日記から
2001.11.23

東京医大1567にて

11月23日金曜日晴れとても暑い日がある今年の予定は松戸の本土寺で開かれている母の茶会にカメラをもって行くはずだった。
それが突然の入院と手術そして今日は一応明日退院控えている。
滋が6時に来てくれて7時40分に先生の説明があった。
今回の手術は一応成功して出血は抑えられているもよう。しかしまた後10日間予断を許さないといいことだ。

人が年を重ねるということは不思議なものだ。それは体が知っていた。
自分自身で1945年生まれだと思っているからまだ還暦だなんて考えたことはない。30代の終わり40代の終わりにもいろいろあった。
しかし考えてみると50代の終わりを迎えてこれからの人生をどうするか本当に真剣に考えてみなければならないことになった。

視力は少しは回復するかもしれない。しかしだんだんその視力は衰えていくという。そんなことがあるんだろうか。信じられない。
その昔20歳のころ、自分は決して衰えない年をとらないと思っていたことがあった。そしていつも私はその時その時の医学に救われて命をまっとうすると思っていた。
しかし一つ一つ体の機能しないながら命をながらえて何になるだろうか。
眼が見えない80はやはり考えたくない。

さあ私はどうすればいいだろう。明日からしばらく家にいることになる。
会社のことも大切だけれどこれからの自分自身のことを考えてみなければならない。
新宿副都心の夜の街のネオンを見ながら音声で入力のヴィアヴォイスという
新しいソフトでこの分を音声入力している。
# by pretty-bacchus | 2001-11-23 23:16 | from old diary日記から移行 | Comments(0)

日記から目の手術の記録をブログに移行
2001年11月17日土曜日 ハ晴れ

 朝起きて何時ものようにコンピューターもフタ開けて驚いた。
なんとスクリーンの右がカチカチと波打ってみるではないか。どうしたんだ。右の目で見ると何でもない。
左目で見てみるとなんか柱までで曲がって見える。うわーどうしたんだ。頭を振ってみる。
頭は何ともないらしい。
足がもつれることもない。疲れているのだもう少し寝よう。

 しかし結果は変わらなかった。
とりあえず大学病院にベルをした。土曜日の午後だったため予約がとれず困ったなぁ。
このまま1日静かに過ごした。
大事をとってしげさんに買い物に出てもらう。ボージョレヌーボーで、
炊き込みご飯と野菜。少しだけ、
気にして午前零時過ぎに就寝。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2001年11月18日 日曜日 晴れ秋晴れの 良い天気

 庭の紅葉も始まる。
鏡を見て驚いた。右目で見ると自分の顔は普通に見えるいやむしろ白っぽく見える。
ところが左目で見ると自分の顔がゆがみこげ茶色で2割ぐらい小さくなりまるでサルの顔を見ているようだ。
困ったなあどうしたんだろう。とりあえずゆっくりするしかない。
さすワインは控えて昨日残した瓶の底の1口だけにする。

〜〜〜〜〜〜〜〜

2001年11月19日月曜日

 眠れないまま朝を迎える。
8時半に高山先生に電話をする。
万が一のときのことを考え30分ほど仕事のブリーフィングをする。
アジェンダを見る。ここに3週間特に特別な予定は入っていない。
気になっている事項はママの特別ワインのプライベートラベルのデザインが。
その他いろいろ総務と話して、9時半に会社を出る。

 考えてみたらもしイタリアからリブランディが来日していたら、今日はブリーフィング。
明日はあと外国人特派員クラブで50人を招いてのテイスティング。
その後ディズニーのホテルミラコスタでプレスディナー。そして明日からは彼らについて京都。
もしこれがキャンセルなっていなかったら、私は完全に命を失っていたかもしれない。
人生とは何が幸いするか分からないといつも思っていることだが、またここでひとつ現実となった。

 待つこと10分ほどで今日はすぐに中に通された。
例のごとく目の圧力の検査のあと機能検査視力検査。
左は全くダメ。瞳孔を開く薬を入れて廊下に出る。まもなくあたりがぼっととしてきた。
「KKさん」と聞こえる。人波を分けて1番の口から中に入る。
どこかで見かけた優しい人の輪郭が目に入る。
「あ高山先生だ〜〜〜。
岩崎先生の席につく。「土曜日の朝、、、」に、と話しかけるが、いつものようにこちらの話を無視して、
「ハイ顎を乗せて」という。
すぐに立ち上がり高山先生の方にいらっしゃる。
「いや網膜剥離じゃない。どちらがいいか分からないけど、眼底出血だ。
「まあ要するに加齢性だな」(<<<華麗ではないのだ、、)

 驚く私はただ呆然。
「60歳を過ぎた人の失明のほとんどがこれだ。でも貴方は50代でしょ。加齢性黄班変更症だ。」
まぁ話を要約すると網膜の裏にある胸膜の一番中心部の血管が破れたのだそうだ。
黄班血腫ということだ。
「う〜ん困った。先生また緊急入院ですか。」
5月の時のように、またたく間に血液検査、尿検査レントゲン写真、心電図といつものコースを歩く。

 入院手続きを済ませ荷物を取りに家へ帰る。全然現実感がない。
ちらかった洋服を片付け旅慣れた感じで入院の支度をする。
簡単なものだ。ふきんの中に湯飲みを1つ、スプーンを1本お箸を1組そして洗面用具。
人間最後はこれだけで死出のたびに立つのか。

 最初の入院は38歳の時の手術。そのとき思ったものだ。
私は病に倒れても、そのときの最新の医術と信頼できるドクターに救われて、寿命を全うできると、、、
でも今回はむずかいらしい。
最後の晩餐はやっぱりお寿司。ヒデさんといろいろと話をしながらボージョレヌーボーとお寿司を楽しむ。
さあ明日からどんなことなるやら。寝つけないまま朝を迎える。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2001年11月20日 火曜日 晴れ あつい

 午後1時病室入り。慣れて良いものではないが、旅先のホテルにチェックインするような感じ。
15階西奥から2番目の個室1,567号室。部屋のしつらえを済ませる。
ピンクのパジャマに着替え検温。35.0。
担当は山内先生、村瀬主治医。受け持ち看護婦は赤木さん。とても良い感じ。

16時 村瀬先生いらっしゃる。
16時10分二階の眼科外来におりる。これから受ける検査のためのパッチテストをする。
左腕に4種類の注射がが打たれる。
なんと村瀬先生は下手で下手でパッチテストのために2回もやり直しをする。痛いのに。

低い声で「これから造影剤のテストをします。ことによったら尿が黄色くなったり
皮膚が黄色くなったりすることがあります。例えば気持ちが悪くなったり湿疹が出たり
呼吸困難になったり心臓発作などが起こることがあります。」
「え!え!そんなばかな。死んでしまうこともあるんですか。
「いいやそういうことではありません。」

白い紙を取り出す。「これがね今説明した内容です。承諾書にサインをしてください。」
「造影剤をうつために承諾書を書くんですか。時代も変わりましたね。
今度は右腕にブルーの液が入った注射器でブス。
いた〜〜〜い! 「本番の時はこんなに痛くないです」。さて何秒かかったのか。李相木杭会???。
インドシアングリーンの液?ということである。隣の造影室に入る。16時35分造影剤注入開始。

予想していたように全然血管が出てこない。左の腕を探してぼっと注射器を受ける。失敗失敗。
別の人が試みる。駄目。今度は女性が来る。たたいたり紐を締めてみたり叩いてみたり。
「いやこれは私に向いてない。なんとか先生、、、。
小柄な感じの良い先生が入ってくる。左右の腕をたたいたり、いろいろ、、、。
「はい結んで、、日開いて、としたりして血管を探し出す。
なんて見事に上手に右腕のいつもと少し離れた所に入れることに成功。

何とそれまで20分の時間がかかっていた。17時に顔を乗せる。
赤い光と青白い光で眼の奥の写真を撮る。レントゲン医師の説明はなかなか面白いです。
これは結果が違うところを見るためなんですよ。
面白い。頭のどこかでゲーテの色彩論がよぎる。
20分ほどで撮影が終わり15階に戻る。
続いて17時40分から10分ほど目の検査。
昨日からずっと続いて検査はこれで一段落か。18時半に食事となる。お盆には4皿。
キャベツとシイタケのスープ。きゅうりとキャベツプチトマトの酢の物。鶏肉とグリーンピースのにもの。
ご飯はアサリとコンブが少し入ったカレー味。毎日このぐらい食べていればきっとやせるだろうなぁ。

 山内先生は実直そうな感じの先生。30代後半かしら。15階診察室に移り、説明を受けることになった。
黄班部から細かい血管がはえてきてそれが切れて出血という。欧米の失明の大半はこの病気だという。
それも高年齢の。今回は特別な手術で高圧ガスを入れることにより、その血管を抑え出すのだという。
それが失敗した場合の処置をいろいろうかがう。最悪の場合は網膜をぐるぐる回して
場所を変え焦点が合うようにするだという。
5月にした手術よりも何と30倍の大変ということで、さすがの私も恐ろしくなる。
目の裁断図を見ながら水晶体動向を、網膜、中膜と説明が続く。

 部屋に帰ると連れ合いが来てくれている。
8時40分開始。小さな部屋に通され、いすがベットに早変わり。「さ、麻酔をしますよ。」
左目の骨をさけたところに突然激痛。「いた〜〜〜〜い」。
5月の時は痛くなかったのに、つい言ってしまう。
途中から高山先生の声が聞こえてとてもリラックスした気持ちになる。ますい息て??。
うんうーんと言いながら様子を数える。1分40秒ぐらいだったろうか。1つの仕事が終わる。

さて次の仕事は???。そして次はほんの数秒後の最後でガスを入れたらしい。
「さあ今日から3日間うつぶせでねてください。昼間もうつぶせのママです。これがなかなかつらい。
今は規制制度話???だととるかぐらいはこういうことが必要のようだ。これで????
回復する気分は少しは残っているらしい。さすがに今日は疲れて、、、本を見る気力もない。
モーツァルトのピアノコンチェルト21と23番が部屋に流れてベッドに横になる。
一時間おきの看護婦のチェックと、救急車の音で朝の4時まで眠れzy、、、、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2001年11月23日 東京医大1567にて

 11月23日金曜日晴れとても暑い日がある今年の予定は松戸の本土寺で開かれている母の茶会に
カメラをもって行くはずだった。それが突然の入院と手術そして今日は一応明日退院控えている。
連れ合いが6時に来てくれて7時40分に先生の説明があった。

今回の手術は一応成功して出血は抑えられているもよう。しかしまた後10日間
予断を許さないといいことだ。
人が年を重ねるということは不思議なものだ。それは体が知っていた。
自分自身で194X年生まれだと思っているからまだ先の還暦だなんて考えたことはない。
30代の終わり40代の終わりにもいろいろあった。
しかし考えてみると50代の終わりを迎えてこれからの人生をどうするか本当に真剣に
考えてみなければならないことになった。

視力は少しは回復するかもしれない。しかしだんだんその視力は衰えていくという。
そんなことがあるんだろうか。
信じられない。その昔20歳のころ、自分は決して衰えない年をとらないと思っていたことがあった。
そしていつも私はその時その時の医学に救われて命をまっとうすると思っていた。
しかし一つ一つ体の機能しないながら命をながらえて何になるだろうか。
眼が見えない80はやはり考えたくない。
さあ私はどうすればいいだろう。明日からしばらく家にいることになる。
会社のことも大切だけれど、これからの自分自身のことを考えてみなければならない。

新宿副都心の夜の街のネオンを見ながら音声で入力のヴィアヴォイスという新しいソフトでこの分を音声入力している。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2001年11月24日土曜日

 病院にいるよりとてもリラックスできる。しかし目の方ははたして、、、病人だけがわかることである。
前と同じように左目で見ると画像は黒く見えるそして小さい。そのうえ時々色を失っている。
白いカべをみると短い黒いぼーふらのようなものがのにょろにょろしている。
どうやらまた出血が始まっているもようです。なんとか気持ちを変えなければいけない。
新聞を読み新しい芸術新潮、写真の本などを読む。
今日の音楽はリラックスしたもの。私の写真が写真に使われているらCD。
もうこんな写真を撮ることもできなくなるだろうか悲しい気分である
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2001年11月28日水曜日
検診黒いボーふらが沢山眼の中に。


〜〜〜〜〜
2001年11月の目の手術の日記は、ここで終わっている。
このウェブログに移しておくことにした。



# by pretty-bacchus | 2001-11-17 23:11 | ★Hospital 病院、病い、お洒落 | Trackback | Comments(0)

日記から

2001年11月1日木曜日 晴れ

2001年11月2日金曜日

2001年11月3日土曜日 曇り札幌初雪

2001年11月4日日曜日」曇り寒し後晴れ
一人で、新国立のナブッコへ。

2001年11月5日月曜日
ノヴェロ解禁。
2001年11月6日火曜日
2001年11月7日水曜日

2001年11月8日木曜日

2001年11月9日金曜日

2001年11月10日土曜日
赤倉の会長のお宅へ

2001年11月11日日曜日 晴れ
妙高の朝。晴れて良いお天気。
お昼に高橋先生たちが郡山からいらして、ヴェルジェにピュリニーとラフィットイ94を、越前カニと、会長も楽しそう。
# by pretty-bacchus | 2001-11-01 22:52 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)

日記から
2001年10月28日日曜日午前9時32分

お早うございます。
日曜にお邪魔します。
凄まじかった新ワインリストの一ヶ月が終わり、リブランシーがキャンセルになって、ほっと一息ついたのでしょうか?? 昨日から本格的な風邪のようです。のどが痛いし、熱っぽいし、、、
しかし、土曜日は友人の水谷八重子さんの朗読会で、泉鏡花の滝の白糸、『義血侠血』を聴いてきました。

彼女は数年前から朗読を始めていて、瀬戸内源氏に続き、新潮社からCDを出した、滝の白糸です。今回は芸術祭参加作品で、先代八重子さんとご縁があった芝の増上寺の本堂で行われました。天井が高い広い本堂に280の椅子が置かれ、仏様を後ろに、水芸の舞台が緋色の毛氈の机で表されて、後は照明と、お香の香りだけという舞台。彼女自身の芸に対する情熱で、朗読というより音楽のないオペラを鑑賞しているようでした。

読経をバックにご住職と共にご本尊にご拝顔の後、静かに中央に進み、ご住職からお数珠を渡されて最後までそれを携えながらの朗読。
章の変わり目に、左右前方に置かれた椅子に移り腰をおろす、、、何気なく、置かれていたお茶を口にする、、、。
手に持っている原稿の表紙は色違いの和紙で、数回色が微妙に変わり、、、それを、ハラリと落とす、、、。などなど、素晴らしい演出でした。

全般は、深い緑色の縦縞の着物に、上品なページュ色の有職の帯。後半は黒に僅かな深い赤の細いラインが入ったお召し物。どちらも志村ふくみさんのお作品を、サラリと着て、あとは白足袋。それが、半襟の白とともに、磨き抜かれた本堂の内陣の木の床に映り、そのまま奈落の底に引きずられるのではないかと、、、、思うようでした。舞台とは違う足の芸!(後で本人に話したところ、つるつる滑って危なっかしくて、、、突っ張ったりと言っていましたが、それが観衆には演技と見えたのです!!)

20分の休憩を挟んだ2時間という時間ですのに聴衆は静かに聞きほれていました。
いつもの新派の舞台は女性が多いですので、今日は年輩の男性が多かったのは、文化庁から芸術祭参加の審査員が沢山いらしていたからかもしれません。

泉鏡花の原作は昔読んでいますが、読書とも、お芝居とも違う、言語の美しさには、
圧倒されました。今の私たちが忘れてしまいそうな日本語の響きを耳にすることの悦びを感じました。
村越欣弥に送金を続ける為に思わず殺人を起こしてしまった白糸。三年ぶりの再会はなんと、学問を終えて検事となった彼の初法廷。検事と白糸のやりとりの場面では、八重子の体が前後に揺れて、その迫力に手に汗をしました。お芝居の後ろ姿の芸とは又違った名演技! 演舞場でしたら,「ミズタニ〜〜〜〜!」と、声がかかるかもしれませんが、本道は静まりかえっています。純粋さを貫くために死を選んだ男と女。
人間にとって最も大切なことは恥を知ること。人をだましての栄華は最も卑しむべき事という鏡花の思想と、人間の潔さという美学は、見事に朗読で表現されていました。

無理を押して出かけて良かった! 次回にはお誘いしましょうね!

今日は、暗い日曜日です。大祐さんのエグモントをBGMにこのメールを書いています。
明日からは又超急がしの一週間でしょう。
スケジュールがめちゃくちゃの私を助けて下さるお二人には感謝です。
ps。
下記は、セイワの翻訳顧問??の原滋さんの新国立劇場のこけら落としのアイーダに助演参加した際の、出演メモの個人HPです。ゼッフィレッリ演出の素晴らしい舞台のアイーダでした。ご覧になりましたか???
彼は、エールフランスのパリ主席駐在員、タヒチ空港長などを歴任しながら、最後まで管理職になるのを固持した珍しい人で(私の入社時の厳しい上役でしたの!)、定年退職後は、オペラ、音楽三昧の日々を送っている人です。うらやましい限りで、わたくしもはやくそうしたいと思っていますのに、ママなりません、、、。
今日はこれからS会長のお供です。
 そして最後の晩餐。高木町スカイパークで、
会長ご持参の、マグロ、甘エビ、取り立てキノコ、クレソン、ムルソーペリエールで乾杯・感無量なり。

2001年10月30日火」曜日 曇り

2001年10月31日金曜日
# by pretty-bacchus | 2001-10-30 23:28 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)

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2001年10月27日土曜日
今週もすさまじい一週間だった。

2001年10月28日日曜日午前9時32分

お早うございます。
日曜にお邪魔します。
凄まじかった新ワインリストの一ヶ月が終わり、リブランシーがキャンセルになって、ほっと一息ついたのでしょうか?? 昨日から本格的な風邪のようです。のどが痛いし、熱っぽいし、、、
しかし、土曜日は友人の水谷八重子さんの朗読会で、泉鏡花の滝の白糸、『義血侠血』を聴いてきました。

彼女は数年前から朗読を始めていて、瀬戸内源氏に続き、新潮社からCDを出した、滝の白糸です。今回は芸術祭参加作品で、先代八重子さんとご縁があった芝の増上寺の本堂で行われました。天井が高い広い本堂に280の椅子が置かれ、仏様を後ろに、水芸の舞台が緋色の毛氈の机で表されて、後は照明と、お香の香りだけという舞台。彼女自身の芸に対する情熱で、朗読というより音楽のないオペラを鑑賞しているようでした。

読経をバックにご住職と共にご本尊にご拝顔の後、静かに中央に進み、ご住職からお数珠を渡されて最後までそれを携えながらの朗読。
章の変わり目に、左右前方に置かれた椅子に移り腰をおろす、、、何気なく、置かれていたお茶を口にする、、、。
手に持っている原稿の表紙は色違いの和紙で、数回色が微妙に変わり、、、それを、ハラリと落とす、、、。などなど、素晴らしい演出でした。

全般は、深い緑色の縦縞の着物に、上品なページュ色の有職の帯。後半は黒に僅かな深い赤の細いラインが入ったお召し物。どちらも志村ふくみさんのお作品を、サラリと着て、あとは白足袋。それが、半襟の白とともに、磨き抜かれた本堂の内陣の木の床に映り、そのまま奈落の底に引きずられるのではないかと、、、、思うようでした。舞台とは違う足の芸!(後で本人に話したところ、つるつる滑って危なっかしくて、、、突っ張ったりと言っていましたが、それが観衆には演技と見えたのです!!)

20分の休憩を挟んだ2時間という時間ですのに聴衆は静かに聞きほれていました。
いつもの新派の舞台は女性が多いですので、今日は年輩の男性が多かったのは、文化庁から芸術祭参加の審査員が沢山いらしていたからかもしれません。

泉鏡花の原作は昔読んでいますが、読書とも、お芝居とも違う、言語の美しさには、
圧倒されました。今の私たちが忘れてしまいそうな日本語の響きを耳にすることの悦びを感じました。
村越欣弥に送金を続ける為に思わず殺人を起こしてしまった白糸。三年ぶりの再会はなんと、学問を終えて検事となった彼の初法廷。検事と白糸のやりとりの場面では、八重子の体が前後に揺れて、その迫力に手に汗をしました。お芝居の後ろ姿の芸とは又違った名演技! 演舞場でしたら,「ミズタニ〜〜〜〜!」と、声がかかるかもしれませんが、本道は静まりかえっています。純粋さを貫くために死を選んだ男と女。
人間にとって最も大切なことは恥を知ること。人をだましての栄華は最も卑しむべき事という鏡花の思想と、人間の潔さという美学は、見事に朗読で表現されていました。

無理を押して出かけて良かった! 次回にはお誘いしましょうね!

今日は、暗い日曜日です。大祐さんのエグモントをBGMにこのメールを書いています。
明日からは又超急がしの一週間でしょう。
スケジュールがめちゃくちゃの私を助けて下さるお二人には感謝です。
ps。
下記は、セイワの翻訳顧問??の原滋さんの新国立劇場のこけら落としのアイーダに助演参加した際の、出演メモの個人HPです。ゼッフィレッリ演出の素晴らしい舞台のアイーダでした。ご覧になりましたか???
彼は、エールフランスのパリ主席駐在員、タヒチ空港長などを歴任しながら、最後まで管理職になるのを固持した珍しい人で(私の入社時の厳しい上役でしたの!)、定年退職後は、オペラ、音楽三昧の日々を送っている人です。うらやましい限りで、わたくしもはやくそうしたいと思っていますのに、ママなりません、、、。
今日はこれからS会長のお供です。
 そして最後の晩餐。高木町スカイパークで、
会長ご持参の、マグロ、甘エビ、取り立てキノコ、クレソン、ムルソーペリエールで乾杯・感無量なり。

2001年10月30日火」曜日曇り
# by pretty-bacchus | 2001-10-28 23:38 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)

日記から移行
2001年10月28日日曜日午前9時32分

お早うございます。
日曜にお邪魔します。
凄まじかった新ワインリストの一ヶ月が終わり、リブランシーがキャンセルになって、ほっと一息ついたのでしょうか?? 昨日から本格的な風邪のようです。のどが痛いし、熱っぽいし、、、
しかし、土曜日は友人の水谷八重子さんの朗読会で、泉鏡花の滝の白糸、『義血侠血』を聴いてきました。

彼女は数年前から朗読を始めていて、瀬戸内源氏に続き、新潮社からCDを出した、滝の白糸です。今回は芸術祭参加作品で、先代八重子さんとご縁があった芝の増上寺の本堂で行われました。天井が高い広い本堂に280の椅子が置かれ、仏様を後ろに、水芸の舞台が緋色の毛氈の机で表されて、後は照明と、お香の香りだけという舞台。彼女自身の芸に対する情熱で、朗読というより音楽のないオペラを鑑賞しているようでした。

読経をバックにご住職と共にご本尊にご拝顔の後、静かに中央に進み、ご住職からお数珠を渡されて最後までそれを携えながらの朗読。
章の変わり目に、左右前方に置かれた椅子に移り腰をおろす、、、何気なく、置かれていたお茶を口にする、、、。
手に持っている原稿の表紙は色違いの和紙で、数回色が微妙に変わり、、、それを、ハラリと落とす、、、。などなど、素晴らしい演出でした。

全般は、深い緑色の縦縞の着物に、上品なページュ色の有職の帯。後半は黒に僅かな深い赤の細いラインが入ったお召し物。どちらも志村ふくみさんのお作品を、サラリと着て、あとは白足袋。それが、半襟の白とともに、磨き抜かれた本堂の内陣の木の床に映り、そのまま奈落の底に引きずられるのではないかと、、、、思うようでした。舞台とは違う足の芸!(後で本人に話したところ、つるつる滑って危なっかしくて、、、突っ張ったりと言っていましたが、それが観衆には演技と見えたのです!!)

20分の休憩を挟んだ2時間という時間ですのに聴衆は静かに聞きほれていました。
いつもの新派の舞台は女性が多いですので、今日は年輩の男性が多かったのは、文化庁から芸術祭参加の審査員が沢山いらしていたからかもしれません。

泉鏡花の原作は昔読んでいますが、読書とも、お芝居とも違う、言語の美しさには、
圧倒されました。今の私たちが忘れてしまいそうな日本語の響きを耳にすることの悦びを感じました。
村越欣弥に送金を続ける為に思わず殺人を起こしてしまった白糸。三年ぶりの再会はなんと、学問を終えて検事となった彼の初法廷。検事と白糸のやりとりの場面では、八重子の体が前後に揺れて、その迫力に手に汗をしました。お芝居の後ろ姿の芸とは又違った名演技! 演舞場でしたら,「ミズタニ〜〜〜〜!」と、声がかかるかもしれませんが、本道は静まりかえっています。純粋さを貫くために死を選んだ男と女。
人間にとって最も大切なことは恥を知ること。人をだましての栄華は最も卑しむべき事という鏡花の思想と、人間の潔さという美学は、見事に朗読で表現されていました。

無理を押して出かけて良かった! 次回にはお誘いしましょうね!

今日は、暗い日曜日です。大祐さんのエグモントをBGMにこのメールを書いています。
明日からは又超急がしの一週間でしょう。
スケジュールがめちゃくちゃの私を助けて下さるお二人には感謝です。
ps。
下記は、セイワの翻訳顧問??の原さんの新国立劇場のこけら落としのアイーダに助演参加した際の、出演メモの個人HPです。ゼッフィレッリ演出の素晴らしい舞台のアイーダでした。ご覧になりましたか???
彼は、エールフランスのパリ主席駐在員、タヒチ空港長などを歴任しながら、最後まで管理職になるのを固持した珍しい人で(私の入社時の厳しい上役でしたの!)、定年退職後は、オペラ、音楽三昧の日々を送っている人です。うらやましい限りで、わたくしもはやくそうしたいと思っていますのに、ママなりません、、、。
今日はこれからS会長のお供です。
 そして最後の晩餐。高木町スカイパークで、
会長ご持参の、マグロ、甘エビ、取り立てキノコ、クレソン、ムルソーペリエールで乾杯・感無量なり。

2001年10月30日火」曜日 曇り
# by pretty-bacchus | 2001-10-28 23:32 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)

日記から
2001年10月27日土曜日
今週もすさまじい一週間だった。
# by pretty-bacchus | 2001-10-28 23:14 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)

日記から

2001年10月22日月曜日
徹夜でワインリストの版下準備。
大祐さんにメール
〜〜〜〜〜〜〜
大祐さん

あれから、ずっと伏せっていたなんて! お食事はどうしていたのでしょう。寝室は
空気は良いのでしょうか?等々、、、心配です。
私の三十代は、後半まで、あまり病気知らずでしたので、大祐さんの重労働と心労が
案じられます。

大祐さんのメールは、まさに、私自身が、何のために今の仕事に関わっているのかに
悩んでいるときにいただきました。

私は、子供の頃によく、海の上を走っていく夢を見ました。本当に走ると少し走れる
のですね??(実際に海にいって走ったことがありましたっけ〜〜〜?!)
スプーンも試してみました。こちらの方が簡単でした。おもしろいように曲がります。
我が家には私が曲げてしまい、元のようなフォルムにもどらない変なスプーンが沢山
あります。これは超能力ではなく、誰にでも出来ることなのだそうです。
無、になってしてみてください。力を入れては駄目です。何かの瞬間、す〜〜〜と軽
くスプーンは曲がります!本当です。大祐さんも簡単に出来るはずです。

「錬金術史」のゼミが専攻! おもしろ〜い! 残念ながら私は、その分野は全くの
音痴ですが、ニーチェや、ゲーテやファーストは父の本棚で愛読しました。でも全然
ものにはなっていないでしょう、、、。
音楽は錬金術!?今度ゆっくりと、その不思議さを聞かせてください。私にとって新
しい世界が開けるかもしれませんので、、、、!!

大祐さんには、音楽が、音楽を巡る思考があるのは幸せなことです。更に、そこに未
知のミステリーを見いだしたとは、なんとファンタスティック!!!!
その上、人々を歓喜させ、新しい音のかたちがこの夜に遺るのですから、なんと幸せ
なことでしょう。

私も今日はダウンして、先ほどまで横になっていました。一週間ほど前から胃が重く
て時々痛んでいました。元々胃はとても丈夫な方なのですが、歳と共にストレスには
弱くなったのでしょう。
高橋先生に電話診療をしていただきましたら、昨年の二月のように、過労が膵臓と腎
臓に出たのだろうと言うことです。だらしがないですね。

ここ一〜二年は、いったい自分は何をしているのだろう?と、自分に問うてばかりい
ます。いったい、いままで自分は何をしてきたのだろうか????と。
大学を終え、高度成長の時期に、女性として仕事人間で生きたことは後悔していませ
んが、それに見切りを付けた十数年前から、いったい私は、何をしてきたのだろうか
と、、、、。
ワインは文化などと宣いながら、友人達には喜ばれているものの、、、あまりにも多
い、ここ数年の犠牲は何なのだろうと、、、、。
シゲさんの貿易会社に支えられ、ワインと遊んでいた昔が懐かしく思われます。
ここ数年は、毎月数百万も持ち出しで、私の三十数年の美術のコレクションはほとん
ど社員の給料とワインの在庫に消えていきました。このコレクションは二人になって
からの物がほとんどですで、コレが無くなるまでは頑張ってみて。ゼロになったら、
それはそれで、無に帰り、よしとしようと考えていたのですが、少々疲れました。

ただ、どこかで、燃焼してない自分を感じ、辞める前に、もう一度、やるべき事はやっ
てみようと思い、前部長に任せていたことをチェックし始めたら、まあいろいろ問題
点が出てきて、ひとつひとつ解決しようとすると、社員の反感を買い、神経がずたず
たになっています。それでも、経営者としては正しいことをしているのだと自分に言
い聞かせながらの毎日で、ほとほとまいっています。

日本の景気も世界中もあと十年はこのままといいますから、ここが引き時なのですが、
そう思いながら、周りが助けてくれ始めて、引くに引けない状態です。
自分だけのことを考えればよいのに、善意の友人達をこのままには出来ないと優柔不
断のままの状態、、、、デモ、それが私の良いところだと、妙に納得しています。

あと数年やってみて、その後の老後??を考えねばならないでしょう。

パオロ・コエリオの「錬金術師」大祐さんは何語で読んでいるのですか?日本語があ
るとのことで、大祐研究!?の為にこんど読んでみますね。

私は、どんなにつかれていても、就眠儀式の読書はやめることなく、この一週間は、
須賀敦子で明けました。ご存知ですよね彼女のことは?!。
『ミラノ霧の風景』で1990年に60歳の時にデビュー作で賞を取り、その後、
『ヴェニチアの宿』『トリエステの坂道』『ユルスナールノの靴』『コルシア書店の
仲間達』『時のかけらたち』『遠い朝の本たち』『イタリアの詩人たち』と素晴らし
いエッセイ小説を書き、昨年ガンで夭逝してしまいました。
良家の子女が戦争を経験して反戦の心をもったままフランスに留学、その後イタリア
に住み、左翼系のイタリア人と結婚するも、数年後にご主人が死去。
小さい頃からの愛読書、谷崎、井上靖、等々を、次々に素晴らしいイタリア語に翻訳
出版。詩人のウンベルト・サバやギンズブルグ、はてまたミケランジェロの詩まで言
及している素敵な日本人です。たしかローマとミラノに計12〜3年住んでいて、4
0代に日本に帰り、苦労して、最後は上智の教授となり、慶応、東大で日本文学やイ
タリア文学を教えていました。
著作はほとんど読んでいますが、追悼の特別号を読んでいると、こんな日本女性がい
たのか、と嬉しい驚きです。志村先生のような文をかくかたで、何時も涙で枕がびっ
しょりになります。

今夜は、でも志村先生の日本美かたりでにねむる事にいたします。

このメールは夕方書き始め、食事と仕事の後、また書いています。
もう4時を回りました。寝ないと体に毒ですね!
ブオナノッテ!

敬子

平成13年10月24日水曜日

2001年10月25日木曜日晴れ 光きれい
朝から会社へメール
しなければいけないことが山ほど
キャンセル
# by pretty-bacchus | 2001-10-22 23:59 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)

日記から

2001年10月12日金曜日 晴れ爽やかな朝
またまたァ早起き。洋子さんから電話。
会社の仕事をバタバタ。16時。ミキモトで待ち合わせ。植田いつこの布を聴くを見る。志村先生、洋子さん、祐子チャン。18時外国人記者クラブで、長谷川三、吉田さんに三人を紹介。日経に先生が記事をお書きになる。野田神社の事など、日本美のお話。良いコーディネーターが出来て嬉しい。

ギンブラ、、、、何年も忘れてしまっていた言葉です。
久しぶりに、友人と4時半に四丁目のミキモトで待ち合わせをしました。
珍しく早く着いた私。
青空の午後の銀座は沢山の人であふれていました。
眼に飛び込んだのは、秋の色々。濃いピンク薄いピンク、白と色とりどりのコスモス、紫の帰京、黄色のオミナエシ、えんじ色のワレモコウ、白萩等々、、、そして、それらを囲むように背の高いススキが揺れて、思わずデジカメでショットしました。

暑かった夏もやっと去り、お山からはそろそろ紅葉の便りが聞こえることでしょう。
銀座は秋の訪れ一色でした。

週末のお目汚しにお送りします。
敬子
ps
二枚目は、セルフポートレートのつもりです?!
左端のピンクの人は、デジカメを構えるワタクシ?です。

2001年10月13日土曜日
> 大祐さん
> メールをありがとう。
> 一週間の間にいろいろのことがありました。
> 志村先生、洋子さん、長谷川さん。
> そして、あと8時間でお母様の手術、祖母と父の仏前に祈ります。
リ 敬
# by pretty-bacchus | 2001-10-12 23:59 | ♠Art&美術,詩歌,展覧会,お稽古 | Trackback | Comments(0)