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アドビ講習会<もう乗り遅れてる!ベテランが押さえておきたいデザイン環境とメディア対応>に出席
2017年9月21日 木曜日 晴れ

 借景の朝顔の葉は黄色くなってきて、、、もはや秋!
朝のベランダをのぞくたびに、どうしようもない詫びさに包まれる都心のベランダの小さな秋の始まり。

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 午後の東京を急いでもらった。
初めての新大手町界隈は数年前とはまったく違っていた。
オアゾとかパッサとかきいたことがないビルができていて、今日行ったのは
丸の内の<サピアタワー>というビル。
会場はその五階にある<ステーションコンファレンス東京>というフロアーのようで、
もうまったくわからない。
東京駅日本橋口をでてすぐという案内だったが、だいいち日本橋口をつかったことは一度もないし、
途中で転ぶとこまるのでタクシーにした。
タクシーの運転手さんに住所をナビにいれてもらったら大きな広場についた。
電話をしてようやくホテルの建物ということがわかった、、、というわけで、、、。

 そんな思いをしても出かけたかったのは、久しぶりのアドビの講習会があったからだ。
2017年9月21日(木)開催
【CSユーザー対象】
<もう乗り遅れてる!?ベテランが押さえておきたいデザイン環境とメディア対応>

ほんの一週間前にメールで案内があり、そのうえ抽選。
最近は抽選というのはほとんどあたらないので諦めていたら、昨日になって入場券がメールされてきた。

 ベテランというわけではないが、アドビの製品を使い始めたのは、Macを使い始めてからすぐだから、
かれこれ三十年になるし、フォトショップ、イラストレーター、ライトルーム、その昔はアドビブリッジ
なんていうのもあったし、今ではPDFは毎日使っているかもしれない。

ちょっとした案内状を創るには、イラストレーターはマストでこれは二十数年前には使いこなし始めて
いただろう。
アドビブリッジで撮った写真はExifデータをみればカメラの種類から細かいデータまで全てわかるのが
便利になってありがたかったし、もちろん今やフォトショップはなくてはならないものになっている。
もっともあまりいじるのは好きではないから、トーンカーブを少し使うだけなのだが、、、。

 1990年代は、アドビのオフィスに聞きにいったこともあったが、1995年から2006年までは、
うちのオフィスに優秀なデザイナーさんが週に二回来てくていたから、いろいろ教えていただくことが出来た。
その後は遠くにいってしまって適任者がみつからなかったから、もっか自分で学ぶしかなかったのだ。
ちょうどその頃からアドビの公開講習会が行われ始めたのでいろいろ参加した。

 アドビの製品は必要なのだが、それぞれ高価なので、仕事場で使わないようになってからは細々と
つかっていた。
Adobe Illustrator CS3とAdobe Photoshop CS3とあとは昔のままだったが、
五年前からは始まったアドビクリエイティブクラウドのAdobe Photoshop CC 2014とライトルーム
を毎月契約をしていたが、Mac本体をまだOS8.5にしたままなので、ライトルームは使えなくなって
しまっているが、あまり不自由も感じていない。

 アドビの講習会には、もう何度も出席させていただいているが、いつも大人数のことが多くて、
後ろの方では前のスクリーンがほとんどみえない事が多いので、今日は少し早く着きたかったのだ。
15:30受付に間にあってまだ数人が席にすわっていただけで前の方に席をいただけた。

16:00きっかりに始まった講習会は、アドビの慣れた男性と女性がかわりばんこに説明。
ここ数年にできた新しいアプリもたくさんあって、もはや今の私にはついて行かれないしあまり
必要のない世界なのかもしれないが、いろいろ参考になることがたくさんあった。

 イラストレーターは今年三十周年だという。
ロゴが<Ai>ではなく<ヴィーナス>だった頃の、マック版がでたばかりの1990年代前半から
使い始めたからなつかしい。Adobe Illustrator 1.1かしら?

 
 十分の休憩をはさみみ、
DTP系デザイン セッション、Webデザイン対応 セッションが続き、六時過ぎまで皆さんじっと静聴していた。

 会場をでたらもう外は真っ暗で、またまたタクシーで帰宅。
それでも価値ある三時間でした。
ぐったりと疲れてしまって、歳をとったものです。

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(お土産のアメニティーはクリアーホルダーでした)

  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ブログにはすでにいろいろ書いていましたね。

http://keico.exblog.jp/4185751/
2006.08.26 土曜日
朝顔や光り探して迷う午後、カルティエブレッソン

(Adobe PhotoshopユーザのためのFlash入門講座)
http://keico.exblog.jp/5126448/
2007.02.15 木曜日 晴れ
春一番空晴れ雲がポッカリと 
- Photoshop素材をFlashアニメーション化するノウハウなどなどを学ぶことができた。

http://keico.exblog.jp/5201826/
2007.03.05 月曜日 晴れ
落ち椿仰ぎ見る間に又一輪(ADOBE関係の講習会)

http://keico.exblog.jp/5767762/
2007.06.21 木曜日 晴れ
夏蝶のカメラ取るまに消え去りて

http://keico.exblog.jp/5898360/
2007.07.21 土曜日曇り 朝顔葉六つ
エキサイトブログでタグの研究

http://keico.exblog.jp/6344255/
2007.10.22 月曜日 晴れ 朝顔は四つ五つ
カメラ遍歴とフォーサーズへの道

十年前にはアドビの【Adobe Creative Suite 3 発表記念イベント】に参加していました。
ブログってすごい! こうして歴史がわかるのですから!

http://keico.exblog.jp/5710242/
2007.06.08 金曜日 晴れ
むち打って 新しき世界へ 跳躍す
(この日のブログをみると私の当時のネット環境がわかり、イラストレーターは92年から使っていたようだ)
(銀座のアップルストアーで聞いた45分の講習にも参加していた)
http://keico.exblog.jp/6150082/
雨の午後にネット環境を振り返って
2007.09.11 火曜日 雨になってしまった。

http://keico.exblog.jp/6852111/
2008年3月1日 土曜日 晴れ
オリンパスの講習会、、、、なにかが違う

(アドビフォトショップCS3一時間半の講習会)
http://keico.exblog.jp/7106608/
2008年5月13日 火曜日 曇りか雨か
ひたすらに 雨にもまけず アップルストアーへ
マックを使い始めた1980年代後半には、日本のエージェントの人がわからないと、
アメリカに電話をかけて聞いていたし、1994年からはアップルとメールでいろいろ応答ができた。
それが、時代もシステムも進んだ今に出来ないはずがないと思うのは、私の考え違いではないと思うのだが、
今の若い人には、生意気ん、変な、うるさいオバサンと思うだけなのだろう、、、、>とある。

http://keico.exblog.jp/7163899/
2008年5月31日 土曜日
太陽のない朝が明けた。
 
http://keico.exblog.jp/7165745/
2008年5月31日 土曜日 雨雨
雨の土曜日はアドビのお勉強
 
(アドビ システムズ 株式会社 と玄光社 「コマーシャル・フォト」主催の
「デジタルフォト & デザインセミナー 2008」)
http://keico.exblog.jp/7166848/
2008年5月31日 土曜日 氷雨
アドビ&玄光社「デジタルフォト & デザインセミナー 2008」

http://keico.exblog.jp/7498695/
2008年9月18日 木曜日 曇り
真夜中に 目覚めて浴びる 寝待ち月
 
http://keico.exblog.jp/7720415/
2008年12月6日(土)晴れ
スケジュール一杯の充実した週末の一日でした

(アドビBridgeのメタデータのカメラデータのことを書いています。
こんなことで喜んでいたのですね!)
http://keico.exblog.jp/7731869/
2008年12月11日 木曜日
ニコンのGPSユニットGP1とグーグルアースの試写
 
http://keico.exblog.jp/7730371/
2008年12月11日 木曜日 晴れ
ニコンのGPSユニットGP1とグーグルアースの試写

(アドビ システムズ の『ワークスタイル改革セミナー 
〜書類のムダを省きチーム作業を徹底効率化〜』に欠席)

http://keico.exblog.jp/7912801/
2009年2月5日 木曜日 曇り
なんと一日が早く過ぎゆくことか

http://keico.exblog.jp/8740701/
2009年7月31日 金曜日 はれ
「デジタルフォト & デザインセミナー 2009」に参加
 
http://keico.exblog.jp/7717663/
2008年12月5日 曇り後雨
まさにこの この一時の 散る命

http://keico.exblog.jp/9787159/
2010年1月26日 火曜日 晴れ
>突然にNikon Capture NX2の講習会へ

http://keico.exblog.jp/11353788/
2010年09月28日(火) 雨のち曇り
日経BP主催の講習会< iPhone/iPadでビジネスが変わる/経営が変わる>
 この日に出席したオジサン方はほとんどWeb世界にうとい方だった。

http://keico.exblog.jp/13131579/
2011年7月24日 日曜日 晴れたり曇>古い方のMacBookProを<Mac OS X Lionへアップデート
 
http://keico.exblog.jp/13280311/
2011年8月12日 金曜日 晴
今夏はアップルがヒートアップ&百獣の王Lion狂奏
 
http://keico.exblog.jp/13131579/
>2011年7月24日 日曜日 晴れたり曇ったり
古い方のMacBookProを

http://keico.exblog.jp/14748256/
2012年2月25日 土曜日 曇り
FUJIFILM X-S1 Fujinon Super EBC F2.8-5.6 (24-624mm) が届きました。

http://keico.exblog.jp/15722412/
【デジタルフォト&デザインセミナー 2012】欠席
2012年7月6日 金曜日 曇り

http://keico.exblog.jp/17013736/
2012年12月18日 火曜日 その一 晴れのち曇り、夜に雨
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年!

http://keico.exblog.jp/17321980/
2013年2月14日 木曜日 曇のち晴れ 病院
午前八時から午前七時まで二十三時間ぶっつづけ

http://keico.exblog.jp/17386492/
2013年2月26日 火曜日 晴れか曇か
三日ぶりにマックが使えるようになった
http://keico.exblog.jp/21221398/
2015年12月18日 金曜日 晴れ
久しぶりに<デザイン工房 プレジールドゥヴィーヴル>のオープンで年賀状を

http://keico.exblog.jp/22691055/
2016年4月5日 火曜日 曇り
借景を愛でながら、<dマガジン‎>で読書を楽しむ

http://keico.exblog.jp/23264131/
写真家相原正明さんの「FUJIFILM X-T2」スペシャルトークショー
 平成二十八年十月一日 2016年10月1日 土曜日 曇り


by pretty-bacchus | 2017-09-21 23:58 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(0)

日経新聞の<春秋>で稀勢の里とチカラビトなどに感動
2017年1月25日 水曜日 晴

 朝日の<天声人語>も好きだったが、購読をやめてかなりたつ。
今は日経新聞と産経新聞を本誌ネットとともに購読。
朝日は、ネットで少しだけ読んでいる。
日経新聞は連れ合いの購読だが、私は何十年も前から、最終の文化欄のページと一面の<春秋>が好き。
文化欄メインの記事と、右上の小さな芸術欄、左上の<私の履歴書>と左下の<交遊抄>、そして連載小説。
どれも経済誌とは思えぬ読み応えがある。

(この文化欄と土曜日のプラスワンを担当なさっている方に十数年前に、当時は会員だった
外国人記者クラブで数回おあいしている。
文化欄では志村ふくみさんのことをいろいろうかがいたいということで、
プラスワンではワイン業界のことをということだった。
どちらも記事になったが、記者の方からは何もご連絡はいただかなかった。
取材ではなくご紹介だったのだが、、、、それが業界の慣習らしい)

 今月の<私の履歴書>はカルロス・ゴーン氏、小説は伊集院静の<琥珀の夢>で
佐治信治郞のサントリー創設前の話。
<春秋>も時節のタイミングにあった、時には文化的な記事が多くて好ましい。
一面トップの騒々しい記事は素通りのことも多い。
ましていまどきは、<「永久離脱」 TPP決壊 トランプ氏が大統領令 >など、
かの国の信じられない男のことが多いのでなおさらだ、、、。

 今朝の<春秋>は、ウィンブルドン現象と稀勢の里の横綱昇進などについて。
日本出身の横綱誕生は十九年ぶりだが、それまでの国技相撲界をになってきたのモンゴル人力士たちの姿を
力士=チカラビトと讃えている。良い記事だ。(more<<に記録)
この<春秋>の記事はPC上でなく、一面の本紙で読みたいと思っているが、眼がいつまで保つのやら、、、。

http://keico.exblog.jp/23375059/
2016年11月16日 水曜日 曇り その一
白鵬が通算千勝を達成おめでとう!。特年前の溜席の勇姿を思い出して

http://keico.exblog.jp/11344383/
2010年9月26日 日曜日 晴れ
大相撲、九月場所千秋楽の「溜席」で白鵬優勝を観る

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以下日経本紙から引用して記録しておこう。<<<moreに
↓クリックすると読めます。

 〜〜〜〜〜〜

More>>日経の<春秋>から
by pretty-bacchus | 2017-01-25 23:59 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(4)

借景を愛でながら、<dマガジン‎>で読書を楽しむ
2016年4月5日 火曜日 曇り

 左目が正常に見えなくなってからはまだ一年ほど前。
でもその数年前からPCで新聞も雑誌もよむようになっていたから、あまり不自由を感じない。

 特に日経新聞は朝起きて、まず紙の手触りを感じながら全部のページに目を通して、大きな見出し、
二番目に大きな活字で大体のことがわかる。
一番小さい字は読みにくいので、興味がある記事は、MacやiPadで大きくして読む。
このあんばいがなかなか良くて気に入っている。

 写真の月刊誌一冊と情報誌フォーサイトもウェブ版を購読。
まあ、こんなところで良いのだが、先だって友人から、ドコモの<dマガジン‎>のことを聞いた。
月400円で多彩なジャンルの160誌1000ほどの記事が読めるという。
その上、先月からはiPhone,iPad等スマホ・タブレットで利用可能に加えて、
PCでも読めるようになったというのだ。
一人五台まで使えるというので、すぐに購読することにした。
ご利用規約に同意して、いとも簡単な方法で、トライアル版を開始することができた。

 AERA,Newsweek,CAPA,GOETE,DIME,danchu,Trendy,MORE,Pen,おお〜〜MacFanも!
サライ、ダ・ヴィンチ、東京カレンダー、ワイン王国、家庭画報も婦人画報も読める!
連れ合いが購読している経済誌や週刊誌もあるし、
紙媒体で読んだことのない<趣味の文具箱>なんていうのもある。

 記事はもちろん、レティーナディスプレイのMacBookプロでみる。
雑誌がそのまま読めるのですもの。写真がとてもきれいでなかなか良い!
ところがPCではスワイプして拡大すると文字が霞んでしまうのだ。
こうなると12.9インチのiPad Proが欲しくなってしまう。

 久しぶりに読んだMacFan五月号、しばらく読んでいなかったが、バックナンバーもあって
三月号まで遡って読める。
さっそくに新製品のiPad Pro9.7などの記事を読む。
昔はいろいろ教えてくれる友人もいたが、最近は多くを語ってくれる人もいなくなったので、
こういう雑誌からの時には細かい情報がとても役に立つことが多いのだ。
三月号の<アドビの今とクリエイティブ、そのすべて>。
久しぶりのMacの雑誌で楽しくてしようがない。

 関連記事からでも見られるようで、
TREND WATCH② 観光列車〝戦国時代〟春の陣
DIME 2016年5月号
<乗って!撮って!楽しむ鉄道>
読んだことはないが表紙はしっているFLASHをクリック。
初めの方は女性の裸の写真がつづいたが、やがて芸能界のこと、
そして最後になってやっと桜の記事があったが、それほどでもなかった。

 宵っ張りの私には、まあこれがいけません。
すでに三時半になってしまいました。

Hey Siri ちゃん、明日は何のアポがあったのかしら? 

http://keico.exblog.jp/22690831/
2016年4月4日 月曜日 iPhoneでシリチャンとお話し
借景の桜はまだ健在、イヌシデの花房がおおきくなって


(定点観測の借景のイヌシデと遠方の桜は、、、)

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by pretty-bacchus | 2016-04-05 23:59 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(26)

宇田川悟さんの<「食文化からみたまちづくり」パリと神楽坂を比べながら>
2015年12月3日 木曜日 雨のち曇りa0031363_21252852.gif

  雨が上がった。よかった。
なんだか疲れていてよろよろしているが、土手の道の落ち葉を楽しみながら駅へ。
ラッシュアワー前のJRで飯田橋着。
クリスマスツリーがきらきらと輝いていた。

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 午後5時からPORTA神楽坂の第1会議室で行われた宇田川悟さんの講演会を聴いた。
<「食文化からみたまちづくり」パリと神楽坂を比べながら>
宇田川さんはもう二十年ほど前からのお知り合い。
二十年住んだパリからご帰国なさってからは神楽坂にお住みになり、お宅にもうかがったことがある。

「書斎の達人」「フレンチの達人たち」「最後の晩餐」「死ぬまえに食べておきたいものは?」など
多くの本を書いてらっしゃる。

http://satoruudagawa.blog.fc2.com
宇田川さんのブログ

 奥様葉子さんはとっても素敵な方で、ペンネーム吉村葉子で、
二十年間のパリ生活から得られた豊富な知識で、日仏の文化のちがいなどを書かれた多くの著作がある。
「」パリでみつけた」「お金をかけずに人生を楽しむ方法」「お金をかけずに食を楽しむフランス人」
「お金をかけても満足できない日本人」
ホームページのダイアリーはとても楽しい。
http://www.yokoyoshimura.com/diary/diary.html
葉子さんのホームページ
フランスの今回のサンドニでの事件も簡潔に説明なさっている。

http://keico.exblog.jp/6892809/
2008年3月12日 曇り
日仏150周年記念、日本のフランス料理150年

http://keico.exblog.jp/6901620/
2008年3月15日 土曜日 晴れ
春の一日は暮れて(2000年のダイアモンドエッフェル塔)

http://keico.exblog.jp/7720415/
2008年12月6日(土)晴れ 
スケジュール一杯の充実した週末の一日でした

 宇田川さんの講演会には何度かうかがったことがあるが今日は地元神楽坂のお話しでお客様は三十人ほど。
一時間半の予定が、主催者の意向で最後の三十分は懇親会ということで、宇田川さんはコンパクトな
内容一杯のお話しをしてくださったので、少し記録しておきたい。
(わたしが加えたいことも途中に入れて、、、)

<「食文化からみたまちづくり」パリと神楽坂を比べながら>
食文化から街づくり

フランスで日本人がきらわれるレストランでの三つは
1/皿のぐるぐるまわし
  数人で食事をして、皆で皿を回して食べる。
シェフは皿の上に一つのアートを描いている。
<<ぶぜつであるとシェフは感じる。
1/写真をパシャパシャ撮る
1/ワインのラベルをはがすのを頼む

また、食中毒については日本ほど過剰な騒ぎはしない。
個人の体調の差もあると考えるようだ。
美しい物は毒がある!
 
 仏の美意識は
明晰、簡潔、エレガンス
食は近世フランス王国ブルボン王朝の十七世紀〜十九世紀に、時の権力(ルイ王朝)と一体化して確率され、
美食文化の伝統化がなされた。

ガストロノミー=美食文化(方法論)
文化として認知されて>ジョワ・ドゥ・ヴィーヴルとなった。
文化としての料理の確率は十九世紀から百五十年かかって今はフランスの政治外交にも影響を及ぼしている。

階級社会のパラレル(横社会で自分達が守られている)

三つ星が町場におりてビストロとなり、カフェともなり、豊かな日常生活を切り取り彩り、
カフェ文化として発展した。
カフェの奥には隠微が世界が時にはあり、その<俗>の対局として<聖>の教会がある。

 しかしこの十年ほど前からフランスではカフェが少なくなってきて、半分の人はカフェに
入らなくなったのだという。

(オーヴェルニュからきた人たちのことは今回は話さなかったが、私のブログで言及したことがあった)

http://keico.exblog.jp/19949581/
2014年6月26日 木曜日 曇り
1997年の今月今日6月26日の私の巴里=パリのカフェの歴史
★ 銀塩時代の写真の<オペレーションデジタル化

1994年の巴里。
銀塩時代のコンタックスStとContax G1 with viogon24での写真をスキャンしてあったので。
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1994.oct. Paris Deux Magots, Contax ST (サン=ジェルマン=デ=プレのカフェ・レ・ドゥー・マゴ )


 神楽坂にはミシュランの☆が多い。
(このあとの彼のミシュラン論はいつもながら見事。あとでゆっくり書いておこう)

神楽坂は粋と伝統の多様な文化が生きている街。
泉鏡花、永井荷風、夏目漱石らも住んだことがあり、谷崎潤一郎の<陰影礼賛>が生きている花街。
薄明かりの中の美。
大通りと中の街並みのコントラスト。
今東京にある七つの花街とは一線を画しているという。
(芳町・新橋・赤坂・神楽坂・浅草、向島 とあとひとるはどこだろう?)

 パリの街は、円環状に発展した街。
セーヌ川を中心とした街で右岸と左岸にわかれ
パリ市の中心は、セーヌ川に二つある中州状の島、シテ島とサンルイ島で、ここがパリ発祥の地。
シテ島にはノートルダム寺院があり、パリが教会を中心に発展した街。
西にエッフェル塔、南にモンパルナスタワーがひときわ高くそびえる。ほぼ平坦なパリ市だが、
右岸にモンマルトルの丘が小高く盛り上がり、頂上にはサクレクール寺院が建っている。

http://keico.exblog.jp/20821302/
銀塩で撮った2000年のサクレクール寺院
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>2000年12月巴里サクレクール聖堂の女神に祈りを込めて
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 十九世紀半頃までのヨーロッパの都市では、通りに張り出した屋根からの排水が道の中央の排水溝に
流れ落ちるようになっていた。住民は日々出る生ゴミや汚物を通りに投げ捨てるため、
道の窪みや溝にはそれらがたまり、河川には汚物などが流れ込み、汚染されていた。
それらのパリの大改造をしたのが、ナポレオン三世の構想に沿って大規模な都市改造を企てた
セーヌ県知事のジョルジュ・オスマンだった。
その後1879年にはエッフェル塔が建ち、1973年にはモンパルナスタワーが建った。
(エッフェル塔を毛嫌いしたモーパッサンは、その塔がみえないエッフェル塔の二階のレストランで
いつも食事をしていたという有名な話も)

 パリの街は人間のために作られていて、その通りは5,500あるという。
その全ての通りには必ず歩道があり、美術館と公園があり、
それはヒューマニズムの具現化であり、人々の街である。

 レストランはそのほとんどが一階の路面店で(ツールダルジャンという例外もあるが)、
その多くは路地、横丁、裏通りにあり、ミシュランの星付きレストランもひっそりした場所にある。
食文化は社交で有り、神は美に宿る。
招かれる夕食会は異業種の人が多く、席次も意味があり、全ての話題にいかに入っていかれるかが
その人の器とみられてしまう。
ディナーは、食事を通してその文化性、人間性をも語ってしまい、それからの人間関係の発生する。

もっともっといろいろお話しなさりたいでしょうに、もっともっと巴里><神楽坂の比較文化論を
お聞きしたかったのに、時間はすぎてしまいました。
ありがとうございました。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

http://keico.exblog.jp/13216621/
2011年8月5日 金曜日 晴
シャンゼリゼ大通りの麦畑とパリの思い出

ミシュラン三つ星の中でもその頂点にたつ<ランブロワジー>は、プラス ドゥ ヴォージュにある。
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(2005年10月  Place de Vosge  夕闇のプラス ドゥ ヴォージュ)

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 (その広場の9番地にあるL'Ambroisie パリの三つ星のトップレストランのランブロワジーのエントランス
パリの街の多くの広場はとても暗い、、、、)

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(一歩入って、、、、)

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 (最初のサル、この手前角の丸テーブルがわたしの指定席!)

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 (実はこれは、、、、、???)

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 (そしてその晩の真夜中に友人の家からのノートルダム全景。

 〜〜〜〜
 講演を聞きながら私は自分のフランスでの諸々を思い出していた。
エールフランスのパリ駐在員として四年弱をすごした1970年代初め、そしてメリディアンチェーンの
日本代表として六十カ国を廻った1980年代の六年間。そして
<ラ・プリュ・フォル・ジャポネーズ! セ・ケイコ!>(もっともバカな日本の女性、それはケイコ!)
と多くの人に可愛がられての二十世紀後半の四半世紀だった。
食のシェフ達、ワインの造り手、そして一般人も貴族社会や美術界や政財界のフランス人とも交友を重ねて
とても恵まれていたのだと、今更ながらのように感謝の気持ちで一杯になった。

ワインと食にどっぷりとつかって、<ベルバカント>というワイン&食&文化のすごい倶楽部の
ただ一人の日本女性に選ばれた頃だった。ボルドーにもブルゴーニュにも年に何度も通っていた。
♥ブルゴーニュのシュヴァリエ・ドゥ・タートヴァン(利酒騎士団)の称号を授与されたり(1992年)、
ボルドーでCommanderie du Bontemps de Medoc et des Graves de Bordeuax コマンダリー・デュ・
ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの称号を授与されたのもこの時代だった。

http://keico.exblog.jp/20835025/
2015年1月31日 土曜日 晴れ  
1998年6月コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式 
★OldPhoto銀塩写真のデータ化

http://keico.exblog.jp/20798889/
2015年1月23日 金曜日 晴れ
★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年4月のボルドー,サンテミリオン

(09 June 1998 Bordeaux , Chateau Lynch-bages,
コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式)

http://keico.exblog.jp/14182547/
2011年12月16日 金曜日
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris 1990~2000ー三つのシュヴァリエ

http://keico.exblog.jp/20835025/
2015年1月31日 土曜日 晴れ  
1998年6月コマンダリー・デュ・ボンタン・ドゥ・メドック・エ・デ・グラーブ・ドゥ・ボルドーの受賞式 
★OldPhoto銀塩写真のデータ化

http://keico.exblog.jp/21820973/
2015年11月6日 金曜日 晴れ
シャトー・クリネのヴァーティカルテイスティング&ディナーで昔を思い出して

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2014年6月10日 火曜日 曇り その二
1995年10月のボルドーのシャトーでの思い出写真

 〜〜〜〜〜
 お誘いしたKさんと一緒に赤坂へ。
知らないお店で食事をすると、まずワインが高くて美味しくないことが多いので、勝手がきくお店で
ゆっくりとヴィッラヴィーニャマッジオのグランセレクションを
いただき、おつまみとゴルゴンゾーラのペンネをいただきながら、フランスの今昔などを話しながら、
夜はふけていきました。
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

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(二十一世紀を前にエッフェル塔にはカウントダウンの光が入った)

ミレニアム2000年のカウントダウンの
1990年代最期の、夜のパリの大好きな一枚は、
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(好きな写真の一枚。1999年12月、西暦2000年まであと22日とエッフェル塔に灯がともる。
メリーゴーランドが回って人々を夢に誘っていた、、、。
(この時代のコンタックスツアイスレンズで、夜に手持ちで一瞬のこの写真を撮るのは至難の業だった)

 エッフェル塔にダイアモンドイリュミネーションが輝きだしたのは、
ミレミアム2000年を過ぎてからだった。
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そして、一枚前のショットは前日の2000.12.17 の真夜中のパリの光り輝くエッフェル塔の一枚でした。
  2000年の12月からダイアモンド照明がされ、二十一世紀へのカウントダウンがはじまった。
(夕闇のトロカデロからシャイヨー宮、アンバリッドなどがのぞまれる)
(最初のデジカメ200万画素でも、こうしてなつかし記憶と思い出になる。
一瞬の写真が長い間の記録になり、のこされていく、、、、、やっぱり写真は素晴らしい!

 写真って楽しい〜〜〜そしてデジカメ時代の写真って凄い!
写真の記録は記憶を甦らせ、時に希望の光を放つのだ!
 
a0031363_814599.jpg  (毎時5分〜10分だけダイヤモンドイリュミネーションのエッフェル塔の年齢は? )
(21 Dec,2008 Paris)

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2009年9月10日のブログ

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2009年12月14日 月曜日 曇り後晴れ
エッフェル塔は御年120才

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(December 2014 Paris)



by pretty-bacchus | 2015-12-03 23:59 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(2)

週末は本とレターペーパーと万年筆の思ひ出に酔うて
2015年8月1日 土曜日 晴れ 猛暑日

日の出入・月の出入 (東京)
  日の出 04時49分  : 日の入 18時45分
  月の出 19時53分  : 月の入 06時34分

 八月になってしまったという感じ。
三十八度を超えて都市もあったという。なんということだ。その上湿度がたかいからどうしようもない。

 それでも今日は本の整理をしたりしてすごしていたのは猛暑の外にでたくないからかもしれない。

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(オナガは元気に木から木へと、、、二羽一緒にやってきたようです)

 本屋さんと文房具やさんは大好き。
本屋で単行本をそっと手にとってばらばらとめくるときの本の香りはなんともいえない。
仕事場が青山一丁目の時は、二階の流水書房には毎日のように行っていた。
店長のTさんと親しくなって、<私好み>の本をとっておいてくれるようになっていた。
美術関係の限定本などは手垢も目垢もつかずに、表紙も汚れにようにカヴァーがかけられてそっと手渡された。
それをはらはらとめくるときのときめきが大好きだった。

 東京駅にいくと丸善や八重洲ブックストアーによってしまい、銀座にでると教分館
(そして文房具の伊東やにも)と、時間が少しでもあると本屋で本の香りをかいでいたのに、、、。
家の近所にもそこそこの本屋さんは何軒かあったが、
ここ数年歩いて行かれる処の本屋さんはすべて消えてしまった。

 海外旅行の時も本屋さんと文房具やさんはついつい入ってしまう。
イタリアは、フィレンツエだけでなくヴェニスやヴェローナやアマルフィやソレントなどでも
文房具やさんのおじさんやおばさんとすぐに仲良くなった。(どういうわけか若いイケメンはいなかったな)
フィレンンツエのIL PAPIRO (イルパピロ) のマーブル紙にも凝ったことがあった。
アマルフィの老人が漉いた紙も好きだった。

 その昔パリに住んだ頃からは、プライベート名刺や名入りの封筒と便箋は、
エルメスとキャスグランであつらえた。
エルメスの用紙はコンケラーで、廻りに上品にエンボスが入り、濃いグレーの名前は変わりゴシック調で、
もちろん銅板刷り。
キャスグランでは用紙の廻りは直線ではなくとても風合いがあるギザギザを選んで、
文字はフォントでいうとApple Chanceryのような感じで濃紺の銅板。

今のようにPCで打って自家プリンターの時代ではなかったので、タイプライターでうっていくと
間違えると何枚も無駄にしたりしたものだ。

そして、ミラノとザルツブルグに連れ合いの駐在事務所ができてからは、イタリアやオーストリーの
独特の風合いの紙に狂喜したものだ。

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(下の箱は二十数年前にエルメスでレターヘッドをつくったときの残りと箱。
なにしろ紙と布がすきで大好きで、、、)

 それといっしょに万年筆もいろいろ楽しんだ。
子供の頃の父からのプレゼントの万年筆はパーカーだったが、

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長じてからはペリカン、モンブラン、アウローラなどが好きになった。
(モンテグラッパのデコラティフのものは高くて手が出なかった)
凝っていて紙によってインクの色を変えたりして楽しんだが、太さはいつもBやBB以上。
万年筆でも筆のような感じで文字を書きたかったのかもしれない。
モンブランの作家シリーズは年に一度の限定作品、アウロラ、オマスはかなり後になってから、、。

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 (でもここ十数年は、筆と墨のことが多い。真夜中に墨をすって手紙を書くのはなかなか良いものなのだ)

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(万年筆によってインクの色も変えているが、ペン先はほとんど太いものだ)

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2005.05.19
万年筆続き、AURORAのレオナルド・ダ・ヴィンチ

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2005.05.19
小さな宝物、万年筆の思い出

 1990年代から状態がかわったのがMacを使い始めたこと。
凝ったのが、Macでいろいろ文字やデザインをして手紙を書くことだった。
仕事でもそうしたから、あるとき取引先を訪ねたら、厚いファイルをみせられて、
それが全部私からの手紙とわかって恥ずかしくもあり嬉しくもあり、、、。
(この造り手との日本への輸入の独占契約がとてたのはそんなこともあったのかもしれない)

 2005年のサン・テグジュペリさんのレセプション用の時には、、、
コンケラー・ウーヴのオイスターで格調高く、、、。
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 2005.01.23
紙にこり 初めての方のプレスキットを創る

 前世紀末からこったのが和紙。
京都の老舗紙屋さんにお願いして、手漉きの和紙に日本画の作家さんに季節の花を描いていただいたりして、
名刺から便箋までそろえて楽しんでいた。

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2008年2月9日 土曜日 曇り後雨と雪
写真展のお礼状の準備を

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      表のデザイン、三つ折りにすると、左端の上に、メルシーボークーがくるようになる。
エンジェルは右の紙をおこすと見える。
縦の折り線はプリントの時消して、、、
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 お出しする方のお名前とお礼の一言は、筆で書く、、、。
 48.7セントと14センチの細長い、断ち落としの紙は、捨てられずに甦った!
エコロジーというより、美しい和紙が無駄にならなかったのが嬉しい!

 自分の写真を使ってポストカードをつくったし、グリーティングカードはMacと遊んで楽しんでいた。
友人達にそっとご本人の名入りの便箋をお送りしたり、、、、、、、、。
まあ、趣味が昂じて自分に酔っていたのかもしれない、、、。

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2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに
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(二十一世紀を前にエッフェル塔にはカウントダウンの光が入った)


 そんな用紙も大分すくなくなった。
あの世まではもってはいかれないので、ちょうど良いのだろう。
名前が入ったのはだめだが、白紙のは友人達にぼつぼつとまとめて送り始めることにしよう。

 週末にデスク廻りの片付けをしていてそのいくつかが出てきて、なんだか昔を振り返りたくなってしまった。
歳をとったと言うことだろう、、、。

 それにしても暑い一日だった。

      〜〜〜〜〜〜〜ブログいろいろ 〜〜〜〜

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2010年2月6日 土曜日 晴れ
新しきご縁うれしく春立ちて

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(父の本の後には必ずサインがある、そして「敬子へ」というのが何冊もあることを発見したのは数年前のこと。)

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a0031363_5134659.jpg  (子供の頃の写真は奥の戸棚のさらに奥にあるので、すぐには出せない。

祖母のご法事の時の写真はもう三十年以上も前だろうか。


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2010年4月30日 金曜日 曇り後
四月尽残りし時を指おりて>>老い先のことなど思い四月尽 

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2010年5月7日 金曜日 曇り後小雨
ゆく春や旅の写真のなつかしき >>行く春や旅の写真の限りなく


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  数年前につくった自作のレターペーパーは、和紙に志村ふくみさんの織物の一部をレイアウトしたもの。

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2011年5月23日 月曜日 雨
<小満>の雨はお部屋で紙遊び

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2011年12月17日 土曜日 
☆回想のわが巴里の街1990~2000 =十五区のアパルトマン
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris ~1990~2000

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2012年1月30日 月曜日 雪模様 のち晴れ
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris2005 その二

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2013年1月13日 日曜日 晴れたり曇ったり その一
雪降る東京で古の巴里を白黒にして、、、
  
 〜〜〜〜〜〜 〜万年筆でブログ内を検索するとその他にもいろいろ 〜〜〜〜〜〜

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2010年5月24日 月曜日 雨
思い出の千代紙遊び五月雨 >>五月雨千代紙遊びの思い出や

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2011年4月26日 火曜日 晴
春の宵金銀朱色紙遊び

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2011年7月25日 月曜日
日曜美術館<“手紙”が語るフェルメールの真実

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2014年1月18日 土曜日 晴れ
池波正太郎の「鬼平犯科帳」と「日曜日の万年筆」




by pretty-bacchus | 2015-08-01 23:59 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(10)

イタリア文化会館で「文学の町、トリエステ」の講演にでかけました
2014年4月24日 木曜日 晴れ イタリア文化会館

 夕方の街に出た。そろそろ会社帰りの人たちが見える四谷駅。

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 イタリア文化会館で行われたリッカルド・チェパック Riccardo Cepachの
「文学の町、トリエステ」の講演にでかけた。
千鳥ヶ淵から近いあの赤煉瓦色の建物。夕闇に赤が冴えていた。

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 地下二階のホールは満席で六時半の少し時間前についたのに一番後ろの席しかなかった。
百席ほどかしら? ほとんどが中年以上のような方々でイタリア人も沢山いたのは、
この都市の魅力なのかそれとも今日の講師故なのか?

 イタリア文化会館のメールの案内によると
<トリエステは世界に知られた文学の町のひとつです。人口20万人規模の町で、文学に関わる重要な
できごとがこのように多く集中してきた町は、トリエステをおいて他にはありません。
I.スヴェーヴォやU.サバが生まれ、ジョイスやR.F.バートン、スタンダール、I.アンドリッチなど
多くの作家がこの地で暮らしました。今日でも、トリエステを拠点に活動しているイタリア内外の
重要な作家が10人程おり、B.パオールやC.マグリスといったノーベル文学賞候補者もいます>
<本講演では、ズヴェーヴォ博物館およびジョイス博物館のキュレーターのリッカルド・チェパック氏が
文学の町トリエステをテーマに語り、独特な、しかしまだ十分には知られていない
この町の文化史をたどります。(日伊逐次通訳付)>

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 でも私たち日本人には、トリエステといえばやはり須賀敦子さんの「トリエステの坂道」。
「ミラノ 霧の風景」などの後に書かれた珠玉の名作。
須賀さんがイタリア人の亡き夫ジュゼッペ・リッカとともに愛してやまなかった
詩人ウンベルト・サバの軌跡をたどって街を逍遙する切ないセンチメンタル・ジャーニーの作品。
良家の子女がカトリック系の学校に通い、故国日本を離れて暮したフランスの後のイタリアでであった
環境の違った家族を持つ夫との(「コルシア書店の仲間たち」)それほど長くない結婚生活を
振り返る魂の旅もよう。
ローマ時代からの繁栄の栄枯盛衰を引きづりながらのトリエステの街の情景を淡々とつづっている。
その地にどうしても行かねばならなかったのは、残された彼女が乗り越えなければならない
再出発の旅であったのだ。

 少しトリエステをネットで勉強してみた。

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トリエステTrieste は、イタリア共和国北東部にある都市で、その周辺地域を含む人口約20万人のコムーネ。
フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の州都であり、トリエステ自治県の県都。
アドリア海に面した港湾都市で、スロベニアとの国境に位置している。
(この地方がヴェネツィア・ジュリアと呼ばれるのは、ジュリアス・シーザーの覇権が
およんだ土地をさすからだという)
(地図はウィキペディアより)

 西ローマ帝国滅亡後、トリエステは東ローマ帝国の軍事中心地のまま残った。
788年伯爵位を持つ司教の宗主下でフランク王国の一部となった。
神聖ローマ皇帝カール六世によってオーストリア領内における自由港とされ、
1719年から1891年7月1日まで自由港のままであった。カール六世の後継マリア・テレジア時代は、
トリエステの繁栄時代の幕開けとなった。
ナポレオン戦争中の1797年、1805年、1809年、3度に渡ってフランス帝国軍に占領されている。

 中世以来オーストリア領となり、地中海に面した軍港として栄え、
十八世紀から十九世紀二十世紀にかけては商港として繁栄の頂点をきわめた。
第一次世界大戦までは長らくオーストリア=ハンガリー帝国の統治下にあり、
その重要都市として繁栄した。
第一次世界大戦後にイタリア王国領となるが、第二次世界大戦後はイタリアとユーゴスラビアとの間で
帰属をめぐる紛争が生じ、一時期は国際連合管理下の「トリエステ自由地域」が置かれていた。
>>オーストリアによる統治>>イタリア王国による併合
>>第二次世界大戦とユーゴスラビアによる占領、そして>>イタリア返還。
1954年に取り交わされたロンドン覚書 によって、トリエステ自由地域は解消され
イタリアとユーゴスラビアによって分割されたのだという。

 なんともすさまじい歴史をもっている街だろうか!
イタリアの二十の県のそのほとんどを何度も訪ねているのに、この街にはまだ行ったことがない。
近い将来ぜひ訪ねてみたいものだ。

 講義は、スライドで街を歩くような感じで、十九世紀から二十世紀までのあいだに
キラ星の如くに活躍した文学者達の住んだ館やストーリーをお話しくださった。

 八時少しまえに終わって少しあるいて九段の大川やさんへ。
数日前に予約をしておいたので、ゆっくりしたお席で久しぶりの大川さんのお蕎麦を楽しむことができた。
静かになった帰り際に少し彼とお料理のこととか昔のことをお話しして、、、
“お互いに歳をとりましたね、、、、”

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 次々にいただいてしまってお料理の写真は写さずじまい。
前回のを見てください。2014年3月4日 火曜日 晴れたり曇ったり
http://keico.exblog.jp/19535433/
久しぶりの大川やさんでお蕎麦の舌鼓

(その他のお料理や大川やさんでの岸部眞明さんのソロライブなどは上のブログ内から飛んでいけます)




by pretty-bacchus | 2014-04-24 23:58 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(9)

ダン・ブラウンの「パズルパレス」の世界は現実だった
2014年1月16日 木曜日 晴れ

 寒い一日だった。
夕方に鳥たちがやってきてキョロキョロ、、、。

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(ガラス越しにカシャカシャ、、、)
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 夜のテレビに怖ろしいニュースが踊った。
<NSAが10万台のPCを無線で監視しマルウェア=監視ソフトを送り込んでいる疑いが浮上>
でも詳細は伏せられたまま。
さっそくネット検索。
<【ワシントン=白川義和】米紙ニューヨーク・タイムズは15日、米国家安全保障局(NSA)が、
米国へのサイバー攻撃を警戒、防御するため、中国軍やロシア軍など世界各国の10万台近い
コンピューターに、NSAと情報の送受信を可能にするソフトウエアをひそかに埋め込んでいると報じた>

欧州連合EU内の貿易関連機構、メキシコの警察や麻薬組織、サウジアラビア、インド、
パキスタンのネットワークも対象になっているという。
インターネットに接続していない状態でも、工作員らがコンピューターに埋め込んだ無線機を通じて、
情報を盗みとったりウイルスを送り込んだりすることができるという。

この計画は「クオンタム」と呼ばれていて、少なくとも2008年から使用されていて、
USBメモリやPC内の回路基板に埋め込まれた極小のトランシーバーからワイヤレスでデータをNSAに
送信するものだという。
この埋め込み作業は物理的にPCとUSBなどを接続する必要があるそうだが、
気付かないうちにユーザー自身によって行われてしまうこともあるとのいうのだから救いようがない。

 去年の秋にドイツのメルケル首相等が米国=オバマ大統領に盗聴されていると抗議するという報道が
なされていたが、今回はそれ以上の衝撃だろう。
極秘で個人情報を収集していたことが再びリークされたのだ。

N.S.A. Devises Radio Pathway Into Computers - NYTimes.com
http://www.nytimes.com/2014/01/15/us/nsa-effort-pries-open-computers-not-connected-to-internet.html
(このURLのその図が載っている)

 去年の十二月には、NSAは一日で全世界五十億台の携帯電話の現在地を追跡していることが
判明したばかりだ。

http://gigazine.net/news/20131205-how-nsa-is-tracking-people/
ここに詳しくある

 奇しくも私はダン・ブラウンの1998年の処女作のDigitalFortress、日本語訳「パズルパレス」を
読んだばかりだったので、この現実で驚きを新たにしている。
そして著者のダンブラウンの先見の明に驚嘆している。

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 今年のお正月休みは久々に読書に明け暮れて七冊の本を読むことがができた。
そのうちの五冊は電子版でiPadで文字を大きくして読めたから、はかどったのかもしれない。
紀伊國屋のウェブストアーのKinoppyとデジタル読書のBookLive.

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暮れからお正月にかけて、ダン・ブラウン「インフェルノ」上下巻
いずれも越前敏弥訳。a0031363_2324171.jpg


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2013年12月29日 日曜日 晴れ 今日もきれいな青い空
年の瀬に旅を想い新しき本を読む<ダン・ブラウン「インフェルノ



 次に、山本兼一の「利休にたずねよ 」で、しばらくお茶の世界に遊び。

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 次に一昨日「パズルパレス」の上下巻を読み終えたばかりだった。
「パズルパレス」はダンブラウンの処女作で、もう十五年も前に書かれているので、
インターネット関係では古い記述もあるが(というよりその時代には今の世界は想像できなかったろう)
独創性はすばらしく、ことの成り行き=ストーリーのスピード感にぐいぐいと引かれて
一気に上下巻を読み切ってしまったのだ。

 主人公はNSAの上役に呼び出されたNSA暗号解読課の美人暗号解読のプロのスーザン・フレッチャー。
物語はエンセイ・タンカドという元NSA暗号解読員(日本人という設定)が急死する場面からはじまる。 
NSAは圧倒的な処理能力の暗号解読用スーパー・コンピュータ〈トランスレータ〉を秘密裏に開発し、
全世界のEメールを傍受して解読し対テロ対策とかに貢献していたが、そのプライバシーの侵害に対して
NSA内部から不満が出て、エンセイ・タンカドが解読不可能な暗号システムを創り出し、
インターネットで公開すると脅迫。
 そのタンカドがスペインのセビーリャで急死してしまい、スーザン・フレッチャーの恋人の大学教授
デイヴィッド・ベッカーが突然NSAの使者としてスペインに送られタンカドの暗号システムの“鍵”を
持ち帰る役目をおう。
この二人の任務の裏には大きな陰謀が隠されていて、最後は上役の横恋慕が発覚。
ナチの暗号解読のエニグマがでてきたりもする。

 そんなお話しのような世界が、この小説の数年後にいろいろ起こっていて、なんとダンブラウンは
時代の先読みをしてしまったわけなのだ。すごい!
ダンブラウンの作品はダヴィンチコード他の作品もそうだが、ストーリー以外は、
その存在する国や組織などはすべて実在というのだからおそろしくなる。

 2005年末には当時のブッシュ米大統領が対テロの名目で、国家安全保障局(NSA)に令状なしの
電話盗聴を命じていたというニュースが流れて、プライバシーの問題が大きな話題となったものだが、
その七年も前にダウンブラウンは書いていたのだ。
驚くべきことに、個人のプライバシーと国家安全保障とが対立する現代社会の渦という
二十一世紀初頭のホットな話題を、ダンブラウンがすでに十五年も前に先どりしていたことだ。
 
 2001年には、フランス及びNSA主導で構築されているとされる全世界的通信傍受システム
“エシュロン(ECHELON)”が話題になったが、この作品よりずっと後のことだ。
なんというダン・ブラウンの先見性!

 ダン・ブラウンが1998年にこの作品を書くきっかけとなったのは、母校の教師だった頃の
ある小さな事件であるという。
生徒の一人が、政府を強く批判する内容のEメールを友人宛に送ったら、翌日はその生徒のもとへ
シークレット・サービスが現れ真意を尋ねていったという話を聞いたダンブラウンは、
なぜEメールの内容が一夜にして知られたのかに興味を覚えて、
NSAの実態についての調査を積み重ねて、それがこの作品の核となったという。

 ネットでいろいろ見てみるともっと、アルファベットの一文字を違えただけで卑猥な意味となったり
いろいろ妙な状況が重なって逮捕された教会の牧師さんのこととか、もっと怖ろしい実話が
どんどん出てくるので、そのあたりを読みふけっていた矢先の今日のニュースだったので本当に驚いた。

 もっともこのような政府関係だけでなく、今は日常茶飯事で多くのプライヴァシーが侵害されているのは
周知のこと。
グーグルしかりアマゾンしかりiPhoneしかりで、アマゾンなどは買った本の傾向まで探し出して
メルマガが来る始末。
幸いにも私はツイッターもフェイスブックもしていないが、最近ヨーロッパの友人のメールを
クリックしたあとに、ラインの勧誘のメールがたびたび入ってくるようになりおうじょうしている。

 夜のニュースでは別のニュースが!
<本田圭佑選手がACミランに移籍後初スタメンで初ゴール! >
複雑な暗いニュースより、こうした明るいニュースが嬉しい夜だった。




by pretty-bacchus | 2014-01-16 23:58 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(2)

年の瀬に旅を想い新しき本を読む<ダン・ブラウン「インフェルノ」>
2013年12月29日 日曜日 晴れ 今日もきれいな青い空

 このところちゃんとした本は読んでいないような気がする。
積ん読になっているあちこちの本をあっちこっちと呼んではまた脇に積んでしまう。
目が悪くなって本が読みにくいということもあるが、やはりネットの世界でいろいろ読むことが多くなってきた。

でも本一冊まるまるをダウンロードして読んだのはスティーブ・ジョブズの関係の一冊だけ。
今回は二冊目でダン・ブラウンの小説「インフェルノ」を紀伊國屋書店の電子書籍アプリ「Kinoppy」で
読むことにしてダウンロードした。
ダンブラウンは、最初の「ダヴィンチコード」以来ファンになっていて、
次次さくの「天使と悪魔」についで三冊目。

それぞれの本の内容は宗教や美術の中に各都市の観光的な建物がいくつも出てきて、そんな楽しみもある。
難しい宗教、美術などの話とむずかしい謎解きをを、主人公ラングドンの活躍で息おも尽かせず
最後まで読ませてしまうストーリーテラーのダン・ブラウン。
その家族は、父は数学者、母は宗教音楽家、妻は美術史研究者で画家、
その他宗教界や美術界の友人達という環境に恵まれて、素晴らしい本がうまれたゆえんなのだろう。

  第一作(実際には著者の四作目)の「ダヴィンチコード」の舞台はパリ、
それもルーヴルから始まるストーリーでなかなk面白かった。

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(13 December 2011pm5:22 Paris , Pyramide du Louvre)
ルーヴル美術館のガラスのピラミッドが夕闇にあやしく光り、しばし時を忘れるような美しさ!

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(09 December 2011 Paris)
(ガラスのピラミッドの下もピラミッド。
この奥にパリのアップルストアーの一つがある)

(ルーヴル美術館、外壁をLED照明が照らされた昨年2011年12月6日の点灯式の日に私たちは
そのパリでの初日を鑑賞することができた。
照明器具は、東芝が美術館専用に開発して提供し、従来のハロゲンランプなどに比べると
やや白みが強く、
ライトアップ時に壁面装飾の陰影がより強調されるのだという。
その上消費電力は73%減るというから素晴らしい。
美術館入り口のガラスのピラミッドと、その周りのナポレオン広場に面した壁面の一部だったが、
2013年までには広場全体と中庭の照明が順次LEDに置き換わると報道されていた)

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2011年12月16日 金曜日 雨雨雨の巴里 その三
☆回想のわが巴里の街 ~ルーヴル美術館の思い出1995

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1995年2月
1995ルーヴルを語る~1999までの日記の一部

 三年前のたった二日のローマでは、夕方の便に乗るために空港に向かうハイヤーで
「天使と悪魔」の主なモニュメントを回ってもらい、最後にヴァチカンの御ミサに巡り合わせたものだ。

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2010年7月20日 火曜日 晴れ 暑い!
ダン・ブラウンの「天使と悪魔」をタクシーで二時間で回る

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2010年7月20日 火曜日 晴れ 暑い! 猛暑日だった。
ダン・ブラウンの「天使と悪魔」をタクシーで二時間で回る

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2010年8月14日 (土曜日) 晴れ
鳴けよ鳴け命の限り蝉たちよ (ヴァチカンの御ミサ)

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2011年4月2日 土曜日 晴
ヴァチカンVaticanのサン・ピエトロ大聖堂での御ミサ

 今度の「インフェルノ」の舞台は、ダンテ・アリギエーリの『神曲』を巡ってお話しが進むようだ。
舞台はフィレンツェ、ヴェネツィア。読み始めてまだ四分の一ほどだが、
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、ピッティー宮殿、ポルトロマーノ、洗礼堂の「天国の門」、
「ヴァザーリの回廊」「ウフィッチ美術館」ボッティチェリの「『春』La Primavera 」などが出てきて、
この都を何度か訪れているので、グーグルマップのストリートビューを見ずとも、
ストーリーと共に地理感が脳内に浮かび読書の楽しみが増している。

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(アルノ側沿いのホテルのバルコンから 1991.11.04 )

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(丘の上から街をのぞんで、、、)

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(2006年の10月に撮影、、、、
この美術館はフラッシュを使わなければ撮影は許されているのに、誰も撮ってもいる人はいないので、
私もそっとブラインドシャッターで撮ったので、、、曲がってしまって、、、)


 本の中でも前作にはなかったWEBの活用のストーリーもあり、筆者の現代感覚と
十五世紀の文学から解かれる現代の恐ろしさのマッチングが愉しめそうだ。
下巻ではヴェネツィアのドゥカーレ宮殿、サン・マルコ広場、「溜息の橋」も出てくるそうで
それがどんなふうに主題のダンテの神曲とからんでいくのかが楽しみだ。

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2011年3月29日 火曜日 晴 その一
2001年のヴェニスの写真(銀塩にて)

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(嘆きの橋の橋の彫刻と運河。
ドゥカーレ宮殿とパラッツォ・デッレ・プリジョーニ (牢宮) をつなげている。

ドゥカーレ宮殿での裁判で有罪になった者は、この橋を通って牢宮に連れられていき、
立つことが出来ないほどの高さで水も入るこの右側の牢獄に繋がれる。
「嘆きの橋」または「溜息の橋」は、彼らの悲しい嘆きから来たといわれている。


(この時はたしか、コンタックスのSTと、RTSだったと思う)


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 (朝一番の光が、ドゥカーレ宮 の間だから、サン・マルコ広場に差し込み始めるころには
人々が歩き始める、、、、
2004年の年賀状につかったのかも、、、)


 人生という短い<旅>の途中で訪れた数々の国や都市、その情景。
そのつかのまに写し撮った旅の写真は、人生の記録に残るだけでなく、思い出を呼び起こし、
こうしてその後の読書の楽しみの幅をも広げ、今こうしてブログというWEBの新しい世界で
少しばかりご披露して友人達と享有出来ることに深い歓びをみいだしている感謝の歳の暮れ。

 あと残すところ三日、どうやらしなければならないことを後にまわして、読書にあけくれ、
フィレンツェの思い出に浸ってしまいそうだ。

おまけ*
1995年のフィレンツェの思いで

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  (自宅の廊下の壁にはいつもこの写真がはってある)

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2007.09.06 木曜日 風雨強し、台風近し
アデュー ルチアーノ・パバロッティさん

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2004.08.07
ダ・ヴィンチの面白さに朝の蝉を聴く(ダ・ヴィンチ・コード

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2004.08.28
夏の夜を徹夜本との独り寝よ(ダンブラウンの天使と悪魔)

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2006.04.09
断りて春眠むさぼる日曜日

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2006.05.04
雲一つ無き午後遊ぶ本の虫

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2006.05.13 土曜日 雨
若緑月が巡りて色を変え(「ダ・ヴィンチ・コード」四つの嘘)

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2009年8月2日 日曜日 雨のち曇り
若者の活躍に酔って、40年前の旅の思い出に浸って、、、

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2009年9月15日 火曜日 曇り
2009年のCHATEAU DE PIZAYのボージョレ・ヌーヴォーは まさに神様が下さったよう!

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2011年12月9日 金曜日
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ー世界遺産

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2013年3月14日 木曜日
新ローマ法王は「フランチェスコ一世」

ヴァチカンの御ミサを、、、。
2010年7月6日午後5時15分
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ヴァチカンVaticanのサン・ピエトロ大聖堂での御ミサ
06 July 2010




by pretty-bacchus | 2013-12-29 23:58 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(52)

『ハウス・オブ・ヤマナカ』 <消えた世界的古美術商 『山中商会』>の講演を聴く
2011年9月26日 月曜日 曇り後雨

 友人達のメールををみていると、なんだか私は取り残されたみたいで悲しいな、、、、、
ここ数年は、好きなオペラも歌舞伎もコンサートにも、いや展覧会にさえいっていないではないか。
どうしてしまったのだろう、、、、って少しメランコリックになっていたが、
今日はお誘いをうけてセミナーに出かけた。

第92回紀伊國屋サザンセミナー
『ハウス・オブ・ヤマナカ』刊行記念
<消えた世界的古美術商 『山中商会』>
日本美術の海外進出に果たした役割
朽木ゆり子&山下裕二

朽木ゆり子さんは、2000年に<盗まれたフェルメール>を読んで以来のファンであるし、
一度お目にかかってみたいと思っていた方なので嬉しい。

<ハウス・オブ・ヤマナカ 東洋の至宝を欧米に売った美術商>は、
書評を読んでいたが、まだ購入していなかった。
本を少なくしたいし、限定しようと思っているから読みたい本も最近は買うのをひかえているの、、、。

山中商会のことは何十年も前に、巴里の美術商から聞いたことがあって知っていたが、
その詳細は誰も知らなかった。
たしか70年代に一度<芸術新潮>でも読んだことがあった。

 19世紀、米国の富豪に数多くの美術品を商った山中商会。
明治期から日米開戦直前まで、海外で活躍した日本の美術商、
20世紀には清朝崩壊の後の中国美術の大競売を行い、その多くをアメリカに運んだが、
戦争のあとに全ての資産を失った。
それくらいのことしか知らなかったが、朽木さんは2000年から十年にわたり、アメリカの美術館や
アーカイブを調べ、日本美術の国宝級の仏像や琳派の屏風がなぜ欧米美術館に収蔵されているいるかを
追跡していった記録という。
メトロポリタン美術館、ボストン美術館、大英博物館、ワシントンのスミソニアン美術館などにある
東洋美術、日本関係のコレクションのすばらしさは、そのほとんどが山中商会の山中定次郎から
納入されたモノであることが、
その買い手側の領収書とかその他の記録から調べ上げたのだという。(すごい!)

名声を誇った古美術商の興亡を軸に、この古美術商が東西美術界の発展に果たした貢献を明らかにしていく。
山中定次郎の東アジア美術についての知識の深さは見事で、フェノロサ、岡倉天心、林忠正や、
ロックフェラーやフリーア、プライス等の欧米のコレクターなども顧客だったというし、
アメリカの大富豪を相手に超一級の美術品を商った山中商会の興亡の記録は、
日本美術史の一端を明らかにしていくのではないだろうか。
しかし日米開戦によって山中商会が壊滅的な打撃を受け、「敵国」と認定されたときに降りかかってくる
悲劇解体も詳しく書かれているという。
秋の読書週間にまた読む本が一冊増えた。


 雨模様なのに、紀伊國屋サザンシアターはとても賑わっていた。
沢山のお花が届けられていて、千宗屋さんや顔の見覚えのある方が何人もロビーでお話になってらしたのは、
この作者の人脈の広さなのだろう。

 明るい緑色のジャケットで登場した朽木さんは、細面のとてもさわやかなお方、
お年は五十代後半か六十代かしら、、、、
その眼差しは澄んでいて、お声もとてもさわやかで、マイクを握る手はとても細く長くおきれいだった。
スライドでの説明も含めたお二人のお話は、七時から一時間半はあっというまにたってしまった。
女性の方が多かったが、私の隣の中年の方は、もうこの本を読んでいらっしゃるようで、
カラフルなポストイットがいくつも張られていて、
朽木さんのお話しのあわせてページを開いてメモをとったりしていた。

その後の何人かの質問者の中には、山中商会の四代目さんとか、この本にはない山中商会の北京と上海に
お父上が務めていたというお年のご婦人もいらして、この一冊の本が、これからどんどん新しい事実を
解き明かしていくような予感さえした。

 著者のサイン会というのは初めてで、整理券が二十番だったので、少しまってサインをいただいた。
なんだかちょっと恥ずかしくかったけれど朽木さんと少しだけでもお話しができたのは嬉しかった。
私の前の番の三人も女性は、同級生のようで、いっしょに写真を写してらした。

 雨がすっかりあがった新宿の街から少し移動して、久しぶりに美術論を交わしながら
お寿司をつまんで夜は更けていった。
素敵な週の初めに感謝、、、、。
a0031363_13562827.jpg (公演中は写真撮影は禁止だったが、終わってからは皆さん撮ってらしたので、私も数枚、、、)

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a0031363_14375737.jpg (中表紙は、ニューヨークの5番街680番地にあった山中商会の内部の写真が、、、)

a0031363_143814100.jpg  <フェルメール全点踏破の旅 >にもサインをいただけた。


by pretty-bacchus | 2011-09-26 23:59 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(8)

< 写真集―誰かに贈りたくなる108冊>を読んでいる
2011年9月25日 日曜日 曇り

 シルヴァーウィークはゆっくりと読書週間、
今回アマゾンで買ったうちの三冊としよう。
<パリのパサージュ―>=過ぎ去った 過ぎ去った夢の痕跡  鹿島茂
<ボードレールのパリ (パサージュ論 2) ›  ヴァルター ベンヤミン
< 写真集―誰かに贈りたくなる108冊> 森岡督行文、平野太呂写真

ベンヤミンの<ボードレールのパリ>以外は、ヴィジュアルの写真が多いから肩が凝らずに読めるだろうし、、。
そしてもう一冊は十数年前に何度も読んだ
< 私の二都物語―東京・パリ>:  辻 邦生文, 小滝 達郎写真

それぞれ過剰装丁ではなく、優しい手触りの簡素な装丁で、有名装丁家の豪華本とはまた違っていて
時にはこのような感触にほっとする。

 緑を見ながらソファーで、就眠儀式で寝室で、散歩の時はどれを持っていこうか、、、、、
などと思っていたのに、なんだかあまり身が入らないでいた、、、。
集中力が減退しているに違いない。

 ところが、昨日読み始めた< 写真集―誰かに贈りたくなる108冊>に、集中しはじめている。
< 写真集―誰かに贈りたくなる108冊>は、普通の写真集とは違い、文章の方が多いが、
縦組みと横組みが上手に配置されていて読みやすそう、、、と思ったのだが、
とんでもなく内容の濃い本のようだ。
写真集や美術書を扱っている古書店主が、数種の雑誌の企画を通じて21人に贈った写真集と
手紙で構成されている。
ほんの6年ほどで、東京、パリやプラハで買い集めた、内外の何十年も前に刊行された写真集から、
自費出版の小冊誌から最近の若手写真家の最新作品集まであり、
その本を写している写真もなかなか素晴らしい。

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 それぞれの写真集を作者=古本屋の著者=が送り状を添えて21人の友人に贈るという形態。
そ送られる人も各界様々で、その送り状もなかなか素敵!
送られる人への直接なメッセージはほんの数行で、写真集の説明というよりも、
彼の考えや祈る気持ちが書かれていてとても読ませる。

送られる方々は、例えば、アンドレ・ケルテスの<ON READING>を大竹昭子さんへ、
横尾忠則さんの<東京Y字路>は辛酸なめこさんへ、
Nadar<Nadar>は、ロバート・キャンベルへ、
<滝口修三1958−旅する眼差し>は堀江敏幸へ、、、、
復刻版の<巴里とセーヌ>は、福原信三さんが1922年にヨーロッパで撮影した2000点の内から選ばれた
22点の写真からなるこの一冊は、癌の宣告を受けて左目を失ったピーコさんへという具合。
どの写真集もすぐにでも手にして観たくなってしまう、、、、という仕組み?
21人に送った本と、筆者おすすめの写真集とエッセイで構成された108冊の本が語られている。

 著者が最期の後書きで小さくお書きになっている。
<、、、二十一人もの方に贈りつづけてこられたのは、書籍商だからなせたわざに他なりません。
とどのつまり、写真集に添えた文章は、業者としての他愛のないセールストークなのであります>とあるが
いやいやとんでもない謙遜だろう。
平野太呂さんの本を撮った写真も素敵で、本という被写体が自由に歩き踊り回っているようで、
まるで「写真集の写真集」の感じ。
(そして値段も求めやすい1680円というのも泣かせるではないか!)

 それにしても、森岡督行氏とはどんな方なのだろう、、、と今度は著者に会いたくなってしまうではないか!
まず今日は続きを読むことにして、秋がもう少し深くなったら茅場町あたりまでふらりと行ってみることにしよう。
by pretty-bacchus | 2011-09-25 23:59 | ☆Books本の虫,講演,講習会など | Trackback | Comments(6)