http://keico.exblog.jp/5485974
つづき、オンリーイエスタディーMemoires du Voyage-Arabu 2007.04.26

http://keico.exblog.jp/5626037
2007.05.22火曜日想い飛ぶ  リラの花咲く 巴里のころMemoires du Voyage-Paris

http://keico.exblog.jp/9187764/
2009年11月1日 日曜日 曇り
☆回想のわが巴里>凱旋門に励まされての遠いパリの日々

http://keico.exblog.jp/14105309
2011年12月4日 日曜日
☆ Memoires du Voyage ~なつかしの羽田空港から巴里へ出発

http://keico.exblog.jp/14105427
2011年12月5日 月曜日 その二 巴里着
☆回想のわが巴里の街1965~1973  パリとの始まり

http://keico.exblog.jp/14150458
2011年12月10日 土曜日 凱旋門
☆回想のわが巴里の街1965~1973 凱旋門に励まされての日々

http://keico.exblog.jp/14175732
2011年12月13日 火曜日
☆回想のわが巴里の街1980~1990 〜メリディアンチェーン

http://keico.exblog.jp/14195254
2011年12月20日 火曜日 雨 
☆回想のわが巴里の街 ~ 我が人生を振り返って
 
~~~~~~~
★OldPhoto銀塩写真のデータ化
☆回想のわが巴里の街1990~2000

まだ未公開の、私の前世紀最後の巴里。2000年4月14日のパリ、リュクサンブール庭園の数コマを
(14 April 2000, Paris, Jardin du Luxembourg)
(ラ・ヴィレット公園、テュイルリー庭園、ビュット・ショーモン公園などと並ぶ最大級の公園で、
パリっ子の憩いの場の一つ)

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(散歩する日と、思う人、考える人、そして昼寝をする人、、、)

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(ジョルジュサンドの像の前で遊ぶ鳩くん)


 リュクサンブール公園にはフランスで最も古い養蜂学校があるんですって。
パリのアパルトマンを引き上げて数ヶ月後の春のパリ。この頃は、最晩年に余裕があって
健康に問題がなかったら、もう一度パリに住みたいと思っていたのだ。

http://keico.exblog.jp/9220441/
2009年11月8日 日曜日 晴れ
パリの蜂蜜、ボルドーの蜂蜜、「ばんけい峠のワイナリー蜂蜜計画」

http://keico.exblog.jp/5626037/
2007.05.22火曜日 晴れ
想い飛ぶリラの花咲く巴里のころMemoires du Voyage-Paris

http://keico.exblog.jp/14149612/
2011年12月9日 金曜日
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ー世界遺産

http://keico.exblog.jp/19956599/2014年6月30日 月曜日
1996年パリと1999年12月の前世紀のアパルトマン




by pretty-bacchus | 2014-10-31 23:59 | ♧Journey海外2000仏イタリア | Trackback | Comments(2)

木村伊兵衛のパリ、銀塩最後の私の巴里のエッフェル塔とコンコルド広場
2014年8月28日 木曜日 晴れa0031363_21252852.gif
<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>

 先週末、黄金桃のベリーニをいただきながら、高田さんは四十数年前の銀座の銘店
<スミノフ>時代のことを懐かしそうに話してらした。
なんど聞いても昔懐かしのお話しでなんとも楽しい。その頃のお客様面々にはいつも驚嘆。
蒼々たる文化人、経済界の重鎮、新聞記者、銀座商店街のダンナ衆も多かったそうだが、
その頃にバーにいらしていた写真家さん達は、最晩年の木村伊兵衛、川上緑桜、緑川洋一、
秋山庄太郎、大竹省二、林忠彦さん達だったという。
銀座のママを巡る彼らの恋のお話しも高田さんは覚えていて、昭和に活躍した写真家さん達の
なつかしい時代のこともうかがえたりしてとても楽しい。

http://keico.exblog.jp/19224560/
2013年12月23日 月曜日 晴れたり曇ったり 天皇誕生日
〜激動の一世紀を今宵一夜で〜

 昭和四十年代のことなのだろうから1960年後半から70年代にかけて、
日本は高度成長期の上り坂の頃であったろう。
スミノフには行ったことがないが、中学校から高校の頃に、父に連れられて時々銀座のバーには
何度か行ったことがある。
“はい、お嬢様”と、大きな苺にウィップトクリームを沢山のせたお皿をいただくのがとても楽しみだった。
その頃からワタシは酒の場が好きになったのかもしれないし、家にはいつも酒と食を求めて?
多くの方々が訪れていた。まだまだ物が少なかった時代であったろうに、、、。
そして洋食のマナーを学ぶために、父母は資生堂パーラーに連れて行ってくれたりしてくれたのも
この頃なのだろうか、、、。

 そんなことを思い出しながら、録画をしておいた日曜美術館の
<木村伊兵衛 天然色でパリを撮る、秘蔵写真でよみがえる58年前の町並み>をまた見てしまった。

http://keico.exblog.jp/14549102/
平成24年1月28日(土) 曇り
<木村伊兵衛天然色でパリを撮る、秘蔵写真でよみがえる58年前の町並み>を見て

木村伊兵衛(1901年12月12日 - 1974年5月31日)は、1929年に霞ヶ浦にグラーフ・ツェッペリンが
飛来した時に、フーゴー・エッケナー船長が縦型距離計フォーディスつきのライカIAを首に提げていたのに
触発されライカを使い始めたと言われている。
(そういえば母は小さい頃にそのツェッペリンを見に祖母に連れられて霞ヶ浦まで行ったことがあると
話していたことがある)
その頃ライカを戦後まもなく日本に入れたのは、サンモトヤマの茂登山長市郎さんで、
名取洋之助の依頼によると茂登山からうかがったことがある。

 モノクロの世界で日本人の日常や日本美をリアルに撮った彼が、日本のカラーフィルムの創世記に
カラーで撮っていたのは1954年と1955年の巴里。天然色フィルムの試写のために赴いたフランスで、
木村伊兵衛がアンリ・カルティエ=ブレッソン等の案内でASA10のカラーフィルムで撮った圧巻の巴里!
その写真を追って撮られた今の巴里と五十五年前のパリ、変わらないといわれる石文化とフランス人気質の
ジェネレーションの移り変わりや対比など何度観てみみあきない番組だ。

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(テレビをカシャッ、木村伊兵衛の1955年の夕暮れのコンコルド広場 絞りF11,1/30秒だそう)


そして私のコンコルド広場は、三年前の車窓からのスナップ

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#IMAGE|a0031363_1834880.jpg|201201/29/63/|mid|640|426#] (19 December 2011 Paris,Place de la Concorde バスの車窓からのスナップ)

http://keico.exblog.jp/9608331/
2010年1月7日 木曜日 晴れ
「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 〜東洋と西洋のまなざし〜」

http://keico.exblog.jp/5283633/
2007.03.24 土曜日 晴
桜狩り西も東も遠からず(木村伊兵衡の昭和の写真集)

(茂登山長市郎のことなどは)
http://keico.exblog.jp/8920246/
2009年9月4日 金曜日 晴れ後曇り、夜半に少し小雨

大正生まれの男性二人に魅了されて

http://keico.exblog.jp/9180761/
2009年10月30日 金曜日 晴れ
☆回想のわが巴里>>暗い朝に冬のグレーの空のパリを思い出して

http://keico.exblog.jp/14105427/
2011年12月5日 月曜日 その二 巴里着
☆回想のわが巴里の街1965~1973  パリとの始まり

http://keico.exblog.jp/14568477/
2012年1月29日 日曜日 雪模様 のち晴れ
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris2005

http://keico.exblog.jp/20001633/
2014年7月14日 月曜日 晴れ
<キャトルズ ジュイエ>=七月十四日、巴里祭の夜に思い出にふけって

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(ミレニアム2000年のカウントダウンの1990年代最期の、夜のパリの大好きな一枚。1999年12月、
西暦2000年まであと22日とエッフェル塔の灯は感動的だった。
メリーゴーランドが回って人々を夢に誘っていた、、、。
この時代のコンタックス&ツアイスレンズで、夜に手持ちで一瞬のこの写真を撮るのは至難の業だった)

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(上の写真の右上に写っているのは、この馬の足。遠方はシャイヨー宮)

 何度も見た番組は時には時にはBGMとなり、手元のMacの画面では、木村伊兵衛のパリの四十五年後=
ミレニアムをあと22日あとにひかえた1999年12月9日のパリの夜のフィルムのデジタル化の写真の整理を!
奇しくもそれは私の銀塩写真の終末の巴里だったのだ。
巴里のアパルトマンに別れを告げたのも前世紀最後の十二月だったのだ。
<私の銀塩>はこのあと2000年の志村先生と一緒の西安,敦煌,麗江の旅で終わりを告げた。

(エッフェル塔の後は、コンコルド広場とルーヴル美術館のピラミッドに行ったようだ。)

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(次を追加)
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  (2008.12.19 遥かにかすむ凱旋門、シャンゼリゼ通りを横切るときに、窓越しにカシャっと)

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(フランス大統領ミッテランが1983年に推進した「パリ大改造計画 」の一環のなかに
「大ルーヴル計画 」があり、ナポレオン広場に設けられた新たなエントランスにガラス製のピラミッドを
建築する提案が建築家イオ・ミン・ペイによりなされ、1988年に完成した。
更に地下のカルーゼル・ショッピング・モールに、採光用途を兼ねる逆ピラミッドが完成したのは
1993年だった)

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 19 December 2011 Paris


ルーヴル美術館の地下のガラスのピラミッドの向こうに見えるのはアップルストアーパリの一つ。
このストアーの二階へはジョブズデザインのガラスの階段で上って、ジーニアスバーへ行くのだ)
下記のブログで
http://keico.exblog.jp/14537068/
2012年1月27日 金曜日 曇り
『スティーブ・ジョブズI』第一巻をiPadで読み終わった。


 <★OldPhoto銀塩写真のデータ化><☆回想のわが巴里の街1990~2000>をしながら、
いつもこうして<昔のワタシ>に引きずり込まれてしまう。
<思い出整理>に沢山の時間をつかわないで、未来の事に多くの時間を使った方がよいのは
わかっているのだが、、、写真で甦るこの魔力はなんなのだろうか、、、。

 さて次の銀塩は最後の巴里のアパルトマン、、、
いろいろあるので、またにしよう。

何枚かは下記のブログに掲載。
http://keico.exblog.jp/19956599/
2014年6月30日 月曜日
1996年パリと1999年12月の前世紀のアパルトマン

     〜〜〜
 そしてデジカメ時代の最初は、200万画素のFUJI FinePix4700Zでの2000年から。
そして2001年のイタリアのアルベロベッロとヴェネツィアと巴里。

http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

 (このフィルムの一枚前のショットは前日の2000.12.17 の真夜中のパリの光り輝く
エッフェル塔の一枚でした。)
エッフェル塔にダイアモンドイリュミネーションが輝きだしたのは、
ミレミアム2000年を過ぎてからだった。
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  2000年の12月からダイアモンド照明がされ、二十一世紀へのカウントダウンがはじまった。
(夕闇のトロカデロからシャイヨー宮、アンバリッドなどがのぞまれる)
(最初のデジカメ200万画素でも、こうしてなつかし記憶と思い出になる。
一瞬の写真が長い間の記録になり、のこされていく、、、、、やっぱり写真は素晴らしい!
ブラヴォー〜〜〜!

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〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/17245942/
2013年1月30日 水曜日 晴れ
銀塩時代の写真の<オペレーションモノクロ化>

〜〜〜〜〜〜〜〜
エッフェル塔いろいろは
http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

 追記:ミレミアムへあとJ-801の写真は、ポストカードになった。
J-891 AVANTS L'AN 2000
(計算すると1997年7月23日となる)

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(ミレニアムを前にエッフェル塔にはカウントダウンの光が入った)

by pretty-bacchus | 2014-08-28 03:03 | ♣JourneyAbroad海外99仏伊 | Trackback | Comments(17)

マウリッツハイス王立美術館での“一九九六年四月ハーグ”のフェルメール特別展
2014年8月22日 金曜日 晴れ

 今朝も朝顔は全滅だが、未だ明けきれぬ借景にアメリカンブルーが輝いている。
花言葉はあふれる思い!
昼顔科の多年草だから大切に育てよう。

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 広島を初め豪雨の被害は日本中に拡がっている。
ほんとうに地球はどうなってしまっているのだろうか。
広島を襲った局地的豪雨は、山麓の様々な場所で土砂災害が発生して多くの命が奪われている。
<同時多発>という言葉はテロのときくらいにしか使われないと思っていたのに、
同時多発山崩れでみるみる家屋が流される映像はみていられない。
多くの方が亡くなり、救助作業のさなかにまだまだ<山が動き><土が流れて>いるのだという。

 天皇陛下は、今回の被災者の事を思い夏の静養をお取りやめになったという。
東日本大震災被災地にもたびたびご訪問なさってらしてほうとうに頭がさがる。
反面、首相はといえば朝の被害のニュースを見た後でも、退陣した元首相とゴルフをしていて、
その元首相に「早く戻った方がいい」と言われて東京に戻ったというのだからなさけないことだ。
たしかに側近や対策本部がちゃんと対応していて、沢山の自衛隊員も救助にかけつけているのだが、
やはりね〜〜〜!

 今日「昭和天皇実録」が発表された。
二十四年かけて編纂した六十一冊の実録だという。
黒塗り無しといから新たな昭和史の発見があるかもしれないだろう。
自分が生まれて学んで仕事をした<昭和>という時代の、戦争を経ての日本の高度成長期の時代の
「昭和天皇実録」からは何が見えてくるのだろう。
朝日新聞の、何十年にもわたる記事の捏造で日本という国をおとしめた信じられないメディアもあり、
どんな対をなすのだろうか?

 辛いニュースが多い極暑の夜に、偶然かけたテレビでフェルメールとレンブラント、
オランダの旅の番組を観た。
アムステルダム国立美術館、マウリッツハイス王立美術館、エトセトラ、、、。
そしてなつかしい十八年前を思い出していた。    <★OldPhoto銀塩写真のデータ化>

 何度か訪れていたオランダだったが、その年1996年は格別な年であった。
世界のフェルメール作品の36分の23作品が一同に集まった、“一九九六年四月ハーグ”での特別展。
「窓辺で水差しを持つ女」「レースを編む女」「天文学者」「ダイアナとニンフたち」
「聖女プラクセデス」「マリアとマルタの家のキリスト」「二人の紳士と女」「手紙を読む青衣の女」
「小路」「天秤を持つ女」「ヴァージナルの前に立つ女」「ヴァージナルの前に座る女」
そして「牛乳を注ぐ女」「真珠の耳飾りの少女」「デルフトの眺望」などが、
世界中の美術館とコレクターから集められ一同にかいした最初で最後の展覧会であったのだ。
一点一点を食い入るようになめ回すように何度も鑑賞することのできたあの時の記憶が甦ってくる。
いま眼前にその絵がないのに、展示されていたその場所をその空気感をまで、目をつぶると甦ってくる。

 そのハーグのマウリッツハイス美術館特別展は、フランスの女性の会<LES BELLES BACCHANTES
ベルバカント>の春の催しで、二十数名のフランス人の友人と一緒の旅であった。
パリから二泊三日の旅は、フェルメールとゴッフォとデルフトとチューリップとオペラの旅であったが、
そのメインはこのマウリッツハイス美術館のフェルメール特別展であった。
なんと朝の7時から特別に鑑賞することができたのであった。
(その時の感激を葉書に書いてお送りした志村ふくみさんは、すぐ決断してオランダに
飛んだというのだからさすがだ!)

 その時のフィルムは何本かあるはずなのだが、今回デジタル化したのはブローニーと35mが各一本だけ。
その中にハーグの会場と外と中の様子もあった。

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(朝が明けた、、、、ホテルの窓から)
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(美術館はまだ深閑としていた)

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(特別展の為に建物前には白いテントが張られて、受付の特別室がつくられていた。
朝の光に輝くマウリッツハイス美術館が美しく思い出を新たにしている)

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(大きなお土産物売り場があっていろいろ買った覚えがある。右は一緒の旅をしたフィリピーヌ・ロッチルド)

(この後わたし達はフェルメールの眠る教会を訪れた)

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a0031363_2403756.jpg(ゴッフォ美術館の庭にて)

a0031363_2414034.jpg(チューリップ畑も廻って、、、)

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(この旅に参加したベルバカントの女性全員でハイチーズ。フランスの各界で活躍する蒼々たるマダム達。
東洋からはただ一人!)

 なつかしくもあり貴重な体験であり、九十年代は私の第三の人生のまっただなかでもあったのだ。
今こうして古い銀塩写真をデジタル化していることで私の脳は再生され歓びにあふれているのだが、
もうその日は絶対にやってこないという一抹の寂しさにも満ちている。
<時間の矢>は決して逆には戻らないのだから、、、。

 このフェルメール展をみているブログ友の方が何人かいらっしゃるが、
<わが友ホロゴン・わが夢タンバール>のホロゴンさんもその中のお一人。
ホロゴンさんは、写真の整理をなさりながら、(心の奥底の襞を開く)と書いていらっしゃる。
 私にとっては、過去への窓。
    これらの菅浦の写真を見て、まるでそこにいるかのように、
    撮影の瞬間の記憶を新たにして、懐かしい。
    一枚一枚が私の心の奥底の襞を開いてくれるようです。
    でも、時の経過の遙かなることに一抹の寂しさを覚えるのです。

  〜〜〜〜〜〜〜
 
 フェルメールに関する書籍は赤瀬川原平 、朽木ゆり子、小林頼子など沢山あるが、私は
有吉玉青さんの「恋するフェルメール―36作品への旅 」が好き。
この作品は小説ではなく、彼女の個人的なフェルメールへの思いを 素直に綴ったものであり、
玉青さんの素の顔がそこここにのぞく。
絵は見るものというより、見に行くものという熱い思いを胸に、<フェルメール>という恋人に会うため
世界各地へ旅をする。
大好きなフェルメールを見に諸外国へたずね歩く。
日本での展覧会もあれば、 いそいそとフェルメールに会いにフランスへイギリスへドイツへ、、、、、。

実に十六年をかけて、現在見られる三十五点のフェルメールを鑑賞する。
やっと会えた絵もあれば再会したものもあったりで、作者の思いと行動力は驚嘆に値する。
専門家が語る絵のバックにある寓意などは論じない、ただただ、彼女が感じた光と色と時間を追う、、、。

そこには、母である有吉佐和子さんの二年間だけの夫であり長い間別れていた父親神彰氏
(なんと私は、この方に昔々あったことがある)のこと、友人のこと生き方のことなどが
散りばめられている。
行間にあらわれる美への博識は、早稲田大学哲学科、東京大学美学藝術学科卒、
ニューヨーク大学大学院演劇学科修了という彼女の経歴が、そこ此処にちりばめられて
しっかりと潜んでいる。

 熱帯夜の夜はこうした番組と読書が一番よいのかもしれない。

http://keico.exblog.jp/6805711/
2008年2月17日 日曜日 晴れ
「恋するフェルメール―36作品への旅 」を読んで、父の思い出

http://keico.exblog.jp/19901046/
2014年6月14日 土曜日 晴れ
銀塩写真のデータ化1994~2001年の一部を

〜〜〜
追記*
http://keico.exblog.jp/13140301
2011年7月25日 月曜日
日曜美術館<“手紙”が語るフェルメールの真実

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(1996年にハーグのマウリッツハイス美術館特別展のカタログ。
more>>参考にこの展覧の出品作品は後から整理


http://keico.exblog.jp/13325473/
2011年8月19日 金曜日 晴 その一
京都市美術館でのフェルメールからのラブレター展

http://keico.exblog.jp/16815991/
2012年11月16日 金曜日 曇り
一年半前のブログにコメントをいただいて感動

More>>参考にこの展覧の出品作品は後から
by pretty-bacchus | 2014-08-22 23:59 | ♠Art&美術,詩歌,展覧会,お稽古 | Trackback | Comments(4)