九十三歳の御大の誕生会は雪がふる高原で
2016年1月14日 木曜日 晴れ 妙高高原まで

 十二時半に家を出た。
銀座の柳は真冬なのにまだ緑! 車窓からカシャッ〜!
ざわついた街を走って一時東京駅着。

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 予定していた一時五十六分までは充分に時間がある、、、、よかった。
妙高はどうやら昨夜から雪が降り始めたようで、靴の滑り止めを買いに大丸に行ける、、、、と思った。
その前に切符を買っておこう、、、混んでいる大きな緑の窓口で並んだ。

前回十一月は<はくたか>で上越妙高まで直接入ったが、今日は<かがやき>に乗って長野まで、
その後は在来線で妙高高原まで行くように奨められた。
北陸新幹線の妙高駅から新赤倉の中心まではゆうに三十分以上かかってしまうが、
スキーのシーズンになって今日は迎えにきてくれる人が見つからないようで、
タクシー代が一万以上かかってしまうので、御大からやめるようにいわれていた。

 東京駅のみどりの窓口で、東京>長野乗り換え>妙高高原の切符を買おうと思ったら買えない。
どうして? JR東海のカウンターだからだという。もう一棟向こうの緑の窓口でと言われ行ったが、
そこでもダメ。次もダメ。やっと奥の方の小さい緑の窓口で購入可能とわかったが、
今度は長野駅での乗り換え時間がうまくいかないようで到着は五時をすぎるという。
(どうやらJR東海と東日本の確執らしと、あとで聞いたが、、、)

結局、前回通り直接に北陸新幹線の上越妙高駅までに決めた。
一時五十六分発>三時四十四分着予定。 グリーン車は一台だけでその前にグランクラス。
列車がすれ違わないのは、東海道とは逆でDの席なのだがすべて満席。なんということだ!
ここですでに四十分はかかってしまった。
雪国に行くので、上も下もヒートテックをダブルで着てきてしまったので、汗ぐっしょり。

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(いつもの旅バック、、、、もう十数年使っている)

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(列車がやってきました。乗務員が頭を下げています、、、日本独特の姿です)

 車内でiPhoneで上越の天気予報を見る。
マイナス一度! 寒そう〜〜〜。
上野、大宮で大勢のグループが乗ってきて車内は満席。

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 Macを取り出して少し記録を書いている内に早や高崎。
青い空と白い雲の向こうに浅間山がきれいにみえている。Dという右の席も良いかもしれないな、、、。

次は長野で、その先は上越妙高であと三十数分ほど。
やはり、この速さだから北陸新幹線の意味があるのだろう。

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(到着一分前には一面雪の原!)

 上越妙高駅は、前回に乗り降りしている駅だからすぐにわかった。
赤い駅のパーティションの向こうに雪景色がみえる。
タクシーはすぐにあった。

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http://keico.exblog.jp/21887490/
2015年11月30日 月曜日 晴れ
今年最後のシャトー・ドゥ・ピゼイの樽割は妙高高原にて

 “二日間でこんなにつもりましたが、平年の半分にもなりませんよ、、、と運転手さん。
<旅荘 岡山>には四時半に着いた。
一月半前とはまったく違った廻りにキョロキョロ、、、、妙高山は曇っていて見えない。

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 五時の鐘が鐘楼から流れて、、、、旅心満載!
明るい内に家族風呂に入ってゆっくりと。ここの溫泉は妙高山の源泉から直接だそうで、とても
気持ちが良い。湯ノ花が少し浮いている。

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(お部屋の窓から)
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(一昨年レノヴェーションの後にはベットのお部屋もできた)


 今夜はスイタヤスオ御大のお誕生日で、ご子息の画家もパリから一時帰国してらして
身内のお誕生日会でお招きいただいた。
なにをおいても駆けつけねばならない、、、そんな気持ちでお受けした。

 お魚にもあうようにと、年代物の重くない赤ワインが開けられて、乾杯!
“九十三歳おめでとうございます。 いや六十三歳ですね、、、
お身内だけの会で、岡山のご主人&奥様の肝いりのお食事。
オードブル、手作りのお料理が沢山で、最後はなんと見事な佐渡のカニが三杯も!
新栄丸という捕り手の名前がついている。

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 戦後に日本が復興した昭和二十年代からの右肩上がりの時代に、サンモトの茂登山長治郎さんと共に
欧州からマイセンとかリモージュなど美しい物を輸入なさった最たる会社の吹田貿易のオーナーだった。

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2009年9月4日 金曜日 晴れ後曇り、夜半に少し小雨
大正生まれの男性二人に魅了されて

初めてお声をかけていただいたのは、1970年初めのパリのオルリー空港。(<<<懐かしい〜〜〜!)
それから四十五年の月日が流れている。
旅のこと、美術のこと、人生のことなど多くの教えを受けている。
ロンドン、ジュネーヴ、ニューヨークとオークションにもよく連れて行っていただいた。
海外からのお客様がいらっしゃると、ちょっときてくれへんか、、、とお電話をいただき、
京都に飛んでいったりしたりしたこともたびたびあった。

志村ふくみ先生のお宅にもよく連れて行っていただいた。
百合子奥様やパリに住む画家の泰啓とも親しくさせていただいて京都の粋とパリの粋の真髄を
味あわせていただいたと感謝で一杯。

#IMAGE|a0031363_23344915.jpg|201601/15/63/|mid|984|657#](ふくみ先生の無地を
いつも着流して着こなされていらっしゃる)




 今夜は四十センチも雪が降るという予報に、道を隔てたお宅へお帰りになって、私はお部屋で写真の整理。
外は静かにそれでも明るい雪の宵、、、なぜか寝られそうにない、、、、。



by pretty-bacchus | 2016-01-14 23:58 | ♥Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(2)
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Commented by kurabusobae at 2016-01-16 07:57
良い、集まりでしたね。雪の夜の宿、すばらしい~~~
Commented by pretty-bacchus at 2016-01-17 15:19
ナナハンさん。ありがとうございます。

この旅荘岡山はお風呂も素晴らしいです。
このカニは特別に佐渡からひいてくださったようで、大きいのに味が濃くてその上なんともさわやかなお味でした。
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