カテゴリ:♧Journey海外2004~05仏伊( 15 )

飛行機からの太陽は暑くない?
2014年8月7日 木曜日 極暑 立秋

 極暑なのに、二十四節気では今日は立秋(8/7~8/22)。
処暑を経てあと一月もすると白露 というわけ、、、。
暑中見舞いはこの日まで、以降は残暑見舞いというわけで、こんなことを考える人は
少なくなっているのだろうが、ガンとして明日からは<残暑見舞い>といたしましょう。

毎年この頃からなんとなく夏が去って行く感じがして、あとは涼しくなるばかりだから、
この暑さもあと少しの辛抱かもしれません。

 がんがんと輝く太陽は眼にせずとも感じるが、太陽がはっきりみえて涼しいと思うのは
機内から見える太陽だけかもしれない。

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(17 Oct. 2005 東京からミラノへの機内にて太陽を撮る)

 何年も前の飛行機の旅の空からの太陽、、、。
2001年の眼の手術の後の初めての長いフライトで少し不安だったが、すこし黒い物が飛ぶだけで、
網膜を支えているシリコンには影響がないようホッとした旅の始まり。
その上何百回という旅で始めての経験の東京>ミラノのダイレクト便のアリタリア788。

この数時間後に18時ミラノのマルペンサ空港着。
満月が東にあがり煌煌と空を照らし始めていた。
このあと東に向かいヴェローナまで、その後北上して真夜中にロヴェレート着。

http://keico.exblog.jp/2335423/
2005.10.17
十五夜とにらめっこしてお国入り

 イタリア商務省の二泊三日の商談に引っ張り回された旅のあとはデヴィエートさせていただき
一人パリへ。

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 (17 Oct. 2005 ミラノからパリへの機内から)


http://keico.exblog.jp/2385012/
2005年10月19日 水曜日
車窓から 枯れ葉のパリは 我が街か
(バックデートをして)




by pretty-bacchus | 2014-08-07 23:59 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback | Comments(2)

2005年晩秋の巴里の<オペレーション・モノクロ化>
2013年1月22日 火曜日 雨のち晴れ
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 今月になって遊んでいたイニシエノ巴里のモノクロ化。
ブログにアップした後の雑なデータをただモノクロ化していったのだが、
なんだかむなしくなってきていた。

最初は、3x2,3x4,16x9と取り混ぜてトライし、
http://keico.exblog.jp/17142409/
2013年1月11日 金曜日 曇
昔のパリの写真をモノクロで遊んで、、、

次に2005年10月の巴里で、
LUMIX DMC-LX1/LX2/LX3で撮った16x9の細長写真をモノクロ化。

http://keico.exblog.jp/17158561/
2013年1月13日 日曜日 晴れたり曇ったり その一
雪降る東京で古の巴里を白黒にして、、、

次に車窓からのほんの数枚。
http://keico.exblog.jp/17153507/
2013年1月14日 月曜日 初雪 その一
初雪にパリの写真の白黒化と遊んでみたが、、

次に雨の巴里を数枚。
http://keico.exblog.jp/17164611/
2013年1月15日 火曜日 曇のち晴れ
モノクロ化の冬の巴里と白黒の初雪の東京

そして一昨日の、<ロダン=考える人>
http://keico.exblog.jp/17190821/
2013年1月20日 日曜日 曇り後はれ 寒い一日
2011年の冬のパリの<ロダン=考える人>をモノクロで遊んで

 妙にノスタルジックなモノクロになって郷愁を誘うのだが、なんだか今のちゃんと撮られて
モノクロ写真を観るにつけ、私のこれはいったい何なのだと自己嫌悪。
極めつけは、yoshipassのブログで、M9 & S-ANGULONで撮られたすっばらしい〜本当のモノクロを
拝見して完全にダウン。
Yoshi-A の写真の楽しみ  yoshipass.exblog.jp
http://yoshipass.exblog.jp/19166536/
<Monochrome の時を刻む街で>

 いままでのジャンルに入らないのも途中でモノクロ化してあったのだが、
もうブログアップはや〜〜めよ、次の巴里までにモノクロにあったカメラを探して挑戦してみよう、、、
なんて思い始めていた。

ああ、それなのに、毎回コメントで励ましてくださっていたNKさんから、一昨日のブログで
<オペレーション・モノクロ化>という新しい言葉をいただいてしまった。
quote:Commented by k7003 at 2013-01-22 03:57
「オペレーション・モノクロ化」を熱烈歓迎します。
世のため、人のため。写真する人すべてに、このブログ熟読させたい。ブラボー(^^)/
unquote:
クシュンとしている時のこういうコメントってとっても嬉しいし、
すぐその気になってしまうのは良いのか悪いのか?

郁子さん、婆美以さん、さくらさん、mokonotabibitoさん、 galleryFさん達にも励まされて、
そしてあのヴェニスや巴里を夢のように撮られる小瀧達朗さんにまで鍵コメントをいただいて、
なんだかとっても嬉しくなって、、、。

http://keico.exblog.jp/17126928/
2013年1月8日 火曜日 曇
ギャルリーバウハウスで小瀧達郎写真展 「VENEZIA」を鑑賞

 とそんなわけで前置きが長くなりましたが、今回は最後の「オペレーション・モノクロ化」をご披露します。
主に2005年の10月に撮ったもので、オリンパスの広角のものと、2011年12月の初冬の巴里。
まずは2005年から

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(Paris, Oct,2005, Cathédrale Notre-Dame de Paris、ノートルダム大聖堂、友人のアパルトマンからの朝の全景。もう二度と撮れないアングルだ)

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(Paris, Oct,2005, Cathédrale Notre-Dame de Paris、ノートルダム大聖堂、正面ファサードを見上げて)

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(Paris, Oct,2005, Cathédrale Notre-Dame de Paris、ノートルダム大聖堂、北のファサード)

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(Paris, Oct,2005, La Seine、朝のブキニスト)

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(Paris, Oct,2005, La Seine、サンルイ近くで)

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(Paris, Oct,2005, La Seine、花市場近くで)

そして手ぶれ補正が内頃の夜の手持ちのノートルダム

a0031363_235740.jpg (Paris,Oct.2005 La Seine et Le Notre Dame a minuit)

次は、サンジェルマンへ、、、

a0031363_2453516.jpg(Paris, Oct,2005, Place de Furstemberg フュルスタンベール広場 Musée National Eugène-Delacroix ドラクロワ美術館の前で)

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(Paris,Oct.2005, Saint-Germain-des-Prés,サン=ジェルマン=デ=プレ近くで)

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(Paris,Oct.2005, Saint-Germain-des-Prés,サン=ジェルマン=デ=プレ近くで)

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(Paris,Oct.2005, Saint-Germain-des-Prés,サン=ジェルマン=デ=プレ近くで)

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(Paris,Oct.2005, Saint-Germain-des-Prés,サン=ジェルマン=デ=プレ近くのマルシェで牡蠣やさん)


次はセーヌを渡ってのシャンゼリゼにて

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(Paris,Oct.2005 、L'Avenue des Champs-Élysées、シャンゼリゼ通りの近くにて)

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(Paris,Oct.2005 、L'Avenue des Champs-Élysées、シャンゼリゼ通り)

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(Paris,Oct.2005 、L'Avenue des Champs-Élysées、シャンゼリゼ通り)

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(Paris,Oct.2005 、L'Avenue des Champs-Élysées、シャンゼリゼ通り)


そして、プラス・ドゥ・ヴォージュへ

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(Paris, Oct. 2005 Place de Vosges プラス・ドゥ・ヴォージュの角のカフェで)

a0031363_256332.jpg(Paris, Oct. 2005 Place de Vosges プラス・ドゥ・ヴォージュの公園で)

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(Paris, Oct.2005 Restaurant L'AMBROISIE a 9 Place de Vosges, 三つ星の最高峰のレストランランブロワジーの玄関から )

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(Paris, Oct.2005 Restaurant L'AMBROISIE a 9 Place de Vosges, 三つ星の最高峰のレストランランブロワジーの最初のサルのお花と壁のタピスリー )


あまり長くなってしまうので、2011年1初冬の巴里のごく一部の<オペレーション・モノクロ化>は
続きで、、、
continue、、、2011 Operatton Monochrome

~~~~~~~~
おまけの二枚は1994年の巴里。
銀塩時代のコンタックスStとContax G1 with viogon24での写真をスキャンしてあったので。
>>>モノクロ化は後でしてみましょうか、、、。

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1994.oct. Paris Deux Magots, Contax ST (サン=ジェルマン=デ=プレのカフェ・レ・ドゥー・マゴ )

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 (Paris,oct. 1994 Les Deux Magots,
 (ガラスの中の写真を撮っていたら、ギャルソンの写真もどうぞ、、、、って、ポーズをつってくれて、、
こういうのがまたパリのカフェの楽しいところ。
左のギャルソンはもう二十年もここで仕事をしていると話していたが、まだいるのかしら?)


(すでに下記にアップ済みでした)

http://keico.exblog.jp/14576500/
2012年1月30日 月曜日 雪模様 のち晴れ
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris2005 その二
by pretty-bacchus | 2013-01-22 23:59 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback | Comments(11)

五月雨や想うは宇宙青い空
2011年5月31日 火曜日 曇り後 晴れ

 どうしよう、、、、五月ももうお終い。
このあせりはいったいなんなのだろうか。^
我の突然の病の無常感、3.11からのやるせなさ、癌や事故で無くなる人の多さ、、、、、
早い梅雨、五月晴れの少なさ、、、地球の動きのおかしさまでがやるせなくなる。

こんなはずではない、もっと明るく生きなければワタシラシクナイと思うのだが、
いかんせん、、、、、
今までと違うのだ。

 その上家の中を見回すと、そのちらかりようは半端ではない。
少しずつと思っていたが、あらためて残された命の長さを思うとき、すこし気持ちがあせってしまう。

どんなふうにかたずけようかと、部屋ごとのレイアウトを描いて、三年予定の表を作ったりしても、
なかなかはかどらない。

その上、パリのアパルトマンを引き上げたときにパリの友人にあずけてあるモロモロのかたずけもある。
最晩年は日本とフランスに半分づつ住んで、、、と夢見ていたが、いまこうして病を得ては、
それも夢の又夢に終わってしまうような感じだし、、、。
夏までには渡仏の予定だったがそれもキャンセル、、、あ〜あ。

 あっっらら、、、五月って五月病と言われるくらいだから、どうやら私も五月病発病かしら?
あ〜した天気にな〜れ!

<五月晴れ梅雨に消されて五月病
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 (2005年のイタリア、フランスの写真の整理を始めたら、、、やめられなくなりました。
今回はニコンNX2で現像をしてみた)

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a0031363_233477.jpg (2005.10.17 am0:19)

a0031363_244681.jpg (ロシアの有名な川だったと思うのだが、名前は忘れてしまった、、、)



(海に流れ込む少し手前の水の流れ、、、、、、
下の地図の左斜め上あたりがそれだ。
座席に地図に刻々と出てくると、まるで鳥になったような気分になる。

飛行機の旅のファンタスティックなところだ!)


(このあとまもなく白海にいたり、ハラサンに着ないからメールを打って聞いてみたのを思い出した)

(ノヴォシビルスクの北西だからあとからグーグルアースで見てみよう、、、)


(2005.1015 pm19:05 ヨーロッパ大陸に入ったのだろう)
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 この時の旅は、
http://keico.exblog.jp/2335423
2005.10.17の機内にて、マッターホルンも見えた
満月と にらめっこして お国入り

http://keico.exblog.jp/11289389/
2010年9月14日 火曜日 晴れ
イタリア北東部のロヴェレートとブレンネル峠

a0031363_213682.jpgこれをニコンで撮ったものとデータ。

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宇宙の青さはなんと素晴らしいのだろう〜〜〜〜〜〜〜!

 あ〜〜旅心がふつふつとわいてくる〜〜〜〜。

~~~~~

(上部ライン下の水色は、一枚目の写真の宇宙の青をコピペ。宇宙の色はなんと清らかなことか!)
by pretty-bacchus | 2011-05-31 23:59 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback | Comments(4)

黄葉に、晩秋のパリなつかしみ
2010年11月27日 土曜日 曇りのち晴れました

 真夜中に西の空にきれいな月がみえた。
(月の出 20時52分  : 月の入 10時11分
朝の月がみえるかなって、思ったのに、起きてきたらどんよりした朝、、、、
それならば、、、、もう一度ベットにもどって、、、
寝床で<積ん読>状態の本の山を右、左、枕の向こう、、、、と、
ジャンルを変えてぱらぱらと読みながらの数時間。
あ〜〜つかれた、、、横になっての読書って結構肩がこるものなのですね、、、。

 土曜日ってやっぱりいいな、、、
でも、早い、もう一週間がたってしまったのだ。
そして来週の土曜日はもう師走! どうしよう〜〜〜

 だんだんと晴れてきたようで、よかった〜〜〜〜。
借景の落葉樹は昨日よりさらに黄金色にかがやいている。
なんだか、今年のこの色は、いつもより鮮やかに見えるのは、気候のせい、
それとも私がメランコリックなのかしら、、、。

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 ご到来物の秋の幸で至福のブランチ、、、、
新潟からの新米でご飯をたいて、
京都の大黒屋さんの有馬花山椒、松茸こんぶ、利尻昆布の佃煮と一緒に。
もう、、、美味しくて新米ととってもよくあって三膳もおかわり、、、
またまた太ってしまいそう〜。
ブリ大根は、骨までいただけて、、、、なんとも美味!
北海道のジャガイモとにんじんで肉じゃがを作って、、、。

これでは、お昼から赤ワインが飲みたくなる、、、土曜日だからいいわね、、、て自分に甘えて、、
とぶつぶつ言いながら、結局シャトー・ドゥ・ピゼイのボージョレヌーヴォーを開けて、、、
友人達からの五穀豊穣に感謝の週末。

 マックもなおってメールの整理も大半終わった。
写真はさくさく現像できるし、数日ベランダ越しに黄葉をみていたら、
やっぱり巴里の秋がなつかしくなった。
このあいだは、ほんの一部だったので、もう少し死蔵している<巴里の晩秋>のPC現像をしてみよう、、、、
でも始めるとやっぱりのめり込んでしまって、これでは体に良くないな〜〜〜
http://keico.exblog.jp/11547090

モンタンの枯葉の巴里や君想う 2010年11月9日
   <<<< click,please.

 まずは、ぼけぼけのセーヌ河畔の黄葉を、、、
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 写真を撮っている時って、時々ふっと思うことがある。
この一瞬は、この時しかないのっだ、、、と。
一期一会、この当たり前のことを、シャッターを押すときに確認しているような気がする。

 知らなかった国を初めて旅する時、若い頃は、“またくるから、その時ゆっくりと過ごしましょ、
沢山写真を撮りましょ、、、って思ったものだが、いつ頃からか、
この訪れが最初で最後になるだろうな、、、、って、思うようになった。
感慨も深くなるが、重いカメラを何台も持ち歩いての街中歩きはだんだん辛くなってくるから、
写真撮りも、そこそこになる。
一時期の巴里では、ケイコが巴里に着いた〜〜と、はせ参じてくれるアッシー君がいたのだが、
彼もいまでは南仏に移ってしまった。

 ぶれぶれでも、この一瞬の記録を残そうと、暗い中に必死でシャッターをきることもあった。
今のように、進歩をしたカメラもレンズも、もちろんデジカメも無い頃だから、
写真屋から返ってきたネガ・ポジが真っ暗だったり、あるいはたった一枚の記録がのこっていたり、、、、
そんな時代の写真は、おそらく戸棚の奥で死蔵され、私の消滅の後にすてられてしまうだろう、、、、と、
この頃思っている。

 せめて、デジカメになってからの記録は、少しだけでもハードディスクの中に残しておいて、
ときどきブログにアップしてみるのも良いかもしれない、、、、なと、思い始めている。

 そんなわけでまず一枚は、超ボケの一枚。
時は秋のまっただ中から冬への第一歩の、一瞬の真夜中の巴里のノートルダム寺院。
友人のアパルトマンからはノートルダム寺院が対岸の目の前、
真夜中に二重窓なのに音楽が聞こえてきた。
なんだろう、窓をあけると寺院前の広場には白いテントがいくとも張られていて、
騒がしい。
どうやら、年に一度の一日25時間の最後の時を過ごしているようだった。
2005,10,24のミッドナイト、この日のあと1時間後の2005.10.25 am0100時に、
夏時間から普通の時間帯に変わるその瞬間。

 私は持参していた三台のデジカメの内の超望遠を取り出した。
どれも一眼デジカメの初期のものだった。
 Canon EOS20には70~300
 Nikon D70にはNikon AF-S VR Zoom 24-120mm
 Olympus E-300にはZUIKO DIGITAL ED 7-14mm
いずれもその年に出たものばかりだった。
いろいろ試写がしたかったのだ。

 でもあまりにも遠すぎて無理のようで、真正面の寺院と月をを撮っただけ。
大きくなった樹が黄色に輝いていた。
当日の月日の出を調べたら、
 日の出入・月の出入 (計算地:東京)
   日の出 05時55分  : 日の入 16時55分
   月の出 22時03分  : 月の入 12時28分
 2005.10.25 am0000
  下弦の月
   月の出 23時03分  : 月の入 13時07分

 友人のアパルトマンの四階の窓を開けてカシャッと手持ちで撮ったほんの数枚。
最初で最後の千載一遇のチャンスに、私は不覚にも三脚をたてなかったのだ。
Exifをみてみたら、プログラムオートで1/2秒でシャッターがおちていた。
Canon20Dに70~300のレンズの望遠側だし、手ぶれ軽減装置などがない時代のカメラとレンズなのだから、
さもありなんなのだが、、、

 この時の巴里は、イタリアでの三日間の仕事を終えて、久しぶりの巴里で
(大きな目の手術をして三年間は飛行機がダメだったのだ)で、予定されたパリでのの七日が
楽しみだったのだが、友人が病気になり、私の全ての予定をキャンセルせざると得なかったのだ。
見義不為無勇也(ぎをみてなさざるはゆうなきなり)、涙をのんでの決断だった。
巴里は永遠、また次の機会があるだろう、、、と。
人生七転び八起き、、、、いや、旅にはハプニングはあたりまえなのだが、、、、

 いけないいけない、写真の整理は、人生のひとときを振り返ることになってしまうのだ、、、

 〜〜〜〜〜〜
 そして翌日、冬時間になった早朝のノートルダムは、清かった。
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a0031363_19163592.jpg  (枯れ葉は舞い始めて、、、、四階から下のケ・ドゥ・モンテベロを見る)

a0031363_19174644.jpg (散歩の一が歩き初めて、、、)

a0031363_19192091.jpg (セーヌ河の水は輝き初めた)


 再度望遠を出して、ノートルダム寺院の南面の薔薇窓を連写。

#IMAGE|a0031363_1920466.jpg|201011/28/63/|right|640|426#] 
(薔薇窓の模様がはっきりと見える)







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(これも超望遠の手持ち(450mm相当)、
聖人の像が立ち並ぶこの面の写真はおそらくあまり無いだろう)

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〜〜〜
 明日にでもまた少し巴里の秋のデジタル現像をしてみよう。
by pretty-bacchus | 2010-11-27 23:59 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback | Comments(11)

イタリア北東部のロヴェレートとブレンネル峠
2010年9月14日 火曜日 晴れ

 ようやく少し涼しくなったようで、、、、、、
ゆっくり熟睡。
でも、なんだか熱っぽい感じ。
夏の疲れがでたのだろうか、、、、

 今月の後半はいろいろ予定で一杯、、、、今日は少し休むことにしよう。
一昨日のブログで2005年のイタリア・フランスの旅のリンクをはったら、
2005.10.17のイタリアへの機内から
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Iさんがゆっくり見てくださったようで、ロヴェレートというトレントの街の
モダンが美術館の建物に興味を持って下さった。

a0031363_7503683.jpg  (はるか無効に見える山はアルプス!)

 ロヴェレートは,アルプスの山々に囲まれた自然豊かな小さな街。
人口4万人の文化都市。
1912年まではオーストリーの一部であったという。
中世の昔から城塞都市として栄えた文化都市なのだそうだ。
第一次世界大戦では戦場となり,多くの戦死者を出したという。
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 ロヴェレートはイタリアの西方東部の街で、
ブレンネル峠をこえるとそこはもうオーストリーという都市で、
この峠はアルプスを越える峠の歴史の中でも、海抜が低いこともあり南北を結ぶ交通のポイントにあり、
古代ローマ以前・以降とも大変重要な起点であった。

 石器時代からの記録があって、BC3200年頃アイスマンIcemanもこの峠の西の氷河を通過したとか、
962年〜神聖ローマ帝国の皇帝たちがローマへの道として通過とか、1494年9月には、
ニュルンベルクの画家アルブレヒト・デュラーAlbrecht Durerが南に越え、峠の絵を残したとか、
1580年モンテーニュが峠を南に向かったとかのいろいろの歴史がある。

もっとも語られているのが、
1769年 13歳のモーツアルトが峠を通過。
1786年 ゲーテ南に越えて、『イタリア紀行』が書かれている。
1912年 D.H.ローレンスが通過して、『イタリアの薄明』を書いた。
そして、1943.7.25の夜半に、第二次大戦時ムッソリーニ首相辞任で、
ドイツ軍の山岳旅団が戦闘体制で峠を越えて、同盟国イタリアを実質支配した。

 ヨーロッパの旅は、陸続きの歴史が彩られているから、旅をするときには、
とても楽しい歴史の勉強にもなって大好き!
でも、今車で通過しても、上って下っての道は険しく、
この時代には軍団を率いてどんなにか大変な旅だったろうか、、、、
ここに高速自動車道が開通したのは1963年11月17というから、その数年後には私たちはインスブルグから、
レンタカーでこの峠をこえてイタリアに入ったことになる。

その十数年後には、ミラノとザルツブルグに貿易会社駐在事務所を開いたのも、
この自然と文化的環境に魅せられて、そしてトニーザイラーさんとかフリッツさんとかの
ご縁をいただいたからだろう。

〜〜
 この2005年の10月の旅は、イタリア商務省の二日にわたるイタリア北部の食材とワインと建材の商談と
懇親会のであった。
その間の一時に、この近代美術館で行われていたフィリップダンカンの印象派コレクションの
鑑賞をさせていただいた。
日本から招待された十数人だけの為に閉館時間後にあけてくださり、
キュレーターの女性の説明をゆっくり聞きながら、
モネ、ルノアール、マティス、シスレー、ゴッフォ、などなど、ワシントンから来た62点を鑑賞できた。
その時の写真の多くはまだ現像していないままなので、少し整理しようと思ったのだが、出てこない〜〜〜。

 日本からイタリアへの直行便の到着間近の夕陽の写真を数枚だけ、、、、、

a0031363_165557.jpg  (太陽をこんな一で撮れるのは、一万メートルの機内からだけだろう)

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やがて陸地が見え始めて着陸の少し前、、、)
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by pretty-bacchus | 2010-09-14 23:59 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback | Comments(4)

日曜日は、旅の記録の整理を少しだけ、、、
平成21年7月26日(日) 晴れ

 NKさんが数年前の飛行機雲の写真をアップしてらした、、、旅心を誘われた写真だ!
そうだ、、、、2005年のイタリアとフランスの旅の写真の整理が終わってない。
後半のフランスは大分ブログにもアップしたが、全般の三泊四日の(いや二泊三日だったかな?)
はほとんどそのまま眠っている、、、いつかしないと、きっとずっとお蔵入りになってしまうだろう、、、

 まだ手に着かずうろうろしていたら、なんとDuke Noriさんがお仕事帰りの仙台から名古屋にフライトの車窓の
写真をアップなさった。もうだめだ〜〜〜〜
よ〜〜し私も少し頑張ろう〜〜〜。
外付けのHDに入っている2005年の海外の旅のフォルダーをクリックした。
あるある、、、、15.87ギガもあるではないか。
まずは、2005年10月16日出発、31日帰国の分から始めよう、、
この旅は二度といかれぬ経験の旅であったのだから、もう少しちゃんと整理をしておかなければならないのに、、、

 最初の三泊四日はイタリア商務省のご招待で、北のトレンティーノ地方の食とワインの商談に
日本から数社が招待されたの折りのだが、超ハードスケジュールの旅だった。
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この時の機材はLUMIX DMC-LX1 をハンドバックに入れ、
NIKON D70にいつもの24〜120mのズームレンズをつけて機内持ち込みバックの中に、
OLYMPUS E300にZD7〜14mの広角ズームを、やはり機内持ち込みにして、
CANON 20Dに70〜300mがついてスーツケースに入れたのだった。

 母と姪御達に送られて東京〜ミラノ直行便は初めての経験だった。
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(美しい! 窓枠のアートにわくわく、感動!)

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 (ヨーロッパ大陸に入る少し前のロシア上空かしら? こうして記録をみるとその時の記憶が昨日のことのように甦ってくる。
機内から見える地上と、眼前の画面と、PCでは始まったばかりのグーグルアースの初期と遊んでみたのだが、、、、)
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(遙かにマッターフォルンを右に見て、、、、ミラノマルペンさ空港到着。
ミラノまでの飛行時間は11時間35分。
これから東に向かいヴェローナまで、その後北上して真夜中にロヴェレート着。

http://keico.exblog.jp/2335423
ロヴェレート
満月と にらめっこして お国入り 2005.10.17


http://keico.exblog.jp/2342110/
ロヴェレート
2005年10月17日。午前xx時xx分。


トレント・ロヴェレート近現代美術館
フィリップダンカンの印象派コレクションを独占見学させていただいたのは感激!

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マティス愛で イタリアの秋 豊穣ぞ(バックデートをして)2005年10月17日 月曜日

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  (ほとんど寝ずに早朝にバスで出発、、、
このまま北上するとドロミテ山塊を越えてブレンネル峠を越えてオーストリー国境となる、、、)

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  (2005年10月17日 月曜日 チーズ工場の見学)

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(Museo Storico della Guerra戦争博物館となった城、ROVERETO)(商談の合間にバスの中から城などを撮るのだが、このオリンパスZUIKO DIGITAL ED 7-14mm の広角レンズのなんと重たかったことか!)
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在りし日の 重い思いの 城跡の(バックデートをして)2005年10月18日 火曜日

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(19 0ct. 2005 Milano>Parisの機内から夕陽の輝きを、着いた下界のパリは雨上がりでした、、、)


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車窓から 枯れ葉のパリは 我が街か 2005年10月19日 水曜日

この後のパリは久しぶりのパリだったのだが、友人の病の看病をすることになって滞在が伸びたのだ、、、、。
by pretty-bacchus | 2009-07-26 23:59 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback(2) | Comments(7)

機内の模様
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2005.10.17


2005年10月16日 日曜日

 雨の高速は意外にすいていて、11時10分に成田空港第一ターミナル着。
空港では母と弟の奥様と姪たちが送ってくれた。下の弟の二人の女の子ゆみこちゃんと和奈ちゃん。
しばらくあわないうちに大きくなって、五年生と二年生になったいた。
恥ずかしそうに握手をする。弟はいつも写真をもってあるいているが気持ちがよくわかる。
少しお話をして一緒に写真を撮ってお別れする。ボンヴォヤージュ!
幼い二人は覚えたてのフランス語で手を振っている。

 母はいつものように涙なみだだ、、、、。一昔少し前まではいつも父と母がいたのに、、、、。
 思い起こせば1965年の初めてのフランス行きの時以来いつも母は別れ際に泣いていた。
涙もろいこともあるが、やはりこれが最後かもしれないとおもうのだろうか。

 出国スタンプが二百回をこえての旅のなかにはいろいろあった。
危険なこと、飛行機の事故、車の事故、タクシーの事故、、、、、数えたらきりがない。
最後の旅ではとうとう眼を失う危機に面してしまったのだから、
母の泣くのはいたしかたないのかもしれない。
当の本人もいつも、なるよにしかならない、、、でも神様がいつも助けてくれるに違いない、、、
なんて思っているのだが、、、

 AZ787便 ボーイング777。
長距離でアリタリアに乗ったのは初めてである。
いくつになっても新しい体験は期待心がはずむ。

「ボンジョルノ、シニョーラ、、、、、機内はすでにイタリアである。
12:55 発は遅れて13:15分発。
ミラノまでの飛行時間は11時間35分。
 雨が上がったばかりの空港は各国の飛行機が待機していてすでにノスタルジックくな雰囲気、、、、。
 昨夜は一睡もしていないので、頭はもうろうをしているがなんとなくうきうきしている私。
四年前の4月の旅で眼をわずらって以来、海外の旅はさけるようになっていた。
眼の中にはシリコンが埋め込まれて網膜をつっている。
最初の六ヶ月は、ガスが目に残っているので、気圧の違う飛行機は禁止だったし、
あまり重い荷物はいけないといわれているので一人旅は危険が伴う。

 無理をしないにしようと思っていても旅に出てしまえばそうもいかないことがたくさんある。
でも今までと違い会議用の書類がないし、フィルム数百本がないし思い銀塩カメラは
デジマメに変えたので、だいぶちがっているはずだ。でもチェックインバッゲッジは23キロ。
カメラとマックは手持ちなのでこれで15キロほどか?

 アップグレードをしてくれて、Cクラスの一番前の席をとってくださったが、中で10のKに変更。
右後方にエンジンと翼がみえるので、おもしろい写真がとれるかもしれない。

 雲を抜けると青空がひろがり空の旅の始まりである。
一時間後に昼食:食前酒はスプマンテ、ラビオリとペンネを白ワインで。
白身の魚とアスパラかす、赤ワインを一杯。
デザートのイチゴのときにスプマンテをおかわり。
機内でも相変わらず飲んでいる。

 二時間後ほど北海道上空をすぎた印がでた。現地時間へあわせてすこし寝よう。
日本時間午後4時。現地イタリア時間午前9時に時計を合わせる。
何百回もの旅の習いは変わっていない。
現地の言葉の映画を見たり、雑誌を読んだりもするが、今回はマックにむかった。
ワープロのソフトをひらいて文字の大きさを18ポイントにしてリラックスした姿勢で、、、、。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 海外に出なかった4年の歳月は地上ばかりでなく機内もIT環境が進んでしまっていた。
すべての席に電話機がつき、デスク脇から出てくる8インチくらいの画面ではタッチパネルで
音楽映画などがみられる。
正面の地図には刻々と飛行帯が動き現在の状況をしら是てくれる。
新しい携帯PDAのM1000で電話をしてみる。
ダメ。さすがに地上一万メートルでは電波がとどかないのだろう。
試しにiBookとブルーツースでつながるかを試したがこれもダメ。

 あ、、、正面の画面にアラビア半島とヨーロッパの地図が出始めた。機はモスクワに向かっている。
あ〜〜カスピ海、北海も、、、。
ウラル山脈ってあんなに長く北から南までつづいているのか、、、。
 かって自分の足であるいた都市や土地の上空を通っていると思うとなんだかとてもわくわくする。
一昔前だと、パーサーを捜して「今どの辺りをとんでいるのですか、、と聞いたものだ。
彼らも経験と勘で「あの、形はx○半島ですからそろそろ、どこどこです、、、なんて答えていたのに、
今は地図上の赤い印をみて窓から確認するとその上にいるのだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチが今生きていたらどんな想像がわくのだろう、、、なんてふと考えた。

 iBookの電池があと2時間45分。半分になった。
少し別のことをしよう。

 ふと気がつくと正面画面にモスコー、レニングラードが出てきた。14時30分。まもなくサンとペテルスブルグか、、、。
モスクワからまっすぐにのびた北の端をとっているらしい。害今度は−72度。うわ〜〜寒そう。
表は一面の雲海。え〜〜WHITE SEAなんてあるの?
モスクワの真北の位置。地図ではかなり大きな感じです。(Hさん教えてください。)

 15時30分
ストックホルムに向かっている。さっきから機は大分揺れている。シートベルト着用にアナウンス。
追い風が168キロの表示になった。そのためか到着予定時間が5分ほど早まった。
風に影響ってすごいんだ、、、。ミラノまであと2時間22分の表示。
外は相変わらず雲海。

 ストックホルムからからワルシャワ、ベルリン、ウイーンの上空をとおってミラノまで南南西に進むのかしら?
ということはアルプスを超えるのだから、今日のファイナルデスティネーションの
ロウ゛ぇレート上空もとおるのかもしれない。
ブレンネル峠ももちろんだろう、

17時、日本時間では24時。もう皆寝ていることだろう。
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2006.10.10
2006.10.10の機内にて
パリ時間 午前10時
 
 JAL405機内にて

 今シベリアの上空。
離陸して5時間がたった。
食事も終わり、満席の機内は暗くなってお休みの時間、、、。
離陸のアナウンスに機内のネットは年末でおしまいなので、今は無料の知らせがあった。
よ〜〜し!

 スチュアードに聞いてもJALの機内で、だれも知らなくて、いらいら、、、(この期に及んで〜)
昨日登録したHPをクリックしたら、JAL無料のページがでてきた。
試行錯誤で機内でのネットに成功!、、

 すごい、右の眼前にジベリアの氷の大地、目の前に封切り前の映画、BGMどころではない。
なんとさくさくHPがみられる、、、、無料で早い!

 あきらめていた機内ネット、それも無料ネットに挑戦。
無料でネット接続に成功!
グーグルアースでシベリアの上空をみた。、、、、眼前の画面と同じ形がマックの上に踊っている、、、当たり前だ。
というより、これってJALはグーグルアースをつかっているのかしら?
と思ったがそうではないのは当たり前!
機長席の画像だろうからもっとライブに違いない。
あとでそ〜〜と機長席を訪れてみようかしら〜〜^^

 昨日は全然寝てないのにネラれない、、、いや寝られずにネットサーフィンの後、
仕事(今度のプロジェクトに必要な原稿を書いてます)もどきを楽しんでいる。

この興奮を友人達にメールでどんどん時間を追って知らせて、なんと機内で返事をうけとっているのだから、
時代は進んだ〜〜〜〜!

 離陸してから一時間後に書き始めた時間の記録をアップして、マックを閉じよう、、、だって、
4時間した電池か持たなくてあと2時間半しかない。
電池は上の戸棚だし、休んでいるまわりに迷惑だから、、、
隣のおじさんがびっくりしてこっちをみているし、、、、

 カシャッカッシャッの写真もコードがなくて入力できない。
~~~~~~~~~~~~
旅の記録
061010am4:30 就寝
061010am7:00 起床
061010am8:00 出発
061010am9:30  渋滞に巻き込まれやっと成田空港着>>チェックイン、
グローバルカードのお陰で列ばずにすんで、ほ〜〜〜

061010  am11:40 30分遅れて離陸
 すすきが白くきれいに揺れている、風とジェット気流に揺れて手をふっているようだ。
 一句浮かんだ。
  デコラージュ すすきの波に おくられて
   (デコラージュ、アテリサージュ、、、など航空用語を学んだ数十年前がなつかしい、、、、)

061010pm12:40 サーヴィス開始
パリ時間に変更
06:40 タービュランス
  白と赤のワインブラスを持ち上げて数分我慢、、、
 ワインはシャブリとブルゴーニュ赤で和食のメニューをいただく。

(画面ではハバロフスカシャッ、、、、写真を撮る。)
 
061010am07:10
061010am07:40
061010am08:40 サーヴィス終了
〜〜〜〜〜〜〜
 眼前の画像に雨が降ってきた。
窓を開けてみた、、、が晴れている。
機長席の正面のまどだけ水がながれているみたいだ、、、

 雪原が酸くなりなって緑が現れてきた。
35000フィート ノボシブスク、だそおうだ。
868k/h
(このiBookのことえりのカタカナ変換がわからない)
====
061010 pm17:19
パリまであと6時間少々、、、
少し寝るとしよう>>>>>>

 大変な旅なのに、旅そのものに楽しみを見いだしてたのしんでいる自分に杯を上げよう!!
ボンヌコンティヌアシオン、ボンヴォワヤージュ!


(機内で初めてネット環境を愉しんで、google Earthで、地上との画像を愉しんだ日に、、、)

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by pretty-bacchus | 2008-12-14 23:41 | ♧Journey海外2004~05仏伊

聖堂は朝の光で輝けり
2004.10.30

昨夜のノートルダム
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朝の光の中で、、、、
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by pretty-bacchus | 2005-10-30 14:03 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback | Comments(0)

車窓から 枯れ葉のパリは 我が街か
(バックデートをして)
2005年10月19日 水曜日

English Here

 朝一でロヴェレートを出て3時間半ごにミラノ着。
皆と別れてフランスへ、、、ところが税関後のセキュリティーチェックで思わぬハップニングが起きた。
(詳しくはいずれ書こう)
 これがその後の旅のイレギュラーの兆候だったのかもしれないとは、、、いま思えること、、、、。

 なんとかパリについてなんだかとってもほっとして、、、、。
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空港からタクシーののって早速スナップ、、、。

 数年ぶりのパリは、わが街のごとくなり、、、四年間住んで、その後何百回通ったことか、、、。
しかし
あと何回こられるかは、神のみぞ知る?
 a0031363_8145227.jpgタクシーのなかから何枚もシャッターをきった。
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 空港からのタクシーに頼んで、ペリフェリックを走らずに、ポルトマイヨウで出てもらい、
なつかしのメリディアンホテルを左にみて凱旋門をまわってシャンゼリゼを降りる。
コンコルド広場から橋をわたってサンジェルマン通りにでる。 
枯れ葉が風にながれて、なんだかとてもメランコリック、、、、。
雨上がりの水たまりさえ巴里!!

 やっぱり私は巴里に恋しているのかしら?

今回は重要な交渉が3つ待っている。
さてさて、、、、

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by pretty-bacchus | 2005-10-19 23:06 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback | Comments(0)

マティス愛で イタリアの秋 豊穣ぞ
(バックデートをして)
2005年10月17日 月曜日

English Here

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 ロヴェレートは,アルプスの山々に囲まれた自然豊かな小さな街。
人口4万人の文化都市。
1912年まではオーストリーの一部であったという。
中世の昔から城塞都市として栄えた文化都市なのだそうだ。
第一次世界大戦では戦場となり,多くの戦死者を出したという。

 昨夜は3時に就眠し、今朝は7時起床。8時朝食、8時半出発でトレント・ロヴェレート近現代美術館での商談に向かった。
 
 円形広場の美術館のカフェテリアが商談の場所になっている。
トレントの24社のワインや食品のメーカーが机を並べて20分おきに渡り歩くという初めての試み。
なんと午前中10社、
午後10社をまわらされて、夕方にはくったくた、なんと200種類以上のワインと、
トレントのチーズを試飲試食したことになる。
 夕方には食道と胃がきりきり痛み始め、背中の右が刺すようにいたくなった。

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 最後は、この近代美術館で行われていたフィリップダンカンの印象派コレクションを私たちだけに見せてくれた。
モネ、ルノアール、マティス、シスレー、ゴッフォ、などなど、ワシントンから来た62点の作品はすばらしく疲れも
吹き飛んで堪能した。
しあわせな一日をしめたが、これからがまた立食の横めしディナーがあり真夜中にホテルに、、、、。

     (アルプスを望む立地の美術館
by pretty-bacchus | 2005-10-18 23:48 | ♧Journey海外2004~05仏伊 | Trackback | Comments(0)