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ピエロ・デッラ・フランチェスカの名画「出産の聖母」
平成22年6月30日(水) 晴れ 30 June 2010
(あとで、その日に移しましょう)

 到着以来初めての美味しい夕食をヴィッラ・ヴィーニャマッジオ Villa Vignamaggio で楽しんだ昨夜
シェフの特別お料理は、
「トッレ・ヴィッキオーレ」のワインカステロ・ディ・モナリザとの相性が最高!だった。
そのうえ、オブセッションのマグナムまでいただいてしまって、皆満足!
星をみながら部屋にもどって、ぐっすり眠ることが出来た。

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 が、なんと今朝のモーニングコールは、また6時半。
今日はもう一泊モナリザの里のヴィッラ・ヴィーニャマッジオに停まるのだから、荷造りもないし、
どうしてもっと遅くてはいけないの、、、とツアコンさんにたずねたが、これが通例なのだそうで、、、。

 今日はトスカーナの街々の探訪。
いままでは仕事だけのイタリアが多かったので、田舎の聖堂はあまり訪ねてないのでウレシイ。
ホテル発9時でアレッツオへ向かった。
サン・フランチェスコ教会で、ピエロのフレスコ画の連作「聖十字架伝説」を鑑賞。
Mさんの説明は、数十年の知識の蓄積で素晴らしい!

 またしばらく走り、ルネサンス絵画の巨匠ピエロ・デッラ・フランチェスカの名画の郷といわれる
モンテルキ着。
畑の中にポツンとあった名画の館が、数年前に新しい館に移ったそうで、楚々とした白い建物の中に、
ただ一点鎮座するのは、ピエロの世界的名画「出産の聖母」

この一点を見るために世界中から人が来るのだという。
明るい青空から中に入ってすぐ右側に薄暗い部屋、、、ほんの十畳くらいの小さな部屋に飾られている。
その素晴らしさに唖然!
永遠の藍色といわれる豊穣の藍をまとった聖母の美しさはなんだろう!
フレスコ画のそのもともとの上部は、別の部屋におかれていた。

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モンテルキ

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 今夜もヴィラ・ヴィニャマッジオ泊。
夕食は昨夜とは違うメニューが用意されていて堪能。
ヴィッラへもどる小道を歩いていて、全員空を仰いだ。
真上にくっきりと北斗七星が輝いていた。
目を移すと糸杉の陰、、、、ああ、トスカーナの酔い、いや宵なのだ。

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(モナリザのモデルのゲラルディーニ家のリサ穣は、このトスカーナの自然のなかで
どんなふうに育ったのだろうか、、、、)
by pretty-bacchus | 2010-06-30 21:01 | ♧JourneyAbroad海外2010 | Trackback | Comments(6)

糸杉のはるかに夕陽モナリザの里
平成22年6月29日(火曜) 晴れ 29 June 2010

 6時モーニングコール、嗚呼!
これがツアーの辛い所なのだが、皆さんはもっと早くから起きているのだというのだから、驚いてしまう。
7時バゲッジアウト、8時ホテル発で、今日はおもしろい試みだった。
大きな荷物はバスにのりプラートまで、人間はミラノから、ユーロスターで2時間ほどのプラートという町に入った。

 プラートのドゥオーモのフィリッポ・リッピ (1406-1469)のフレスコ画が
数年前に修復が終わっていて、その観賞の為に寄り道をしたわけだ。
きれいに彩色が戻ったフレスコ画は圧巻だった。
それを見事に説明するMさんに脱帽。
疲れもふっとんでしまうようなひと時を過ごした。

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 〜〜〜〜
バスと合流して一路、トスカーナの中心地グレーヴインキャンティーへ向かった。
この村から15分ほどで、ヴィッラヴィーニャマッジオ Villa Vignamaggioに到着。
レオナルドダヴィンチのモナリザのモデルとなったゲラルディーニ家のリサの生家で、
近年それが実証される書類が発見されている。
11世紀にはワインを造っていたという記録も残り、ワインとオリーヴオイルは、それはそれは美味!
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 皆さんの出迎えをうけて、全員、モナリザの生家の赤いヴィラにチェックイン。
私だけが、レセプションの二階の小さな部屋で、これもやむおえないかもしれない。

 
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 (全員で記念写真)


 18時半から、ワイナリー見学と三種のワインの試飲、トッレヴィキエーレをとっているDOCGのカステロディモナリザ、
ヴィッラヴィーニャマッジオ、は両方とも美味!Villa Vignamaggio!
今年の樽は、それぞれ24樽、37樽しかなく、希少な貴重品ワイン。
日本へは年間数十ケースしか入ってこない。

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 糸杉とオリーブの木と野の花の咲き乱れる小道を2〜3分で、夕食の館に着く。
女性シェフのSandroが腕を振るってくれて、到着後初めての美味しいイタリア料理をいただくことができて、皆満足。

ヴィラへの帰りの道では蛍がとんで、満点の星ぞらに糸杉が揺れていた。

 〜〜〜
ゲラルディーニ家の子孫がイギリスへわたり、ゲラルディーニ家の息子>>フィッツジェラルドになり、
その子孫がアメリカに渡って、その息子がJFKジョンエフケネディーというのは、
どうやらこれも近年イギリスの学者が研究発表したという。

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<ドイツのハイデルベルク大学図書館は、2008年1月14日、
『モナ・リザ』のモデルが、フィレンツェの商人の妻・リザであることを裏付ける文献が見つかったことを明らかにした。
1477年に印刷された所蔵古書の欄外にフィレンツェの役人による「レオナルドは今、リザ・デル・ジョコンドの肖像を
描いている」という書き込みがあった。
この書き込みは1503年10月になされ、レオナルドが『モナ・リザ』を描いていた時期と重なり、
ヴァザーリの記事が裏付けられたことになる。
これにより、モデルにまつわる論争には一応終止符が打たれた[1][3]という見方が有力であるが、
それならばなぜすぐに依頼主に引き渡されなかったのかなど、依然として疑問が残る。

~~~~~~
前回訪れた折のブログは、(下記のラインをクリックしてくださると、そのページに飛びます)

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〜〜^〜〜〜
http://keico.exblog.jp/4567217
モナリザの里vignamaggio
モナリザの里で時代をさかのぼり
2006.10.14 火曜日 イタリア、トスカーナにて

http://keico.exblog.jp/5400672
2007.04.11 水曜日
花曇りの朝に祈りと感謝を込めてMemoires du Voyage-Italy
2007.04.11 水曜日 花曇りの朝

http://keico.exblog.jp/10737867/
平成22年6月1日(火) 晴れ
旅をクリエートする楽しみと歓び


〜〜〜〜〜
http://www.vignamaggio.com/english/news-vino.html#70

http://www.vignamaggio.it/index-english.html

http://www.vignamaggio.it/english/monna-lisa-leonardo-da-vinci.html


〜〜

More>>以下ネットよりプラート
by pretty-bacchus | 2010-06-29 23:30 | ♧Journey海外2000仏イタリア | Trackback | Comments(0)

アラーニャ・ヴァルセシアからサクラ・モンテ・ヴァラルロ・セシア
平成22年6月28日(月) 晴れ

 
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 (昨夜の夕陽はpm7:58)

 朝はサン・ジュリオ島の教会の鐘の音で目覚め、
D90の動画で収録、(後でアップしますね)
 目を閉じると、今でもその音色が聞こえるような、、、、。

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今日は、北に走り、
アラーニャ・ヴァルセシア
サクラ・モンテ・ヴァラルロ・セシア
の予定。

午前: ヴァリス・アルプスの主峰モンテ・ローザの南麓アラーニャ・ヴァルセシアを訪ね、ロープウエイにて
3 千メートルのパッソ・サラティへ。
モンテ・ローザなどを眼前にする展望を楽しんだが少し雲がかかっていたのが残念。
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アラーニャ・ヴァルセシア
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午後: 世界遺産にもなっている北イタリアで最も名高い巡礼地、
サクラ・モンテ・ヴァラルロ・セシアをロープ・ウエイにて訪ねる。

この地で生まれた知られざる両家ゴデンツィオ・フェルラーリやタンツィオ・ヴァラルロの衝立面のある礼拝堂群。
(ダ・ヴィンチの影響を受けたといわれる1 6 世紀)
礼拝堂は4 6 ヵ所あり、その中の3 3 番札所のエッケ・ホモ礼拝堂を見学。
フレスコ画と等身大の彫刻群で飾られて
いる。

(まだ途中なのだが、、、、、)

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More>>>ピエモンテ州 政府公式ページ
by pretty-bacchus | 2010-06-28 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2010 | Trackback | Comments(1)

「イタリアの最も美しい村」オルタ湖のサン・ジュリオ島へ
2010年6月27日 日曜日 晴れ

 モーニングコール06:30.
バゲッジを扉の外に8時に出す。
ツアーの良い点のひとつは、大きな荷物は持ち歩かなくてよい事だが、この早いモーニングコールは
私には苦手、、、、。
9時ホテルを出発。

東方面のNOVARAの10:20着、トイレ休憩がとられて10:45分発。
とおもろこし畑の中や刈り取られた黄色い麦畑の側等を通ってOleggioに11:20分着。
ノヴァラの郊外のオレッジオのサン・ミケーレ聖堂は、ブリガ・ノヴァレーゼのサン・トマーソ礼拝堂、
は11世紀のロマネスクの聖堂を訪れた。めくらアーチがきれいに残る小さな聖堂は、墓地のなかにぽつりとあった。
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(その他の写真は帰国後に、、、)

<麦秋やロマネスク聖堂凛として

 アオスタの谷からオルタ・サン・ジュリオへお昼すぎに到着。
オルタ湖は、南北10km、幅2kmの小さい湖。
コモ湖よりもさらに小さい。
アルプスの山々に囲まれてたたずむ姿から「緑に包まれた小さな宝石」と呼ばれていて、多くの観光客が訪れる景勝地。
かなり昔に通ったことがあるが、ゆっくりしるのは初めて。

オルタサンジュリオ
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 軽い昼食の後、ホテルへチェックイン。街には車は入れないからバスの所から歩くしかない。
すぐに集合で、街を端まで歩き、小さな船着き場から20人乗りほどのモーターボートに乗って数分の、
オルタ湖に浮かぶ美しい中の島サン・ジュリオ島へ。
「イタリアの最も美しい村」の1つに認定されている村。
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 船を降りたすぐの所に聖堂がある。
彫刻を施した12世紀の見事な説教壇がある。
そっと写真を撮る。
4世紀以来の歴史のあるサン・ジュリオ聖堂で祭壇に手を合わせた。
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 外は眩しい夏の日差し、
絵のようなオルタ湖の景観を楽しみ、ひと時をすごした。
まさにオルタ湖のシンボルの、小さな可愛い美しい島。

この島は少ない世帯と、修道女だけが暮らす静かな島で細い道が続いてジャスミンがそこここで香っていた。  
島を一周するvia del Silenzio静寂の道を歩いても10分ほどで一周できるくらいの大きさ。

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 べネデッティ派の修道女達により、刺繍製品、手織り布、イコンの製作などがされていて、
土地の歴史を絶やさぬようにとのノヴァラの司教の提案で1970年だから再開されているとのこと。
途中にこの島には1軒だけお土産屋さんがあり絵はがきを買った。
ここのおばあちゃんは、三日に一度くらい、食料品などを買いに手こぎのボートで本土!にやって来るのだそう。

 本土にもどり、船着き場でスオウレムータで一息。
島をながめているカップルが影になって素敵だった。
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 ホテルは修道院後のホテルサンロッコ。
オルタ湖に真っ赤な夕陽が沈む頃から始まった夕食は、なんとサーヴィスが遅く三時間もかかって全員疲労困憊。
夜は21時半ごろまであかるいので、写真を撮り、、、ネット接続に挑戦したがダメ。
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 あとの写真は帰国後ですな、、、、

More>>資料:ネットから拝借
by pretty-bacchus | 2010-06-27 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2010 | Trackback | Comments(15)

山の頂上に立つサクラ・ディ・サンミケーレ聖堂へ
2010年6月26日(土) 晴れ

 今回の旅は、私にとっては、モナリザのモデルのゲラルディーニ家のリザの生家の、
Villa Vignamaggio ヴィーラヴィンヤマッジオのメインヴィラを借り切って、
日本イタリアの文化交流の催しの第一歩の始まりの旅だった。
ヴィンヤマッジオのジェネラルマネージャーが来日してA社を訪ねてからの十数年前から企画していた旅が、
Mさんのお陰でその第一歩を実現する事が出来たわけで感無量!

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 十名の方ととトリノで現地集合で、イタリアをアオスタのアルプスの麓から下り、オルタサンジュリオで二泊、
トスカナのモナリザの里で二泊、リビエラのチンクエ・テッレの世界遺産の港町で二泊、モンタルチーノで一泊、
ローマで二泊と、イタリア二十州のうちの五つの州を旅をしたことになった。

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 ツアーの皆さんの平均年齢はなんと70歳後半。最高年齢は85歳!
ツアーリーダーのMさんと私だけが60代だった。
この<たのしい仲間>の旅は、皆さん何度もいくつもの国に旅していらしているようで旅のベテラン。
大手の食品会社の幹部だった方の素敵なご夫妻以外は、全員女性。
皆さん、それぞれのお仕事をもっていらしたようで、その上全員戦争時代の体験も苦しい人生経験もある方
であろうにに、苦しい時代を乗り越えられた自信と、その明るさとさらに旅への関心と自信は何とも素敵で、
いろいろ教えられる事が多く、旅をしながら良い人生経験ができた旅であった。

旅の第一日目は、、

午前:スーザの谷、 val di Susa サヴォア・ロマネスクのシンボル的存在、
山の頂上に立つサクラ・ディ・サンミケーレ聖堂。
ピエモンテ州トリノ県サンタンブロージョ・ディ・トリノ町 Sant'Ambrogio di Torinoにある。

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(バスでかなり上ったところに天空に聖堂がみえてきた

a0031363_18253790.jpg (半時ほど歩いてようかくここまで辿り着いた。ここで入場券チェックで、
これからあのてっぺんまで石の螺旋階段を上らねばならないのだと、、、)

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a0031363_8494052.jpg  (最後の後ろに倒れそうな急な石段を二十数段上りきったところにある門には、12世紀のゾーディアックの彫りが深く残っていた)


 トリノ郊外北西方約42Kmのスーザ渓谷の、標高962mのピルキリアーノ山 Monte Pirchiriano 山にある
ベネディクト会の修道院、サクラ・ディ・サン・ミケーレ Sacra di San Micheleは、
建物と廃墟の集まりといったところか。
ピエモンテの最も面白い建造物のひとつといわれているという。
(キウーザ大修道院 abbazia della Chiusa とも呼ばれる)

 10世紀のイタリア人修道士グリエルモ・ダ・ヴォルピアーノ Guglielmo da Volpiano の設計という。
(この人は請われてフランスのモン・サン・ミッシェルを設計したという)
イタリア語でサン・ミケーレ=フランス語でサン・ミッシェルで(大天使)聖ミカエルのこと。
イタリア版、モン・サン・ミッシェルというところか、、、、

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 (聖堂内、ことによったら撮影禁止の札があったかもしれません、、、
でもこういう時は夢中でして、、、、)


(まだ写真多数あるのですが、、、)

  この修道院は断崖絶壁の上にあり、いわば要塞状になっているようで、入り口は階段の上にあり、
必死に石段を一歩一歩のボリつめなければたどりつかない。 
岩の上の急なモルティ坂、死者の階段 scalone dei Morti を登り、ロマネスク様式のレリーフがふんだんに施された
ゾディーアコ門 porta dello Zodiaco 門(1120年)に至ると、
ゴシック様式の扉口がある教会の右側にやっとたどりつく。

 聖堂でロウソクに灯をともしてお祈りをした後は、また黙々と下ってくるわけで、、、、

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 下の方になって、ようやく花々や草を楽しめるようになって、まさに修行僧ならぬ修行おばんのごとくで、
第一日目から私は、そう一番若い私が、最後にバスにたどり着くという醜態を演じてしまったわけでして、、、、

a0031363_8574411.jpg  (やっと下りきったあたりで、上ってくる美女とあった。ワンちゃんの名前はキキ)



〜〜〜〜〜〜〜〜
トリノに戻り、
サン・カルロ広場、カステッロ広場、ドゥオーモなど。 
ドゥオーモの背後にある、マダマ宮殿、王宮付属のサクラ・シンドネ礼拝堂の祭壇のだまし絵。

 天使の聖堂に昇ったその日の夕暮れの雲間から、天使の階段の光が放たれていました。
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一日を感謝して手を合わせました。

More>> 説明より:
by pretty-bacchus | 2010-06-26 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2010 | Trackback | Comments(9)

小さな旅は、人生の旅のほんの一時なのかもしれない
2010年6月25日(金) 続き

 心の準備はしていたのだが、今度の旅は最後まで決定できなかった。
フランスの仕事と、イタリアの仕事がかちあってしまって悩んだ。
フライトの予約を決めた後も悩んだ。
なぜ、こんなに悩むかのかわからないままに時が過ぎた。
今までのように一人で旅立ち、パリで数日を過ごし、それからイタリアへ旅立って数日をすごして、
またパリ経由か、あるいはミラノかローマあたりから日本へ帰ればすむことなのだ。

なのに、、、、きっとどこかで、先々月のあの火山灰で何日もヨーロッパに足止めされたmash-bossさんや
茂木先生の事が頭をよぎったのかもしれない。
それと、2001年の4月の一人旅で、エージェントの予約ミスで、
朝から晩までローマのフミチーノ空港に足止めされた悪夢が、
今まで以上にフラッシュバックしたのかもしれない。
朝の一便に荷物をチェックイン>>戻され>>>チェックイン>>再度戻され、
最終便でやっとパリに着いたときには、目に異常をきたし、日本へ帰っての緊急手術で、
奇跡的に右目失明を免れたことが、昨日のように甦ってきたからかもしれない。
少しづつの網膜剥離とかではなくて、ドカンと網膜に穴があいてしまって、
硝子体のどろどろが脳の方までいく寸前に、ウルトラCの真夜中の手術でで救われたのだ。
原因の一つと考えられるのが、重い荷物の長期の荷担で、目の筋肉がおかしくなったこともあり、
今後の旅を気をつけるようにドクターからアドヴァイスを受けていたのに、次の旅もその次も、、、、一人旅。
そして一昨年の12月の旅では40度の熱で、夢遊病者のようにパリを発ってなんとか無事の帰国するような
ハプニングがおこってしまった。

要するに、もうあまり無理をしないほうが良いのだ。歳なのだ〜〜〜〜〜〜!
普通の標準的な旅人になればいいんだと、ようやくほんの少しだけわかってきたのかもしれない。
小さな旅は、人生の旅のほんの一時なのかもしれない。

 機内のネット環境は逆行していて、ネットはだめだった。
2004年のイタリアへの旅で、機内でネットで地図を確認しながら地上の場所がおなじだと小躍りして、
日本の友人にメールをしていたのが、つい昨日のようなのに、、、、。

http://keico.exblog.jp/2335423/
2005.10.17
満月とにらめっこしてお国入り

 これからのフランス一日、イタリア6日の旅でのネット環境はあまり良くないだろう。
記録できる時に記録を残しておこう、、、。

http://keico.exblog.jp/2163794
2005.8.11
失明の危機を脱した思い出

http://keico.exblog.jp/2163857
2005.8.11
失明の危機の思い出その二


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 四時間のパリで出来ることはすませた。
最終便のAF2202でパリを発つことが出来た。
トリノ・カゼッレ国際空港 Aeroporto Internazionale di Torino-Caselle にランディング
23時半トリノのホテル着。

パリ滞在四時間少しだったが、有効に使えることができた。
こんな旅も可能なのだと、また次の可能性を考えるほど若くないから、一つ一つかたづければよいのだと、自分自身を納得させる。

 トリノまでの飛行機のマークは、あの初期のエールフランスのマークの機。
カサブランカの映画の最後に飛び立った飛行機のマークだった。
必死で写真を撮っていたら、真っ赤な月が昇ってきた。
今日は満月だったのだ。
(写真は後でねっ、、)

 数年ぶりのトリノは、
明日から、10人の方々と一緒の旅が始まる。
グループでの旅は慣れないので、気を遣うことだろう。
少し寝ておかねば、、、

 イタリアの旅は、4年ぶり、
http://keico.exblog.jp/i36/
(下記クリックしてください)前回の旅の記録です。
2006年のイタリアとフランスへの旅

2005年の旅は、イーチエICE(イタリア貿易振興会)のご招待だった。
http://keico.exblog.jp/2324633/
2005.10.15出発
新しき ことの初めの 秋きたり

〜〜〜〜〜〜〜〜
more>>今回のカメラとレンズ

More>>今回のカメラとレンズ
by pretty-bacchus | 2010-06-25 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2010 | Trackback | Comments(4)

旅立ちの記録(空港で母とあえて)
2010.06.25

日本を出発して6日にしてようやく、インターネットを使える環境になった。
が、明日はまただめだろう。

室内で書いた日記と、臨時の写真を少しでもアップしておきたい。
心配してお電話をくださった、Aさん、Fさん、Sさんありがとう!

それでは、まず出発の日に、、、、

2010年6月25日 金曜日

 結局慌ただしい出発だった。
一時間ほど横になったがほとんど寝ていない。
最終の荷造りで少し時間をとってしまったのだ。

 デンマーク戦に3−1で買ったサッカー岡田ジャパンの興奮が覚めやらないテレビを背に家を出た。
ほとんど寝ずに、家を出てNホテルから空港リムジンにのって8時50分成田着。

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 車生活をやめでからは、空港へはリムジンをつかうことが多くなった。
独りで旅ができる限界はスーツケール一個30キロと機内持ち込みギリギリのオーヴァーナイトバック一個と、
ハンドバックをいれた少し大きめのバック。
これなら世界中を独りで歩けるのだが、それも最近は辛くなった。
9.11の事件以降荷物の機内持ち込みも含めて大分うるさい規定ができている。
一個のバックは23キロ以内で、もし30キロあるならば、7キロは別なバックにいれないといけないという。

 普通は、大きなバックには本を数冊と着替えと、レセプション用のスーツがあればよい。
デジカメになってからはフィルムを検査用の袋に入れて二カ所に分けて入れるのが大変だったが、
今は、バッテーリーの異なるカメラの場合は、すべての充電器を入れなくては行けないから、これが結構場所をとる。

 7時半:家を出る。Nホテルの7時50分のバスにのる。
送ってくれた連れ合いとGMが最後まで手を振ってくれていて、なんだかさびしそう。
9時成田のターミナル2に到着。
グローヴァルカードの特別カウンターでチェックイン。
エールフランスを辞めてからはもっぱらJALで旅をしたので、十数年前からこのカードを持っていて便利をしている。
バックはジャスト23キロ。

ユーロに両替をして出国検査。
なんと100ミリリットル以上の水物の検査が厳しい。
パスポートコントロールでは、四十数年前の最初の旅以来、相変わらず<外国製品の持ち出し届け>の用紙があり、
税管の人が座っている。
これだけ外国製品があふれている今の日本に、これが必要なのでしょうかね〜〜と
彼らと話して、これも無駄なことなのですね。

 デューティーフリーで化粧水を買おうと思ったが、ほとんどが100ミリ以上で、
それもジップロッルの透き通った袋に入れないといけないというのだから、驚いてしまう。

 10時、母と会えた。
こういう旅立ちは始めてて一生の思い出になるだろう。
神様がくださった素敵な贈り物!

出発の時はいつも何十回、いや何百回と父と母が送ってくれたのだが、もうその父にいない。
母が‘今回は見送れないは’といってきて具合がわるいのかしらと少し心配になっていたが、
第二ターミナルの貴賓室で、VIPにお茶を差し上げた後は,数時間その近くにいる事がわかった。
夏なのに着物できちんとしていると90歳には見えないが、あうたびに歳をとっているのが、
こんなにわかるとは、、、、嗚呼!
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a0031363_222469.jpg (昼の便の機内の食前酒はブラディーマリーと決めている)

 そして今JAL405の機内、右側の08Kで電源を入れてマックを立ち上げた。
機はかなり混んでいる。
ここまで来てしまえば、後はこの旅を続けるしかない。
いや喜んで続けよう。

10:40 登場開始
11:35 離陸
12:40 昼食サービス開始
14:00 電気が消えて就寝準備>>>パリは朝の7時なのに、、、
一昨日から飲んでいる抗生物質セットとPLを飲んでしばらくぐっすりとネルッコとが出来た。
正面の画面に映りゆく地図と時間はたのしい。
ALTITUDE 10972
Heurs Local a Paris

(写真は後で)

 パリ時間のちょうど12時(日本時間7時に)時計を現地に時間にあわせる。
窓をそっと開けてみるが雲ばかり。

<雲間からのぞく下界は梅雨模様
白い雲がきれいでカシャッと
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14:45 ゴッドランドアイランド
Vusby
(写真は後で)


パリ時間3時
15爾15分、コペンハーゲン、マルモ

バックに入れたのは、オリンパスのE-P1+17mのレンズをやめて9-18Mがついているので、
中は9mで広く、外は18mでスナップショットが続く。

15時30分ごろからキエフの緑の大地と青い海が、白い雲のしたに広がる。
陸地ギリギリに道路がみえるのは人が住んでいるのだろう。
(写真は後で)

 今回は、行程の2/3が仕事がらみで、あとは<たのしい仲間>の10名の方々に数日加わって久しぶりに、
イタリアのアオスタの谷を廻れそう。
ここで予定が変われば直ぐにパリに戻らなければならないが、
ことによったらチンクエテッレのイタリアンリビエラを歩く事ができるかもしれない。
そうしたら、
本当に久しぶりの観光というわけだ。

 とここまで機内で書いたのだが、パリでもイタリアでもアップできずに今日になった。

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(2010.07.10 パリ>トリノの機内から撮った写真を追加)

6月25日の、パリからトリノへの飛行機のエールフランスマークは、
あの、映画「カサブランカ」の最後に出てくるマークと同じだった。
ということはどういうことなのかしら?
よほど古い飛行機だったのかしら?

a0031363_954942.jpg  (pm8:59 飛び立ったばかりの頃、前のキャビンの左窓から)

a0031363_9551633.jpg (pm9:29 アルプスの上を飛ぶ〜〜〜)

a0031363_956910.jpg (pm9:30 夕陽がマークを照らし始めた)

a0031363_9575167.jpg (pm9:34)


a0031363_1003120.jpg (pm9:36 後の方に真っ赤な太陽が一瞬見えた、、、、まもなく前方左に月が昇り始めた、
今日は満月なのだ!)


a0031363_1022030.jpg (pm9:37 月は真っ赤なのに、どうして白くしか写らないのだろう?)

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 (pm9:45 トリノ上空、まもなく着陸のアナウンス、、、、)




 
by pretty-bacchus | 2010-06-25 23:50 | ♧JourneyAbroad海外2010 | Trackback | Comments(4)

出張なの元気でいてね朝顔さん
2010年6月24日 木曜日 晴れ

 結局ばたばたと時間がすぎて、荷造りはまだ終わっていないので、真夜中すぎになってしまいそう。
まあ、これがアスユージュアルなのかもしれないから、そんなにはあせっていない。
ブログを書いて荷物も澄ませてから数時間は床につけるだろう。

 それにしても、こんなに旅の予定が確定しないのはじめての経験だった。
何百回という海外への旅は、大半が出発のわずか前に決まるのだが、まあ
それでも数週間前にはなんとなく<旅の予感>を感じていたかもしれない。

それが今回はまったく読めなかった。
フランスへの仕事の旅は、二月から今か今かと決定を心のどこかで待っていたのだが、
ご一緒することを依頼されている方が、毎月別の予定が入って延び延びになっていてストレスの限界。
こんなに旅の予定がとてもストレスだったことははじめてだ。

 とりあえず、JALのグローバルカードのたまったマイレージで、
少し先の予約をいれてペンディングにしてあったのが幸いした。
(そういうことが可能だと言うことは前回のフランスへの旅の時に始めて知ったのだ。
紺屋の白袴というか、今のティケッティングは全く以前と変わってしまっていてちんぷんかんぷん、、、、
E-Ticketだし、その上マイレージでフリーティケットにいたっては全くの門外漢なのだ、、、)

 パリは今月末で決まらないのなら、お断りしようと思っていたら、なんと別の旅の予感がしてきた。
それも二つもなのだ。逆にどうしようかと悩んだ、、、ナヤンダ、、、、なやんだ、、、。

 現役を完全に退こうと思ったことは何度もあって、それはすでに突然に仕事を辞めた二十数年年前に
さかのぼるが、結局身内の会社を手伝うことになり、フランス、イタリア、スイス、オーストリー、
オランダなどを(アメリカもかな)何度も旅することになった。
取引先の方の告別式などということもあったし、シュヴァリエをいただいた時の受賞式とか、
もちろんワイナリーへの旅も、結婚式も美術への旅もあったが、どれも仕事がらみの事が多かった。
空港からホテルか取引先へ直行、すぐ、とんぼ返りとかもあって、ゆっくりとした旅は少なかった。

 エールフランス機内誌の取材では、四年を費やして年二回フランスの地方を回ることになったが、
いつも、どこへの旅もハードスケジュールだった。
いつになったらゆっくりと観光旅行が出来るのかしら、、、、って思っている内に、
そろそろ旅に疲れを感じるようになってきていたかもしれない。

それも青天の霹靂の事件で、突然に終局がきて、、、、あれから三年半が過ぎた。
後片付けに多くの時間と心を費やして、ようやく少し落ち着いてきたかもしれない。
時の移ろいとは、時として情熱の衰えにもなるのだと、そして又それは年と共に幅を広げるのだと、
でも、そう、、、それで良いのだと自然に思えるようになっていた最近なのだ。

 だが、今回は十数年前に蒔いた種が、突然に花開くことになったのだ。
心を込めて蒔いた種は必ず花開くのだ!、、、、と感無量!
フランスの件もイタリアの件も、友人達のハートと友情が実ったのだが、
一緒の時期にくるとはどういう偶然なのかで、嬉しくも、でも少し困ったことだった。
どちらかを誰かに変わって欲しいのだが、私自身が<そこにいなければ>ならないのだ。
どうしたら良いかを考え尽くして熱がでてしまったのは二週間ほど前。
フランスに二日、イタリアに四日いれば良いのだが、行きに二日、帰りに二日をみたいから、
いずれにしても十日前後の旅になる。

ともかくまず予約を確保しなければならない。
しかしJALもエールフランスもこの時期、全部の便が満席でダメだった。
飛行機がとれなければ現地の車の手配は前もってできない。
荷物を持ってヨーロスターとかは一人では辛いので、車の手配はマストなのだが、、、

 悶々としたのは二日ほどだった。
イタリアの仕事は、現地の広報部長とのミーティングと、お客様をお迎えすることなので、
そのグループに途中でジョインして、現地まで一緒にバスにのせていただこう、、、。
フランスは、最悪数時間でよいかもしれないが、それも辛いので前日にパリに入ることにしよう。
そしてイタリアに発って仕事を終え、グループを送り出してから、一人でパリまで戻ればよい。

 十数年前から会員になっているグローバルカードのおかげで何とか席も取っていただいた。
そんなわけで明日の朝早くに旅に発つ。
夏の軽い服装の支度と、カメラとバッテリーがあれば、あとはパスポートとクレジットカードと常備薬だけ。
やはり旅慣れているに違いない。

 一年半ぶりの空の旅、仕事とは言え、転地療養になると良いのだが、、、、
大変な旅になるだろうが無理をせずに、ゆっくりした気持ちでいってきたい。

 明日は6時におきなければならない。
いつも送ってくれる母は、明日が、空港の貴賓室でVIPにお茶を差し上げることになっているという。
会えると良いのだが、、、、
by pretty-bacchus | 2010-06-24 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2010 | Trackback | Comments(5)

山梔子や赤い夕陽に映えて咲き
2010年6月23日 水曜日 雨のち曇り晴れ

 ひどい雨の中をクリニックに向かった。
お腹がおかしいので、ともかく先生のお話を伺いたかった。
微熱があるし、尿にまた白血球と鮮血があるようで、憩室がいたずらをしているのだろうか。

 今更予定は変えられない時期になっていて、一日ゆっくりしようと思っていたのだが、
眼鏡のチェックもしたいし、美容院にもいっておきたい。
お洗濯もお掃除もして、一応きれいにして発ちたいし、、、。
朝顔さんは、家人がいるから一安心。

 裏通りの山梔子がそろそろ終わり、、、暑い中にありさんが沢山遊んでいた。
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 眼鏡屋さんの帰りに、夕方の空が燃えていた、信号を渡りながら西と東をカシャカシャ、、、
新しい眼鏡のチェックも兼ねてね、、、、と独り言を言いながら、、、

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 (刻々と光が変化して、一日の終わりになる、、、、)
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 あわただしく一日が過ぎてしまった。
ようやく少しづつ旅の気持ちになってきた。
明日中に成田に入っておきたいが、きっとこの調子では無理かもしれない。

 寝しなに入ったかおるさんからのメールが嬉しい!
<とにかく、あまり無理をせず、お気を使って疲れないように。
不義理するのも健康のため!ってこともありますから〜>
by pretty-bacchus | 2010-06-23 16:03 | ♧JourneyAbroad海外2010 | Trackback | Comments(4)

ロングテール! WEB2.0時代の醍醐味
2010年6月22日 火曜日 曇り

 朝顔は十七も咲きました。

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 五月の末にアマゾンに注文しておいた本が届いた。
「Life with Picasso」Francoise Gilot:
Paperback:紙装版/ペーパーバック版だったが、新品だった。

フランソワーズ・ジローの笠間での回顧展を見てのメールを郁子さんからいただいて、この本を読みたくなった。

http://keico.exblog.jp/10750242
花の女 フランソワーズ・ジローの回顧展 2010年6月4日 金曜日 晴れ

彼女は、唯一自らピカソを捨てた女性だし子供2人いて、そして再婚もし現在88歳で画家現役というのだから、
ピカソとの10年の生活はどんなだったろうと、、、。

 検索したが、どこも有無がはっきりしなかったのでアマゾンで申し込んでおいた。
忘れた頃に届いて、え〜〜? って思う頃に、こうして届いたのは初めてだ。
普通は数日で、今回の本は見つかりませんでした、と簡単がメールが来ていたのに、今回はその知らせもなかった。

 これぞロングテール!
日本語版の「ピカソとの生活」もみつかると良いのに、、、、

 何年も前のだからもう売ってはないだろうと思っても、グーグルで検索したら見つかって、
私の写真がCDカヴァーになったCDを買えたのも、このロングテールのおかげだ。
アマゾンは世界のどこかにたった一冊残っている探し出してくれる時代になったのだ。
これぞこれぞロングテール!WEB2.0時代の醍醐味なのだろう。

「ウェブ進化論」梅田望夫氏がかなり早い時期からとなえていたことで、
それが数年でこういう形になってしまったのだ。
日本語のピカソとの生活 (1965年) も見つかれば良いのだが、、、、

http://keico.exblog.jp/4083239
梅田望夫氏の「ウェブ進化論」2006.08.06 日曜日
 
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 午後のライブラリーカフェで、ライフの20世紀の分厚い写真集を見ていたら、
このロバートキャパが撮ったピカソとジローの写真が出てきた。
ことによったら、日本語版の1965年の「ピカソとの生活」も見つかるかもしれないと、、、、
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 歯医者さんとクリニックでお薬をいただく。
田舎の旅になりそうなので虫コナーズと除菌ティッシュも。
あわただしくなってきた。

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by pretty-bacchus | 2010-06-22 23:44 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(4)