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祭日の 朝はみそ汁 祖母の味
2007.04.30 月曜日 晴れ きれいな朝

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 寝室のカーテンから入る光がきらきら輝いている。
煌めいている。(須賀敦子さんはこの漢字をつかっていることはない)

 鳥たちが鳴いていてなんだか早起きをしたくなった。
というより、昨夜の就眠儀式の本の、須賀敦子さんの「塩一トンの読書」を読み続けたいのだが、
横になって読むのがなんだか申し訳なくなっていたので、本を抱えてパジャマのままリビングルームへ、
そしてまずマックの机に。
この休みは仕事のことは考えないにしようと決めていたのに、やはり朝のメールのチェックは
習慣になってしまっている。

 リビングのカーテンを明けると、昨日よりなお一層のあおい緑の風が動いていた。
一斉に雀たちが遊びにきた。今日の雀たちのなんと元気の良いことか、
カップルになって蝶々のように木から木へと跳び遊んでいるのもいる。
なんとさわやかな朝なのだろう。
空も綺麗だ。東京の朝が一番綺麗なのは車が少なくたったゴールデンウィークの頃だと
いわれるのも納得だ。

 ここ数日は毎日朝のご飯とお味噌汁を作っている。
煮干しでお出汁をとるのは祖母の朝のお味噌汁。中身の定番はお豆腐とかワカメだった。
おかずはお野菜と卵焼き、納豆があったり干物があったり、あとは糠味噌のお漬け物と梅干しだった。
おばあちゃんのお味は今も我が家に伝わっている。

 パリの友人が帰国しているので、今日の予定は変わりそう。

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冬を枯れずにこした朝顔のツルからは新芽が出始めた。

by pretty-bacchus | 2007-04-30 09:09 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(0)

緑煌に雀と遊ぶ日曜日 (読書いろいろ)
2007.04.29 日曜日 晴れ

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 ぐっすり寝られて小鳥の声で目が覚めた。
午前六時、、、、、さてどうしようかな、って思ってごそごそ、、、、、
日曜日なのだからもう少し床の中でぬくもっていたい。
就眠儀式の枕元の今週末の本三冊は無惨にも右と左に開かれたままだから、
昨夜は無意識で電気を消して寝込んでしまったのだろう。
久しぶりの撮影の旅の疲れが残っていたのだろう。歳だ!

 今週末の本は、須賀敦子「塩一トンの読書」
鹿島茂『パリ時間旅行』 とルドルフ シュタイナー の「芸術の贈りもの、高橋 巌 (翻訳) 。
いずれも以前に買って、パラパラと読み、読みたい本の積んどくの本の束に置かれていたのを抜いた。
須賀敦子さんは大のファンで、最初の「ミラノ霧の風景、依頼ほとんどを読んでいるが、
この題目は始めてだった。
帯には、”人生のいくつかの場面に途方に暮れて立ちつくしたとき、私を支えてくれたーー
好きな本たちと好きな作家たち” とあり昨年末に求めてあった。

 題名の“塩一トンの読書”は、須賀さんが若いころにイタリア人の義母から聞いたとことばだという。
“ひとりの人を理解するまでには、すくなくも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ”。
一トンの塩を舐め尽くすのには、長い長い時間が必要だし、嬉しいことや悲しいことを、
いろいろといっしょに経験するという意味なのよ、と他愛無いうわさ話をしているときに言われた
この言葉のとおりに、須賀さんが人ばかりでなく、本と長いお付き合いして生まれた書物と作家をめぐる
エッセイ33編の文章からなっている。

 十数年ぶりに少しゆっくり出来る(であろう)ゴールデンウィークの何日かを読書三昧で過ごしたいものだ。

 起きてきてカーテンをあけたら雀たちがわ〜〜〜とベランダに集まってきた。
借景の緑はまた一段ときらきらと輝き始めた。
久しぶりに生で、日曜朝の「趣味の園芸、が見られる。今日はクレマティス。
とおもってベランダをみたら、なんとほっておいた鉢から伸びていたクレマチスの蕾ができているではないか、、、
お〜〜〜嬉しい! (カシャ)

 飛行機が飛んでいる音がする、、、教会の鐘が鳴り始めた。
真っ青な空と、緑にむかって大きな深呼吸をして、さ〜〜〜あ、一日の始まりだ。
 
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by pretty-bacchus | 2007-04-29 09:47 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(0)

緑の葉 早まる夜明け 追いかけて
2007.04.28 土曜日 白々とあけてきた

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 この時期は朝があけるのが日に日に長くなる。
緑の成長と追いかけっこをしているようだ。
今月初めには5:29分日の出、日没が18:03分で、昼時間は12時間34分だったのに、
今日の「暦、をみると
4:54分日の出、日没が18:25分で、昼時間は13時間34分で一時間も違うのだ、、、、

 あれれ〜〜〜そろそろ外が明るくなってきた。
鳥が元気に鳴き始めた。
緑が昨日よりさら〜〜〜に綺麗になっている。
初夏っていいな!

今日は少しゆっくり出来ると思ったら、早速昨日の写真の整理で徹夜をしてしまった。

少し休んでこん週末はベランダの手入れをしよう。
http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm

暦の日の出時間の50分後の5:44分に、ソファーに座ったまま右手に見える借景の緑を撮る。
E-410の試写
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by pretty-bacchus | 2007-04-28 05:30 | ◐Nature空,海,夕陽,緑花,鳥蝶 | Trackback | Comments(2)

オリンパスE-410試写
2007.04.27 金曜日 晴れ

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 さすがに今日は足がいたい。
あの階段をよいしょよいしょと登ったのだから、、、、、、
でも疲れた感じではなくて、なんだか心地よい痛み、やっぱりいつもいかに運動不足ということか、、、

 手元にある間に少し使おうとオリンパスE-410を持ち歩いている。
世界最小一眼レフというだけあって小さく軽くて、書類バックにも入るので、これはなかなか良い。
立ち上がりやライブビューの切り替えの時の音や、いくつか気になる所があるが、始めての
ライブビューの便利さを楽しみながら研究中。

 緑の若葉が一刻いっこく色ずく借景をスナップ。
遥かにしずむ夕日をエンジェルのカーテン越しにカシャッ、、、、

なんだか少し明るさと彩度がかけるような気がするが、自然の感じでよいのかもしれない。
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by pretty-bacchus | 2007-04-27 23:59 | ◐Nature空,海,夕陽,緑花,鳥蝶 | Trackback | Comments(0)

ウグイスと 緑の波や 羅漢道
2007.04.26 木曜日 晴れ

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 久しぶりの晴天気!
ほとんど寝ずに出かけることになった。
急に決まって青山プロのお供をすることになった。
鋸山にある日本寺の取材のお手伝い。
 青山さんとは、エールフランス機内誌の仕事で、フランスのいくつかの地方の取材撮影旅行で、
ご一緒しているので気心がわかっているから、阿吽の呼吸で同行できる嬉しい友であり写真の師匠。

 東京から2時間で到着した鋸山は、緑にむせかえっていた。
雨上がりのせいか全山緑のグラデーションが輝いていた。

 鋸山の山腹に広がる日本寺は725年、聖武天皇の勅詔をうけて開かれた、関東で最も古い勅願所と
いわれている。昭和14年の火災で本堂などはほとんど消失してしまったのだという。
数十年かかって復興が行われて今も続いている。
31.5mを誇る日本一の大仏や、千五百羅漢、石仏などで有名であり、参道は御影石で
2,639段あり日本で2番目の長さ。

 緑一杯の山道は季節の花々が咲き乱れ、豊かな山野草が路肩に顔をだして自然の豊かさが一杯!
鶯がず〜〜と鳴いていた、、、、、
一眼レフを二台首からかけて、大きく深呼吸をして緑の風を吸いながらカシャッシャッ、、、、、
最近はポジではなくデジカメなので荷物はとても楽になったが、久しぶりの撮影の旅、
それも寝不足だったので、地獄のぞきの頂上まではいかれれず断念。
祖母はその昔90歳の時に頂上まで、それも今のように道が整備されていなかった時に、昇ったと
聞いていたので、私のだらしのなさにとほほ、、、、

 帰路の車窓からの夕陽は、これまた素晴らしく、この一日に感謝して手を合わせた。
夕食は青山さんのお誕生日を祝って乾杯!
疲れたがとっても充実した一日だった。
http://www.town.kyonan.chiba.jp/nokogiriyama/nokogiriyama.htm

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by pretty-bacchus | 2007-04-26 23:59 | ♢Journey inJapan国内旅の記録 | Trackback | Comments(0)

つづき、オンリーイエスタディーMemoires du Voyage-Arabu
2007.04.26

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 最近経済誌でもテレビでもアラブ首長国連邦(UAEA)の話題がつきない。
日本企業の進出が急速に進んでいるという。
阿部首相も訪れることになっている中近東の重要な国だ。
この時代に、期待と不安が相半ばするという記事は、私にとってはなんだかとても遠いような気がする。

 私がかの地をおとずれたのは、なんと二十五年まえになる。
当時の現地の新聞が残っていたので、なんだかとってもなつかしく思い出している。
(THE GULF NEWS 、1982年3月13日 土曜日のアブダビの新聞)

 エールフランスのホテルチェーンであったホテルメリディアンチェーンの日本代表としての仕事で
中近東のホテルのマーケッティング&セールスにでかけた折の現地の新聞。
第一代代表の原滋さんが二年でしりぞかれ、その後がまに、
こともあろうか女の私にお鉢が回ってきたのだ。
とても無理だし女だし(当時はそういう時代でした)と辞退を重ねたのだが、人事部長におしきられた。
そのうえ連れ合いはなんと
「面白い経験だからしてみたらいいよ、とのたまわったのだから、
かなり跳んでいたカップルだった(のだろうか)
(その十年前パリ駐在員に出た時も、そういったのだ。
そして当時としては全く異例の逆単身赴任で、私は多くの人に万歳で送られて羽田空港を発ったのだ)

 突然に放り込まれたホテルチェーンの仕事の辞令を受けて、数日後にはパリの本社で面接を受けていた。
マレスコ社長の最初の質問は、「今度のミッテラン政権をどう思いますか? であった。
日本語だって答えられない内容なのに、フランス語で言えるわけはないではないか、、、、なんて
思いながら、わからないままに、「機内の新聞で読んだのですが、フランスに新しい風がふくと思います、
というような答えをした。
これがよかったのだと、かなり後から聞かされた。
フランスのチェーンのそれも国営会社の代表として仕事をするときに、政治的なことは自分の意見を
あまり言わない方がよいらしいことも後で教えられた。

 早速に出席した本社の会議でも目を白黒ばかりであったが、誕生したばかりのフレンチタッチと優雅な
ホスピタリティーを売りにして世界中に進出しはじめた憩いの場所の仕事におもしろさを感じ始めたのだ。
ちょうど日本航空のJALホテルシステムも同じ時期に出来ていた。1981年のことである。

 ホテルメリディアンチェーンは、その当時発展途上にあって次々を世界中にホテルを建設し始めていた。
知名度ゼロのフランスのホテルにいかに日本人を送るかが私の仕事だった。
パリやツールやニースが比較的うまく運び出した頃に、クウェート、アブダビ、ドバイ、シャルジャとつづき、やがて香港、シンガポール、ニューヨーク、ヒューストンとたてつづけにオープンした。
東京にも業務提携のホテルができた。(パシフィックメリディアン)

 それから六年間私は休む事なく世界中をまわることになった。
航空会社で足があり、ホテルで宿があるということは、多くの可能性を持っていた、
マーケティング&セールスには飽き足らずに、日本とフランスの文化交流にも多くの時間をさいた。
しかし、中近東の仕事は少々勝手が違っていた。
パリやニューヨークや東南アジアならともかく、中近東は今でもそうだが、当時女性が、
それも日本女性が一人で出張に出かける地域ではなかった(と思う)。
黒いスーツと黒いアタッシュケースを新調して、ビザを取って、一人旅立ったのは
1982年のまだ肌寒いころだったと記憶している。

 アブダビの空港では日本航空の有賀さんが出迎えてくださってほっとしたのもつかの間、
現地のスタッフが迎えにきてくれて税関の向こうに見えているのに、何人もの質問を受けて
通過できたのは小一時間かかったのを覚えている。
日本からの女性一人(それもうら若き細い)というのはそれほどめずらしかったのだろう。
現地の街の女性はまだ黒いベールをかぶっていた時代であったのだ。

 当時現地にはすでにインターコンティホテルも、ヒルトンホテルなどがあった。
アブダビとシャルジャのメリディアンは出来たばかりであった。
現地のホテル全部を訪れて、その施設とホスピタリティーとかのソフトを含めてみて歩き、
日本人の目で見て本社にレポートを書くのも仕事の一つだった。
(今のようにPCは進歩していなかったから、帰国してからタイプを打つことになる)
それらのホテルと比較して、メリディアンのホテルをどういう風に販売促進していったらよいかを
研究しなければならなかったのだ。
五十度近い炎天下を現地スタッフと一緒に何日かを歩いたものだ。(もちろん車で)
ドバイ、アブダビ、シャルジャの紹介の、アラブ首長国連邦のホテルメリディアンチェーンの
オープニングパーティーに出席して私は着物姿で日本語と英語を混ぜて挨拶をした。
外務省からの中山大使や日本航空の有賀さん、現地の商社の方々も出席してくださった。
鹿島建設のの石川六郎さんもいらしたと思う。
ホテルのオーナーはアラブ人だが、ケンブリッジをでたナイスガイで、引き連れていた女性たちの美しかった事がとても印象に残っている。
なんと翌日は、「こんなことは始めてだ! と現地の人々が驚いたほどの大雨で、
シャルじジャへの砂漠が水で溢れていた。
そして翌日私はまた一人で隣国クウェートへ旅立った。

 その後も海外への出張は続いた。
フランスの本社の多くは女性が活躍していて、日本人だからなどといってはいられらなかった。
ホテルメリディアンチェーンの60カ国のインターナショナルミーティンがあると、
その代表の三分の一は女性だった。
(その時期くらいから世界中で女性の進出がはじまったのかもしれない。
日本では女性が23時以降働くのが禁止されていた時代だ)

髪の毛を何十本もの細い三つ編みでかざったアフリカの女性もいた。
ある時などは、一週間ホテルにカンズメで朝から晩まで会議会議で、夜はオフィシャルディナーがつづき、
朝遅れたりすると、その人のポジションが次にはなくなるといわれていたほど厳しい会議だった。

 東京ではエールフランスのオフィスの一部屋で、少ないスタッフで私は365日休み無し、
毎日真夜中まで頑張った。
夜景のおじさんが一時間おきに回ってきてくれるのがとても心強かった。
(男女均等法なんといる労働規則なども無い頃だし、そんなことはいっていられなかった)

 海外出張は年十数回、その後のレポート提出、エージェントさんへの営業、接待、
海外からのお客様との会議などで私はほとほと疲れ始めていた。
東京オフィスは、アジアパシフィクオフィスをカヴァアーする重要なオフィスとなり、
さらに発展の時期にあり、なんとそのポジションをほしがる男性が何人か出てきたのだ。
そしてセクハラ的な言動も出てきた。

 ちょうど六年がすぎたある日、私は突然辞表をだした。
それもPAC=プランダクションコメルシアルという年度始めのエールフランス本社支社、
子会社を含む戦略会議で、フランスの本社からも何人もが出席していた年に一度の会議でであった。
辞表を用意していたが最後まで逡巡していてのだが、
やはり自分を抑える事が出来なかった。(若かったのだな〜〜〜)
会場となった箱根のホテルの帰り道は雪で覆われ、富士山がことのほか綺麗だったのが、
昨日のことのように思い出される。

 突然体の力が抜けた。そしてその二日後に入院して大きな手術を受けた。
多分ストレスと過労とかいろいろで私のお腹の中には大小18個もの腫瘍ができていて、
四時間半の手術を受けて、その全てを摘出したのだった。
「あと二日遅れていたら腸内で爆発して命がなかったかもしれなかったよ、
と麻酔が切れるまで付いていてくださった、主治医の高山先生は微笑んでいた。
そして先生は母には、「強いんですね、とおっしゃったそうで、
母は大変な手術に耐えて強い子だったと思ったのだが、先生は麻酔がなかなかきかなくて、
酒がつよいのですね、、、、という意味だったらしい、、、、。

 大変であったが、しかし充実した二十三年間の仕事人生だった。
エールフランスのパリ駐在員の四年間とメリディアンへ出向の六年間をふくめて、
二十三年の年月は、時代と共に燃焼した若さの時代だった。
「女性の進出の先駆けでしたね、「キャリアウーマンのスターでしたね、
と多くの方がいってくださるが、別にそれを意識していたわけではない。
その時代の与えられた、そう、ありがたくも与えられた仕事を必死で頑張り通しただけである。
それは多くの人々の支えがあったから出来たことなのでもある。

そして、あの時代に突っ走った経験があるからこそ、今の私が、今の友が、長く続く世界の輪が、
現在の喜びも悲しみもあると思っている。
オンリーイエスタディー であるような錯覚に陥るが、もう四半世紀もまえになるのだ。

 多くの方から惜しまれて一つの第一の仕事人生に終止符をうった。
ゆっくりした人生を送ろう。晴耕雨読の人生をと考えていたのに、しかし私の激動の人生、
ドラマティックな人生が、まだまだつづくことになるとは神のみぞ知ることであった。

  アラブ首長国連邦のニュースをみていて、なつかしく昔を思い出している。
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なんと細かったか〜〜〜
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  あのころグーグルアースがあったら、旅はもっと楽しかっただろうな〜〜〜

~~~~~~~~~~~

http://keico.exblog.jp/5626037
想い飛ぶリラの花咲く巴里のころMemoires du Voyage-Paris 2007.05.22火曜日 
by pretty-bacchus | 2007-04-26 03:33 | ♢Journey海外82中東アブダビク | Trackback | Comments(0)

四半世紀 昨日の如くか夢なりか
2007.04.25 水曜日 雨

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 雨の朝、、、寒い!
緑がまたあおあおとして眩しい!
朝のうちに仕事をおえてお茶、
今日は一日家でゆっくりしよう〜〜〜って決めたら早速写真の整理だ。
事務所から大量の昔の写真や書類も持って帰っているので、まず段ボールをあけてから、、、

 とま〜〜これがいけなかった。シュレッダーにかけられなかった諸々が出てくるわ出てくるわ、、、
なつかしい昔のレポートや記録、そして写真や自分が載った新聞記事などがでてきて、
整理はもうだめ、、、どっかりと座って昔懐かし、うるるんるんだ。

 書類の間からこぼれた写真にうわ〜〜〜
さっきテレビで見ていたアラブ首長国連邦で仕事をしたときの新聞だ。
THE GULF NEWS 、1982年3月13日 土曜日のアブダビの新聞だ。
中山大使とJALの有賀支店長の間のほそ〜〜〜い女性は誰有ろう私自身。
目をつぶってしまっている、、、、

 四半世紀前の記憶が蘇ってきた。
年をとった証拠だな〜〜〜昔のことが懐かしく思われるのだから、、、、、

 さ〜〜今夜は新潟の友人から届いた海の幸で夕食としよう。
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by pretty-bacchus | 2007-04-25 21:39 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(0)

イタリア料理教室第二回(クチーナジャンニ)
2007.04.24 火曜日 曇

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 今日は、先月に引き続き、(http://keico.exblog.jp/5234927)
イタリア料理教室の取材のお手伝い。
今回も友人編集長は超多忙で、むずかしい分野の取材をしてらっしゃるので、食とワインは
私が、、、と。
、、、というか試食が嬉しくて、この仕事をかって出ているのかもしれない。

 三月に東京タワーの見えるモダンなデザイナースマンショの7階にオープンしたイタリア料理、
クッチーナジャンニは、まだ一月半というのに、連日お客様がたえないようだ。
六席と三〜四席の小さなお店。
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週の前半はお料理教室で、レストランとしてあけるのは木金土の三日だけ。
それも貸し切り希望のお客様が多いというから、やはり仲間だけでリラックスしてイタメシとか
ワイン会とか好みのお客層が多くなっているのだろう。

 今日のお勉強も四品とワイン二種類
四月のメニューは
☆INSARATA PRIMAVERA ALLA MILANESE, 春野菜のサラダ  ミラノ風
☆BUCATNI ALLA AMATORICIANA ブカティーニ  アッラ アマトリチャータ
☆COTOLETTA ALLA MILANESE,豚ロースのコトレット
☆PANNNACOTTA パンナコッタ
(詳しくはあとで少しレポートしよう、、、)

 


 私がフランス料理をお勉強したのは何十年も前なので、その頃にはなかった機材,いやお鍋とか
イタリア独特の香辛料とか、世界中日本中から入ってくる珍しい食の素材のことも学べて、
なかなかおもしろい。
私は、とんでもない質問をして若い方々に笑われたりしているが、それも又よしだ。

 定員四人のうち、お一人は始めての方で佐左子さん、イタリア料理教室をいくつも経験がある方で、
手さばきも慣れてらっしゃるし、お片付けも早くて、さすが〜〜!
他のお料理教室との比較の話もおもしろかった。

(お料理の写真は慣れないE-410でISO800で絞り優先で試してみた。
軽いので首に書けても気にならずにカシャッと、しながらメモも取れる)
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   今日の食材が並べられている。旬の食材とか、どの地方からとかの説明も。
コトレット アラ ミラネーゼは普通は仔牛なのだが、今日は豚で霧島ポーク、白アスパラはボルドーではなくて、、、
ええとどこだったかな〜〜〜オランダかペルーだった。
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  オードヴルのサラダの食材が鍋に。火加減とかも勉強になる。
マンションの一室なので、ガス台はプロ用でなく普通の家庭の火力だという。

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  サラダが出来上がって、薫さんが最期に胡椒をふってできあがり。佐左子さんは次の準備を、、、、
ここでまず試食が始まる(うれしい!〜〜〜)

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   パスタの仕上げはやはりシェフが、鍋を見事に動かしている、、、

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 メインの
コトレットの準備のムッシューとシェフ。

ムッシューも試食が目的でしぶしぶ教室に参加したのだが、今では喜んで愉しんでいる!
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出来上がり〜〜〜。
このお料理のこつは、パン粉を細かくフードプロセッサーで挽いておいて、なるべく薄めになるように衣をつけること。

(うへ〜〜台所の奥をごそごそ探してプロセッサーの洗から始めなければ、、とぶつぶつ言ったら、
薫さんも「そうですよね〜〜、と、いつものなんとも麗しい声で合唱してくださった。)


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デザートのパンナコッタの出来上がり! これが又美味であった。
ふれなばぐらりと崩れそうでくずれず、スプーンで舌に運ぶ時は至福の時!

 というわけで本日の体験の感想は、
お料理は材料と火加減と創り人のハートといただく人との心の交流と感謝が大事と言うことを再認識した一夜でありました。
by pretty-bacchus | 2007-04-24 23:59 | ♥Wine & Dineワイン&食事 | Trackback | Comments(3)

活字中毒の週末
2007.04.23 月曜日 曇

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 週末には数冊の本がソファーと枕元におかれる。
積み上げられた本の上に置かれるからぐらぐらとゆれたりする。
翌日早起きをしないで良い時は、なおのこと心が騒ぐ、、、、

先週は、吉行淳之介と篠山紀信の、「ヴェニス 光と影」,
見城徹さんの「編集者という病、岡野宏さんの「一流の顔、
若月伸一さんの「ヨーロッパ天使の旅、などなど、、

 違ったジャンルの本を、いくつか一緒の時期に読みのは習慣になっているから、
右手がのびて、左手がのびたり、あるいは枕の向きを変えると違う本になったりする。
でも集中するとず〜〜と同じ本を同じ姿勢で読みふけってしまうから
エコノミークラス症候群的になって体がしびれてしまうことがある。
吉行淳之介と篠山紀信の、「ヴェニス 光と影」は、死からはじまる淳之介の文は最後まで
陰のままだったが、最後の二人の対談でその理由がわかりなんだかホッとした感じだった。

 見城徹さんの『編集者という病い』太田出版、は、読み始めたらやめられなかった。
角川で本の仕事をはじめて、幻冬舎を設立してすぐから、たて続けにベストセラーいや
ミリオンセラーをいくつも出している出版編集者とは知っていた。お寿司屋さんで何度か
お見かけした事があったがお話はしたことはなかった。

すごい! の一言。驚きの連続だ。
自分が好きだと良いと感じる音楽家と人生のひと時を共有して、尾崎豊の「復活」を献身的に支え
本という読み物にしてしまったり、好きな作家にとことんつきあって村上龍とテニスに明け暮れたり、
中上健次とゴールデン街で文学論を闘わせたり、多くの作家と作品を一緒の気持ちで生み出している。
その過程ではとことん飲み明かしたりと、まさにカリスマである。
かかわり合った多くの作家たち、出版界のこと、対談ももちろんおもしろいが、
まだ五十代後半の彼が、随所で語る人生論は出色である。

そして、「オンリーイエスタディー あとがきに代えて、のなかで沢山の友に感謝しているのがなんとも素敵だ。
「僕が生涯で勝手に恋した九人の女性たち。あななたちにほめられたくて、
ぼくはここまでやってこれたような気がします。この本をあたたたち九人と我が母に捧げます。とある。
そして、そのゲラ読みの途中で大きな事件がおきたという。
どんな事件が起きたのだろう、、、(と自分のことの重ねて考えてしまった一夜であった。)
それもオンリーイエスタディー として思い出す時が、やがて来る、とする彼の感性。

 へたな小説よりもより小説的な一冊でもあった。
ふと
こんな男性に恋をされたらどうなってしまうかしら、、、なんて考えてしまっている私に苦笑!

 さあ、今週末はどんな本に呑み込まれるのだろうか、、、、
============
「幻冬舎」と「太田出版」の不思議な友情
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20070314

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by pretty-bacchus | 2007-04-23 23:59 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(0)

新しき 機のモデルとなり 若楓
2007.04.22 日曜日 曇

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 オリンパスE-410試写

 三ヶ月だけ手元に置けることになったオリンパスのE-410.
一眼レフとしては世界最小、最軽と名うたれているように本当に小さく軽い。
E300と比べると、なんだか調子抜けがするほどに小さい。
ついているレンズも軽くて小さくて使いやすそうだ。
最短距離も27センチというから、かなりマクロ的にもつかえるかもしれない。

最近は16X9のフォルムが気にいっているので、普段はパナソニックのLX2をバックに入れ
持ち歩いているが、これからしばらくはこのカメラをつかってみよう。
いやいやオリンパスの軽いバックも気に入ったので、これに両方をいれて持ち歩こうか、などと
楽しい考えが回り、一人にやにや、、、、、
この機会をくださった友に感謝深謝!!

ソファー脇には、ズームレンズがついたニコンD200がおいてあり、横着に望遠でカシャッとしたりする。

早速に試写、、、、まずは 明け方の借景。大分新芽が出てきた。
おや、、、どうもシャッターラグが気になる。
オリンパスははるか昔に、オリンパスペン(なつかしい〜〜〜〜)とOM-1をつかったかことがある。
デジタルになってからは、超広角のレンズを使いたくてE-330を昨年のイタリアの旅にもっていったが、
どうもこのE-410のシャッターの感じがあまりにも違うような気がする。
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   集合住宅中庭の若楓も緑いっぱい。緑の色が自然だ。
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E300よりも緑が落ち着いて写るようが気がする。
    

        ライブヴューを使ってファンダーをみずに下の方からカシャッ!
   
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   奥の方の緑を+3露出補正をして
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by pretty-bacchus | 2007-04-22 22:09 | ♠Photo,Mac写真/カメラ/マック | Trackback | Comments(0)