生きる歓び Plaisir de Vivre。人生はつらし されど愉しく美しく:♪Journey海外96ピレネオリエン
2023-10-23T04:19:02+09:00
pretty-bacchus
人生は辛く哀しいことが多すぎる。でもアール&プレジール・ドゥ・ヴィーヴル生きる歓びをめざしたい。心豊かに美しくいつも明るく生きていきたい。 Photo by Keiko Katagiri (奈良桜井の聖林寺十一面観音菩薩 国宝)
Excite Blog
南仏のロマネスクの優・サン・ミッシェル・ド・キュクサSt-Michel-de-Cuxa
http://keico.exblog.jp/17930969/
2013-06-09T23:58:00+09:00
2014-05-24T15:24:40+09:00
2013-06-11T01:19:05+09:00
pretty-bacchus
♣Journey海外96ピレネオリエン
ようやく梅雨らしくなってきた。
晴れもよいが、雨が降ってくれないと夏の水不足が思われるし、、、。
外に出る気が起こらなくて家でいろいろ。
写真の整理に疲れると読書、それにつかれるとうとうと、、、どうもいけないいけない。
南仏のラングドックルシヨンやピレネーオリエンタル地方には、
ロマネスク時代の静謐な楚々とした聖堂が静かに鎮座している。
時には案内書にはない建物が突然眼前に現れたりして驚嘆することがある。
http://keico.exblog.jp/17926261/
2013年6月8日 土曜日 曇り
南仏のロマネスクの優、セラボーヌのプリウレ=小修道院
昨日アップの南仏のロマネスクの優・セラボーヌのプリウレ=小修道院と同じピレネー
オリエンタル地方の平原にとつぜん現れるのは、サン・ミッシェル・ド・キュクサ St-Michel-de-Cuxa 。
この修道院はカニグー山塊に抱かれてひっそりとたたずんでいるのだ。
世界遺産に登録されているスペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼路
「サン・ジャック・ド・コンポステル街道」沿いの文化遺産のひとつでもある。
ここにも、十二世紀に地中海各地でロマネスク彫刻を手掛けたカベスタニーの職人
(Maitre de Cabestany)の柱頭がたくさん残っていて、一部はNEW YORKにもパリにもあるという。
(コンタックスにホロゴンをつけて、、、)
昨日と同じく、1990年代後半の頃のフランスの旅、エールフランスの機内誌の<Bon Voyage>の
取材のおりに訪ねたのだった。
この時のルポルタージュのエールフランスの機内誌は、
http://keico.exblog.jp/12578864/
機内誌<Bon Voyage>の記事など
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>
もう十数年前になるから、きっともう少し開けていきやすくなっているのだろうが、
もう一度訪れてみたいという気力はこれからやってくるのだろうか、、、。
(ここにたどり着く前の日に泊まったずっと下の街の宿から望んだカニグー山)
(いずれもコンタックスSTなどで撮ったポジをデータ化したもの)
追記:昨日のブログに一枚追加しました。
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南仏のロマネスクの優、セラボーヌのプリウレ=小修道院
http://keico.exblog.jp/17926261/
2013-06-08T23:58:00+09:00
2023-10-23T04:19:02+09:00
2013-06-10T04:37:38+09:00
pretty-bacchus
♪Journey海外96ピレネオリエン
フランスから国賓として来日したオランド大統領と、(事実婚の)パートナーの
トリユルバイレールさんは天皇皇后両陛下、安倍首相各界の代表にお会いしてスケジュールをこなされた。
なんともお粗末なのは、アルジェリア事件に哀悼の辞を表したときに、
日本と中国を間違ったというのだから驚いてしまう。
フランス人の多くは、何十年たっても日本はアジアのどこにあるかをわかっていないのだろう。
大統領にしてなのだから、嗚呼!
どういうわけか、しなければいけない他のことがたくさんあるのに、ハードディスクに残っていた
昔の旅のポジをデータ化したのをいじり始めてしまった。
1990年代後半の頃のフランスの旅。エールフランスの機内誌の<Bon Voyage>
の取材の旅のポジは、
まだほとんどデータ化していないが、日仏会館での2006年の私の写真展の為に、
プロによってデータ化されたものも多くある。
このブログに何点かは載せることが出来ているが、まだまだ懐かしい写真がたくさんある。
魅力あふれるフランスの地方を巡る〔その二〕
~ラングドック・ルーシヨンへの誘い
日 時:2006年1月10日(火)~1月27日(金)
09:00~18:00 入場無料 (日曜祭日休館)
会 場:日仏会館エントランスホール
http://keico.exblog.jp/2733244/
2005.11.29
2006年写真展
http://keico.exblog.jp/2860215/
2005.12.26
2006日仏写真展案内状
それらはもう二度と訪れることができないであろう山奥の聖堂やロマネスクの遺跡。
訪れることは出来ないが、私の胸の奥に脳裏にくっきりと残り、光が遊び風の音さえきこえてくる。
想いでだけには生きたくないが、週末の数時間を二度と行かれない過去の旅への
郷愁に浸るのも素敵な一時だ。
今ならGPSがあるから撮った時点を確定することができるだろうが、ほんの十数年前なのに、
ミシュランの地図をひもときながらの車での旅であり、銀塩ポジでの時代だった。
でもこうして、写真って事実の記録にも心の記憶にも残るって素晴らしいことだ!
上りきったと思ったのに更に180度曲がるところに、この標識が、、、。
<フランス D84 Serrabone Boule d'Amont>と、
グーグルアースで検索したら一秒もしないで現れた。
春の木々が芽生えて、ジュネの花が咲く道をしばらく走ると前方に建物が見えてきた。
細い曲がりくねった道をどんどん上り詰めた狭い大地に立つ静謐な小さい修道院だった。
南仏のラングドックルシヨンやピレネーオリエンタル地方には、ロマネスク時代の楚々とした聖堂が
静かに鎮座している。
時には案内書にはない建物が突然眼前に現れたりして驚嘆することがある。
もう二度と行くことはできないであろうその昔の旅を写真を整理しながらひもといている。
(頂上はとても狭い処で、その突先にプリウレの小聖堂は建つ)
(野の花が咲き乱れ、その向こうは断崖)
(少し降りたところに聖堂への細い数メートルの廊があり、その入り口から柱頭が続く、、、)
http://keico.exblog.jp/3019456/
2006.01.14
セラボンヌの柱頭(2006年写真展)
聖堂内の柱頭は下記をクリックしてください。
http://keico.exblog.jp/3048810/
2006.01.19
ロマネスクの優セラボンヌ(2006年写真展)
http://keico.exblog.jp/7230933/
2008年6月20日 金曜日 晴れ
汗がだらだらと頭から落ちて(南仏・セラボンヌのプリウレの柱頭)
ここには、十二世紀に地中海各地でロマネスク彫刻を手掛けたカベスタニーの職人
(Maitre de Cabestany)の柱頭が残っている。
ピレネーの山懐のセラボンヌ、サン・ミッシェル・ド・キュクサ、サン・マルタンド・カニグーなど
ラングドックやペルピニアン西部にわずかにのこっている名工のもの。
このカベスタニー作品が国を超えてトスカーナの片田舎にたった一点残っているのを
2010年の旅で見ることができた(サンタンティモ聖堂)。
その時の感激は忘れられない。トスカーナならまだ行かれるだろう、、、。
http://keico.exblog.jp/10971766/
2010年7月3日 土曜日 晴れ
モンテ・オリヴェート・マッジョーレ聖堂とサンタンティモ聖堂へ
http://keico.exblog.jp/13429052/
2011年8月31日 水曜日 曇りのち、、、、
読書と写真の整理は旅心をくすぐって
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この時のレポルター寿のエールフランスの機内誌は、
http://keico.exblog.jp/12578864/
機内誌<Bon Voyage>の記事など
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>
この時は青山さんがいらっしゃれなくて、パリから合流したフランス人カメラマンだったが、
トップの両開きのページから多くの写真が私が撮ったものだった。
2011年5月14日 土曜日 晴れのち曇り、夜に小雨
http://keico.exblog.jp/690561/
後の本になった
フランスは発見の旅我もまた「フランスの発見の旅・西編」
もちろんめいんのカメラマンは青山進さん。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この時の旅で一番気に入っているのは、案内状に使った<カルスト大地の羊飼いのオジサンと犬>と、
そのあと通り過ぎて車内から写した太陽に向かって頭を上げる羊の写真だ。
http://keico.exblog.jp/2995120/
2006.01.10
炎天にこうべを上げてボスは立つ
○
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それと、コリウールの海の少年
http://keico.exblog.jp/3019015/
2006.01.14
すてきな感想をありがとうございました(2006年写真展)
追記:同じく南仏のロマネスクの優、ピレネー近くのサンミッシェル・ドゥ・キュクサは
項をあらためていつか、、、
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熱気球の事故が起きてしまった(気球の思い出)
http://keico.exblog.jp/17389355/
2013-02-27T23:59:00+09:00
2014-05-06T05:36:29+09:00
2013-03-01T04:57:43+09:00
pretty-bacchus
♣Journey海外96ピレネオリエン
朝の六時には雪でしょうという予報なので、のそのそと起きだした。
白い雪はなく雨のよう、、、。
(真夜中にも見に来たが真っ暗。ガラスにカメラをつけて撮ったらこんなふうに撮れました)
今朝はどの新聞もテレビもトップは、エジプトのルクソールの気球の惨事の事。
六十代のご夫婦方が巻き込まれて亡くなられたとのこと。
右肩上がりの日本経済を支えた後に定年を迎えた後の旅だっただろうに言葉がない。
ルクソールではいくつもの事件が起こって、ようやくまた観光地として旅が復活した矢先の
事故だったようだが、あの気球が危ないことは旅行エージェントも承知していたはずなのに、、、。
海外の旅にはハプニングはつきもの。旅への思いを描いて一歩家をでると、後はいろいろの乗り物に乗る、、
飛行機、バス、タクシー、車、汽車、船、、、時には路上での事故もあるだろう。
でも今回は気球という珍しい乗り物でまた悲しい事故となってしまった。
ご家族はどんなにか力を落としていることだろうと胸が痛む。
ほんとうは、気球に乗るってほんとはとっても心が躍るもの、、、。
地上を離れる瞬間にふわ〜〜と籠が揺れるあの瞬間はなんともロマンティック!
空への憧れが昇華される瞬間なのだ。
十数年前になるがフランスで一度だけ乗ったことがある。
もう一度のってみたいと思うが、その時に危ない経験をしているから怖いような気がして
きっとしりごみするだろう。
飛行機のいろいろのハプニングや事故の経験豊かな?私だが、(more>>に)
実はこの気球での不時着という経験もある。
エールフランスの機内誌<Bon Voyage>の取材の旅でのことだった。
グルッとブルゴーニュの大地や葡萄畑、世界遺産を上からながめて元の乗り場への帰りだった。
気球が強風に揺れて沼地に不時着して、泥沼に太ももくらいまで引き込まれてしまったのだ、、、。
この時の気球が落ちた事故のことは何年か前に一度ブログに書いたことがある。
ありました、、、、、、ブログの中で<モンゴルフィエ 気球>を検索したら出てきました。
http://keico.exblog.jp/7096176/
2008年5月10日 土曜日 のブログへ、
思い出を引き戻しつつ緑雨
気球の動きにあわせて下の緑豊かな土地に遊ぶ牛が走っていくのがおもしろかった。
(この写真は後にCDジャケットに使われました)
(色がおかしい、、、)
http://keico.exblog.jp/7096176/
2008年5月10日 土曜日 雨雨あめ、、、、
思い出を引き戻しつつ緑雨
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
気球はフランス人のモンゴルフィエ兄弟が成功した。それてフランス語で気球は「モンゴルフィエ」という。
熱気球は人類が初めて空中を飛行した乗り物で、モンゴルフィエ兄弟Montgolfierが、1783年6月5日に世界で始めて有人飛行を行ったのだそう。
南フランスのアノネでモンゴルフィエ兄弟が大きな風船に薪をいぶした煙を詰め、
熱気球を約 2.4キロメートル離れた隣村まで飛ばすすことに成功し、これが世界初の熱気球の実験とされることから設けられた記念日が6月5日。
(空へのロマンはレオナルド・ダ・ヴィンチの素描にもあるが、実現はしていない。
左はダヴィンチの素描。2000年にミラノでの特別展で現物を見てきた、、、、)
飛行船の登場が1850年代で、ツェッペリン伯爵の硬式飛行船から100年以上前のこと。
ライト兄弟が世界で始めて飛行機による動力飛行を成功させたのが1903年だから、この熱気球は大変なことだったろう。
(日本では、まだ江戸時代の中頃だ)
その三ヶ月後には、国王の命で、二つめのモンゴルフィエ・バルーンがベルサイユ宮殿前の広場から上昇して、
広場には国王ルイ16世、マリーアントワネットをはじめ宮廷人と大観衆で埋められていたという。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私たちは、地上で籠に乗り込んだあと、バナーがたかれて、気球の内部が暖めてられて上昇していく。
地上を離れる瞬間にふわ〜〜と籠が揺れるのは、空への憧れが昇華される瞬間だ。
六人乗りくらいの小さな籠があるだけで、その中にカメラを数台首から下げて乗り込んだ私。
エールフランス航空の機内誌“Bon Voyage"の編集著の菊池丘さんと、専任プロカメラマンの青山進さんと
フランス人の女性で、私はお供(というより、私の担当はこの雑誌の“ワインと旅とアート"の頁の4頁の
写真と文だったから、それ以外は、なるべくプロの撮影の邪魔にならないようにしてついていって、、、でも
私もバンバン撮っていた)
遥か眼下に広がる緑の大地、遠くの山々、家や教会はあっというまに遠くになっていき、
道路も川も箱庭のよう〜〜〜。
気球の動きにあわせて、動物達が下を走っていて、その雄大さに感動したものだった。
うわ〜〜〜ステキ! と歓声をあげてもバナーの音でかき消されていく、、、、。
(このとき撮った気球の籠の内部の赤色と地上の緑と蒼い空の幾何学的な写真は、
コンタックスサロンの鬼沢さんにとても褒めていただいたのを思いだした〜〜〜〜。
あの時のポジはどこにあるのだろう、、、、)
(エールフランス機内誌 BON VOYAGE の1998年夏号はブルゴーニュ特集だった。
気球の記事の一頁)
好事魔多し! その後まもなく、気候が急変して気球が揺れた。地上から連絡があったのだろう、
バーナーを調整しているフランス人が、少しあわてた様子でキョロキョロしはじめた。
どうやら予定した着地点には降りられないらしい。慣れているのか、あまりあせってはないが、
おしゃべりになったのはやっぱり心配だったのかしら、、、、
“八十歳のおばあさんが乗ったときにはね、、、、やっと着地できたときは、
農家の庭のトイレだったよ、、、"とか、“教会の屋根のこともあったし、、、、"
え〜〜? 慣れない私たち三人の日本人は真っ青!
地上でコントロールしているジープが猛スピード走ってくるのがみえる、、、
かなりの予定変更なのだろう、、、。
風の動きを見て、地上をきょろきょろとバーナーマン、、、そして、やっと着地したのは沼地の端っこ。
“こっちまで歩いて、、、、大丈夫だから、と遠くで叫んでいる。
“昨日雨が降ったから大丈夫かな、、、といいながら歩き始めた菊池さんがまず叫んだ。
“足が抜けない〜〜、、、沈んでいく〜〜〜う、、、。
いつも落ち着いている彼がかなりあせっている様子に、もう私はとっても心配になった。
身軽な青山さんは別の方向にまわって無事に陸地に到着したようだ。
(その傾いている気球を撮った写真もあって機内誌に使われたのだから、さすがにプロだ!)
私はカメラを守りたかった。買ったばかりのコンタックスのRTSとSTとレンズ群首に二重巻き、
もう一台はたすき掛け、最後はカメラバックに入れて肩から提げた。
ずぶ、うううう、ずぶ、、、ずぶう〜〜〜〜〜、、、
“あ〜〜〜沈んでいく、、、助けて〜〜〜。
泥に膝まで沈むと、交互に足をぬいて先に進むのは至難の業、、、、。
そのころには、陸から別の人が助けに来てくれていた、、、。まず肩のカメラバックを渡して、
“これを先に助けて、お願い〜〜〜。驚くフランス人。
陸にカメラをおいて、すぐに戻ってきてくれて、今度は私の手を取って(手が抜けそうだった、、)
陸まで連れ戻してくれた。
農家の水道を借りて、膝から下を洗った。靴も洗って裸足で土の上を歩いてジープまで、、、。
なんとジープでは、キャンプ用の机の上にシャンパンが用意されていて、
“お疲れさま〜〜〜、ア・ヴォートル・サンテ、乾杯!
ほんとにこんなときまでフランス人はシャンパンなの〜〜〜、、、とイイながら、
全員が膝上まで生足で、皆なで大笑いしながら乾杯!
泥だらけの靴をしばらくかわかして、、、と。
気流が悪い季節だったようで、翌日はヴォルビックのスルス(水源の源)を、
熱気球で眼下に見るはずだったのが、数時間まっても許可が出ずに、帰国の予定を変えられない私たちは、
急遽クレルモンフェランの空港まで車を飛ばして、ヘリコプターで空撮をすることになってしまった。
内心気球でなくてよかったと思ったのだが、これがまたまたハプニングで、、、(後日書いておきましょう)
旅の思いでは尽きない、、、。
大変な経験も愉しい思い出として残っている、、、
でも命を失わなかったからそんなことも言えるのだ。
この時撮った泥だらけの靴とか、しぼんでしまった気球とかの写真はどこにあるのだろう、、、、
きっと、あの段ボールの中にあるはずだ。
http://keico.exblog.jp/17228761/
2013年1月28日 月曜日 晴れ
1990年代のフランスとイタリアのネガ・ポジ
このポジをデータ化するとその時の様子がいろいろアップ出来るだろう。
〜〜〜〜〜
青山さんと思い出話をしていたら、その時のポジをスキャニングして送ってくださったので数枚を
アップします。
(出発準備、、、萎んでいた4000立方の気球がだんだん大きくなっていく、、、)
(気球が暖まって昇っていくが、ずっと火は燃えっぱなしなのだ)
(彼が全てをしきっている。景観の説明もしてくれる)
(着陸は沼地に着いてしまった。青山さんはよくこの最後も撮りましたね、、、さすがプロです)
〜〜〜
http://keico.exblog.jp/8363159/
2009年6月5日 金曜日 雨
モンゴルフィエ 熱気球の記念日
http://keico.exblog.jp/5770820/
2007.06.22 金曜日
夏至きたり 古の旅はるかなる
この時に私が書いた記事は、
http://keico.exblog.jp/13208454/
2011年8月4日 木曜日 その二
ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>
http://keico.exblog.jp/690561/
2004.07.18
フランスは発見の旅我もまた「フランスの発見の旅・西編」
〜〜〜
(追記;青山さんの記録だと1996年6月10日のことでした)
ブログ内の旅の事故いろいろ
http://keico.exblog.jp/17169714/
2013年1月16日 水曜日 曇のち晴れ
ボーイング787の事故と半世紀弱の旅の思い出
http://keico.exblog.jp/14109860/
2011年12月8日 木曜日 曇りのち雨
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ー忘れられない事
http://keico.exblog.jp/11525410/
2010年11月4日 木曜日 晴れ
借景も小さな秋や二つ三つ >>借景も小さな秋の二つ三つ
http://keico.exblog.jp/11129076/
2010年8月12日 (木曜日) 曇り
25年前の日航機墜落事故「御巣鷹の尾根」の日
http://keico.exblog.jp/7821613
2009年1月16日 金曜日
米旅客機がハドソン川に不時着水 乗客乗員155人無事に感涙
http://keico.exblog.jp/7072885
2008年5月3日
旅の記憶にテルアビブのこと
http://keico.exblog.jp/6042978/
2007.08.23 木曜日
旅での波瀾万丈の出来事いろいろ
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