カテゴリ:◎Records過去の記事書いた雑誌( 30 )

クラシックCDジャケットに使っていただいた写真の思い出
2017年3月4日 土曜日 晴れ

 日本経済新聞の最終ページの右上のいつもの小さい一段は、先週からは音楽評論家の萩谷由喜子さんの
【クラシック・ジャケットの女性 十選】
このシリーズの○×△十選というのはいつもとても楽しいが、今日で十回が終わってしまった。
 私がより興味があるのは、曲目というよりどちらかというと、そのジャケットの写真。
今回は、
有名な画家のジャケットが多っかたようだ。
三回目の【クラシック・ジャケットの女性 十選】(3)「ケフェレック:ラヴェル名曲集」:
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO12833200T10C17A2BC8000/
十九世紀イギリスの画家ジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」ロセッティの妻となるも
不幸な死を遂げるエリザベス・シダルをモデルに描かれた有名な一枚。


 そして久しぶりに、二十年ほど前に発売された十数枚のクラシックのジャケットを取り出した。
そのどれもが私の写真が使われているからだ。

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 友人のデザイナーのDEDEUCHEの細田秀明さん(現在は文星芸術大学准教授)が二十年ほど前に
クラシックとかオペラシリーズのCDジャケットのお仕事をするにあたって、
そのジャケットの表紙と中の写真に使ってくださった写真が十数カットある。
そのどれもが、世界を駆け回った私の後半生の旅に撮ったものだった。
1990年代の十年ほどもものだろう。

その頃までに、私は六十国ほどの旅をして、とくに八十年代後半からの十数年間は
重い
コンタックス&カールツアイスを三セットかついでの旅で撮ったものだ。
プロではないからノーギャラだったが、そえぞれ各十枚をいただいた。
友人達に送ったりして、ブログでも以前に書いてご希望の方にお送りしたので、
最後の一枚づつだけ手元に残してあった。

http://keico.exblog.jp/12508218/
2011年5月1日 日曜日 曇り後雨、風強し
<聴きたくてグリーク&シベリウス>のCDカヴァーの写真
北欧の六月,Northcapノールキャップの沈まぬ太陽を撮った写真がカバーになった
北欧の二大作曲家
<聴きたくてグリーク&シベリウス>の

原盤はイギリスのデッカレコードで、指揮はカラヤンやプレヴィン他、はチョン・キョンファと
蒼々たるメンバーが演じている。
「世界フィギュアスケート選手権2011」で優勝した安藤美姫嬢が優勝した際の音楽の
グリーグ(Edvard Grieg)の『ピアノ協奏曲イ単調』も入っている。
(詳しい曲目は、ペールギュントオーゼの死、ペールギュント・ソールヴェイグの歌
夜想曲、
ノルウェー舞曲第二番、ピアノ協奏曲イ短調第一楽章アレグロモルトモデラート ホルベスク組曲プレリュード、
交響詩フィンランディア、悲しきワルツ、トゥオネラの白鳥、
ヴァイオリン協奏曲二長調第三楽章アレグロノンタント、カレリア組曲行進曲、
交響曲第二番二長調第四楽章アレグロモデラート)

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(左上が、写真は、1997年に訪れた北欧の旅での白夜の海と太陽、
北限の白夜で、沈まぬ太陽が真夜中に空中に光り、その光が海のななに映って輝いている、、、、。
雲の下には鳥たちが飛んでいる、、、、。

右上も北方の旅での渓谷美、右中はジヴェルニーのモネの家の蓮池、
下のカルミナブラーナは、フランスの世界遺産のヴェズレーのサント=マドレーヌ大聖堂
(Basilique Sainte-Madelaine) の内部の回廊の写真。

>>巴里 アレキサンダー三世橋(フランス)
ドヴォルザーク 交響曲第九番<新世界より>>>ノルウェーの寒村
ドヴォルザーク 室内楽曲集 ユーヴァル・トリオ他

>>カラーラの大理石採掘場の小屋の前にあった顔(ここではかのミケランジェロも作品を創ったという)

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 その後更に、彼の起案でユニバーサル クラシック&ジャズの制作で、
<ザ・ミュージック・オブ・ネイチャー・シリーズTHE MUSIC OF NATURE SERIES>や、
<ミュージックオブカラーズTHE MUSIC OF COLORS>という新しいジャンルで数枚のCDが発売され、
それぞれに曲とタイトルとにあった写真を使ってくださった。
自分では選ばないに違いないショットを彼が選んだのだった。

<ザ・ミュージック・オブ・カラーズ Ⅱ
KUSAIRO 草色>
http://keico.exblog.jp/10641382/
2010年5月17日 月曜日 晴れ
ジャケットも<草色>萌えて旅憶う(モンゴルフィエ=気球)

この「草色」は、十頁が草色の写真と文章で構成されていて、数枚が私の写真で,
最後の頁でクレジットもちゃんとと記して下さった。
この他に別の色もあったが、私の写真は緑<草色>で、ピンクとかブルーとかよりも、
私は自然のミドリに緑があるのかもしれないと思って嬉しくなったものだ。

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 この空からの写真はモンゴルフィエという熱気球で、フランスのオーベルニュ地方の上空を飛んだときのもの
、、、二十年ほどまでのことかな、、、、。
フランス語で「モンゴルフィエ」という熱気球は、人類が初めて空中を飛行した乗り物で、
モンゴルフィエ兄弟Montgolfierが、1783年6月5日に世界で始めて有人飛行を行った。

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>>>続きは、
http://keico.exblog.jp/7096176
2008年5月10日 土曜日 雨雨あめ、、、、
思い出を引き戻しつつ緑雨、モンゴルフィエ

http://keico.exblog.jp/6032654/
2007.08.22 
AIR FRANCE機内誌に「新フランスワインの旅」

http://keico.exblog.jp/1575148/
2004年7月18日の日記から
写真を私が担当した本

<ザ・ミュージック・オブ・ネイチャー Ⅱ草原の音楽>はやはり中は十頁の組み写真。
☆草色のCD ユニバーサル クラシック&ジャズの制作
2001年11月28日発売
UCCD-3073
THE MUSIC OF COLORS [草色]

シシリエンヌ3:26フォーレ、アラベスク 第1番3:52ドビュッシー、雨だれ5:58
ショパン ブランデンブルグ協奏曲 第3番・ 第1楽章6:10J.S.バッハ組曲 <水上の音楽> ・エア4:16ヘンデル
アリオーソ3:31J.S.バッハ、アルハンブラの想い出4:49タルレガ、プレリュード 第1番1:59J.S.バッハ
ガヴォット ・ ショーロ(組曲<ブラジル民謡組曲>より)6:03ヴィラ=ロボス青柳の堤6:07バタワース
スパニョレッタ2:51デルラ・マルラ
クラリネット協奏曲 ・ アダージョ7:17Wolfgang Amadeus Mozart

http://keico.exblog.jp/7096176/
2008年5月10日 土曜日 雨雨あめ、、、、
思い出を引き戻しつつ緑雨、モンゴルフィエ

http://keico.exblog.jp/10641382
2010年5月17日 月曜日 晴れ
ジャケットも<草色>萌えて旅憶う(モンゴルフィエ=気球)

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カラブリアの草原の羊(イタリア)
(イタリアの三角お屋根のアルベロベーロに滞在して、翌日チロマリーナからカラブリア州に
入ったあたりでの、草を食む羊、、、車の窓からのたった一枚のスナップだった)


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☆草色のCD
ユニバーサル クラシック&ジャズの制作、 2001年11月28日発売
UCCD-3073、THE MUSIC OF COLORS [草色]


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 何年も前のだからもう売ってはないだろうと思って、グーグルで検索したら、あった〜〜〜!
これぞWEB2.0時代のロングテールなのだろう。早速もう一枚購入しておこう。

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(この表紙の写真は私ではありません)

KUSAIROのCDジャケット内の上部の写真は、ベルゲンの小高い丘の上の音楽堂前のグリークの銅像
http://keico.exblog.jp/5884324/
2007.07.17の日記
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 オペラシリーズのCDジャケットの表紙に使ってくれた写真は十数カット。
珠玉のオペラアリア>>ヴェローナ(イタリア)
デルモナコ、サザランド、ベルリオーズ 幻想交響曲>>モネの里の睡蓮 ジベルニー (フランス)
カルマナ・ブラーナ>>世界遺産フォントネーの回廊(フランス)
グリーク&シベリウス>>北欧最北端の沈まぬ太陽(フィンランド)

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(この写真は、1995年に一週間イタリアのヴェローナに滞在して、毎夜アレーナでオペラを見たときの一枚。
フランコゼッフェレリのアイーダを見たのも、この時がはじめてで大感激!
その他、リゴレットとか、、、、、オペラ鑑賞に浸った幸せな時でした)


 友人達のおかげて、私の写真ライフは、エールフランスの機内誌<BON VOYAGE>や日経のムックでの取材や、
こうしてCDカヴァーなどと、愉しく嬉しいものとなっている。
ありがたいことだ、、、、感謝、感謝!。

そしてこうして昔の旅を想いながの週末です。
また旅にでたくなりました〜〜、、、、。




More>>>さし上げた時に書いた手紙など
by pretty-bacchus | 2017-03-04 23:58 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(2)

久しぶりに<デザイン工房 プレジールドゥヴィーヴル>のオープンで年賀状を
2015年12月18日 金曜日 晴れ

 久しぶりの<デザイン工房 プレジールドゥヴィーヴル>のオープンの一日。
来年の年賀状の作成で、毎年何百枚もせっせと書く連れ合い用の年賀葉書と、私が友人にメールで送る
シーズンスグリーティングの二つ。

申年年賀状
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葉書の方は、十月に嵯峨釈迦堂のふくみ先生のアルスシムラ総会の会場の廊下でふ目にとまった
猿の板絵を枚だけ撮ったのを使うことにした。

(左下は一言手書きで)

 メール用の横長は、十二年前に使ったデータのままで、申年元旦に変えただけと横着を決め込んだ。
シャペルフジタのマリア様の写真が好きなこと、同じ時にシャンパーニュ地方で撮ったシャルドネの
葡萄の上で二匹の猿が葡萄とワイングラスをもって遊んでいる吹田泰啓さんのイラストが
気に入っているから。
いずれも自分が撮った写真で、これは二十数年前からの恒例になってしまっている。

 器用貧乏といわれておだてられて、そのうえ楽しいから敬子の<デザイン工房プレジールドゥヴィーヴル>は
年に何日かオープンする?
デザイナーぽい、ちょっとしたお洒落をしてMacに向かう。

その昔は身内の会社の八ページの広報誌とかカタログもしたことがあったし、ふくみ先生の和紙の便箋や
友人の封筒&便箋をお作りしたこともあったが、ここ十数年はもっぱらプライヴェートポストカードと
挨拶状と年賀状だけになってしまった。
アドビのイラストレーターもCS3のままでことたりている。
それ以上のむずかしいことは友人の本職デザイナーさんにお願いすればよいとわりきっているのかもしれない。

 写真用の八色のエプソンPX5600も使わなくなってしまって、もっぱら家庭用の四色の廉価版PX-434Aを
つかっていたが横線がでてきてしまって、プリントヘッドを何度クリーニングしてもなおらない。
思い切って先週新しいプリンターを導入した。
エプソンPX-M650Fで、頑固に顔料インクの機種にした。
用紙設定がいろいろできるし印刷時間もそんなに遅くはないし150枚まで用紙を一緒にいれることができる。

普通紙にカラーの写真をプリントしてみたが、これがなかなかきれいで、素人が家でプリントしたとは
思えない色をだしてくれるのだが、葉書を二百枚刷ったところでインクが切れてしまった。
前機種以上にインク食い機のようで頭がいたい。
もっともインクがきれてもヨドバシドットコムで注文すると都内は数時間で届くので心配ないのだが、、、。

 出来上がった二つの年賀状をみながら、にやにや、、、。
なんとも楽しい時間だったが、こんなことをしているからいつも多忙になってしまうのだろう。

 創った<作品>は、今までもこのブログでも何十回となく取り上げているし、ある時期から右サイドバーの
★Records過去の記事書いた雑誌>にまとめ始めたが、<年賀状>といれて検索してみたら、
まあ出てくるわ出てくるわ〜〜、、、、。
それを見ながら、、、、またまた数時間を過ごしてしまった、、、なんてこった!

そのいくつかを、年代順に、、、
(毎日ブログを書き始めて十二年目になる。継続は力なりとつくづく思いながら、、、)

 まず。ブログを毎日書き始めた2004年には
http://keico.exblog.jp/1468175/
数日を残す週末賀状刷る2004.12.23

http://keico.exblog.jp/1484575/
2004.12,28
眠られず年賀状刷る朝焼けに

http://keico.exblog.jp/1501307/
2005.01.01
明けましておめでとうございます。

http://keico.exblog.jp/1742762/
2005.03.13
レオナルド・ダ・ヴィンチ 最後の晩餐で年賀状を
 
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http://keico.exblog.jp/2077817/
2005.07.07
☆回想のわが巴里の街1965~1973>>七夕に昔の旅を振り返る

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この日の2005年の七夕の日のブログは、私の写真ライフをかいていておもしろいので、再掲載しておこう。
この時すでに<年賀状を世界遺産で作り始めて十年>と書いているから、
すでに二十年前から自分の撮った写真を使って年賀状を創っていたのだ!

 <ユネスコで世界遺産が採択された1972年に、私はパリに住んでいた。
遠い昔のことである。
最初のパリへの旅は1966年。凱旋門もなにもかもパリの街の建物は真っ黒だった。
アンドレマルローの案で、それらが荒い流されて、60年代後半にはパリは白く生まれ変わった。
70年前半の4年弱を私はパリで過ごした。逆単身赴任という珍しいケースであった。

 パスポートが自由にとれるようになって数年がたっていた。パリー東京間にはジャンボジェットが就航して、
日本からのお客様が急速に増えはじめていた頃である。
 フランス語もおぼつかないままに到着の翌日から仕事についた。
最初の一年ぐらいは泣いて暮らしたかもしれない、、、。
でもパリに住んだ経験がなかったら今の私はない。

 料理上手な祖母と、茶道・華道の先生という日本的な母と、西洋の影響を沢山与えてくれた父のもとで
育った私は
わがままな娘であった(であろう)。
大学を終わり社会人四年目にパリで一人暮らしをしたことは人生の大きな一つのステップであった。

 写真は四年生のときに父がくれた二眼レフで始めた。
隣の電気屋のお兄ちゃんが現像を教えてくれた。叔父達の影響もあったろう。

 最初のパリの旅行の写真が友人に認められて<巴里>という写真展が有楽町の西銀座デパートで行われたのは
1966年?
あの横長のショーウィンドーをぐるっと囲んだ私が撮った写真は、当時の人たちに羨望すら与えたようだ。
萩原朔太郎の有名な詩「ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し、せめては新しき背広を着て
気ままなる旅にいでてみん」が実感の時代である。

凱旋門の上でであった尼僧とシャンゼリゼ通りを縦長の一枚に納めたショットが大きくのばされて
話題にになった。
(あるカメラメーカーにお渡ししたそれらの原盤も写真も結局私の元には返ってこなかった)

 その三年後にパリの駐在員としてパリに住み始めた私は、泣きながらのパリの生活をすこしずつ
写真が癒してくれた。(この時代のことは後にブログの書いている)
世界遺産という対象ができたこともきっかけだったかもしれない。
私の世界遺産の旅はパリセーヌの河畔から始まった。
そして「よ〜〜し。世界遺産をひとつずつ訪れよう!」と、、、。

ユネスコが募集した世界遺産写真コンクールに五点の写真を応募したのは、ずっと後のことである。
日本が世界遺産を採択したのは1992年。その後世界遺産の数はふえて今では700以上。
(<このブログの十年後の今はもっともっとある)
もはや重いカメラをもたずとも一生かかっても回れる数ではない。

 年賀状を世界遺産で作り始めて十年。今年から自家プリントになった。
スキャナーとプリンターが進歩して、その上経費節減の気持ちは思わぬ効果を生むことになった。
 さあ、来年はどの国から選ぼうか、、、。六十数カ国の旅の思い出がまわる。
彦星と織り姫が年に一度の逢瀬の頃になると、年賀状のことを考えている。 >
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http://keico.exblog.jp/2938174/
2006.01.01
赤信号 青へと願い 年を越え

干支の戌年の絵は、巴里に住む日本を代表する画家吹田恭啓さんの素描です。
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http://keico.exblog.jp/2963927/
2006.01.03
松三日 禁酒せねばと 杯重ね

http://keico.exblog.jp/2978242/
2006.01.07
松七日父の夢みて けじめあり

http://keico.exblog.jp/5961405/
2007.08.05 日曜日 晴れ
暑ささけ思い出写真と日曜日(昆明、麗江、西安、敦煌 & ヴェネチア) 

http://keico.exblog.jp/5980000/
2007.08.09 木曜日 晴れ
時期をいっしてお礼状も書けずにいるダメな私

http://keico.exblog.jp/6606885/
2007年12月26日 水曜日 曇り
「ドコモ、グーグルと提携」に踊る

http://keico.exblog.jp/6616636/
2007年12月29日 今日は何曜日なのかしら
写真展挨拶状の中の準備ができた

http://keico.exblog.jp/6630598/
2008年1月2日 朝方に
海面から昇る朝日

http://keico.exblog.jp/6809346/
2008年2月18日 月曜日 晴れ
マックとカメラとレンズの整理 

http://keico.exblog.jp/7096176
2008年5月10日 土曜日 雨雨あめ、その後CD化された一部
思い出を 引き戻しつつ 緑雨

http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

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http://keico.exblog.jp/9449373/
2009年12月16日 水曜日 曇り
グーグルは進歩続ける、、100カ国語かける100カ国語の言語間での相互翻訳

http://keico.exblog.jp/9626402/
2010年1月9日 土曜日 晴れ
春の芽生えと「数学入門」

http://keico.exblog.jp/9965988/
2010年2月14日 日曜日 晴れ
A Happy Saint Valentine's day !

http://keico.exblog.jp/10026319/
2010年2月21日 日曜日 晴れ
ハート揺れ天使の笛に春光り

(アルベロベーロに滞在して、チロマリーナからカラブリアに入ったあたりでの、
草を食む羊、、、車の窓からのスナップ)

http://keico.exblog.jp/3145686/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに

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もう一つは、このたった一枚のスマップを細田さんは、CDの中見開きに使ってくださったのだ!

http://keico.exblog.jp/10584167/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに

その他のいろいろのジャケット
ジャケットも<草色>萌えて旅憶う 2010年5月17日 月曜日 晴れ

http://keico.exblog.jp/10641382
2010年5月17日 月曜日 晴れ 
ジャケットも<草色>萌えて旅憶う(モンゴルフィエ=気球)

http://keico.exblog.jp/10682101/
2010年5月24日 月曜日 雨
思い出の千代紙遊び五月雨 >五月雨千代紙遊びの思い出や

http://keico.exblog.jp/3145686/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに

http://keico.exblog.jp/11717256/
2010年12月13日 月曜日 雨 寒い一日でした
うさぎ年の年賀状の準備

http://keico.exblog.jp/11783936/
2010年12月25日 土曜日 晴
「パリ歴史地図」を楽しみながらメリークリスマス!

http://keico.exblog.jp/11813251/
2010年12月30日 木曜日 晴
手びねりの花入れに一輪の赤い薔薇>>手びねりの花瓶に一輪冬薔薇

http://keico.exblog.jp/11819390/
2010年12月31日 金曜日 大晦日
去年今年ブログのご縁ふくらみて

http://keico.exblog.jp/11826395/
2011年1月01日 土曜日 晴れ
初茜想いは十年祝膳 >>初茜想いはるけし京の膳

http://keico.exblog.jp/11831898/
平成23年1月2日(日) 晴
お書き初め筆にかわりてキー叩き >>書初や筆にかわりてキー叩く

http://keico.exblog.jp/12135645/
2011.02.17
シリア、ヨルダン、レバノンへの旧約聖書の旅

http://keico.exblog.jp/10584167/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに
a0031363_23262518.jpg(パルミラの夕陽、丑年か未年かしら?)


http://keico.exblog.jp/12342785/
2011年3月29日 火曜日 晴 その一
生かされん命なれかし春霞>>朝霞

http://keico.exblog.jp/16970105/
2011年3月29日 火曜日 晴 その一
2001年のヴェニスの写真(銀塩にて)
>2001年の旅のカテゴリーに再録。

http://keico.exblog.jp/12508218/
2011年5月1日 日曜日 曇り後雨、風強し
<聴きたくてグリーク&シベリウス>のCDカヴァーの写真

http://keico.exblog.jp/12665732/
2011年5月26日 木曜日 曇り
2000年の<西安 敦煌 昆明 麗江、歴史遺跡の旅> 

http://keico.exblog.jp/14149612/
2011年12月9日 金曜日
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ー世界遺産

http://keico.exblog.jp/14192627/
2011年12月17日 土曜日 ☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris ~1990~2000

☆回想のわが巴里の街1990~2000 十五区のアパルトマン

http://keico.exblog.jp/14194928/
2011年12月19日 月曜日 晴れ その一
☆回想のわが巴里の街2000~2010〜 Paris ノートルダム寺院
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(年賀状にしたこともある)

大聖堂の上にあるシメールのギャラリーに行くには、大聖堂の建物の外にある入り口から
狭い螺旋階段を登っていかねばならない。
四十年前にたった一度だけその外階段を上ったことがあったが、もうこれからは無理だろうな


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(対岸の四階から超望遠で撮ったガーゴイル)

a0031363_1524790.jpg (Oct, 2005 下からもテラスからも絶対に撮れないノートルダム聖堂の南側のガーゴイル)

a0031363_1542051.jpg (Oct, 2005 対岸のある建物から出たっばかりの70~300で手持ちで試写をしたもの、、、)

 〜〜〜〜
(追加)1970年代初めの若かりし頃の私、この写真はNというプロが撮ってくださった)
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http://keico.exblog.jp/14790291/
2012年3月2日 金曜日 雨のち曇り
ナショナル ジオグラフィック& レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」

http://keico.exblog.jp/15505582/
2012年6月5日 火曜日 曇り
初代のデジカメFUJI FinePix4700Zで撮ったイタリアの旅

http://keico.exblog.jp/16983306/
2012年12月13日 木曜日 晴れ
旅で撮った世界遺産の写真で年賀状の記録

http://keico.exblog.jp/16988936/
2012年12月14日 金曜日 晴れ
二十世紀の巴里への旅を追憶して

http://keico.exblog.jp/17044737/
2012年12月23日 日曜日 曇  天皇誕生日
Merry Christmas & A Happy New Year!

http://keico.exblog.jp/17104083/
2013年1月4日 金曜日 晴れ
いただいたお年賀状に返事を書いて
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(今年の賀状に使った写真は、数年前に熱海の宿から相模湾にのる初日の出)

http://keico.exblog.jp/17399501/
2013年3月2日 土曜日 曇り後晴れ
2000年の<西安,昆明,敦煌,麗江の旅>のデータ化その一

http://keico.exblog.jp/17993283/
2013年6月23日 日曜日 雨
富士山が世界遺産に登録

http://keico.exblog.jp/18925185/
2013年11月6日 水曜日 曇り
世界遺産の旅の写真を年賀状に ゼノビア女王

http://keico.exblog.jp/18949959/
2013年11月9日 土曜日 雨のち晴れたり曇ったり
やがて燃えゆく地球からパルミラの夕陽を

http://keico.exblog.jp/19210694/
2013年12月22日 日曜日 晴れ
さくらさんの梅酒とMさんの柚子で冬至を

十月にポーラ美術館への途中でスナップしたのを使うことが出来て嬉しい
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http://keico.exblog.jp/16983306/
2012年12月13日 木曜日 晴れ
旅で撮った世界遺産の写真で年賀状の記録

http://keico.exblog.jp/19258734/
2013年12月29日 日曜日 晴れ 今日もきれいな青い空
年の瀬に旅を想い新しき本を読む<ダン・ブラウン「インフェルノ」>

http://keico.exblog.jp/19332647/
2014年1月11日 土曜日 晴れ
一年の計は手創り年間カレンダーにあり

http://keico.exblog.jp/19371457/
2014年1月20日 月曜日 晴れ 大寒
ミレニアムまで801日を待つエッフェル塔

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(2000年まであと801日の太陽、、、)

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(二十一世紀を前にエッフェル塔にはカウントダウンの光が入った頃)


http://keico.exblog.jp/19691175/
2014年4月15日 火曜日 晴れ 
春はヴェニスの宵の夢 涙に夢も泣きぬれて

http://keico.exblog.jp/19833238/
2014年5月25日 日曜日 晴れ その 
タクラマカン砂漠

http://keico.exblog.jp/20221280/
2014年9月22日 月曜日 曇り
ホロゴンさんの羊飼いと私の羊飼いのおじさんと犬

http://keico.exblog.jp/20443040/
2014年11月28日 金曜日 晴れ
「和紙 日本の手漉き和紙技術」無形文化遺産への登録おめでとう!

http://keico.exblog.jp/20675808/
2015年1月6日 火曜日 曇りのち雨
十二年前の未年の年賀状、そして次の未年は?
 未年。十二年前の未年のカードは、イタリアの草原で車窓から撮ったたった一枚の写真だった。
その頃は、年に何度かポストカードを創っていたので、その内の一枚。

a0031363_4373978.jpg (イタリアの世界遺産、アルベロベーロの坂道と途中で会った羊さん=未年だったので、平成十五年)
http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

http://keico.exblog.jp/16983306/
2012年12月13日 木曜日 晴れ
旅で撮った世界遺産の写真で年賀状の記録

http://keico.exblog.jp/17104083/
2013年1月4日 金曜日 晴れ
いただいたお年賀状に返事を書いて



http://keico.exblog.jp/21248538/
2015年5月18日 月曜日 曇り後雨
シリアの世界遺産都市パルミラが無事でありますように、、、
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 (ローマ帝国を敵にまわしたゼノビア女王。シルクロードの中継地点であったパルミラ王国は、
やがて四世紀にローマに滅ぼされた。そのパルミラの遺跡には今も夕陽が毎日沈む)


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(丑年の年賀状に使ったことがある、、、)

 このブログ内右サイドバーで<パルミラ>と検索したら、二十もでてきたし、
カテゴリ:Journey海外'93シリアヨルダンレ にも六回も書いている。

http://keico.exblog.jp/20641193/
2015年1月2日 金曜日 晴れ
静かに過ぎゆくお正月二日目

http://keico.exblog.jp/21570093/
2015年8月20日 木曜日 雨
ゼノビア女王のパルミラの遺跡群は破壊され、ハリド・アスアド氏も殺害

http://keico.exblog.jp/18949959/
2013年11月9日 土曜日 雨のち晴れたり曇ったり
やがて燃えゆく地球からパルミラの夕陽を

http://keico.exblog.jp/12135645/
2011.02.17
シリア、ヨルダン、レバノンへの旧約聖書の旅




by pretty-bacchus | 2015-12-18 23:59 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(4)

<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1998年初夏のシャトゥーとマルメゾン
2015年1月26日 月曜日 晴れ 三月の気温とかa0031363_21252852.gif
 (どういうわけかこの記事の最後十数行が消えてしまっています。
またエクスログがおかしいのです!)

 去年の<★OldPhoto銀塩写真のデータ化>の整理の中に、
<19989521ルノアールのシャトゥー>一本と<19989521マルメゾン>というポジが三本あった。

セーヌ河沿いのシャトゥーもリュエイユ=マルメゾン (Rueil-Malmaison)も、
イル・ド・フランス地域圏のオー=ド=セーヌ県の都市。

 オーベルニュ地方の山塊を水源に発するLa Seineセーヌ河は、二本に分かれたり一本になったりして
蛇行を繰り返し、変化に富んだ岸辺の風景はパリジャン達ばかりでなく世界中から観光客を呼んでいる。
 
 ラ・グルヌイエールにあるイル・ド・シャトゥー(シャトゥー島)は、パリの西十キロの処で
セーヌ川に面し、セーヌ川を挟んでそのコミューンの東は、リュエイユ=マルメゾンと向かい合っている。
アルフォンス・フルネーズ氏が経営したレストラン<メゾン・フルネーズ>のテラスを舞台に、
印象派の画家達がこぞってこの岸辺で絵を描いていた。
とくに十九世紀後半にはピエール=オーギュスト・ルノワールPierre-Auguste Renoirが描いた作品は、
フィリップス・コレクションにある<舟遊びの人々の昼食>など三十作にもなるという。

 ここは、単に舟遊びの場だっただけでなく、十九世紀には、鉄道の開通でパリからアクセスし易くなった
こともあり、文化的社交場となり、モーパッサンの短編には何度かここが登場しているのだという。
二十世紀初めには営業しなくなり長い間荒れたままになっていたが、シャトゥ市が買い取り改修されて、
1990年には文化遺産として新しい形の <メゾンフルネーズ>が誕生した。

 私が訪ずれたのは1998年の初夏。いつも運転手兼ボディーガードをしてくれる(本人はケイコの
アシスタントと喜んでくれていた)ジェラールが時間をとってくれて出かけることができたのだろう。

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(セーヌ川を渡って右へあと0.3Kmで<メゾンフルネーズ>とある)

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(雨上がりの緑がきれいだった)

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(改装されて今もルノアール達が集まって描いたいた館が残っていた)

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(土手で少年が遊んでいた)

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(この二階のテラスがルノアールの絵に入っているモノもあるという)

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(このあたりを舞台に描いた絵の一枚がパネルで飾られていた)

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(時代からいうとアールヌーヴォーの影響をうけているのだろう、、、)

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(奥まで歩いて反対側から、、、、)
 (21 May 1998 シャトゥー, France)<

 いつも車窓からの写真が多いのに、こうしてゆっくりと車からおりて写真を撮りながら散策をするという
心の余裕も時間もあったのだろう。嬉しいことだ。

 数メートルのぼって街道にもどるってセーヌ川を渡る、
マルメゾンは、ナポレオン・ボナパルトの妻ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネの館だった。
緑豊かなこの街並みの一角に今は博物館としてその面影が残っている。
植物の種類も多く、何百種もの薔薇を見に訪れる人々が多い。

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(遠くに見えるのはマルメゾンの館なのだろうか、、、)

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(マルメゾンの街は古い壁が残る緑豊か他美しいただずまいだった)

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(館が見えてきた、、、、花々が至る処に配されている。ジョセフィーヌに時代から此処は動植物の館でもあっという)

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(ジェラールが待ってくれている、、、、私はカシャカシャで遅れていたのだろう、、、)

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(白いマロニエかしら、、、? 地には白いデージーかしら   ?)

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(ナポレオン・ボナパルトの像が置かれていた)
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(館の鏡に写ったセルフポートレートがあった。

(肩から掛けたカメラバックは膝上に、構えているカメラはコンタックスSTだろうか。レンズはこの日の写真をみてみるとカールツワイスのディスタゴン21mm、いや35~135ヴァリオゾナーだろうか。
十七年も前なのに、いまでも着ているソニアリキエルのニットを着ているし、時計も今のもの。写真っておもしろい〜〜こんなふうに記録にもなるのだ)

(21 May 1998 Malmaison, France)

  〜〜 写真をクリックすると大きくなります 〜〜

 エールフランスの機内誌<BON VOYAGE> ボンヴォワヤージュを一新すべく菊池さんが
編集長になられたのは1990年代初めであった。
エールフランスのパリ本社の広報女性部長のもとに話はすすめられ、フランスの二十二の地域圏の歴史、
伝統、文化、食とワインを紹介するという大きな企画だった。

二十四年にわたる仕事をきっぱりとやめて、その後十年近く自由に(しかしもがきながらも)
人生の旅を謳歌していた頃。
当初から巻末のワインや食品のスカイブティックのページのお手伝いをさせていただいていたが、
取材・文・写真・ページ編集のトータルをさせていただきはじめたのは、機内誌の77号
<<新フランスワイン紀行第一回>>、
<☆77号1997冬号ラングドックの号<ラングドックルーシオンが今熱い!>>から
だった。
フォトエッセイストKeiko Katagiri としてフランスワインなどを書かせていただきはじめたのだ。

http://keico.exblog.jp/12578864/
2011年5月14日 土曜日 晴れのち曇り、夜に小雨
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>

そしてP30から34までは<<新フランスワイン紀行第一回>>、
<☆77号1997冬号ラングドックの号<ラングドックルーシオンが今熱い!>>
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<<新フランスワイン紀行第一回>>は、
文・写真で記事の取材&執筆と写真を四ページ。
タイトルは<ラングドックルーシオンが今熱い!>
ちょうどこの頃から、フランスのラングドック地方のワインが話題になり始めた頃だから、
この記事は貴重であったようで、何年もたってから有名なソムリエさんからとてもほめられたんものだ。

 菊池さんと、専任カメラマン青山さんも加えた取材班のスケジュールはすさまじかったし、
重い何台ものカメラ&レンズやフィルムだって一人で持ち運びあつかわなければならなかったが、
愉しくてしょうがなかった。

 フランスの多くの地方を回り、二十世紀最後には、イル=ド=フランス地域圏とパリで
終わりをむかえるという企画だった。
それが会社の方針で(というかその頃は航空会社の再編とかが行われて社長が何人か変わっていた)
突然日本語の機内誌が廃止になってしまったのだ。
今思うとほんとうに残念なことであった。

 イル=ド=フランス地域圏(Île-de-France)とは、フランスの首都パリを中心とした地域圏。
http://ja.wikipedia.org/wiki/イル=ド=フランス地域圏
イル=ド=フランス地域圏

 パリから日帰りで往復できる美しい歴史的な街がたくさんある。
ヴェルサイユ、世界遺産フォンテーヌブロー宮殿のフォンテーヌブロー 、
バルビゾン派絵画の発祥の地のバルビゾン、サン=ジェルマン=アン=レー、中世の街が残るプロヴァン。
ゴッホが最晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズ Auvers-sur-Oise 。
マルヌ川上流のモー Meaux 、ポントワーズ、モーリス・ラヴェルの晩年の家がのこる
モンフォール=ラモーリー、
建築家ル・コルビュジエの代表作サヴォア邸のあるポワシー。
(そしてゴシック建築のノートルダム大聖堂シャルトル大聖堂があるシャルトル は、サントル地域圏)。

 1970年代のパリの駐在員時代からこのイル=ド=フランスの街々は何度も訪れていた。
お休みには小一時間も車で走ってフォンテンブローの森にいったりしていたものだった。
写真も沢山撮っていたはずなのに、そのあたりはネガで撮ってプリントを愉しんでいたのだろうから、
棚の奥の奥で鎮座まして一生出てはこないだろう。


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(グーグルアースから)


by pretty-bacchus | 2015-01-26 23:58 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(2)

十二年前の未年の年賀状、そして次の未年は?
2015年1月6日 火曜日 曇りのち雨

 氷雨の東京。
北国は豪雪で大変なことだろう。

 未年。十二年前の未年のカードは、イタリアの草原で車窓から撮ったたった一枚の写真だった。
その頃は、年に何度かポストカードを創っていたので、その内の一枚。

a0031363_4373978.jpg (イタリアの世界遺産、アルベロベーロの坂道と途中で会った羊さん=未年だったので、平成十五年)






http://keico.exblog.jp/10584167/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに

http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

(アルベロベーロに滞在して、チロマリーナからカラブリアに入ったあたりでの、
草を食む羊、、、車の窓からのスナップ)

http://keico.exblog.jp/3145686/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに

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もう一つは、このたった一枚のスマップを細田さんは、CDの中見開きに使ってくださったのだ!

THE MUSIC OF NATURE - Sogen 草原

(下の手編みのお座布団は、50年以上も前に、おばあちゃんが、子供達の古くなったセーターを
ほどいて編んでくれたもの、、、、 、。時間をみつけては小さなかぎ針で一目一目網進んでいた
おばあちゃんの姿をよく憶えている)


 次の未年は十二年後、、、さてさて私はその頃まで写真を撮って、ブログを書いているのだろうか?

http://keico.exblog.jp/12508218/
2011年5月1日 日曜日 曇り後雨、風強し
<聴きたくてグリーク&シベリウス>のCDカヴァーの写真

http://keico.exblog.jp/10641382/
2010年5月17日 月曜日 晴れ
ジャケットも<草色>萌えて旅憶う(モンゴルフィエ=気球)

http://keico.exblog.jp/10641382
その他のいろいろのジャケット
ジャケットも<草色>萌えて旅憶う 2010年5月17日 月曜日 晴れ

http://keico.exblog.jp/7096176
その後CD化された一部
思い出を 引き戻しつつ 緑雨
2008年5月10日 土曜日 雨雨あめ、、、、

http://keico.exblog.jp/7705884/
2008年12月1日 晴れ
エンジェルの笛の向こうに黄葉はらはらと、アルベロベッロとヴェネツィア

http://keico.exblog.jp/10682101/
2010年5月24日 月曜日 雨
思い出の千代紙遊び五月雨 >>五月雨千代紙遊びの思い出や

http://keico.exblog.jp/3145686/
2010年5月8日 土曜日 曇り
Memoires du Voyage 旅の写真を絵はがきに

http://keico.exblog.jp/16983306/
2012年12月13日 木曜日 晴れ
旅で撮った世界遺産の写真で年賀状の記録

http://keico.exblog.jp/17104083/
2013年1月4日 金曜日 晴れ
いただいたお年賀状に返事を書いて




by pretty-bacchus | 2015-01-06 23:59 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(4)

記録の一冊「フランスの発見の旅・西編」で昔の旅を想い出して
2014年10月12日 日曜日 曇りa0031363_21252852.gif

 人生の、写真の達人のFさんからお手紙をいただいた。
少し前に、わたしの昔の記録の一冊の「フランスの発見の旅・西編」をお送りしたのでした。
この東京書籍の本は、グーグルの検索で(フランス発見の旅 西編 菊池丘/文 青山進/写真 片桐敬子/写真)
とでてくるが、表紙にはわたしの名前はない。
とうぜんのことで、私の担当は、機内誌<BON VOYAGE>のなかの四ページでの<フランスワインの旅>が
中心だったから。
でもこの本では、機内誌での取材の二十の地方圏の内のフランスの十二の地方圏のルポルタージュの
総まとめであり、その四地方の項で私の写真が使われているのです。

(機内誌のルポルタージュが数年をへて本になった)
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#IMAGE|a0031363_1623175.jpg|201410/13/63/|mid|804|537#]

 専任のカメラマンは青山進さんと、彼は行かれないときはフランス人だったが、
私はずっと一緒に取材に同行した。
幸いにこのルポルタージュで私はワイナリーと食と時には美術館が担当だったので、
あとは自由に撮っていた。
それが、ペリゴール、ドルドーニュ、ラングドック、ルーシオン、カタルーニャと、
青山さんが行かれなかった時の写真を、編集長がいたく気に入ってくださり、見開きや中の多くに使われて、
さらにルーシオンにいたっては表紙を含む一冊全てが私の写真と、
ワインの枠は記事も書いてということになったのだ。

 この当時、写真のプロの多くの方は、エールフランスの機内誌を撮りたいと思われたようで、
アマチュアの私が(それも女がです!)機内誌の数年の数巻の中の写真と、ルーシオンの時は
表紙も含めて全てだったのだから、当人はもとより誰もが驚き、嫉妬されたりしたが、
騒ぎ?!にならなかった。二十世紀最後の数年のことである。
嬉しい青天の霹靂ともいえるだろう。人生って面白い。まさに<生きる歓び>だ。

 この時期の菊池編集長時代の機内誌が一番充実していたと今でも言われているそうです。
(二十一世紀になって会社の方針が突然変わってしばらくは機内誌無しとかの時代もあったという)
それらの少しを、このブログに残しておこうと思ったのは、三年前の突然の乳癌宣言で急な手術の時だった。

http://keico.exblog.jp/12129258/
青天の霹靂

右サイドバーのカテゴリの中に、
<☆Records過去の記事書いた雑誌>を作って、また、
銀塩時代のポジ&ネガの整理は、
<Photo,Mac写真/カメラ/マック>の中に、折にふれ記録を残し始めたのだ。

 Fさんは、昭和の時代を写真で活写なさりご活躍なさった方で、その審美感は
日本の深い伝統や文化にも及んでらして希有な御仁。
その方にこうしてご丁寧にお手紙をいただくのはありがたいことだ。
達筆な方でらっしゃるのに今回はワープロでかかれてらっしゃるのも、なるほど!

 この本の中でダントツの写真は113ページのペリゴールの見開きの写真と書いてらっしゃる。
<左から右に曲がって行く道を包むように川が流れて、その先に大岩を削って家が建つのがよくわかります。
それにラスコーの洞窟ですが、長年教科書で見ていたアングルと違って動物がの大きさが比較できます>

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#IMAGE|a0031363_1632865.jpg|201410/13/63/|mid|984|657#]

このロック・ガジェアック村の写真を撮ったときは、その家並みを通って少し走ったあと、
このあたりで車を止めた。
あの岩山と村落、そしてドルドーニュの藍の深さと、右の森からのぞいている舟を入れて、
さらに道路標識の下あたりに咲いていたレンゲの小さな白い花をも一緒に撮りたいと欲張った一枚だった。
車を止めた場所の後ろに十数段の石段があり昇ると、その上はぬかるみ。
全景を見渡せるし、そこには背の高い樹に白いオンベルの花がさいていた。
それを手前に入れて遠近感を出したいとシャッターを押したのをはっきりと覚えている。
(これは編集の時点で一部トリミングされてしまたが、、、)

ルーシオンの項目では,225ページの左上のバージュの潟、
229ページの三枚の撮り方を書いてくださっている。
<仏のカタルーニャの田舎を逍遙いたくなるショットばかりです>と。

http://keico.exblog.jp/9078326/
2009年10月8日 木曜日 風雨強し、後晴天
台風の日に、フランス最南端のオード県のバージュ・シージャン潟の思い出

バージュ村は人口750人の小さな村。バージュ・シージャン潟
Etang de Bages et Siegeanに面している。
フランス最南部のオード県(Aude)にあるこの村は、ナルボンヌ自然公園の中でも、
特に自然環境が保たれた風光明媚な村。
(ボルドーのシャトー・ランシュ・バージュ村ではない。)

オード県は、フランスのラングドック=ルシヨン地域圏の最南端の県。
11~13世紀頃、カトリック教徒の一派であるカタリ派が盛んで、異端とみなされ弾圧のために派遣された
アルビジョワ十字軍によって滅ぼされた歴史をもつ。

 ヨーロッパ大陸本土および周辺の島嶼からなるフランスの22 の地域圏 (région) の一つの
ラングドック=ルシヨン地域圏の五つの県の一つがオード県で、その中心はカルカソンヌで
中世の城壁跡が残っている。

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〜〜〜〜〜〜〜〜
(写真展の時にはこうした説明を各写真の下に張った)

a0031363_23382444.jpg(バージュ・シージャン潟)

a0031363_23384123.jpg (沼を背にして細い石段を登った途中のレストランで食事をした。とても美味しかった)


 232ページの黄色の電車の時は、電車から乗り出してスナップしていたらカーブで
落ちそうになってしまったりしたのでした、、、、懐かしいな〜〜。
233Pは、取材を終えての帰り道で、時間がなくて全員走って下っていたのですが、
ふと眼に入ったオブジェをたった一枚撮ったのだが、どういうわけか、これを編集長がすっかり気に入って
機内誌の表紙になったのでした(もっと良いのがあったとおもうのですが)

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( 強行軍で歩きつづめの日に歩きながらのスナップだったが、他の人は撮っていなかったので、、、)

http://keico.exblog.jp/12129258/
2011年2月16日 水曜日 晴
過去のフォトエッセイストとしての記録

<圧巻はラングドックの192ページの放牧風景の見開きですね>とFさんのお手紙は続く。

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このカルスト台地を下るとタルヌ渓谷やセートの街だったりでこの地方はほんとうに魅力あふれている。

 (まだまだ沢山の未発表写真があるが、時間があったら少しずつ記録しておきたいと思っているが、、、)

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 (見開きと同じカルスト台地の荒野に放たれた羊の群れにぎらぎらと太陽が照りつけていた、、、。
なんとこの写真も車の中からとったたった一枚なのだ)

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 (左Page 25の)セートでの水上槍試合お祭りに、、、雑誌ではこの青が出なかった)


http://keico.exblog.jp/12578864/
2011年5月14日 土曜日 晴れのち曇り、夜に小雨
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>

http://keico.exblog.jp/15952715/

http://keico.exblog.jp/9078326/

 こうして、昭和生まれの女性が平成の世になった二十世紀の若い頃に頑張って生きたて撮った記録を、
十数年を経てあたらためて新しい語らいの話題となって友情を育んでいけるってなんと素敵なことだろう!

 これらの風土も人々も変わってきてしまって、この写真が銀塩で撮った二十世紀最後の記録に
なっているかもしれないが、あのカルスト台地もドルドーニュの川も今も変わらずたゆたっているだろう。

 この本の発行の数年後から、恵比寿の日仏会館で、写真展が何度が行われている。

http://keico.exblog.jp/i20☆PhotoExpo写真展東京奈良Jan1005
http://keico.exblog.jp/i24
☆PhotoExpo展神戸2005ドルドーニュ、ペリゴール

http://keico.exblog.jp/i27
☆PhotoExpo展東京2006ラングドックルーシオン

http://keico.exblog.jp/i30
☆PhotoExpo写真展2008シャンパーニュ

 発表せずに死蔵のままの写真も未だ沢山あるし、それよりもフランスの二十二の地方圏で、
まだ訪れたことがない圏が少しある。
いつかは行ってみたいと思っているのだが、このクルーで訪れることはかなわぬことに違いない。
そしてあの重いコンタックスのカメラ&レンズを三台も首から下げての強行軍は、
もう絶対に出来ないだろうと思うと感無量!

 天候にもスタッフにも恵まれての二十世紀最後の撮影行でした。
菊池さん、アニー、青山さん、そして各地方圏の観光協会の皆さん、ほんとうにありがとうございました。

 そしてFさんへ。わたしが撮った写真にこうしておもわぬ賛辞をいただき、
脳裏に焼き付いている思い出を甦らせて下ってほんとうにありがとうございました。

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by pretty-bacchus | 2014-10-12 23:58 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback(1) | Comments(5)

昔の写真でフランス取材を想い出して
2014年3月3日 月曜日 曇り後晴れa0031363_21252852.gif

 おひな祭りになつかしい写真を送っていただいた。1996年6月だそうで、
エールフランスの機内誌<BON VOYAGE>のブルゴーニュ地方の取材のおりのスナップ。
もちろんこういう写真は雑誌には出ないから初めて見るものでとても嬉しい。

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(左の方はブルゴーニュ政府観光局の代表の方で、彼の自宅の地下のカーブでの写真、私の右は菊池さん、
その右の女性はエールフランスのパリ本社の広報部長のアンドレミエルさんで、
取材では彼女がいろいろアレンジしてくれていた)(ぶら下げているカメラはCONTAX AXかな?)

 それにしても若い!
十七年前だから私は五十歳になったばかり?
エールフランスを辞めてからもう九年もたっていて、機内誌ボンヴォワヤージュ編集長の菊池丘さんとの
ありがたいご縁で、機内誌刷新で中のワインの旅の四ページを<新フランスワイン紀行>として担当させて
いただけることになった。それもワイン関係の企画&取材&記事&写真とすべてをまかせてくださった!

 菊池さんがエールフランスの機内誌のの編集長を引き受けられたのが、たしか90年代初めあたりからで、
青山進むさんが専任カメラマンとなった。
フランスの二十のデパルトマン(地方)を、日本の既存の資料ではなくて、現地フランスの資料
(エールフランス本社内やフランス地理院など)を元にしたので、美術館などはもちろん、
日本では知られていない諸々の視察取材をしたのだが、重いコンタックスのカメラ三台とレンズと
フィルムをかついでの旅はスケジュールも本当にきつい辛いルポルタージュだった。
 
 すでに私は身内の貿易会社で洋酒部のお手伝いをしており、1992年にはブルゴーニュの
☆シュヴァリエ・ドゥ・タートヴァン(利酒騎士団)の称号がフランスにて授与されていて、
ブルゴーニュは少しばかり詳しかったのでご一緒させていただいた。

http://keico.exblog.jp/13208454/
2011年8月4日 木曜日 その二
ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>

http://keico.exblog.jp/12129258/
2011年2月16日 水曜日 晴
過去のフォトエッセイストとしての記録

http://keico.exblog.jp/i12/
Records過去の記事,書いた雑誌

☆ 1997年の77号からは<<新フランスワイン紀行>>として、
フォトエッセイストKeiko Katagiri としてフランスワインと文化をかかせていただいた。
その後、83号1999夏号フランスの庭ロワール渓谷までの四年間を、私が一部写真と機内誌の
スカイブティックのワインのてこ入れを相談されて、この欄を担当するようになった。

 なんと機内誌の表紙と中開きページとその号のほとんどを私の写真で飾ってしまったことがあった。
アマチュアの私の写真がである!
1997年春にラングドック&ルーションの一週間のルポルタージュで、ここには青山さんが同行せずに
フランス人のカメラマンだった。
編集長は私の写真のほうをとても気に入ってくださり、77号1997冬号ラングドックの号は、
ワインのページだけでなく、タイトルページ二面見開きと中の記事全部の写真の半分ほども
私の写真が使われた。
悪いことの晴天の霹靂は人生でなんども経験しているが、
もうこういう時も言うのであれば、まさに<晴天の霹靂><寝耳に水>であったのだ。

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a0031363_1395321.jpg (A4変形の見開きの右ページ)

a0031363_1422212.jpg (見開きの左ページ)


 <<新フランスワイン紀行第一回>>、文・写真で記事の執筆と写真を四ページ。
タイトルは<ラングドックルーシオンが今熱い!>

http://keico.exblog.jp/12578864/
011年5月14日 土曜日 <ラングドックルーシオンが今熱い!>
77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>
   <<< (Please click here)
ちょうどこの頃から、フランスのラングドック地方のワインが話題になり始めた頃だから、
この記事は貴重であったようで、何年もたってから有名なソムリエさんからとてもほめられたんものだ。

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 78号1998春号ノルマンディー
 <<<新フランスワイン紀行第二回>>は
<アルザス ワイン街道はメルヘンの世界>
> 記事の執筆と写真
スカイブティック (全部)
http://keico.exblog.jp/12917228/
<アルザス ワイン街道はメルヘンの世界>>  <<< (Please click here)

 ブルゴーニュの取材とあとは個人でいった何度かの記事は、
☆ 79号1998夏号アウモール海岸北ブルターニュ
で書くことになった。

 <<<新フランスワイン紀行第三回 < ブルゴーニュわいん街道黄金丘陵を行く 〜コート・ドール〜>>
記事の執筆と写真
スカイブティック (全部)

<ブルゴーニュワイン街道=黄金丘陵コートドールを行く>
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http://keico.exblog.jp/12129258/
過去のフォトエッセイストとしての記録

2011年2月16日 水曜日 晴
http://keico.exblog.jp/6032654/
2007.08.22

AIR FRANCE機内誌に「新フランスワインの旅」

a0031363_2531719.jpg  (1998年夏号のエールフランスの機内誌<ボンヴォワヤージュ>79号、

表紙写真は専任のプロカメラマン青山進さん)

____
ここからの取材と記事と写真は、私、、、、。
ラングドック地方、アルザス地方に続いて<新フランスワイン紀行>三回目のワインのページの取材だった。
_________________________________

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______________________________________

(栄光の三日間の部分の拡大)
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四ページの最期のページには、私の写真が密かに載せられた。
ワインの騎士の称号をいただいた時には、日経を始め取材の申し出があったのだが、
私はかたくにお断りしていた。
目立つのが怖かったし、この称号は私一人にいただいたものではなく、それまで私にワイン文化の薫陶を
与えてくださった多くの方やスタッフのおかげとおもっていたからだった。

 表紙に使われたのは右サイドバーの中頃にアップしてある。

 人生ってほんとうにおもしろいものだ!
山あり谷あり、でも一生懸命生きていると、そのあいまあいまに<生きる歓び>の諸々が煌めくのだ。

 お雛祭りに青山さんから送っていただいた十七年前の一枚の写真で、
春の一日をこうしてなつかしい思い出に浸っているなんて、、、感謝で感涙!




by pretty-bacchus | 2014-03-03 23:59 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(2)

朝日旅行の旅の情報誌<旅なかま>十月号の表紙の写真に
2013年10月10日 木曜日 晴れたり曇ったり

 朝日サンツアーズの旅の情報誌<旅なかま>十月号の表紙の写真に私の写真が選ばれた。
たとえ単なる情報誌でも表紙になるのはなんだか嬉しい〜〜!

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 写真が趣味の一つになって半世紀以上がたった。
友人達にさしあげて喜ばれるのが嬉しくてしようがなかった小学校中学の頃から、
高校大学を経てエールフランスのパリの駐在が終わって、さらにメリディアンチェーンの日本代表として
世界中を回っているときにも常にカメラは携帯していた。

 二十世紀最後の1990年代中頃から2000年までの数年は、日経の旅のムック&雑誌、
さらにありがたいご縁をいただいてエーフランスの旅の機内誌<Bon Voyage>の中の四ページに、フランスワインの旅のシリーズを取材し写真と共に担当させていただいた。

http://keico.exblog.jp/6032654/
2007.08.22 
AIR FRANCE機内誌に「新フランスワインの旅」

その間、表紙に使っていただいたのが一度あり、あと数回は中開きのページはおろかその号の
ほとんどが私の写真ということが何号かあった。
専任のカメラマンの青山さんが同行できないときで、臨時のフランス人カメラマンが一緒だったのだが、
どうやら編集長は私の写真をきにいってくださったようでして、、、。
あくまでもアマチュアとしてだったから、その歓びはいかばかりか!

 その後に「朝日サンツアーズ」の広報誌<旅なかま>にも、数年にわたってフランスのワインや美の旅の
二ページを担当させていただいていた時期がある。

日本のグループ旅行の初期の黎明期に、柳澤社長のお供をして、フランスの旅をいろいろ創りあげる
お手伝いをさせていただいのがご縁だった。
重なりあう人と仕事のご縁はありがたいことである。

 その朝日サンツアーズでは、フランスの各地方を回る魅力的な旅が沢山できて、
<美の旅>シリーズなどは、他の旅行エージェントさんに卸すまでになっていった。
少人数催行の旅で、知識豊かな搭乗員が一緒する旅は<旅なかま>の旅といわれてファンを増していった。
柳澤社長はずっと前に引退なさり、代々のご担当、奥さん、国松さんは亡くなって、
その後を引き継がれた間辺さんは定年を延長なさっていたが、今年の三月にお辞めになってしまったが、
その根っこのDNAはしっかり受け継がれて、良い旅を創り続けているように思う。

しかし、その間会社の形態も時代を反映するように変わっていき、朝日旅行と一緒になり、
今は大手のJTBとも提携するようになってしまった。
有楽町の路面店にあった事務所も移り、今はそこにどんどん力をつけていったHISが入っているのだから
皮肉なもので、時代の波と旅のジェネレーションが変わってのニーズには逆らえないのだろう。

 <旅なかま>の情報誌「旅なかま」が毎月発行されるようになってもうずいぶんになるが、
A5版からA4版のカラーになってから内容も充実してきている。
中身は旅の達人が毎回記事をかいているし、この会社が作る世界中のグループ旅行の情報が
たくさん載っている。
もう何年も前からその表紙は、この会社のツアーで旅をした方々を対象に、<旅なかま表紙写真コンテスト>が
一年に一度行われて、優秀作品として十二枚の写真が選ばれるようになった。

今年の初めにご担当の方からメールをいただいて、今年度のコンテストに是非ご参加くださいと。
旅を創る立場だったから、旅に全行程参加したのは、
一昨年のイタリアの旅だけで、それもトスカーナのヴィッラヴィーニャマッジオ Villa Vignamaggio の
モナリザのモデルのゲラルディーニ家のリサの生家へご案内する役目も背負っていた。

http://keico.exblog.jp/11062519/
2010年7月29日 木曜日 曇り時々雨
イタリアの旅の写真の整理を少し

http://keico.exblog.jp/i37
カテゴリ:JourneyAbroad旅海外2010 ( 30 )

 その他のシリアヨルダンレバノンの旅も、北欧の沈まぬ太陽のノールカップの時も、
仕事の合間に何日かを参加させていただいただけだった。

http://keico.exblog.jp/653487
2004.07.14
シリア、ヨルダン、レバノンへの旧約聖書への旅  <<<click,please.

 イタリアの旅の写真はブログにほとんどアップしてあるので、その中から数枚を選んで、
<おくりん坊>でネット送信をしておいたら、春先にご連絡をいただいて、十二枚の一枚に選ばれたとのこと。
たとえ旅の情報誌でも表紙になるのはなんだか嬉しい〜〜!

この<旅なかま>の小冊子の発行部数は二万部くらいのようで、ダイレクトメールて発送したり、
各支店や朝日カルチャーセンターなどに据え置きしているよう、、、。

 プラートのプラート大聖堂ドゥオーモのフィリッポ・リッピのフレスコ画が数年前に修復が終わっていて、
旅人を魅了してくれた。
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フィリッポリッピの作品の中では、聖母子像や受胎告知よりも、私は「サロメ」が主題の、
このフレスコ画の作品が好きだったが、こんなに間近ではっきりと見たのは初めてだった。
洗礼者ヨハネの生涯「ヘロデの宴会」の画面は、左から右のほうに向かって時間の経過に従って、
三つの場面を組み合わせていて、サロメが三回登場している。
一番左にヨハネの首を載せる皿を準備するサロメ、真ん中に妖艶に舞うサロメ、
右には母ヘロディアに洗礼者ヨハネの首を手渡すサロメ、、、。
残忍なサロメが美しい!

http://keico.exblog.jp/11062519/
2010年7月29日 木曜日 曇り時々雨
イタリアの旅の写真の整理を少し、フィリッポ・リッピのフレスコ画


 中の目次の下の<今月の表紙>の説明は、17x14の規定字数制限が厳しかったが一言書くことができた。
          ~~~~~~~~
      フィリッポ・リッピのフレスコ画<ヘロデの宴>

       フィレンツェ近郊のプラート大聖堂の
       小さな扉をくぐると眼前に見上げる高い
       天井。その内陣の一番奥に色あざやかな
       フレスコ画が甦っていました。
       修復が終わった十五世紀のフレスコ画は、
       その色彩と聖書の物語のモチーフで私
       たちを圧倒しました。
       <天使のいる聖母子>と並ぶ代表作の
       <ヘロデの宴>は、洗礼者ヨハネの最後
       が描かれ一つの画面に三つの場面の美
       しくも残忍なサロメが描かれています。
       高い天井とステンドグラスを入れて
       このサロメを撮ってみたい!思わず広
       角レンズを構えてフレーミングしました。

           〜〜〜〜〜〜〜
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 次の旅はいつになるのだろうか、、、。
====
旅なかま関係のブログ

http://keico.exblog.jp/2253878/
1995年2月
1995ルーヴルを語る~1999までの日記の一部

http://keico.exblog.jp/5971643
2007.08.08
Condolence  内田勝久さんが亡くなった。

http://keico.exblog.jp/3220372
2006.02.23 

旅の記録、幻のエピローグ 

http://keico.exblog.jp/6955497/
2008年3月30日 日曜日 曇り
美の旅「大塚国際美術館」「倉敷大原美術館」に参加して✿ฺ´☆`✿ฺ 

http://keico.exblog.jp/6961588/
平成20年4月1日(火)
春は曙、卯月になった。京都の桜をアップ✿ฺ´☆`✿ฺ  

http://keico.exblog.jp/8076229/
平成21年3月16日(月) 晴れ
恋いしきは 桜前線 待つあの日

http://keico.exblog.jp/9858677/
2010年2月2日 火曜日 曇り
ジュネの花 ピレネー越える 古の旅

http://keico.exblog.jp/11684667/
2010年12月8日 水曜日 晴 寒し
ロマンスカー車窓周りて雪の富士

http://keico.exblog.jp/12342785/
2011年3月29日 火曜日 晴 その一
生かされん命なれかし春霞>>朝霞

http://keico.exblog.jp/16970105/
2011年3月29日 火曜日 晴 その一
2001年のヴェニスの写真(銀塩にて)

http://keico.exblog.jp/14176788/
2011年12月16日 金曜日 雨雨雨の巴里 その三
☆回想のわが巴里の街 ~ルーヴル美術館の思い出1995

http://keico.exblog.jp/16969800/
2012年12月11日 火曜日 晴れ
浅草で<楽しい仲間の旅>の忘年会

http://keico.exblog.jp/i12/2/
カテゴリ:Records過去の記事,書いた雑誌 ( 24


http://keico.exblog.jp/12129258/
2011年2月16日 水曜日 晴
過去のフォトエッセイストとしての記録


~~~~~~~~~~~

(追記:
  数冊スペアーがありますので、ご希望の方にお送りします。
  鍵コメントでお名前ご住所をお知らせ下さい)




by pretty-bacchus | 2013-10-10 23:58 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(8)

晩秋の雨の日は思い出写真と戯れて
2012年11月23日 金曜日 雨 勤労感謝の日

 雨の祭日に写真ライフの思い出

 十一月最後の週末で連休。
晩秋の公園を歩こうと思っていたのに、明け方からひどい雨。
外で転ぶと今は両手首をかばって変に倒れると怖いので、このところ雨の日の外出は控えている。

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(玄関の柱に掛けられたカレンダー。

ウィリー・ロニ(Willy Ronisが撮った1966年のエッフェル塔。
ワタシが最初に巴里を訪れた年だ)

 先だって友人が携帯の写真を嬉しそうに見せてくれた。
新聞一面の大きな広告写真で、撮ったのは彼の息子さんで被写体の一部には彼のお孫さんが写っていた。

彼の息子さんは大きな会社に属しているカメラマン。
“もうボクはとっくにかないません、、、。高校生の時に、こいつはすごいと思いましたよ、、、”
と子煩悩のAさんは目を細める。
会社員だから年収は普通なのだそうだが、彼が撮った写真はすごい金額で広告会社との契約なのだという。
写真家が仕事が少なくなって大変な時代なのに、まだまだプロがしっかりと仕事をしているのだ。
でも二十年ほど前の雑誌写真黄金期とくらべると、雑誌の数も少なくなったし、
残っている雑誌内の写真も精彩を欠いているような気がしてしまう。
不況の波が写真の作品にまで影響を及ぼしているのだろうか?

 雨の祝日に昔のことを思い出している。
今から十四年前のこと。
平成十年二月二十三日 1998年2月23日 月曜日の新聞数社の中の全面広告を飾ったのは、
世界遺産がブームになり始めた頃の<ユネスコ公認ビデオ 世界遺産 全十巻
THE WORLD HERITAGE>の広告だった。

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(新聞一面の倍くらいのカタログも用意された)

 中心の写真は、世界遺産のペトラのあの赤い岩の写真で、その廻りに十巻のビデオが紹介されていた。
その一面写真の右下には、<photo:Keiko Katagiri>と小さく横文字で名前が入れられた。
ビデオのボックス表紙写真にもその名前が書かれていた。

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そう私が1997年に<ヨルダン、シリア、レバノンの旅>で撮った写真の一枚、ヨルダンの
ペトラ遺跡の写真が全面広告に使われたのだった。
コンタックスの重いカメラ三台を首からさげてフーフーいいながらの旅であったが、
その旅の写真のできばえは素晴らしいものだった。
でも、今思うとカールツアイスのレンズだったとは言え、
被写体に恵まれての旅ゆえの写真だったと思っているのだが、、、。

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 (新聞とビデオに使われたのとは別のカット。
馬の背に揺られながら、眼前に突然現れたエルカズネといわれるナバテア人時代の建物を速写)

http://keico.exblog.jp/12135645/
2011-02-17 23:58
シリア、ヨルダン、レバノンへの旧約聖書の旅

この日のブログは、その前日に、入院を前にして今までのことを少し整理をした
前日のブログに続くものだった。
http://keico.exblog.jp/12129258/
2011年2月16日 水曜日 晴
過去のフォトエッセイストとしての記録

http://keico.exblog.jp/14192639/
2011年12月19日 月曜日 雨あめ、、、雨 その三
☆回想のわが巴里の街 1990~2000 フォトエッセイストとして

http://keico.exblog.jp/3220372
2006.02.23
旅の記録、幻のエピローグ

http://keico.exblog.jp/653487
2004.07.14
シリア、ヨルダン、レバノンへの旧約聖書への旅

 アマチュア写真家としてはこれ以上の歓びはないだろう。
この一面写真も、その後のエーフランスの機内誌<Bon Voyage>の表紙や、
数年続いた機内誌の中のワイン&アートの毎回五頁の写真と記事も、私はギャラはいただかなかった。
この一面写真の時も、ビデオの現物を何冊かいただいただけだった。
それがアマチュアとしての私の誇りと思っていた。

その昔(経費の都合で)身内の会社の広報誌の写真を撮って書くようになったときに、
プロのカメラマンや編集者から、
“僕たちの仕事をとらないでくださいね”
と言われたことが深く心にかかっていたからだ。

 いずれにしても今となっては、私の人生の記録として深く心に残っていて、
何年か前にこのブログの右側サイドバーのカテゴリの三番目に、
<Records過去の記事,書いた雑誌>を作って記録とすることにしたのだった。
http://keico.exblog.jp/i12/
右側サイドバーの<Records過去の記事,書いた雑誌>

 若き日に仕事とプライヴェートの旅で、世界六十数カ国の何百という街々を訪ねたが、
どこのここももう二度とは行かれない処が多いような気がする。
その旅した記録をひもときながら、そして少しずつ整理をしながら、
晩年の雨の日を<思い出の写真と共に>楽しむのも悪くないかもしれない、、、。



追記*
ペトラはヨルダンの南方の砂漠と岩山に囲まれた紀元前十数世紀から栄えた古代都市。
ナバテア人(Nabataeans)の首都であり中東での人や物の行き交う要衝の地として通商都市だった。
死海とアカバ湾の間にある渓谷にあり、死海から約八十キロ南に位置している。
西にガザ北にダマスカス、紅海にも近く、砂漠を移動していたキャラバン隊の中継基地であったが、
ローマ帝国のと軋轢で四世紀にはその栄光に幕がひかれた。

その後なんと十九世紀まで地球上から忘れられていたが、1812年にスイス人の探検家、
ルートヴィヒ・ブルクハルトもよって発見されてヨーロッパへ紹介された。

 このエルカズネ(宝物殿)は、一 世紀初頭に偉大なナバテア人の王の墳墓として
造られたものとされていて、切り立った岩の壁を削って造られた正面は幅 30 m高さ 43 m。
ここにたどり着くには、砂岩の岩盤の深い亀裂で形成された自然の地質特性の暗く狭い
シークと呼ばれる峡谷(所により幅わずか3-4m)の道二キロあまりを馬で行くか歩かねばならない。
そして、狭い峡谷の終わる寸前に現れるのが上の写真。

砂岩の断崖に刻まれたペトラの最も精緻な遺跡であるエル・カズネ。
この岩の扉の先を右に曲がると広大な遺跡群が現れてくる。
ここからは歩くのみで、あるけどもあるけども遺跡が続くのだ。

 1985年にユネスコの世界遺産(文化遺産)へ登録。
2007年7月、新・世界七不思議に選出されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ペトラ
by pretty-bacchus | 2012-11-23 23:55 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(8)

<ロワール渓谷のワイン フランスの庭園を行く>
2011年10月15日 土曜日 晴 a0031363_21252852.gif

http://keico.exblog.jp/12577186/
新フランスワイン紀行第四回
昨日の続き、、、過去の記事を整理して、、、、、

ttp://keico.exblog.jp/i12
Records過去の記事,書いた雑誌

☆83号1999夏号フランスの庭 ロワール渓谷
 <<<新フランスワイン紀行第七回>> 
<ロワール渓谷のワイン フランスの庭園を行く>

________________________________
フランスの庭園といわれるロワール渓谷。

 ロワール河は、フランスのの中央山塊を源流とし北上し、パリの南方オルレアン付近で西に大きく
曲がり蛇行しながら、アンジュ−、ナントの街々を経て大西洋に流れ込む1020キロのフランス一長い河です。
フランスのほぼ中心にあり、肥沃な大地と温暖な気候に恵まれて、ロワール地方は古くから
フランスのハート、フランスの庭園といわれています。

 果物、野菜、川魚、獣肉などの食材に恵まれたこの地方には中世から王侯貴族の城や館が沢山造られました。
1427年にシャルル7世がシノン城に宮廷を移し、以降160年にわたり政治・文化の中心地として栄えました。
王侯達は競って、当時旋風を巻き起こしていたイタリアのルネッサンス様式の城を造り、
特にヴァロワ朝後期の15世紀から16世紀初頭には、シャンボール城、
アンボワーズ城などの豪華な城が沢山築かれました。

 大食漢の「ガルガンチュア物語」の作者フランソワ・ラブレ−や、バルザックが愛した地方。
あのレオナルド・ダ・ヴィンチが最晩年を過ごしたのもアンボワーズ城でした。

 そのロワ−ル渓谷にそって広がる葡萄畑では、ヴァラエティー豊かなワインが造られています。(続く、、、)

;_;_;_;_;_;_;_;
 これは何年か前にある雑誌の「プレジール・ドゥ・ヴィーヴル」のワインの旅に書いたロワール河の旅のエッセイの一部。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 パリからロワールへの旅の第一歩はオルレアンの街。百年戦争の、あのオルレアン解放に貢献した「オルレアンの乙女」ジャンヌ・ダルクの街。

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 ロワール川流域には、
ブロワ城
アンボワーズ城
シュノンソー城
シュヴェルニー城
シャンボール城
ユッセ城
アゼ=ル=リドー城
ショーモン城など、十六世紀からの名城が数多く残っていて、
フランソワ一世と六人の女性のシュノンソー城をはじめとして、
それぞれの城には歴史を彩るストーリーが楽しめます。

 40年前のパリの駐在時代から何度も訪れたロワール川流域ですが、
エールフランス機内誌ののチームでの取材は、
それまでに経験したことにない岩窟のホテルや、訪れる人も少ない名聖堂などの発見の旅でもありました。

 スキャンニングは、私が担当した
☆ 83号1999夏号フランスの庭 ロワール渓谷
 <<<新フランスワイン紀行第七回>> 
<ロワール渓谷のワイン フランスの庭園を行く>

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あとは、
☆81号1998冬号ルーシヨン 
< ルーシヨン 南仏ピレネー山地の葡萄畑 コートヴェルメイユを行く >>
タイトルページ二面と中の全部
記事の執筆と写真の全部
 <<<新フランスワイン紀行第五回> が、まだ終わっていない、
by pretty-bacchus | 2011-10-15 23:59 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(4)

フォアグラとトリュフの国のワイナリー  〜ドルドーニュとロットの流域〜
2011年10月14日 金曜日 曇り後雨〜
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 ようやく一段落した。
夏物の片付けも少し終わったし、
書きかけブログの整理をつづけてみよう。

 手術に向かう数日前の2月16日のブログに
<やはり、どこか心配なのだろう。
手術には、何が起こるかわからないのだから、、、
今までに撮って書いた原稿で、記事となった私の原稿と写真の一部を、ブログに残しておきたくなって、
右サイドバーの十一面観音像、カレンダー、最新のコメントの後の、カテゴリに
<Records過去の記事,書いた雑誌>を加えて、今までのカテゴリーから少し動かしたが、
少しずつ充実していきたいと思っていた>

として始めた、以前に撮って書いた記事の整理が途中になっている。

 おおまかなことは、二月みまとめて少し記録にした。
http://keico.exblog.jp/12129258/
2011年2月16日 水曜日 晴
過去のフォトエッセイストとしての記録

2011年6月18日 土曜日 雨
http://keico.exblog.jp/i12/
Records過去の記事,書いた雑誌
に記録したので、あとは<BON VOYAGE>の
  73号  1996冬号オーヴェルニュと中央山塊から
   83号1999夏号フランスの庭 ロワール渓谷
までの四年間の<新フランスワイン紀行>>の内、終わっていないのをスキャンして記録として残しておきたい。

エールフランスの機内誌の取材の
http://keico.exblog.jp/12578864/
2011年5月14日 土曜日 のブログで
☆77号1997冬号<ラングドックルーシオンが今熱い!>
に続いて、

 <<<新フランスワイン紀行第二回>>は
☆78号1998春号。
<アルザス ワイン街道はメルヘンの世界>> 
http://keico.exblog.jp/12917228/
2011年6月18日 のブログ
<アルザス ワイン街道はメルヘンの世界>

<<<新フランスワイン紀行第三回>>
☆79号1998夏号アウモール海岸北ブルターニュ
 <<<新フランスワイン紀行第三回 
< ブルゴーニュわいん街道黄金丘陵を行く 〜コート・ドール〜>>
記事の執筆と写真

http://keico.exblog.jp/6032654/
2007.08.22 表紙と内容など
に「新フランスワインの旅」

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2011年8月4日 木曜日 その二のブログ
ブルゴーニュの栄光の三日間<トゥロワ・グロリューズ>

そして、<<<新フランスワイン紀行第四回>>は、
☆80号1998秋号 ペリゴールの五月
 <<<新フランスワイン紀行第四回>> 
< フォアグラとトリュフの国のワイナリー
 〜ドルドーニュとロットの流域〜>>
として発表された。
タイトルページ二面と中の全部の写真も記事の執筆もで、あまり詳しい情報がなかった当時は、
とても注目されたという。
(記事の執筆と写真スカイブティック (全部))
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 ドルドーニュ、ペリゴールは、フランス南西部の歴史的地方。
リムーザンと接する北東部の古代の結晶岩台地や南西部の肥沃なドルドーニュ川の段丘地帯など周辺を除けば,
大部分が第三紀の石灰岩の低い台地からなり, ドルドーニュ川とその支流ドロンヌ川,イル川がそれを刻んでいる。

 ドルドーニュ川 La Dordogneは、全長約 500kmのフランス南西部の川。
マシフ・サントラル北部の火山モン・ドールに源を発し, オーベルニュの高原を深く刻んで峡谷をつくりながら南西流したのち, 西へ転じてアキテーヌ盆地を横切り, ボルドーの北でガロンヌ川と合流してジロンド川に注ぐ。

 ドルドーニュ川のもう一つの支流ベゼール の谷は, 世界有数の先史時代遺跡の宝庫として知られている。
レゼジ・ド・タヤック の町を中心に, 1940 年に発見された洞窟壁画で有名なラスコーを含む 150 もの遺跡が散在している。

 ペリゴールは,工業化・都市化のあまり進まない農村地帯であり、 中小農民が大多数を占め、地域ごとに多様な特産作物が栽培されている。
(ブドウ, タバコ,果実,イチゴなどで、トリュフとクルミは有名)。
また畜産や家禽の飼育も盛んで,フォアグラの主産地として知られている。

  森と川が、つくり出す優れた自然&田園風景, 豊かな史跡に恵まれていて、サルラ Sarlat を中心とした〈ペリゴール・ノアール〉は, フランス有数の観光地となっている。
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(サルラの朝市)

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(ペリグーの朝市)


 この地に、エールフランスの機内誌の取材に訪れたのは、1990年代の最期の頃だった。
そして、このペリゴール・ドルドーニュ地方の取材は、その後の私の人間関係にまた大きな発展をもたらしてくれた。

 二十一世紀となり、新しい動きがうごめきだした2004年に日仏からお話しをいただき、
2005年1月の日仏会館の新年の写真展の第一回として結実したのだ。
この写真展は、フランス大使館文化部後援をいただいた。

普通の写真展ではものたりないと考えた私たちは、
フランス史の原点とも言えるこの地方の文化を紹介する<日仏交流の夕べ>を企画した。
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案内状


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2005.01.10のブログ
初春の 写真展嬉し 我が最晩

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PhotoExpo写真展東京奈良Jan05
PhotoExpo写真展東京奈良Jan05

写真展の折りに創ったこの地方の説明と地図
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 7日から27日までの写真展会期の、最終日に、当時取材をさせていただいた、サン・テグジュペリ伯爵をお招きして、彼の造るシャトー・ドゥ・ティルガンの赤と白のワインの試飲もかねての大きなレセプションとなった。
写真の会場に、ご希望の方はどうぞ、と書いたので、
星の王子様のアントワンヌ・サン・テグジュペリの系列と知り、グザヴィエ・ドゥ・サン・テグジュペリにあいたさに参加した方もいらした。

その後は奈良、神戸とご縁をいただいての写真展へとなっていた。

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PhotoExpo写真展東京奈良

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PhotoExpo展神戸2005Dordogne

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通りすがりのスナップ<<ペリグーの飲んべえ達>
2011年5月13日 金曜日 曇り ペリゴールの一部

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 <<<新フランスワイン紀行第五回> は、
☆81号1998冬号ルーシヨン 
タイトルページ二面と中の全部
 <<<新フランスワイン紀行第五回> 
< ルーシヨン 南仏ピレネー山地の母堂畑 コートヴェルメイユを行く >>
記事の執筆と写真の全部

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☆82号1999春号シャンパーニュ・アルデンヌ地方
 <<<新フランスワイン紀行第六回>> 
< 煌めきのシャンパーニュ ヴァンダンジュの秋を行く >

http://keico.exblog.jp/11307720/
2010年9月19日 日曜日 のブログ 
<煌めきのシャンパーニュ> ヴァンダンジュの秋を行く

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そして、<<<新フランスワイン紀行第七回>>は
☆ 83号1999夏号フランスの庭 ロワール渓谷
 <<<新フランスワイン紀行第七回>> 
<ロワール渓谷のワイン フランスの庭園を行く>
 >>>まだスキャンがおわっていない。

 この後も取材が終わっていたところはあったのだが、エールフランスの会社の大きな変遷で、
しばらく機内誌はなくなってしまったのだ。
by pretty-bacchus | 2011-10-14 23:58 | ◎Records過去の記事書いた雑誌 | Trackback | Comments(4)