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月日は百代の過客にしてといえども、、、、
2009年8月31日 月曜日 風雨

 台風が日本中を騒がせた。
日本の政治にも風雨が荒れ狂うのだろうか、、、

一億総なんとやらになびいてしまうのは、マスコミ情報のせいだけでない、、、
この国の国民は、とフォトブラさんは書いていらしたが、まったくそうなのだ。
http://photobra7.exblog.jp/11843135/
フォトブラさん

この日が良い結果の記録として残ることを祈るのみ、、、。

 早や八月も終わりだ、なんと早いことか!
『月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也』
人生という旅の晩秋を迎えて、この秋に何を思い悩むか、すこしばかり恐ろしい気がする。
ペシミスティックになりがちな秋の訪れが怖い、、、、

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(華やかなカトレアもなぜか寂しげ、、、、)
by pretty-bacchus | 2009-08-31 23:59 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(6)

なにがなんだかわからない
2009年8月30日 日曜日 曇り後晴れ 一時雨 選挙の日

 なにがなんだかわからない選挙の結果に驚いている。
いままでが良いはずもなく、といってこの顔ぶれでは、あまり期待できず、、、、お先真っ暗な日本の政治だ。
by pretty-bacchus | 2009-08-30 23:59 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(2)

新しいお寿司屋さんのオープニングに招かれて
2009年8月29日 土曜日 晴れのち曇り

English Here

 ミンミン蝉とオーシンツクツクが見事に鳴き争っている。
いやいや両方とも過ぎゆく夏を惜しんでいるのだろう、、、、

風はもう秋、、、あと何日こうして鳴いていられるのだろう、儚い命の最後の絶唱をじっくりと聴いていたい、、、
この緑と朝顔と蝉の環境にいつまでもいられるとは限らないのだ、、、時は無残にも流れゆく、、、、、

 いつもお世話になるお寿司屋の一番弟子が青山にお店をだした。
十数年の修行のあとだから感無量だろう。
おめでとうございます。

お招きをうけて夜にでかけた。
時ならぬごう音でふりかえったら花火があがっていた。お祝いみたい!

 カウンター十数席と、4名のテーブル席、5名のこあがりで、とても感じの良いお店。
もちろんお味も抜群。
若い人が巣立っていくのってとっても嬉しい。

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(珍しいモルゴンのハーフボトル、少し冷えていて味わい豊かでお寿司にぴったりだった。
この後の日本酒は、おだやかの純米酒をいただいた)
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(南青山の、すし秀きし)
by pretty-bacchus | 2009-08-29 23:59 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(0)

夕陽と蒼いお堀と月、「ゴーギャン展」の後はベリーニで
2009年8月28日 金曜日 晴れ

 留守電とメールで経過を毎日報告していたT先生からメールをいただいた。
<敬子様;留守電は最後の一本だけが届いてました。一件落着でおめでとうございました。
これで懲りずにまたとてつもない衝動的飲食の癖が出ると困ります。毎回よくお腹とご相談ください,>
 わたしって、そんなに衝動的に食べて飲むのかな、、、って少し悲しくなってとっても反省しています。

 ともかく少し歩かなければ、と決心。
歩く時間がなんとなくおしくて本を読んだりするほうが良いなって思っていたけれど、
それでは体をうごかすことにならない、そのうえ最近のSOHOでますます歩かなくなっている。
おばさま@北海道・大沼公園 こと、ゆうこさんがコメントで
<体と脳の為にはカメラを持ったお散歩がよいそうです。被写体を探すので漫然として散歩するのと違って
脳を刺激するそうです。将来のボケ防止にも繋がることでしょうね>
と書いてくださっていて、ほんとにそうだと思うのだが意志が弱いワタシ、、、
ゆうこさんは毎朝3時起きで、大沼のすばらしいブルーモーメントを撮っていらっしゃる。
同じ被写体なのに、毎日変わる自然の彩りがなんとも美しい。
同年配なのに、ほんとに頭が下がり、ワタシは劣等感にさいなまれる、、、、

 ようしワタシもがんばろう、、、昨日久しぶりにご馳走をいただいて少し元気になっている。
ヤマトがくるのが遅くなって、5時半に出発できた。一昨日より10分早い。
公園で蝉遊びでぶらぶらするのをやめて、御所を横切り、さっさといつもの土手に出た。

a0031363_17535093.jpg (公園で夕陽をあびて宴を催しているカップルがいた)

a0031363_17551418.jpg (木々が夕陽に輝き揺れて、上弦の月が昇ってきた、、、)

a0031363_17563227.jpg  (路肩の花がはじけて、、、陰となって、、、)

a0031363_17573241.jpg  (木が燃えてつたがはい、、、、)

a0031363_17582680.jpg  (路傍の名も知らぬ花が可憐だ、、、、>>仙人草 らしい)


 今日の日没は18時15分。17時55分、土手から新宿方面に沈む夕陽の撮影に間に合った。
松と桜の木々の向こうに夕陽が沈み行くのは美しい。
切ないような色の夕陽の周りの空と雲は、フラアンジェリコの描く天使の薄いピンク色の衣服のよう、、、、
刻一刻と変わりゆく空の色、、、やがて日は沈み行く、、、
一日の終わりに感謝を込め手を合わせて、シャッターをきる。

 とっつきまであるいて、イグナチオ教会にでたら鐘が鳴り始めた。
オーシンツクツクの声と一緒で夏の最後の締めくくりのような感じ(後でYouTubeにアップしておきましょう)

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  (小さな土と木の階段を上りきると土手にでる。掃き清められた土に枯れ葉がおちて、、、)

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(バス停からカシャッ)

 駅前から6時4分の都バスに飛び乗った。
半蔵門でおりて、青いお堀を撮りながらいつもの桜道を歩き始めた。
夏草の薫りがむせるように流れる。夕方のせいなのか、いや車が少ないからなのか、、、。
<夏草の 香る道 走る人守る人>

この細い歩道を、なんと沢山の人が走っていることか、何十人もすれ違った、それも皆んなこちらに向かって
走ってくるのってどうしてなのだろ、、、、、
皇居一周は右回りと走り方がきまっているのかしら?
(そうだ、学生の頃に皇居一周をしたときも右回りだったな、、、、)

道の途中にある小さな小さな交番のおまわりさんは立ちっぱなしで、大変だろうな、
小さな声でが苦労様って声をかけた。
白い壁の向こうは皇居の中、こちらを向いておまわりさんが座っている。(カシャッ)
大変だなお仕事とはいえ、、、

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 (都会のブルーモーメント、国会議事堂が光っている、、)
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〜〜〜

 東京国立近代美術館についたときには、へとへとでしゃがみ込みたくなった。
裏口に“かき氷”の旗を見つけてふらふらと階段を上ってしまった。
ブランマンジェとコーヒーを飲んで一休み。
今夜は20時までなので、7時に入場した。
「ゴーギャン展」

 19世紀末の爛熟した西欧文明に背を向け、南海の孤島タヒチにひとり移りすんだ画家ポール・ゴーギャン。
その波乱に満ちた生涯は孤独な放浪の画家。タヒチで観たのは、全部レプリカだったというし、
特に好きではなかった画家だが、見ておきたかった。

 思い切って来てよかった。
初期の頃のケルト文化の伝統を色濃く残すブルターニュ時代の《洗濯する女たち、アルル》や小品もいいのがあった。
《純潔の喪失》は初めて鑑賞の作品。鮮烈な色合いと寓画的な裸婦と狐に、ゴーギャンの新しい魅力を発見。

二度のタヒチのあと、マルティニークで亡くなるまでの五十数点の作品は、死の匂いが一杯なのに、
不思議にメランコリックにはならないのはなぜだろう。
蛇とりんごがないというタヒチで、狐を何度もかいているのは、何か意味があったのだろうか。

《ファア・イヘ・イヘ(タヒチの田園)》の後に、一部屋一杯に飾られた人間の生と死を描いた代表作の
《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》(1897年 139×374.5cm)
D'ou Venons-Nous? Que Sommes Nous?  Ou Allons Nous?

大きな空間にどんと掛けられた存在感あるこの横長の大作に見入ってしまった。
現代文明の闇をも描こうとしたといわれるこの作品を見ながら、
どこかにつかまりたくて、座りたくなってしゃがみ込んでしまった。
濃い青と緑と朱色を主に描かれている生命の始まりと終わりの長い道、その最後は焦げ茶色の老婆と足下の白い鳥。
避けられない老醜! 嗚呼。
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 どっと疲れて最終に向かってほっとしたのは、最後の作品の《女性と白馬》
1903年にゴーギャンが亡くなる年に描いたいうこの作品のなんと暖かいことか。
技術的には劣るかもしれないこの最晩年の一点でゴーギャン感が変わってしまうような、、、、
とっても気に入った作品だった。
(ま、それもそれまでの作品あってゆえのことでしょうが、、、)

死の直前の作品とのことなのに、この作品は何とも明るく色彩豊か、、、、。
春とも秋ともつかぬ木々がはなやぐ草原で、白馬にまたがる女性は他の絵とは違い白い布をまとっている。
青い空と白い雲、しかし背景に蒼い山、白い教会、、
死に対する恐怖をどこかに隠しているとすれば、それは絵の上部の山の中腹に描かれた白い十字架なのだろうが、
それすらも平和にみえてしまう。それまでのこれでもかという死に対する恐怖心は、
それを受け入れることで昇華したのだろうか、、、、、。
そして描かれているこの十字架のあるお墓にゴーギャンは埋葬されたそうだ、、、。

フランスでもタヒチでも受け入れられなかったと不遇をかこって波瀾万丈の人生をおくったゴーギャンは、
マルキーズ諸島では幸せを感じたのであろうか、、、。
そうであるならば、訪れてみたい土地がまた一つ増えた。
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 最初から最後まで感じたのは、すべての作品のどこかに必ずあった安定感、それは横の線。
あの独特の画法と色彩が一つになるのは一本の横の線なのかもしれないと思った。
時には右上にほんの少し見える水平線、あるいは絵の中の小屋の屋根の線、あるときは画面を真横に二分する水平線、
そして最後の作品は、教会の屋根と十字架だった。
わずかな真横の一本の線でくねる女性もバランスを保っているような、、、、。
他の画家には気がつかなかった新しい発見をしたゴーギャン鑑賞の一時だった。

 最後の8時までゆっくりと鑑賞して、なんだかとっても喉が渇いて足がいたくなって、
タクシーに乗ってしまった。今日は夕食はべつべつにとることになっていたので、数ヶ月ぶりに高田さんのお店へ。
季節のベリーニをいただいて、シャトードゥティルガンでキャベツとおじゃこのサラダとパスタで軽い食事。
万歩計は6903歩。あれだけ歩いて足が棒なのに、たったこれだけとは、、、、一万歩にはほどとおいな、、、

 体調がもどったとはいえ、この暑さの中に、今日はちょっと頑張りすぎたかな〜〜〜〜?

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(桃の生ジュースにシャンパンのベリーニは、ヴェニスの名バー&レストランのチプリアーニの作品、
その昔、これだけを飲みにパリからヴェニスに飛んだことがあったな、、、)


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(グラスのワインの中にセルフポートレートをと思って撮ったら笑顔になった)

More>>>>私のタヒチは
by pretty-bacchus | 2009-08-28 23:59 | ♠Art&美術,詩歌,展覧会,お稽古 | Trackback | Comments(6)

久しぶりのイタリアンのお誘いを受けて、、、、
2009年8月27日 木曜日 晴れ

 また暑くなった。
あまり無理をしたくなくて、ソーホーよろしく家で仕事三昧。
今年もシャトードゥピゼイのボージョレヌーヴォーをお手伝いすることになったので、
なにかとせわしなくなってきた。

 少し疲れてきた頃、Kさんから電話が入った。
いつもの元気な声、“ケコサンお元気ですか、ワタシは昨日帰国しました。夕飯ご一緒しましょ〜〜”
10日間の夏休みから帰ってきたばかりで元気いっぱいの声に励まされた。
このところお洒落を忘れているので、早速にネイルサロンと美容院を予約、
女性とのお約束なのにね、、、、って自分にいいわけをしながら、夕方に爪をキレイにして髪をしあげて、
久しぶりのハイヒール。
やっぱりウオーキングでぐたぐた歩いているより、ピント胸をはって一歩一歩踏みしめるのって気持ちがいいな、、

 白金で待ち合わせ。
両の腕をきれいに焼いてブロンズ色の彼女は女盛りそのもの。
なんと、シアトルで5日ゴルフをして、ベルビューで数日すごして、
最後はマリナーズの野球をみてたのしんだそうだ。
イチロウがでていなかったというから、スコットさんと同じ日だ、、、

 Kさんの引っ越した芝浦のマンションまで送って帰宅。
若い彼女を話していると元気をもらえるし、不思議な魅力の女性なので年下なのに、時にはお姉様みたいで、
すっかり話し込んだ一夜だった。
そのうえ、ずっとお野菜とうどんとか素麺だったので、久しぶりのイタリアンを満喫。
かえって少し元気になったようで、お腹ってやっぱり正直だ。
まだまだ元気の出るお食事って必要なんだ、、、、と、ふむふむ、、、、、

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(オードブルは鳥のサラダ)
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(二皿目のパスタには、今年お初の白トリュフをかけていただいて、、、、)
by pretty-bacchus | 2009-08-27 23:59 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback(1) | Comments(2)

十字架が 月より高し 秋の暮れ
2009年8月26日 水曜日 曇り

 どんよりした朝だった。
せみもないていない、、、ホントニ夏が逝ってしまったの、、、、
朝顔も咲いていない、、、、葉っぱもなんだか元気がない。

 昨夜はあまり寝られなかった。
人の死をまたまた考えてしまった。
避けられない人の最後なのに、それを考えるとどうしようのなくなることがある。
親しかった方が旅立ったあとは、いつも異常にそのことを考えてしまう。

 お薬をやめて三日たった。
熱はほとんど下がったし、お腹の痛いのもなおった。
先生は、少し運動をするようにとおっしゃったが、なかなか暑さの中では出る気にならなかった。

 夕刻、突然晴れて部屋に斜めに陽が入ってきた。5時35分。今日の日没は18時17分。
思い切って普段着のままカメラと鍵と携帯だけもって飛び出した。
蟬時雨の公園の向こうに今日の夕陽が沈み行くところだった。
ベンチが夕陽に焼けて輝いていた。
なんだか無性に歩きたくなった。
新宿区の標識が港区に変わり、道を渡って少しあるくと千代田区になる。
小さい坂を登って土手に出た。
夕陽はすでに雲の向こうに隠れてしまったようで、空が輝いていた。

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  (この坂を昇ると桜の土手へいたる、、、、)


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 桜の頃は人とゴミの土手も、今日はきれいに掃き清められて、京都の寺の庭のようにほうきの後がまだ残っていた。
遠くに老人が一人歩いていた。
この桜並木の土手は、私たちが学生のころはこんなに大きくなかったはずだといつも思っていたが、
掃除がされた土手の一角にあの石碑があった。
昭和三十九年(1964年)に、福田家さんの福田彰さんが、かつての真田濠の土堤に百本あまりの桜樹を
寄贈されたのだという。その後連翹も増植されて四十数年にわたり慈しんでこられているのだという。
春にはれんぎょの花と桜が見事に咲き競っているのは、こうした方々の思いがあったからなのだ。

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a0031363_16213671.jpg  (老木の肌は規則正しく、つやつやと美しかった)


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(4月三日の土手はれんぎょと桜が満開でした。)
 
http://keico.exblog.jp/8140031
日没を追いながら 桜に酔って
2009年4月3日 金曜日


 途中土手からおりて、懐かしのソフィアユニヴァーシティーの一号館をスナップ。
イグナチオ教会の十字架を撮ろうと思ったら、低い空に六日月が昇ってきていた。
教会の中をそっとのぞいたたら御ミサの途中のようで、そっと礼をして扉を閉めた。
トニーさんのことをお祈りしたかったのだが、、、、
少し裏にマリア像があったので手を合わせて外に出た。

ぐるりと歩いて、ポールでお茶をして帰宅、陽はとっぷりと暮れていた。
4936歩の散歩は病後にはちょうどよかったかもしれない。

 虫の音が静かに流れる夜、、、、
なんだか泣けてきて、泣けてなけて、、、、、

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  (夕闇に細い月がのぼってきた、、)

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by pretty-bacchus | 2009-08-26 23:59 | ♪Walking散歩坂道祭り | Trackback(1) | Comments(8)

さようならトニーさん、Toni Sailer トニーザイラーさんが亡くなった。
2009年8月25日 火曜日

English Here

 朝の一風はもう秋、、、やっと暑さが去り始めた。
その涼しい朝に、オーストリーのフリッツFritzさんから悲しい知らせが入った。
トニー・ザイラー Toni Sailerさんが亡くなった。
73歳だった。

 一昨年からガンを患ったが、ここ何ヶ月は元気になって活躍していると、フリッツさんから知らされていた。
一昨前に彼自身が喉頭ガンに冒されて、インスブルック大学病院で治療を受けていた。
「72歳になれば、そのような病気に一度はなるものだ。と
早く是非あいにきてといわれていたのに、行かれないでいたのだ、、、、。

 ここ数年だけあっていなかった。
トニーさんが日本にほんの数日だけくるときも、私たちがホンノ一日だけオーストリーにいくときも
必ずあって食事をしていた。
去年ガンであることがわかって回復したときも、
“シゲルケイコ、早くこっちにまたきてね、といっていたのに、、、。
“来年は一度たずねましょうね、、、、と話していたのに。

長いお付き合いだった。
日本スキー界の育ての親だった、西村一良さんのヨーロッパの視察にお供してからの事だったと記憶している。
(西村一良氏、初代SIA会長。2005年(平成17年10月 8日)永眠。享年98歳)

 卒業して商社で学んだあと会社を立ち上げて、スポーツ用品の輸入を主にしていた連れ合いが、
オーストリーのアトミックスキーを輸入し始めたのは1970年代だっただから、その頃からのお付き合いになる。
トニーさんはまだ30代後半、もちろん私たちはもっと若かった。
だからとっても可愛がって下さった。

開発&輸入総代理店をしていたので、トニーさんは、その販促にもよく来日していた。
「八ヶ岳ザイラーバレー」のプロデュースでは、トニーさんが現地を何度も視察して、スキーコースを造ったのだ。
彼はアトミック社のコンサルタントをしていた。
オーストリーでも日本でもスキーの神様のように思われていた。
日本向けの板のデザイン、販促、広報などすべてをまとめてディストリビューターのA社のスガワラさんと
現地で創り上げて試走してもらう。そんな時にトニーさんはいつも一緒だったという。

彼の滑降は華麗だった。
現地で一度、日本で一度みたことがあるが、唖然とするほどステキだった。
背が高いし、しまった細い身で、大きく回り込む斜面は動く芸術だった。
滑っている人があのトニーザイラーと知らないでも、人々は途中で止まって、その人の格好に見入っていた。

 彼がイタリア・コルティナダンペッツォ冬季五輪でのオリンピックで三冠王と獲ったのが1956年。
滑降、大回転、回転の3種目とも圧倒的な強さを見せて金メダルを獲得し、初の3冠王となったのだ。
お姉さんから借りた臨時のスキーの板をはいていたと話していたことがあった、

引退後はスキー界の発展に貢献したし、母国のオーストリアだけでなく日本のスキー界にも影響を与えていた。
スキーヤーとしてばかりではなく、文化人として多くの民間外交で活躍なさった。
青森県の大鰐村とトニーさんの村の近く、フリッツさんのラムソー村との姉妹都市のお祝いの時は、
大鰐村では村をあげての大変なお祝いとなってトニーさんをお迎えしたものだ。
ザイラーヴァレーや安比高原のスキー場でのプロジェクトでもいつも一緒だった。
コースでは彼の名前が残っている。

 映画スタートしても「黒い稲妻」「白銀は招くよ!」などの多くの映画にも出演し、日本にも多くのファンがいた。
噂になったことのある日本の女優さんや、ロミーシュナイダーとのことを聞いたことがあるが、
“ケイコ、あれは噂ですよ、わたしにはステキなオクサン(日本語でかれはこういう)がいるし、
それにケイコのようなステキな日本女性のフレンドがいますから、、、”といっていた。
そして、噂になったその日本の女優さんのことはあまり尊敬していなかったと思う言葉も聞いたことがあった。
日本女性として残念でムキになって抗議したこともあった。

 ゴルフがとても上手で、日本にくるときには、誰の招待をうけていいか、いつも少し悩んでいた。
オーストリア・キッツビューエルのトニーさんのお家には世界中からゴルフの招待状が来ていて
お父様が整理をしていたというし、いつも友人があつまっていた。
一時はオーストリーの大統領にと請われたこともあったと聞いたことがある。
(ご本人は、そんなつもりなないと言ってらしたが、、、)
85年にはIOCから五輪オーダー(功労章)が贈られていた。

 十数年前に、オーストリー大使館のご依頼で、主人の代行で Toni さんを、
日本のスキー発祥の地の高田まで連れて行って、記念式典に一緒に参列したことがある。
高田村に記念の銅像が建てられてその除幕式だった。
新潟県高田の陸軍歩兵連隊で、オーストリアのレルヒ少佐が初めてスキー指導したことによるのだそうだ。

地元の子供達を集めてのトニーさんのスキー教室が行われて、彼が優雅な滑りを披露した。
その美しいシュプールに全員唖然!
(その時の写真はどこにいったのだろう、、)
サインを求める子供達やファンの何百人もの列がきれるまで、彼は一人ひとりに話をしながら色紙にサインを続けた。
後で手がいたくなったといっていたのに、、、
トニーさんはほんとにナイスなハートの男性だった。

その時彼が使ったスキーは、日本スキー発祥記念資料館内の記念館に納められた。
トニーザイラーさんがサインをして(私の指紋もべたべたついているだろう!)
(わたしのマック内を検索したら1995年の事だった。デジタルの検索ってすごい!)
山形のあの資料館には、彼のサインとわたしのキスマークが入ったワンペアーのスキーがまだあるのだろうか、、、。

 彼は、ニューオータニ内の岡半さんや、浅草の「いり金」さんのお肉が大好きだった。
最初のころは遠慮をしてワインもあまり飲まなかったのに、親しくなってからは、
好きなシャンパンから始まって白、赤、アルマニャックと良く一緒に飲んだものだ。
ドンペリニヨンのロゼを一ケース車のトランクに乗せて国境を越えた話もしていた、
(その頃はきっと国を超えるときの本数制限があったのですね、、)

 還暦のお祝いの時は、彼の家に世界中から友人が集まったという。
招待をいただいたが、連れ合いだけが出席した。残念だ一緒にいけばよかった、、、、
いろいろの思い出はつきない、、、、ホントニ良い友だった。

 トニーさん!、あなたのあの笑顔にもう会えないのですね、、、、
あなたのあのステキな声はもう聞けないのですね、、、トニーさん、、、、
トニーさん、あなたはいつも私たちの心のなかにいます。

 告別式に飛んでいきたいが、それも出来ない。
思い出の写真を見ながらご冥福をお祈りしよう。
(マックの中に入っていたデジカメ事始めの頃のフォルダーにいくつも残っていた)

“親しい人が少しずついなくなってしまうね、、、、
連れ合いがぼう然としている。
夏の夜は長くなりそうだ。
トニーさんが好きだったサンテミリオンの赤ワインと、フランシスダローズでアデューの杯をあげようか、、、

~~~
デジカメ記録に残っている彼の写真を少しだけ、、、、

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(コンバンハ、、、と岡半さんの格子戸をくぐるトニーザイラーさん。
彼は左手の持っている紙包みはわたしへのおみやげだったのです!)

a0031363_2239859.jpg  (このとき初めて息子さんを連れて来日した)]

a0031363_2239298.jpg  (何を思うかトニーさん、、、、この三枚の写真は、ブログでは初公開の写真です)

a0031363_22395022.jpg  (食事を終わって、ニューオータニのロビーのお花の前で、、、、、、、)


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 (トニーさんに送ったカード、2001ではなくて2000年だった)

〜〜〜〜〜〜〜〜

 今年の1月にブログで書いたばかりだった。
来年には訪ねたいと思っていたのに、間に合わなかった。

http://keico.exblog.jp/7811600/
2009年1月12日 月曜日  <<<< click please.
スキー記念日にトニーザイラーさんとの思い出に浸って

このブログにアップした写真

a0031363_2314915.jpg  (2000年の1月にはご子息と一緒に来日なさった。200MのフジFinePix/DSCで)

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(夕食のあと、ロビーのお花の前ではいチーズ! 皆さんワインで少し酔ってましたね〜〜。


〜〜〜〜
youtubeでいくつかを見つけた。
http://www.youtube.com/watch?v=j9iM-kggL6k&feature=related
トニーさん
トニーさんの声が聞こえる、、、トニーさん、、、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜追伸:
関係者と連絡がつづいた。
オーストリーのフリッツさんが、弔電とお花の手配をしてくださることになった。
from Shgeru & Keiko, Masa & Yanbe in Japanを入れてもらうようお願いした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜 追伸2:
猪谷千春・IOC副会長が語っているそうです。
「無敵のスキーヤーだった。本当の天才。教養もあるし、紳士的な人で、長くお付き合いをさせてもらった。
数年前からガンを患っていると聞いていた。寂しくなる」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜 追伸3:
なんだかとってむなしい、、、
まだNHKとかアサヒコムのニュースになるまえに、ウィキペディアでは
<カテゴリ: オーストリアのアルペンスキー選手 | オーストリアのオリンピック金メダリスト | オーストリアの俳優
| 1935年生 | 2009年没>
となっていた。
by pretty-bacchus | 2009-08-25 22:51 | ♥Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback(1) | Comments(16)

志村ふくみの世界=生きて、織って、老いて、ここまできた
2009年8月24日 月曜日 晴れ

 朝の空気はもう秋、、、
ガラス戸をあけて深呼吸ができるのは嬉しいですね〜〜〜
オーシンツクツクは、最後とばから声を張り上げていてなんだか切ない朝、

あら朝顔は今朝も皆な向こうを向いていて、葉は枝の隙間からちらほら、、、、
軽いコンデジをもって思いっきり腕をあげてノーファインダーでカシャッ。

a0031363_1340122.jpg  (ピンがあっていませんね、、、)


 今週は少しゆっくりしたペースですごしましょう、、、と思います。
午後に久しぶりに洋子さんからお電話をいただいて、そのあと、
ふくみ先生とながながとお話しをしてしまいました。嬉しい〜〜!

不思議な女性です。
母ほども歳が違うすごい方なのに、なんだか友人のように思えてしまって甘えてしまえる方。
その凛としたまーるい声を聞くと、いつもは大きなパワーをいただけるのに、なんだか今日はほっとして
少し疲れがでたのは、わたしのパワーが充満してないからなのでしょう、、、
なんだか深い劣等感の世界に浸っていたら、
 ピンポン〜〜、宅急便は文化出版局青戸さんからで、季刊「銀花」夏号。
この春に京都の先生の工房に取材に入らして素晴らしい特集となっていました。

季刊「銀花」からa0031363_1343813.jpg



生きて、織って、老いて、ここまできた
●生きて、織って、老いた・糸の詩人、志村ふくみの世界……
 染織家は、草木による染色を極め、紬織りによる独自の“表現の道”を拓いた。
●糸と向き合いながら思索を深め筆を執り、心豊かな人々と交情を重ねる、
 八十四年のひたすらな人生をたずねる。...
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 少しお散歩のつもりで出かけて、大川さんにいってしまいました。
久しぶりの粗挽きそばがおいしい〜〜〜!
でもまだ食欲がいまひとつ、、、、
なんだかメランコリックな夜となりました、、、、。

More>>白夜に紡ぐ他
by pretty-bacchus | 2009-08-24 23:59 | ♥Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(0)

ネガとポジでの巴里の思い出はFUJIFILM TX-1 で
2009年8月23日 日曜日 晴れ

 静かな朝だ。
カーテンをあけて朝の様子をみる、
朝顔は向こうをむいて咲いている。
借景の木々の蝉の合唱に耳をかたむけているよう、、、、、。

ガラス戸をあけたが、む〜とした熱い風はない、なんとなくさらりと涼しい風が入ってきた。
ミンミン蝉の声が少なくなった。
時は静かに動いているのだ、、、

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 少しよくなったが、まだ本格ではないな、、、という感じ。
それでもお昼はお素麺と、佐渡のお野菜をいただいた。
≪金鉱が存在した土地の地下水≫で育ったお野菜で、ゴールデンパワーが潜んでいるのだそうで、
ほんとに力がだんだんわいてくるようだ。
土壌も水もたしかに大切だから、金鉱はミネラルパワーがいっぱいなのだろう。
ミネラル、マグネシュームなどは、自然治癒力のもとになるもの、、、この時期にこうして偶然に
送っていただいたお野菜で力を得るとは、人のご縁とは嬉しくありがたい。
デザートは、まりさんのお母様から神川の梨「幸水」 さくっと噛むとほのかに甘くジューシー、
なんて美味しいのだろう。やっぱり粗おろしより、この方がいいな、、、

 まだ無理をしてはいけないといわれているので、暑い中の散歩はやめて、家でぶらぶら、、、、、
病が癒えると何かをしたくなる、、、、去年の12月の巴里の写真の整理を少しすることにした。
2008年12月の巴里

 前回は全部デジカメの予定だったのだが、どういうわけか出発前になって突然
FUJIFILM TX-1 / フジフィルム TX-1をもっていきたくなった。
10年前のフランスの取材で一度だけつかったまま死蔵していた機種。

TX-1は1998年 9月に富士フィルムがハッセルブラッド社との共同開発によって発売した 35mm判フィルムを
使用するデュアルフォーマットのレンズ交換可能レンジファインダー式カメラ。
1本のフィルムでライカ判と24×65ミリというパノラマ写真がレバーの切り替えだけで撮り分けられる.
その年の10月には、エールフランスの機内誌の取材はロワール河流域の城とワイナリーが予定されていた。
カメラの発表を知って、瞬間思った。あのシュノンソーの城をパノラマで撮りたい!
#IMAGE|a0031363_1830038.jpg|200908/24/63/|left|800|533#]




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ヨドバシに現物を見に行った、重いし大きい!それに高い。
レンズ付きで1キロ近かったが、そのチタンゴールドの美しさにも負けた。
結局、重いコンタックスSTやRX、さらに
コンタックスG1/G2+hologonの上に、この重いFUJIFILMTX-1が旅に加わった。

 結果は上々で、わたしの取材の役目はワインルポルタージュの4ページの頁なのに、
シュノンソーのパノラマ写真をトップに使い、文章の書き始めは、その城を巡るフランソワ一世と
六人の女性の物語から始めてしまった、
という思い出の機種。

 でも、去年の12月の巴里ではほんの数本を撮っただけだった。
久しぶりのネガを一本とコダックのポジを3本の現像をプロラボにあずけたまま最近まで取りに行かれないでいた。
同時CD書き込みを頼んだのだが、パノラマを書き込むにはやたら高いそうで、
結局35ミリ番でスキャニングがされていた。
パノラマのつもりでシャッターをおしたものの真ん中だけを機械的に切り取られたのは、どうもいただけない、、、
まあ、でも、なんだかなつかしい色と冬の巴里だ、、、、。

でも、ほんの8ヶ月前なのに、もうずっとずっと昔のことのような気がする。
いやな思い出と高い熱のせいかもしれないが、、、、。

 どうもピンが甘かったみたいだ、
CDからマックに移しして、フォトショップでトーンカープを少しいじってみた結果。

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トーンカープに手が滑ったとたんに面白い色になったので、、、、
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More>>>TX-1の開発
by pretty-bacchus | 2009-08-23 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(0)

ゆっくりと日曜日
ご心配をおかけしました。
とっても良くなりました、沢山のご心配と応援をありがとうございました。
by pretty-bacchus | 2009-08-23 22:00 | ★Hospital 病院、病い、お洒落 | Trackback | Comments(4)