☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008 バックトゥー2008年12月20日
2012年12月20日 木曜日 晴れたり曇ったり その二
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☆回想のわが巴里の街 Memoires du Voyage 2008
 バックトゥー2008年12月20日!

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2008年12月20日 土曜日 また雨の朝
遡っての巴里の記録 六日目 12月20日〜友人の家へ

 この旅のパリもあと残すところ数日になった。
仕事もほぼ終わって、あとは友人達とあっておきたい。
写真ももう少し撮っておきたい。

でも青空がでたのはほんの一日で、冬の巴里にもどってしまった。
冬の巴里は寒く暗く、光がないとなんともいわれずどんよりとした写真になってしまう。
雨のノートルダム寺院がなんだか好きになりそうなほど、雨、雨のパリ。
雨なのに観光バスはしっきりなしにやってくる。
少しでも雨がやむと人々が出始める、、、この寒いパリなのに。

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(曇り日の正午のノートルダム寺院)

 ほんの数百歩でいけるに違いないのに、今回はまだ聖堂のなかに入っていない、、、
ひざまづいて、司祭の話に耳をかたむける気持ちと時間が欲しい、、、、
いや、目の前のサントシャペルのステンドグラスも、まだ拝していないのだ、、、。
せっかくパリにいるのだから、部屋の窓からの定点観測に甘んじてはいけないのに、、、
カメラもいろいろ持ってきたのに、、、、と反省ばかりのレイジーなダメ女はパリでも同じだ。

 ホテルの部屋の窓からケサンミッシェルを行き交う人々をカシャカシャ撮りながらお昼まで少しゆっくり。
 
a0031363_20124049.jpg (昨日は開いてなかったブキニストが蓋を開けた)

a0031363_20131439.jpg (この二人は長い間じっと動かなかった、、、いったい何を見ていたのだろうか)

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a0031363_2016653.jpg (二人ずれとボンジュールと声をかけあって、、、)

a0031363_20173995.jpg (こっちのお店もオープンです)

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a0031363_20194779.jpg (あ〜〜オートバイが来た〜〜〜カシャッ)


 午後は、四十年前からの友人のジャクリーヌの家を訪ねた。
彼女は三十年前から十五区のアパルトマンに住み、同じ建物の最上階に<わたしのパリの家>があった。
十年前に引き払ってしまったが、このカルティエは十六区ほどきどっていないし、
パリの庶民の感覚で十数年ものあいだ旅の宿としてのパリライフの基地となったのも
彼女のおかけだった。
ブルダーニュ出身の彼女は典型的な庶民のフランス人で、フランスについてずいぶんいろいろと
教えられたように思う。
ホテルに勤めていて知り合った頃は母国語と英語した出来なかったのに、
どんどん勉強して七カ国語をあたつれるようになってしまった。
一昨年に定年で仕事をやめ、今では多くのフランス人が望んでいる老後を楽しんでいる。

a0031363_20273889.jpg (三階から通りを見る。ほんの数番地しかないパリでは小さい通り)

 このアパルトマンでのパリの生活の思い出はつきない。
一年に何度かの滞在で、何十日しかいなかったかもしれないが、思いで一杯のパリの生活。
一階はオランダ人のローヌおじさんの花屋、前は本屋、その隣が洗濯や、花屋の隣はカフェで
隣が写真屋さん、通りを渡ってその前がパンや、一つ目の角がファルマシー、靴直しや、お総菜や、
スーパー、寝具屋、文房具屋、郵便局、と、歩いて数分の範囲に、
日常生活になくてはならないお店がすべてある。
反対側の数軒先には病院もあるし、少しいくと教会もある。
彼女がここを購入したときは、それらを調べてから決めたのだと言うからほんとうに素晴らしい。
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(フランスのごく一般的な上の中流階級のアパルトマンはこんな感じが多い)

ジャクリーヌの家でYouTubeの説明をして、、、



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2011年12月17日 土曜日 巴里のお花やさん
☆回想のわが巴里の街1990~2000〜巴里のお花やさん

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2011年12月17日 土曜日
☆回想のわが巴里の街1990~2000 =十五区のアパルトマン

 キッチンで彼女と二人になった時に、
“幸せそうね〜〜〜、、よかった、と、ジャクリーヌを思わず抱きしめた。
いろいろの苦労もだいぶ聞いたことがあったしので、、、。
“ケイコ、30年でしたよ、、、30年、ながかったですね、、、。
でも今は何年か前に知り合った彼と幸せな老後を送り始めている。
彼のブルターニュの広大な別荘での生活や、去年からのカンヌの10部屋の日本でいう
リゾートマンションでの休暇の写真を、いろいろ見せてくれた。
何年もみたことがない、まっさらな笑顔での写真に、彼女の幸せがかいま見られる。
私に説明する彼女をじってみて、うなずいている彼も幸せそう〜〜〜
こういうのって、いいな!

a0031363_2123887.jpg(若い頃の趣味のままのキッチンだが、いつもきれいにしている。
今日のメインは鱈のオレンジ風味だという)

 妹のダニエルは、お姉さんよりずっとしっかりもの。
生まれる前から知っている、彼女の子供のステファンとクスリトフルの二人の男の子は
もう二十代になっているという。
彼女が、結婚前の1975年に日本で数年過ごした時に少しお世話をしてたことがある。
ル・タン・パス・ヴィット! 光陰矢のごとし!
全員がとっても深く何度もうなずいた。

(彼らとは2011年12月の旅で会い、ラ・クーポールに招待した。フランス人も庶民では
あまり行かれないブラッスリーで、彼らはとても喜んでくれた)

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2011年12月6日 火曜日 その三
今日の巴里 06 December 2011 Paris〜La Coupole

 夕方遅くにホテルに帰ったらちょうどノートルダム寺院の7時のごミサの鐘の音がなり始めた。
頭を垂れて今日一日への感謝、

081220pm700NotreDame a Paris:pm700

(12月20日午後7時のノートルダム寺院の鐘の音)

 さすがに夜遅くにはお腹がすいて、サンジェルマン近くに今年オープンした串揚げ屋さん
「修(shu)」にでかけて一人で夕食。
一人旅はこれが一番辛い。
オーナーは鵜飼修さんという小柄な方で、パリにおそば屋の「えん」が出来たときに渡仏して5年、
それからかいというお店に3年いての独立という。(あれから四年だから、もう十年になるのですね。
2011年にも何度もいってしまいました。)

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2011年12月11日 日曜日 雨 その二
今日の巴里 09 December 2011 Parisの続〜串揚げの<修>さん

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平成23年12月13日(火) 雨のち晴れ
今日の巴里 13 December 2011 Paris

 夜の串揚げのコースは、口直しを挟んで18本の串焼き、お造りつきのコースをいただいた。
ホタテ、椎茸、フォアグラ、肉や野菜が、一品ずつあがって持ってきてくれるてなかなか美味しい。
最期は稲庭うどんか、お茶漬けを選べるのに、なんと私は両方を少しづついただき満足。

 11時過ぎに表に出た。
パリは最近とても治安が悪いと聞いているので、バックも貴重品ももたずに、パスポートもおいて、
少しの現金と忍ばせたカメラ一台だけ。

プラスサンミッシェルは、雪のような白い粉みたいのが舞っていて、若者達が踊り狂っていた。
大道芸人もあちこちで体を動かしていた。
河畔の道にでずに、一本南側の細い道を選んだのだが、真夜中なのにすごい人で、
ぶつかりながら歩いている感じで、危険感が体にあふれたパリの年末の一夜であった。
ノートルダム聖堂の輝きがきれいな宵だった。

a0031363_2164891.jpg (真夜中のノートルダム寺院)

a0031363_2172948.jpg (家・サンミッシェルのミッドナイト!)



by pretty-bacchus | 2012-12-20 23:59 | ♧JourneyAbroad海外2008 | Trackback | Comments(0)
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