☆回想のわが巴里>凱旋門に励まされての遠いパリの日々
2009年11月1日 日曜日 曇り
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 ジョルジュサンクのメトロを降りて緩い坂を見上げると眼前に凱旋門が威容を誇っている。
凱旋門 Arc de triomphe、言わずとしれた巴里の中心。 (そしてレマルクの凱旋門!)

 ピアニスト落合桜さんのブログ「パリの風」によると
http://blog.livedoor.jp/lasalledeconcert/
桜さんの10月11日のブログ
quote:〜〜〜〜〜〜〜
<古代ギリシャ・ローマ風のものに傾倒してナポレオンが命を出した凱旋門もやはり古代ローマ風建築・・・
パリ凱旋門の建築家ジャン・フランソワ・シャルグランは、ローマ皇帝ティトゥスの凱旋門をイメージしました。
(イタリア、フォロ・ロマーノの凱旋門もいつか訪問記に記しましょうね)
世界一大きな凱旋門ですが、広い広いエトワール広場ではなんだか大きさの感覚が狂って小ぶりに見えますね。
実際には高さ50m 幅45m アーチ曲面29m シャトー・ランドン産の石組み重量10万トンです。

ナポレオン自身の遺骸が帰還した場所。その後も様々な大儀式の場所になりました。
第一次大戦勝利パレードも此処を通りました。ガブリエル・ペリのお話の舞台になったドイツ軍占領の後、
パリ開放パレードも凱旋門です。
今の形にエトワール広場を整備したのはジョルジュ・オースマンですネ! >
unquote:〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜

 五〇メートルの凱旋門、
ジョルジュサンクのメトロを降りてのほんの数分を、私はこの高い凱旋門をじっとみながら、
目にはいっぱい涙をためて、ぐっと拳を握りしめて、、、何ヶ月もの間通い続けました。
シャンゼリゼ大通り、凱旋門から三つほど手前左側の三色旗のはためく社員通用口から入ると、
まずお手洗いに飛び込んで、涙の顔をきれいにして、笑顔をつくって自分の席につく毎日、、、、。
シャンゼリゼ121番地のエールフランスの二階奥のお客様特別カウンター、そこがオルリー空港のあとの私の
“あこがれのパリ”のはずの職場だったのです。

すでにパリの生活には慣れていましたのに、今で言うパワハラ(パワーハラスメント)にあっていたのでした。
涙無くして通えるようになったのは、あの偉大な凱旋門が、
“頑張れ、がんばれ、、負けるなケイコ、って毎日毎日慰めてくれたからなのです。
空を見上げてぐっと力をこめて、あるときは雨傘ごしに凱旋門をあおぎ、くるくる日も凱旋門とお話をしていました。
(その凱旋門の上にのぼって撮った写真が、往時の西銀座デパートのショーウィンドー一杯のパリの写真展の
メインになったのですから人生とは不思議なものですね、、、)

 制服は当時のパリファッション界の寵児のクリスチャンディオールの特別製。
一人一人がヴァンドーム広場近くのアトリエで仮縫いをしてくれたのですから、
なんという贅沢なユニフォームだったことでしょう。
空港では帽子もかぶらなければなりませんでしたが、シャンゼリゼのオフィスでは脇においていました。

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(数週間前にHさんが送ってくださった写真です。空港で撮ったのでしょうか、、、、
クリスチャンディオールの制服は、中の白いブラウスの襟前は長方形のリボンで、濃紺の襟ぐりが広いラウンドの襟から
それが見え隠れするのです。袖も洒落ていました。
そして胸には小さなエールフランスのマークの入った記章。
このユニフォームを着たくて試験を何度も受けた人が多かったそうです。


 デザイナーであった叔母が、学生の頃につくってくれた緑のアンサンブルに似ていて驚いたのを覚えています。
デザインブックか何かで見たのかもしれません、、、洒落た叔母でしたから、、、)

 http://keico.exblog.jp/2808550
2005.12.09叔母の長男の千代倉邦彦が亡くなって

http://keico.exblog.jp/3277129/
2006年3月2日

http://keico.exblog.jp/5538540
2007.05.05 母の誕生日、ままありがとう!



 このカウンターでは、みぎれいにしていることもとても必要といわれて、
一週間に一度だけ、お昼休みをかけて近くの美容院で髪とマニュキュアをしてもらいました。
大学の卒業式まで化粧っ気なしの私でしたから、パリでの生活は一つ一つが驚きでした、、、
そう何もかもです、、、。

 三十数年前の二十代の頃の、遠いとおい昔の思い出です。
はじめてあかす私の秘密です。

http://www.youtube.com/watch?v=TzCjwjERoxo
城達也のJET STREAM
 今夜は、城達也のJET STREAMを聞きながら、いや今の時代ですからYou Tubeでみながら、
人生の旅のひとときを思い返しています。
“果てしのない夢の旅の終わりは、あなたの新しい旅の始まりです。ジェットストリーム あなたと私の夢の旅”

 私の人生の旅ももう少しつづきそうです、、、、夢見る乙女が夢見るオバンになっても、まだ果てしなく、、、、



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 マックの検索機能Spotlightスポットライトは素晴らしい!
凱旋門と入れたら、
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と出てきました。
いずれも走る車の中からのスナップです。

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(冬でもこんなの空が青いこともある! 
パリにも、至る所青山有り、、、ちょっと意味がちがいますね、、、)


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そして2008.12.21のクリスマスイリュミネーションの凱旋門。
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  (遥かにかすむ凱旋門、シャンゼリゼ通りを横切るときに、窓越しにカシャっと)





フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
エトワール凱旋門
歴史 [編集]

エトワール凱旋門は、前年のアウステルリッツの戦いに勝利した記念に1806年、
ナポレオン・ボナパルトの命によって建設が始まった。ルイ・フィリップの復古王政時代、1836年に完成した。
ナポレオンは凱旋門が完成する前に既に死去しており、彼がこの門をくぐったのは1840年にパリに改葬された時であった。
古代ローマの凱旋門に範を取ったもので、新古典主義の代表作の一つ。
エトワール凱旋門の下には、第一次世界大戦で戦死した無名兵士の墓が納められている。
第二次世界大戦ではナチス・ドイツのパリ占領に際してナチス・ドイツ国旗が掲げられ、
ヒトラーが戦車で凱旋した。
by pretty-bacchus | 2009-11-01 23:59 | ☆Life in Paris巴里に暮らし | Trackback | Comments(22)
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Commented at 2009-11-02 05:16 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by かのこ at 2009-11-02 10:45 x
素敵です!! 
パリでのたくさんの思い出も、ディオールの制服を着たケイコ様も♪
読んでいるだけでワクワクします。。。
当時、女性が単身パリに渡って仕事をするというのは
いったい、どれほどの事だったか?!と・・・
私には想像もつかないほどなのでしょうが
とにかく、想像もつかないくらい大変な事だったのだろうと思います
その時代があったから今がある・・・という事なのですね
たくさんの思い出と共に素敵なお写真もたくさんあるんですね
凱旋門の写真、私も探してみま~す
Commented by scottts at 2009-11-02 16:07
読む前に写真を見て、pretty-bacchusさんはお知り合いが多岐に渡っているので
どこかのアクトレスの方かと思いました。 夢は次から次へといくらでも湧いてきますよね。
Commented by 百恵 at 2009-11-02 19:40 x
敬子さん...素敵...☆
キュートな中に知的さと、
今で言うところの「小悪魔風」なキャラが感じられます。
Commented by daydreamerMS at 2009-11-02 22:07
あ~ もっとたくさんお話聞きたいです。 私が会社に入った13年ぐらい前と比べても、時代はだいぶ変わりました。当時は大学院卒の女性はまだまだすくなく、会社の同期450人の中で女性は約1割で、院卒の女性は三人しかいませんでした。でも、今は四人に一人が女性で、院卒の女性もも何十人もいるそうです。 三十年前はほんとに想像がつかないご苦労があったかと思います。 
そんな中、美しさを磨きながら一人気強くそして気高く働かれていたケイコさん。 心から リスペクトです!
Commented by 四谷おやじ at 2009-11-03 00:19 x
本当にかわいいですね。よく帰国できましたね。今こんなにかわいい人は
いませんね。これからもますます磨きをかけがんばつてください。
Commented by 麹町パパ at 2009-11-03 00:23 x
こんなにかわいかったんだ。今もかわいいよ。またパリへいきましょう。
Commented by NK at 2009-11-03 06:52 x
これを繰り返し繰り返し読ませていただいて、もうどうしようもなく、自分の凱旋門をアップしたくなりました。今から、蔵出しします。
ボクのは、2005/12/31 大晦日です。横断歩道を渡りながらのカシャでした。(@^^)/~~~
Commented by Roberto at 2009-11-03 11:28 x
先日の部屋に飾ってあった写真もそうですが、、、
とっても綺麗ですね、、、
目に気品と力強さがあって素敵な方だと思いました。
Commented by mokonotabibito at 2009-11-03 12:22
可愛くて知的な嬢さんという感じですね。
美人ですねえ・・・
パリは私も大好きな街なので、とても感激しました。
パリでこんな素敵な人に出会っていたら・・・・最高でしょうね、、、
Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:15
鍵コメさん、どうぞいつまでもブログをつづけてくださいね、、毎日拝見しているのですから、、

Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:16

かのこさん、いつもありがとうございます。
当時女性が単身パリに渡って仕事をするというのはほんとうに大変な時期だったと思います。
でも人生の最高の挑戦でした。若いからできたことなのだと思います。


Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:17
scotttsさん、ほほほ、、、一応お褒めいただいたとおもっておきますね、、、

Commented by rachel at 2009-11-03 15:19 x
ちょっと小悪魔的な魅力を放つのに、気品も漂っていて素敵なお写真ですね。とにもかくにも、この写真を撮影した方は余程被写体に恋焦がれていたように感じるのは私だけでしょうか?すごく、愛があると思ってしまいました。
Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:19
百恵さん、「小悪魔風」ですか〜〜?なるほど、この時は撮ってくださっている方に悪戯っぽい視線を送ったのかもしれませんね、、、

Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:25
daydreamerMSさん、ありがとうございます。
いつの時代もどの職場でも、女性は沢山の苦労をしょいながら仕事をするのかもしれませんね。<一人気強くそして気高く>そして優しく生きてこられたことに感謝をしています。
いつもおいでいただきありがとうございます。そしていろいろわかっていただける今活躍なさっていらっしゃる貴女に感謝です!
Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:27
四谷のおやじさん、あらあらお褒めいただきアリガトウございます。私は日本人ですし日本が好きでしたから、、、

Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:28
麹町パパって、先生のことかしら? お元気でいらっしゃいますか、、、先生のお供したパリの数日もすてきでしたね、、、ランブロワジー美味しかったです!

Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:31
NK先生、先生の凱旋門拝見いたしました。素敵な写真ですね、2005/12/31の大晦日ですか、その一月ほど前に私は巴里にいました。ニアミスですね〜〜。先生も横断歩道を渡りながらのカシャでしたのですね、、

Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:33
Roberto さん、おいでいただきありがとうございます。
今朝の貴方のブログの冠雪の剣岳は最高でした!

Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 15:35
mokonotabibito さん、こんにちは、
最近は若い頃のことがいろいろと思い出されています。
それだけ年をとったということでしょうね、、

Commented by pretty-bacchus at 2009-11-03 16:33
rachelさん、初めておいでくださいましたね、ありがとうございます。
なるほど、恋多き貴女はさすが洞察力が凄いですね〜〜! もう何十面も前のことですから良く覚えていないのですが、、、、はい。

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