カテゴリ:♧JourneyAbroad海外2008( 33 )

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月22~23日
2012年12月23日 日曜日 曇 その二a0031363_21252852.gif
2012年12月22日 金曜日 曇 その二
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 
 バックトゥー2008年12月22日!
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http://keico.exblog.jp/7772976/
2008年12月22日 月曜日
遡っての巴里の記録 八日目 12月22日

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http://keico.exblog.jp/7760175/
2008.12.23

熱が39.2ある

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http://keico.exblog.jp/7775435/
2008年12月23日 火曜日 
遡っての巴里の記録 九日目 2008年12月23日
記憶が切れている一日、汗でぐっしょりのベットでうなって寝ていた。

 この三日間は最悪の状態で36時間くらいベットで苦しんでいたから
写真は撮らなかったのだ。




by pretty-bacchus | 2012-12-27 23:58 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(0)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月24日
2012年12月24日 月曜日 その二a0031363_21252852.gif
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 
 バックトゥー2008年12月24日!

 熱にうかされての無理矢理出国>帰国の記録は
下記のブログにある。

 今回は2008年のパリの旅十日間のRAWデータを再現像という試みをはじめたのだが、
ここで休憩せざるとえなくなった。

数百枚のデータの現像でまた右手の親指と付け根が痛くなってきてしまった。
一年ぶりでようやくほとんど良くなって装具もつけずの生活になったのに、
やはりキーボードはかなり負担になるのだろう。

 あと一日を残すところで、最後の日は現像しなおさずにこのまま記録にしよう。
空港、機内の様子は下記のブログで、、、、。

http://keico.exblog.jp/7778364/
2008年12月24日 水曜日 曇り後晴れ
遡っての巴里の記録 帰国日 2008年12月24日
ジングルベル 世界の人に 幸はこべ

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(熱にうなされながらの出発の午後、セーヌの橋の上には甘栗売りがいて、走るタクシーの車窓からたった一枚を撮っていたのだ)

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 (到着11分前のこの山並みはどこだろう、、)
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http://keico.exblog.jp/7766829/
2008年12月26日 金曜日 晴れ
ご心配をいただき申し訳ありませんでした。



by pretty-bacchus | 2012-12-24 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(0)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月21日
2012年12月21日 金曜日 晴れたり曇ったり その二a0031363_21252852.gif
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 
 バックトゥー2008年12月21日!

http://keico.exblog.jp/7770647/
2008年12月21日 日曜日 曇り
遡っての巴里の記録 七日目 12月21日

 着いて初めての日曜日。
日曜日の御ミサの鐘の音だろうか、、、朝から時々ノートルダム寺院から聞こえてくる。
曇った空にもセーヌ河畔はお散歩の人が多い。

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#IMAGE|a0031363_17461928.jpg|201212/28/63/|right|860|572#]









 仕事を終わったので、少し気がゆるんだのかもしれない。
昨夜から喉が痛くて咳き込んでばかり。
今回はタクシーの運転手さんは、毎回黒い人で、咳をしている人が多かった。
“風をひいているのですか、、、と聞くと、
皆、ひどいんですよ、、、といっている。
お客はたまったものではない、、、
明日からマスクをしてタクシーに乗ろうと思っていた矢先のこの辛さ、、、。

 午前中はゆっくりと写真の整理をしながらすごしていたら、だいぶ良くなったよう。
強い薬をのんだから、すぐに効いたのかもしれないが、少し楽になると退屈の虫が動き出す。

 ホテルのHugoさんが運転してくれて4時から7時半まで写真を撮りに出かけることができた。
到着以来、ホテルの窓からの定点観測ごときの写真と、疾走するタクシーのなかからしか
写真をとっていないので、少しは外に出て撮りたくなった。

 この季節にしか撮れない記録写真は、シャンゼリゼ大通りの、マルシェ・ドゥ・ノエル
(Marche de Noel)とか、サンスルピス界隈なのだが、まずはシャンゼリゼ方面に出かけてみた。

(コンコルド広場には、この時期だけ毎年観覧車が建てたれる)
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 サンミッシェル河岸を西に走りコンコルド広場経由でロンポアンへ。
車を少し止めてもらって、人混みの中をカメラを首にかけて、コートで隠すようにして
スナップを楽しんだ。
シャンゼリゼ大通りの、クリスマスのお店を少し歩いてみた。
手袋、衣服屋、食べ物、ソーセージやチーズや、といろいろのお店が続いている。
クリスマスのプレゼントを買う家族ずれも多かった。

この小さなクリスマスの白い家が続く形式は、昨年から新しいく始まったそうで、
地元の人々で一杯だった。
それにしても、EU以降パリはますます人種のるつぼで、純粋のフランス人の顔が
少なくなったような気がする。

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a0031363_17593238.jpg(おじさんが一生懸命混ぜていたのは、シュークルーとだった)

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a0031363_18105613.jpg(裏にはルノートルがあり、その飾りも見事だった)

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 オンザウェイなので、エリーゼ宮殿の脇の道からフォーブール・サントノレ通りの
一方通行に入ってもらった。
あ〜〜ソニアリキエルが開いている。日曜日なのに、、、、
日本語でいったのに、勘の良いユーゴ君は止まってくれた。
ソニアのニットは大好きで、パリ時代から着ていたが、ここ十年ほどはご無沙汰していた。
そ〜と店に入る。

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“ボンジュール マダム、お久しとぶりですね、、といわれて、
“数年ですね、、、と答えたら、
“いえもっとです、と言われてしまって、売り子おばさんの記憶力と商魂は凄い。
“色遣いが愉しい昔風のカーディガンはありますかと聞いて、みせてもらったがどれも違う。
80年代後半から90年代前半のあの時代のソニアの作品はもうないのだろうか。
私の持っている何枚かはその時代のもので、もう脇の下がきれてしまっていて、ウールもカシミアも
すれてきてしまっているが、捨てられずにまだ愛用しているのだ、、、。
気に入った品もなく予算もなくて、結局一枚だけ小さなショールを買った。
(これが後にも先にも、今回パリで買い物をした最初で最後になった)
なんともシックな黒と中赤のサテンのような袋にパッケ・カドー(贈り物用の包み)にしてくれて、
“ジョワイユー ノエル、又のお越しをお待ちしてます、、と、
こんなに感じが良いのは珍しいから、よほどお客が少ないのだろう、、、(ごねんなさい!)

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 少し先のエルメスはウィンドーショッピング、それにしても、この世界中不景気の波が
おそっているというのに、
グレーとカーキ色に統一したウィンドーはどうしたというのだろう。
ユーゴも、これでは買い物客の気持ちをますます暗くしてしまいますね、、、と不安顔。

a0031363_18203777.jpg (コーナーのショウウィンドーをぐるりと廻って、、、)

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a0031363_1824156.jpg(エルメスのコーナーショーウィンドーは、アラビア風というかロシア風というか、、、
その年の多かった顧客の国のことが多いのだが、、、)

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  (サントノーレ通りを右に曲がったすぐのビルの置くに、ISSEYMIYAKEの店が見えたので、カシャッ)

 マドレーヌ寺院を左にみてコンコルド広場に向かって右折は大渋滞。
車からD90の動画で遊びながら渋滞に揺れるコンコルドとエッフェル塔を。
慣れない一眼レフデジカメNikonD90での動画
YouTubeで車の中から渋滞を

081221Concordo & Tour Eiffel in car


a0031363_739085.jpg (コンコルド広場には、この時期だけ毎年観覧車が建てたれる)


 混雑のコンコルド広場からシャンゼリゼを通りエッフェル塔まで車に乗ったままで、、、
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(グランパレの高い処の飾りを望遠でとったが、無理でしたね、、、走る車から手持ち1/4秒でしたから、、、)

a0031363_18375257.jpg(18:28 アレキサンダー三世橋到着)

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(多重でお遊び、、、)
 少し走ってもらって18:56分にシャン・ドゥ・マルスのエッフェル塔の足下に着いた。
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〜〜〜〜
更に遡ってのエッフェル塔

(エッフェル塔にダイアモンドイリュミネーションが輝きだしたのは、ミレミアム2000年を過ぎてからだった)
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  (2000年の12月からダイアモンド照明がされ、二十一世紀へのカウントダウンがはじまった。)
(夕闇のトロカデロからシャイヨー宮、アンバリッドなどがのぞまれる)
エッフェル塔にブルーの色が灯ったのは、なんと日没から一時間以上もたった6時からだった。
毎時の始めの5分間は、それにダイアモンドライトが散りばめられる。
豆電球のきらきら煌めきだけなのだが、なんともきれい。
遠くからはみたのだが、是非近くで見て撮っておきたいと思っていた。
1999年から2000年に変わるときは、あと何日という数字が出て、
ちょうど良い時に撮っておくことが出来た。
今となっては嬉しい一枚だ。
ミレニアムにパリにいたのだ、、、と今更ながらに懐かしい)

〜〜〜〜

この時は二万個の電球が塔を覆い、2.3秒ごとに点滅するのと2.5秒毎のが混ぜられていて、
いっせいに灯がともされると、あとはそれぞれ0.2秒差でキラキラきらめくイリュミネーションとなって、
人々を魅了していたのだが、今回は少し寂しい感じだ、、、、。

 パリとは実に不思議な街なのだ、、、
時間が止まってしまっているのだ前の時代から、、、
長い沈黙のあと久しぶりにパリの石畳を踏むと、不思議な時間の感覚に襲われる。
日本にいた時間がながくともそれは凍結されてしまって、その前にパリに居た時の時間が、また流れ始めるのだ、、、、
体内時計のどこかに、今までのパリが存在しているようで、
パリでの続きの時間が始まるような錯覚に陥るのだ、、、。
摩訶不思議な時の流れに身をまかせたくなるのも巴里なのだ!

 再度、シャンゼリゼ大通りを途中まで昇ってもらって、グランパレを左に曲がってアレキサンダー三世橋へ。
ここから、セーヌ河をへだてたエッフェル塔の眺めが好きだ。

車から降りて、しばし写真撮影にいそしんだ。
(一日あけておいた23日が、熱にたおれてベットの上だったので、これが最初で最後になった。)
この年のエッフェル塔はブルー、これはEUカラーだそうで、フランスが常任国の年だったからだそうだ。

 東京タワーも明後日には50周年を迎える。
エッフェル塔は、フランス革命の100年後の1889年に建てられたが、往事は非難囂々だったといわれている。
『巨大な醜い鉄の骸骨』を見ないですむには塔にいくしかない、と言ったのはモーパッサン、
「塔が見えない唯一の場所だから」という理由で、エッフェル塔の1階にあるレストランに通っていたという。

http://keico.exblog.jp/16988936/
2012年12月14日 金曜日 晴れ
二十一世紀の巴里への旅を追憶して

http://keico.exblog.jp/15774661/
平成24年7月15日 晴れ  2012年7月15日 日曜日
時空を越えて、、函館〜東京〜京都〜巴里

http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年7月21日 木曜日 曇り
台風の余波は思わぬ事態となり>>昔の写真の整理を

http://keico.exblog.jp/8948153/
2009年9月10日 木曜日 晴れ
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2008年12月21日 日曜日 曇り
遡っての巴里の記録 七日目 12月21日

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2007.07.25 火曜日
2000年の初期のデジカメFUJI FinePix4700Z
オーシャンブルーの朝顔は八つ、、、


by pretty-bacchus | 2012-12-21 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(2)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月20日
2012年12月20日 木曜日 晴れたり曇ったり その二
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☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008
 バックトゥー2008年12月20日!

http://keico.exblog.jp/7768163/
2008年12月20日 土曜日 また雨の朝
遡っての巴里の記録 六日目 12月20日〜友人の家へ

 この旅のパリもあと残すところ数日になった。
仕事もほぼ終わって、あとは友人達とあっておきたい。
写真ももう少し撮っておきたい。

でも青空がでたのはほんの一日で、冬の巴里にもどってしまった。
冬の巴里は寒く暗く、光がないとなんともいわれずどんよりとした写真になってしまう。
雨のノートルダム寺院がなんだか好きになりそうなほど、雨、雨のパリ。
雨なのに観光バスはしっきりなしにやってくる。
少しでも雨がやむと人々が出始める、、、この寒いパリなのに。

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(曇り日の正午のノートルダム寺院)

 ほんの数百歩でいけるに違いないのに、今回はまだ聖堂のなかに入っていない、、、
ひざまづいて、司祭の話に耳をかたむける気持ちと時間が欲しい、、、、
いや、目の前のサントシャペルのステンドグラスも、まだ拝していないのだ、、、。
せっかくパリにいるのだから、部屋の窓からの定点観測に甘んじてはいけないのに、、、
カメラもいろいろ持ってきたのに、、、、と反省ばかりのレイジーなダメ女はパリでも同じだ。

 ホテルの部屋の窓からケサンミッシェルを行き交う人々をカシャカシャ撮りながらお昼まで少しゆっくり。
 
a0031363_20124049.jpg (昨日は開いてなかったブキニストが蓋を開けた)

a0031363_20131439.jpg (この二人は長い間じっと動かなかった、、、いったい何を見ていたのだろうか)

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a0031363_2016653.jpg (二人ずれとボンジュールと声をかけあって、、、)

a0031363_20173995.jpg (こっちのお店もオープンです)

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a0031363_20194779.jpg (あ〜〜オートバイが来た〜〜〜カシャッ)


 午後は、四十年前からの友人のジャクリーヌの家を訪ねた。
彼女は三十年前から十五区のアパルトマンに住み、同じ建物の最上階に<わたしのパリの家>があった。
十年前に引き払ってしまったが、このカルティエは十六区ほどきどっていないし、
パリの庶民の感覚で十数年ものあいだ旅の宿としてのパリライフの基地となったのも
彼女のおかけだった。
ブルダーニュ出身の彼女は典型的な庶民のフランス人で、フランスについてずいぶんいろいろと
教えられたように思う。
ホテルに勤めていて知り合った頃は母国語と英語した出来なかったのに、
どんどん勉強して七カ国語をあたつれるようになってしまった。
一昨年に定年で仕事をやめ、今では多くのフランス人が望んでいる老後を楽しんでいる。

a0031363_20273889.jpg (三階から通りを見る。ほんの数番地しかないパリでは小さい通り)

 このアパルトマンでのパリの生活の思い出はつきない。
一年に何度かの滞在で、何十日しかいなかったかもしれないが、思いで一杯のパリの生活。
一階はオランダ人のローヌおじさんの花屋、前は本屋、その隣が洗濯や、花屋の隣はカフェで
隣が写真屋さん、通りを渡ってその前がパンや、一つ目の角がファルマシー、靴直しや、お総菜や、
スーパー、寝具屋、文房具屋、郵便局、と、歩いて数分の範囲に、
日常生活になくてはならないお店がすべてある。
反対側の数軒先には病院もあるし、少しいくと教会もある。
彼女がここを購入したときは、それらを調べてから決めたのだと言うからほんとうに素晴らしい。
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(フランスのごく一般的な上の中流階級のアパルトマンはこんな感じが多い)

ジャクリーヌの家でYouTubeの説明をして、、、



http://keico.exblog.jp/14192747/
2011年12月17日 土曜日 巴里のお花やさん
☆回想のわが巴里の街1990~2000〜巴里のお花やさん

http://keico.exblog.jp/14192627/
2011年12月17日 土曜日
☆回想のわが巴里の街1990~2000 =十五区のアパルトマン

 キッチンで彼女と二人になった時に、
“幸せそうね〜〜〜、、よかった、と、ジャクリーヌを思わず抱きしめた。
いろいろの苦労もだいぶ聞いたことがあったしので、、、。
“ケイコ、30年でしたよ、、、30年、ながかったですね、、、。
でも今は何年か前に知り合った彼と幸せな老後を送り始めている。
彼のブルターニュの広大な別荘での生活や、去年からのカンヌの10部屋の日本でいう
リゾートマンションでの休暇の写真を、いろいろ見せてくれた。
何年もみたことがない、まっさらな笑顔での写真に、彼女の幸せがかいま見られる。
私に説明する彼女をじってみて、うなずいている彼も幸せそう〜〜〜
こういうのって、いいな!

a0031363_2123887.jpg(若い頃の趣味のままのキッチンだが、いつもきれいにしている。
今日のメインは鱈のオレンジ風味だという)

 妹のダニエルは、お姉さんよりずっとしっかりもの。
生まれる前から知っている、彼女の子供のステファンとクスリトフルの二人の男の子は
もう二十代になっているという。
彼女が、結婚前の1975年に日本で数年過ごした時に少しお世話をしてたことがある。
ル・タン・パス・ヴィット! 光陰矢のごとし!
全員がとっても深く何度もうなずいた。

(彼らとは2011年12月の旅で会い、ラ・クーポールに招待した。フランス人も庶民では
あまり行かれないブラッスリーで、彼らはとても喜んでくれた)

http://keico.exblog.jp/14138304/
2011年12月6日 火曜日 その三
今日の巴里 06 December 2011 Paris〜La Coupole

 夕方遅くにホテルに帰ったらちょうどノートルダム寺院の7時のごミサの鐘の音がなり始めた。
頭を垂れて今日一日への感謝、

081220pm700NotreDame a Paris:pm700

(12月20日午後7時のノートルダム寺院の鐘の音)

 さすがに夜遅くにはお腹がすいて、サンジェルマン近くに今年オープンした串揚げ屋さん
「修(shu)」にでかけて一人で夕食。
一人旅はこれが一番辛い。
オーナーは鵜飼修さんという小柄な方で、パリにおそば屋の「えん」が出来たときに渡仏して5年、
それからかいというお店に3年いての独立という。(あれから四年だから、もう十年になるのですね。
2011年にも何度もいってしまいました。)

http://keico.exblog.jp/14159455/
2011年12月11日 日曜日 雨 その二
今日の巴里 09 December 2011 Parisの続〜串揚げの<修>さん

http://keico.exblog.jp/14176071/
平成23年12月13日(火) 雨のち晴れ
今日の巴里 13 December 2011 Paris

 夜の串揚げのコースは、口直しを挟んで18本の串焼き、お造りつきのコースをいただいた。
ホタテ、椎茸、フォアグラ、肉や野菜が、一品ずつあがって持ってきてくれるてなかなか美味しい。
最期は稲庭うどんか、お茶漬けを選べるのに、なんと私は両方を少しづついただき満足。

 11時過ぎに表に出た。
パリは最近とても治安が悪いと聞いているので、バックも貴重品ももたずに、パスポートもおいて、
少しの現金と忍ばせたカメラ一台だけ。

プラスサンミッシェルは、雪のような白い粉みたいのが舞っていて、若者達が踊り狂っていた。
大道芸人もあちこちで体を動かしていた。
河畔の道にでずに、一本南側の細い道を選んだのだが、真夜中なのにすごい人で、
ぶつかりながら歩いている感じで、危険感が体にあふれたパリの年末の一夜であった。
ノートルダム聖堂の輝きがきれいな宵だった。

a0031363_2164891.jpg (真夜中のノートルダム寺院)

a0031363_2172948.jpg (家・サンミッシェルのミッドナイト!)



by pretty-bacchus | 2012-12-20 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(0)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月19日
2012年12月19日 水曜日 その二
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☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月19日!
☆ バックトゥー 2008年12月19日!
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008

 到着後五日目にして初めて晴れた。巴里時間にすっかり慣れてきたのか八時には目が覚める。
カーテンの隙間から光が入ってきてうきうきする。
しっとりとした霧のパリ、雨の巴里も悪くないが、やはりたまには青い空をみたくなる。

 <青空だ〜〜〜やっと晴れた。
あんなにどんよりとしていたセーヌ川の色も変わって見える。
波が荒いみたいだ、、、、雲も流れが速い!
冬になって二十日ぶりくらいの晴れのようで、人々が早くから散歩に出ているようで、にぎやかな声が聞こえている
>ブルーは四年目のブログより。

a0031363_16511641.jpg (am9:37 雨があがったばらりのサンミッシェル河岸に人が出始めてきた、、、)

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a0031363_165489.jpg (カモメとお話しする人、、、)

#IMAGE|a0031363_16555326.jpg|201212/23/63/|right|860|571#] 
a0031363_17133868.jpg(am10:00 青空が広がってきた、、、)

a0031363_16565038.jpg (am10:30 ノートルダム寺院の上には白い雲、、、)

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a0031363_16585687.jpg (プレフェクテュール・ドゥ・ポリスの南門、この中の警察で、外国人は滞在許可証を受けるのだが、それが大変なのです、、、)

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a0031363_1705652.jpg(セーヌ川の色も晴れてきました、、、)

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a0031363_1734743.jpg (am10:38 観光バスも走り出した)

a0031363_1752854.jpg (やがて、ラッシュアワーです)


 昨日まで閉じていたブキニストも順々に扉を挙げて陳列が始まった。
部屋で遅めのプティデジュネを軽くすませて、ネットを使いに小さなロビーに降りる。

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a0031363_17253680.jpg (雲の中に、、、、、、)

a0031363_17313596.jpg (12時の鐘が鳴っているのはノートルダム寺院かしら?)

a0031363_17324997.jpg (風が出てきたようだ、、、)

マネージャーのマルタンさんとオーナー夫人の口論が聞こえてくる。
明日から、彼は一週間のクリスマス休暇なので、なにかと引き継ぎが大変みたいだ。
あのオーナーならさもありなん、、、というような内容も聞こえてきて、
なんだかいやだな、、、、でもいかにもフランス女だ。

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 河岸を右に出てすこしお散歩そしながら友人と合流。
昼食は彼らと17区のモンマルトルの少し下に2年前にオープンしたレストランで。
オープンキッチンの16席の小さなレストランは、いつも満員なのだそうだ。
シカゴ出身の若いシェフが2年前にオープンして、フィガロの記事に紹介されてブームを
おこしているようだ。
ここ数年のパリのレストラン事情はついていけてなかったので、嬉しい驚きの美味しいフレンチだった。

a0031363_17354036.jpg (ホテルの脇は細い道で、右手前がホテルのロビーの窓だが、曲がっていますね、、、)

a0031363_17373822.jpg (しばらくいくと、この細い道はパリで一番狭い道で、<釣りをする猫通り>という名前)

a0031363_17391488.jpg (右に道の名前が>>RUE DU CHAT QUI PECHE )

a0031363_17401514.jpg (pm1:24分)

a0031363_17404848.jpg

a0031363_17412870.jpg (真昼の公園)

a0031363_17421355.jpg (バスを待つ家族)

a0031363_17434145.jpg(飛行機雲が見えてカシャッ、、、)


 食事ご別れて私はタクシーでバンドーム広場、コンコルド広場を通ってもらって
凱旋門に向かって左に折れるて15時半からの仕事のアポに。
 (走るタクシーからカメラをだしてノーダインだーでカシャット)
(もうすぐ冬至なのだろう、、長い陰で日本語を思いだして、、

a0031363_17515442.jpg (走るタクシーのフロントグラスから、リュードゥラペからのヴァンドーム広場に建つオベリスクを、、、上にはナポレオンが)

a0031363_18105028.jpg


 ヴァンドーム広場のホテルリッツを右に見て、ここはホテルインターコンティネンタル=今はウェスティンかしら?)

a0031363_17551427.jpg

a0031363_17562194.jpg
 (シャンゼリゼ通りの裏側で、クリスマス用の臨時店が続いている)

a0031363_17585773.jpg

a0031363_17593657.jpg (pm15:55 この先を左に曲がってすぐが目的地)


 仕事を終わってMさんと日本食をいただいた。
モンテーニュ通りのパリの宵は、クリスマスイリュミネーションで華やか。

a0031363_1822984.jpgタクシーを待つ間にスナップ、、、。
(アヴニューモンテーニュのクリスマスイリュミネーションは、深い赤いシックな色で、、)

a0031363_183425.jpg

a0031363_1832925.jpg

a0031363_184443.jpg(男性はマネキンをみて、女性は下におかれている値段表に目がいく!)

a0031363_1843127.jpg

(いずれもシャネルのブティックの真夜中のショーウィンドー)
a0031363_187404.jpg


 やっとタクシーに乗れて、帰りはコンコルド広場をグルッと回ってセーヌ河畔を走ってもらって、
相変わらず走るタクシーの中からのウルトラスナップを続けた。

a0031363_1815621.jpg (pm 11:00 街灯がエッフェル塔のハートのようにみえる、、、、車窓から急いでカシャッと、、、)

a0031363_1820843.jpg

a0031363_18205969.jpg (真夜中に橋の上で踊っている人がいた、、、パリってほんとうにおもしろい)


 こうして改めて捨身の整理をしていると、なんとまあ良く撮っているなと思う。
ニコンD90の設定は絞り優先、中央重点で撮っているのが多く、
ニコンD300はプログラムオートでめずらしくマルティパターンのが多いのがなぜだろう。

 朝から時系列に一挙公開といきましょう。
どうも縦型の写真の画素数が多すぎるようで大きくなってしまったが、これも昨日の続きで
研究しなければならない、、、)

http://keico.exblog.jp/17027599/
2012年12月21日 金曜日 晴れたり曇ったり その一
新しい時代の画面解像度と写真の画素数は?

〜〜〜〜
四年前のブログは
http://keico.exblog.jp/7755511/
2008年12月19日 金曜日  晴れ
遡っての巴里の記録 五日目 12月19日

=========
動画を一つ、、、



☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 
バックトゥー2008年12月19日! 
として、四年前の十二月のパリで撮った写真の整理をはじめた。
ホテルはケサンミッシェルで、毎日ノートルダムの鐘の音をきいていた。

http://keico.exblog.jp/i34/




by pretty-bacchus | 2012-12-19 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(2)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月18日
 2012年12月18日 火曜日 その二a0031363_21252852.gif

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月18日!
☆ バックトゥー 2008年12月18日!
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008

http://keico.exblog.jp/7747651/
2008年12月18日 木曜日 雨のパリ
巴里にて3日ぶりにブログをアップできた

 a0031363_21225679.jpg (真夜中のノートルダム)

 やがて夜が明けて、、、雨の車道を走る車の音に慣れてしまった四日目のパリの朝。
ネットが無い生活にも慣れてきたかもしれない。
ネットがダメで思わずの不便は、辞書を使えないことだった。
数年前のパリ行きなら、小さい辞書を忍ばせたのだが、ネット社会がこの町にも急速に浸透したので
もういらなくなっていた。
iPhoneは使えるのだが、三日間でなんと数万とかかってしまったようであまり使わないようにした。

 午後になってようやく72時間ぶりにネット環境が整った。
といっても部屋で使えるようになったわけではなく、
フロントのPCに来ているADSLのモデムを分配してもらって(これは自分ですることに
なったのだが、、、)イーサーネットケーブルを、マックブックにつないで、
フロント後ろのサロンの机にマックブックをおいて使うことになった。
でも、フロント後ろの絨毯もない石の床は寒い。
(ディレクターが、自分のマックブックを持ってきてくれて試してくれたが、やはり部屋での
SFR Wifiはダメだったのだ)

 10部屋のセーヌ河沿いの小さなホテルだけれど(一応四つ星)、
ここでの星の意味は景観だけなのかもしれない。
ネットもだめ、暖房も一部電気ヒーター。タオルも生乾きで交換される。
お風呂場のなかにあるヒーターはあたたまらず、タオルは乾かせない。
などなど、不満を書けばきりがないが、3日もすると、この不便な環境に慣らされるのは、
フランスのそんな姿を知っていて、あきらめの気持ちが起こるからかもしれない。

 それにしても、もうこの頃からネットにどっぷりと浸かってしまっている自分自身を
いささか反省をしていることをブログに書いている
その昔読んだ、フランス文学者で哲学者の森有正が
“ただ、そこに存在するだけでよい、ノートルダム寺院の鐘の音をききながら、セーヌ河を感じながら、
外にもいかずにじっと家にいるだけでも巴里なのだ、
というような内容があったが、ほんにこれこそが巴里なのかもしれないし、私の眼前にはセーヌ川、
右に目をやればノートルダム寺院でほんとうに鐘の音が聞こえてくるではないか、、、。

 <雨の車道を走る車の音、時々けたたましく走り去るアンビュランスのサイレン、そしてノートルダム寺院の鐘の音と、カモメの啼きごえ、、、
いいではないか、、、、
仕事が終わったら、つかの間の数日の巴里を写真三昧、読書三昧で、すごそうではないか。
ここに、バッハのハ長調の「フーガ」があったら、森有正よろしく、女哲学者をきどれるかもしれない、、、、
とようやく思い始めたが、3日ぶりにネット環境がもどってきてしまった


 ノートルダムの正午の金がなり始めた。
デジカメで動画を撮るのはこの旅がはじめてだが、あまりきれいに撮れなかった。



雨がようやくあがったようだ。

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 対岸の壁が美しい。

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(雨が続いているが、セーヌの水かさはまだ低い、、、大雨の跡が黒々と残っている。カモメが飛んできて、、、、)


a0031363_20285493.jpg (ブキニストのおやじさん達の働き出した、、、)

a0031363_2030428.jpg (散歩の人たちも、、、)


望遠でノートルダム寺院の二階の薔薇窓の外を撮ってみた。
聖人達がずらりと並ぶ、、、、
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a0031363_20351793.jpg (トリミングしてみたら、なんとエンジェルとイエスを抱いたマリア像だ!)

カメラを変えて E-3で、、、

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 午後に仕事でセーヌを渡って右岸へ。
a0031363_2041696.jpg (どうして今日は凱旋門の中に国旗がたなびいているのだろう? タクシーの仲からカシャッ〜)

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 右岸のオフィスでの帰りが遅くなって、タクシーに乗ったのは暗くなってからだった。
雨があがったシャンゼリゼ大通りのクリスマスイルミネーションはしっとりとしてきれいだった。
走る車の窓からカシャカシャ、、、いつも運転手さんにいわれてしまうのは、
“そんなに動いていては写真なんて撮れるはずはありませんよ”
“そうですね〜〜”と言いながら、カシャカシャ、、、。
シャンゼリゼ大通りを下り、コンコルド広場のオベリスクを左に見て、
車はケ ドゥ チュイルリーをひた走る。

a0031363_20442862.jpg
(凱旋門からロンポワン>>コンコルドまでは約4キロもあり、少し下り坂、、、。ロンポワンでタクシーの後の窓から、、、)
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(前方にはコンコルド広場の光が見える、、、)

a0031363_2053139.jpg

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(シャンゼリゼ通りの両脇にはクリスマスの小屋が沢山たっている)

a0031363_20544898.jpg

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a0031363_2056920.jpg(エジプトから持ち帰ったオベリスクの模様まで見える、、、) (クリックすると拡大できます)

a0031363_20573338.jpg(広場に入ってきた、、、、)

a0031363_20582389.jpg (遙か遠くにパリの北に建つサクレクールが見えている)

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セーヌ河畔の道を走り、、、やがてポンヌッフ橋がみてきた。

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a0031363_2125127.jpg (右広報にはブルーのエッフェル塔が光を放っている、、、)

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(ポンヌッフ通過〜〜)

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by pretty-bacchus | 2012-12-18 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(0)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月17日
2012年12月17日 月曜日 曇のち雨 その二a0031363_21252852.gif
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月17日!
☆ バックトゥー 2008年12月17日!
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008

http://keico.exblog.jp/7752929/
2008年12月17日 水曜日 雨のパリ
遡っての巴里の記録 三日 12月17日

a0031363_23315235.jpg


 三日目の朝もまた雨だった。
暗い、寒い、雨、霧は冬の巴里では当たり前なのに、なぜか
暗くなってしまう。
その日のブログにも
今日も暗いグレーのパリの空に焦燥感がわく>とある。

 朝の霧に煙るノートルダム寺院と救急車の響きをYouTubeにアップしたのだが、
うまくいっていなかったことを今わかったので再アップ。

 雨の中ケ・サンミッシェルを通勤の車が絶え間なく走り去り、午後には散歩の人々が
歩き始めて、ブキニストもいくつか開き始めた。

a0031363_23383036.jpg

a0031363_23393453.jpg (この人は河岸でカメラを構えているが、いったい何を撮っているのだろう?)

a0031363_23411761.jpg (このブキニストの中に飾られている写真はブラッサイかしら?

クリックして写真を大きくすると中の様子がよく見えます)

a0031363_23495175.jpg (赤い傘の女性は少しして立ち去ったのに、この男性はまだカメラを構えている。いったい何を撮っているのかしら?)

a0031363_23432036.jpg

a0031363_2344242.jpg (セーヌ川に飛ぶカモメを見ているのだろうか、、、、)

a0031363_23451845.jpg

a0031363_23525883.jpg (午後にはカモメも遊びだして、、、)

a0031363_23571034.jpg (ホテルの小さなロビーはガラス張りで外が見える、、)


 この日は、友人と一緒にランブロワジーで夕食を楽しんだ。
パリに住む彼らに、ぜひご紹介したい店なので前から約束してあったのだが、体調がいまいちだった。
気持ちを入れ替えて、少しおしゃれをしてPlace des Vosgeへ向かった。
二年ぶりだったが、皆暖かく迎えてくださった。
シェフのベルナールパコーさんとは、星がないセーヌ河畔のお店のころからの知り合い。
斉須政雄さんがパコーさんとミシュランの星を変え上がったばかりの頃、
三十年以上も前のことである。

ディレクターの、ピエール・ル・ムラック氏とは、メリディアンホテルの近くの、
デバルカデーレ通りの、一つ星のル・コキヤージュが、家の隣というご縁で、
これも三十年以上前からの友人で、私のワインの師匠でもある。
(彼がこの時代に創ったワインリストは、世界一の次ぎにノミネートされている)

ランブロワジーのエキイップのパスカルも、ミシェールも、なんだか身内みたいが感じで、
代わる代わるにアンブラセして、マダムパコーまで出てらしてくださり、店の前で
(他のお客様のじゃまにならないように)
“お久しぶり、と頬あわせを繰り返す


本当に嬉しかった! 
一年に何度もこないのに、こうして温かく迎えられることも、(それを多くのお客様にしている
ということが、フランス一のミシュラン最高の三つ星をながく保っている理由のひとつなのだろう。

時はまさにトリュフの季節。
アルバからの白トリュフとフランス南からの黒トリュフをお客様に見せて歩いているダニエル
(マダムパコー)をお行儀悪くもスナップしてしまったのは、私はすでに巴里の住人ではなく
観光客なのだろう。

 ノートルダム寺院に手をあわせて、ひとひの懺悔をして、、、、
三日目のパリの滞在が無事に過ぎていったことを感謝。

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a0031363_063449.jpg (真夜中のケ・サンミッシェルはまだ賑わっている、、)

a0031363_02157.jpg


~~~
 この夜の一時をYouTubeにアップ。
この気品溢れる三つ星最高のレストランでは、カメラを構える人がいないのだが、
この日は、お誕生日の方がいらしたようで、誰かがカメラをだしたとたんに、
私のアクションははやく、カシャカシャ、、、
げんこつもあるアルバの白トリュフと、フランスの黒トリュフをお客様にみせてまわすマダムパコーを、D90の動画で記録
>とブログにある。



by pretty-bacchus | 2012-12-17 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(6)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月16日
2012年12月16日 日曜日 晴れ その二a0031363_21252852.gif

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月16日! 
☆ バックトゥー 2008年12月16日!
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008

 この旅では、ネット環境がダメでホテルのフランス語入力のウィンドーズを借りてローマ字で書いた
間違いだらけのブログ記録が残っている。
http://keico.exblog.jp/7742564/
2008.12.16.

Terrible in Paris

 予定を変えてほぼ一日PCとネット状況の為に格闘。
途中からレセプションのをつかわせてもらって、.macのメールだけを確認。
旅ではこうしたハプニングは日常茶飯事なのだが、四年後の今ではもっと改善されているだろう。

 夕方からJさんを訪ねて、久しぶりにご夫妻にごちそうになり、昔話に華が咲いた。
知り合ってからもう四半世紀もたっていて、お二人の結婚の保証人だった。
一から始めて、巴里で成功している珍しい方々なのだと思う。
(でも四年たった今は、違う世界が訪れているのだ)

 その頃に活躍していた大先輩達の日本女性は、岸恵子さん、松本弘子さん、川喜多かしこさんは
いつもお着物ご主人といらしていて日本の誇りだな、、、って密かにあこがれたりしたものだ。
そのなかに、ピエールカルダンのアシスタント&写真家を勤め、木村伊兵衛の通訳もしたりして、
その後四十数年にわたり片腕として活躍してきた高田美さんもいらした。
Jさんは彼女をよく知っていてそのお話しになった。

高田美さんすでに90歳をこえていて、ピエール・カルダンの経営するホテルの一部屋に住まい、
週に何度かはパリのアメリカンホスピタルから看護婦さんがきていて幸せな老後をおくっておられたが
(一昨年亡くなられた)。
カルダンさん自身も少しだけ年下だが、まだご健在で、素敵な師弟関係が、こうして続いているのは、
なんとも嬉しいことである。

 この時に<今回の旅は、なんだか追憶に旅になりそうだ。
「舞踏会の手帳」のように、訪ねる男性はいないが、遥か昔からの友人たちとの思い出に浸るのも、
人生の節目にふさわしいかもしれない>
と書いているが、まさに体の節目だったのかもしれない。
この旅の最後で熱を出し、帰国後の四年間に大きな病を得てしまったのだから、、、。

 雨の朝と、少し霧になった午後の写真を焼き直した。
なんだかあまり<気>が入ってないように思うのはどうしてだろう。


<雨の巴里の宵に、窓を開けてノートルダム寺院に手をあわせて、、おやすみなさい>
とある。

a0031363_22363884.jpg (冬の巴里の夜明けは遅い、、、、八時にはまだ暗く霧が深い、、、exsifを見ると1/6秒で落ちている)

a0031363_22531656.jpg (am9:30 霧の中を通勤の車がセーヌ河畔を走る、、、)

a0031363_22554789.jpg

D300で
a0031363_2305143.jpg

a0031363_2321284.jpg

a0031363_2333661.jpg (am9:45 朝ご飯が運ばれてきた。
最後の日の二日前は、四十度の熱にうなされて、この朝ご飯を少しずつ食べながら薬を飲んで、
ベットで唸っていたのでした)

a0031363_23113241.jpg (am10:48 車の流れが一段落すると一が動き始めるようだ、、、、)

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a0031363_23171817.jpg

#IMAGE|a0031363_23113241.jpg|201212/17/63/|right|800|601#]

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a0031363_23203531.jpg

a0031363_23223379.jpg

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a0031363_2362754.jpg (pm4:00 今日は一日中雨だった、、、)

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(霧の中を二人ずれが腕を組んで歩いているって、やっぱりパリですね、、、。大きくすると遠くの霞んだ橋も浮かび見えます、、、)
a0031363_23295491.jpg


(写真をクリックして大きくすると人の動きが見えてきますね、、、)#IMAGE|a0031363_23284925.jpg|201212/17/63/|right|960|638#]

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

http://keico.exblog.jp/7751869/
2008年12月16日 火曜日 雨のパリ
遡ってパリの記録二日目 2008年12月16日




by pretty-bacchus | 2012-12-16 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(2)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月15日!
2012年12月15日 土曜日 曇のち雨 その二a0031363_21252852.gif

☆ バックトゥー2008年12月15日!
2008年12月15日 月曜日

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008

 四年前の今日2008年12月15日に、わたしは何百回目かの
パリへ旅出った。
右サイドバーのカテゴリ<JourneyAbroad旅海外2008>
は、
2008年12月15日 月曜日 から12月24日までの十日間の冬の旅。

http://keico.exblog.jp/7738170/
2008年12月15日 月曜日
から

いってまいりま〜〜〜す。

http://keico.exblog.jp/7766829/
2008年12月26日 金曜日 晴れ
ご心配をいただき申し訳ありませんでした。

http://keico.exblog.jp/7778364/
2008年12月24日
まで

遡っての巴里の記録 帰国日 

全ては
http://keico.exblog.jp/i34/
ourneyAbroad旅海外2008 ( 23 )


 でもこの旅は一人旅のパリとしては人生最悪の旅だったかもしれない。
すでにパリに自分のアパルトマンもなく、友人のアパルトマンもお願いできずに、
久しぶりに小さなホテルに泊まった。
ネット環境がだめでブログのアップはアプツーデートではほとんどできなかった。
その上ほとんど毎日の雨で、部屋の暖房も十分でなく、街はフランスおきまりのストライキで
タクシーもあまり見つからずの毎日。
知っているリムジン会社もクリスマス前後でお休み。
その上、最後の二日間は四十度の熱をだしてうなっていたのに、クリスマスで友人とも連絡できず、
日本大使館、アメリカンホスピタルともコンタクトができないで、出発前に緊急の旅用にいただいた薬を飲んで、
熱のままともかくもがきながら空港に行き、予定通りの機に乗って帰国したのだった。
T先生に無茶なと後からしかられたが、どうしようもなかった。

 帰国後、少しだけ写真の整理をして後日に追加していったが、
今回外付けのハードディスクに保存したデータをみてみるとまだかなりある。
それならば、ちょうど四年前の今日から毎日<バックツー2008>
その時にはなかったCapture NX2で現像してみよう、、、と思ったわけで、、、。
それに動画もかなりある。
デジカメで動画が撮れるのがおもしろくて試写のつもりだったのだろうが、後になると動画に慣れていないが、
臨場感豊かで結構楽しい、、、。

 365日 x 4年 = 1460日 + 閏年 = 1461日もたってしまっているのだ。
光陰矢のごとし!
今日から、1461日後は2016年! 私はいったいどこにいるのだろうか? 東京? パリ?イタリア?
それともあの世? いずれにしても晩年をうろうろしているに違いない。

 パリの記録を楽しみに待ってくれている友人達へ、そしてブログ友の巴里好きの方への
クリスマスプレゼントになるよう最終日の24日まで続けてみよう、、、と。

 いつものように、
カテゴリは、<JourneyAbroad旅海外2008>
以前の記事と重なることがあるかもしれないが、写真はなるべく別のを現像して少し大きなデータでアップしよう。
日付は今の2012年で、
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008

タグは、
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage
☆回想のわが巴里の街2000~2010

よってタグにカメラとレンズは書けないが、この旅はニコンD90/D300/とオリンパスE3であった。

 それではまず四年前の今月今日今夜
15 December 2008から、、、。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

☆ バックトゥー2008年12月15日!
2008年12月15日 月曜日


 ほとんど寝ずに6時半起床。
7時50分のバスで、これから空港に向かう。
JL405は11時発、パリ着15時45分の予定で、12時間45分の飛行機の旅。
機種は、ボーイング777-300ERで、初めて乗るのかもしれない。

8泊のパリで、仕事のスケジュールが一杯だが、撮る楽しみを忘れないにしよう。
いってまいりま〜〜〜す。
(とここで、自宅のマックの電源を切る)

a0031363_1561830.jpg (車窓から、早朝の東京の街、、、左前方にそびえる元赤坂プリンスホテルは今はもうない)

a0031363_1582442.jpg
 (午前7時の都心はまだ晩秋の気配。
それに比べて今年は秋が短く急に厳冬がやってきて、もうどこにもこんな黄葉は残っていない)

a0031363_1595418.jpg (高速道路からレインボーブリッジを渡って行く、、、、)


 母に送られて日本を出発。
きれいに着物を着て、88歳の母は私の宝者!
まだ現役で、今日も市の文化なにやらの回が11時からあるの、、、と忙がしそう。
でも歳をとった。あと何年こうして出発を見送ってもらえるだろうか。
十数年前まではいつも父と一緒にきてくれたものだ、、、

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 (am9:30 空港で母とつかの間のお話し、、、、)

a0031363_252329.jpg (搭乗ゲートから機乗する飛行機が見える、、、)


 別れを惜しんで出発フロアーに向かったが、セキュリティーチェックの厳しさに驚いた。
そして、11時発のJL405の機内に入り込んだときから、今度の度のフランスでの
ややこしさが始まっていたのかもしれない。
(この続きは、、、
http://keico.exblog.jp/7750509/
2008年12月15日
遡っての巴里の記録 一日目12月15日 月曜日出発遡って

 東京>巴里の飛行時間は12時間30分で昔を思えば早いのだが、やはりかなり長い。
食事を終わって少しうとうと、、、。
西に向かう機外の空は、青からだんだんグラデーションに薄桃色がはいって、なんとも色っぽい。
このまま暮れてしまうのかしらと思うほどの暗さにあとは、一面真っ白な雲海の上をずいぶんながく飛んでいた。
空の旅はいつも宇宙の不思議さに酔っている感じ。

a0031363_2103931.jpg (pm8:30 とある)

a0031363_2161921.jpg (pm11/30 窓は凍り付いている)

 巴里へあと30分ほどのアナウンスのころは、さんさんと日が輝き、
なんと右手に十六夜かなたちまちの月が昇ってきた。
何百回も、このルートの機上の人になっているのに、一度として同じ事がないのは、
宇宙ってほんとに不可思議なのだ!素晴らしい!

a0031363_2171359.jpg (パリまであと20分、、、)


管制塔も見えないほどの深い霧のシャルルドゴール空港も、めずらしいことだ。
これでは空港に走る冬のうさぎは見られないだろう、、、。

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a0031363_2214123.jpg (びっしりと敷かれた雲、雲、、、雲)

a0031363_2251959.jpg  (管制塔も見えないほどの深い霧のシャルルドゴール空港も、めずらしいことだ。
これでは空港に走る冬のうさぎは見られないだろう、、、。)



 いつものように混んだ税関を通りタクシーで街へ向かった。
16時には、巴里の街に向かって空港を後にしたのだが、深い霧でオートルートは混んでいた。
いつもの倍くらいかかって17時半ごろにようやくホテル着。
すでに冬の巴里は真っ暗だ。

セーヌ川の岸の道沿いケ・サンミッシェルで、プリフェクチュール・ドゥ・ポリスがセーヌを挟んで
目に前にあり三色旗がはためいている。
右にはノートルダム寺院が左奥には巴里の右岸がかすんで見える。
10部屋しか無い本当に小さいホテルで、巴里のホテルとは思えない可愛らしさがある。
窓を開けて先ず一枚。

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 荷物をといて、8日間の滞在を考えて、三段の箪笥の中に、カメラメディア類、下着類、その他として、
本と会議の書類は、棚の上において、、、空のバックはベットの脇に。
数日だと、こんなふうにはしないのだが、こんなに長くいることは珍しいので、
日常的な気持ちになっている自分を発見して苦笑い、、
もう私はパリジェンヌだ〜〜〜!

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a0031363_2321511.jpg (真夜中に、、、ノートルダムは霧の中、、、)

 〜〜〜〜〜
追記;
<産経新聞が、iPhoneで読めるようになったというので入れていこう。
iTunesも、英仏、日英、日仏、日伊と辞書もいろいろあって、どれも数百円。
もうあつい辞書を持っていく必要がないのは嬉しい!>

と書いてあるので、iPhoneが出たばかりの頃で、日経もまだ読めなかったのだ。
この2008年の時点では、まだiPadはこの世にはなかった。
(二年後の2010年を待たねばならない)

カメラ&レンズだけでなく、旅の備品は日進月歩だ。
千数百日という時を遡ることで時の過ぎゆく速さをしみじみと噛みしめることができるだろうか、、、。



by pretty-bacchus | 2012-12-15 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(2)

古い銀塩カメラ FUJIFILM TX-1 で撮った雨の巴里2008
平成24年2月1日(水) 曇り 寒し

 月が変わって如月の閏年。
何と言う寒さなのだろう! 東京の都心の気温はマイナスがつづいている。
雪国では雪崩や事故がおこって本当に大変な今年の冬。
パリの友人からの便りだと、最高気温零下四度最低がマイナス十度で風も強く厳しい寒さだという。

 先週の雪の残りが路肩にあって、すべりそうで怖い。
あばらの打撲のほうは大分よくなったようで、気がつくと寝返りをうっているから一安心。
手首は相変わらずなので、もし路上で転んだら、手をかばってすべりこんで腰でもついてしまったら怖い~~!
こんなふうに思うのは初めてだが、注意をするにこしたことはない。
そんなわけで外出を控えてしまってお家の子?

 2005年のパリの写真もまだ終わっていないのだが、少しお休み。
やっぱり凝って始めると数時間があっというまに過ぎて、親指が痛くなってくる。
職業病ならぬ<趣味病>というところか?

 2006年をとばして今日は2008年の十二月の旅で、
コダックのネガで撮ったほんの数枚の内を、、、、

 デジカメ最初は2000年だった。
その後いろいろ試みながら今にいたるが、結局銀塩には戻ることが出来なくなっている。
一昨年、最後まであったコンタックスのカメラ&レンズを美術学校の先生とか友人達のもとに送ったが、
最後まで残っているのが、FUJIFILM TX-1 。







(カメラは大事に使うし、このカメラは数回手にしただけだからまだ新品のような感じ)


(上は当時の水平機)

TX-1は1998年 9月に富士フィルムがハッセルブラッド社との共同開発によって発売した
35mm判フィルムを使用するデュアルフォーマットのレンズ交換可能レンジファインダー式カメラ。
1本のフィルムでライカ判と24×65ミリのパノラマ写真がレバーの切り替えだけで撮り分けられる。
レンズはもちろんフジノンが数本。

 ヨドバシに現物を見に行ったが重いし大きい!それに高い。
レンズ付きで1キロ近かったが、そのチタンゴールドの美しさに負けた。

その年の10月には、エールフランスの機内誌<Bon Voyage>の取材は、
ロワール河流域の城とワイナリーが予定されていた。
カメラの発表を知って、瞬間思った。あのシュノンソーの城をパノラマで撮りたい!
そして発売になった数日後のフランスの旅に持って出た。

 その当時のわたしのメインはコンタックスSTとRXだったので、
このカメラはほんのフィルム数本しか撮らなかった。一度だけつかったまま死蔵していた機種。
それ以来一度も使っていないのだから、可愛そうなカメラなの、、、。

 ST & RXにコンタックスG1/G2+hologonの上に、この重いFUJIFILMTX-1が旅に加わった。
結果は上々で、わたしの取材の役目はワインルポルタージュの4ページの頁なのに、
シュノンソーのパノラマ写真をトップに使い、文章の書き始めは、
その城を巡るフランソワ一世と六人の女性の物語から始めてしまった、、、、という思い出の機種。
 
http://keico.exblog.jp/13817303/
2011年10月15日 土曜日 晴のブログへ
<ロワール渓谷のワイン フランスの庭園を行く>

私が担当した
☆ 83号1999夏号フランスの庭 ロワール渓谷
 <<<新フランスワイン紀行第七回>> 
<ロワール渓谷のワイン フランスの庭園を行く>の一部
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(続きは上のブログへ)
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(このパノラマがその折このカメラで撮ったもののたったの一枚だった)

 2008年の旅で、どういうわけか出発前になって突然このカメラをもっていきたくなったのだ。
でも、巴里ではほんの数本を撮っただけだった。
久しぶりのネガを一本とコダックのポジを3本。同時CD書き込みを頼んだのだが、
パノラマを書き込むにはやたら高いそうで、結局35ミリ番でスキャニングがされていた。
パノラマのつもりでシャッターをおしたものの真ん中だけを機械的に切り取られたのは、
どうもいただけない、、、。
でも、なんだかなつかしい色彩の冬の巴里の雨の朝。

 春がくるまで寒さを避けて、少しこの年の写真の整理をしようと思ったが、
この年のパリはいやな思い出と高い熱のせいかもしれなが、もうこれ以上他の写真をいじりたくない、、、。
そんな巴里の旅もあったのだ、、、、。

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 (いずれもホテルの窓からのスナップ)
(すべてマニュアルでどうもピンが甘かったみたいだ)

☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage, Paris 2008

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by pretty-bacchus | 2012-02-01 17:18 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(9)