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1998年6月コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式
2015年1月31日 土曜日 晴れ   a0031363_21252852.gif
★OldPhoto銀塩写真のデータ化

 寒い朝、、、太陽が揺れ始めると借景のシデの木に鳥たちがやってきた。
遠くのガラス越しから撮るのだが、なかなかうまくいかない、、、。

23日のブログで<明日にでもデータお越しをしておこう>と書いてかもう一週間以上がたってしまった。
http://keico.exblog.jp/20798889/
2015年1月23日 金曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年4月のボルドー,サンテミリオン

 1998年のこの年は、カテゴリだけをみても、JourneyAbroad海外'98仏伊
Journey海外Sep'98仏ロワール、journey海外Sep98仏シャンパーと旅をしていて、
その一部がCD化してあるので、今月は★OldPhoto銀塩写真のデータ化にのめり込んでしまった感じ。

 1998年6月9日はボルドー市長代行の助役さんの元、メドック&グラーブのコマンドリーボンタン主催で
ボルドーのシャトー ランシュ バージュで行われた受賞式で、コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・
メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの称号を授与されている。
Commanderie du Bontemps de Medoc et des Graves de Bordeuax 

その時の写真は右サイドバーの中ほどにアップしてあるボンタンのガウンを着た一枚しかなかったのだが、
今回の★OldPhoto銀塩写真のデータ化の整理のなかに、二本のポジと、どなたかかにシャッターを
おしてもらったネガ一枚でてきたのだ。

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(途中の普通の畑もきれい、、、、)

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 1855年のパリ万国博覧会の際、ときの皇帝ナポレオン三世は、フランスのボルドーワインの展示に
格付けが必要と考えてワインのランク付けが行われた。
それが以降<1855年のボルドーワインの公式格付>けとなっている。
ワインはその重要度により第一級~第五級にランク付けされた。
赤ワインは、グラーブのシャトー・オー・ブリオン以外はすべて、メドック地区産出のものであった。

そのなかでもその後一番話題を呼んだのは、1855年の格付け時に五級だったにもかかわらず、
ときに「スーパーセカンド」とも呼ばれるポーイヤックのランシュ・バージュと、
1973年に一級に返り咲いたムートン・ロッチルド(この時のヒストリーもファンタスティックで
フィリピーヌと関係者から聞いたことをいずれ書いておきたい)

 シャトー・ランシュ・バージュ。その畑は北側のムートン・ロッチルドとラフィット・ロッチルド、
南側のピション・ラランドとピション・バロン、ラトゥールの中間にあるすばらしいの土壌にあり、
手入れが行き届いた素晴らしい葡萄畑が広がっている。
ポイヤックらしさ一杯の赤ワインで「貧者のムートン・ロッチルド」とも評されているるワイン。

 受賞式はそのシャトー・ランシュ・バージュで行われて、
その時の受賞者はこのシャトーの改装の時に絵を描いたアメリカ人アーティストと日本からは私だけ。
受賞式に招かれたときには、どうしてかわからなかったが、あとでいろいろ聞いて少しだけ納得。
それを遡る六年前にはブルゴーニュのワイン騎士団のシュヴァリエ・ドゥ・タストヴァンをいただいたが、
ボルドーのコマンダリーを続けていただいた日本人は当時ではいなかったのかもしれない。

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(中庭ではすでにウェルカムが行われていた。
このシャトーのオーナーのミシェールカーズ氏と女性はボルドー市の助役のMs.B.)

 すっきりと晴れた六月の午後に、私はパリから駆けつけた。
すでにブログで書いたことがあるが、レセプション用の装いがなかったので、パリのシャネルで
黒いシルクジョーゼットのミディ丈の袖無しドレッシーなワンピースを選び、
腕を出すのが恥ずかしかったので、クチュリエが特別にわけてくれた長い黒のジョーゼットを
肩からかけていただけだった。胸にはその二年前に行われたボルドーオペラハウスのギャラの時に
ベルバカントだけに送られた白いシャネルのキャメリア。

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このあと名誉のガウンを着せていただいて記念写真!

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 ボンタンの儀式が行われ、壇上でワインのコメントと誓約を言わされてラッパがなって十数分で終わった。
その後シャトーの見学とかも行われて、その夜はジロンド河により近い新しく出来ていたホテルの
Chateau Cordeillan-Bages シャトー コルディアン バージュでオフィシャルなディナー。
(その数年前のオープンのすぐ後に泊まったことがあった)。

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(整然としたシェも美しい)

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(その後はアーティストの作品を観て歩いて、、、、)

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(ワインの容量は通常は750ml.(0.750リットル)。
ハーフ、ブテイユ、マグナム(2本)、ダブル・マグナム(4本)、ジェロボアム(6本)、
アンペリアル(8本)、バルタザール(16本)、ネブカドネザール(20本)、メルヒオール(24本)。
ボルドーではマグナムより大きいのは、旧約聖書からとられている。
たとえばマグナムは北イスラエル王国の最初の王ヤロブアム一世、ネブカドネザールは
バビロニアの王ネブカドネザル二世の名前)


a0031363_3262554.jpg(ボルドー市の助役のMRS.Bは弁護士さんでもある。
この時の市長は首相もしたことのあるアランジュペ氏だった)

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 写真をみてみると、私のチープなフランス語で、まあどんな風に運んだのだろうと冷や汗が出てくる、、。
1990年代は毎年ボルドーには行っていて、シャトー・カデ・ボン、シャトー・ムートン・ロッチルドも
シャトー・ラツールなどでの特別なお招きで少し場数をふんで度胸ができていたのかもしれない。

 十七年前の五十代のころの(自分が写った)思いで写真を、
一月のブログの最後に少しだけアップしておきましょう。

  〜〜〜〜〜〜
おまけで追記*(あとで消すかも、、、)

ホテルの洗面所の鏡でセルフポートレートを撮っているのもありました。
きっと記念に残したかったのでしょうね、、、!)

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(コンタックスG1を持っています!)


http://keico.exblog.jp/14182547/
2011年12月16日 金曜日
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ

http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

http://keico.exblog.jp/13671659/
2011年9月23日 金曜日 晴
1995年のボルドー シャトー・ムートン・ロッチルドの秋色
 
このあと十月には、シャトー・ムートン・ロッチルドとシャトー・ラツールでのレセプションにお招きされた。

http://keico.exblog.jp/19888552/
2014年6月10日 火曜日 曇り その二
1995年10月のボルドーのシャトーでの思い出写真




by pretty-bacchus | 2015-01-31 23:59 | ♣JourneyAbroad海外98仏伊 | Trackback | Comments(4)

ソイにシャブリフルショーム、チーズにシャトー・ドゥ・ティルガン2003
2015年1月30日 金曜日 雪のち曇り

 あおやまさんと今年初めてのご挨拶。
“今年もよろしくお願いしま〜〜す”の乾杯はシャブリの一級フルショームで。

お造りの盛り合わせをいただいて、おばんざいをいろいろ。
タラの芽とふきのとうの春野菜の天ぷらと、珍しいお魚のソイの煮付け。
爽やかな味わい豊かなお味に、冬のお魚なのに春を思って、、、、。

ソイはカサゴ目フサカサゴ科メバル属なのだそうで、中でもクロソイは「北海道の鯛」なと呼ばれて
人気があるのに、東京ではあまり食されずにいるという、店長のお話にふむふむ、、、。
冬から春にかけて、三陸や北国での漁獲が多くまた本州でも漁獲されているのだそう。

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(見事な大きさなのに味はしっかりとした魚ソイ)

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(頭もお目々回りもすっかりいただいて、、、)

 その昔一緒に取材撮影の旅をしたフランスの思いで話に花が咲いて、お酒もすすんで、、、、。
お店が満席でかなりうるさくなってきたのをよいことに場所をかえて、
後半はいつものお店で赤ワインとチーズ。
今夜の赤は2003年シャトー・ドゥ・ティルガン。
澱が出始めていて最高の熟成味に舌鼓をうって夜はふけていきました。

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“あら、お月様がきれい〜〜〜”
“ユリノキの芽がもう出ていますね〜〜〜”

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 (月がすっかり傾いた頃にご帰還、、、、でした)




by pretty-bacchus | 2015-01-30 23:58 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(4)

東京は雪。あったかくもキリリとしたイチロー節は嬉しき
2015年1月29日 木曜日 晴れ

 寒い。まだ暗いうちから雪が降り出した。
ガラスに顔を付けて借景の雪をしばし鑑賞?!
数時間でみるみるうちに梧桐のごぶに雪が積もっていく、、、。

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(pm8:00 もう雪が積もり始めた、、、、)

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 膠着状態の人質事件はなんともつらい、、、。
そんななか、久しぶりの<イチロー>のニュース。さわやかなイチロー節がとても嬉しい午後。

 マーリンズと正式契約を結んだイチロー外野手の入団記者会見をニュースで見た。
彼はいつものようにしっかりと言葉を選びながら彼独特の表現で時には笑いを誘いながら、
新天地にかける思いを語っていた。

〜日本で入団会見
“日本で実現できるのは通常あり得ないこと。ただただ恐縮するばかり。
〜今の心境は
“球団のやたらに熱い思いが伝わってきて、この思いに応えたいと。必要とされることは僕にとって
何より大切なもので、大きな原動力になる。
“ペットショップでかわいい子犬たちがどんどん売れて、ちょっと大きな成長した犬が残っていくみたいな
状態ですかね。でも、買ってくれる人はいた。だから忠誠を尽くす。そんなところでしょうか。
(なんだか彼の目は潤んできたような、、、)

そして最後に
“これからも応援よろしくお願いします、とは絶対に言いません。
応援していただけるような選手であるためにやらなくてはいけないことを続けていくことを約束して、
メッセージとさせていただいてもよろしいでしょうか。

四十一歳の青年にTV越しに拍手を送っていた。

 弟の納棺も終わって母は落ち着いたようだ。
よかった。元気で長生きをして欲しい。

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(手前のシデの木にピントをあわせたら、、、あら〜〜〜もう春の芽がでていました)


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(午前十時半にはかなり、、、、積もったかな、、、?)



by pretty-bacchus | 2015-01-29 23:58 | ◐Nature空,海,夕陽,緑花,鳥蝶 | Trackback | Comments(0)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>2000年12月サクレクール寺院と2014年の遠景
2015年1月28日 水曜日 曇り

http://keico.exblog.jp/20821302/
2015年1月27日 火曜日 雨のち晴れ お見舞い
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>2000年12月巴里サクレクールサクレクールの女神に祈りを込めて

 昨日のブログの<巴里サクレクールサクレクール寺院>の帰りには、
往時のパリを賑わしたモンマルトルのムーランルージュがある。

 パリの真ん中あたりのモンパルナスは1920年代の狂乱の時代、エコール・ド・パリの時代の
芸術家たちの中心地としても知られている。
一方この北のモンマルトル Montmartre は十八区でパリで一番高い丘。エドガー・ドガ、
スタンダール、アレクサンドル・デュマ・フィス、フランソワ・トリュフォーなど有名人が眠る
モンマルトル墓地、サクレ・クール寺院、画家の卵立ちが絵を描いているテルトル広場、
そしてキャバレー「ムーラン・ルージュ」、などなど、、、。
ルノワールやデュフィ、ヴァラドン、モーリス・ユトリロなど、多の芸術家たちを魅了し、
その暮らしの場となった特別な地区。

 そういえば、あれは1980年代初めだったろうか?
エールフランスの営業は、パリでムーランルージュのナイトショーを観るという観光ツアーをつくって
大勢のお客様を日本から送るイヴェントのようなことをした年があった。
あの音楽でフレンチカンカンを踊る女性や手品にお客様達は楽しんでいらしたようだ。
(その頃にはシャンゼリゼにあったナイト・クラブ・リドのほうが豪華スペクタクルの劇場だった)

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 (December 2000, Basilique du Sacré-Cœur Paris, 二十一世紀をあと数日にむかえるパリにて)

 この日の帰りは、モンマルトルの階段を少し降りた処にある当時の芸術家たちの想いを今なお宿す感じの
田園風の館のミュゼ、モンマルトル美術館へ寄って、十五区のアパルトマンまで帰った。
途中のトロカデロで2000年のエッフェル塔を撮って、、、。

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(聖堂の脇のあたり、、、、)
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(テルトル広場へ向かう小さな通りを抜けて、、、、)

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(モンマルトル美術館の中庭)
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(受付の女性)

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丘をおりるとムーランルージュの通りがある。
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街並みを走り、、、、
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ヴァンドーム広場を通って、、、、
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クリスマスイルミネーションのシャンゼリゼ通りを車で横切り、、、
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可愛いお店に寄って、、、、、
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最後はやはり記念にエッフェル塔の2000年を!
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 そして昨年のパリのサクレクール寺院。
一週間毎日雨だったのに、出発の日になって空が晴れてきた。
セーヌ左岸にある友人のアパルトマンのベランダから、北のサクレクールの聖堂も見通せる。

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(16 Dec. 2014 am10:49 Paris 朝日がパリの街を右から左へと明るくしていく、、、)

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(16 Dec. 2014 am11:18 Paris 空一杯に青空と白い雲が、そして遠くにサクレクールが!)

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(16 Dec. 2014 am12:49 Paris 望遠側いっぱいにしてサクレクールを)

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(16 Dec. 2014 pm3:05 Paris さあ〜〜日本へ出発の時間に、パリの街はすっかり冬の青空の下、、、)



http://keico.exblog.jp/20738585/
2015年1月16日 金曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年の巴里サクレクール

http://keico.exblog.jp/20736205/
2015年1月15日 木曜日 雨
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年のブローニー

http://keico.exblog.jp/19842972/
2014年5月27日 火曜日 雨のち曇り晴れ
1997年10月18日(巴里モンマルトルの丘の上、テルトル広場で)夜のテルトル広場

http://keico.exblog.jp/13201187/
2011年8月3日 水曜日 雨
簡易スキャンで夜の巴里モンマルトルと凱旋門を

 (★OldPhoto銀塩写真のデータ化が進む、、、、。


by pretty-bacchus | 2015-01-28 23:59 | ♧Journey海外2000仏イタリア | Trackback(1) | Comments(4)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>2000年12月巴里サクレクール聖堂の女神に祈りを込めて
2015年1月27日 火曜日 雨のち晴れ お見舞い

 雨の朝。
借景のシデの木に雨がふる、、、、。白秋の歌をくちずさんでいる、、、、。

雨はふるふる城ヶ島の磯に
              利休鼠の雨がふる
雨は真珠か夜明けの霧か
               それともわたしの忍び泣き


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(去年からこのカメラの調子が悪いが、え〜〜〜この画角とは?)

 なにやら切ない冬の雨。
夕方に友人のお見舞いに表参道の病院にいった。
歳を重ねることの切なさ辛さを話しながら、、、、。
でも彼女は次の旅への夢をすててはいなかった、、、。
早くよくなってくださいね。

 彼女が好きなパリのモンマルトルの丘の上のサクレクール寺院に祈りを込めて、、、、、。

 (病院の角でパリに住む古い友人とばったりあった。昨日パリからついたということで
再会を約してわかれた)

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〜〜〜写真をクリックすると冬の巴里の街とエッフェル塔がみえます〜〜〜

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(サクレクールから下る階段は何カ所かある、、、、、)

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(テルトル広場あたりをめぐる丘をこんなに可愛い汽車があったのだ。今もあるのだろうか?)

 (December 2000, Basilique du Sacré-Cœur Paris, 二十一世紀をあと数日にむかえるパリにて)

http://keico.exblog.jp/20738585/
2015年1月16日 金曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年の巴里サクレクール

http://keico.exblog.jp/20736205/
2015年1月15日 木曜日 雨
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年のブローニー


 (★OldPhoto銀塩写真のデータ化が進むにつれて、その日の思いにあった昔の写真が
沢山あってあっぷするのに時が必要がようだ、、、)


by pretty-bacchus | 2015-01-27 23:58 | ♧Journey海外2000仏イタリア | Trackback | Comments(2)

今日のブログ投稿から消えてしまった部分をアップ
2015年1月26日 月曜日 晴れ >>続き。

 ブログアップの後、投稿の枠には残っているのに、アップすると最後の方がきえてしまっています。

http://keico.exblog.jp/20816855/
2015年1月26日 月曜日 晴れ 三月の気温とか
<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年初夏のシャトゥーとマルメゾン

イル=ド=フランス地域圏(Île-de-France)とは、フランスの首都パリを中心とした地域圏。
http://ja.wikipedia.org/wiki/イル=ド=フランス地域圏
イル=ド=フランス地域圏

 パリから日帰りで往復できる美しい歴史的な街がたくさんある。
ヴェルサイユ、世界遺産フォンテーヌブロー宮殿のフォンテーヌブロー 、
バルビゾン派絵画の発祥の地のバルビゾン、サン=ジェルマン=アン=レー、中世の街が残るプロヴァン。
ゴッホが最晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズ Auvers-sur-Oise 。
マルヌ川上流のモー Meaux 、ポントワーズ、モーリス・ラヴェルの晩年の家がのこる
モンフォール=ラモーリー、
建築家ル・コルビュジエの代表作サヴォア邸のあるポワシー。
(そしてゴシック建築のノートルダム大聖堂シャルトル大聖堂があるシャルトル は、サントル地域圏)。

 1970年代のパリの駐在員時代からこのイル=ド=フランスの街々は何度も訪れていた。
お休みには小一時間も車で走ってフォンテンブローの森にいったりしていたものだった。
写真も沢山撮っていたはずなのに、そのあたりはネガで撮ってプリントを愉しんでいたのだろうから、
棚の奥の奥で鎮座まして一生出てはこないだろう。


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(グーグルアースから)


 続いて、ボンヴォワヤージュの取材記録を

#IMAGE|a0031363_1325888.jpg|201501/29/63/|mid|1780|981#]



by pretty-bacchus | 2015-01-26 23:59 | ♣JourneyAbroad海外98仏伊 | Trackback | Comments(4)

<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年初夏のシャトゥーとマルメゾン
2015年1月26日 月曜日 晴れ 三月の気温とかa0031363_21252852.gif
 (どういうわけかこの記事の最後十数行が消えてしまっています。
またエクスログがおかしいのです!)

 去年の<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>の整理の中に、
<19989521ルノアールのシャトゥー>一本と<19989521マルメゾン>というポジが三本あった。

セーヌ河沿いのシャトゥーもリュエイユ=マルメゾン (Rueil-Malmaison)も、
イル・ド・フランス地域圏のオー=ド=セーヌ県の都市。

 オーベルニュ地方の山塊を水源に発するLa Seineセーヌ河は、二本に分かれたり一本になったりして
蛇行を繰り返し、変化に富んだ岸辺の風景はパリジャン達ばかりでなく世界中から観光客を呼んでいる。
 
 ラ・グルヌイエールにあるイル・ド・シャトゥー(シャトゥー島)は、パリの西十キロの処で
セーヌ川に面し、セーヌ川を挟んでそのコミューンの東は、リュエイユ=マルメゾンと向かい合っている。
アルフォンス・フルネーズ氏が経営したレストラン<メゾン・フルネーズ>のテラスを舞台に、
印象派の画家達がこぞってこの岸辺で絵を描いていた。
とくに十九世紀後半にはピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoirが描いた作品は、
フィリップス・コレクションにある<舟遊びの人々の昼食>など三十作にもなるという。

 ここは、単に舟遊びの場だっただけでなく、十九世紀には、鉄道の開通でパリからアクセスし易くなった
こともあり、文化的社交場となり、モーパッサンの短編には何度かここが登場しているのだという。
二十世紀初めには営業しなくなり長い間荒れたままになっていたが、シャトゥ市が買い取り改修されて、
1990年には文化遺産として新しい形の <メゾンフルネーズ>が誕生した。

 私が訪ずれたのは1998年の初夏。いつも運転手兼ボディーガードをしてくれる(本人はケイコの
アシスタントと喜んでくれていた)ジェラールが時間をとってくれて出かけることができたのだろう。

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(セーヌ川を渡って右へあと0.3Kmで<メゾンフルネーズ>とある)

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(雨上がりの緑がきれいだった)

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(改装されて今もルノアール達が集まって描いたいた館が残っていた)

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(土手で少年が遊んでいた)

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(この二階のテラスがルノアールの絵に入っているモノもあるという)

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(このあたりを舞台に描いた絵の一枚がパネルで飾られていた)

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(時代からいうとアールヌーヴォーの影響をうけているのだろう、、、)

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(奥まで歩いて反対側から、、、、)
 (21 May 1998 シャトゥー, France)<

 いつも車窓からの写真が多いのに、こうしてゆっくりと車からおりて写真を撮りながら散策をするという
心の余裕も時間もあったのだろう。嬉しいことだ。

 数メートルのぼって街道にもどるってセーヌ川を渡る、
マルメゾンは、ナポレオン・ボナパルトの妻ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネの館だった。
緑豊かなこの街並みの一角に今は博物館としてその面影が残っている。
植物の種類も多く、何百種もの薔薇を見に訪れる人々が多い。

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(遠くに見えるのはマルメゾンの館なのだろうか、、、)

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(マルメゾンの街は古い壁が残る緑豊か他美しいただずまいだった)

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(館が見えてきた、、、、花々が至る処に配されている。ジョセフィーヌに時代から此処は動植物の館でもあっという)

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(ジェラールが待ってくれている、、、、私はカシャカシャで遅れていたのだろう、、、)

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(白いマロニエかしら、、、? 地には白いデージーかしら   ?)

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(ナポレオン・ボナパルトの像が置かれていた)
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(館の鏡に写ったセルフポートレートがあった。

(肩から掛けたカメラバックは膝上に、構えているカメラはコンタックスSTだろうか。レンズはこの日の写真をみてみるとカールツワイスのディスタゴン21mm、いや35~135ヴァリオゾナーだろうか。
十七年も前なのに、いまでも着ているソニアリキエルのニットを着ているし、時計も今のもの。写真っておもしろい〜〜こんなふうに記録にもなるのだ)

(21 May 1998 Malmaison, France)

  〜〜 写真をクリックすると大きくなります 〜〜

 エールフランスの機内誌<BON VOYAGE> ボンヴォワヤージュを一新すべく菊池さんが
編集長になられたのは1990年代初めであった。
エールフランスのパリ本社の広報女性部長のもとに話はすすめられ、フランスの二十二の地域圏の歴史、
伝統、文化、食とワインを紹介するという大きな企画だった。

二十四年にわたる仕事をきっぱりとやめて、その後十年近く自由に(しかしもがきながらも)
人生の旅を謳歌していた頃。
当初から巻末のワインや食品のスカイブティックのページのお手伝いをさせていただいていたが、
取材・文・写真・ページ編集のトータルをさせていただきはじめたのは、機内誌の77号
<<新フランスワイン紀行第一回>>、
<☆77号1997冬号ラングドックの号<ラングドックルーシオンが今熱い!>>から
だった。
フォトエッセイストKeiko Katagiri としてフランスワインなどを書かせていただきはじめたのだ。

http://keico.exblog.jp/12578864/
2011年5月14日 土曜日 晴れのち曇り、夜に小雨
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>

そしてP30から34までは<<新フランスワイン紀行第一回>>、
<☆77号1997冬号ラングドックの号<ラングドックルーシオンが今熱い!>>
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<<新フランスワイン紀行第一回>>は、
文・写真で記事の取材&執筆と写真を四ページ。
タイトルは<ラングドックルーシオンが今熱い!>
ちょうどこの頃から、フランスのラングドック地方のワインが話題になり始めた頃だから、
この記事は貴重であったようで、何年もたってから有名なソムリエさんからとてもほめられたんものだ。

 菊池さんと、専任カメラマン青山さんも加えた取材班のスケジュールはすさまじかったし、
重い何台ものカメラ&レンズやフィルムだって一人で持ち運びあつかわなければならなかったが、
愉しくてしょうがなかった。

 フランスの多くの地方を回り、二十世紀最後には、イル=ド=フランス地域圏とパリで
終わりをむかえるという企画だった。
それが会社の方針で(というかその頃は航空会社の再編とかが行われて社長が何人か変わっていた)
突然日本語の機内誌が廃止になってしまったのだ。
今思うとほんとうに残念なことであった。

 イル=ド=フランス地域圏(Île-de-France)とは、フランスの首都パリを中心とした地域圏。
http://ja.wikipedia.org/wiki/イル=ド=フランス地域圏
イル=ド=フランス地域圏

 パリから日帰りで往復できる美しい歴史的な街がたくさんある。
ヴェルサイユ、世界遺産フォンテーヌブロー宮殿のフォンテーヌブロー 、
バルビゾン派絵画の発祥の地のバルビゾン、サン=ジェルマン=アン=レー、中世の街が残るプロヴァン。
ゴッホが最晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズ Auvers-sur-Oise 。
マルヌ川上流のモー Meaux 、ポントワーズ、モーリス・ラヴェルの晩年の家がのこる
モンフォール=ラモーリー、
建築家ル・コルビュジエの代表作サヴォア邸のあるポワシー。
(そしてゴシック建築のノートルダム大聖堂シャルトル大聖堂があるシャルトル は、サントル地域圏)。

 1970年代のパリの駐在員時代からこのイル=ド=フランスの街々は何度も訪れていた。
お休みには小一時間も車で走ってフォンテンブローの森にいったりしていたものだった。
写真も沢山撮っていたはずなのに、そのあたりはネガで撮ってプリントを愉しんでいたのだろうから、
棚の奥の奥で鎮座まして一生出てはこないだろう。


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(グーグルアースから)


by pretty-bacchus | 2015-01-26 23:58 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(2)

週末も<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>マルメゾン
2015年1月25日 日曜日 晴れa0031363_21252852.gif

 1990年代の<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>をぼちぼちしながら、ゆっくりと過ごした週末。

 一昨日の1998年4月のサンテミリオンに続いて、その年の5月のパリ近郊のマルメゾンなどなど、、、。
いや〜〜おもしろくて止められない、、、。

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(借景の青空を愛でながら、、、、)

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(21 May 1998 Malmaison, France)
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by pretty-bacchus | 2015-01-25 23:59 | ♣JourneyAbroad海外98仏伊 | Trackback | Comments(5)

朝の光に少しだけ春をみつけました
2015年1月24日 土曜日 晴れ

日の出入・月の出入 (計算地:東京)
  日の出 06時46分  : 日の入 17時01分
  月の出 09時42分  : 月の入 22時30分

 いつの間にか少しづつ日の出が早くなり、日の入りが遅くなっている。
大寒の寒さが身にこたえるが、春はもうすぐそこなのかもしれない。

 借景のシデの木の枝にも春の兆しがみてとれるし、ふらりとやってくる小鳥もなんだか
冬の鳥ではないような、、、、。
午前七時十分、カーテンを開けたら裏の白いビルに朝日があたっていた。
夜が明けたばかりの空もなんともはかなく美しい。
ガラス越しに一瞬の記録を残したあとは、また寝室へ。

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 イスラム国に捕らわれた二人の展開が心配の中に、白鵬の三十三回目の優勝決定と、
錦織圭の三回戦逆転勝利のニュースの明るいニュースはなんとも嬉しい。
自然災害もふくめ暗いニュースがつづく日々はつらいものだから、、、。

 今回の二人の囚われ人については、過去にさまざまな隠された事実があるようで、
それには政治上隠されたことも種々あるという。
メディアを通じて私たち国民に知らされるのはほんの一部にすぎないようで、
今二人の命が風前の灯火ということだけは本当のようだ。

私たちには計り知れない難しい交渉が進んでいるのだろうが、無事を祈るのみ、、、。
でも今回が解決したって根深い戦いはまだまだつづくのだろう。

 (古い写真の整理は今日はお休みかな、、、?)


 
by pretty-bacchus | 2015-01-24 23:58 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(5)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年4月のボルドー,サンテミリオン
2015年1月23日 金曜日 晴れ
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<銀塩時代のポジ&ネガのデジタル化、続き>

 1990年代は我が人生で一番旅をしただろう。
80年代後半に、古巣のエールフランスを退職し、大きな手術を乗り越えたあとの1980年代後半から
2001年までの十数年は、今振り返ってみても信じられないような旅が続いた。
1970年代初めの四年弱のパリの駐在員、1980年代からの六年間のホテルメリディアンチェーンの
日本代表などを務めたフランスの会社の社員としての制限やたががはずれて、
自由に自分自身の思いで旅を味わえるようになったからかもしれない。
それはアート関係やワイン関係、政財界もふくめて、日仏伊の大きな渦に巻き込まれたかのように、
地球儀がくるくる回っていった。
それは<旅>そのものであり、四十代から五十代半ばまでの十数年の<人生の旅>でもあったのだ。
信じられないような人間関係が生まれていき、おそらくそれまでの日本人女性では
あまり出来なかったようなめくるめく体験であったろう。

しかし<好事魔多し>とはよく言ったもので、九十年代初めには大きな事件に巻き込まれ、
さらに九十年代最後には<青天の霹靂>で、全てを失うことになったのだ、、、。
 
 だが、築かれた人の輪はこわれることはなく、 良き時代の思いでの記憶は脳裏とこの胸に
しっかりと残り、その時代の記録は写真としてしっかりと残っていたのだ。


 この時期と重なるように写真の世界も広がっていったようだ。
若い頃のニコンやペンタックス、オリンパスなどの後に私の元にやってきたのは、
コンタックス&カールツアイスの世界だった。
結果、RTSにつづくST/RX/AX with プラナー、ディスタゴンやヴァリオゾナーであり
G1/G2 with ホロゴン、ビオゴンの世界だった。
自分の写真はあまりないが、時にあると、いつも重そうなカメラを首から下げている。
途中でレンズを交換する時間などないから、画角の違うレンズをつけた三台のカメラを首からさげて、
ホロゴンは腰につけていた。

そしてそれは、日経ムックのイタリア版の取材を助け、1990年代半ばからのエールフランス機内誌
<BON VOYAGE>取材へと続き、フランスの全てのデパルトマン(県)を撮って回り記事を
書くことに繋がっていった。>>>それは、やがて日仏会館での2005年からの
「ドルドーニュ・ペリゴールへのいざない 〜魅力あふれるフランスの地方を めぐるno.1、
からの写真展へと繋がっていったのだ。
http://keico.exblog.jp/i20/
カテゴリの下の方に、

またエールフランス&メリディアン時代に一緒に新しい旅を創るお手伝いをさせていただいた
柳澤保雄氏ひきいる<朝日サンツアーズ>の広報誌にも十数回にわたり、
ワイン&アートの記事を書くことにもなっていった。
(その柳澤さんの昨年鬼籍に入られてしまった) <<<<<(moreにいろいろ追加)

http://keico.exblog.jp/i12/1/
2014年3月3日 月曜日 曇り後晴れ
昔の写真でフランス取材を想い出して、、、
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(左の方はブルゴーニュ政府観光局の代表の方で、彼の自宅の地下のカーブでの写真、私の右は菊池さん、
その右の女性はエールフランスのパリ本社の広報部長のアンドレミエルさんで、
取材では彼女がいろいろアレンジしてくれていた)(ぶら下げているカメラはCONTAX AXかな?)

 人生も晩年を迎えた2011年の大きな手術の前に、なんだか少し心配になり、
少しだけでも記録に残しておきたいと思い、少しずつ書きためたのは、今では右サイドバーのカテゴリ:
<★Records過去の記事書いた雑誌>のなかで三十ほどになっているが、まだまだ沢山ある。ありすぎる!

http://keico.exblog.jp/i12/3/

 去年CD化した数百本の中からの<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>はぼちぼち進んでいるが、
まだまだブログにアップ出来ない写真が一杯。おそらく一生かかっても終わらないだろう。

それにこの時間のかかる<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>の仕事は、
結局自己満足にしかすぎないのだと思いながら、こうして真夜中にデータ化して書いているのは、
なんともはがゆくもあるのだ。

神様の思し召しと、多くの方々の多くの友人達のおかげで、私は人生という旅を苦しみながらも愉しみ、
そして写真ライフを楽しむことができている。
いつも感謝の気持ちを捧げながら、こうしてMacに向かって写真の整理をしているのだ。

 とさて、今夜は1998年4月のボルドーのサンテミリオンの数こま。
ボルドーは記録をみると1990年代は毎年行っていたし、年に数回ということもあった。
そのいくつかはすでにブログに記録したが、この1998年4月ははじめてのような気がする。

サン=テミリオン地域は、ボルドー近郊の町サン=テミリオンを中心とする地域のユネスコ世界遺産
としての登録されていて、それはワインとワイン畑だけではなく、
「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の途上の街であり、教会などの歴史的建造物もあまたある。

(カテゴリをみると、1998年だけでも、この年は、JourneyAbroad海外'98仏伊、Journey海外Sep'98仏ロワール、Journey海外Sep98仏シャンパーと旅をしているのだ)
>>>追記へ:

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(30 April 1998 Saint-Emilion, ボルドーサンテミリオンにて)

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(ガロンヌ川河口にかかるこの橋は、エッフェル塔のアレクサンドル・ギュスターヴ・エッフェルによって造られた。

http://keico.exblog.jp/tags/☆回想のわが巴里の街1990~2000/

<朝日サンツアーズ><旅なかま>の最終回は2000年12月号だった。
<<<スキャンして記録に。
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・朝日新聞事業株式会社の月刊広報誌「旅なかま」に連載。
タイトル「プレジール・ドゥ・ヴィーブル・楽しいワインの旅」
・81号 (1)ワインは愉しとマナー
・83号 (2)ブルゴーニュ
・85号 (3)ブルゴーニュ
・87号 (4)アルザス
・89号 (5)アルザス
・91号 (6)シャンパーニュ
・93号 (7)シャンパーニュ
・95号 (8)シャンパーニュ
・99号 (9)
・101号 (10)ボルドー
・103号 (11)ボルドー
・105号 (12)ボルドー
・107号 (13)ボルドー


追記:
 そして、この1998年の六月にはボルドー市長代行の助役さんと
コマンダリー主催で、ボルドーのミシェールカーズ氏のシャトー・ランシュ・バージュで行われた受賞式で、
Commanderie du Bontemps de Medoc et des Graves de Bordeuax 
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの称号を
授与されている。
その時の写真は右サイドバーにアップしているガウンを着た一枚しかなかったのだが、
去年の★OldPhoto銀塩写真のデータ化の整理のなかに、カメラを渡してどなたかかに
撮っていただいたネガが一枚でてきたのだ。
明日にでもデータお越しをしておこう。

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(09 June 1998 Bordeaux , Chateau Lynch-bages,
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式)

http://keico.exblog.jp/14182547/
2011年12月16日 金曜日
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ

 九十年代前半1992年には、その当時でぇあ女性では日本では数少ないブルゴーニュのワインの騎士の
<シュヴァリエ・ドゥ・タストヴァン>を受賞して、クロ・ドゥ・ブジョウの十一月の祭典
<トゥロワ・グルリューズ>という三日間の催しに参加していたのだ。

http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

http://keico.exblog.jp/13671659/
2011年9月23日 金曜日 晴
1995年のボルドー シャトー・ムートン・ロッチルドの秋色
 
このあと十月には、シャトー・ムートン・ロッチルドとシャトー・ラツールでのレセプションにお招きされた。

http://keico.exblog.jp/19888552/
2014年6月10日 火曜日 曇り その二
1995年10月のボルドーのシャトーでの思い出写真

http://keico.exblog.jp/19976322/
1999年9月の写真
マルセリーヌガンスのジュネーヴのレセプションにて




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by pretty-bacchus | 2015-01-23 23:58 | ♣JourneyAbroad海外98仏伊 | Trackback | Comments(4)