カテゴリ:♪JourneyAbroad海外旅の思い( 44 )

最新のプライベート・ジャンボ機の内部と二十年前のフォッカーセブン
2016年8月4日 木曜日 晴れ Aさんと暑気払いでフランスの思い出いろいろ

 朝のすがすがしい光の中に朝顔たちがうごめいているのはなんとも美しい!
蔓がどんどん伸びて自然にしておいたら、ゼラニウムには青い朝顔、カネノナルキには紫の朝顔が!

a0031363_053819.jpg

#IMAGE|a0031363_0534813.jpg|201608/07/63/|mid|984|657#]
a0031363_0543966.jpg



 毎朝早くに入る日経とかヤフーニュースとかに加えて、WSJ日本版 編集部 からの
ウォール・ストリート・ジャーナル日本版 Newsletterは、特に話題の幅が広くて実におもしろい。
ニュース群のあとにある【特集】と【スライドショー】は興味深いアイテムが多く、
ついつい真夜中すぎなのに読みふけってしまうことがよくある。

あまりにも多いメールの時は見る時間がなく何日かデスクトップにおいたままのこともあるのだが、
朝になって借景の緑や朝顔をながめながらクリックすることもあったりする。

 今朝の【スライドショー】の話題は、
◆空飛ぶ豪邸:プライベート・ジャンボ機の内部
 http://on.wsj.com/2aVbCQH

世界の富裕層のあいだで、プライベート機ならぬプライベート・ジャンボ機の所有が広まっているというのだ。
米ボーイングはここ数年で十五機のジャンボ・ジェット機を個人向けに造ったという。
価格は安くても三億ドルで、顧客は主にアジアや中東だというからフムフム、、、。  

ボーイング787型や欧州エアバスA350型を改修した機内が多く、すばらしい内装のよう。
キッチンや会議室はもちろん、ベッドルームやシャワー、医務室などが完備されている。
日本の二機の内閣専用ジェットとは比べものにならない豪華さだ。

a0031363_143162.jpghttp://jp.wsj.com/news/articles/SB11979503982683104418104582229912995775458?mod=djem_Japandaily_t

 どんなミリオネア−と結婚しても、それでも、わたしはこんな大きなジャンボより、
小さなプライベイトジェットの方が好きだな、、、。
その昔、ボルドーのワイナリーオーナー達のプライベイトジェットで、パリからリブルヌへ
よく連れて行ってもらった頃のことを思い出している。
パリの空港は今は軍用につかわれているルブルジェ空港。
待合室もそんなに大きくはなく、ゲイトはかならず一番左がわのポルト ニューメ ゼロ(ゼロ番ゲート)。
そう、プライベイトジェットの搭乗口には番号がなくいつもゼロなのです!

 乗り込んでシャンパンとサンドウィッチとかをいただいているとまもなく四十分ほどでリブルヌ到着。
迎えの車で二十分ほどでサンテミリオンに着いてしまう。
時には三つ星のシェフが一緒にいらしたので(ギイサボイ氏が一番多かった)、
すぐにキッチンはお料理であふれだし、近くのワイナリーの方々もお招きしてデジュネが始まる。

 シャトー カデボンとシャトー キュレボンのオーナーのマルセリーヌ&ベルナールガンスとは
とても親しくさせていただいた。
ベルナールはジスカールデスタン時代の大蔵官僚だった。退官後にボルドーのサンテミリオンに
朽ちたワインシャトーを購入して十年後の1996年に見事にグランクリュクラッセとして甦らせたのだ。
このお祝いの会にもパリからプライベートジェットでご招待をうけた。
おりしもシンデレラワインのルパンとかが話題のなっていた1990年代の頃だった。

a0031363_2349502.jpg <翼をあれが巴里の灯か!>

(ボルドーからパリへプライヴェートジェットで向かう折りの一枚)

(その時の機はフォッカーセブンだったとおもう。その操縦席から前方を撮った写真)

(友人のプライヴェートジェットの操縦室から写したたった一枚の記念の写真からカードを創った)



 大学卒業の翌日から仕えたエールフランス&メリディアンチェーンを二十数年のあと辞めてた
1987年代後半から2000年(右目に穴があいて数年飛行機に乗れなくなった)までの十数年間は、
この二十世紀最後の二十年ほどは、フランス&イタリア文化にどっぷりと浸かった人生の記録であり、
特にフランスの貴族社会や政財界のグループの方々、ワイナリーのオーナー達に可愛がられて?交友を
いただいたのでしa0031363_21252852.gif
オークショナー、美術界の方、はたまたフランスで弁護士ノテールの女性第一人者の方々もいらした。

日本人は私だけだったので、Keikoケイコとほとんどの方が仲良くしてくださったが、
日本人ということで冷たい視線を送りつづけた方も中にはいた。
<日出ずる国>の日本は、まだまだファーイーストとも考えている人が少なくなかったのだ。
フランス人でそういう人がまだまだ沢山いる時代だったし今でそうなのかもしれないのだが、、、。

http://keico.exblog.jp/21686543/ 
2015年9月26日 土曜日 雨のち曇り少し晴れ
バーアルマニャック<フランシスダローズ>とシガー<パルタガス8-9-8バーニッシュ>で時を灰にする
~
a0031363_473532.jpg

(1995年のロンドン郊外の小さな個人邸宅でのオペラの夕べでの休憩時間に葉巻を楽しむ
マルセリーヌ&ベルナールガンス。グラインドボーンの翌日に訪れたのだ。

 美食&アートの<ベルバカント>のこのイギリスの旅では、フィリピーヌ ロッチルド夫人も
参加してらした。彼女は去年の夏に入院中に合併症でこの世をさってしまった。
彼女のことはいろいろ書いておきたいし、撮った写真も沢山あるのでいずれ、、、。

a0031363_4101071.jpg
(1996年のボルドーオペラ劇場での<椿姫>のギャラ。アランジュペ首相や政財界そうそうの方が集まったギャラの後の
レセプションにて、元大統領アランジュペとフィリピーヌとマルセリーヌ。左はクリスチャン。
シャネルの白椿を全員が。ワタシは<椿姫>にちなんで椿模様の辻が花をあつらえての出席でした)
   指  揮:マウリツィオ・ベニーニ、ヴィオレッタ・ヴァレリー:レオンティーナ・ヴァドゥヴァ。
  この日の演奏は後日NHKで放映されている)

http://keico.exblog.jp/4403591/
2006年9月30日 土曜日 午前09時01分 晴れ
車窓往く五穀豊穣輝きて

http://keico.exblog.jp/5691687/
2007.06.05 火曜日 まだ夜は明けない
旧友の手紙を運ぶ青い風

http://keico.exblog.jp/6461032/
2007年11月18日 日曜日 晴れ
病得て伏して見上げる天高し

http://keico.exblog.jp/10682101/
2010年5月24日 月曜日 雨
五月雨千代紙遊びの思い出や

http://keico.exblog.jp/11503814/
2010年10月30日 土曜日 雨
久しぶりのフランス料理の晩餐会

http://keico.exblog.jp/14176387/
2011年12月14日 水曜日 雨のち晴れ
☆回想のわが巴里の街1980~1990 〜オルセー美術館

http://keico.exblog.jp/14176742/
2011年12月16日 金曜日 雨 その二
☆回想のわが巴里の街1980~1990 エッフェル塔100年記念

http://keico.exblog.jp/18887766/
2013年10月29日 火曜日 雨
<シャトー・ペトリュスの晩餐>にご招待いただいた

a0031363_4182191.jpg

☆19990900ガンスレセプション、スイス城にて

a0031363_4303774.jpg
(May 1995 フィレンツェでの五月祭の後の仮面舞踏会にて、ベルナールガンスと。
パパロッティーも参加していた)
焦げ茶の地に風神雷神の手書きの着物を新調して、喜多川平朗さんの袋帯だった。
仮面を付けたが、「着物はケイコ〜〜〜と、わかってしまって大失敗。

http://keico.exblog.jp/6126882
2007.09.06 木曜日 風雨強し、台風近し
アデュー ルチアーノ・パバロッティさん

a0031363_16721.jpg

  (自宅の廊下の壁にはいつもこの写真がはってある)
 カメラを構える人を待たせて
「マ・ベラ・ケイコ、シガーをもってポーズするようにグリッシーニのパンを口に持っていって、
ハイチーズ!
後ろ姿がMarceline Gans マルセリーヌ。私はこのときソニアリキエルのタキシード風の
黒の上下の服を着ていた。


a0031363_6202294.jpg
(数年後のMr. &Mrs. Bernard & Marceline GANS, 1999年スイスにて、ここでも葉巻の人がいる)

 これらの時期に私は多くの事を学ぶことができたと思っている。
生まれ育った素敵な両親と高等教育を受けた第一の人生、エールフランスに入社、
友人達にうらやまれたその時代に、羽田空港から万歳三唱でパリ駐在員として送られ四年パリに滞在。

その後のメリディアンホテルチェーン日本代表として六年間の第二の人生も含めての人生四十数年の間には
決して体験できなかったフランス人社会の表から裏までを、、、、。
地下鉄の吹き出し口に横たわる老人からタクシードライヴァー、パリジャンパリジェンヌ、
田舎の葡萄酒造りにかかわず爺さん達はもとより、大使や大臣、首相経験者や貴族社会の人々にいたるまで
実に多くの階級の人々と交流を深めることが出来たのだった。

1987年から2006年までの四半世紀はまさに第三の人生であり、その間にはもちろん人生の浮き沈みが
どっしりとあり(途中いくつもの青天の霹靂も含めて)おそらく最もドラマティックな二十数年であったろう。
そして最晩年を迎えている今は第四の人生なのだろうか。まだまだ紆余曲折がやってくるに違いない、、、。

a0031363_22572757.gif

http://keico.exblog.jp/19888552/
2014年6月10日 火曜日 曇り その二
1995年10月のボルドーのシャトーでの思い出写真

 ボルドーのシャトー・ムートン・ロッチルドにお招きを受けたのは1995年10月8日と9日。
ワインと食と芸術文化の女性の会の<ベルバカント>。
a0031363_671571.jpg

a0031363_31732100.jpg
(葉巻を吸っている人がいるので、デザートが終わったころでしょう。私の頬も真っ赤です。
この夜はムートン・ロッチルドの銘酒をいろいろいただいたのですから!)。

http://keico.exblog.jp/21340807/
2015年6月11日 木曜日 晴れたり曇ったり夜半から雨
〜時を灰にする〜バーアルマニャック<フランシスダローズ>とパルタガス 8-9-8バーニッシュ

 〜〜〜〜〜〜〜〜
 夜は久しぶりにAさんの暑気払い。
一緒にフランスを旅したことがある友人達との邂逅はなんどあっても嬉しいものだ、、、、。

a0031363_051071.jpg


(ウォール・ストリート・ジャーナルの記事を見て、今夜は昔のこと思い出して少しブログに
のこしておきたくなったのでした)


by pretty-bacchus | 2016-08-04 23:59 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(2)

春はヴェニスの宵の夢 涙に夢も泣きぬれて
2016年5月18日 水曜日 晴れ 揚羽蝶 

 ベランダの花に朝から揚羽蝶が飛勇していた。
なんだか一緒に飛んでいきたいな、、、、。

 そんな借景に目をやりながら、耳はヴェネツィアのサンマルコ広場の波と時計台の鐘の音に漂っていた。
なぜか泣けてきて、、、、泣けてきて、、、、旅の思い出と人生いろいろが交差する、、、、。

 日曜日に届いた写真家小瀧さんからのきれいな四角い封筒の中には、素敵なメモとCDが入っていた。

http://keico.exblog.jp/22815513/
2016年5月15日 日曜日 曇り
日曜日に二つの小さい荷が着きました

二週間ほど前に、彼のブログで紹介されていたヴェネツィアのサンマルコ広場にある老舗カフェ、
フローリアン、ラヴェーナ、クアドりの楽団の音源を収録したライブCD!!
a0031363_17274557.jpg


 なんて素敵な贈り物だろう!
1980~1990年代はヴェネツィアの写真と言えば、小瀧さんだった。
もちろん巴里の大道芸人も彼の世界だが、彼のあのブルーのヴェニスは素晴らしい。

 今年も先月にずっと行ってらしたし、ブログのアップとそのあとの展覧会が楽しみでならない。

http://keico.exblog.jp/17126928/
2013年1月8日 火曜日 曇
ギャルリーバウハウスで小瀧達郎写真展 「VENEZIA」を鑑賞
a0031363_473654.jpg


http://keico.exblog.jp/17135405/
2013年1月9日 水曜日 曇
小瀧達郎VENEZIA」の後はサンルイティッスルで

http://keico.exblog.jp/19233643/
2013年12月26日 木曜日 曇り後 夕方に雨、後曇り
<小瀧達郎写真展 PARIS 光の廻廊 PARIS Galerie de Lumiere 2010-2013>
a0031363_1964478.jpg
(Sony DSC-RX100M2)


 夕方からN先生のオフィスで二時間ほど、いろいろ相談にのっていただいた。
あまりにひどいメールに先生は、私がどんなにか怒っているだろうと思っていたかと笑っていらっしゃる。
三十年前からの知己の先生の温かくそして的確なアドヴァイスに心から感謝。

 気持ちが少し落ち着いて、美容院でさっぱりして、いつものお蕎麦屋さんへ。
かけていただいたCDは、小瀧さんから送っていただいた曲。
家庭的な酒のあてをいくつかいただいて、打ちたてのお蕎麦に舌鼓をうって、、、感謝の夕べとなりました。

a0031363_0535962.jpg



 演奏は、鐘の音を背景に始まり、、、、目をつぶると心はいっきょにヴェネツィアのあの広場へ飛んでいく!

旅情をそそられるとはこういうことなのか。
晩夏の夕暮れ時にあの広場のカフェに座り、一日の旅の記録にしたる時、、、、ああ、これが旅なのだ!と
いつも感謝と幸せを感じるひと時。

このカフェ フローリアン(Caffè Florian) は、ヴェネツィアを愛したワーグナーもこの広場に
毎日通ったといわれており、1720年12月29日サン・マルコ広場南側の新行政館の回廊に創業されたカッフェ。
ヴェネツィアのサン・マルコ広場にあるヴェネツィアに現存する最も古いカフェで、
カフェ・ラッテの発祥店として有名。
ウィキペディアで調べてみたら、なんとすごい面々が通っていたことになる。
カルロ・ゴルドーニ、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、ジャコモ・カサノヴァ
ジョージ・ゴードン・バイロン、マルセル・プルースト、チャールズ・ディケンズ、ガスパロ・ゴッツィ、、、

http://keico.exblog.jp/20100340/
2014年8月15日 金曜日 晴れ ★OldPhoto銀塩写真のデータ化
十九年前の夏のヴェネツィアの黎明から真夜中まで

http://keico.exblog.jp/19858340/
2014年5月31日 土曜日 晴れ その二
1995年8月29日の早朝のヴェネツィア

<アドリア海の女王>の街がまだ眠っている頃、、、
(椅子がまだ重ねられたままのカフェ、、、鳩も一羽だけ、、、、)
a0031363_2224054.jpg

a0031363_2295088.jpg


a0031363_2233581.jpg
 (朝日がさっとさしはじめ、、、、鳩たちが目覚める頃、、、、
こんなに早く起きたことがあったのだろうか、、、)


http://keico.exblog.jp/19861610/
2014年6月1日 日曜日 晴れ
1995年のパリ、英国、北欧、ヴェローナ、ヴェネツィア、ボルドー

http://keico.exblog.jp/19881741/
2014年6月8日 日曜日 雨のち曇り
1995年8月のヴェネツイアの鳩たち

http://keico.exblog.jp/19911122/
2014年6月17日 火曜日 曇り
1995年08月24~29日 ヴェネツィアの朝の女達

http://keico.exblog.jp/20034350/
2014年7月25日 金曜日 晴れ
ヴェネツィアへは空港からモーターボートで入りましょう!

http://keico.exblog.jp/20045778/
2014年7月27日 日曜日 曇り後午後雷雨
1995年8月28日のヴェニスの朝、海と空と、、、幻か!

http://keico.exblog.jp/20094716/
2014年8月13日 水曜日 晴れ
碧い海の南仏が、ヴェネツィアがなつかしい〜〜!

 真夜中にブログサーフィンをしていらら、NKさんが<サンマルコ広場に夜は更けて>で、
雨の夜のヴェネツィアのPiazza San Marco, Venezia, Italy をアップなさってらした。
a0031363_16434625.gif
http://k7003.exblog.jp/19357049/
NKさんの<サンマルコ広場に夜は更けて>

 そういえば私も夜のヴェネツィアはいろいろあったが、着いた日の夜のホテルの窓からを、
かろうじて撮った運河を行く舟の光の軌跡したアップしていない。
この1995年の旅のヴェニスはどういうわけか早朝の散歩の写真が多くあった。
夏のヴェニスでこの黎明のころを撮るのは、遅いディナーを終えてからおそらくあまり寝ていないのでは
ないかしら? 皆さん早起きだったのかしら?
それでも何枚かはあるので、まず1995年8月の夜のヴェニスの数枚を。
その前に朝方のサンマルコ広場と、シエスタの後の様子とを、、、。
1995年8月24日から28日までの何枚かを、、、。

(いつ椅子をかたづけたのだろう、、、朝が白々と明ける頃、サンマルコ広場の椅子はまだひっそりと
眠っているが、鳩たちは朝の光のなかで目覚めて、人々も動き始める、、、)
a0031363_23423545.jpg


(ホテル界隈も目覚め始める、、、)
a0031363_001354.jpg


回廊ではおまわりさんもお仕事始め、、、)
a0031363_19363111.jpg(

(やがて杖をついた老人がゆっくりと広場を渡り海に向かって歩いていって、長い間海を見ていた、、、)

a0031363_23441393.jpg


(朝の海の色は清らかな蒼、、、、)
a0031363_2346025.jpg


 お店の前の朝のお掃除が始まった、、、、。

a0031363_546945.jpg

(29 Aug.1995 Venezia )

(別の日のリアルト橋の朝の光のなかで、、、、)
a0031363_2348151.jpg


(細い水路からも舟とゴンドラが出始める、、、)
a0031363_5265019.jpg


a0031363_5273039.jpg


a0031363_5255279.jpg


(子供達は鳩と戯れて、、、、)
a0031363_1581413.jpg
 

(シエスタの頃はこの広場もいっとき人々の姿が少なくなる、、、、午後の光がまぶしい、、、)
a0031363_23495532.jpg


(やがて、広場の一角の楽団のメンバーが夜の演奏の準備を始める、、、、)
a0031363_23524884.jpg


 そしてとっぷりと水の都の夜がやって来る、、、。

a0031363_0144915.jpg

a0031363_0162157.jpg

(重いコンタックスのカメラを首からかけて歩いていたのだろうか? 
おそらくASA800のフィルムでどんな設定で撮ったのだろうか?と思ってしまう)
a0031363_0173456.jpg

a0031363_09337.jpg


(話題のレストランの後は、さて今夜はどこで食事をしようかしら? と探し回ることもある)

a0031363_21375495.jpg


a0031363_0101826.jpg


a0031363_0245477.jpg


a0031363_0264867.jpg

a0031363_0262496.jpg

a0031363_0345482.jpg


 真夜中にホテルの窓から行き交う舟やゴンドラの光跡を撮って夜は更けていくのでした、、、。

a0031363_111018.jpg


 〜〜〜〜〜〜〜〜
 そして初めてのデジカメで2000年のヴェネツィアのヴァポレットから偶然撮れたあのショットを!

a0031363_15512629.jpg
  (水上バスの中で、リアルト橋を撮ろうとしていたら、反対車線?に水上バスが通った。
前の席で新聞を読んでいた男性が顔をあげて、光にゆれた、、、。向こうにリアルト橋が写っている。
バスのガラスと光のイタズラで面白い一枚となった、、、)

http://keico.exblog.jp/15505582/
2012年6月5日 火曜日 曇り
初代のデジカメFUJI FinePix4700Zで撮ったイタリアの旅

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 そういえば、恋はヴェニスの宵の夢、、、と時々歌っていたおばあちゃんは、その頃どんなふうに
このヴェニスの事を知ったのだろうか、、、、?
明日母に聞いてみよう、、、、。

春はヴェニスの 宵の夢
  涙に夢も 泣きぬれて
  さざれの真珠と
  なぞろう うたかたの
  哀しき船出を 慕うらん
(ヴ ェ ニ ス の 舟 歌 昭和初期に流行した歌だという)

そういえば、終戦の日にはいつも祖母のことをおもいだしているようだ、、、、。
http://keico.exblog.jp/2175562/
2005年8月16日 
終戦の日写真を供えて祖母想い

http://keico.exblog.jp/11844450/
平成23年1月3日(月) 晴
パリから羽田への便でお里帰り

http://keico.exblog.jp/19691175/
2014年4月15日 火曜日 晴れ
春はヴェニスの宵の夢 涙に夢も泣きぬれて 


by pretty-bacchus | 2016-05-18 23:59 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(0)

借景の木々をみながら危険だった旅の思い出に、、、
2015年11月18日 水曜日 小雨 魚真

 久しぶりに借景の緑を愛でていた。
右方の木に望遠を構えて、、、、え〜〜? 何あれは? 刀が機の間を動いている。
そうではなかった、どうやら借景の庭には植木やさんがはいっているようだ。
それにしても随分と高い木なのに、、、、。

 正面のアオギリの木はもう葉がすっかり駆られていた。
え〜〜〜レンズの中に人の顔!
ビックリポン〜〜〜どうしてこんなに此方のベランダの近くの空中に人がいるの?
きっと高い梯子をかけているのだろう、、、、、、。

a0031363_19355035.jpg
(ひよどりじょうごの実は萎み始めていた、、、)

a0031363_1937295.jpg
(葉が減って黄葉も、、、、、遠きのアオギリの葉もない、、、、)

a0031363_19375447.jpg


a0031363_19381760.jpg
(なんとりりしい若者の植木やさんだろう)


 ニュースは暗いニュースばかり、、、。
無差別テロのニュースがますます広まり、次のターゲットは商業地区のデファンスとか空港かとかの
未確認情報が飛び交う中に届いたニュースは<米国からパリ行きの2機、緊急着陸 >

[ロサンゼルス 17日 ロイター] - 米国からパリに向かっていたエールフランス機2便が17日、
匿名の爆破警告を受けたため目的地を急きょ変更し、緊急着陸した。700人超の乗客乗員は無事。
米連邦航空局(FAA)などが明らかにした。
このうち、ロサンゼルス発のエールフランス65便(エアバスA─380)はソルトレークシティーに着陸。
乗客らはターミナルに移動した。ソルトレーク・トリビューンが空港関係者の話として伝えたところによると、乗客乗員は497人。
米連邦捜査局(FBI)は声明で、脅迫内容を裏付けるような証拠は機内で見つからなかったと明らかにした。
ユタ州の地元メディアによると、乗客は同便に再び搭乗し、パリに向けて出発した。

 もう一つのエールフランス55便(ボーイング777)はワシントン郊外のダレス国際空港から離陸した後、
カナダのハリファックス国際空港に目的地を変更。乗客乗員262人は既に降機した。
ハリファックスの警察当局は、警察犬を使い機内で爆発物を捜索したが、結果については明らかにしていない。
エールフランスは声明で、両便ともに「離陸後に匿名の脅迫があった」ことを明らかにした。
その上で「当局が主導して電話の発信源を特定するための捜査にあたる」と説明した。

〜〜〜〜〜〜〜
そして夜半にはa0031363_21252852.gif

【パリ=本間圭一】パリ同時テロ事件で、フランスの検察当局は19日、パリ近郊サンドニでの
仏警察と容疑者側の銃撃戦で、イスラム過激派組織「イスラム国」の幹部で、同時テロの首謀者とされる
ベルギー国籍のアブデルハミド・アバウド容疑者が死亡したと発表した。

 オランド大統領は演説で「わが国は戦争状態にある」と宣言し、IS掃討のため、
シリア空爆をさらに強化することを表明したのだ。


 一方、ISは新たなビデオ声明で「ワシントンにある米中枢を攻撃する」と恫喝した。
何と言うことだ。

フランスに住む友人達は今回は難を名逃れたとはいえ、外出をなるべく控えているという。
パリへの旅の多くがキャンセルになり、冬の旅はますます寒いものとなってしまうだろう。
新しいパスポートも再発行されて、クリスマスのパリへ旅立とうと思っていたのだが、
これも止めた方がよいだろう。
それでなくとも寒いパリで、去年あれだけ<怖い〜〜>を思った旅だったのだから、、、。
旅の途中で弟や柳澤さんがなく亡くなってしまったりと、、、、。

http://keico.exblog.jp/20518631
2014年12月12日 金曜日 パリ 雨の暗い朝 その一 
雨の暗い巴里の朝に弟の訃報をうけました(旅のカテコリにも)巴里四日目

http://keico.exblog.jp/20528141
2014年12月14日(日) 霧の朝、巴里六日目
ノートルダム大聖堂とリルケ、Xマスイリュミネーション 

a0031363_107710.jpg


a0031363_10115033.jpg


 思えば海外の旅を始めて早や五十年になる。
半世紀か!
何百回という出国記録があり、欧州のなかでも飛行機を加えるとすごい数になる。
いろいろの事故に遭遇しながら、よく今までこうして無事に生きていられたものだと、、、、感慨を新たにしている。
以前ブログに書いているが、まだまだ書き切ってはいないだろう。

そうそう、1970年代はじめかな?、アラブゲリラが爆弾をしかけた飛行機に乗って事故にあったことがあった。
当時は、パンナムの機がオルリー空港で爆破されたりと、いろいろの事故があった時期。
私はエーフランスの駐在員としてパリに送られてオルリー空港に勤務していた。

 週末を利用してローマ行きの機に乗った。
乗客は半数以下のキャラベル機が、ローマのフミチーノ空港によろよろと到着したのだ。
少し前から機内はとても静かでスチュアーデスもでてこなかった。
普通は空港中央の建物の近くの駐輪場に近づく飛行機はどんどん空港の原っぱの端のほうに向かっていった。
おかしいな、、、と思い、手荷物を膝に置いた時に機内アナウンスがあって、急いで静かに後ろの出口から
降りるように、、、と。キャラベル機は出口が後ろの梯子なのだ。
(この時、一番先に奇声を上げて機から飛び出したのはなんとイタリア人のスチュアーデスだった。
おそらくかなり前から事情を知っていて震えていたのだろう)。

 遠く眼前には何台もの消防車? バスに乗せられた私たち乗客は、小雨が降り出した空港の端っこの野原で、
飛行機から順番に降ろされて運ばれてくる一人一人のチェックドバゲッジを確認して、
別のバスに移されるということが何十回も繰り返されて、何時間もかかってやっと解放された。
最後にはチェックドバゲッジがひとつ残って、中には爆弾らしき物があったと翌日聞かされた。
爆弾がしかけられていたが、それが幸運にも不発に終わったと後でわかった。
翌日の新聞の一面はこのニュースで飾られたものだった。

荷物の検査が終わって特別ゲートから税関を出たところで長い間待った連れ合いと会えて、、、
とたんに安心したのか、体ががたがた震えて鳴き出してしまったのを覚えている。

 まだまだこれからも海外の旅にはでることになるだろう。
グループの旅ならば、エージェントの方がいろいろしてくれるだろうが、一人旅をしていれば、
これからもいろいろ起こることだろうが、、、、さてさて、、、、。
いずれにしても、ますます旅でのハプニングは多くなるだろうから、荷物をなるべく少なくすることと、
常備薬は少し多めにもっていくことだろう。
(フィルムがなくなっただけでもかなり苦労が少なくなったに違いない)

 遠くの異国に住む友人達を思いながら、、、、。

http://keico.exblog.jp/6042978/
2007.08.23 木曜日  青い朝顔は五輪かな
旅での波瀾万丈の出来事いろいろ

http://keico.exblog.jp/7072885/
2008年5月3日 土曜日 雨のち曇りのち少し晴れ 今日は三回目
旅の記憶にーーテルアビブ

http://keico.exblog.jp/7821613/
2009年1月16日 金曜日
米旅客機がハドソン川に不時着水 乗客乗員155人無事に感涙

http://keico.exblog.jp/7945576/
2009年2月11日 水曜日 
「ハドソン川の英雄」チェスリー・サレンバーガー機長の独占インタビュー

http://keico.exblog.jp/10437146/
2010年4月16日 金曜日 曇り時々雨、みぞれで寒い
残る花散るを忘るるみぞれかな(飛行機事故の記憶)

http://keico.exblog.jp/11129076/
2010年8月12日 (木曜日) 曇り
25年前の日航機墜落事故「御巣鷹の尾根」の日

http://keico.exblog.jp/14105427/
2011年12月5日 月曜日 その二 巴里着
☆回想のわが巴里の街1965~1973  パリとの始まり

http://keico.exblog.jp/14109860/
2011年12月8日 木曜日  曇りのち雨 
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ー忘れられない事

http://keico.exblog.jp/17169714/
2013年1月16日 水曜日 曇のち晴れ
ボーイング787の事故と半世紀弱の旅の思い出

http://keico.exblog.jp/17389355/
2013年2月27日 水曜日 雨後ち曇り
熱気球の事故が起きてしまった(気球の思い出)

http://keico.exblog.jp/14339545
平成24年1月4日(水) 晴
前世紀のエールフランスの食器と天馬

http://keico.exblog.jp/19990751/
2014年7月12日 土曜日 明け方に
台風一過、大阪と東京で台風の香港を思い出している写友がいました

http://keico.exblog.jp/20032334/
2014年7月23日 水曜日 晴れたり曇ったり
熱帯夜に飛行機事故の旅の思い出にふけって

http://keico.exblog.jp/20092154/
2014年8月12日 火曜日 曇り時々小雨 免許更新
<日航機墜落事故>から二十九年、芙蓉の花に送られて

http://keico.exblog.jp/20497010/
2014年12月9日 火曜日 家を出発十二時
厳冬のパリに着きました、、、

http://keico.exblog.jp/21548754/
2015年8月12日 水曜日 晴れ
国際宇宙ステーション内のレタスと御巣鷹山事故から三十年に思いを寄せて

~~~~~
http://keico.exblog.jp/7725595/
この機内の模様

http://keico.exblog.jp/2335423/
2005.10.17
十五夜とにらめっこしてお国入り




by pretty-bacchus | 2015-11-18 23:59 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(2)

真夜中のネットサーフィンは雨のサンマルコ広場
2015年9月16日 火曜日 寝しなに

 寝しなにブログ友のネットサーフィン。
NKさんの雨のヴェニスが素敵!

http://k7003.exblog.jp/19822832/
サンマルコ広場にて

 私の朝のサンマルコ広場を!

<アドリア海の女王>の街がまだ眠っている頃、、、
(椅子がまだ重ねられたままのカフェ、、、鳩も一羽だけ、、、、)
a0031363_2224054.jpg

a0031363_2295088.jpg


a0031363_2233581.jpg
 (Aug, 1995 Venezia 朝日がさっとさしはじめ、、、、鳩たちが目覚める頃、、、、
こんなに早く起きたことがあったのだろうか、、、)
http://keico.exblog.jp/20100340/
2014年8月15日 金曜日 晴れ ★OldPhoto銀塩写真のデータ化
十九年前の夏のヴェネツィアの黎明から真夜中まで

http://keico.exblog.jp/20045778/
2014年7月27日 日曜日 曇り後午後雷雨
1995年8月28日のヴェニスの朝、海と空と、、、幻か!

(杖をついた老人がゆっくりと広場を渡り海に向かって歩いていって、長い間海を見ていた、、、)
a0031363_23441393.jpg


(朝の海の色は清らかな蒼、、、、)
a0031363_23515052.jpg


http://keico.exblog.jp/19911122/
2014年6月17日 火曜日 曇り
1995年08月24~29日 ヴェネツィアの朝の女達


http://keico.exblog.jp/i66/
Journey海外'95ヴェニス英国北欧 ( 31

 〜〜〜〜〜〜〜
おばあちゃんが良く口ずさんでいた
<ヴェニスの舟歌>を思い出して、、、

春はヴェニスの 宵の夢
    涙に夢も 泣きぬれて
     さざれの真珠と
      なぞろう うたかたの
        哀しき船出を 慕うらん
   (ヴ ェ ニ ス の 舟 歌 昭和初期に流行した歌だという)
お裁縫をしながら、“恋はヴェニスの宵の夢〜〜〜”と歌っていたおばあちゃんの声が
聞こえてくるようだ、、、、。

http://keico.exblog.jp/19691175/
2014年4月15日 火曜日 晴れ
春はヴェニスの宵の夢 涙に夢も泣きぬれて 

http://keico.exblog.jp/10808135/
2010年6月13日 日曜日 曇り
<はやぶさ>に夢ふくらませ梅雨を待ち>>><はやぶさ>に夢ふくらませビールかな



by pretty-bacchus | 2015-09-15 23:58 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(4)

友はモルディブへ、私は東京で1973年と1981年のタヒチへの旅の思い出
2015年8月22日 土曜日 晴れ 暑さ再来

 数日前にモルディブに旅だった友人から素晴らしい海の写メが届いた。
なんか10時間ちょいで来てしまったと思えぬほど別世界です。
雨季で雨だったり曇っていたり晴れたりと忙しく移り変わる天気です。
お部屋の前の海でシュノーケリングをちょびしました


頑張り屋さんで、いろいろ苦労もしている彼女だから、パートナー氏とこうしてゆっくりと夏休みをとって
リフレッシュって素敵なこと。ゆっくりと休暇をエンジョイして欲しい。

a0031363_3585269.jpg


a0031363_3594814.jpg

 海の上に浮かぶコテッジに泊まっているようで、今日のメールでは
海がエメラルドブルーの透明だから、
お魚が保護色で同じように透明な王子様のようなお魚です。
パラセーリングもできるんですって
!>
そしてさっそくに空からの海を!

a0031363_40177.jpg

 今年はタヒチのボラボラを奨めたのだが、やはりアマンとかの宿になれているのでアジアの方が
よかったのでしょうね。

 私もこんな時代があったのだな、、、って、遠い昔のタヒチや南仏への旅を思い出している東京での週末。

 〜〜〜〜〜
 ブログの記録してあった私のタヒチの旅は、1973年と1981年でした。

http://keico.exblog.jp/10987807/
2010年7月15日 木曜日 曇り
誕生日に宇宙よ友よありがとう!

a0031363_8213871.jpg (この写真は好きだった、、、タヒチのゴルフ場のグレープフルーツの林だった)

a0031363_82102.jpg 
 
(シュノーケルと足ひれをつけて海に潜ると、
浅いところでも小さなきれいなお魚が一杯いましたねっっ、、、、)

a0031363_824416.jpg (映画に出てくるあの山ですね、、、ボラボラ島かしら?)


タヒチへの東京からの第一便が就航したのは1973年
http://keico.exblog.jp/12897874/
2011年6月15日 水曜日 曇り
梅雨の間にいにしえのふみそっと見て>>梅雨深しいにしえのふみそっと見る

a0031363_819223.jpg
   (こんな時もあったのですね、、、、、、
ほんとに信じられません、、、、)

a0031363_17245239.jpg 

http://keico.exblog.jp/6801331/
2008年2月16日 土曜日 晴れ
ヴァレンタインデーのお返しの手作りのチョコ箱

http://keico.exblog.jp/8882666/
2009年8月28日 金曜日 晴れ
夕陽と蒼いお堀と月、「ゴーギャン展」の後はベリーニで

http://keico.exblog.jp/14099744/
2011年11月29日 火曜日 晴れ
新しい核医学検査 ホネシンチグラフィー を受けました。

http://keico.exblog.jp/14162322/
2011年12月12日 月曜日 その一  雨のち曇りのち晴れそして、、、
☆回想のわが巴里の街1973~1980 =旅と滞在ホテル

http://keico.exblog.jp/15353694/
2012年5月18日 金曜日 銀座
五月のカクテルはモヒートかしら

http://keico.exblog.jp/17169714/
2013年1月16日 水曜日 曇のち晴れ
ボーイング787の事故と半世紀弱の旅の思い出

http://keico.exblog.jp/17281128/
2013年2月5日 火曜日 晴れ 病院
現代医学のMRIとMRAを同時に受ける

http://keico.exblog.jp/19038187/
2013年11月21日 木曜日 晴れ
ボージョレヌーヴォーの解禁日に思い出にふけって

http://keico.exblog.jp/19764746/
2014年5月6日 火曜日 雨かしら
ブログのカテゴリの追加と整理で徹夜

http://keico.exblog.jp/19813764/
2014年5月18日 日曜日 晴れ <★OldPhoto銀塩写真のデータ化>
銀塩時代のポジ&ネガのデジタル化、続き

http://keico.exblog.jp/19829855/
2014年5月24日 土曜日 晴れ
1996年6月の巴里セーヌ河畔の三人

http://keico.exblog.jp/20064905/
2014年8月2日 土曜日 晴れ
新国立劇場でオペラ研修所試演会を鑑賞

http://keico.exblog.jp/20368705/
2014年11月09日(日) 雨
ズービン・メータ指揮<モーリス・ベジャール振付演出ベートーヴェン「第九交響曲」>

〜〜〜〜〜〜〜〜
http://keico.exblog.jp/28993/
日記から移行




by pretty-bacchus | 2015-08-22 23:58 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback(1) | Comments(2)

国際宇宙ステーション内のレタスと御巣鷹山事故から三十年に思いを寄せて
2015年8月12日 水曜日 晴れ

 朝からミンミンゼミとオナガの声が聞こえていた。
また夏がもどってきたの?
リビングに移ってしばし借景に魅入った。
左の木から右の木へ水色の尾がながいオナガが行ったり来たり〜〜〜!
カメラをかまえるも、その俊速にはかなわない。

 国際宇宙ステーション内でLED照明で種から栽培されたレタスを油井さんら三人の宇宙飛行士が初試食!
宇宙で収穫された野菜を宇宙飛行士が食べるのは史上初めてだということ。
とても美味しかったという。すてきなお話しだ。
NASAはすでに去年、この装置で育てたレタスを地球に持ち帰って安全性に問題がないことを
確かめたうえでの、今回のレタスの栽培だというからすごい!

 部屋の中で何百鉢ものセントポーリアを育てた四十年も前のことを思い出している。
その様を園芸の本に記事を書かせていただいたり、また家庭画報の見開きページに取材を
受けたこともあった物だ。

http://keico.exblog.jp/8266792/
2009年5月10日 日曜日 晴れ
ベランダをわがもの顔に朝顔や

http://keico.exblog.jp/3999062/
2006年7月23日 日曜日 どんよりと曇った朝
梅雨明けを待てず一声鳴くや蝉

 こうして宇宙まで飛行機が飛ぶ時代にも、まだまだ飛行機事故は起こっている。
今日は上野村にJAL123便が落ちた御巣鷹山事故から三十年の忘れられない日。
現地からの報道といっしょに、午後六時五十六分に黙祷。
この事故で亡くなったUさんは、このマンションの七階に引っ越してきたばかりのH会社のU会長で、
その前日に玄関で数分お話ししたのに、、、。

五年前のこの日に書いたブログを読み返している。

http://keico.exblog.jp/11129076/
2010年8月12日 (木曜日) 曇り
25年前の日航機墜落事故「御巣鷹の尾根」の日

 あれから三十年もたってしまっているのだ。
前半の二十世紀の十五年、後半の二十一世紀のこの十五年。
第二の人生だったエールフランス&メリディアンァの仕事人生を退き、第三の人生の自由に世界を闊歩した
パワフルなワイン&アートな二十年。
日本経済の右方あがりからの突然の失速、そしていくたの信じがたい青天の霹靂や、航空機事故も乗り越えて、
静かな余生をと第四の人生を始めてから十年あまり、、、。

<生かされている>この命を私は燃焼しているのだろうか。
これから私はどんなふうに進めば良いのだろうか、、、。
祖母の元へ父の処へ旅立つまえにしなければいけないことが沢山あるにちがいないのに、、、、。
人生のラストスパートをどんなふうに歩めば、いや走れば良いのだろうか、、、、。
少しだけ暑さがひいた午後に、この小さな脳はあっつあつになってしまっている。

http://keico.exblog.jp/17169714/
2013年1月16日 水曜日 曇のち晴れ
ボーイング787の事故と半世紀弱の旅の思い出

初代のデジカメFUJI FinePix4700Zで撮ったイタリアの旅
a0031363_223964.jpg (2000.12.09 pm2:28 パリ>ミラノの便の搭乗口で、、、)


http://keico.exblog.jp/20032334/
2014年7月23日 水曜日 晴れたり曇ったり
熱帯夜に飛行機事故の旅の思い出にふけって

http://keico.exblog.jp/10437146/
2010年4月16日 金曜日 曇り時々雨、みぞれで寒い
残る花散るを忘るるみぞれかな(飛行機事故の記憶)

http://keico.exblog.jp/8266792/
2009年5月10日 日曜日 晴れ
ベランダをわがもの顔に朝顔や


故人を偲びながら、ご相伴にあずかったのは、、、、

http://keico.exblog.jp/7945576/
2009年2月11日 水曜日
「ハドソン川の英雄」チェスリー・サレンバーガー機長の独占インタビュー 

a0031363_2312366.jpg


a0031363_2233069.jpg
(突き出しのあとに、まず二かんは新子。東京湾のシンコは名残の新子だそう。
先月のはしりの静岡のとは、また味わいが違い季節と場所柄を愛でることができたかんじ)

a0031363_2252232.jpg
(鹿島の岩が儀)


a0031363_2265623.jpg
(旬の魚のいろいろ)

a0031363_228191.jpg
(利尻のウニを二種類)

by pretty-bacchus | 2015-08-12 23:59 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(2)

春はヴェニスの宵の夢 涙に夢も泣きぬれて
2015年3月6日 金曜日 曇り

 曇りの一日。
寒さがもどってきたようで、そのうえ二人とも体調最悪。
といっても寝込んでいるわけではないのだが、、、。

 こういう時はなんとなく二十年前のあの夜明け前のヴェネツィアのサンマルコ広場の椅子と、
ゴンドラをじっと見ていた杖をついた一人の男性を思い出している。
そしておばあちゃんがよく口ずさんでいた詩を今は私がうたっている、、、。

春はヴェニスの 宵の夢
    涙に夢も 泣きぬれて
       さざれの真珠と
          なぞろう うたかたの
             哀しき船出を 慕うらん

         (ヴ ェ ニ ス の 舟 歌 昭和初期に流行した歌だという)

http://keico.exblog.jp/20648271/
2015年1月3日 土曜日 晴れ
お正月に子供の頃のことをいろいろ思い出されて、、、

<アドリア海の女王>の街がまだ眠っている頃、、、
(椅子がまだ重ねられたままのカフェ、、、鳩も一羽だけ、、、、)
a0031363_2224054.jpg

a0031363_2295088.jpg


a0031363_2233581.jpg
 (朝日がさっとさしはじめ、、、、鳩たちが目覚める頃、、、、
こんなに早く起きたことがあったのだろうか、、、)


(やがて杖をついた老人がゆっくりと広場を渡り海に向かって歩いていって、長い間海を見ていた、、、)

a0031363_23441393.jpg
(朝の海の色は清らかな蒼、、、、)

a0031363_5265019.jpg
(そしてどこからともな細い水路からもゴンドラが出かけ始める、、、、)

(1995年8月29日の早朝のヴェネツィア)

http://keico.exblog.jp/20100340
2014年8月15日 金曜日 晴れ ★OldPhoto銀塩写真のデータ化
十九年前の夏のヴェネツィアの黎明から真夜中まで


 〜〜〜〜〜〜
追記:
北海道のゆうこさんのコメントで、youTubeのこの詩を聞きました。

https://www.youtube.com/watch?v=cjpQ3jkJmRA
クリックしてみてください
哀愁は全然違いますが、まさのこのメロディーです。


by pretty-bacchus | 2015-03-06 23:58 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(6)

★OldPhoto銀塩写真のデータ化>1996年のブローニー
2015年1月15日 木曜日 雨
a0031363_21252852.gif
 雨で出かけるのを止めた。
結局少しMacに向かった。<<★OldPhoto銀塩写真のデータ化

GA645で撮った1996年6月24日のパリの午後を少しだけ、、、。
(三脚を持ち歩かないので、常に手持ちなのですが、夜はどうしたのでしょうね、、、)

a0031363_1910432.jpg

a0031363_19103665.jpg

a0031363_1911554.jpg

 (夜のコンコルド広場の噴水、、、、)
a0031363_19113960.jpg


a0031363_1912525.jpg


a0031363_19122897.jpg


http://keico.exblog.jp/14433660/

2012年1月14日 土曜日 晴

コンコルド広場の噴水 & サン・ジェルマン・ロクセロワ教会



by pretty-bacchus | 2015-01-15 23:59 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(2)

昨日のブログに追加
2000年4月14日のパリ

a0031363_4281130.jpg

by pretty-bacchus | 2014-11-01 04:28 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(2)

四半世紀前の仕事ライフと十五年前の巴里を
2014年10月31日 金曜日

 神無月最後の日となってしまった。
先週にSTさんからメールをいただいて、ワインとお酒の輸出入についてアドヴァイスをして欲しいとの
ことだったが、ようやく出かけることができた。
細かい事務的なことや税務関係のことは私はまったく弱いので、
ながいこと貿易経験のある連れ合いと一緒に出かけた。

 青山一丁目の古い?新青山ビルの向こう側に十年ほど前に建った高層ビルの十二階。
ガードマン二人が立つ玄関のタッチパネルで、訪ねる部屋番号を押して中から確認されて広いロビーに入る。
ここまでは六本木ヒルズやお台場の友人友人の高層マンションと一緒。
ロビー右端にある受付嬢の脇を通ってエレヴェーターに乗った。あれ〜〜十二階が無い?
一度外に出て奥の方のもう一基に乗った12あり。押したがビクともしない。
え〜〜?
外に出てSTさんに電話をしたら、なんと受付嬢の脇にあるタッチパネルをもう一度押さないと
エレヴェーターが作動しないのだという。
このセキュリティ対策が売りでこの高層マンションが外国企業のVIPが多いのだという。

 これから貿易の仕事をしたいというT氏は三十七歳。
自己紹介のあと、彼の今までのお仕事と今後どんなことをしたいかをうかがった。
ご苦労をなさったあと、最近の十年ほどはお知り合いの会社で大きな実績をあげて、
子会社もつくり責任を果たせたので独立をしたいという。

なかなかの青年なのだが、なにかどこか違う、、、これがジェネレーションギャップというのだろうか? 
いやそれだけではない、、、。
フランスへいってまず美味しいワインを飲みたい、そして日本酒をフランスへ輸出したいということは
わかったが、、、。
STさんのお許しを得て、思ったことを話し始めたが、私はなんということか、
次々に立て板に水の如しでお説教じみたことを話し続けてしまったのだ。
“まず貴方は謙虚でない、、、”から始めて、、、、、、
最後は“今のままではまずフランスに行ってもすぐには無理ですね” とピシャリ!
嗚呼〜〜なんとしたことか、、、!息子がいたらこんなふうにいつもお説教をしていたのかもしれないなと。
でもきっとこの青年がどこか見どころがあると思ったのかもしれないのだが、、、わかってもらえないだろう、、、。

 一時間半ほどでお時間がないらしく先に帰られたので、STさんと三人でしばらく歓談。
STさんは五十代後半で、今の若い三十代の方々の思考と行動の善し悪しをいろいろ話してくださった。
彼等には彼等のルールがあるが、人間としての最低のルールは守って欲しいと思っているということだった。
わたし達が歳をとったのかもしれないが、なんだかどっと疲れてしまっておいとました。

 ポツリポツリと雨が降り始めて、隣の新青山ビルの東館に入った。
エールフランス&メリディアン時代に十五階のオフィスで十数年仕事をした思い出が甦った。
“真夜中によく迎えに来ましたね、、、”と連れ合い。
最後の六年間のホテルメリディアンチェーンの時代には何十カ国も回り、日本にいるときは、
真夜中までレポートを書き(まだPCで打てる時代ではなくタイプライターとテレックスの時代だった)。
ビルの警備のオジサンがいつもいつも心配をして一時間毎に見回りをしてくれたものだった。

 なつかしさのあまり一階の広場までいったが、植田いつ子さんのお店もケイフローリストも
どこもかも別のお店になっていた。
地下におりたら、昔よく行ったお蕎麦屋さんの<くろ麦>があったので入ってみた。
メニューは以前通りで、板わさとさつま揚げにお酒は剣菱のぬる燗、おそばは名物の三色蕎麦。
おもわず昔の事、、、といってももう四半世紀もたっていたのだが、、、をいろいろ思い出して
話し込んでしまった。

 戦後の日本で教育を受け、昭和の高度成長期に社会に出て、それぞれの道でそれなりの仕事で精進し、
バブルの波に乗ったわたし達は、平成の初めからの日本沈没にどっぷりと巻き込まれて
大きな人生を終えたような気がする。
そのほんの一部をぼちぼちとブログに書き始めているが、辛かった経験だけでは悲しいし、
自慢話になってしまってもいけないし、あくまでも謙虚に人間的にと思っているのだが、
年上の方とかお人によっては、そうは思わないのかもしれない、、、わたし達がさきほどの青年を
そう思ったように、、、。
そんな時はぐさりとお小言を下さる方はいらっしゃるだろうか、、、。

 雨の上がった青山通りを高齢者二人はとぼとぼと歩くのでした、、、。
カメラを持っていたのに一枚もシャッターを押さなかった十月最後の一日だったのでした。

 〜〜〜〜〜
(ブログ内で少し思い出を、、、、、)

 最初の旅はアブダビメリディアンのオープニングの準備の仕事。
一応、黒のパンツスーツと黒のアタッシュと仕事モードでいったのに、空港に迎えもあったのに、
税関で小一時間もまたされることになったのだった。
すでにあったヒルトンホテルやインターコン、シェラトンなどを視察したり、
当時中東で日本料理屋さんで成功していた方々にもお話しを聞いて、私は数日の間に、
マーケッティングをすませた。
帰りの機のなかで数十枚のレポートを書いて、帰国後すぐにパリの本社に送付。
その結果というか、幸か不幸か次のプロジェクトの為に、また私はクウェイトやアラブ首長国連邦、
シャルジャなどにも行くことになったのだ、、、、、、、、。

アブダビメリディアンのオープニングでは、商社や現地の会社の方をお迎えしての
レセプションもいくつかこなした。
当時の中山大使、JALの支店長の有賀さん、商社の知人などなど素敵な男性方に助けられて、
役目をこなすことができたのかもしれない。
翌日の現地の新聞にも大きく写真入りで報道された。

THE GULF NEWS 、1982年3月13日 土曜日のアブダビの新聞。
a0031363_21394960.jpg
 (王族、現地政財界、日本大使館商社関係等の何百人もの出席のこのレセプションでは、
わたしはなんと英語と日本語で長い挨拶をしたのだった。今考えると怖ろしいことだ!)


a0031363_21435566.jpg

(時は1980年代初め、普通でもあまり日本人がいかなかった中近東の仕事に、うら若き!細い
チャーミングな日本女性が、たった一人で空港におりたったのだから、それはそれは話題になった)

(天までも驚いたのか、翌日は砂漠に何十年ぶりの大雨が降った。外気は50度!
(右は外務省からの中山大使と左は日本航空の有賀支店長。私はこのレセプションの為に、
紺地に濃い渋朱色の切り替えの中に更紗模様を描いた着物をデザインして創った。
それにしてもなんと細かったか〜〜〜目をつぶってしまっていて残念、、、)
(この着物は後に巴里に住む友人のお嬢様にさし上げてた)


http://keico.exblog.jp/10694394/
2010年5月26日 水曜日 曇り後雨
中東への出張☆回想のわが巴里の街 1980~1990

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜詳しくは、これをクリックしてみてください。
http://keico.exblog.jp/5485974
つづき、オンリーイエスタディーMemoires du Voyage-Arabu 2007.04.26

http://keico.exblog.jp/5626037
2007.05.22火曜日想い飛ぶ  リラの花咲く 巴里のころMemoires du Voyage-Paris

http://keico.exblog.jp/9187764/
2009年11月1日 日曜日 曇り
☆回想のわが巴里>凱旋門に励まされての遠いパリの日々

http://keico.exblog.jp/14105309
2011年12月4日 日曜日
☆ Memoires du Voyage ~なつかしの羽田空港から巴里へ出発

http://keico.exblog.jp/14105427
2011年12月5日 月曜日 その二 巴里着
☆回想のわが巴里の街1965~1973  パリとの始まり

http://keico.exblog.jp/14150458
2011年12月10日 土曜日 凱旋門
☆回想のわが巴里の街1965~1973 凱旋門に励まされての日々

http://keico.exblog.jp/14175732
2011年12月13日 火曜日
☆回想のわが巴里の街1980~1990 〜メリディアンチェーン

http://keico.exblog.jp/14195254
2011年12月20日 火曜日 雨 
☆回想のわが巴里の街 ~ 我が人生を振り返って
 
~~~~~~~
★OldPhoto銀塩写真のデータ化
☆回想のわが巴里の街1990~2000

まだ未公開の、私の前世紀最後の巴里。2000年4月14日のパリ、リュクサンブール庭園の数コマを
(14 April 2000, Paris, Jardin du Luxembourg)
(ラ・ヴィレット公園、テュイルリー庭園、ビュット・ショーモン公園などと並ぶ最大級の公園で、
パリっ子の憩いの場の一つ)

a0031363_3343252.jpg
(散歩する日と、思う人、考える人、そして昼寝をする人、、、)

a0031363_4281130.jpg


a0031363_3351384.jpg


a0031363_3373564.jpg

a0031363_3381955.jpg

a0031363_3414454.jpg


a0031363_3393534.jpg
(ジョルジュサンドの像の前で遊ぶ鳩くん)


 リュクサンブール公園にはフランスで最も古い養蜂学校があるんですって。
パリのアパルトマンを引き上げて数ヶ月後の春のパリ。この頃は、最晩年に余裕があって
健康に問題がなかったら、もう一度パリに住みたいと思っていたのだ。

http://keico.exblog.jp/9220441/
2009年11月8日 日曜日 晴れ
パリの蜂蜜、ボルドーの蜂蜜、「ばんけい峠のワイナリー蜂蜜計画」

http://keico.exblog.jp/5626037/
2007.05.22火曜日 晴れ
想い飛ぶリラの花咲く巴里のころMemoires du Voyage-Paris

http://keico.exblog.jp/14149612/
2011年12月9日 金曜日
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ー世界遺産

http://keico.exblog.jp/19956599/2014年6月30日 月曜日
1996年パリと1999年12月の前世紀のアパルトマン




by pretty-bacchus | 2014-10-31 23:59 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(2)