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木村伊兵衛のパリ、銀塩最後の私の巴里のエッフェル塔とコンコルド広場
2014年8月28日 木曜日 晴れa0031363_21252852.gif
<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>

 先週末、黄金桃のベリーニをいただきながら、高田さんは四十数年前の銀座の銘店
<スミノフ>時代のことを懐かしそうに話してらした。
なんど聞いても昔懐かしのお話しでなんとも楽しい。その頃のお客様面々にはいつも驚嘆。
蒼々たる文化人、経済界の重鎮、新聞記者、銀座商店街のダンナ衆も多かったそうだが、
その頃にバーにいらしていた写真家さん達は、最晩年の木村伊兵衛、川上緑桜、緑川洋一、
秋山庄太郎、大竹省二、林忠彦さん達だったという。
銀座のママを巡る彼らの恋のお話しも高田さんは覚えていて、昭和に活躍した写真家さん達の
なつかしい時代のこともうかがえたりしてとても楽しい。

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2013年12月23日 月曜日 晴れたり曇ったり 天皇誕生日
〜激動の一世紀を今宵一夜で〜

 昭和四十年代のことなのだろうから1960年後半から70年代にかけて、
日本は高度成長期の上り坂の頃であったろう。
スミノフには行ったことがないが、中学校から高校の頃に、父に連れられて時々銀座のバーには
何度か行ったことがある。
“はい、お嬢様”と、大きな苺にウィップトクリームを沢山のせたお皿をいただくのがとても楽しみだった。
その頃からワタシは酒の場が好きになったのかもしれないし、家にはいつも酒と食を求めて?
多くの方々が訪れていた。まだまだ物が少なかった時代であったろうに、、、。
そして洋食のマナーを学ぶために、父母は資生堂パーラーに連れて行ってくれたりしてくれたのも
この頃なのだろうか、、、。

 そんなことを思い出しながら、録画をしておいた日曜美術館の
<木村伊兵衛 天然色でパリを撮る、秘蔵写真でよみがえる58年前の町並み>をまた見てしまった。

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平成24年1月28日(土) 曇り
<木村伊兵衛天然色でパリを撮る、秘蔵写真でよみがえる58年前の町並み>を見て

木村伊兵衛(1901年12月12日 - 1974年5月31日)は、1929年に霞ヶ浦にグラーフ・ツェッペリンが
飛来した時に、フーゴー・エッケナー船長が縦型距離計フォーディスつきのライカIAを首に提げていたのに
触発されライカを使い始めたと言われている。
(そういえば母は小さい頃にそのツェッペリンを見に祖母に連れられて霞ヶ浦まで行ったことがあると
話していたことがある)
その頃ライカを戦後まもなく日本に入れたのは、サンモトヤマの茂登山長市郎さんで、
名取洋之助の依頼によると茂登山からうかがったことがある。

 モノクロの世界で日本人の日常や日本美をリアルに撮った彼が、日本のカラーフィルムの創世記に
カラーで撮っていたのは1954年と1955年の巴里。天然色フィルムの試写のために赴いたフランスで、
木村伊兵衛がアンリ・カルティエ=ブレッソン等の案内でASA10のカラーフィルムで撮った圧巻の巴里!
その写真を追って撮られた今の巴里と五十五年前のパリ、変わらないといわれる石文化とフランス人気質の
ジェネレーションの移り変わりや対比など何度観てみみあきない番組だ。

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(テレビをカシャッ、木村伊兵衛の1955年の夕暮れのコンコルド広場 絞りF11,1/30秒だそう)


そして私のコンコルド広場は、三年前の車窓からのスナップ

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#IMAGE|a0031363_1834880.jpg|201201/29/63/|mid|640|426#] (19 December 2011 Paris,Place de la Concorde バスの車窓からのスナップ)

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2010年1月7日 木曜日 晴れ
「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 〜東洋と西洋のまなざし〜」

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2007.03.24 土曜日 晴
桜狩り西も東も遠からず(木村伊兵衡の昭和の写真集)

(茂登山長市郎のことなどは)
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2009年9月4日 金曜日 晴れ後曇り、夜半に少し小雨

大正生まれの男性二人に魅了されて

http://keico.exblog.jp/9180761/
2009年10月30日 金曜日 晴れ
☆回想のわが巴里>>暗い朝に冬のグレーの空のパリを思い出して

http://keico.exblog.jp/14105427/
2011年12月5日 月曜日 その二 巴里着
☆回想のわが巴里の街1965~1973  パリとの始まり

http://keico.exblog.jp/14568477/
2012年1月29日 日曜日 雪模様 のち晴れ
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris2005

http://keico.exblog.jp/20001633/
2014年7月14日 月曜日 晴れ
<キャトルズ ジュイエ>=七月十四日、巴里祭の夜に思い出にふけって

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(ミレニアム2000年のカウントダウンの1990年代最期の、夜のパリの大好きな一枚。1999年12月、
西暦2000年まであと22日とエッフェル塔の灯は感動的だった。
メリーゴーランドが回って人々を夢に誘っていた、、、。
この時代のコンタックス&ツアイスレンズで、夜に手持ちで一瞬のこの写真を撮るのは至難の業だった)

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(上の写真の右上に写っているのは、この馬の足。遠方はシャイヨー宮)

 何度も見た番組は時には時にはBGMとなり、手元のMacの画面では、木村伊兵衛のパリの四十五年後=
ミレニアムをあと22日あとにひかえた1999年12月9日のパリの夜のフィルムのデジタル化の写真の整理を!
奇しくもそれは私の銀塩写真の終末の巴里だったのだ。
巴里のアパルトマンに別れを告げたのも前世紀最後の十二月だったのだ。
<私の銀塩>はこのあと2000年の志村先生と一緒の西安,敦煌,麗江の旅で終わりを告げた。

(エッフェル塔の後は、コンコルド広場とルーヴル美術館のピラミッドに行ったようだ。)

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(次を追加)
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  (2008.12.19 遥かにかすむ凱旋門、シャンゼリゼ通りを横切るときに、窓越しにカシャっと)

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(フランス大統領ミッテランが1983年に推進した「パリ大改造計画 」の一環のなかに
「大ルーヴル計画 」があり、ナポレオン広場に設けられた新たなエントランスにガラス製のピラミッドを
建築する提案が建築家イオ・ミン・ペイによりなされ、1988年に完成した。
更に地下のカルーゼル・ショッピング・モールに、採光用途を兼ねる逆ピラミッドが完成したのは
1993年だった)

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 19 December 2011 Paris


ルーヴル美術館の地下のガラスのピラミッドの向こうに見えるのはアップルストアーパリの一つ。
このストアーの二階へはジョブズデザインのガラスの階段で上って、ジーニアスバーへ行くのだ)
下記のブログで
http://keico.exblog.jp/14537068/
2012年1月27日 金曜日 曇り
『スティーブ・ジョブズI』第一巻をiPadで読み終わった。


 <★OldPhoto銀塩写真のデータ化><☆回想のわが巴里の街1990~2000>をしながら、
いつもこうして<昔のワタシ>に引きずり込まれてしまう。
<思い出整理>に沢山の時間をつかわないで、未来の事に多くの時間を使った方がよいのは
わかっているのだが、、、写真で甦るこの魔力はなんなのだろうか、、、。

 さて次の銀塩は最後の巴里のアパルトマン、、、
いろいろあるので、またにしよう。

何枚かは下記のブログに掲載。
http://keico.exblog.jp/19956599/
2014年6月30日 月曜日
1996年パリと1999年12月の前世紀のアパルトマン

     〜〜〜
 そしてデジカメ時代の最初は、200万画素のFUJI FinePix4700Zでの2000年から。
そして2001年のイタリアのアルベロベッロとヴェネツィアと巴里。

http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

 (このフィルムの一枚前のショットは前日の2000.12.17 の真夜中のパリの光り輝く
エッフェル塔の一枚でした。)
エッフェル塔にダイアモンドイリュミネーションが輝きだしたのは、
ミレミアム2000年を過ぎてからだった。
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  2000年の12月からダイアモンド照明がされ、二十一世紀へのカウントダウンがはじまった。
(夕闇のトロカデロからシャイヨー宮、アンバリッドなどがのぞまれる)
(最初のデジカメ200万画素でも、こうしてなつかし記憶と思い出になる。
一瞬の写真が長い間の記録になり、のこされていく、、、、、やっぱり写真は素晴らしい!
ブラヴォー〜〜〜!

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〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/17245942/
2013年1月30日 水曜日 晴れ
銀塩時代の写真の<オペレーションモノクロ化>

〜〜〜〜〜〜〜〜
エッフェル塔いろいろは
http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

 追記:ミレミアムへあとJ-801の写真は、ポストカードになった。
J-891 AVANTS L'AN 2000
(計算すると1997年7月23日となる)

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(ミレニアムを前にエッフェル塔にはカウントダウンの光が入った)

by pretty-bacchus | 2014-08-28 03:03 | ♣JourneyAbroad海外99仏伊 | Trackback | Comments(17)

マルセリーヌガンスのジュネーヴのレセプションにて
1999年9月の写真

★OldPhoto銀塩写真のデータ化

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 (マルセリーヌガンスのジュネーヴのレセプションにて
シャネルの黒の袖無しの長いワンピースに、シャネルの定番の白のカメリアを左胸につけている。
このカメリアは1997年のベルバカントのボルドーオペラで招待客全員にいただいたもの)
袖がない洋服ははずかしくて着られなかったので、珍しい写真)

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追加
#IMAGE|a0031363_432483.jpg|201406/05/63/|right|460|684#]
             (28 August 1996, venezia)ヴェネツィアのハリスバーにて。


by pretty-bacchus | 2014-07-06 23:56 | ♣JourneyAbroad海外99仏伊 | Trackback | Comments(0)

1996年パリと1999年12月の前世紀のアパルトマン
2014年6月30日 月曜日

 昼が最も長い日が続いたが、そろそろ限界で、これからまた日が短くなっていく。
今月はほんとうはフランスとイタリアの旅のはずだった。
目の手術でダメになって大きな旅をキャンセルしたが、その後も短い旅の
チャンスが二度あった。
イタリア商務省の催す展示会へのご招待だったが、二度とも丁重にお断りした。
少し残念、、、。

 そして時間の多くを★OldPhoto銀塩写真のデータ化に費やしてしまった。
でもまだまだ終わっていない。

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1996年の六月のパリをアップして今月の昔の写真の整理はお終い。

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(メディチの泉、、、)
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(六月の夕方のリュクサンブール公園の片側は静かで心地よい、、、、、)
(テュイルリー庭園やビュット・ショーモン公園と共にジャクリーヌ達とよくいっていたものだ)

                    〜〜〜
 追記は前世紀のパリのアパルトマンの数部屋と、角を曲がったところの写真屋さんでのスナップ。
この頃からもうこんなに太っていたのだ〜〜〜!

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#IMAGE|a0031363_0454360.jpg|201407/02/63/|right|513|684#]

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#IMAGE|a0031363_0471357.jpg|201407/02/63/|left|513|684#]

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#IMAGE|a0031363_0481254.jpg|201407/02/63/|right|513|684#]

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by pretty-bacchus | 2014-06-30 23:58 | ♣JourneyAbroad海外99仏伊 | Trackback | Comments(2)