2011年 12月 14日 ( 3 )

今日の巴里 14 December 2011 Paris
2011年12月14日 水曜日 曇り
a0031363_21252852.gif
 a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
14 December 2011 Paris
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


 今日はサンテグジュペリ伯爵とはお昼のお約束。
いつも電話やメールでお話しているから、そんなに長い間お目にかかってないとは思えないような気がする。
3:11のあとも、友人の会でのチャリティーオークションに、彼の造るシャトー・ドゥ・ティルガンのワインを
提供してくださって、自筆の励まし文を送ってくださったりしてくださっていて、、、。

http://keico.exblog.jp/12319598/
2011年3月24日 木曜日
のブログへ

地震へのチャリティオークションーディナーとフランス

 彼の日本への最初の旅は、私の写真展の最終日の<日仏交流の夕べ>への招待に応じてくださったのだった。
http://keico.exblog.jp/1586550
2005.01.25
のブログへクリック

満月に フランスより着きし 王子様

http://keico.exblog.jp/1596968
2005.01.29のブログへクリック
空元気の麗人と いわれて、、、

http://keico.exblog.jp/1621298
2005.02.02 サンテグジュペリ伯爵、京都で最期の日へのブログへ
雪の金閣寺と竜安寺石庭

2005.02.02 サンテグジュペリ伯爵、京都で最期の日

English Here

京都に住む友もこんな金閣寺ははじめてという素晴らしさ!
a0031363_4123544.jpg

 竜安寺では、15あるといわれる石が雪でみえない石庭。
廊下に座り、しばしメディテーションにふけるサンテグジュペリ氏。
お連れして良かった!
a0031363_555722.jpg

石庭への階段
a0031363_16421484.jpg
(Comte François-Xavier de Saint-Exupéry a Kyoto 02 Feb.2005)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

この写真展は、右サイドバーの<
PhotoExpo写真展東京奈良Jan0>に
http://keico.exblog.jp/i20
PhotoExpo写真展東京奈良Jan0 ( 52 )

http://keico.exblog.jp/2473245
2005.10.25 パリにて、のブログへ
久しぶりのランブロワジー

〜〜〜〜〜〜

 彼が自然農法と有機栽培で造るChateau de Tiregandのワインと農産物のページは
http://www.chateau-de-tiregand.com/
シャトー・ドゥ・ティルガン

このcontactの欄には現地の人々に加えて六カ国のインポーターの名前があり、日本はわたしなのだが、
年間わずか数十ケースしか入らないので、これまた十数人の熱狂的なお客様だけの口に入ることになってしまう。

 1912年まではボルドー右岸の原産地アペラシオンだったので、味は優しくまろかだで美味だが、
今のベルジュラックの原産地呼称で、値段は高値のボルドーの半値でリーズナブルなのだ。

 昨日の体調の悪さが続いたままにお昼過ぎにホテルをでた。
お招きを受けたのはサンラザール駅から少し西に入ったお店だった。
アンドレさんというお店のオーナーが大きな腕で迎えてくださった。

a0031363_1818274.jpg



(続く、、、)



~~~~~~~~
a0031363_18185737.jpg
(14 December 2011 Paris,
Gare Saint-Lazare)

(パリの六つの大きな主要ターミナル駅の一つのガール・サン=ラザール サンラザール駅は、ノルマンディー地方へ向かう特急列車(コライユ・アンテルシテ Corail Intercités)が発着している。
その他ヴェルサイユ、ナンテールなどへの近郊列車も。

クロード・モネの絵や、あの水をまたぐ写真でも有名になっている。

a0031363_18201341.jpg
 (駅の近くのトレンチコネクションというトレンチコートのお店がある
a0031363_18204891.jpg

a0031363_18211422.jpg (アランドロンやリノバンチェラ、そしてかのアメリカ人刑事もきていたコートのようだ)


a0031363_23525476.jpg



そしてホテルへ帰る細い道で事件は起きた(いや起きそうになった)>>別項で。

a0031363_18221747.jpg




~~~~~~

(今日の歩数;6465)
by pretty-bacchus | 2011-12-14 23:59 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback(15) | Comments(10)

☆回想のわが巴里の街1980~1990 〜オルセー美術館
2011年12月14日 水曜日 雨のち晴れ
a0031363_21252852.gif
☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage Paris〜オルセー美術館 Musée d'Orsay:

 フランスでの旅の思いでが走馬燈のように走る、、、
モンサンミッシェルへの日帰りの車の旅、ロワールのフランソワ一世のシュノンソー城、、、、、、
ヘリコプターから落ちそうになって撮ったヴォルヴィックの水源、
ムートンロッチルドの図書室でのディナー、マルセリーヌのプライベートジェットで通ったサンテミリオン、、、、、
ボルドーのオペラハウスの椿姫と、その後のギャラディナー、アランジュペ氏の顔が浮かぶ、、、
ブルゴーニュの幻の葡萄畑、シュバリエを受けた時の宣誓言はなんだったかな、、、
覚えていたはずなのに、出てこない、、、

 柳沢さん達と初めて超えたピレネー山脈とサンジャンピエドゥポールの街、
サンチャゴデコンポステーラへの道のレオンの聖堂、、、、、
パリでなくなった朝日放送の原さんのこと、
、、、ベットの上でうなるように頭が回っている、、、

 そうだ〜〜〜、二十代の駐在員の頃は、泣きながらシャンゼリゼのオフィスに通ったこともあったっけ、、、
あの時いつも見守ってくれたムッシュはいまどうしているかしら、、、、

 1980年代は、世界的な動きが加速する中、戦後日本経済は80年代後半におけるバブル経済によって
絶頂期を迎えた10年間だった。
私の人生も、ある意味絶頂期の前触れだったかもしれないが、その反面青天の霹靂での最悪の事態も起きた時期だった。

 6年間のメリディアンチェーン代表としての仕事のすぐあとに手術をした。
その87年に、知人のある大きな事件に巻き込まれたのだった。
親しくしていたご家族Fさんの奥様とお嬢様を案内して何度か一緒にヨーロッパの旅をしたことが、
当時の検察には不自然とうつったようで、その上六年間の代表としての間に何十回も海外に仕事で飛び回っていた
日本女性に対する男性たちのある種の興味も含めてと思われる、突然のそれもとてもいやな事態となったが、
友人の弁護士さん達にたすけられて疑いは晴れた。
また、何年もしてからわかったのだが、事件を調べた関係者の中に母のお茶のお弟子さんのご主人がいらして、
その方が〝ケイコチャンは絶対に悪いことはしないと、何度も話してくれたとのことだった。
その方とは今は親しくおつきあいがつづいている。

すねに傷がない潔白なわたしは、常に毅然たる態度で接していたし、それどころか、ある検事さんの暗黙の依頼で、
彼の音信不通になっていた家族をパリで訪ね探すというとてつもないことなどもあって、
この事だけでも当時の日本経済と一女性の深層小説が一冊書けてしまうような様相と経験であった。
(パリはそれほど遠い都だったわけで、男性検事たちにとってもあこがれだったのだろう。)
その時の担当の検事さんの一人とは今でも交流があるのも人生の味わいであるだろう。

 その辛さを補ってくれたのは、やはり巴里!
巴里の自然と美術館とレストランであり、ワインの造り手との出会いだった。
90年代の人生を彩るフランスの貴族階級や政財界の方々やアート部門の方々と親しくおつきあいをはじめたのも、この頃だった。
人生は一度しかない、、、それならば、いただいたご縁を遠慮することなく謳歌するのもいいではないか
と思い始めたのだ。
会社人間の間は、その枠をはずしことはいけないという時代だったから、あまり人間関係を広げなかったが、
87年に辞めてからは、自然と大きなご縁が生まれはじめ、素直にその社会に溶け込んでいった。

89年には、ラ・ベル・バカントという、フランス女性のハイソなサークルのただ一人の日本女性として
加わることになった。
この会は仕事をしている中年女性がアートと食とワインを楽しみながら一緒に美しく年をとろうというようなコンセプトで、
三ヶ月に一度三つ星レストランでのランチオン、一年に一度のアウティング、などか企画された。
二十数人の女性の内には、シャンパンメーカーのオーナー夫人、ムートンのフィリピーヌ・ドゥ・ロッチルド、
プランタンなどのオーナー夫人(その数年後にシャトーラトゥールを買収したピノ−夫人)、
フランス女性最初のノテール&弁護士、シャトーカデボンのガンス夫妻、大会社の広報担当官など、
蒼々たる女性の会であった。
彼らとのその後十数年のおつきあいは、いままでの私の世界観も芸術感も大きく変えていったのだった。

a0031363_3435841.jpg
(Mar 1996 Bordeau Opera House Gala Dinner, アランジュペ首相、
バロネス・フィリピーヌ・ド・ロートシルト、マダムマルセリーヌガンス、そして私!)
a0031363_3464774.jpg
(June 1996 Les Belles Bacchante のアウティングでオランダへフェルメール展を観に!)

>>>☆回想のわが巴里の街1990~2000、に続く、、、、、。

 オルセー美術館は1986年に開館していた。
オルセー美術館 (Musée d'Orsay) は、19世紀美術専門の美術館で、印象派の画家の作品が数多く収蔵されている。
オルセー美術館の建物はもともと1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって
建設された
オルセー駅の鉄道駅舎兼ホテルであった。
美術館の中央ホールは、地下ホームの吹き抜け構造をそのまま活用されていて壮大で、
建物内部には鉄道駅であった面影が随所に残っている。

旧印象派美術館(ジュ・ド・ポーム)の収蔵品は、すべてオルセーに引き継がれて、
ノスタルジックな思いの中で印象派の絵画を鑑賞できるようになっていた。

 パリ市内の主要美術館は、それぞれのコレクション年代毎に役目が分けられている。
ルーヴル美術館は、古代から1848年までの作品が主要コレクション。
古代美術からのルーヴル以降の、1848年から第一次世界大戦の始まる1914年までの作品を展示する
オルセーはフランス近代美術の殿堂。

後期印象派やオリエンタリスムなどはもちろんのこと、二階のアールヌーヴォーのガレ、マジョレル、
ガウディの家具や 
ナンシー派のガラス工芸品は、その頃の私を魅了して、コレクション熱につながっていった。

印象派以後の時代の作品はボーブールにあるポンピドゥセンター。
ここでは、二十世紀の絵画と彫刻のコレクションを主として、フォーヴィズム、キュビズム、
シュールレアリズム、
アメリカ抽象表現主義などを揃えていての総合芸術文化施設。

 冬のセーヌは暗く寒いが、遠くからこの美術館の光が見えてくるとなぜかほっとするのだ。
ルーブルとは違った美術館の安らぎがあるのもこの美術館なのだ。

a0031363_10544069.jpg


a0031363_1055579.jpg
(14 December 2011 Paris、La Seine 対岸の建物の灯火がともり始める頃に、セーヌをゆく船の灯火もつく、、、) 

a0031363_1054529.jpg
(14 December 2011 Paris、Pont des Arts sur La Seine ) 


〜〜〜〜〜〜〜〜〜
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
14 December 2011 Paris
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>http://keico.exblog.jp/14176547
そして今日の巴里 2011年12月14日
a0031363_213449100.jpg (バスに乗って、、、、)

a0031363_21355444.jpg



~~~~~~~~~

後日バスの中からのスナップ:
a0031363_4325063.jpg
 (18 December 2011Paris, Musée d'Orsay:
De la fenêtre de voiture de l'autobus 42)

More>>1980年代後半からの旅の思い出いろいろ
by pretty-bacchus | 2011-12-14 23:56 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(2)

今日の巴里 14 December 2011 Paris
2011年14月12日 火曜日 
a0031363_21252852.gif
a0031363_17938.jpg
そして今日の巴里、
14 December 2011 Paris

 フォションのお昼のオムレツ追加。
http://keico.exblog.jp/14162469/2011.12.12のブログ
by pretty-bacchus | 2011-12-14 17:48 | ♧Journey海外2011PARパリ | Trackback | Comments(0)