大正生まれの男性二人に魅了されて
2009年9月4日 金曜日 晴れ後曇り、夜半に少し小雨

 長い一日だった。
毎年、毎月、いや毎日何がおこるかわからないのが人生なのだろうが、悲喜こもごものアップ&ダウンは、
歳を重ねると共にその幅は大きくなるような気がする。
それに反比例してその振幅を感じる心の準備量が、だんだん減ってきているのだろう、
それが疲労感につながることがあるのだろう。
その反面、おもわぬ歓びに感動することもある。
その感動は、むしろ若い頃よりも幅が大きいかもしれない、、、。

 午前中をいっぱいいっぱい仕事をして、2時に帝国ホテルの別館の四階にあるドミニックフランスのティーサロン
カフェドミニックでS氏に久しぶりにお目にかかった。

 一線を退く、とおっしゃって、空気の良い高原都市に移られてもう何年にもなるのだが、年に数回、
東京、大阪、京都、福岡とご自分の会社の事務所やお店を回られる。
そのパワーはどうみても86歳の高齢者とは思えず、その頭脳もエスプリも若者なみでいつも驚かされている。
西洋美術やヨーロッパ文化のわたしの師であり、あるいは苦労を背負いながらも、
粋に優雅に人生を過ごすことの大切さを教えて下さった方であり、そしてまだまだ良き話し相手の御仁。
20以上も歳の違いがあって、父親のような方なのに、少しだけ年上の友人と思ってしまう不思議な方。

初めてお目にかかったのは40年も前のパリで、まだ私は細く若かった。
“あのころは若くて可愛かったけど、今はもうおばんであかんな、、、、、”って、おっしゃりながらも、
東京に出ていらしたときには、年に一度くらいは食事にご招待下さる。

 昨日東京に着かれてホテルオークラにチェックインしてすぐにお電話をいただいた。
“アス、ヒルに時間があるかね、、、14時にドミニックのサロンでええか、、、”
この方のご意向は、何十年も前から常に最優先していたので、もちろん喜んで出かけた。
いくつかお話ししておきたいこともあるので、昨日のうちにプリントとかしておいて、
私製のSさん用の(私の手創りの)封筒にいれた。

a0031363_6115644.jpg    マイセンサロン改め、
カフェドミニックとなった
ティールームは、
少し雰囲気が変わっていたが、
サンドイッチもお紅茶も美味しい!
隠れ家的な静かなティールームなので
中年の方のお客様のリピーターが
増えているという。



“お久しぶりでございます。お元気そうで、、、” と深々と頭を下げながら、わたしは考えていた。
一年に一度しかお目にかかれないなら、あと10回くらいしたお目にかかれないのかしら、、、と。

 Sさんは数日前から、耳がぼわ〜として、ときどき金属音で聞こえるということで、、、、
いろいろのお話しでひとときが過ぎて、席を立たれたときに、グラッとゆれて壁に手をついた。
大丈夫かな、、、お店の方がついてくださって戻られたが、何だかへん、、、耳はもっとおかしいようで、
ふらふらする、とおっしゃる、、
これは普通ではない、、、
東京にはご家族はいらっしゃらないので、ともかくすぐにT先生に電話で聞いてみた。
数年前にお世話になっている先生なので、事情はわかったのだろう、、、
急いで見てもらった方が良いとのこと、、
そのうえ来週飛行機に乗るのならその前に絶対に、と。
T先生は奥様が耳鼻科の教授、でも携帯がつながらないとのことで、そんな間に半時がたってしまった。

こんなときにだって救急車などといったら絶対に嫌だとおっしゃるに違いない方だから、、、、、、
あとは、え〜と、ともかく連れ合いに電話をして、知り合いの先生連絡網を聞いて、
最近Oさんがお世話になったという名医Y先生へ連絡がついた。ここまで十数分。
国立医療センターを最近お辞めになって、永福で診療所をしていらっしゃるとのこと。
でも今日は5時半にお終しまい。高速がすいていて5時少し前に着けた、よかった。

 耳鼻科は私も経験がない。
ご一緒にお願いしますと、いうことで、そ〜と入って一緒に様子をうかがっていた。
いろいろの検査が続いた。
飛行機にのってよいかどうかを調べる器具もあって、餅は餅屋だなって、いたく感心、、、、、。
やがて、、、、大事がないということでホッと一息。
そうわかったら、Sさんはいつものようにお元気なられて、ほ〜〜〜!

 少し混み出した週末の高速道路を走って、銀座七丁目に着いたのは6時少し過ぎ。
S氏は、今夜はモトヤマさんとお食事と聞いていた。
“ちょっと挨拶だけしていくか、、、、とおっしゃっていただき、ブティックの脇のビルから
エレヴェーターで二階へ。
応接室でご挨拶なさって、お二人は向かい合った。
“おくれてすまん、、、”
“なにかあったんかね、、、”
二人は話し始めて、そして大事ではなかったことがわかって、お二人ともほっとしている様子に
ステキな友人関係がすぐわかる。

長いあいだの親しいお付き合いのことは、Sさんからいつもうかがっていた。
かたや86歳、モトヤマさんは88歳。
その色つや豊かな長老二人は、昔と全然変わらない張りのある声で話されている。
黒いジャケットに薄いピンクのシャツ、胸ポケットからは濃いピンクのハンカチーフがのぞき、
靴下は同じピンク色、靴はもちろん黒。
おしゃれな眼鏡をかけてらっしゃる。
う〜〜Nn、すごい! 相変わらずのダンディーぶりだ。さすが!

 あらためて?紹介いただいたあとに、わたしはおずおずと、
“お久しぶりでございます。
1970年にパリでお目にかからせていただいております、、、、。
オルリー空港の到着フロアーで、荷物をポーターに預けられて、カーキ色と茶色のの美しいファーコートを
さ〜と羽織って出ていらっしゃいました、、、
“お〜、そうか、あの時あってるのか、あのウルフのコートはまだあるよ、、、なつかしいね〜〜、、、”
なんという記憶力!

 そんなわけで、ご挨拶だけでおいとまするはずだったが、
お二人のお食事にご一緒させていただくことになってしまった。
銀座七丁目から少しだけ車で走って着いたのは八丁目の竹葉亭本店の奥のお座敷。
(大正13年に建てられたままの姿を現在も残している名店として、味と共に知られている鰻料理のお店。
ミシュランでも☆に輝いている)<<<moreに

 茂登山長市郎、88歳、
(1921年日本橋生まれ。グッチやエルメスなど世界の高級ファッションブランドを日本に広めた。
いわずとしれた株式会社サンモトヤマの代表取締役会長である)
戦争中は死線を彷徨い、四人に三人が死んでいった軍隊で死をまぬがれて戦友達の骨を持ち帰った人。
戦後荒廃した日本の有楽町での闇市状態だった頃に、三信ビルの中に小さなお店をもち、
その後めきめきと頭角をあらわした。
西洋の美しいファッション製品を日本に紹介し、アルド・グッチの信頼を得たグッチや、その後エルメスを
日本にいれた生粋の江戸っ子商人。
エトロの創案者などなど美しい品々を扱って、海外にも飛躍した方だ。
いやまだまだ現在形なのだ。「文化を売る。美しいものを売る」を貫いている人といわれている。

去年、産経新聞で幸田真音さんが書いた『舶来屋』の主人公となって登場したカリスマ日本男性。
『舶来屋』は先月単行本として出版されて、お送りいただいて一晩で夢中で読んでしまった本。
(moreに少し、、)
お目にかかってお話しをうかがいたい、と思っていた方が目の前に座ってらっしゃる。

 片や、西洋の美術品やマイセン、サンルイ、ロイヤルコペンハーゲンなど名だたる名陶器を早くに見いだし、
日本に輸入なさった美術貿易商の吹田貿易の御大の吹田安雄氏。
この二人を抜きにしては、戦後のヨーロッパ><日本の美しいファッションや日用品は語れないに違いない
ウルトラ日本男児。
政界の騒ぎには一切かかわらずに、現在まで生きてこられているその姿は国宝物だろう。
お二人とも勲章とやらは受けているし、茂登山さんはイタリアからも叙勲なさっておられるが。

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 (お座敷にあがってすぐに、失礼してスナップをとらせていただいた)
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 (良いお顔をなさっている。88歳とはおもえない色つや!なんときれいな手!)

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  (写真はいやや、、、とSさん)

 そのお二人がなつかしそうに、珍しくも昔のことを語り始めた。
銀座に店を構える前から、西洋の美しい品々を求めて集まった日本の戦後に活躍なさった方々のことなど、
昭和27には岸恵子さんがパリに、34年には、大正五年神田のうまれの 高田由さんがパリへ、などなど
その年月と一緒に語っていく、、、
“彼女は開新堂のクッキーが好きでね、、、良く持っていったよ、、、
木村伊兵衛 、名取洋之助さんと旅をなさったこと、

アルド・グッチ亡き後、グッチファミリーに突然三行半をつきつけられた真相、
新しい蓮の繊維のお話し、そして今は5000メートルにしか生きていない動物の貴重な毛でおっている織物、
などなどご本人が自ら開発なさった、本に書かれていないことをいろいろお話しになられた。
そのすごい記憶力はなんとしたことか。
途中でハウオールドアーユウ、とつぶやいてしまった私。
お二人の55年のお付き合いの間には、山もあり谷もあったに違いないのに、この二人のすごいオトコは、
何事もなかったように、語り、また一瞬無言になり顔をみつめあう、すごい!

“今日はこうしてあえてよかったなあ、、、と何度も繰り返している、男の友情!
“昔をしってくれてる女性のあなたが今日はいてくれてよかったよ、、、
とおっしゃってくださって、なんとももったいない。

 歴史の彩り濃いお店としつらえの数々、器と女将の振るまい、そして鰻の絶品きも焼き、白焼き、蒲焼き、
きも吸、御飯、香の物、果物とつづいた絶品のお味に言葉も少なくなったわたし。
お供のお酒は日本酒。
鰻はなんと初めてというSさんだが、きも焼きの時に
“おいしいね〜〜これは古い赤ワインがあうやろな、、、けいこさん”
“そうか、うまいか、、”と嬉しそうにモトヤマさん。
白焼きの時には、モンラッシェがあうな、、、などとおっしゃりながら、
後はずっと今までのことをなつかしそうに話していらした。
その中には珠玉のヴォキャブラリーが沢山あって、
そのすごいお二人の会話の方が、もっともっとわたしにとっては美味しかったに違いない。

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  (この鰻のきものおいしさにSさんも舌を巻いた、、、
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  (白焼きのふわっとしっとりしたお味にう〜〜ん!)
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 (現女将はものごしのステキな方。モトヤマさんは先代の女将のころから通っていらっしゃるとのことで、


 一時間半はあっというまに過ぎて、ぼう然としているうちに、Sさんの宿までお送りくださって、
私はそこからタクシーで帰宅。
右手には、おみやげの鰻蒲焼きが入った袋をもたされて、“ご主人にな、、、”と。
遠来の友をもてなすときのこのホスピタリティーこそ、現代日本男児が忘れかけている
日本の美なのではないだろうか、、、と感銘を受けて、またぼう然!

何十年か前に、藤沢武夫氏から学んだことが、今もこうして厳然と受け継がれ、
いや存在していることに深い感銘を受けた一夜であった。<<< moreに


 忘れまいと一生懸命に頭にいれたその語録を少しだけ書いておきたい。
「人の悪口をいったりねたんだりひがんだりしない、それが何になるというのだ。
「人間のひらめきと感が大切なのだ。
「直感力が人間の財産なのだ、コンピューターとデータではない、
「人情と感、感情と勘定、
「縁と運をいかにいかせるか、偶然をつかめるか
「手を伸ばせばつかめるところにある運をつかめるかつかめないかは、その人の○△なのだ、、、

 本には書かれていなかった女性達のこともいろいろお聞きしたかったが、
“舞踏会の手帳のように訪ねてみたいがね、とだけ。

 「こあきんど」、と謙遜なさっての言葉の奥には、死線を越えて世界にはばたいた大正生まれの
男のロマンが一杯だった。

 ありがたいご縁に心よりの感謝を込めて、大切な事をたくさん学んだ長いながい一日だった。
雲一つない蒼い夜の空に満月が輝いていた。

"Le Quatorze Juillet"=マイ・バースデーイヴに、、、
2008年7月14日 火曜日


(http://www.asahi.com/fashion/article/TKY201010120136.html)




藤沢武夫さんのことを書いたブログ

http://keico.exblog.jp/3717874/
2006.06.10 土曜日

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2007年12月26日 水曜日 曇り

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2008年5月18日 日曜日 晴れ

http://keico.exblog.jp/7796724
2009年1月6日 火曜日
2009年の年の初めに思ったこと、藤沢さんのことなど

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(竹葉亭の歴史 『食は文化なり』
http://www.unagi-chikuyoutei.co.jp/history.html)
竹葉亭

竹葉亭をグーグルのストリートビューでみてみたら、
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http://ja.wikipedia.org/wiki/幸田真音
ディーラーの経験をもつ女性作家で『日本国債』『日銀券など、おもしろい経済小説を書いている。
『舶来屋』
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by pretty-bacchus | 2009-09-04 23:59 | ♥Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 婆美以 at 2009-09-07 01:05 x
本当に素敵なお二人と素晴らしいひと時を楽しまれて、こういう方々はお歳をとられても会う方にパワーを授けて下さいますね。陶磁器のように博物館に保存させて頂けたら~と常々感じます。
モトヤマさんは敷居が高くて若い頃ネクタイを一度買っただけ、関連店のおしゃれ雑貨のお店の方を専ら利用させて頂いていました。銀座が淋しかった時代にも「やはり銀座」でした。
関西でも船場辺りでは≪パナマ帽に白麻のスーツ、立派なネクタイ≫みたいな、思わず振り返ってお見送りしたくなるような紳士に、数年前まではお目に掛れました。
東西ともに、こういうダンディな店主さん方々が街の感性の土台を支えてらしたんでしょうね。≪平成の若旦那さんの粋≫もどこかで熟成されているのでしょうけれど…。

Commented by pretty-bacchus at 2009-09-07 04:45

婆美以さん、お早うございます。
≪平成の若旦那さんの粋≫にはなかなかお目にかかれませんね〜〜〜。
反して大正の旦那しゅうには本当に唖然としたステキな方がまだまだ沢山いらっしゃいますね。
パワーをいただきますが、こちらの体調によってはぐったり疲れてしまったりします。
わたしは、カルチャーショックに弱いようです、、、
Commented by jyoh33 at 2009-09-08 05:55
大切なお方の体の不調、何事もなく落ち着いてほっとしておりす。
数年前久しぶり会った友人が突然の発作、救急車を・・と聞くと、微かに大丈夫、ニトロ飲むのがが遅れたそうでした。
keikoさんのその時の心境窺えます。
90歳近いというのにその年齢全く感じないお方、その上頭脳も明晰とは驚きます。
素晴らしい友人と素敵なお店、幸せな時間のお裾分け、有難うございました。
Commented by pretty-bacchus at 2009-09-08 22:59
jyoh33さん、こんばんは。
御ブログはいつも拝見しています。

このお二人はまったく頭脳明晰で、驚くばかりです。
すごいパワーをいただきましたが、二十数年後の自分を考えると、妙に心がしんとしてしまいました。
自分を鍛えながら毎日を送るのは大変ですが、頑張りましょう、、、
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