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友逝きて 色即是空 かみくだき
  私は人の死にとても弱い。
 親しかった友人知人はもちろんのこと、お目にかかったことがない方でも悲嘆に暮れることがある。
 何日も立ち上がれないこともある。
 だらしがないのである、、まったく。

  友人からメールをいただいた。
 「エドアルド・ヴァレンティ−ニ氏のこと先日ブログで拝見しました。
 たいそうなお嘆きのご様子でしたので並のお悔やみでは到底間に合いそうもないと、
 言葉をおかけしませんでした。

  でも、人間は必ずいつかはこの世を去るのです。どんなに立派な人でも
 どんなに素敵な人でも例外ではありません。この世は所詮「空」なのです。
 嘆き悲しむのは人間の情です。これを止めることはできませんが、
 それで亡き人が喜ぶとは思えません。
 その方を偲び、思い出をいつまでも大切にすることが肝要かと思います。
                      合掌」

  私をわかってくださっているHさんの、さすがの短いさらりとした励ましである。
 ありがとう!
by pretty-bacchus | 2006-05-09 01:04 | ♥EdoardoValentiniヴァレ | Trackback | Comments(0)

Edoardo Valentini 初七日に 交わせし手紙 手にとりて
 2006.,5,05 こどもの日、母三保子の誕生日、そしてヴァレンティーニさんの初七日

  エドアルド ヴァレンティーニさんの初七日だ。
 日本の端午の節句のお菓子を写真に飾ってお話しした。
  東洋にもあこがrがあったヴァレンティーニさんとは、安土桃山の時代とルネッサンスの頃の同じ時代の
 イタリアと日本の歴史は暮らしのことや、日本の庭と西洋の庭のちがいや、四季の変化などなど、
 今考えると比較文化論を話していたのかもしれない。
 葡萄酒を造るときはアリストテレスを読みながらといっていたが、私はアリストテレスはかじっただけで
 一緒にお話しをすることはできなかった。
 私の父が一緒だったらと思ったものだ。

   母にヴァレンティーニさんがなくなったの、と電話をしたら
 「お父さんのところに逝ったのね〜〜〜。今頃いっしょに、敬子の父です、なんて言いながら
 杯をかたむけているでしょうね。と母。
 戦後まもなく何もない頃に、酒代に母の着物が一枚二枚と減っていくのを知ってかあ知らずか、、、
 家にはいつも沢山の文化と酒と食にあこがれる人々が集まっていた。

  西洋に憧れながら、何度誘っても海外の旅へ腰を上げなかった父。
 「三保子を連れて行っておやり、とその旅、母と一緒に旅立ち、フランス、イタリア、スイスと
 いくつもの国を案内してて、二人で父に絵はがきを書いたものだ。

  ヴァレンティーニさんを最初にお訪ねしたのは1996年の春だから、お付きあいは10年になる。
 父が亡くなってまもなくの頃だった。父に似ていたのかもしれない。
 どこかひょう然としたインテリジェンスの男の魅力が私を魅了したのかもしれない。
 ほんの数回の邂逅であったが、文通は続いていろいろとお話ししていた。
 彼はイタリア語で書き、私は英語で書く。
 イタリア語を日本語に、英語をイタリア語にしてくれたのはミラノに住む春子さん。
 ヴァレンティーニさんはフローレンスで法律を学んだが弁護士になるのをやめて父親の広大な農地で
 仕事をすることを選んだのだ。もちろん英語もフランス語も解していた

  交換した手紙の束は事務所で大切に保管しているが、一通だけはいつもハンドバックに忍ばせていた。
 その私の宝物はいつも私を励まし希望を消さないおまじないだったのかもしれない。
 いつか必ずヴァレンティーニさんと一緒に船旅をして、日本にお連れしよう、、、、春子さんも一緒に、と。

  何度も読み返して涙があふれる、、、、。
 創世記ではじまるこの手紙を、彼の家族の写真を撮って、はじめて友人にお目にかけようと思った。
 本邦初公開だ。ヴァレンティーニさんとの友情は、あまり人には話さないできた。
 なぜってあまりにもジェラシーが多いからだ。
 でもこうして、あちら側の世界にアップする気になったのは、どこかに残しておきたいと思ったからだ。
 そして友人からのメールで、
 「彼と彼の家族の一番よい写真を撮ったのはたった一人、遠く離れても心が通じていた
 日本女性の敬子だったということは凄いことだ」
 といわれて感激したから、、、、。
 そして、おそらく国を超えて心の交流がこんなふうに出来ることは、これからの私にはもうないだろうから、、

  父や祖母、叔母、連れ合いの父や祖母の写真の棚にもちまきを飾って、こどもの日を過ごした。

  今夜はチェラソーロで友と一緒に冥福を祈る予定、、、、
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(1998年のお手紙をミラノの駐在員の春子さんが訳してくれたのは、、、、)


by pretty-bacchus | 2006-05-05 18:18 | ♥EdoardoValentiniヴァレ | Trackback | Comments(0)

Edoardo Valentini 冥福を 祈りて飾る 友のさけ
2006.05.04 木曜日 祝日

  明日はヴァレンティーニさんお初七日、モンテプルチャーノ・チェラソーロを写真にそなえて冥福を祈る。
 ヴァレンティーニさんからの手紙の一つを読み返している。泣けて泣けて、、、、
 国を超えてこれほど心が響き合った人はいなかった。

   ロレート・アペルティーノのヴァレンティーニさんの農場とお宅では沢山の写真を撮ったが全てスナップ。
 首から二台の重いカメラ、腰にはホロゴン16ミリのコンタックス。ガタガタと車に揺られながら、
 葡萄畑のお話しを聞きながら、時にはメモを取りながらカシャカシャかしゃと。食事中はカメラを机のおいて、
 写真嫌いなヴァレンティーニさんと聞いていたが、いつもごく自然に素敵な被写体となってくれた。
 なんだかお互いの暗黙の了解と信頼感、いや阿吽の呼吸と許し合いがあったような気がする。

  雑誌の掲載の後、ダイレクトプリントをお送りした。
 そのお礼のお手紙の一部には、
 「貴女の写真は芸術作品です。なぜならば、無言の映像ではなく、
 貴女がほんの一瞬のあいだに解釈し捉えとどめたその人を、その人柄をエピソードや物語についてを、
 貴女の撮った写真が語っているからです。全てが最高に美しい!」
 と書いてくださっていた。
 (実はそのお手紙はいつもハンドバックに忍ばせている。)
  たった一度ポーズを頼んだのがこの写真。
 三代にわたる男性を撮りたいと思ってお願いした。
 この写真に私はサインをしてお送りした。
 その意図も以心伝心でわかった彼は、この写真から肖像画を依頼したという。
 私が送った小さい写真は、ヴァレンティーニさんの机の上にいつもおいてあったという。

  アデュー我が友よ!
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  息子さんとお孫さんの三人の写真。

ヨーロッパでは鳥たちは沢山の友達をいみするという。

 藤原さんからメールをいただいた、
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  ご冥福を祈ります。 
  こころが届く人が亡くなることほど、さびしい気持ちになることはありません・・・
  心の中にはず〜っと住み続けているとしても、
  もう二度とこころを通わせ、語り合うことができない。
  それが“死”なのですね。
  国を超えた友情は多くの人々に幸せをあたえてくれたのでしょう。
  合掌
 ーーーーーーーー
by pretty-bacchus | 2006-05-04 21:21 | ♥EdoardoValentiniヴァレ | Trackback | Comments(0)

Edoardo Valentini エドアルド ヴァレンティーニさんが亡くなった。
2006.05.03

English Here

イタリア駐在の春子さんから悲しいニュースが飛び込んだ。

 Mr.Edoardo Valentini エドアルドヴァレンティーニさんが亡くなった。4月29日だったという。
 あまりにも突然の知らせに言葉を失った。
 涙がとめどもなく流れて自分を失っている。

  あまりにも大きな星を失ってしまった。
 イタリアワイン界の大きな損失だけでなく、私には、たった一つの希望でもあった。
 この10年いつも私を励ましてくれた彼であった。

  数年前からすべて後継者の息子さんが業務をしていたが、彼の後ろにはいつもEdoardoの姿があった(私には、、、)
 2週間くらい前に様態が悪くなり、そのままお亡くなりになったという。
 以前から少し心臓、肺等に問題はあったというが、そんなに悪かったとは知らなかった。

 心よりご冥福をお祈りする。

  ロレートアペルティーノの彼の農場を何度か訪ねたが、その哲学者風の、
 そしてはにかんだ素敵な笑顔と家族の皆さんの暖かさは群を抜いてすばらしかった。
  友人の由紀さんが編集をした、日経ムックの「イタリアグルメ&ロマン紀行」に寄稿した、
         Edoardo Valentini エドアルド・ヴァレンティーニ
         『ワインのことは大地に聴け』の5ページに渡る写真と記事には、
 ことの他喜んでくださった。(1997年11月掲載)
  「貴女は世界中でただひとりのエドアルド・ヴァレンティーニ家の肖像写真家です」と
 三枚にもわたる長いお手紙をいただいていた。私の宝物!
 (最初の訪問の時に撮った湖の写真が気に入ってくださっていて、
 そのご私は何を撮っても許してくださった)

 『ワインのことは大地に聴け』の題や
 『美味しいワインを造るのには葡萄の木のつぶやきに耳を傾けその心を理解することです』
 など私が書いた言葉が、彼の語録として一人歩きするまでになってしまっている。

  ジャーナリスト嫌いで偏屈な哲学者といわれていたワインの造り手であったが、
 その人間的な大きさはすばらしかった。
 フローレンスで法律家になるべく学んだ彼が選んだのは、
 父の農園で土と語りながら農産物やワインを造ることだった。
 東洋への造詣も深く、日本と西洋の文化論に話が弾み、
 彼のお家で日本の茶道の手前をご披露したこともあった。

  彼が造ったワインは、イタリアの名だたるレストランでも、ワインリストに載っているにもかかわらず、
 なかなかお目にかかれず、イタリアで最も手に入りにくい幻のワインといわれている。
 その評判にもかかわらず、彼は頑固に生産量は増やさず、飲み頃になるまでは決してワインを出荷しない。
  さらに、ヴァレンティーニ氏は、この土地から出ることはめったになく、写真嫌いでもあり、
その存在は、日本では知る人ぞ知る銘酒の造り手であった。

   彼の日本へのリリーズの最後になったトレビアーノ・ダブルッツォ2001は、
 イタリアソムリエ協会のワインガイド「ドゥエミラヴィーニ」の読者が選ぶオスカー・デル・ヴィノ賞を
 白ワイン部門で受賞してイタリア一のワインと賞賛された。

  〔 協会が協力する雑誌「ビベンダ」には
 「ミネラル、グリーンのコーヒー、わずかに燻製の香りのノートとともに、白い花、葉緑素も感じられ、
 海の塩気も感じられる。味は切れがよく、すっきりしている。 まだはっきりしている酸味があり、
 時間と共にでてくる厚みのある特徴とあわせて、素晴らしいワインになると想像できる。
 ここ10年のヴィンテージで最高だが、開花するには10年くらいかかるだろう」
 と紹介された。〕(YOMIURI ONNLINEより
    http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/drink/wnews/20050818gr06.htm

  在りし日の面影をアップしておこう。
 写真嫌いであった彼の貴重な記録となってしまった。
(家族の写真は、大きく引き延ばして送ったが、それはイタリアの肖像画家に依頼されて、
 三代の肖像画となっているという)
 http://www.seiwajapan.co.jp/data/f14_2Fr.htm
YOMIURI ONLINE FOR EDOARDO VALENTINE

  「あれがアペニン山脈ですよ、と暮れゆく山をさして、自然の荘厳さを語ってくれた彼。
 いろいろ思い出されて、、、、、、。
 あの広大な葡萄畑の空に一瞬現れた太陽からの後光が、エスカリエ・デ・ザンジュ=天使   の階段、と
 教えてくださったエドアルド ヴァレンティーニさん。
 今頃はあの階段を天国に昇っていく途中だろう。
 心よりのご冥福を祈るのみである。(享年72才)

  綺麗な朝が明け始めているが寝られそうもない。
 悲しい連休のはじまりである、
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by pretty-bacchus | 2006-05-03 05:20 | ♥EdoardoValentiniヴァレ | Trackback(1) | Comments(13)

エドアルド・ヴァレンティーニ トレビアーノ
2006.04.08

   桜もいよいよ最後。今日は月は十夜。
 雨にもまけず散りきらない桜はなぜか寂しそう。
 月は煌々と冴えているが、桜もいよいよ最後。

    (学習院脇の風に揺れるしだれ桜と十夜月)
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 週末なのに、もう花見をする人影もない。
 「桜は女性と同じですね〜〜。まだまだ散らずに美しいのに
 盛りを過ぎると人はみむきもしなくなりまね〜〜。
 キンキンがいっていたのが妙に切ない言葉となる。
 散りゆく桜花を見送りたくて暗くなってから家をでた。


         
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   ( 椿もそろそろ終わりです。)
   (ヘッドライトの路傍の蒲公英がかがやいて、、、、)
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  ノブちゃんのお店でお寿司を愉しむために歩いた。
 水なすが早くも出ていた。
 八つにきってゲランドの塩で軽くもんでもらっておつまみにしたが、
 まだまだ若い。やはり時期を得て熟したものが美味しいのだ、、、、。

  久しぶりにお店のヴァレンティーニのトレビアーノ ダブルツオをいただいた。
 このかぐわしき香りはなんとひさしぶりのことか、、、
 ヴァレンティーニ氏に感謝の杯をあげて、そ〜〜と目を閉じ口づけをする。

  世界で最も高貴な白ワインと言われ、ここ十数年来世界中のワイン評論家をうならせている白ワイン。
 エドアルド・ヴァレンティーニ氏は『ワインのことは大地に聴け』と毎日畑にでかけ、
 ぶどうの木のつぶやきを耳にし、その心を理解することに心をくだいている。
 古代ギリシャの哲学書から学んだ醸造方で仕込み、その色合いは、
 緑がかった深く豊かな麦わら色。熟した果実味と香りの奥行きの深さは格別。
 かぐわしく豊かに凝縮した柑橘類の味わいと柔らかに感じる酸味。
 今飲んでも美味しいのはもちろんだが、じっくりと熟成させて飲む唯一の重厚なトレビアーノ 。
 イタリアでもなかなかお目にかかれない、幻のワインで、特にこの2001年は、
 イタリアのワインオブザイアーに選ばれている銘品。
 480本だけ日本に入ったこのワインは、レストランでも、麻布十番の「ピアットすずき」とか、
 このお店とか、京都の「維座家、とかで数件のお店でしか味わえない。
 次に享受できるのはいつになるのだろう〜
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  行き帰り30〜40分の道々は寂しき桜と春の息吹に満ちていた。
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   (橋の欄干と十夜の月。残りの桜がわびしそう、、、、、、、、、、、、、、)

  ぎりぎりに帰って、「チャングムの誓い、を途中から見た。
 体調も大分整ってきて食事もワインも美味しくなった。もう一歩だろう。
by pretty-bacchus | 2006-04-08 23:59 | ♥EdoardoValentiniヴァレ | Trackback | Comments(0)

エドアルドヴァレンティーニのワインとオリーヴオイル
2004.08.09

 待ちに待ったエドアルドヴァレンティーニのワインとオリーヴオイルがリリースになった。
 イタリアワインの世界で幻のワインと言われるワインを造るヴァレンティーニ。
イタリアにおいても、ワインリストにあっても味あうことが出来ないと言われているワインの造り手である。 
 〈世界で最も高貴なトレッビアーノ〉と絶賛されているワイン。
 ”緑がかった深く豊かな麦わら色。熟した果実味と香りの奥行き、
かぐわしく豊かに凝縮した柑橘類の味わい、微量に感ずる酸味。持続する密度の高さ-----”と、ワインの専門誌ガンベロロッソで絶賛され、世界で最も高貴なと賞賛された白ワイン、
トレッビアーノ・ダブルッツォ。

 さらに赤のテンテプルチャーノ・ダブルッツォにいたっては奇跡の神品と言はれ世界中を驚かせているワインである。
 年間生産量は白・ロゼ・赤あわせて三万本あまりで、イタリアの名だたるレストランでも、
ワインリストに載ってはいるものの、なかなかお目にかかれず、最も手に入りにくい幻のワインといわれている。

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その評判にもかかわらず、彼は頑固に生産量は増やさず、飲み頃になるまでは決してワインを出荷しない。
一方この土地から出ることはめったになく、写真嫌いでもあり「偏屈者」「頑固者」と呼ばれ
謎に包まれている。
(ただ一人、写真家と認められているのが、なんとこの私、KEIKO KATAGIRIなのです)

 その彼が造るワインの白のトレビアーノダブルッツォ2000が発売になった。
今年はオリーヴオイルも一緒でファンを喜ばせている。
 明日の夜は、ほどほどに冷やしたエドアルドヴァレンティーニのトレビアーノダブルッツォで
炎暑を乗り切ることにしよう。
 参考HPは、http://www.yomiuri.co.jp/wine/news_w/ne04032503.htm
又はhttp://valentini.exblog.jp/
by pretty-bacchus | 2004-08-09 22:32 | ♥EdoardoValentiniヴァレ | Trackback | Comments(0)