四谷のアサクラ眼鏡で新しいPC用の眼鏡を作りました
2016年6月15日 水曜日 小雨のち曇り

 夕方に遠回りして眼鏡やさんに急いだ。
最近またますます視力が落ちていて、目のつかいすぎだとわかっているが、こればかりはどうしようもない。
マック、読書、写真、エトセトラで、目を使わすに過ごすことなんか出来っこない。

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(大通りのガクアジサイがそろそろ満開かしら?)

 アサクラ眼鏡の山中さんは、2000年の目の手術以来ずっとお世話になっていて、眼科の検査より、
彼の検査の方が眼鏡つくりに確実だし、だいいち彼のプロフェッショナルなローヴィジョンへの情熱に
いつも敬意を表している。
わたしの眼鏡の履歴がわかっているし、T大学病院での経緯もご存じなので、安心してお任せできる。

 昨年造った特製読書&マック用の30〜60センチ位にあった眼鏡ブはルーレイもカットして眼球にも
良いという「ルティーナ」レンズ。室内での使用で<近用ワイドヴィジョンレンズ>のデスクワーク用。
これを落として割ってしまったので、今日はその修理。
今の左目はほぼよく見えない。加齢黄斑変性症が悪化して、網膜が波を打っているのだそう。
もし十五年前の右目の奇跡的な手術成功がなかったら、私はいまごろ両目とも不自由で、
写真ライフなど送れていないだろう。

 日中お出かけのメガネは、ニコンのレンズで裏面からもコーティングで紫外線&ブルーライトもカットする
NIKONシークリアプレミアムコートというレンズのメガネで、なんとなく安心している。
でも一年たつのでレンズが今の視力にあっているのかも検査していただいた。
彼の手元にある十数年の私の眼鏡の記録には大学病院でのデータも書かれていて、安心してお願いできる。
今回は日常用のはこのままで、PC用のを新しいレンズでつくることにした。

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a0031363_1582251.jpg(有賀さんは調整のプロでいつもお世話になっている)

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 アサクラメガネは<ロービジョンケアの技術を駆使し“相談型眼鏡店”>として多くの顧客をもっている。
創業は明治六年で近代式メガネ作製の元祖だそうで、創立者の「朝倉松五郎」が、
十九世紀後半のオーストリアのウイーン万博に参加して機械式のレンズ製造技術を学び、
日本で作製をおこなったのが始まりで、それが =日本の近代式メガネ製造の夜明けだったのだそうで、
メガネの歴史もおもしろいものだ、、

 老舗の眼鏡屋さんならではの、ロービジョンの「ケア」にたいするお仕事も熱が入っていて、
山中さんは明後日から静岡で、国のリハ病院眼科の林先生と一緒に講習会をするのだという。
まだまだ研究者が少ないというロービジョンの世界は、彼はどんな発表をするのだろうか。
フェイスブックでも報告が楽しみだ。

アサクラメガネのある一ページ
http://www.asakuramegane.co.jp/mierukandou.htm

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2015年5月9日 土曜日 晴れ
デスクワーク用<近用ワイドヴィジョンレンズ>は「ルティーナ」

 (右目は九死に一生の感じで、名医に救われたのが、その半年後の左目は、
加齢性黄班変更症で簡単な手術を受けて、硝子体の中身を変えた。
その同じ病気に先だって弟がかかって、今通院しているという。
でも手術はなく、薬でまず様子を見ると言っていて、時代により治療法がどんどん変わっていくのだ)

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2005.8.11
のブログ

失明の危機を脱した2001年の手術の思い出

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2001年の失明の危機の思い出その二

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2009年11月27日 金曜日 晴れ
眼鏡と黄葉とクリスマスツリー

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2010年3月8日 月曜日 晴れたり曇ったり
冴返る」季語と覚えし春炬燵>>>「冴返る」覚えし季語や春炬燵

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2011年9月29日 木曜日 晴
蕎麦みそでジョブズ思いてひとり酒

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2015年2月22日 日曜日 晴れ
美術鑑賞は友人とともに

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2015年5月9日 土曜日 晴れ
デスクワーク用<近用ワイドヴィジョンレンズ>は「ルティーナ」

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2015年12月24日 木曜日 曇り後晴れ
師走の街を母と手をつないて歩きました

 帰りに待ち合わせて食事をすませた。
帰り道の土手の梔子はますますその花の数をましてきて、夜道に芳香を放っている。

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by pretty-bacchus | 2016-06-15 23:59 | ★Hospital 病院、病い、お洒落 | Trackback | Comments(2)
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Commented by nanahan at 2016-06-19 08:41 x
故木村伊兵衛さんは毎日、目薬を目医者に行って射して貰ってから朝日新聞の5階の
アサヒカメラに出勤、当時は社員扱いの嘱託ですから、「出勤」なのです。
「あぁたがた、若い衆は目を大事にしないと30歳で写真青年でなく写真定年になります」
とだじゃれ~~。
Commented by pretty-bacchus at 2016-06-19 16:55
ななはんさん、木村伊兵衛さんのお話しは懐かしいですね〜〜〜!
そんな<現場>でお仕事をなさってらしたのですね! 素晴らしいですね。


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