カテゴリ:♧Journey海外2001仏イタリア( 7 )

誕生日に巴里セーヌ河畔の桜のコンタクトプリントを愉しんで
2014年7月15日 火曜日 曇り

 静かな誕生日だった。
体調がいまいちだったこともあるが、一歩も外に出ずに静かに一日が過ぎていった。
こんなふうに歳をとるのだろうかと、いつもより寂しさが深いのは誕生日で一つ歳を重ねたからだろうか。

 銀塩時代のデータ化は遅々として進んでいないが、忘れていた新しい発見があって、
いまさらのようにフィルム時代の愉しさを思い出している。

 前世紀の最後の十年ほどは海外への旅立ちでの空港のチェックが厳しかった。
チェックドバッゲッジに入れておけばフィルムへの影響があまりないと言われていたが、
高感度フィルムはいつも手持ちで持っていくことになった。
エールフランスの機内誌<BON VOYAGE>の二週間ほどのフランスの取材になると
わたしでも数十本のフィルムを持って歩いた。
旅の終わりのほうになってフィルムの数が少なくなってくると、なんとなくシャッターを押すのを
節約してしまうことがあったりする。
逆に夕方に雲行きが怪しくなり、明日は雨という予報だったりすると、
まだ半分位しか撮っていないフィルムを今日中に使い切ってしまおうと思ったり、、、。
そんな様子がポジの上に現れているのが沢山ある。

 旅から帰ると現像所にだして、まず、べた焼きコンタクトプリントにしてもらう。
ライトテーブルの上でチェックしながら旅をふり返るのはなんとも愉しいものだった!
当時はコンタックスのカメラで露出ブラケッティング機能を使っていたので、
一本のポジ&ネガには十数カットがある。
気に入ったカットを2Lか六つ切りに焼いてもらう。
ボンカラーさんには専任の焼き手の方がついてくれていたので、いろいろお世話になって
覆い焼きなどもお任せでお願いしたりしていた。
なつかしい銀塩時代だったな、、、。

 今回のデータ化の一本一本を日付の順にフォルダーにいれて、時間があるときに整理を始めると、
その旅の様子が甦ってくる。なんとも愉しいひととき!
もう二十年近くまえのもあるのに、脳って不思議だ!

 今日の一本は、2001年4月20日のノートルダム寺院の十数カット。
コンタックスG2にホロゴンでの撮影だろう。
モンテベロ通りの友人のアパルトマンにお世話になって数日を過ごしたのだ。
この数日後に目に異常をきたし、帰国後ゴールデンウィーク明けに、突然の緊急手術となって、
右目の網膜はシリコンでつられてガスがいれられ、数年飛行機に乗れないことになろうとは神のみぞ知る。

 健全な二つの眼で見た最後の巴里の桜となったのだ。
こうして写真に残っていてとっても嬉しい。写真っていいな! って、
またまた思い出にふけっている誕生日。

(20 April 2001 Paris)
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(夕陽のセーヌ河畔へ下りる階段が写っている)

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(ノートルダム橋を渡るとケ・ドゥ・モンテベロ。友人のアパルトマンは歴史建造物に指定されている建物の四階だった)

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(アパルトマンの軒下が少し見えている

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(ブキニストは一軒も開いていない、、、)

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by pretty-bacchus | 2014-07-15 23:58 | ♧Journey海外2001仏イタリア | Trackback | Comments(2)

2001年4月1日のノートルダム寺院の桜
2014年7月13日 日曜日 晴れa0031363_21252852.gif

 昨日に続いて今日もこんこんと寝込んでしまった。
どうしたことだろう、、、。

 写真を撮る気にもならずに、めずらしくMacにも向かいたくなかったのだ。
こんな日が続いてはよくないな、、、、。

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(20 April 2001 Paris)



by pretty-bacchus | 2014-07-13 23:59 | ♧Journey海外2001仏イタリア | Trackback | Comments(2)

ヴェニスで「冠水」のニュースに、8年前のヴェネチアを思い出して、、、
2009年12月3日 木曜日 雨a0031363_16434625.gif

 雨、あめ、、、あ〜め、、、ちょっと憂鬱で予定を変えてしまった。

ヴェネツィア、ヴェニスでは「冠水」アクアアルタなのだそうだ。
世界遺産のピアッツァサンマルコ広場が4メートルも水に埋まったら、回廊のある建物はどうなってしまうのだろう、、、
ドゥカーレ宮殿やサン・マルコ寺院だって例外ではないだろうから、、、、、
でも現地の人は陽気なのだそうで、、、それだけでもよしというわけだそうで、、、。

2日目のベネチア「冠水」、それでも陽気な人々
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2670004/4982283
2009年12月02日 12:38 発信地:ベネチア/イタリア

 ヴェニスは2001年が最後の訪れとなっているのかな?
いやその後一度いっているかもしれない、、、

この時はデジカメ事始めの頃、ファインピックスFUJI FinePix4700Zでパチパチ撮っていたものだ、、、、
(この位で十分なのであろう、、、)

日本から遅れて着いた岩崎君に、どうしてもヴェニスの街?を見せてあげたかった。
ヴェニスの空港から、ミラノ駐在員の春子さんの運転で、ヴェニスの駐車場へ。
ヴァポレット(水上バス)に乗って、リアルト橋まで直行。
軽く食事をしている内に、最終バスの時間になってしまって、結局水上タクシーで駐車場に戻った。
更に走って、ヴィニタリー会場近くのヴェローナのホテルに着いたときは真夜中を過ぎてしまっていた。
なつかしい想い出を、ヴェニスのニュースで思い出している、、、、。
もう8年も経っているのに、つい最近のようが気もしてしまう、、、想い出っておもしろい!

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a0031363_22401025.jpg  (営業部で最後まで活躍してくれた岩崎さんと、ミラノの駐在員でなくてはならない人だった春子さん。
二人とも元気にしているのだろうか、、、)


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(水上バスの中でカシャッと、、、向こうにリアルト橋が写っている。
バスのガラスと光のイタズラで面白い一枚となった、、、)

(200万画素で十分ですね、、、)
by pretty-bacchus | 2009-12-03 23:59 | ♧Journey海外2001仏イタリア | Trackback | Comments(7)

週末は Memoire de Voyage
2009年7月4日 土曜日 曇り

 日出 4時30分  日没 19時 1分  
どんどん日の出の時間は遅くなるのに、日没が何日も同じなのはどうして?

 朝方朝顔とお話しして、あとは読書三昧、
体を動かさねば、、、と思うも結局家でいろいろの週末だった。

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 (昨日の花が萎れたままのこっている、、、反対側には明日の蕾が、、、)


 NKさんの旅の写真に動かされて9年も前のデータファイルをいじっていたら、空の上からの写真が一枚出てきた。
ファイル名に010412milanobariとある。
exsifデータをみてみたら、原画蔵データの生成日時は2001.04.12 7:42:10PMとあるから11:42のヨーロッパ時間だ。
ヴィニターリーのあと春子さんと一緒にミラノから南イタリーのバリに飛んだときのものだ、なつかしい〜〜!

この後レンタカーで更に南に下り、トゥルーリで有名なアルベロベーロに泊まって、
あのエンジェルのカーテンを買ったのだ。
アルベロベッロ(Alberobello)は、プッリャ州(イタリアには20州ある)バーリ県にある人口一万人ほどの
小さな中世の街で、世界遺産になっている。
2008年12月1日のブログ

翌日は地図の土踏まずからつま先にかけてのカラブリアのチロのワインの造り手を訪ねたのだ。
このあと、小さいクロトーンという空港で春子さんと別れて、私はローマに飛び一泊、その後パリに戻った。
ハードスケジュールであったのだが、この旅では一週間の内に地中海の四つの海を越えたことになる。
アドリア海、イオニア海、ティレニア海、リグリア海、、、と。
しかしこの旅の最後で目に異常をきたし、私は失明の危機に瀕したのだ。
人生あざなえる縄のごとし!

十年一日のごとし、本当に時のたつのは早い。
写真の整理で10年前に飛んで行けるのって楽しいな〜〜〜。

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  (アドリア海、バリ到着の少しまえ、半島の右に出っぱっている陸地を地図と見比べながら
カシャッと撮った記憶がある。この頃はまたグーグルアースは無かったし、もちろん機内では無理、、)

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 ピンポン〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜宅急便が届いた。
大好物のさくらんぼ、嬉しい〜〜〜!
Hさんからで、ここ数年毎年山形の五十嵐梅夫さんというかたがつくるサクランボをいただいている。
これが美味! 梅夫さんが桜んぼをつくっているってなんだか楽しい〜〜〜!

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(2000年の4月にでたFUJI FinePix4700Zは当時では、
世界初「スーパーCCDハニカム」搭載!!として登場。200万画素でとても高かったのだ。
デジカメの日進月歩は凄い)
by pretty-bacchus | 2009-07-04 23:59 | ♧Journey海外2001仏イタリア | Trackback(1) | Comments(8)

ITの進化に遊ぶお盆休み google earth
 2006.08.13 日曜日

English Here

  お盆休み。
 祖母や父達、叔母叔父の写真がある部屋の灯りをつけた。
 子どもの頃は、迎え火で霊をむかえて家の仏壇に火をともしたものだ。
 母も弟も姪御達も、未だにその習慣をしているそうで、とっても良いこと、、、
 そんな風に良い日本の風習が伝承されていくのはなんとも嬉しい!。
 「まま、私の変わりにお線香をあげてくださいね。
 と86歳で元気にしている母に頼んで、私は東京で少しゆっくりすることにした。

  一昨夜ちょっとした体調の変調をきたして、高橋先生にいつものように電話往診?をお願いした。
 「すぐに病院で精密検査をしたほうがいいですよ、
 いつにない先生のお話にビックリ。
  お盆があけたらそうしよう。
 このまま倒れるわけにはいかないもの、、、、、

  あまり動き回る元気もなくて、たまった本を読んだりデジカメのデータの整理などをして一日をすごした。
 数十年の銀塩写真のポジとネガをいつか整理してデータ化したいと思っても
 なかなか時間がみつからない。
 デジカメだとすぐにPCにダウンロードすれば結果を見られて記録をかけて、今や銀塩一眼はお蔵いりだ。

  デジカメを使い始めたのは2000年の初め。
 こんなに急速にデジカメが進歩進化するとは想像できなかったので、まずは小型のFinePix4700Z。
 まだ300万画素くらいの時代の小さいデジカメであった。

  しかし、旅は相変わらず重いコンタック数台で、デジカメはあくまでもサブでトライアル用。
 2001年4月のイタリアとフランスの旅も重い荷物と何百本ものフィルムの旅であった。
 ヴェローナとミラノでの仕事を終えて、あとはカラブリアを残すだけ。
 その日はミラノからバリまでの飛行機であった。
 離陸後すぐに開けた景色はアドリア海。その蒼さ美しさに窓に顔をつけたまま、、、カメラは上の棚だし、、、

 “そうだ、デジカメがあった、、、
 バックの中に入っていたFinePixをとりだしてカシャッカシャッ、、、、
 バリ到着少し前の半島をカシャ、、、、

  そのまま忘れていたその写真がマックの写真のなかに出てきた。
 マックのOSタイガーの検索機能のspotlightで検索。
 二世代前のマックのパワーブックのデータを移しておいたフォルダーのなかにあったのだ。
 フォトショップのブリッジでデータを見たら2001/04/12 7:42 pm> 時差を考えると11:42amになる。
 ミラノからバリへのフライトの途中の岬である。
 綺麗な海と陸地が写っているが、初期の画素数ではこんなものか、、、

  しかし、この空の青さ海の蒼さを、私の心眼いや真眼で見たのはこれは最期となったとは、、、、。
 この十日後、私は右目の正常さをなかば失うことになるとは神のみぞ知ることであった。
 このような美しさを二度と見ることは出来ないのである。嗚呼!
 (二週間後日本に帰り緊急手術でかろうじて失明はまぬがれているが、不自由のままである)
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 “そうだ、この地点をグーグルアースで見てみよう。
 オタク心がむくむくと湧いてきた。
 今なら機内でインターネットにつないでグーグルアースを見ながら下の景色を確認できるのだが、
 5年前には夢のまた夢であった。
 
  皇居にピンをおいてあるGoogleEarthの検索欄にBariと入れてFly toリターン。
 すごい! 地球が回りほんの十数秒でイタリア半島の南端のアドリア海が眼前に現れ東の海にBari!
 少し南西に回したら、あったあった、あの岬が、、、。
 どのあたりが、このカーブなのだろう〜〜〜〜?
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  縮小してイタリア全体にして飛行ルートのミラノーバリに赤い線を引き、 
 ミラノからバリへのフライトの途中の岬に赤丸をつけた。
 ここまでホンの数分。鳥の世界、いやサンテグジュペリの飛行機の旅、
 いまでは衛星の世界を愉しめるのである。

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   だめだだめだ、今日は一日和室の片付けものをしなければならないのだから、
  しばらくこの楽しみはお預けだ。
 
    白々と明けてきた。イタリアのバードアイで遊んでいたら、時差であちら時間になってしまった。
  少し寝なければ、、、、
by pretty-bacchus | 2006-08-13 05:05 | ♧Journey海外2001仏イタリア | Trackback | Comments(0)

夕陽うけ エンジェルの笛 春を呼べ
2006.02.05

 寒いが空気が澄んだ綺麗な一日が終わった。
午後はカーテン越しに夕陽を愉しむことができた。
エンジェルさんありがとう!
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  (日が高いとエンジェルは陰の内、、、ラッパの音がそろそろ聞こえてくるかな、、、) 

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 ビルの右端から太陽が顔をだすのは、いつも夕陽がかなり沈み始めた頃。
その後はあれよあれよというまに陽は落ち始めて空の色が変わってくる。

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 今日の日没は17時11分。都会の建物の遥か彼方に沈む太陽を拝めるのは
25分前くらいからかしら、、、、

 きらきらとした午後の光がカトレアを照らし、
エンジェルのオルゴールのネジを巻く(私の脳内にある)と、
一日の終わりのラッパが鳴り響き、、、ベランダの枯れ葉が動き、、、、、
やがて夕闇に染まりゆく、、、。
荘厳な宇宙のページェントが始まり、終わる。

そして月の光がこの世を包み込む。
そろそろ上弦の月が正中の頃である。

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 次のルポルタージュの為に、今手元にあるニコンD200でテスト撮影。
遥かに西に沈み往く太陽を受けてカーテンが黄金色に輝き、
エンジェルが笛を吹くイメージを撮ってみた。

このカーテンは数年前にイタリアのアルベロベーロの小さなお店で見つけて
思わず求めた思い出の品。
老婆が手作りで織ったという一点物であった。

 我が家は大きな道路を一本入った静かな道に45度斜めに建っている集合住宅の三階。
通りとは反対側のリヴィングルームは南西に面して、借景の庭が目の前にある。
鳥たちはその木々と我が家のベランダの常緑樹に集まってくる。
小さな名ベランダのだが、都心としては恵まれていると思うが、
ブログでノンビリママさんがお住まいの自然の環境をみているとなんとも羨ましい限りである。
裏には竹藪がそよぎ季節のうつろいを愉しみ、なんと裏の地面に面したベランダには
ハクビシンがあらわれるというのだから、、、
ノンビリママさんのブログ
http://nonbirimam.exblog.jp/

 毎日訪ねてみるブログは沢山あるが、彼女のブログもその一つ。
なんともホッとするのは彼女ののんびりぶりとその優しさ。
写真もとてもアートである。

私のブログで偶然に写真展の事をみつけて、なんとわざわざ神奈川の方から
恵比寿の日仏会館まで足を運んでくださったのだ。
それもこっそりと、、、
彼女のブログに恵比寿の駅の写真があり、ことによったら?  と、
ブログのコメントで聞いてみたら、わかったこと、、、。
なんと奥ゆかしいことか、、、、
ブログ時代のこういう新しい友情はなんというのだろうか、、、、

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 2003年の年賀状につかった世界遺産のアルベロベーロ。
羊もその旅で走る車から撮ったたった一枚のスナップ写真。




by pretty-bacchus | 2006-02-05 18:07 | ♧Journey海外2001仏イタリア | Trackback | Comments(1)

2001年のヴェニスの写真(銀塩にて)
2011年3月29日 火曜日 晴 その一
>>>2001年の旅のカテゴリーに再録。

 日の出 05時33分  : 日の入 18時00分
日の出は早くなり、日の入りが早や六時をすぎて、どんどん遅くなる、、、、
日中の時間がどんどん長くなる。
あと何日かすれば<百花咲き競う>清明 なのだが、地震津波の震災後の回復もまだまだで、
原発は不安と不信を増すばかり。
自然災害は人災にも及んで政府不信もひどくなる日々。
  
 生かされた命に感謝して、まず自分も元気に日常生活に戻ろうと気が焦るが、まだまだのようで、、、、
いやいや少し甘えているのかもしれないと叱咤激励するものの、
だらだらと一日を過ごしてしまって反省の一日。

 <春はあけぼの。やうやう白くなり行く、山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる>
清少納言の頃とはいかず、たなびく雲も山も見えずに、わずかに鳥の声が聞こえ始めると目覚めてしまう、、、
あの地震の後は東京の私でさえ、少し寝不足なのかもしれない、、、、。

 まず寝床で日経WEB版を読むようになったが、やはり最終ページの文化欄は紙版で読みたいと
切に思うようになった。
紙の手触りが好きということもあるが、長年読み慣れた文化欄のページの配列が
なんともいえないのかもしれない。
例えば一昨日は、左端から<私の履歴書>の27回目で安藤忠雄さんの<瀬戸内 美しい風景復活へ植樹>
その下は、ウィークデーは<交友録>という小さいコラムがあって時には知り合いが
書いたりしていておもしろい。

 一月からの日曜日週一コラムで、今回は、樺山紘一さんの(欧人異聞)で、<フランス救う聖なる猛女>
およそ千年の開きがある五世紀の聖ジュヌヴィエーヴと西暦1429年のオルレアンの聖女
ジャンヌ・ダルクの二人をおもしろく比較し語っておられる。
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 そして、中央の文化欄の中心は、阿刀田高さんの<新しい生き方を求めて >、
右上はいつも最新の美術情報や絵があり、二月は<描かれたギリシャ神話>でたいてい十回くらい続いた。

一番下の二段は小説で、今は、阿部龍太郎の<等伯>であの長谷川等伯の小説でなかなかおもしろい。
最終ページの文化欄はこういうわけでなかなか読みでがある。
そのうえ日曜日は、中のページの日曜版の瀬戸内寂聴さんの<奇縁まんだら>や、
俳壇、歌壇もなかなかだし、見開きページでの<美の美>も普通ではなかなか見られない
画像と記事があって参考になる。
SUNDAY NIKKEIの読書欄も多岐のジャンルに渡ってのいろいろを紹介している。

 数年前に、この文化欄担当の方にワインのことでアドヴァイスを求められて、
日本外国人記者クラブでお目にかかったことがあったが、この文化欄を担当なさっているのは
ほんの数人の方ということがわかって、ますます親しみやすくなったのかもしれないが、、、、。

 というわけで、<日本経済新聞>と名がつくが、一面の<春秋>と社説と、最後の面だけ見て、
あとはぱらぱら、、、、株価などは絶対見ないのだから、月4500円はお高いですね、、、、、
いえあるいは安いのか?。
ここ一年くらいは、不況で広告主が少なくなって広告料がさがったからか、
40ページの半分以上が一面広告という日が何日かあって少しうんざりだったが、
また少しずつ普通になってほっとしている。
 
 樺山紘一さんのことはいつもよく思い出す。
もう十六年前にもなるが、朝日新聞事業部主催の<ルーヴルを語る>の講演会で一緒させていただいた。
なんと、こともあろうに、美術史家の樺山紘一先生と千足先生と一緒に舞台にあがって、
ルーヴル美術館のトークショーに引っ張り出されたのだから、今考えるとぞっとするではないか!
何十年の間に、何十回も足を運んではいるが、自分の好みで観ているわかだから、
人様に語れる知識など深かろうはずはない、、、、。
急遽パリに飛び、一週間朝から晩までルーブルをみてまわっての、にわか勉強だったのだ。

 先日PC内部の掃除をしていたら、その時書いたメモがいろいろ出てきた。
当時はマックにブックはなかったので、たしかダイナブックを持っていっていたと思う。
マックでは漢字トークでは読めなかった書類が、二転三転で、
なんと今のインテルマックでは読めることがわかって、整理の途中、、、。
このトークショーの記録もあとで、ブログ上に少し記録をのこしておきましょう、、、、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆ 企画書&案内書:
 朝日サンツアーズ 創立25周年記念行事
* ルーヴルを語りパリを歌う * 
  トークショー”ルーヴル美術館の楽しみ方”
       平成7年2月15日 午後二時半

*出演者
樺山紘一(東京大学教授)
千足伸行(成城大学教授)
片桐敬子(元エールフランス・パリ駐在員)
柳澤保雄(朝日サンツアーズ社長)
〜〜〜〜〜〜〜
両先生がそれぞれ十点ずつルーブル美術館の作品を選んで、スライドをみながらそれを語り合う、、、と、
そんな企画だった。

>>>>続く

〜〜〜〜〜〜〜
 tadさんのブログのヴェネチアの写真がとても素敵で、http://tad64.exblog.jp/
今夜は、画像の整理を少しして、銀塩時代の写真を数枚アップ。
2001年のヴェニスは、すでに何枚かアップ済みで、1995年のは初公開かもしれない。
京都のヨシエさんも一緒の旅だった。

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 (ホテルの部屋から朝があける頃に、、、、)

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(嘆きの橋の橋の彫刻と運河。
ドゥカーレ宮殿とパラッツォ・デッレ・プリジョーニ (牢宮) をつなげている。

ドゥカーレ宮殿での裁判で有罪になった者は、この橋を通って牢宮に連れられていき、
立つことが出来ないほどの高さで水も入るこの右側の牢獄に繋がれる。
「嘆きの橋」は、彼らの悲しい嘆きから来たといわれている。


(この時はたしか、コンタックスのSTと、もう一台だったと思う)


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 (朝一番の光が、ドゥカーレ宮 の間だから、サン・マルコ広場に差し込み始めるころには
人々が歩き始める、、、、
2004年の年賀状につかったのかも、、、)


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http://keico.exblog.jp/9362569
2001の写真は
ヴェニスで「冠水」のニュースに、8年前のヴェネチアを思い出して、、、
2009年12月3日 木曜日 雨

http://keico.exblog.jp/5960816
週末に写真の整理 2007.08.05 日曜日 晴れ 
by pretty-bacchus | 2001-12-13 08:58 | ♧Journey海外2001仏イタリア | Trackback | Comments(0)