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久しぶりに能楽堂で野村萬の狂言<八句連歌>と梅若玄祥の「雲林院」を鑑賞
2017年6月1日 木曜日 晴れ 能楽堂

 水無月。 陰暦六月は田に水を引く月であることから、水無月と言われるようになったという。

 午後からJALと何時間も電話で話した。
まったく話にならない感じ。会社サイドの変更がいろいろできていて、顧客のことをあまり
考えていないような気がして、おもわず上席にお話しくださいね、と声をあらげてしまった。

友人達がいうようにANAに移った方が良いのかもしれないが、それでもなお後ろ髪を引かれる思いがある。
JALの飛行機に乗り始めて五十年。松尾社長の頃からだったし(パリで何度もお目にかかっている。
当時はJALもAFも仲が良かったのでしょう)。
会社をやめてから、すぐにJALグローバルクラブに入ってからそろそろ三十年になるのですもの、、、、。
その間だ何十回とJALで旅をしているのですから、そうすぐにANAに変わる気持ちにもなれない、、、。

 事が片づかないままに、昨夜の寝不足のままに能の世界に入り込んだ。
野村萬の狂言<八句連歌>のあとに、梅若玄祥シテの「雲林院」。
不思議な感覚だった。
前から三番目の席だったので、舞台の息吹も聞こえてきていた。

人気・実力ともに第一人者として活躍する人間国宝、梅若玄祥の「雲林院」。
『伊勢物語』を題材とし、在原業平の霊が二条后との恋を、歌を交えて風流に語る雅の世界を
不思議な形で味わっていた。
起きているのでもなく寝ているのでもなく、居眠りをするのでもなく一時間半がすぎていった。
室町時代に生まれ激動の時代を乗り越えてきた日本文化の精髄といわれる能学は、
今その華を見事に咲かせているといわれている。
能は好きで機会があると能楽堂を訪れているが、今日のこのような幽玄の世界に沈んでいたのは初めてだった。
歳を重ねたというこのなのかも知れない。

梅若玄祥さんが六郎さんの時代に藤沢さんのお招きでごいっしょさせていただいたことがあった。
懐かしい思い出とともに、、、夜は更けていった。

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(途中の空も幽玄の世界のようだった)

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(雨上がりの千駄ヶ谷の能楽堂は静まっていた)

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(中庭と回廊のコントラストは美しい)

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(脇のエントランスから舞台と客席を。開演前は写真が許される)


 終わって、すぐ近くのふくさんで連れ合いと合流。
今月のメニューをいただいて、最後の〆はいつもの土鍋ご飯。
静かな夜で、うとうとと酔っていった感じでした。

 予定ぎっしりの六月が始まりました。

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(今夜のプログラム)

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(水無月の土鍋ごはんは、新生姜とおゆばさん)

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by pretty-bacchus | 2017-06-01 23:58 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)

白鵬さん全勝優勝おめでとう〜〜!
2017年5月28日 日曜日 晴れ

 白鵬さん全勝優勝おめでとう〜〜!
一年ぶり三十八回目の優勝。
千秋楽の横綱日馬富士との一戦は一分三十秒と長かった。
戦い終わったときの顔はなんとも素敵だった。
どんなにかうれしかったこどでしょう!

 髷を直して戻ってきての観衆の拍手に白鵬さんの顔がほころんでいた。
優勝杯と盾を受け取り君が代斉唱。優勝インタビューの初めての言葉は、
“ただいま帰ってきました。
“国歌を久しぶりに歌えることができて最高!
だった。
ひとまわりもふたまわりも大きくなって帰ってきた!
涙なくしてはこの場面をみてはいられなかった。

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 横綱になって初めての怪我での休場のあいだのこの一年間は、彼の名前はメディアでは
ほとんど見られなかった。
それというのも、日本人横綱と騒がれた稀勢の里の世界が続いていたからだが、それにしても
その言い様はひどかった。
そこには、今までのある時期からの相撲界を一人横綱として相撲界をひっぱってきた白鵬にも
モンゴルの相撲人達にたいしての尊敬などは一切なかった。
彼らはどんなにか悔しいと思ったことだろう、、、、。

 昨日の照ノ富士の一戦を勝ち優勝をきめた白鵬は、
“長かったのかな〜。怪我あっての痛さは自分自身しかわからないからね。
断食したり、ヨガをしたり、リハビリから体作りから、ようやくと云う感じ”
モンゴルにも戻って体作りに励んだという。
横綱の責任と意地がすばらしいカムバックを生んだのだろう。

うるさがたの解説の北の湖さんも、今日の取り組みに“おもわぬイイ相撲をみせてもらった。
“白鵬の必死さが伝わってきた場所だったと、前の海さんが解説していた。

 今場所は鶴竜が早くに球場、つづいて稀勢の里も休みとなって二横綱が頑張っていた。
“ホントニ頑張りました。
“今場所をひっぱっていかなければいけないなと思った、とそこには横綱の責任と意地があったのだろう。

インタビューは、いつもより少し長かった。
休場の間に入院もして、その間に検査をしたら、
“血管年齢は二十五歳といわれたと、ほんとうに嬉しそうに語っていた
大台四十回、千四十七勝利を目指していきたいと語る大横綱に拍手を送った。

 今、若い新力士や、遠藤、よし風、勢、正代、豪栄道、玉鷲、高安など中堅の力士、
宇良などの体の小さい力士の活躍もあり、国技の相撲が盛り上がるのは嬉しいことだ。

 以前日経新聞の<春秋>にあったが、チカラビトの系譜に繋がるモンゴル出身の力士達は
たどたどしいこともあるが立派な日本語で優勝の歓びを語り相撲の心を語るモンゴル人力士、
君が代を一緒に歌い、国技を盛り上げてくれている。
角界の屋台骨を支えているのは、言葉や文化の壁を越えて、親元を離れて遠くの草原の国からやって来て
苦労を修行をしている元少年たちだ。
インタビューを受け、たどたどしさの残るがしっかりとした日本語で力士たちの姿には感動すら覚える。
白鵬さん、四十回の優勝まで頑張って欲しい。前人未踏の記録までいってほしい。

 七年前に国技館の「溜席」で白鵬優勝の千秋楽を見て以来、以前よりもお相撲に興味がでてきていて、
マックでものを書きながらのBGMも、制限時間いっぱいの時は顔を上げてみてしまう。

http://keico.exblog.jp/11344383/
2010年9月26日 日曜日 晴れ
大相撲、九月場所千秋楽の「溜席」で白鵬優勝を観る
(七年前の記録から)
横綱白鵬の土俵入りは美しい!
どすん、どすんと足を踏み、パッパッとたたく手の音がすぐそこで臨場感満開
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 (この美しい白いしめ縄はとても重いのだそうだ)

http://keico.exblog.jp/23752958/
2017年3月26日 日曜日 小雨 寒い一日
新横綱稀勢の里が見事に逆転優勝、おめでとうございます。

http://keico.exblog.jp/23375059/
2016年11月16日 水曜日 曇り その一
白鵬が通算千勝を達成おめでとう!。特年前の溜席の勇姿を思い出して
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 一月二十五日のサンケイ新聞
今朝の<春秋>は、ウィンブルドン現象と稀勢の里の横綱昇進などについて。
日本出身の横綱誕生は十九年ぶりだが、それまでの国技相撲界をになってきたのモンゴル人力士たちの姿を
力士=チカラビトと讃えている。良い記事だ。
(前略)
▼チカラビトの系譜に連なる男たちが東から西から集い来て、同じまわしを締め土俵でぶつかり合う。
ここに至る悠久の時を思えば、大相撲の取り組みが壮大な絵巻のように思えてくる。
宮本は同書でこうも記している。
「相撲が国技だなんて、小さい、小さい」。チカラビトの一人としての稀勢の里の横綱昇進を祝いたい。

http://keico.exblog.jp/23580889/
2017年1月25日 水曜日 晴
日経新聞の<春秋>で稀勢の里とチカラビトなどに感動
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/23752958/
2017年3月26日 日曜日 小雨 寒い一日
新横綱稀勢の里が見事に逆転優勝、おめでとうございます。


by pretty-bacchus | 2017-05-28 23:59 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(2)

暗い空にも嬉しいニュースは羽生結弦君が世界最高記録で逆転優勝
2017年4月1日 土曜日 小雨のち曇り エイプリルフール!

 一転、寒い一日となった。
エイプリルフール! ポワソン ダブリル!
子供の頃は、可愛いウソをなんとかつくって両親が喜んでくれるのが嬉しくてしょうがなかったですね〜〜。
母とそんなことをながいことお話しできてうれしいエイプリルフール! 

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(小雨の朝の借景はパリの冬の空みたい!)

 プロ野球が開幕した。<巨人大鵬玉子焼き>の弟と連れ合いは一喜一憂の毎日になるだろう。
今年は、さらにフクさんがDeNAファンとわかり、更なる話題が広がることだろう。
なんとも幸せな男達だ〜〜〜!
勝ったときは何時までもスポーツニュースを何度でも見る。負けたときはどこかご機嫌斜め気味。
あの熱狂ぶりはなんだかうらやましくさえある。

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(午後になっても暗い空だった、、、)

 かくゆう私は、ヘルシンキで開催されていたフィギュアスケート世界選手権に釘付けで、
羽生結弦が世界最高の223・20点を記録して逆転勝利を果たしたライブに拍手と涙!
四回転を四本ともきれいに成功して着氷、美しく完璧な演技を見せれくれた。
自分自身が持っている219.48点をはるかに越えての美しい滑りだった。

滑り終わった時の厳しい表情、そして得点発表を待つときのあの可愛らしい表情!
自身の世界記録を大きく超えた得点が告げられると、感無量の表情を浮かべ大きく両手を天に突き上げた。
英語のインタビューも立派に話して、、、ほんとうに素晴らしい若者だ。
すでに次を思って「もっと練習しないと」自分自身に言い聞かせていたのもイイ!

SP一位だった前王者のハビエル・フェルナンデスも「ミスなくこなしたら彼は無敵だね」と絶賛したという。
<目もくらむような魅力的なスケート>とニューヨークポストも報じたという。

十九歳の宇野昌磨は、僅差で二位となって、表彰台で二人の日本人のワンツウフィニッシュで
メダルを持って微笑む姿はなんとも嬉しい〜〜〜週末!

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(遠くからテレビをカシャッと〜〜)

by pretty-bacchus | 2017-04-01 23:58 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(2)

八年前の水谷八重子さんの裾野市での舞台を思い出して
2017年3月10日 金曜日 晴れ 

 今日と明日に富士の裾野では、水谷八重子さんの歌の催しが行われている。

裾野市民文化センター大ホールでの<石井好子先生を偲ぶコンサート前夜祭>と石井好子メモリアル音楽祭

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http://yaekomizutani.com/songs/index.html
八重子さんのHPより

 裾野市民文化センター大ホールにお供してから、もうあれから八年もたったのかと思うと感無量。
デジタルカメラにようやく慣れ始めた頃に、大きな劇場で歌う八重子さんを撮らせていただいたことがあった。
機種はNikon D90 Nikon D300の二台体制。
一応三脚は使ったが、カメラもレンズもぶっつけ本番でISOも絞りも自己流。
そのうえ欲張って慣れないこのカメラで動画でも撮っていたのだからまあよくやりましたね、、、って、
今さらながらに妙に嬉しい。

 といっても今ならどうするのかしら?
フジX-T2の消音で撮って、さて動画はどうするのだろう、、、。
突然にやってくるかもしれない撮影のチャンスとために、少し準備をしておくのも良いかもしれないが
重くて高い機材はすでには無理になっているし、、、、さてさて。

でも桜の前に新しい機種が欲しいな〜〜〜と悩んでしまう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/8065850/
2009年3月14日 土曜日 雨のち曇り夕方晴れ
嵐が去って雪の富士山が輝いた、水谷八重子さんの裾野公演

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(pm4:40 雪の富士山と電信柱、これぞ日本の富士山だ?! 70mm>>110mmで)

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(手持ちで、霞んでいる霊峰は白墨絵の世界、、、、300mm>480mm)

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(リハーサルの時に多重でおあそび、、)


http://keico.exblog.jp/8072393/
2009年3月15日 日曜日 晴れ
新派の大女優水谷八重子さん、シャンソンを唄う。

裾野市民文化センターの裏口から入ったところにある楽屋から、脇を通り表玄関を横切り、
階段を上がり会場の最後尾への往復を何度か繰り返したのだから、、、
それも三台のカメラとレンズ、そして慣れない三脚、
この全部を、現状チェック、リハーサル、本番とその度に抱えてフウフウ言いながらなん往復したのだから、、、
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  (少しトリミングをして、、、)


090314水谷八重子のラストダンス@裾野市民ホールにて
(最初は真っ暗ですが、最後の方に映像と八重子さんの語りがあります)

090314水谷八重子のシャンソン、人生は過ぎゆく
  (最後は、愛の賛歌へ移ります)

by pretty-bacchus | 2017-03-10 23:59 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(2)

ロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルの全豪オープン決勝戦
2017年1月30日 月曜日 晴 四月の陽気とか

 真夜中放送のテニスの全豪オープン男子シングルス決勝を見てしまった。
ロジャー・フェデラーと、長年の宿敵ラファエル・ナダルの試合はすばらしかった。
フェデラーは三十五歳、ナダルは三十歳、技術に加え体力と精神力ともの戦いだったどう。
ファイナルセットまで持ち込んでまさに死闘!
最期の行方はメンタルが武器のナダルに傾いていたと司会者が言ったとたんに、フェデラーは更に
上まわったような感じ。

最期のセットは一球毎に観客はスタンディングオベーション!
3時間37分におよぶフルセットマッチを制して、七年ぶり五度目の優勝を飾った。
半年間コートを離れていたフェデラーは見事に復活してグランドスラム優勝は自身が持つ史上最多記録を
更新し通算十八回目だそうだ。そして史上二位の高齢戴冠。

 おめでとう〜〜〜〜!
テレヴィを前に拍手をしていた。
二人の優勝インタビューも素敵だった。
友人であるという彼らはお互いに称えあって「来年また会おう」と。
史上最高の観客動員となっていた会場からは拍手拍手。

いいな〜〜スポーツの世界って!
特にテニスはテレビをBGMに他のことをすることはできないので、じっと釘付けの三時間四十分だった。

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(オカダさんのお店はまだ改装をするらし、、、、三年目でやっと落ち着いてきたのに、、、)

 今週はゆっくりしたいと思っていたのに、どうやらそうもいかなくなってきた。
それにしてもまだあちこちいたい、、、、。

by pretty-bacchus | 2017-01-30 23:59 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)

暗い日曜日に大相撲初場所が始まりました
2017年1月8日 日曜日 曇り 暗い一日

 鳥の声も風の音もしない暗い寒い日曜日の朝。どうやら小雨がふっているようだ。
でもたまにはこんな朝があってもよい。
静かにうつらうつらと遅くまでまどろむことができた。

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 大相撲初場所が始まった。
スポーツ好きな連れ合いは、また楽しい月となったようだ。
一緒に初日のテレビをみていたが、横綱の土俵入りとか今年の抱負とか初場所らしい構成でなあるほど、
次は初場所の初日にいってみましょう〜〜〜。

 (七年前の観戦がなつかしい〜^)
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 (土俵入りのこの美しい白いしめ縄はとても重いのだそうだ)(2010年9月26日の白鵬)


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2010年9月26日 日曜日 晴れ
大相撲、九月場所千秋楽の「溜席」で白鵬優勝を観る

 今日は中入り後の後半を、天皇皇后両陛下が観戦されて、勝負が決まるたび拍手を送られていらした。
弓取り式までご覧になってのご退場に会場が一つになって拍手でお送りしていた。
関係者は羽織袴でお出迎えでお見送り。
ぴしっとした日本の伝統の姿と温かい雰囲気、相撲という国技をささえる力士達と国民の
一つになった姿に感動。

 夜遅くなって風がでてきた。
明日は雨になるという。

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(土手の彼岸花の葉が揺れて、、、、)

 〜〜〜〜〜〜〜
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2016年11月16日 水曜日 曇り その一
白鵬が通算千勝を達成おめでとう!。特年前の溜席の勇姿を思い出して

http://keico.exblog.jp/11344383/
2010年9月26日 日曜日 晴れ
大相撲、九月場所千秋楽の「溜席」で白鵬優勝を観る

http://keico.exblog.jp/22912586/
2016年6月14日 火曜日 晴れ
オナガが朝のベランの中に入り込みました

http://keico.exblog.jp/22840129/
2016年5月22日 日曜日 晴れ
オナガがベランダのムスカリの水苔を盗みにやってきました

http://keico.exblog.jp/22282761/
2016年1月24日 日曜日 晴れ
寒い日曜日はTVでスポーツ観戦:錦織圭八強入り&琴奨菊が初優勝おめでとう!


http://keico.exblog.jp/21489243/
2015年7月26日 日曜日 晴れ 猛暑日
白鵬 三十五回目の優勝 おめでとう!
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(髪をなおして表彰式のために土俵にもどった白鵬、テレビをカシャッ)

優勝のインタビューもなかなかだった。

http://keico.exblog.jp/20434573/
2014年11月25日 火曜日 雨 寒い一日
アップ寸前の黄葉と鳥のブログがまた消えた!
白鵬の<この国の魂と相撲の神様が認めてくれてくれたからこの結果があると思います>

http://keico.exblog.jp/20242490/
2014年9月28日 日曜日 晴れ
数日遅れのお墓参りで法恩寺さんへ

http://keico.exblog.jp/17859368/
2013年5月26日 日曜日 晴れ
五月場所大相撲千秋楽 白鵬さん二連続全勝優勝二十五回目の賜杯おめでとう


by pretty-bacchus | 2017-01-08 23:59 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(2)

白鵬が通算千勝を達成おめでとう!。特年前の溜席の勇姿を思い出して
2016年11月16日 水曜日 曇り その一

 ともかく時間がたつのが早く、そしてすることがたまっていくばかり。
よってブログに割く時間はすくなくなってしまう、、、、。

 大相撲九州場所の昨日のお相撲で白鵬が前頭2枚目の魁聖を上手投げで降し美しい一勝をして、
通算1000勝を達成した。
1047勝の元大関・魁皇(現浅香山親方)、1045勝の元横綱・千代の富士に次いで
史上三人目の快挙となった。
おめでとうございます。

 各紙もその功績を称えていたが、日経の記事でめずらしくとてもフェアーで真摯に褒めていたのが嬉しい!

モンゴル出身の白鵬は2001年春場所が初土俵。翌夏場所に序ノ口で初勝利を挙げてから
93場所で1000勝に到達した。
<私が番付に初めて載ったのは2001年の夏場所。虫眼鏡を使わないと“白鵬”というしこ名が
見えなかったのは今でも覚えています。二番相撲で古川という力士に勝って1勝目を挙げたことも、
はっきりと記憶に残っています>という数年前の白鵬の言葉をいまでも覚えている。

 国技館の砂かぶりと言われる溜席で白鵬の優勝を観戦してからもう六年になるのだ。

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2010年9月26日 日曜日 晴れ
大相撲、九月場所千秋楽の「溜席」で白鵬優勝を観る

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 (土俵入りのこの美しい白いしめ縄はとても重いのだそうだ)

 中入り後の二十組の取り組みだけで二回も審判達が変わり、呼び出しと行司二組毎に変わっていた。
相撲の行司の服装の色と紋と帯が美しく、行司が変わるたびに、その服装の色と織が変わるのだ!
下がる房と共に、日本美の形と伝統色が相撲にあったのには感動。

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a0031363_427412.jpg (行司は木村庄三郎)

http://keico.exblog.jp/11344383/
2010年9月26日 日曜日 晴れ
大相撲、九月場所千秋楽の「溜席」で白鵬優勝を観る

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2016年6月14日 火曜日 晴れ
オナガが朝のベランの中に入り込みました

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2016年5月22日 日曜日 晴れ
オナガがベランダのムスカリの水苔を盗みにやってきました

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2016年1月24日 日曜日 晴れ
寒い日曜日はTVでスポーツ観戦:錦織圭八強入り&琴奨菊が初優勝おめでとう!


 夕方からは銀座の懐石みちばさんへおじゃまして、明日のボージョレヌーヴォーの振る舞いの宵のために
シャトー・ドゥ・ピゼイのために樽割り。
ワインの樽をあけるのは難しいので、お店のソムリエさんの他に別のお店のソムリエだんも
いらしていて賑やかな樽割り儀式となりました。

a0031363_153243.jpg(カウンターが傷つかないように布を敷いてから、、、と)

a0031363_1542664.jpg(横の小さなコルクを抜いて、蛇口をつける、、、、慣れた連れ合いが木槌でこんこん!)


 タクシーと飛ばして、四谷の今年の樽割りに参加。
秀さんのお店は二十一周年でにぎやかな一時。
不景気な時こそお祝儀相場があがるとうせいこがにをいただいて、特別にお肉も用意して下さって、、、、
ありがとう!

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 その帰りには、今年初めて樽の行事をする蕎麦処さくらぎさんに酔って(いや寄って)
樽割りの伝授。
こうして伝えていくのがいまの私たちの役目かもしれません、、、、ね。
(写真の整理がまだできていませんので、後ほど、、、、)

by pretty-bacchus | 2016-11-16 23:58 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(2)

名匠クリント・イーストウッド監督の「ハドソン川の奇跡」を観た。
2016年11月6日 日曜日 晴れ 映画

「ハドソン川の奇跡」を観た。
七年前に起こった感動の事実にもまさる、いや重ねての感動の映画だった。
名匠クリント・イーストウッド監督がトム・ハンクスを主演に迎え、2009年にで起こった
エアバスA320旅客機がニューヨークのハドソン川に不時着水し、155人の乗客全員が無事生還した
奇跡的な航空機事故と、その後の国の対応と人間模様をを題材とした力作。

 2009年1月15日午後3時30分頃に起こったあの事故は鮮明に覚えている。
ニューヨーク発シャーロット経由シアトル行きのUSエアウェイズ1549便が、
ニューヨークのマンハッタン近くのハドソン川に不時着水した航空事故である。

以下ウィキペディアより参照
USエアウェイズ1549便はラガーディア空港離陸直後カナダガンの群れに遭遇。
両エンジンの同時バードストライクというレアケースによって両エンジンが停止し、
飛行高度の維持が出来なくなった。即座に機長のチェズレイ・サレンバーガーは操縦を副操縦士から交代し、
同時に空港管制に対し、この状況の報告と非常事態を宣言。
操縦を交代した副操縦士は事態を改善すべくQRH(クイック・リファレンス・ハンドブック)を実施した。
当初機長は空港への着陸を目指し、予定していたラガーディア空港か、進行方向の延長上にある
テターボロ空港への着陸を目指していたが、機長は高度と速度が低すぎるため空港への着陸は不可能と
判断し、ニューヨークの市街地への墜落を防ぐべく、ハドソン川への緊急着水を宣言した。
これにより低高度でレーダーから消失してしまうため、空港管制は周囲の航空機へ1549便の
目視チェックを要請し、観光ヘリ二機がこれに応じた。

その後急降下しつつ失速を避けて、着水間近に客室に対して「衝撃に備えて下さい」とのみ伝えた。
不時着まで数分の出来事のため客室に詳細を伝える猶予はなかったのだが、
アテンダントらは事情を察して客に最善の指示をした。
事故発生から約三分後、機はニューヨーク市マンハッタンとニュージャージー州ホーボーケン市の間に流れる
ハドソン川へ時速270km程で滑走路着陸時と同様の滑るような着水をした。

スムーズな着水により機体損傷は尻餅による後部壁下部の一部だけで、乗客ら全員が迅速に機内から
脱出シューターで脱出し、また両主翼に避難することができたのだ。
真冬で氷点下六度の気温、水温二度という状況であったという。
機長とアテンダントらは、機内の毛布や救命胴衣を回収しつつ乗客への配布、逃げ遅れを防ぐべく
機内の確認など不時着水という非常事態に冷静に対処した。
特に機内の確認については機長が既に浸水が始まっていた機体後方まで機内に残っている乗客がいないか
二度確認に向かい、乗員乗客全員が脱出したのを確認してから機長も脱出した。
事故機は着水から約一時間後に水没したが、それ以前に二十四分で百五十五人全員の生存が確認されていた。

 その奇跡的な着水の模様と人々の活動はまもなく詳細に伝えられて、私は感動して長いブログを書いたのを
よく覚えている。

http://keico.exblog.jp/7821613/
2009年1月16日 金曜日
米旅客機がハドソン川に不時着水 乗客乗員155人無事に感涙
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↑のブログより、

「ハドソン川のヒーロー」"miracle on the Hudson"と賞賛されたサレンバーガー氏は、
陸、海、空の事故を扱う米運輸安全委員会の事故調査に加わったこともあり、
現在も航空会社操縦士協会で安全担当の委員長を務めているのだという。

たった一人の力ではないけれども、一人のこの人がいなかったら惨事は大きくなっていたにちがいない。

ありがとう、機長さん!
(アナウンスの声も落ち着いていたという)

(なんとよいおかおをしてらっしゃる!)

http://keico.exblog.jp/7945576/
2009年2月11日 水曜日
「ハドソン川の英雄」チェスリー・サレンバーガー機長の独占インタビュー 

乗員も乗客も全員が無事に生還したことから、ニューヨーク州知事のデビッド・パターソンは、
この件を「ハドソン川の奇跡」と呼んだのだそう。

 ところがその後この<事故>は、思わぬ方向に進んだのだ。
前例のない偉業をおこなったことから、調査委員は「事故は操縦者の過失によるものでは?」と、
サリー機長に疑惑の目を向け、意外な方向へと展開していく。
空港に戻れたはずだと、機長のチェズレイ・サレンバーガー氏が政府の公聴会に呼ばれて弾劾されたのだ。
どちらかの空港への到着は可能であり、危険を冒したのは正しくないと。

 その後のサリーの心的葛藤が克明に描かれるが、映画は時系列ではなく、事故の模様と調査の過程を
交互に描き、機長のフラッシュバックによって事故の記憶を呼び覚ますような手法で語られていく。
一人の貴重な機長の熟練した操縦技術も群を抜く。

事故調査の過程でのシミュレーションの上では「エンジン停止後、すぐに空港へ引き返していた場合、
ギリギリではあったが緊急着陸は可能だった」ことが判明したのだが、それは「エンジン停止後、
QRHなどをせずに空港へ引き返す」という条件付きであり、事故機の機長達は訓練通りQRHを実施したため、
空港へ引き返すための時間がなくなっていたのだ。
実際「QRHなどをした上で空港へ引き返す」というシミュレーションを実施したテストパイロットたちは、
ほぼ全員が空港到着前に機体が墜落する結果となり、あのまま墜落すれば、市街地に墜落し乗客はおろか、
ニューヨーク市民にも大きな被害が及び、より大惨事になっていた可能性があったことも証明されて、
彼が下した不時着水の決断は正しかったことが立証されたのだという。

http://movies.yahoo.co.jp/movie/ハドソン川の奇跡/356041/story/
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 わたしはそれらの後日談はまったく知らずに、今度の映画をみることになった。
奇跡の脱出劇の背後に隠された数々の真実にただただ驚いてしまった。

俳優としても監督としても活躍するクリント・イーストウッド監督と、名優トム・ハンクスが
タッグを組んだ人間ドラマが画面一杯に踊っていた。
機長は乗客の命を救ったのか、それとも危険にさらしたのか? 

機長の手記をもとに描かれているというから、その迫力たるや!
緊急着水の迫真に満ちた描写、フラッシュバックのように主人公を襲う映像は、判断を誤り
マンハッタンに突っ込む凄惨な幻像、英雄が犯罪者になりかねないというこの世の中の事実。
実際の事故を扱っているので、その結末はわかっているはずなのに、あれよあれよとドキドキしながら
手に汗を握ってしまう。
そしてほのぼのと語らえる人々の人間愛に涙してしまっていたのだ。

 公聴会の最後に全員がイアホーンで聞いた、事項発生から着水までの数分の操縦席での記録を聞き終わって
一度席をたった機長とコパイが外にでて、“誇りに思う”とうなずきあったのが印象的だった。
離陸してから着陸するまで全ての人命を預かる機長のなした大きなことと、その自信と誇りが素晴らしい!

そして、最後に真実がわかった捜査官の女性が、この奇蹟は最後はXの存在であり、それは貴方です
と言ったのだが、サレンバーガー氏は、それは違いますと!
すぐに駆けつけてくれた観光船の船長、消防達、ヘリの人、などなど全ての人たちで、
そして搭乗していた全員の方々によると静かに話したのだ。

副操縦士は、もう一度したいですかと尋ねられて、七月ならと一言。
この言葉は、厳寒の着水がいかに大変だったかを物語っているのだろうが、
そのような言葉は映画の中では一つも語られずに最後のこと一言が生きている。
そのようにくだくだとした説明の言葉が少ない素晴らしい脚本であった。

 実際に同じ状況を作って撮影したというから、それはそれは大変なことであったろう。
そしてハドソン川がとてもきれいだった!

映画の最終章のタイトルロールの左側三分の一位に、実際に搭乗していた乗客が何人もがそれぞれの座席番号をもって登場し、最後には、チェズレイ・サレンバーガー氏ご夫妻が
その方達と一緒に笑顔で登場。
今はクリスマスカードが沢山来ますと、奥様がおっしゃっていたのが印象的だった。
(私も今年はクリスマスカードをお送りしたいな、、、)
チェズレイ・サレンバーガー氏は2010年に引退しているという。

 クリントイーストウッドは御年86歳だが、その映画造りの演出力は枯れるどころか、その奥深いさと鋭敏さををますます増すばかりだ。

楽しい映画鑑賞の日曜の午後となった。

 〜〜〜〜〜

 子供の頃のヘリコプターは別にしても、長い距離の飛行機に乗り始めたのは、大学を卒業して
飛行機会社に入社してからだった。最初のパリは1965年?

初任給一万六千円の時に、エコノミークラスでも六十万円もした時代だ。
そのあたりのことは何度かブログに書いている。

http://keico.exblog.jp/14105309/
2011年12月4日 日曜日
☆ Memoires du Voyage ~なつかしの羽田空港から巴里へ出発

http://keico.exblog.jp/14105427/
2011年12月5日 月曜日 その二 巴里着
☆回想のわが巴里の街1965~1973  パリとの始まり
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http://keico.exblog.jp/
2012年12月16日 日曜日 晴れ その二
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月16日

http://keico.exblog.jp/20001633/
2014年7月14日 月曜日 晴れ
<キャトルズ ジュイエ>=七月十四日、巴里祭の夜に思い出にふけって

明らかにバードストライクとみられる事故に遭遇したことがある。
まだ、東京パリ間に直行便もモスクワ経由のない時代のこと。ジャンボが就航したばかりだったかな?
アンカレッジを飛び立ったすぐあとに、右エンジンから発火、
まもなく近くの空軍基地に緊急着陸したことがあった。

その後も、アラブゲリラが爆弾をしかけた機に乗っての不発に終わったローマ便、
テルアビブでの事故機の経験、
嵐の香港でたった一機到着成功の時は死ぬかと思ったのは1982年ごろ、
この時のパイロットだったのも元空軍の機長だったとのことだった。

カナダのヴァンクーバー空港で、胴体着陸で72時間缶詰で出たり入ったり、、、。
などなど、、、

 そして2016年の今まで、四十数年の間に、私は乗客として何百回もの飛行機に乗っている。
思えばいくつもの危ないシリアスな飛行機事故にも遭遇しているが、こうして生き延びて、
かろうじて元気にしているのが、なにか不思議な気がしてしまう。

http://keico.exblog.jp/6042978
2007.08.23 木曜日 事故の思い出

http://keico.exblog.jp/7072885
2008年5月3日、旅の記憶に

http://keico.exblog.jp/17169714/
2013年1月16日 水曜日 曇のち晴れ
ボーイング787の事故と半世紀弱の旅の思い出

http://keico.exblog.jp/21548754/
2015年8月12日 水曜日 晴れ
国際宇宙ステーション内のレタスと御巣鷹山事故から三十年に思いを寄せて

http://keico.exblog.jp/21853528/
2015年11月18日 水曜日 小雨 
借景の木々をみながら危険だった旅の思い出に、、、


 その昔エールフランスに入社したばかりの頃に整備部に大竹さんという寡黙な部長さんがいらした。
その方はいつも飛行機は着陸時が一番こわい、とおっしゃってらしたことを思い出している。
その頃私は羽田のエールフランスの事務所で働き始めたばかりだった。
都心からの高速道路ができたばかりの頃で、その開通にはブルーバードファンシーデラックスで
自分でハンドルを握って一番乗りをしたころの事。

 飛行機事故は、新しいテクノロジーが開発されて機種の名前が変わっていくエポックの時期に
多く起こっているような気がする。
ボーイング関係の飛行機事故で忘れられないのは、入社してすぐの1966年の2月、3月に起こった
連続航空機事故。1966年2月にボーイング727-100型機の全日空羽田沖墜落事故で133人全員が死亡し
単独機として当時世界最悪の事故となった。

そしてこの年この後にはボーイング707の航空機事故が相次いで発生していたのだ。
カナダ太平洋航空のダグラスDC-8が羽田空港の濃霧のなか着陸に失敗して大破炎上した
着陸失敗事故が起こったのは三月。
“着陸失敗、炎上だ”という声に事務所を飛び出して、はるか向こうに火の柱をみたのをよく覚えている。

その頃の制服姿の写真は
http://keico.exblog.jp/9187764/
2009年11月1日 日曜日 曇り
☆回想のわが巴里>凱旋門に励まされての遠いパリの日々

http://keico.exblog.jp/10956716/
2010年7月10日 土曜日 曇り後晴れ
曇天にベランダ彩る黒揚羽

 回数を乗ればそれだけ事故に遭遇する確率は多くなるのだろうが、
こうして命を長らえられていることに、なんらかの意味があるのだろうことを考えなければならない。

http://keico.exblog.jp/20032334/
2014年7月23日 水曜日 晴れたり曇ったり
熱帯夜に飛行機事故の旅の思い出にふけって

 神様からいただいたこの<命>をもっと大切にしなければ罰が当たるということなのかも知れない。
肝に銘じておこう!

 青天の霹靂なにするものぞ! 波瀾万丈なにするものぞ!
もうしばらく頑張ってみよう、、、。
by pretty-bacchus | 2016-11-06 23:58 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(4)

錦織圭さん銅メダルおめでとう!
2016年8月15日 月曜日 曇りがち 終戦記念日

 ガッツポーズをして天を仰いだKeiは、涙をこらえるように、はにかみから喜びの笑顔になった。
男子シングルスの三位決定戦で錦織圭は6―2、6―7、6―3でナダルを破り銅メダルを獲得した。
おめでとう! 
1920年アントワープ大会で熊谷一弥が男子シングルスで銀メダルを獲得して以来96年ぶりというから
日本人の誰もが記憶の遙か彼方だろう。

 朝の四時四十分までテレビにかじりついてしまった。
前日にマリーに完敗して、翌日にメダルを懸けて戦うということはどんなにか凄まじい体験であったろう!
最初のセットを優勢に勝ち、次も5―2と圧倒しあと二ゲームとなって崩れた。
最後はタイブレークで競り負けた。

 休憩の後観客の歓声をあびてコートへ戻ったKeiはゆったりと登場して気持ちを切り替えたのだろう。
ナダルが怒りをあらわにする場面は国民性の違いを見た感じ、、、。
「なるべく第二セットのことは忘れようと思って」というから恐るべし!
「何回も気持ちが折れそうになった」という激戦をを乗り越えてつかんだ銅メダルだった。

 “楽しかったですね。難しい場面も、いいプレーができなくて苦しい場面もあったけれど、
最後までファイトして日本のために頑張るというのが心地いいというか楽しかった」と、
日の丸を背負う戦いに、いつもと違う喜びを感じていたのだという。
戦い終えて、その日の丸の国旗を肩からかけて観衆に答える錦織圭は一回りも二回りの大きく見えた。

 ほんとうにおめでとう! congratulation〜〜〜〜!

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(ニューオータニのエントランスでセルフ?)

 午後には、インドネシアのバリからのお客様と数時間お目にかかった。
人生の多くを彼の地ですごされ長い間お仕事をなさり、昨年引退して日本にお帰りになられたというその方は、
いぶし銀の光をはなっていらした。

 日本で最晩年をすごし息子さんに新しいお仕事をたくされていくようで、ささやななお手伝いができれば嬉しい。
by pretty-bacchus | 2016-08-15 23:58 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(2)

体操の男子個人総合で日本のエース内村航平選手が金メダルを獲得
2016年8月11日 木曜日 晴れ お習字 白い朝がお

 リオデジャネイロオリンピック、体操の男子個人総合で、日本のエース内村航平選手が金メダルを獲得
おめでとう!
この種目の二連覇は四十四年ぶりで史上四人目の快挙だそう。
(1972年のミュンヘン大会での加藤澤男さん以来というから、そのニュースをパリで聞いた
あの頃のことを思い出して涙が続いた、、、、、、)

 それにしても手に汗握る試合だった。
リードしていた内村だが、予選を一位で通過したウクライナのオレグ・ベルニャエフ選手が
内村選手を上回る演技で、途中で抜かれてその後終盤までベルニャエフが独走。
最終種目の鉄棒開始時点で内村と0.901点の大差でトップに立っていた。
得意種目である鉄棒で淡々としっかりと素晴らしい演技をした内村。
次々と高難度の離れ技を決めたあとに少し体をかがめながらもしっかりとした完璧な着地。
15.800点!。
続くベルニャエフはD何度の種類も違い着地もよろけてしまって、14.800点にとどまった。
その瞬間内村の逆転優勝が決まったのだ!

総合得点は92.365点となり、わずか0.099点差の大逆転となった。
信じられない〜〜〜〜! さらに信じられない事に彼らはしっかりと抱き合った。
戦い抜いた二人の男は美しかった!
君が代をしっかり詠う内村、昇る日の丸、いいですね〜〜〜! 

 この決戦の二人には更なる素敵なオリンピック秘話ならぬ素敵な話が続いた。
メダリスト会見で世界大会八連覇の内村に対し、海外メディアから「あなたは審判に
好かれているんじゃないですか?」という質問があったのだそう。
内村は淡々と「まったくそんなことは思ってない。皆さん公平にジャッジをしてもらっている」と答えた後に、
この質問に怒ったのが誰であろうベルニャエフだったのだ。
「審判も個人のフィーリングは持っているだろうが、スコアをつけることの公正さはみんなが知っているし
スコアに対してはフェアで神聖なもの。さっきの質問は全く意味がない」と怒りを露わにした。
「コウヘイさんはキャリアの中でいつも高い得点をとっている。それは無駄な質問だ」と
言い放ったのだそうだからなんとも素敵だ!
 さらに会見の中ではベルニャエフと、銅メダルの英国のマックス・ウィットロックから内村への
称賛が相次いだのだそう。
ウィットロックは「大変素晴らしい。彼はみんなのお手本です。今日の最後の鉄棒は言葉がない。
クレイジーとしかいえない」
ベルニャエフは「航平さんを一生懸命追っているが簡単じゃない。この伝説の人間と一緒に
競い合えていることが嬉しい。世界で一番クールな人間だよ。僕は幸せだ。伝説の男と戦えて」
賛辞の嵐のなかで内村は真ん中で気恥ずかしそうにしていた。
このニュースはなんとも嬉しく何度もみてしまった。

 
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(産経新聞の連続写真は素晴らしかった!)

ウォールストリートジャーナルによると、ベルニャエフは、次のようにも言っていたという。
「コウヘイをハラハラさせるなんて全然予想していなかったから、僕はとても幸せなんだ。
このスポーツには弱い選手なんか誰もいない。(内村航平という)伝説の男と、
僕らが戦ったという事実があるだけさ。これは、世界最高にクールなことだと思う。僕らは一緒に、
この素晴らしいショーをやり遂げたんだ」

なんてすてきな一瞬だろう! 頂点を争った男二人の友情に、 二人に大きな杯で祝杯をあげたいな。

Yahoo!SPORTSによると、記者からの質問は「わずか0.1ポイント差の勝利ですよ。
あなたは審判から同情を受けたと思いませんか?」という質問で、これまでに世界大会を七連覇したという
「名声」が審査に影響を与えたのではと疑問視する内容だったそうで、内村をも審判を侮辱したことになり
記者の資質もいろいろだということだろう。

 お祝いのように、ベランダには白い朝顔が花開いた。
あまり大きな事件はなくオリンピックは後半戦に入っている。

 夕方から、松川先生の十回目お習字。(<<<後述)

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by pretty-bacchus | 2016-08-11 22:48 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(0)