ふくみ先生おめでとうございます。文化勲章の親授式が皇居・宮殿の松の間で
2015年11月3日 火曜日 晴れ 文化の日

 文化の日、文化勲章の親授式が皇居宮殿の松の間で行われ、六人の方にに天皇陛下から文化勲章が贈られた。

皇居で文化勲章の親授式

文化勲章をつけて宮殿の前で記念撮影に臨んだ受章者の皆様の写真をネットから拝借。
矢印をクリックするとユーテューブでみられます。
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ことしの文化勲章の受章者は、
☆薬学研究の分野で優れた業績をあげノーベル医学生理学賞の受賞がの北里大学特別栄誉教授の大村智さん。
☆素粒子「ニュートリノ」に質量があることを世界で初めて証明し、ノーベル物理学賞の受賞の
東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章さん(56)

☆芸術性の高い「つむぎ織り」の作品で高い評価を得ている染織作家の志村ふくみさん(91)
☆法律に明記されない行政の機能や役割を解き明かす新たな手法を確立した東京大学名誉教授の塩野宏さん(84)
☆インターネット社会を支える光ファイバー通信技術の確立に貢献した東京工業大学栄誉教授の末松安晴さん(83)
☆記憶や学習などに中心的な役割を果たす「グルタミン酸受容体」の実体を解明した京都大学名誉教授の
中西重忠さん(73)
☆重厚感ある個性的な演技で舞台や映画、テレビで幅広く活躍する俳優の仲代達矢さん(82)の7人。

 天皇陛下から、受章者一人一人に<たちばなの花にまが玉をあしらった文化勲章>が贈られ、
「長年努力を重ね、大きな業績をおさめられ、文化の向上に尽くされたことを、まことに喜ばしく思います」と
お祝いのことばをいただいたというニュースは、いつもの年以上に何度もニュースを見てしまった。

  親授式のあとの会見で、女性でただ一人で最高齢のふくみ先生は、いつものように凛として、
かつはっきりとご自分のお言葉で、その歓びを語っていらした。

一介の女の仕事だと思っておりましたけれども、今日こうして勲章を頂きまして、
自分一人の仕事ではないのだなと気がつきました。日本の女性がずっと仕事をしてきた、
目立たない仕事でしたけど、それを貫いてきたことを私を通して皆さまに知って頂けたら大変嬉しいと
思います
」とお話しになられたという。

今日のお召し物はヨモギで染めた先生のご自作。晴のお式にはおつけになられている母上の時代の
民芸の帯留めがよろこんでいらしたろう!

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(テレビのニュースをカシャッ)

http://keico.exblog.jp/21795946/
2015年10月31日 土曜日 晴れ その一
志村ふくみ先生の文化勲章受賞に感涙して、、、

  ふくみ先生の嵯峨の工房を訪れたのは、パリの駐在から帰国して数年たった1970年代後半に
京都の吹田氏に連れられてが最初だった。その後はお作品も着させていただいたり、
ご一緒にお食事をさせていただき、海外への旅をさせていただいたりして、いつもほんとうに
その<素晴らしさ&凄さ>に感動していた。
先生がその技術と精神を広く多くの方に伝えていきたいという強い思いで一昨年に開校した
染めと織りの学校<アルスシムラ>の予科第一期生としても四ヶ月毎週京都へ通ってしまった。
http://keico.exblog.jp/17654086/
2013年4月16日 火曜日 晴れ
志村ふくみの<アルスシムラ>開校式&入学式とレセプション

 そして新しい共同体への思いを切せつに語られた先々週の嵯峨釈迦堂での総会でお目にかかり、
そのかくしゃくとした凛としたお姿とお話しに新たな感動をいただいていた。

<織りと染めの重要無形民俗文化財(人間国宝)>のあとの文化功労賞、そしていままた高みの
文化勲章をうけられて、九十一歳のふくみ先生はまさに<織りと染めの重要無形民俗文化財>というより、
それ以上に<人間界の奇蹟>のように思われてならない。

 昔のように気軽に一人でお訪ねすることがますます出来なくなってしまったが、
更なるご活躍をそっとみまもっていきたい。


http://keico.exblog.jp/21760800/
2015年10月17日 土曜日 晴れ その一
志村ふくみの<アルスシムラ総会>が晴天の清涼寺で

a0031363_2063658.jpg嵯峨の都機工房では藍もたてられている。(2103.7.31 嵯峨 都機工房にて)

http://keico.exblog.jp/18337879
2013年7月31日 水曜日 雨のち曇り
<アルスシムラ十五週目>最後は嵯峨の都機工房で卒業式

2010年10月24日 日曜日 曇り後雨
浜松市立美術館にて<しむらの色ー志村ふくみ、洋子 染と織の世界>

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  (左は、藍の間、緑の間、光の間と、色の彩色環の順で、作品が並ぶ)
一番後から撮る。上の揺れる帯の織のイメージはシュタイナーの色彩論を頭に最近織られた作品とのこと)

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http://keico.exblog.jp/7567046/
2008年10月10日 金曜日 続き
伊砂利彦 志村ふくみ 二人展=染める、織る 最前線

http://keico.exblog.jp/3055056/
2006.01.22
晩年に友の輪みのり彩輝き<志村ふくみの世界>

http://keico.exblog.jp/3054968/
2006.01.21
神の手は苦労と努力の跡なりき(志村ふくみ)
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2004年の志村ふくみ展覧会(2004年4月10日)のワンショット
滋賀県立近代美術館、Exhibition of FUKUMI SHIMURA
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(プライヴェートをひとつアップしておこう)
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(2003.05.20 に先生からいただいた小さなお作品群とお手紙)
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(ここ十二年の間の先生の展覧会やアルスシムラのことやその前の時代の思い出などは、
このブログに記録のように書いている。
右サイドバーの検索に<志村ふくみ>といれて検索すると百数十も出てきた)

昨年十二月のパリでの
http://keico.exblog.jp/20525313/
2014年12月13日 土曜日 雨 一日雨
「色を紡ぐ-しむらの着物」展in Paris ワークショップ
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(左のお作品は<野薔薇> 2000年頃のお作品)

昨年十二月のパリでの

展示会のアートディレクションは、パリ在住の若手のデザイナーさん達がなさったという、
そして講演会の通訳の方の日本語の知識とそれをフランス語にする<脳>が見事だった!
http://www.mcjp.fr/francais/expositions/tisser-les-couleurs/tisser-les-couleurs

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(前々日の雨のパリへの到着にもかかわらず、ふくみ先生は理路整然かつ情感を込めてお話しをなさった)

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(ご自分の今夜の着物は、くずのようになった糸で織ったものと、説明なさるふくみ先生)

(詳しくは続きで! このページにも少しづつ追加していきましょう)

http://keico.exblog.jp/20596428
2014年12月26日 金曜日 晴れ
彷徨の薄暮の雨の巴里の後に、「色を紡ぐ しむらの着物」展巴里





志村ふくみ
WHO's WHOによれば、
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染織家。大正13年(1924)滋賀県生。1942年(昭和17年)4月、文化学院卒業。
1957年(昭和32年)第四回日本伝統工芸展に「方形紋綴帯」を出品、入選。
1958年(昭和33年)第五回日本伝統工芸展に紬織着物「秋霞譜」を出品、奨励賞を受賞。
1959年(昭和34年)第六回日本伝統工芸展に「鈴虫」を出品、文化財保護委員長賞を受賞。
1960年(昭和35年)第七回日本伝統工芸展に紬織着物「七夕」を出品、朝日新聞社賞を受賞。
1961年(昭和36年)第八回日本伝統工芸展に紬織着物「霧」を出品、文化財保護委員長賞を受賞。
1970年(昭和45年)第二十回日本伝統工芸展に紬織着物「磐余」を出品、二十周年記念特別賞を受賞。
1978年(昭和53年)日本工芸会理事になる。
1983年(昭和58年)3月、第一回京都府文化賞功労賞を受賞。
10月『一色一生』により第十回大仏次郎賞を受賞。1984年(昭和59年)3月、衣服研究振興会より衣服文化賞を受賞。
1986年(昭和61年)紫綬褒章を受ける。
1989年(平成元年)MOA岡田茂吉賞大賞を受賞。「柚織」
1990年(平成2年)重要無形文化財保持者に認定される。
1993年(平成5年)『語りかける花』でエッセイスト・クラブ賞を受賞。
9月、滋賀県文化賞を受賞。10月、文化功労者に選ばれる。
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 母小野豊から染色の手解きを受け、黒田辰秋・富本憲吉・稲垣稔次郎らに師事。以来紬織・植物染料の研究と制作に従事する。
紬織りの要無形文化財=人間国宝である。

 戦争の経験、結婚、離婚とその年齢の日本女性の多くが経験したであろう女としても苦渋を乗り越えてたどりついた
染めと織りの道。その頂きに達するにはどんなに多くの言うに言われぬご苦労があったに違いないのに、
先生のお顔はいつも穏やかで瞳は澄んでいる。少女のような綺麗な声で話し、ころころと笑う。
日本女性が持っている謙虚さと優雅さを失わずに、一方では凛として我が道=作品造りに邁進する姿には
ただただ心打たれてしまう。
by pretty-bacchus | 2015-11-03 23:58 | ♥Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(6)
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Commented by nanahan at 2015-11-04 21:28 x
よき嘉日でした。志村先生がことし唯一のご婦人の受賞者でしたね。素晴らしい業績を
仰讃するには遅すぎます。20年前なら、世間の受け取り方が違いましたし
この類い希なおしごとにもっと若い人々が沢山参集したでしょう。
いまのバカ政治家共は肝心な「時を逸して」います
Commented by 婆美以 at 2015-11-05 00:21 x
ふくみ先生心からお祝い申し上げます。
『一介の女の手仕事が・・・』とあくまで謙虚なお喜びの言葉でしたが、それは人が生きる事の原点を真摯に求めてこられた先生の自信に裏打ちされた慎み深さなのだと感じました。
『思いがけず良い色が出ましたヨモギの着物で』と、出席された先生、その美しい発色こそ先生そのものでいらっしゃる。keikoさまはよい師に恵まれ本当にお幸せですね。
Commented by pretty-bacchus at 2015-11-05 01:35
nanahanさん、こんばんは。
ほんとうに遅すぎましたね。でも今だからこそ、その最晩年への道への業績が凝縮しているのかもしれないとも思います。

Commented by pretty-bacchus at 2015-11-05 01:42
婆美以さん、2010年の浜松の個展では三度も通われて、会場にしつらえれた織機で少し織られたのですよね!
(あの時の染めの実習のブログもまだ駆けていないことを思い出しました)

ふくみ先生のあの原点への回帰は凄いですね!
『思いがけず良い色が出ましたヨモギの着物で』とおっしゃっていましたね。
さらりと<思いがけず>とはほんとうに素敵ですね。


Commented by 郁子 at 2015-11-05 23:24 x
文化勲章授賞式のニュース、私もテレビで見ましたが、テレビの映像は消えてしまうけど、
さすがは敬子さん、このような形で記録として残してくださり、感服いたしました。
しかも、先生の個展の中から選りすぐりの作品をまとめ、業績が一目瞭然と分かるように
なさったことも、素晴らしいと思いました。
この日の先生のお顔がいいですね。いつも思うのですが、
とても柔和ななかに、一筋に生きてこられた凛とした強さを秘めていらして、
道を極めたお方の品格がおありです。
奢らず高ぶらず、お顔もお心もとても美しいと讚仰いたしております。
Commented by pretty-bacchus at 2015-11-07 16:22
郁子様
いつもながらの嬉しいコメントをありがとうございました。
このブログ内には、先生の業績がやまほどあいますが、それを全部書いては、またまた
うるさくなりますから、脳内に強く残っている思い出の日あたりを探したら、こういうことになりました。
いまさらながらに、ウェブ日記を書いておいて本当によかったと思っています。
途中からは郁子さんにも励まされてやめずにいられたのだと思います。

先生のお顔もお声もほんとうに素晴らしいですよね。そしてなによりもいつも
自然体でいらっしゃるのが素敵です! 奢らず高ぶらず!

<讃仰>という言葉を久しぶりに聞いたような気がします。


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