白鵬さん二場所連続39度目の優勝おめでとう〜〜!
2017年7月23日 日曜日 曇りときどき小雨

 大相撲名古屋場所千秋楽で単独トップの白鵬が、日馬富士との横綱対決を寄り倒しで制し14勝1敗で
二場所連続39度目の優勝を成し遂げた。
ご自身が持つ最多優勝記録をさらに更新した。
おめでとう〜〜〜白鳳さん!

先夏場所では日馬富士との横綱対決を制し、十三度目の全勝で優勝に花を添えたのは
三十八回目の優勝で、休場後の一年ぶりだった。

http://keico.exblog.jp/23925175/
2017年5月28日 日曜日 晴れ/div>白鵬さん全勝優勝おめでとう〜〜!
この時の白鳳の優勝インタビューは、
“ただいま帰ってきました。 “国歌を久しぶりに歌えることができて最高!が最初の言葉だった。
親指の怪我やその他で一年の休場のあとに、ひとまわりもふたまわりも大きくなって帰ってきたのだ!
涙なくしてはこの場面をみてはいられなかった。

 今回の39度目の優勝の三日前には、通算1047勝の歴代最多記録を達成し、
元大関魁皇の持つ歴代最多記録に並べ、今日には1050勝と記録をのばしている。
初土俵から98場所での達成は、魁皇より42場所早いのだそうで、実績は名横綱たちと比べても
群を抜いているという。
これを機に白鵬のこの十七年からの履歴がWeb上でいろいろ語られていてなかなか興味深い。

 今回の優勝インタビューに自身で話していたように、彼が六歳の時に、若乃花一行がモンゴルを訪れて
相撲に憧れて、十六歳の時に、日本での角界入りを望む若者の訪日ツアーに参加して六名といっしょに
日本を訪れたのだ。(2000年10月25日)
しかし彼だけがどこの部屋からも声がかからず取り残されてしまった。
訴えたのは、英語で、自分だけモンゴルに帰るのはいやだ。「I don't want to go back home」。
彼は、その時モンゴル語と英語した話せなかったのだという。

 帰国便を手配して出発の前の日の夜になってようやく宮城野部屋から誘いが入ったのだという。
ようやく入門はできたが、上の人達にこき使われて、日本語もわからず言葉の壁は高く、ちゃんこ当番で
おたま持ってこい」と言われて鍋を運びなどと、苦労は並大抵ではなかったという。
けいこでも転がされ弾かれたりで、屋上の物干し場でいつも泣いていたのだそう。
(日本語の習得に役立ったのはカラオケで、小林旭さんの「熱き心に」、夏川りみさんの「涙そうそう」の
歌詞を書いて覚えたとか。紗代子夫人とのデートでは韓流ドラマ<冬のソナタ>のせりふを話したのだという)

 その白鵬が今は見事な日本語を話していて、特に今までの優勝インタビューは見事で、普通の日本人に
勝るとも劣らずなのは、辛い修行の上に、どんな風に日本語を学んでいったのだろうかといつも思っている。
本を読まなければ学べないような難しい言葉も理解して話している。

今回の優勝インタビューでは、最初の一言が “名古屋の皆さん、サンキュー!”
三十九勝とサンキューをかけたのだ。(お見事!)
(そのあとに彼が話したのは、彼が六歳の時にモンゴルを訪れた日本相撲の一行のおみやげが名古屋の
ウイロウだったと言って、名古屋の方々を喜ばせたのだが、アナウンサーはわからなかったようだ)

そして最後の言葉は、“相撲は奥が深いね”だった。
偉業を達成した直後の言葉としては本当にその彼の言葉自身が奥が深いものだった。

彼は研究熱で、対戦してみたいという過去の力士の名にも、江戸寛政期に「古今無双」と言われた谷風や、
明治時代に黄金期を築いた常陸山などをあげて、69連勝の双葉山は映像で動きを丹念に
研究しているのだという。

 一時は衰えを指摘された中で、実は大けがを負っていて、医師の後押しで手術を決断したのだそう。
重心を支える右足親指の内側のけんとじん帯が切れていたが、その時は白鵬本人は「少し動きが悪い程度」
感触だったようだ。
一年間の休場の間には、そうして体を治しながら、ヨガをしたり断食もしたりして、またモンゴルでは
軍隊並みのハードがトレーニングもしたのだという。

(その間、横綱になって初めての怪我での休場のあいだのこの一年間、メディアは彼の名前を語らずに
日本人横綱の稀勢の里の話ばかりだったのだ。
そこには、それまでのある時期からの相撲界を一人横綱として相撲界をひっぱってきた白鵬にも
モンゴルの相撲人達にたいしての尊敬などは一切なかった。
彼らはどんなにか悔しいと思ったことだろう、、、、。)
(そのうえ角界のある派はモンゴル人をいじめる人がいるのだという)

そして自信を取り戻して帰ってきた先場所での見事な優勝だったのだ

朝日新聞デジタルヘッドラインには,
<今日のトピックス
 大相撲の横綱白鵬が通算1047勝とし、歴代最多記録に並びました。一時は衰えを指摘された中で、
実は大けがを負っていました。医師の後押しで手術を決断、復活を遂げました。
http://news.asahi.com/c/akc7efcferzp6vaH>

<チーム白鵬 最強横綱支える2人>と言う記事もあった。
主治医を務める杉本和隆・苑田会人工関節センター病院長であり、もう一人は専属トレーナーとして
一年で140日以上寝食をともにする大庭智成・九州医療スポーツ専門学校競技スポーツトレーナーなのだそう。
最強横綱を作り上げるトレーニングがあるかという質問には、笑顔で「ない」と断言され、スクワットから、
しこ、てっぽう、すり足など相撲の基本を軸に地道な基礎的な繰り返しを徹底する。しかし、実はこれが
一番難しい、と。

 この横綱のすごいのは自己管理能力であり、本場所中はお酒も一切飲まない。
辛抱、努力、我慢が、勝つ喜びとなり、家族の幸せ、支援者らにこたえること、
そして自分に返ってくることを知っているのだという。

本場所では朝からいつもの運動を繰り返していて、取組前でもゆっくりとしたしこ、すり足で
じっくりと汗をかいているのだという。
若い人にまねて欲しいとテレビでの辛口の解説の北の富士さんが言っていた。
その北の湖さんも、先場所も今場所でも、
“今日の取り組みにおもわぬイイ相撲をみせてもらった。と。
“白鵬の必死さが伝わってきた場所だったと、前の海さんが解説していた。

 かって尊敬する大鵬の優勝32回を抜いた時には一抹の寂しさを覚えて次の目的を失ったが、
そのスランプを抜けて、大きな怪我を克服して復帰をとげた今は、もう同じような心境になる恐れはないと言う。

 白鵬さんの今の夢は東京オリンピックでの土俵入りだそうだから、その夢が叶うといいですね!


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              (優勝の賜杯を受け取る横綱の姿をテレビでカシャッ!)


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(国技館の「溜席」の千秋楽で目の前に白鵬をみてからもう七年にもなる)

http://keico.exblog.jp/11344383/
2010年9月26日 日曜日 晴れ
大相撲、九月場所千秋楽の「溜席」で白鵬優勝を観る


横綱白鵬の土俵入りは美しい!<br>
不知火型の横綱土俵入りは、せり上がりの際、四股を踏む前の翼をピンと張るように切れのいい動作と、
翼を広げるようなゆったりとした構えを見せる最後の締めの部分の腕の所作に大きな特徴がある。

眼前でどすん、どすんと足を踏み、パッパッとたたく手の音がすぐそこで臨場感満開<br>

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 (この美しい白いしめ縄はとても重いのだそうだ)<br clear="all"> <br>

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ウィキペディアは
https://ja.wikipedia.org/wiki/白鵬翔



by pretty-bacchus | 2017-07-23 23:58 | ♬Theaterオペラ演劇スポーツ | Trackback | Comments(2)
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Commented by おばさま@北海道・大沼国定公園 at 2017-07-25 09:55 x
名古屋場所は3つの記録が重なって白鵬さんにとっても
生涯の想い出に残る場所だったことでしょう。
ご本人の発言も立派でしたが、モンゴルのお母さんの発言は
実に立派でした。
2020年、東京オリンピックでの横綱土俵入りを目指して
頑張って頂きたいですね。
稀勢の里は横綱昇進してから貴乃花の二の舞になるのではと
危惧されていましたがどうも現実味を帯びてきました。
しっかり怪我を治して横綱の役目を果たして頂きたいものです。
Commented by pretty-bacchus at 2017-07-27 05:36
おばさま@北海道さま、おはようございます。
休場のあとの復帰はほんとうに嬉しかったですね。

どんなにかご苦労なさったでしょうに、今の笑顔はうれしいですね。
まだまだ横綱として頑張って欲しいですね。


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