<   2011年 12月 ( 71 )   > この月の画像一覧

今日の巴里 18 December 2011 Paris~パリの日本人料理人
2011年12月18日 日曜日 その五
a0031363_21252852.gif
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
18 December 2011 Paris


 新しいパリには多くの日本人料理人達が活躍している。
星付きレストランでは、スーシェフとしての彼らがいないと星をなくす危険すらあるとも言われている。

 今回は先代衣川さんの二代目、あい田の相田さん、パッサージュ53のしんちゃん、
そして今回二度おじゃました<修>のオサムさんをはじめ、何人かの方にあうことができた。
皆んなとてもいい顔をしている。

 今夜は、『あい田』 (AIDA)さんへ、清治さんと、、、

a0031363_2141092.jpg
乳飲み仔羊にトリュフをふんだんにまぶしてくださった。
a0031363_2145698.jpg

a0031363_2311926.jpg(オマールを混ぜたごはんも絶品!)


18 December 2011 Paris
七年前にオープンした<あい田 AIDA - restaurant japonais> にて
ここの和食&洋食のムニュー・デgフスタシオンは素晴らしい。
詳しくは後日に書きておきたい。
a0031363_2265271.jpg

a0031363_8105026.jpg



18 December 2011 Paris
七年前にオープンした<あい田 AIDA - restaurant japonais> にて

 そして衣川さんは、先だってに、、、、
a0031363_10444569.jpg





>>>続く、、、、continue....



>>>>続く、、、(その他の帰国してから)
by pretty-bacchus | 2011-12-18 23:58 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(0)

今日の巴里 18 December 2011 Paris~渋滞のパリ
2011年12月18日 日曜日 晴れ その五
a0031363_21252852.gif
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
18 December 2011 Paris


 美術館からの帰りは難をした。
ホテルまでいろいろ乗り継いで(メトロはやめたのでバスで)二時間を要した。

ここにもパリでの初体験があった。
雨の降る中、込んでいるという理由でバスを途中で下ろされてしまったのだ、、、。

a0031363_7513965.jpg
(18 December 2011 Paris pm5:30 La Tour Eifelle a 、、、、、、、、、、、、)

 そして午後9時あたりにおめにかかったのは、パリの日本料理のお店の基礎を造り上げて、七年前に急逝した衣川清さんのご子息と
今のパリに燦然と輝くk鉄板焼きのあいださんさんだった。

a0031363_7562082.jpg
(18 December 2011 Paris pm6:50 au Foubourg St.Honore au Boutique BARBALY)

a0031363_7584717.jpg
(18 December 2011 Paris pm7:10,:Église de la MadeleineDe la fenêtre de voiture de l'autobus 68 )



詳しくは後で、、、、、>>>continue.....
by pretty-bacchus | 2011-12-18 23:56 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(0)

今日の巴里 18 December 2011 Paris~ロダン美術館
2011年12月18日 日曜日 晴れ その五
a0031363_21252852.gif
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
18 December 2011 Paris
Musée Rodin




 七区のホテルのチェックをすませて、近くのミュゼロダンへ。
閉館の二時間をここで過ごすことができた。

ロダン美術館

 七区のホテルのチェックをすませて、近くのミュゼロダンへ。
閉館の二時間をここで過ごすことができた。

 十五年ぶりの訪れかもしれない。

a0031363_4245796.jpg

a0031363_4111380.jpg
( 考える人はなかなかkバクシャンI)

a0031363_4131149.jpg

a0031363_412479.jpg


a0031363_4145670.jpg (十五年前に上品な婦人が座っていた椅子には、二人の女性が乱暴にたばこをすっていた)

a0031363_4161799.jpg


なかでは自由に写真が撮れるので、私の角度でいろいろとカシャカシャ、、、、

(帰国後に、、、)

a0031363_4174675.jpg


a0031363_4182441.jpg







>>>続く、、、、>>>continue

〜〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/14644374/
平成24年2月9日(木)  晴れ
ロダン美術館 <考える人>十態 & ゴッホ「タンギー爺さん」



More>>>15年前の写真
by pretty-bacchus | 2011-12-18 23:48 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(2)

今日の巴里 18 December 2011 Paris~68番のバスの車窓から
2011年12月18日 日曜日 その四
a0031363_21252852.gif
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
18 December 2011 Paris

De la fenêtre de voiture de l'autobus 68

 雨があがって午後の予定が変わった。
出発を明後日に控えひとつ頼まれごとを忘れていたのだ。
七区にあるホテルを見てきてほしいとのことで、ともかく出かけることにした。
ロダン美術館の近くということで、あえてバスで行くことにした。

 街中タクシーが走りにくくなっていて、
オペラ通りのエールスランスの前からでますから、、、と、ダニエルのアドヴァイスだった。

a0031363_354156.jpg
 (18 December 2011 Paris pm2:49 a la station de l'autobus 68

a0031363_3555685.jpg
(18 December 2011 Paris pm2:57 ルーブル通過 De la fenêtre de voiture de l'autobus 68 )





#IMAGE|a0031363_358221.jpg|201112/20/63/|mid|640|426#](オルセー美術館を過ぎて、、、、)


a0031363_358221.jpg
(18 December 2011 Paris pm3:07 Rue du Bac下車、、、、カルティエが変わって過ぎゆく人も洋服も変わっていく、、、寒い北風が吹いていた)


>>>続く    >>>continue......


 
by pretty-bacchus | 2011-12-18 23:47 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(0)

今日の巴里18 December 2011 Paris
2011年12月18日 日曜日 その三 曇りのち雨
a0031363_21252852.gif
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
18 December 2011 Paris


 すさまじい一日だった。
一年に一度というそれも最悪の交通渋滞に巻き込まれてしまい、そして旧友と偶然にあったレストランで
真夜中まで話し込んでしまって、長い一日となった。

書き残すには何時間もかかるだろうし、渋滞故に雨の夜故に撮れた写真も何百枚もあるので、
いずれにしても帰国してからになるが、時間順に、、、、

 バス64で出かける。

 七区のホテルのチェック

 ミュゼロダンで<考える人>とたばこの女

 アンバリッド

 輝くエッフェル塔

 アレキサンダー三世橋

 タクシーがなくバス83に搭乗

 乗り換えてバス52 突然の停止で雨のなかに放り出される

 史上最悪の渋滞でサントノレとマドレーヌ寺院をバスの上の方から連射

 あいださん

 きよさん

 40年前のパリ

 真夜中の帰宅

a0031363_2312654.jpg
(グランパレオ屋根)

a0031363_2316698.jpg
(夕陽を受けて<考える人>の表情が変わった!)

#IMAGE|a0031363_2316698.jpg|201112/19/63/|mid|640|426#]







a0031363_23172566.jpg
(18 December 2011 pm16:00 ,Soreille Couchant a la fenetre de Msée Rodin Paris

美術館二階から、荘厳な夕陽に手を合わせて、一日の終わりに感謝!)
a0031363_2322556.jpg
(18 December 2011 pm19:00 , Paris 真ん中はマドレーヌ寺院)


 >>>続きは帰国後に
by pretty-bacchus | 2011-12-18 23:46 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(9)

今日の巴里 18 December 2011 Paris〜クリスマス
平成23年12月18日(日曜日) その二a0031363_21252852.gif
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里 18 December 2011 Paris
プランタン・オスマン とギャラエイーラファイエット boulevard Haussmann, 75009 Paris

 ホテルはオペラ座からちかく、オースマン大通りをちょっと入った細い道にある。
数十歩歩いて左の曲がるとオースマン大通りで、正面には大きな百貨店が続いている。
街はどこもかしもものクリスマスイリュミネーション。
通りの正面に見えるのはギャラリーラファイエット。
夕方になると外装一杯にネオンがともり始める。少しずつ明るくなり夜の闇に輝くその姿は、人々を魅了して、
わざわざ遠くから写真を撮りに来る人も多いという。

a0031363_21564195.jpg
 (昼間に、、、December 2011 Paris Midnight au Boulevard Haussmann)

a0031363_2154184.jpg
 (そして真夜中に 


 そしてそのむこうは、プランタン百貨店(この言い方は古いですね〜〜)
総面積4万3500平方メートルの売り場を誇るプランタン・オスマン店。

パリの代表的な百貨店でありアール・デコの建物も美しいプランタンでの、華やかなクリスマスディスプレイは、
名ブランドとのコラボレーションによる演出で、毎年テーマを決めて展開されていて、パリのこの季節の話題作りの一つとなっている。

 もう目を見張るようなウィンドーデコレーション!
カール・ラガーフェルドが演出するプランタン・パリのクリスマスの飾り。
<クリスマスの夢は遠くの国からやってくる。
シャネルとカール・ラガーフェルドによって、"Christmas dreams of far away"というテーマで
十一のウィンドウディスプレイが飾られ、世界の各地のクリスマスを駆け巡るという志向。先月末の点灯式には
カール・ラガーフェルドとヴァネッサ・パラディが舞台を歩いて、光り輝くイルミネーションのボタンを押したのだという。

パリ、ビアリッツ、キャップ・ダンティーブ、モスクア、ヴェネチア、ロンドン、ロサンジェルス、ニューヨーク、
ビザンチウム、上海、東京と、これまでのシャネルのコレクションを飾る11の都市のイメージで、
11のインプレーション、11の場所をテーマにそれぞれのウィンドウが演出されている。

それぞれの都市とシャネルのイメージとなる要素を表した三次元の立体的なディスプレイは、
まるでオペラてきな場面が目前で展開されるようで、なんとも躍動感がある。

東京、パリ、ロサンジェルス、モスクワのディスプレイには、かわいいお人形やアニメーションが使われていて、
独創的な音楽がながえて、、。え〜〜? 日本語の“ハラジュク!”という言葉も耳に入った。
なんともフランスらしいウィットとユーモアもあふれている。

“パリ-ロンドン”の台座はキルティング・レザーに覆われ、
“パリ-ビザンチウム”はゴールドのカメリアがはばたき、シャネルによる世界の旅にメルトイン。

まだ全部の面の写真を撮れていないのだが、途中で記録しておこう。

a0031363_2213863.jpg


シャネルとのコラボレーションだから、ココ・シャネルのシンボルのカメリアの花のコサージュも
新しいデザインがいろいろ出ていて楽しい!
ラガーフェルドがデザインしたプランタン限定のカメリアは、ラムスキンの赤いレザーに一枚の花びらがメゴールドタルという
チャーミングな一品。

追記*
 クリスマスシーズンだけは、売り場もヴェネチア、モスクワ、ビザンチウム、パリと4つの都市にコンセプトを分けられて、
各地の旅先からギフトを買い求めるような演出を図っているのだそうだが、
シーズンに合わせもっともエキサイティンなセールは1月上旬からなのですって。 残念!

a0031363_23345453.jpg

by pretty-bacchus | 2011-12-18 23:45 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(0)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris ~マルシェ
2011年12月18日 日曜日 晴れ その一
a0031363_21252852.gif

 フランスの地方の旅は楽しい!
風光明媚な各地方にはキャラクタリスティックなマルシェがあって、
その地方の名物や食材や小物であふれていて、土地の人々との会話もとっても興味深いのだ。
フランスは農業・畜産国なのだから、、、。

でも首都の巴里はもっと楽しい!
東京の世田谷区よりも少しだけ大きいパリは、楕円形の四方は十キロぐらいなのだそうで、
そのパリの街にはなんと各種あわせて100くらいのマルシェ<市>が立つという。

60の露天の朝市、13の屋根付き常設市場があり、週の何日かは必ず同じ場所に出る。
その他にも、切手市場、シテ島の花市場、鳥市場、ヴァンヴの古本市とのみの市が週末に開き、
十カ所ほどの市場通りのマルシェがある。

 朝市というのは、大通りや公園、広場を利用したテントや屋台の並ぶ露店市のことで、
このマルシェとは少し違った形で十数カ所ある。
なんとパリの住人の50パーセント以上が利用しているというデータがあるという。

 朝市で働く人々は朝一の3時頃から仕事を始めるそうだが
、マルシェは午前8時頃にはすでに準備が終わって人々を待つ。
11時頃がピークかもしれない。
12時にはそろそろ終わりの感じで、投げ売り的な感じになって13時には、朝市は終わりを告げる。

住んでいた時にはまぐろを買いに、ビルアッケムに近いマルシェに何度もいったものだ。
お魚やさんはいろいろの種類が一緒にあるが、と肉屋さんはそうではない。
同じ四つ足でも、お店が違っていて、覚えるのは大変だった、、、
牛肉や羊肉のブッシェリ、豚肉やお総菜のシャルキュトリ、
馬肉のシュバリーズ、鶏肉と狩りの獲物のボライエ、臓物類はトリプリ、
生ハムやチーズ、ヨーグルト、バターや乳製品、

巴里のマルシェで一番驚いたのが、イノシシの首があったり、豚のしっぽがあったり、
ウサギナ耳をつるされてぶら下がっているのには、もうびっくりした。

 その他おもしろいのは、ジャガイモややタマネギ専門店がある。
フランス人にとって、小麦が一番の作物だが、その次はジャガイモで、
なんと一年に一人80キロモノじゃがいもを食べるといわれているが本当だろうか?

 そしてきのこ専門店、モリーユやトリュフ、
その頃にはジビエがマルシェをかざることになる。

a0031363_2347406.jpg
(Oct,2005 Paris)
http://keico.exblog.jp/13589028/
2011年9月13日 火曜日 晴のブログ
黄葉のパリは五穀豊穣のパリでもある



 その他〜〜〜〜〜〜
火曜から土曜、そして日曜日のシテ島の花市と小鳥市、
シャンゼリゼ通りに近い公園の切手市は、木、土、日と祝日
Portes de Vanvesの古本市は、土曜日曜、

ジョルジュブランサンス公園
店主がヘミングウェイ風

 そして今ではフォーラムになっているが、私が住んでいた頃にはレ・アール中央市場があり賑わっていた。
その跡地に、屠殺場跡地のラヴィレットに対して、食料市跡に建ったフォーラム・デ・アール。
エミール・ゾラが、著書「パリの胃袋」で描いたレ・アールは、今は年間4千万人が訪れるショッピングセンターになっている。
整備されて景観は変わっても 小説の舞台になった頃の熱気残っています。 

 市場通りのモントルグーユ通りは、美味しいレストランが沢山あった。
なかでも有名だったのは、レ・アールのピエドゥコッション。

たしか一つ星だったと思うが、決してきれいではなく、むしろ市場のごたごたの感じが強かった。
ある日、日本から母の友人が巴里に来て、ここに連れて行ったのだが、日本へ帰って
“けいこちゃんは、あんなところにしか行かれないのかしら” と心配していたという。

 滞在中にたった一つ行った三つ星は、レイモンオリヴェーがオーナーのグランフェルールだった。
レイモンの奥さんとなったのが、日仏学院で一緒にフランス語を学んだ、Tまりさんだったから、、、、。
フランスの三つ星、二つ星を制覇するようになったのは、駐在から帰国してしばらくした七十年後半からだった。

クロードモネの<モントルグイユ通り 1878年6月30日>は、このあたりを描いたのだという。

a0031363_11274938.jpg
"Rue Montorgueil, Paris, Festival of June 30, 1878. " モントルグーユ通り
( Musee d'Orsay, Paris, France.蔵 80.0cm×48.5cm )


http://keico.exblog.jp/5807723/
2007.06.30 土曜日 のブログ
クロードモネ MONET 大回顧展
  
〜〜〜〜〜

そして今日の巴里、
19 December 2011 Paris


ところがクリスマス前の渋滞にひっかかり酷いことになってしまった。

a0031363_17938.jpg

a0031363_1151852.jpg



>>>>>続く

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
a0031363_1163189.jpg


More>>今回行ってみたい処
by pretty-bacchus | 2011-12-18 23:33 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(0)

今日の巴里 17 December 2011 Paris
2011年12月17日 土曜日 曇りのち晴れ
a0031363_21252852.gif
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
17 December 2011 Paris


 42番のバスの楽しさ、、、、

a0031363_11415635.jpg
17 December 2011 Paris、De la fenêtre de l'autobus 42) 


a0031363_11393183.jpg(ママ、ツールエっフェル!)





 続きは帰国してからかな?
by pretty-bacchus | 2011-12-17 23:59 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(0)

☆回想のわが巴里の街1990~2000〜巴里のお花やさん
2011年12月17日 土曜日 巴里のお花やさん
a0031363_21252852.gif

 風が強くって葉がどんどん散っていくのってなんだかとってもせつないの、、、、
こんな時口ずさむのはやっぱり枯れ葉、それもイヴモンタンの枯れ葉。
Autumn Leavesでなくて、枯葉はやっぱりLes feuilles mortes、落ちて枯れ死んでしまった落ち葉なの、、、
最初の若い頃の映画の挿入歌の時代のではなくて、彼が年を重ねた頃の声が好き。
ジュリエット・グレコの枯れ葉も良いけれど、やっぱりYves Montandのヴァースが入った方が好き、、、
ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)の詩がなんともいえない、、

 1991年にモンタンが亡くなったときに、私はパリの15区のアパルトマンにいた。
ニュースを聞いて、彼が住んでいたサンジェルマンの家の近くにいってみた。
彼の家の壁際には沢山の花が添えられていて、枯れ葉が舞っていた頃でした。

a0031363_1804725.jpg
 (建物の屋根のあたりに張り出したガラスの板に枯れ葉が散って、、、でもこれってどうやってお掃除するのかしらと、、、カシャッ)

 今は真冬、、、、シャンゼリゼには、クリスマスイリュミネーションが輝き、
クリスマスまであと一週間。
でも今年の冬はまだ秋が残っているようで、本格的な寒さではなく雨ばかり、、、。
そろそろストライキのニュースがちらほらで、それもフランスの一二月の風物詩かな?って皆で話して、、、、。

 私たちの滞在もあと数日を残すだけとなってしまった。
今日の土曜日は、クリスマス前で、もうすご〜〜い人で、一年に一度だけのプレゼントを待つ子供大木というから、
家族ずれで近所のがラリーラファイエットあたりは人とぶつかり合いながら歩かねば、、、。
そしておまわりさんもあっちこちに、、、、、。

a0031363_17575287.jpg
(December 2011, Paris Galerieslafayette 全品40%オフとかで人が一杯、そとにも商品のデモの露天が出たりしていました)

a0031363_17555720.jpg



 フランスでは、「私は緑の手をもっていない、というと、園芸とかお花がにがてのこと。
“敬子は大きな緑の手をもっているから、ベランダがいつもお花で一杯ね、、、て、
友人のジャクリーヌはいつも感心していた。
彼女が途中で投げ出してしまった鉢を七階の私のベランダに持ってあがると、
数日で元気になって、命を長らえて、時には翌年も花をつけたから、お花屋さんも驚くこと驚くこと、、、

 アパルトマンの一階がオランダ人の花屋さんで、日本と比べるととっても安かったから、
七階の部屋もベランダにもいつも沢山お花があった。
ベランダには観葉植物や、色とりどりの薔薇の鉢が陣取っていた。
切り花のチューリップやアネモネなどは、一束10本で数フラン、何百円かで買えたから、
仕事の帰りにお花屋さんを覗くのが楽しくてしょうがなかった。

 店員のフランス人のゲイのダニエルは日本のイケバナを覚えたがっていた。
毎週末に生花を買うときに少しずつなんとなく日本のイケバナを教えた。
シン、ソエ、タイは、天地人で、、、とか、昔覚えた少しばかりの池坊を、、、、。
感性豊かな彼は、すぐに覚えて、フランスとはひと味違った花束を創ったから、お客さんにとても喜ばれて、
“ブシコ・フルールには、緑の手を持つジャポネーズのアドバイスのお花があるのよ、、、、と、
遠くからも買いに来るようになったという。


(今日のブシコーフルール 17 December 2011 Paris, Boucicaut Fleurs à Paris 15ème)
店主のロンが、keiko~~って、大きな腕手手向かえてくれた。今は何年かに一度しかいかないのに、
名前をちゃんと覚えていてくれる。

a0031363_2147016.jpg
(バスを降りたら目の前がこのビルで、住んでいた七階の大きなバルコニーにはいつも花がありました。
住んでいるときにはここがバス停って知らなかったお馬鹿さんです)

a0031363_21502897.jpg (車で帰ってきたばかりで戸口であいました)

a0031363_21512577.jpg (お客様も交えてロンとサンドリンで記念写真を!)

a0031363_21524857.jpg (友人にお花を買って、今度はお嬢様も一緒に!)

a0031363_21541390.jpg (ミモザやムスカリや
チューリップ、もちろん季節のシクラメンも。
(大きなシクラメンが900円!)

昔も今も10本で200円くらいで、オランダ直輸入のこのお花屋さんは安いし新鮮、そして親切がお店です)


 パリのアパルトマンを去って、まもなく両目の手術をすることになり、
数年ぶりに出かけたパリで、すぐに走ったのは、このお花屋さん。

 「ダニエル エ モール。
背の高い主人が悲しそうに告げた。
彼は、その前の年にエイズであの世に旅立ったのだという、、、。

 花屋さんの前を通ると、いつもこの感性豊かだった、
私の華道のいっときの弟子?だったダニエルを思い出す。
今頃は、天国で、
“これはね、緑の手を持つケイコというジャポネーズから教えてもらったの、、、、
な〜んて、いいながら皆んなに花束を配っているのだろうか、、、、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

http://keico.exblog.jp/7137639
緑の手を持つジャポネーズ
2008年5月22日 木曜日 晴れ

~~~~~~~~~~

a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
17 December 2011 Paris



  行きも帰りも初めての経験の42番のバスの<旅>
オペラ近くからコンヴァンション・ブシコーまでの往復一時間強の旅はそれはそれはおもしろかったので、
その模様を現像中です。
しばらくお待ちを!

a0031363_21142394.jpg
(17 December 2011 Paris, pm3:33 à la place de Concord par la fenetre du Bus42)


More>>「パリ歴史地図」
by pretty-bacchus | 2011-12-17 23:58 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(2)

☆回想のわが巴里の街1990~2000 =十五区のアパルトマン
2011年12月17日 土曜日 ☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris ~1990~2000
a0031363_21252852.gif
 2 Rud Boucicaut 15 arrondisement
八区からブシコ−へ、そして最期のパリへ。

 新しい十五区のアパルトマンには10年やっかいになったことになる。
二階にはジャクリーヌがいるので、何も心配はいらなかったから、年に数回日本から着いて、
パリの生活をすることができた。

 Bousicaut でのパリの生活の思い出はつきない。
ビルの真下はオランダ人のローヌおじさんの花や、前は本屋、隣が洗濯や、
花屋の隣はカフェ、その前がパンや、一つ目の角がファルマシー、靴直しや、お総菜や、
スーパー、寝具や、文房具や、郵便局、と、歩いて数分の範囲に、
日常生活になくてはならないお店がすべてある。
彼女がここを買ったときは、よくよくそれらを調べてから決めたのだと言うから恐れ入ってしまう。
これぞ、フランス人のフランス人故かもしれない。

 そしてここではフランスの中流階級の庶民の暮らしをこの友人他にいろいろ教えられたのだった。
一階にはオランダ人経営の花屋さんがあり、ダニエルというゲイが店員で居たが、
彼に池坊を時々語っていたりして喜ばれたが、、、、。

a0031363_4525323.jpg
  (20 Dec. 2008 乾杯! ジャクリーヌの家で)

http://keico.exblog.jp/7768163/
2008年12月20日 土曜日 また雨の朝のブログへ
遡っての巴里の記録 六日目 12月20日


 すでにメリディアンをやめて十数年たっていた、八十年代後半からは、
今までとまったく違った分野のフランス人達との友人関係が大きくなっていた。

八区のデバルカデーレから十五区のブシコ−通りに移ったときには、内装工事が大変だった。
どの工事もフランスの職人さんは、なかなかスケジュール通りにはならず、年に数回日本から数日通った以外は、
ジャクリーヌが面倒を見てくれた。
この時に役に立ったのは、メリディアンチェーンで学んだフランス式のインテリアのノウハウだった。

暖炉が残った部屋で、天井の壁の回りも彫刻があったりしたが、それは白く塗られた。
窓は最新式の二重の窓枠にした。
ダブルカーテンを作るときは、布地だけモンマルトルのお店で選んで、フランス一番といわれていた女性の
カーテン創りの方に頼んだものだった。(たしかエリーゼ宮のカーテンのお仕事もしていた、、、)

 そして家具はJさんのアドヴァイスで、すべてアールヌーヴォーのものとなった。
私たちは五十代の十年を、何度かこのアパルトマンで過ごした。
イタリア、オーストリー、スイスの仕事の行きも返りもパリがトランジットなのだから、、、。
その間は、ある意味一番フランスを謳歌したのかもしれないが、その反面辛い事件もいくつも起こったのだった。

人生あざなえる縄のごとし、とはよくいったものだ。
幸せの絶頂期には、既にそのどこかには不幸の兆しが芽生えている、、、でもそれが何であるかはわからず、、、
それはじわじわ来るのではなく、ある日突然にやってくることもある。

 この十年の間には、私の父も、連れ合いの父親がなくなってしまった。
もっともっといろいろ話がしたかったのに、、、、。

 また大きな摩訶不思議な事件が起こったのもこの頃だった。
ゴールデンウィークを巴里ですごしていた90年代中頃の事、大変な事件が起こったとの弟からの知らせで、
私たちは突然帰国したが、遅かりし!、
その後長く尾を引くことになってしまった。

しかし、この十年間には、日本がメインであったが、毎年のようにパリに、あるいはパリを起点として、旅をしていた。
その大半が仕事に関係があったが、北欧とシリアヨルダンは、柳澤社長のお誘いを受けて、
旅の途中でジョインするという形だった。

1992.02.06父の死
1992 ブルゴーニュシュバリエ・ドゥ・タートヴァン(ブルゴーニュのワインの騎士団受賞式)>>(明日に、、、)
1992.11. ブルゴーニュのワインの利酒の騎士、シュバリエ・ドゥ・タートヴァンを受賞

1993,1994 イタリアの造り手を各社訪問

1994 パリ、ブルゴーニュ

1995 ボルドーのコマンダリー・ドゥ・ボンタンを受賞

1995 イタリア、ヴェローナに一週間滞在してアレーナデのオペラを毎晩楽しんだ。
帰国の前にパリで数日を少し過ごしていたときに、東京から連絡が入った。

a0031363_2329129.jpg  (アレーナ・ディ・ヴェローナ、オペラは楽し)1995年)


1995  ボルドー、ブルゴーニュ

1996 パリ、ブルゴーニュ

1996年3月のハーグのマウリッツハイス美術館でのフェルメール特別展

http://keico.exblog.jp/13140301
2011年7月25日 月曜日のブログへ
日曜美術館<“手紙”が語るフェルメールの真実

http://keico.exblog.jp/6805711/
2008年2月17日 日曜日 のブログへ
恋するフェルメール―36作品への旅 」

1996年6月の沈まぬ太陽の地への旅
ノルウェー、フィンランドへのフィヨルドと世界遺産の旅に途中から合流

1997シリアヨルダ
http://keico.exblog.jp/3220372/
2006.02.23のブログへ
旅の記録、幻のエピローグ
本の題:誘われて 旅中の旅<追憶のヨルダン・シリア・レバノン>
取材・文・写真:片桐敬子
旅の計画:史跡解説柳澤保雄

シリアのアカバから始まった旅はペトラ、クラックデシュバリエ 十字軍の要塞、
預言者モーゼ昇天の山やネボ山、「東洋のポンペイ」と呼ばれるジェラシ遺跡、ヨルダンの首都アンマン、
ジェラッシ、バールベック=フェニキア人の故郷レバノンで「バアルベック大神殿、
ヨ ル ダ ンダマスカス、
ウガリット王国の遺跡、エブラ、シメオン、アレッポ、ハマ=大水車、パルミラ ー
 ゼノビア女王を偲んで=砂に滅んだ隊商都市「パルミラ」

a0031363_23262518.jpg  (パルミラの夕陽、丑年か未年かしら?)


 1997年3月は、ボルドーのオペラ座のリノヴェーションのこけら落としのオペラに招待された。
椿姫の公園のあとは、フォワイエで、パリの社交界が引っ越したと言われたレセプション。
ボルドーオペラ座でのベルバカントのギャラ、
ボルドーのワイナリーのオーナーの方々、アランジュペ首相、、、、などなど
東洋の<マダムケイコ>は、とうてい信じられない世界へ招かれていたのだ。

〜〜〜〜
アランジュペ氏とのナイスショットは

a0031363_0155743.jpg
 
 1997年のボルドーのオペラハウスで椿姫を観劇の後に、フォワイエで真夜中から始まった夜会は、
東京の女性にとって、驚きだった。

左から、マルセリーヌ・ガンス、そしてアラン・ジュペ元フランス首相、
マダム・フィリッピーヌ・ロッチルド、右は私で、この日のために誂えた椿の辻が花の着物で。
招待者全員が、シャネルの白い椿の布のブローチを胸に付けている)

1998 ボルドーにてワインの騎士、コマンドリー・ドゥ・ボンタン受賞式
シャトーランシュバージュにて、

 一方、イタリアとフランスのワイナリーを精力的に回っていたのもこの時期だった。
写真を撮り、記事を書き、それは自社の広報誌の為でもあったが、造り手との交流記録でもあった。
エドアルドヴァレンティーニ氏には二度訪れて、日経ムックの数ページを飾ることになった。
記者嫌い写真嫌いの彼に、〝わたしのたった一人の肖像写真家keikoといわれたのだ!

 そして90年代後半は、エールフランスの機内誌の取材チームと一緒の旅が始まった。
取材にジョインさせていただき、フランスの二十の地方を回り始めたのは1994年からだった。

1994 アルザス
1997 アルザス、ブルゴーニュ、
1997 ピレネーオリエンタル、ラングドックルーシオン
1998 ブルゴーニュ オーヴェルニュ
1999 シャンパン−ニュ、ロワール

 そして二十世紀最後の旅は
2000年の 志村先生との敦煌、リージャンへの旅、
http://keico.exblog.jp/12665732/
2011年5月26日 木曜日 のブログへ
2000年の<西安 敦煌 昆明 歴史遺跡の旅>
a0031363_15504018.jpg
(2000年の年賀状の裏面、夕陽を受ける莫高窟入り口の門、
 左のカットは洞窟の天井に描かれていた天女)

 2000年12月のイタリアへの旅での、修復なった<最後の晩餐>の鑑賞とヴェニスへの旅、
http://keico.exblog.jp/9362569/
2009年12月3日 木曜日 のブログへ
ヴェニスで「冠水」のニュースに、8年前のヴェネチアを思い出して、、、
a0031363_2242873.jpg

(水上バスの中でカシャッと、、、向こうにリアルト橋が写っている。
バスのガラスと光のイタズラで面白い一枚となった、、、)

しかし、好事魔多し!

1997.05 オーストリーでの仕事の帰り,私たちは五月の連休をパリで過ごしているときに、
日本からの電話で、事件発生。
途方もない金額の不渡りで弟が混乱していて、急遽に帰国。
長きにわたる問題となっていく。

〜〜〜〜〜〜〜〜

 そして二十世紀最後には、経済は急速に下降線を示して、日参していた銀行の支店長達は、
手のひらを返したようになり、、、、、恵比寿の自社ビルが1998年秋に銀行に乗っ取られてしまったのだ。

 パリのアパルトマンも急遽引き上げるしかなく1999年の暮れは一人で泣きながらの旅だったのだ。

~~~~~~~~~~

a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
17 December 2011 Paris


ジャクリーヌの家を訪ねて旧交を深めた。

a0031363_17371757.jpg
(17 December 2011 Paris
ジャクリーヌとフランシス、妹のダニエルとその息子のステファン)
今日はお食事ではなくお茶にご招待いただいて、近くのダロワイヨーから特注のお菓子の
オペラとマングーが!)

a0031363_5135997.jpg

a0031363_17405646.jpg(17 December 2011 Paris
、Charles Michel シャルルミッシェルとコンヴァンション通りの角のバス停で、
エッフェル塔が十数個もあって、本物のエッフェル塔も見えている。今回は頑固に行きも帰りも42番のバスに乗ったが、これがなかなかおもしろかった。)



~~~~~~~~~
(追記)
動画を追加

>>>>>そして続く、

a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
17 December 2011 Paris




by pretty-bacchus | 2011-12-17 23:56 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(73)