突然ふりかかった事件には心優しくいどむことにしました
(2017年5月2日 火曜日 晴れ 

 借景の緑にいやさせて深呼吸!
借景のイヌシデもすっかり緑になりました。
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 午後は久しぶりにピンんとして出かけた。
濃い紫のCジャケットをきて、左胸にはパールの大きな葡萄のブローチ、でも履き物はハイヒールではなく
あえてあのウオーキングシューズ。
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 若い頃から百戦錬磨?!
いろいろの経験をしてきた。それもほとんどが女性一人で!
逆単身赴任でパリの駐在にでたことからして四十数年前には希有なことだったに違いない。
両親や友人は羽田空港国際線ターミナルの出発ロビーで万歳三唱!

 オルリー空港とシャンゼリゼの二階のカウンターでは、ずいぶんパワハラにもあった。パリでのエリーゼ宮やピエールカルダンのマキシムでのレセプション、そしてメリディアンチェーンのアジアパシフィック代表としての何十回の出張。
アブダビやクウェイトでのアラブの王様のレセプションにも、ぴしっとして<日本女性>をはってきた。
大使や経済界や駐在の方々を前に英語と日本語でスピーチをしたりもしたり、、、、。

エールフランス&メリディアンチェーンの仕事をやめてからはもっと羽ばたいた。
フランス社交界でのすてきな会にも沢山経験があるし、、、、
ワインの造り手の方々との沢山の友情にも恵まれた。エージェントの交渉もいくつもしてきた。

 何も恐れることはない、、、、いままでの経験があるではないか。
今までのいろいろな経験がなぜこんなにも鮮明に思い出されるのだろう?
それらをひとまとめにしたものよりもっと重い事ってあるだろうか、、、。
でも今のワタシがこの年齢で、一部上場会社へ仕事の交渉にいくのはちょっととまどっていた。
とても怖かったのだ。
でも同じくウィンタースポーツ用品の日本への開発&輸入で百戦錬磨の<社長>と一緒だから大丈夫!

 午後三時に高輪の会社を訪ねた。大きなきれいなビルの吹き抜けのエントランスには
二人の若い受付嬢!高いハイヒール!
四十年前に設立された大坂の会社は、今では大阪東京での一部上場会社となっている。
最初に突然メールが入ってからの三日の間に、造り手さんともいろいろ相談したが、
結論は今後も私につづけていって欲しいといわれて感涙。

でもそれだけでいいのだろうか、と考えていた。
五年先、十年先を考えて、造り手のことを考えて、そして日本の少し乱れている今のワイン業界のことを考えて、
今回のことを解決しなければいけないと強く思っていた。

 受付をとおり二階の会議室へ通された。責任者の男性とアシスタントの女性。
挨拶、名刺交換などのあとに、まず、なぜ急にこの造り手に興味をもったかをお訪ねした。
理由は驚くようなことだった。(ポカ〜〜〜ン!)

 いままでの私たちのことを話し始めた。これを避けては最後の結論には誘導できないような気がしていた。
それぞれの造り手のワインへの思いを日本の方に伝えながら、その文化的背景もいっしょに、
限られた数しか入らないので限られた方がただけへその楽しみを味わっていただいていくのは素敵なことで、
それが守られてきてきていた、とも。
でも今後は今の社会にあった取り組み方も可能なのかも知れない、とも。

 最初のメールでの上から目線とは違って、お二人はお話しのわかるチャントした方だった。
大きな会社には素晴らしいスタッフがいるのだなあ、、、と妙に納得。
だんだんうちとけてきて世間話もいろいろしてしまった。

いくつもの可能性を一緒に考えて、三社によい落としどころを見つけようと手さぐりしてみた。
最終的は取締役会にかけなければならないということで、こちらも造り手ともう一度話さねばならないし、
今までの愛好家さんとも弁護士さんとも話をしておきたいので、今日は退出。
晩春の夕陽がまだぎらぎらしていた。

 仕事はその会社の名前や大きさだけではなく、担当の方の誠実さにかかっていると言うことは明白。
その良い例を今日はみたような気がする。
(Kさんの、ケイコサン甘いですね〜〜〜という声が聞こえるようだが、、、!)

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 大通りの緑もでてきて、夜の月が天空に舞っていた。
もう少し続けていこうと決心したのは、母の一言だった。

“ケイコサン、今までの経験があるでしょう! 今やめてはいけないと思いますよ。
“仕事だけではなく日仏文化交流も沢山してきたでしょう、、、覚えていますよ、
日本文化をいくつもひっさげて一緒にニースで<第一回日本伝統文化週間>を成功させましたね

そうだ、あの時は、ギャラがあわないと突然超有名人がキャンセルしたあと、宙に浮いていたその催しを
母とお弟子さん達が助けてくれたのだ、もう三十六年も前のことを母はよく覚えていてくれた。
日本から、華道、茶道、日本舞踊、陶芸、押し絵羽子板、和装など伝統芸術の方々が自費で参加してくださり、
エーフランスジャパンとホテルメリディアンチェーンの共同での<第一回日本伝統文化週間>が
あの<ブルバール・デ・アングレ>とニースメリディアンで盛大に行われたのだ。

フランスでも取材を受けて、その後の文化交流に大きな影響をもたらしたと聞いている。
(そうだ最初のミーティングでは、当時ハリウッド女優と浮き名を流していたジャックメドゥサンニース市長と
長いこと話したのを突然思い出した〜〜〜〜)

私がメリディアンチェーンのアジアパシフィックシステム代表としての最初の大きな仕事だったかもしれない。
このあとアジア、中近東、アメリカとその後病に倒れるまでの六年間を一日もやすまず
日本と世界を駆け回ったのだった。

 九十七歳の母は強し! ありがとう、ママ!
まだ交渉は大変だろうが、もう少し頑張ろうと思えていた。

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2007.04.25 水曜日 雨
四半世紀 昨日の如くか夢なりか

 四半世紀前の記憶が蘇ってきた。
年をとった証拠だな〜〜〜昔のことが懐かしく思われるのだから、、、、、
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アラブ首長国連邦で仕事をしたときの新聞。
THE GULF NEWS 、1982年3月13日 土曜日のアブダビの新聞。
中山大使とJALの有賀支店長の間のほそ〜〜〜い女性は誰あろう私自身。
目をつぶってしまっている、、、、
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(右は外務省からの中山大使と左は日本航空の有賀支店長。私はこのレセプションの為に、
紺地に濃い渋朱色の切り替えの中に更紗模様を描いた着物をデザインして創った。
それにしてもなんと細かったか〜〜〜目をつぶってしまっていて残念、、、)

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2007.04.26
つづき、オンリーイエスタディーMemoires du Voyage-Arabu

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2010年5月26日 水曜日 曇り後雨
中東への出張☆回想のわが巴里の街 1980~1990

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2010年11月29日 月曜日 晴
朝に散り夕べに散りて黄葉逝く>>朝に散り夕べも散りてゆく黄葉

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2011年12月11日 日曜日 その一a0031363_21252852.gif
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ーシャンゼリゼ

☆回想のわが巴里の街 ーシャンゼリゼ
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  (2008.12.19 遥かにかすむ凱旋門、シャンゼリゼ通りを横切るときに、窓越しにカシャっと)

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☆回想のわが巴里の街1980~1990
☆回想のわが巴里の街1980~1990 〜メリディアンチェーン
2011年12月13日 火曜日a0031363_21252852.gif

http://keico.exblog.jp/20339858/
2014年10月31日 金曜日
四半世紀前の仕事ライフと十五年前の巴里を

by pretty-bacchus | 2017-05-03 23:59 | ♡Daily life日々の事など | Trackback | Comments(2)
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