2017年 10月 02日 ( 1 )

暑い一日の終わりに半世紀の旅の事故の記録に酔っている。
2017年10月2日 月曜日 晴れ 暑い一日

 十月の朝に青い朝顔が一輪花開いていた。
愛おしくてしばらくながめ立ちつくした。
遅い季節の朝顔は午後まで咲き続けるのだろうか、、、暑い一日だったのに午後遅くまで蕾むことはなかった。けなげに最後の命をながらえていたのだろう。

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 LAXに向かっていたエールフランス機の機体の外部に数十センチの破損がでて、
カナダの軍用基地に緊急着陸したというニュースがあった。
このところ大惨事にはいたらないが航空機の事故が続いていて心安まらない日がつづいている。
現代の飛行機は構造上では絶対に落ちないといわれてから久しいが、それでも心配になってしまう。

先だってバードストライクと報じられた機は、実はエンジン内のパーツに問題があったし、
また数日前は他のニュースで大きくならずにかき消されたが、エンジンのパーツが落下したと報じられた。
<ハドソン川の奇蹟>は、Captain Sullenberger サレンバーガー機長でなかったら、
もっと大きな事故になっていただろう。

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2009年1月16日 金曜日
米旅客機がハドソン川に不時着水 乗客乗員155人無事に感涙
その機長がその功績を疑われて被告になったという実話を描いた名匠クリント・イーストウッド監督の
「ハドソン川の奇跡」は実におもしろかった。

http://keico.exblog.jp/23348631/
2016年11月6日 日曜日 晴れ 映画
名匠クリント・イーストウッド監督の「ハドソン川の奇跡」を観た

 国を超えた旅には飛行機はマストだから、昔のような大きな事故が起こらなくなってほっとしていたが、
今はどこの国へでかけるにもテロの恐怖がついてまわる。
昔から仕事での一人旅が多かったから、常に注意をしているが、先週はマルセイユの駅の階段で、
後ろから羽交い締めにあって首を切られたということで、もうそうなっては後ろに眼がなくては防ぎようもない。
後ろが見える眼鏡を開発したらきっと旅のマストになるかもしれない!

 それにしても最初の海外への旅から五十年、半世紀がたったのだ。
今考えるとその間には多くの事故に巻き込まれている。
アラブゲリラが爆弾をしかけた機にのっていて不発に終わったり、右エンジンが燃えて炎となって、
アンカレッジ近くの軍用飛行場に不時着、またカナダで出は何度もの離陸で不調で72時間空港の缶詰。
テルアビブでは足が出ず緊急着陸&待避、、、、、まだまだある。

今こうして生きているのがほんとうに不思議でならない。
生かされているに違いないと思い、凛と背を伸ばすが、最近はだんだん丸くなってきてしまっている感じ?
 
 いけない、いけない。
暑い一日の終わりに半世紀の旅の記録に酔っている。


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2010年4月16日 金曜日 曇り時々雨、みぞれで寒い
残る花散るを忘るるみぞれかな(飛行機事故の記憶)

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2010年6月25日(金) 続き
小さな旅は、人生の旅のほんの一時なのかもしれない

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2012年12月14日 金曜日 晴れ
二十世紀の巴里への旅を追憶して

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2013年1月16日 水曜日 曇のち晴れ
ボーイング787の事故と半世紀弱の旅の思い出
このブログには、半世紀前からの飛行機の歴史を書いている

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2011年12月4日 日曜日のブログへ
☆ Memoires du Voyage ~なつかしの羽田空港から巴里へ出発

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エールフランスのパリ>東京路線一番機が羽田空港に到着したのは1952年11月26日という記録があり、
(私はまだ小学生だった)ボーイング707が南回りで経由でパリへと飛んだのは1961年で、
東京 - 香港 - バンコク - カルカッタ - カラチ - クウェート - カイロ - ローマ - フランクフルト -
パリという南回りのエールフランス便だった。
その頃は飛行機は限られた人たちの旅への手段だったのだ。
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1960年には、北回り便(北極圏飛行ルート)に、B707ジェット機が就航。<br>
所要時間はさらに短縮されて18時間になった。
その後大阪万博の年の1970年1月には、東京-パリ間にモスクワ経由のシベリア線が開設されて、
所要時間14時間30分となった。

 1972年4月には、ボーイング747が東京-パリ間に就航し、いよいよ大量輸送時代が始まり、
日本からのグループがパリを訪れるようになり始めたのだった。
東京-パリ間にノンストップ便就航したのは1986年。所要時間12時間と短縮されて現在にいたっている。

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平成24年1月4日(水) 晴
前世紀のエールフランスの食器と天馬

http://keico.exblog.jp/14105309/
詳しくは2011年12月4日 日曜日のブログに
☆ Memoires du Voyage ~なつかしの羽田空港から巴里へ出発

http://keico.exblog.jp/23765857/
2017年3月31日 金曜日 晴れ後曇りのち雨
三月のローマではヴィーニャローラ、初めてのお料理に感激

まだまだブログの中には記録が残っている。


by pretty-bacchus | 2017-10-02 23:58 | ♪JourneyAbroad海外旅の思い | Trackback | Comments(0)