2014年のノーベル物理学賞は三人の日本人
2014年10月8日 水曜日 晴れのち曇り その一

 ようやくノーマルな時間に寝て起きる習慣がもどってきたようで、早くに目が覚めた。
午前七時のベランダにははかなげの朝顔が一輪、そして右のほうにはなんと昨日の白い花が
萎みきれずに少し色をつけていた。
朝の光に命乞いをしているような、、、。

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 七時のニュースでは、三十分たっぷりと2014年のノーベル物理学賞の三氏のこと。
青色に光る発光ダイオード(LED)の発明と実用化に貢献した業績が認められたのだ。
おめでとうございます!
赤崎勇名城大学教授(85)、天野浩名古屋大学教授(54)、中村修二米カリフォルニア大学教授(60)。
三氏が一緒にというのはスウェーデン王立科学アカデミーは、
なんとも粋な計らいであったように思えてしまう。

 お祝いのインタビューは三人ともステキだった。
ノーベル賞受賞の方々はいつも素敵な人間性があふれている方が多いのは、
生きて研究してきた自信があふれているからだろうか!
八十五歳になる赤崎勇さんはLEDの省エネルギー技術で、温暖化の緩和に役立つ。
太陽光パネルとLEDがあれば安上がりに途上国でも利用できると静かに語っていた。

天野浩さんは、海外出張中にフランスのグルノーブルで記者会見なさった。
「ただただ驚くばかり」と笑顔を浮かべ、「最も平均的な日本人である私でもノーベル賞を取れるのだから、
若い人の励みになる」と語っていらした。
何千回という失敗の重なりのあとの偶然からというが、それは努力の確信のあとの<必然>にちがいない。

少ない電力で多くの事をなすことができるので、医療、農業などにも貢献するだろうと語り、また
世界の子供達が本を読めるように、と願っているとお話になっていらした。
素晴らしいことだ。

 米カリフォルニア大サンタバーバラ校で記者会見に応じた中村修二教授。
研究の原動力について「アンガー=怒り=だ。今も時々怒りそれがやる気になっている」
と英語で力を込めて語っていらした。
青色LED開発後、当時勤めていた日亜化学工業と特許を巡り訴訟に至った経緯に触れながら、
怒りを前向きなエネルギー源に転換してきたと強調なさった。

十年ほど前の特許200億の訴訟問題は記憶に新しいが、その後日本の組織にも社会にも落胆して
アメリカに渡ったとされ、今の国籍はアメリカ人。
今回アメリカのニュースは、物理学賞は二人の日本人と一人のアメリカ人と報じていた。

その中村さんが「感謝したい人物」の一番に、青色LEDの研究にただ一人賛成してくれて、
大きな金額の投資してくれた日亜の創業者の小川信雄氏をあげて、
「私が開発したいという提案を五秒で決断し支援してくれた。私が知る最高のベンチャー投資家だ」と
述べていたのが印象的だった。
「あなたはノーベル賞を取るべきだ」と教授に招いてくれたサンタバーバラ校の総長にも謝意を述べていた。

 皆さんがスウェーデンのストックホルムで開かれる授賞式でどんなスピーチをなさるのが今から楽しみだ。

 青色に光る発光ダイオード(LED)の発明と実用化に貢献した業績が認められたのだが、
いずれも二十数年前の研究のようで、それ以降二十一世紀になり、少ない電力で明るい照明や
ディスプレーなどに広く使われ、世界の人々の生活を変え、新しい産業創出につながったことが
高く評価されたのだという。
赤と緑に加え青色発光ダイオードを加えることでRGBでフルカラーを造れるのだ。
いまでは、 携帯、信号機、電球、クリスマスイリュミネーションなどなど多くに用いられ、
東京スカイツリーもその光で多くの人を魅了しているし、数年前にはフランスのルーヴル美術館での
LED採用の東芝の一面広告が印象に新しい。
(2011年の12月に最初にピラミッドのあの回りの壁にLEDが灯ったときには、
わたし達はパリにいて見に行ったものだ)

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2012年12月25日 火曜日 曇 寒い
発光ダイオードLEDがルーヴル美術館を照らす
平成24年12月25日(火)

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発光ダイオードLEDは今や世界を制覇して砂漠の国からルーブルの絵画までも照らし始めた。
新聞二面ぶちぬきでの東芝のカラー広告は夜のルーヴル美術館とまわりの建物の俯瞰図。
来春には建物だけでなく館内の絵画にも使われるという。
東芝 LED ルーブル美術館 CM



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(13 December 2011pm5:22 Paris , Pyramide du Louvre)
ルーヴル美術館のガラスのピラミッドが夕闇にあやしく光り、しばし時を忘れるような美しさ!

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(09 December 2011 Paris)
(ガラスのピラミッドの下もピラミッド。
この奥にパリのアップルストアーの一つがある)

 去年(2011年)のパリのシャンゼリゼ大通りのイリュミネーションもLEDだった。
二百本の街路樹ににそれぞれ三色の光の輪が取り付けられて、赤、白、青、緑、ピンクと
色が変わったり点滅したり、二色になったりととても華やかだった、、、。
120万個の三色LEDが使われて、さらに枝には小さな丸いミラー版がつけられていて、
光を反射させるのだという。
総費用100万ユーロ(一億円!)

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11 December 2011 Paris, Avenue

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2011年12月11日 日曜日 雨 その三
今日の巴里 11 December 2011 Paris
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10 December 2011 Paris, Avenue des Champs-Élysées (こっち向いてカシャッ、、、
横断歩道の真ん中で忙しい〜〜〜〜!

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2011年12月11日 日曜日 その一
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ーシャンゼリゼ

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2011年12月16日 金曜日 雨雨雨の巴里 その三
☆回想のわが巴里の街 ~ルーヴル美術館の思い出1995

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2013年9月25日 水曜日 雨
秋雨は昔を想い、今の憂いを呼び込むのだろうか、、、


 〜〜〜〜〜〜〜〜
more>>追記:
 母と哲夫オジサンにことを話した。
叔父(母の弟)の加藤哲夫は東京工大を出て、名古屋の会社に就職、磁気の大家といわれ、
磁気を使っての多くの発明をして特許をとったが、すべてを会社に置いてきてしまったという。
中村さんの裁判の時、そんなことを話していた叔父ももう八十歳後半となってしまった。

 私の小さい頃は目と鼻の先に住み、父のお客様の酒飲み仲間の一人だった。
まだテレビもなかった頃に、叔父が東京工大時代に造ったラジオと蓄音機と、
日本では珍しかった大きなテープレコーダーは私の愉しいおもちゃであった。
きっとそんなことで、私はカメラとか当時の<男の子の遊び>に興味をもつようになったのかもしれない。
(その頃は女の子は日本舞踊、ピアノにバレー、お茶にお花、お習字、などのお稽古という時代であり、
それらもしっかりとお稽古をしていたのだが、、、。)




 母と哲夫オジサンにことを話した。
叔父(母の弟)の加藤哲夫は東京工大を出て、名古屋の会社に就職、磁気の大家といわれ、
磁気を使っての多くの発明をして特許をとったが、すべてを会社に置いてきてしまったという。
中村さんの裁判の時、そんなことを話していた叔父ももう八十歳後半となってしまった。

私の小さい頃は目と鼻の先に住み、父のお客様の酒飲み仲間の一人だった。
まだテレビもなかった頃に、叔父が東京工大時代に造ったラジオと蓄音機と、
日本では珍しかった大きなテープレコーダーは私の愉しいおもちゃであった。
きっとそんなことで、私はカメラとか当時の<男の子の遊び>に興味をもつようになったのかもしれない。
(その頃は女の子は日本舞踊、ピアノにバレー、お茶にお花、お習字、などのお稽古という時代であり、
それらもしっかりとお稽古をしていたのだが、、、。)

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平成24年5月26日(土) 曇り
つかの間の母との逢瀬夏座敷

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2011年12月8日 木曜日  曇りのち雨
☆回想のわが巴里の街1965~1973 ー忘れられない事 

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2010年5月22日 土曜日 曇り
かしわ餅母の記憶に出でし人>>薫風や母の記憶に誓子居て 

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2010年2月6日 土曜日 晴れ
新しきご縁うれしく春立ちて

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2005.03.31
フォーサーズと広角とカメラ趣味に世界


by pretty-bacchus | 2014-10-08 23:58 | ♥Person父母,師友人,人生の宝物 | Trackback | Comments(4)
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Commented by k7003 at 2014-10-10 06:15
夜の横断歩道の真ん中で一瞬立ち止まって、、、自分もやっただけに凄く懐かしく、涙が流れてきます。
Commented by pretty-bacchus at 2014-10-10 13:38
k7003さん、雨の夜のシャンゼリゼ大通り真ん中で一瞬立ち止まってって、勇気が要るのですよね!
私も懐かしいです〜〜〜。
Commented by ナナハン at 2014-10-11 07:17 x
大通りの夜景が素晴らしいですが撮影にはとんだ度胸が要りますね
Commented by pretty-bacchus at 2014-10-11 13:55
ナナハンさん、シャンゼリゼ大通りは、いつもキョロキョロ&カシャカシャでわたっているのです。
若い頃ならトモカクこのおばんになってもです!

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